学び!と美術

学び!と美術

コロナ禍のアートと美術教育
2021.02.10
学び!と美術 <Vol.102>
コロナ禍のアートと美術教育
奥村 高明(おくむら・たかあき)

 筆者は毎年「美術検定」の監修をしています。2020年は、COVIT-19(新型コロナウイルス感染症)の拡大により1~4級のすべてをオンラインで実施しました(※1)。本稿では、1級問題の解答から、コロナ禍における美術館やアートの動向、そして美術教育のこれからについて考えます。

はじめに

 「美術検定」の1級問題では思考力や論理的な構成力などを問うために、毎年1200字程度の「記述式問題」が出されています。これまで指定の会場で一斉に問題を解いていましたが、2020年は期間を提示した上で、記事や文献などを参照・引用しながら解答を作成し、それをアップロードなどで提出する形式としました。その問題が以下です。
 「あなたは、ある公立美術館のボランティア代表として、美術館の評議委員に加わっています…(中略)…評議委員会でコロナ禍における館の今後の方針について、あなたは意見を求められています。以下の条件に沿って、ボランティア代表として意見を述べてください。」
 この解答を分析した結果、解答者の意見は主に4つに分類できることが分かりました。

1.人の減少

 コロナ禍において当然ながら、美術館に来る人は減ります。予約制で少々鑑賞はしやすくなったのですが、美術館の収益は減少します。アーティストも含め関係者は収入源を迫られます。そこで行われたのが様々な資金調達や支援でした。
 例えばMoMA (ニューヨーク近代美術館The Museum of Modern Art)では、希少本販売で展覧会資金を集めました(※2)。ワタリウム美術館はクラウドファンディングを行いわずか1日で目標金額の倍を達成したそうです(※3)。他にも様々な方法による資金調達が行われたようです。ただこれまで必要性を訴えられてきたことが、コロナ禍においてより鮮明になったと言えるでしょう。
 また、様々な組織や団体がアートに対して社会的な支援を行いました。東京藝術大学では同大出身作家のために基金を設立したそうです(※4)。京都市はアーティストや文化拠点の支援として「ふるさと納税型クラウドファンディング」を実施しています(※5)。文化芸術振興議員連盟は文科省へ500億円の給付を要望しました(※6)。海外においても、アメリカの政府組織が雇用維持のための最大約3200万円の支援を行ったり、イギリスでアーティスト支援のための賞が続々と設立されたりしているようです(※7)
 ウェブ版「美術手帖」の橋爪編集長は「政治との距離を適切にとりつつ、豊かな社会には文化が必要である、ということを主張し、いざというときに支援を引き出す。それは自由な表現のためにも必要」だと述べています(※8)。コロナ禍において、これまで脆弱だった資金や支援の問題がクローズアップされたと考えられそうです。

2.デジタル化

 コロナによる閉館を余儀なくされた美術館が、さっそく取り組んだのは展示や普及活動のデジタル化でした。
 展示のデジタル化では、東京国立近代美術館の「ピーター・ドイグ展」で展示室の360度画像が公開され(※9)、森美術館では「未来と芸術展」を3D空間で再現し(※10)、ビクトリア国立美術館ではバーチャルツアー配信(※11)などARやVRを駆使しながら様々な取組が活発に行われました。ただ、デジタル化が可能な人材や部門を持つ美術館と、それをもたない美術館では、切実な違いが生まれたようです。美術館にデジタル化を勧めている私の知人は、多くの美術館から「広報課も、情報課も、人材も予算もない」という答えが返ってきたとつぶやいていました。
 教育普及のデジタル化では、東京国立近代美術館がオンライン対話鑑賞プログラムを開始したり(※12)、角川ドワンゴ学園 N高と大原美術館のオンライン・アートイベントが開かれたりしています(※13)。北海道博物館から全国のミュージアムに広がった『おうちミュージアム』では、子どもたちが自宅で学べる塗り絵、工作、ゲームなどが数多く提供されました(※14)。海外でも、ファン・ゴッホ美術館が塗り絵を公開したり(※15)、ゲティ美術館が「SNSの名画再現チャレンジ」(※16)を企画したり、様々な取組が行われています。
 同時にデジタル化は、美術館の活動を再確認する動きも生みだしました。美術館によっては、デジタル化の必要がない美術館もあります。ミッションの再確認は必要です。また、これまで積み重ねてきた経験も大切です。東京国立近代美術館のオンライン対話鑑賞を実施するためには、20年かけて育成してきた解説ボランティアの力量が欠かせません(※17)。美術館の目的や実績を問われるのがデジタル化なのでしょう。
 また、デジタル体験のとらえ方についても配慮が必要です。デジタル体験を実物への導入と考えるのは妥当だと思いますが、「デジタル体験は仮想に過ぎない」という把握では、これまでの多くの人々の印刷物や画像などによる鑑賞体験を偽物にしてしまいます。
 「本物―偽物」の二元論にならないように配慮しつつ、デジタル化は「これまで来館できなかった多くの人が美術館や美術作品に関われるようになった」と積極的にとらえるべきなのでしょう。その上で、今まで、美術に興味ある「来館者」を対象にしていた取組みから、不特定多数の「市民」を対象に開かれる方向で検討を進めることになるだろうと思います(※18)

3.新たな空間やロボットの登場

 デジタル化に伴って、新たな空間やロボットも登場しました。
ポーラ美術館 ホームページより 話題になったのは、「あつまれどうぶつの森」というオンラインゲームの活用です(※19)。北京の木木美術館にはじまり、メトロポリタン美術館、箱根のポーラ美術館、太田美術館など、様々な美術館が収蔵作品をオンライン・コミュニティに開放しました。オンラインとはいえ「自分の部屋」に名作を飾るということが実現したわけです。美術館に「来館せねば味わえない」という美術館空間が拡張されたことは興味深い現象です。
 遠隔操作可能な移動式ロボットを用いた鑑賞も行われました。イギリスのヘイスティングス現代美術館は「テレプレゼンス」ギャラリーツアーを行っています(※20)。用いられているのは、移動できるPC画面と呼べるような比較的シンプルなロボットです。東京藝大美術館「あるがままのアート─人知れず表現し続ける者たち─」でも拝見しましたが、美術館スタッフと一緒に移動式ロボットで鑑賞者が移動する姿は、これからの美術館の姿を見るようでした。
オリィ研究所 本連載でも取り上げた「OriHime」を用いた鑑賞も行われています。病気のため中々外を歩きまわれない小学2年生の古川結莉奈さんが、自分でOriHimeを操作し、友達と一緒に「ヨコハマトリエンナーレ2020」の会場を回っています。「音声を介した会話以上に、モーションで感情を表現する機能が二人の心理的なつながり」(※21)がつくりだされたようで、やはり、OriHimeは「外出困難者という概念を消すデザイン(※22)」として新しい社会参加を創造しているようです。オリィ研究所の鈴木メイザさんは「新しいアートアクセスの可能性をつくりだしたい」と述べています(※23)。今後この分野の開発が進めば、これまでのコミュニティや人という概念が変化していくことは必須でしょう。

4.アートへの着目

 最後の視点は「これほどアートが語られた1年間はないのでは?」ということです。
 例えば、バンクシーが医療従事者の感謝(※24)やステイホームの活動などを表現するたびに(※25)、全国ニュースは繰り返しこれを報道しました。ダミアン・ハーストが医療従事者への敬意を示す新作を公開したこと(※26)、ルイ・ヴィトンがロックダウンしたパリの本社をアートで覆ったことなども話題になりました(※27)
 日本でも、多摩美術大学彫刻学科が「バーチャル彫刻展」を行ったこと(※28)、全国各地で子どもたちに黒板アートがエールを送ったこと(※29)など、多くのアートに関するニュースが数多く報道されました(※30)。コロナに直接的な関係はないものの、アーティストが壁画を制作したこと(※31)、アートなワークスペースが着目されていること(※32)など、アートが全国的に取り上げられる現象は今も続いています。
 本連載で有元先生が言及した「生存価(※33)」という概念を借りれば、コロナ禍において、人々は自分が生き残っていくために芸術や文化が欠かせないと実感したのだろうと思います。
 また、亡くなられている方がいる中で不謹慎だとは思いますが、「今回のパンデミックは、アートにとって本当に大切なものは何だろうかという核心的な価値観にも立ち返らせてくれた(アーサー・デ・ビルパン)」「危機はこうした悪影響をもたらすと同時に、市場における再構築とイノベーションのまたとない機会にもなり得る(マカンドリュー)」という意見もあります(※34)
 いずれにせよ、コロナ禍において、アートの役割が人々に強く自覚され、期待されていることは間違いないように思われます。

5.おわりに

 先に紹介した記事の中で、橋爪編集長はコロナ禍をきっかけに、これから、より「アートを社会に実装させる」必要があると訴えています(※35)。おそらく学校教育や美術教育でも同じことが指摘できるだろうと思います(※36)
 人の減少への対応は随分前から求められています。少子化-予算の縮小による美術の時数減は直面する問題です(※37)。また、緊急事態宣言下におけるデジタル化への対応は、いままで学校教育が「学校にこれる子」だけを対象にしてきたことを痛感させました。1人1台の端末やギガスクール(個別最適化学習)の推進、AIやロボットの登場などは、新しい学校や教室の登場を示唆しているようです。「どこにいても学習できる」ことが露呈した以上、教育は学校に来る「児童・生徒」から、より広範囲な「子ども」という概念を対象に考えられていく方向に進むでしょう。
 そのような状況で、美術教育もいっそう着目されていくだろうと思います。ただ、すでにカリキュラムマネジメント、STEAM、SDGs等、教育は「教科の学力」から「教育課程の学力」へ舵を切っています。美術のための美術教育から、教育全体に美術教育を拡張し「美術教育を教育に実装させる」、できれば「美術教育を社会に実装させる」をめざすことが、これからの方向だろうと思います。
 最近行われた研究会の企画文には、以下のような美術教育への期待が述べられていました。
 「中世ヨーロッパのペストの大災禍の後に、あのルネサンスが訪れた…(中略)…人々が生き残るために様々にこらした努力と工夫は、新たなイノベーションとなり、次代の世界を作り上げてきました。…(中略)…変革が起きる時に必要とされる創造的な思考は、美術教育でこそ育まれる能力でありましょう」(※38)
 「子ども」が「生存価」を高め、それを多くの人々が実感する教育実践を行うことが、この期待に応える方法なのだろうと思います。

※1:主催:一般社団法人 美術検定協会「2020年美術検定オンライン試験」。1~3級の実施は11月7・8日
https://www.bijutsukentei.com/test-guideline
※2:美術手帖「MoMAが120点の稀少本をオンラインで販売中。35万円のペーパーバックも」
https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/21765
※3:美術手帖「ワタリウム美術館の運営資金クラウドファンディング、わずか1日で目標金額の倍を達成」
https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/22580
※4:美術手帖「東京藝術大学が同大出身の若手芸術家を支援する基金を開設。新型コロナウイルスでの活動自粛を受けて」
https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/22107
※5:京都市「文化芸術活動の再開支援のためのふるさと納税型クラウドファンディングの開始について」
https://www.city.kyoto.lg.jp/bunshi/page/0000275115.html
※6:NHK「文化芸術の救済支援策に500億円を要望 議連」
https://www.nhk.or.jp/politics/articles/statement/37614.html
※7:ART BEAT NEWS「アート界はコロナ危機にどう対応しているか(3月23日~5月19日)」
https://www.tokyoartbeat.com/tablog/entries.ja/2020/03/covid19_artworld.html
※8:「美術検定」の解答者に最も引用された記事。BuzzFeed「アートは不要不急?コロナでどう変わった? 美術手帖・編集長にきく」
https://www.buzzfeed.com/jp/daichi/atohakoronadedowatta-nikiku
※9:Artlogue「3DVRは展覧会の新しい楽しみ方!?『ピーター・ドイグ展』3DVRが公開」
https://www.artlogue.org/node/8655
※10:森美術館「「未来と芸術展」3Dウォークスルー特別公開」
https://www.mori.art.museum/jp/digital/03/
※11:美術手帖「KAWSの個展や7万5000点のコレクションを自宅で楽しむ。ビクトリア国立美術館のバーチャルツアーをチェック」
https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/21613
※12:東京国立近代美術館「オンライン対話鑑賞プログラムを開始しました」
https://www.momat.go.jp/ge/topics/am20201111/
※13:学校法人角川ドワンゴ学園 N高等学校「オンライン・アートイベントを開催しよう」
https://nnn.ed.jp/news/blog/archives/10781.html
※14:北海道博物館「おうちでミュージアム」
https://www.hm.pref.hokkaido.lg.jp/ouchi-museum/
※15:美術手帖「ゴッホ作品を塗ろう。ファン・ゴッホ美術館が塗り絵データを無料で公開」
https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/21696
※16:美術手帖「自宅で名画を「再現」しよう。Instagramの新たなトレンド「#tussenkunstenquarantaine」とは?」
https://bijutsutecho.com/magazine/insight/21644
※17:この部分は東京国立近代美術館一條彰子主任研究員の指摘をもとにしています。
※18:美術手帖「新館長・鷲田めるろが語る十和田市現代美術館のポテンシャル。「日本の美術館界に一石を投じるものになりうる」」
https://bijutsutecho.com/magazine/interview/21381
鷲田館長は、「美術館は「基地」みたいなもので、「舞台」は街のような感じ。」と述べています。
※19:ポーラ美術館「#あつ森でポーラ美術館(飾ろう編)」
https://www.polamuseum.or.jp/acnh/
※20:「Robot Tours」
https://www.hastingscontemporary.org/exhibition/robot-tours/
※21:Artscape、田中みゆき「いま、ここにいない鑑賞者──テレプレゼンス技術による美術鑑賞」
https://artscape.jp/report/topics/10165277_4278.html
※22:奥村高明「学び!と美術<Vol.88>「OriHimeから考える「デザイン」~その2」」
https://www.nichibun-g.co.jp/data/web-magazine/manabito/art/art088/
※23:日本美術教育連合・美術教育力養成講座第3回「ロボットやWebを用いた新しい鑑賞教育のデザイン」における発言より。
※24:BBC「バンクシーの新作、英病院に登場 医療従事者に感謝のメモ」
https://www.bbc.com/japanese/52568993
※25:美術手帖「バンクシーも自宅で仕事中? 新作をInstagramで公開。「妻が嫌がる」」
https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/21717
※26:美術手帖「約4億円を調達。ダミアン・ハーストがチャリティー販売の結果を発表」
https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/22035
※27:美術手帖「ルイ・ヴィトンがパリ本社をアートで覆う。ロックダウンの首都に彩りを」
https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/21885
※28:多摩美術大学
http://www.idd.tamabi.ac.jp/art/exhibit/vc2020/
※29:佐賀新聞「黒板アートで新入生祝福 古賀さん(西九州大)「子どもたちを笑顔に」」
https://www.saga-s.co.jp/articles/-/510917
※30:NHK「コロナ禍でうまれた“クリエーション”がNHKプラスクロスSIBUYAに集結!」
https://www.nhk.or.jp/event-blog/exhibition/441434.html
※31:川崎経済新聞「アーティストが壁画を制作する風景」
https://kawasaki.keizai.biz/photoflash/2394/
※32:美術館で仕事や会議をする空間「はたらける美術館」
http://art-housee.com/yoyogi/
※33:奥村高明「学び!と美術<Vol.98>「対談:生存価としての図画工作・美術」」
https://www.nichibun-g.co.jp/data/web-magazine/manabito/art/art098/
※34:美術手帖「メガギャラリーはコロナ禍をどう乗り越えるのか? その戦略を探る」
https://bijutsutecho.com/magazine/insight/22807
※35:前掲8
※36:アートと社会を二元的にとらえ過ぎないように配慮する必要はあります。
※37:そのような中で、35人学級の成立教育支援はうれしいニュースでした。
※38:真住貴子「ウィズ・コロナの美術教育 変わること、変わらないこと」美術教育研究会、第26回美術教育研究大会・オンライン大会プログラム大会企画文より