学び!とPBL

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Education 2030と新しいコンピテンシーの定義①
2020.01.20
学び!とPBL <Vol.22>
Education 2030と新しいコンピテンシーの定義①
三浦 浩喜(みうら・ひろき)

1.OECD東北スクールとOECDキーコンピテンシー

 OECD東北スクールの成功は、国内においては学習指導要領の改訂などに影響を与えることになりますが、国際的にもその成果は影響を与えることになります。OECD教育スキル局は、1997年にはじめたDeSeCoプロジェクトによるキーコンピテンシーの定義を、社会の変化に合わせて再定義するプロジェクトを東北スクールの終了直後の2015年に開始しました。それがEducation 2030です(本連載の第11回第15回で簡単に触れています)。
 一般的にOECDキーコンピテンシーと呼ばれる能力は

  1. 相互作用的に道具を用いる/1A.言語、シンボル、テキストを相互作用的に用いる能力/1B.知識や情報を相互作用的に用いる能力/1C.技術を相互作用的に用いる能力
  2. 異質な集団で交流する/2A.他人といい関係を作る能力/2B.協力する。チームで働く能力/2C.争いを処理し、解決する能力
  3. 自律的に活動する/3A.大きな展望の中で活動する能力/3B.人生計画や個人的プロジェクトを設計し実行する能力/3C.自らの権利、利害、限界やニーズを表明する能力

の三つに分類されており、これらは、DeSeCoと補完関係にあるPISAによって評価されます。
 OECD東北スクールのスタート時では、プロジェクトによってこのOECDキーコンピテンシーがどのように伸びるかが大きな意味を持っていました。しかしプロジェクトの進展とともに、違和感が増し別の評価指標をつくったことは既に述べました(連載第7回)。

2.PISAが求めているもの

 シュライヒャー氏によれば、PISAを提案したのは5人であとはみんな敵だった、というほど、プロジェクトは困難を極めたとしています。現在もなお、PISAが国際間で学力競争を煽っているとして、各国の知識人を中心に反対意見が途切れることはありません。実際、フィンランドでは、PISAの高スコアを維持するために移民の受け入れを渋ったり、PISAのためのドリルのようなものが出てきたりしたという話を、同国の研究者から聞いたことがあります。また、わが国においても2003年の調査で、読解力や数学的応用力が低下しているとされ、これが「PISAショック」となって「ゆとり教育」の排除につながったのは記憶に新しいところです。
 しかし、このような対応はPISAの趣旨からすれば誤っているといわざるを得ません。PISAを行う趣旨は、そうした子どもたちの学力レベルや構造が、どのような教育制度、社会的インフラ、文化状況によってもたらされるのかを国際比較によって明らかにすることであり、子どもたちの背景を無視して、付け焼き刃のように学力を高めても何の意味もありません。何よりも教育の目的が、学力の向上ではなく、well-being(よりよいあり方)に置いている点は重視すべきだと思います。2019年末、PISA2018で再びわが国の読解力が低下したことがあちこちで取り上げられていますが、またあの「ショック」が再来するのでしょうか。

3.Education 2030

図1 2015年時点でのコンピテンシーの概念図(OECDジャパンセミナー) さて、Education 2030は、現在の子どもたちが大人になる2030年ごろには、どのような能力が必要となって、それはどのような教育によってもたらされるのか、という問いからスタートしました。これらを明らかにするために、世界各国の教育研究機関と連携するのみならず、日本を含む世界の教育省や教育行政、そして何より教育の当事者である教員や生徒たちの幅広い声を正面から受け止めて議論を進めていくという、オープンな方式をとりました。私たちの地方創生イノベーションスクール2030も、その「声」を届けることが目的の一つでした。
 OECDといえば約40カ国からなる経済先進国からなる組織ですが、非加盟国も含め、かつ教育の最終目標を「経済発展」ではなく「個人や社会のwell-being」に置いています。

図2 2016年12月の概念図(OECDジャパンセミナー)

図3 2017年3月の概念図(OECDジャパンセミナー) 世界の多様な価値観を前提にしつつも、VUCAと呼ばれる、気まぐれで、不確実で、複雑で、曖昧な社会で生き、その社会を変えるイノベーションを起こすために必要な知識やスキル、態度、価値観とは何かを協働的に探っていくことが中心です。
 毎年開催されるOECDジャパンセミナーでは、地方創生イノベーションスクール2030の実践が報告されると同時に、Education 2030の進捗状況が毎回報告されました。コンピテンシーを示す概念図は毎回変わり、再定義の難しさと同時に、様々な声を拾い集めながらつくり出していく真摯さを強く感じました。むしろ、このプロセスに強い魅力を感じるくらいです。

4.OECDラーニングフレームワーク

 本節は生徒国際イノベーションフォーラム2017の準備を進めていた2017年ごろを述べているつもりですが、上記のEducation 2030は現時点で一定の結論を出しているので、現在の状況を述べさせていただきます。

図4 OECDラーニングフレームワーク2030

 図4に示すのが、OECDラーニングフレームワーク2030と呼ばれる概念図で、次回に示そうと考えているラーニングコンパス2019の前身となるものです。
 左の方を見ると、知識(Knowledge)やスキル(Skills)、態度や価値観(Attitudes and Values)のそれぞれの内容が示されるとともに、その三つが一つになってコンピテンシー(Competencies)を構成する様子が表現されています。右側の円の中には生徒(Students)がいて、読み書き(Literacy)、データ(Data)、デジタル(Digital)、算数(Numeracy)等の認知的な(Cognitive)基礎能力や健康(Health)、社会的および情動的(Social & Emotional)な能力が基礎となり、その周りに「新たな価値を創造する力(Creating new value)」「対立やジレンマに対処する力(Reconciling tensions & dilemmas)」「責任ある行動をとる力(Taking responsibility)」の三つの能力があり、これらがよりよい未来の創造に向けた変革を起こす力に必要な要素としています。その外側には、この力を伸ばしていくための、見通し(Anticipation)、行動(Action)、振り返り(Reflection)を繰り返すAARサイクルが示されています。これらは全体として個人と社会の(Individual & Social)Well-Beingに向かうものとなっています。
 さらには、これらがたんに個人に内蔵された能力と発達していくのではなく、親(Parents)、教師(Teachers)、仲間(Peers)、コミュニティ(Communities)との間で育まれているという点が重要です。能力というのはレゴブロックのように実態のある「モノ」ではなく、生き物のように生態系(Ecosystem)の中で生まれ育まれるものだからです。