学び!とESD

学び!とESD

絵本をきっかけにはじめてみよう(2) ~ハーモニーの教育~
2023.04.17
学び!とESD <Vol.40>
絵本をきっかけにはじめてみよう(2) ~ハーモニーの教育~
木戸 啓絵(聖心女子大学大学院永田研究室・東海大学児童教育学部専任講師)

 前号(Vol.39)では、ハーモニーの教育(Vol.01, Vol.12, Vol.13)に関する絵本を取り上げました。今回は、前号に引き続きハーモニーの原則の中でも特に「多様性」に着目した絵本をもう一冊ご紹介したいと思います。また、ESD実践のアプローチの一つとして、絵本がどのような可能性を持っているのかということについても考えていきます。
 今回ご紹介する絵本は『ミリーのすてきなぼうし』(作:きたむらさとし)です。こちらは、日本の絵本作家のもので、小学校の国語の教科書にも掲載されていますが、世界各国でも翻訳され愛読されています。物語は、ミリーという女の子が「とくべつなぼうし」を購入するところから始まります。「とくべつなぼうし」は色も形も大きさも、ミリーの想像しだいで自由自在に変化します。例えば、ミリーがケーキ屋さんの前を通ると、ケーキがたくさん重なった美味しそうな帽子になります。お花屋さんの前を通ると、花束の帽子に変わります。公園では、噴水の帽子に…そんなミリーですが、街を行く人々を見ていると、突然、全ての人がそれぞれの素敵な帽子を頭に乗せていることに気づきます。
 この絵本からは、大人も子どもも誰もが素敵な自分だけの帽子を持っていて、その帽子は一人ひとりの想像しだいでどんな帽子にもなりうるのだというメッセージが伝わってきます。ここで描かれている帽子は、もしかしたら「その人らしさ」や「その人の夢」を象徴しているのかもしれません。想像力を広げながらワクワクした気持ちで楽しんでもらいたい絵本です。

絵本『ミリーのすてきなぼうし』の表紙
(出典:BL出版ウェブページ)

 私は現在、保育者養成校に勤務していますが、この絵本を大学のゼミの授業で取り上げることもたびたびあります。あるときは、初回のゼミでこの絵本を読み、自分がどんな帽子をかぶっているのか、一人ひとりに発表してもらいました。絵本は、子どもだけでなく大人の心にも深く響きます。多様性の大切さを言葉で説明することも必要ですが、それだけでは伝わらないものが、絵本を通して私たちの心の中に届くような気がしています。
 ハーモニープロジェクトのホームページには、ハーモニーの原則をやさしく読み解いた魅力あふれる絵本がいくつも取り上げられています(参考文献の「ハーモニーの原則と関係する絵本のリスト」を参照)。日本語に翻訳されていない絵本も多く含まれていますが、英語を学び始めたばかりの子どもでもわかりやすい英語で書かれていますので、イラストを頼りにしながら、お話を読み進めていくと、これまで触れたことのない新たな物語の世界に引き込まれるでしょう。
 2021年5月にESDに関するユネスコ世界大会で採択された「ベルリン宣言」では、ESDを教育現場で実践する際、認知的な学びのアプローチだけでなく、社会情動的な学びのアプローチも重視していくことが述べられています。また、「想像すること」の重要性については、2021年11月に発表されたユネスコの最新報告書『私たちの未来を共に再想像する:教育のための新たな社会契約』の中でもメインテーマとなっています(Vol.31)。ユネスコは、小学校就学前の段階からESDを始める必要性を説いてきましたが、幼い子どもたちと「持続可能性」について学ぶとき、特に大切にしたい点は社会情動的な観点です。つまり、知識として持続可能性について学ぶのではなく、むしろ、体験や感情を伴った形で学んでいくことが肝要です。物語や絵の持つ力に触れながら、絵本の世界に子どもと共に入り込むことで、持続可能性が表現された世界を擬似体験することができるのではないでしょうか。絵本を一つのきっかけとして、新たなESDの実践が生まれていくことを望みます。
 今回ご紹介した絵本のリストの冒頭では、絵本の魅力について、次のように語られています。「子どもたちの想像力を刺激したり、質問を引き出したり、話し合いを始めたり、物事の概念やキャラクター、文脈といったことに命を吹き込んだりできるのは、絵本の素晴らしい力です。」絵本の世界の力を借りながら、あらためて「多様性」について子どもたちと共に考え対話する機会を持ってみてはいかがでしょうか。

【参考文献】