美術による学びの成長ストーリーvol.13
次は、みんなで一緒にやりましょう!

 中学校の美術による学びのチカラを、3年間の生徒の成長する姿に重ね、読者と一緒に考える、連載コラムです。

 長引く休校の中で、遠隔とかオンラインとか・・・・・・、中には一方的に送られてくる課題の山に苦しめられる生徒たちもいたそうですね。そんな中、美術では多くの先生たちが工夫して、生徒たちが興味をもって、楽しく、そして美術の学びをしっかり身に付けていくことができるようにと工夫して取り組んでおられます。 
 さて、今回は、このような状況の中、ある若い先生が、知的・発達障害のある生徒が自宅で取り組める学習として、学校のHPとZoomによるオンライン授業で取り組んだ実践を紹介します。授業の最後の先生から生徒たちへのメッセージは「次は、みんなで一緒にやりましょう!」でした。生徒たちが一日も早く学校へ来て「美術がしたい」と思ってくれるような授業をめざしたのです。

 日文のHPにも、たくさんのオンライン授業のコンテンツが紹介されています。この連載の第12回に連携させて鑑賞学習のコンテンツ*1に活用してくださった先生もおられます。そして、これらのYouTubeで紹介された動画に触発され、自分たちでも効果的なオンライン授業をつくってみようとチャレンジする先生が一機に増えていきました。
 そのような中、知的・発達障害のある生徒の授業を担当している先生も、自宅待機の学生の遠隔授業をすることになり悩んでいました。「何が難しいか、ひと言で言えば、多様性がある、ということなのです」と彼女は言います。
 まず一つは、直接関わることが難しい遠隔授業で、どうすれば多様性のある全員の意欲を高められるのか?という点だそうです。 いま一つは,安易な指示が、事故や問題に発展しかねないという点です。たとえば見立ての造形活動をするために「外で面白いものを見つけて拾ってこよう」といった指示だけ出すと、危険なもの、他人の所有物などまでを拾ってくる場合も考えられるということです。
 なるほど、ついつい「面白いね」と飛びつくような題材でも、特別支援教育に取り組んでいる先生は、生徒たちの多様性から、それこそ多様な展開を想定して、リスク管理しているのだ、とあらためて教えられました。
 そのような中で、まずアイスブレーキングを兼ねて取り組まれたのが、「色水をつくってみよう」という「色水遊び」を通しての色彩学習でした。乳酸菌飲料の小さくて透明なボトルに、三原色から生み出される美しい色の発見や驚きを楽しみながら、色彩についての関心を高め、学びを深めようというものです。
 紙切れに三原色の水性ペンで色を塗りつけ、それをボトルに入れて振れば美しい色水ができます。赤、青、黄のサインペンで三原色の色水を作り,卵パックなどを利用して、それらを混色していきます。自然に混色の原理が学べ、何よりも、色の変化やその美しさに感動します。
 これには、みんな大興奮で、こんなに面白いこと初めてやった!と喜んで取り組んだようです。中にはZoomでの先生の問いかけ「赤と黄色を混ぜたら何色になるでしょう?」に「青!」と自信満々で答えた人もいたそうです。でも先生は「なるほど、三つの色の内、先生が言わなかった青を選んだのですね」とその生徒のものの考え方に寄り添います。その上で、もう一度やってごらんと促すことで、今度は混色に関心を向けて試みます。実際にはオレンジに変化したのを見て「あ!」と思わず叫んだ生徒のそのひと言で、新しい知識を獲得できたことが分かるのです。
 さらに、次の題材として取り組んだのが「フロッタージュ」です。自宅待機している生徒への美術の授業で難しいのは,どこの家庭にでもある「もの」で授業を成立させるという点です。先生は、これにも悩みました。なぜなら、絵の具などの道具の大半を学校に置いたままだったからです。
 ましてや画用紙などあるわけもなく、何かないだろうか?と探し求め、自分が中学生のときに使っていた「美術」の教科書*2をパラパラめくっていたら、酒百宏一(さかおこういち)さんが取り組むフロッタージュに目がとまったそうです。このとき「ありがとう!日文さん」と心の中で叫んだそうです。中学校のときに使っていた教科書が教師になってから役だったと聞いて、著者としてとても嬉しかったです。
 「これだ!これなら、家にある鉛筆と普通の紙でできる!」と、すぐに題材化に取り組みました。これもHPで分かりやすく活動手順を示し、Zoomによるオンライン授業を展開しました。この活動の面白さと技法の要点を押さえれば、あとは自分でいろいろやってみるだけ。Zoomでは自分がやってできたものを見せ合いました。
 「次は、鉛筆以外の道具や色付の紙・・・・・・」と材料や用具を変えてみることを提案しました。先生は「全部手取足取り教えてしまうと、その枠の中でしか活動できない人もいれば、何も教えなければ、わからん、できんと動かない人もいる。どこまで伝えて、どこから自分で考えさせるかの線引きを一律に引くことが難しい。自分で広げ、見つけ、造形の面白さや喜びを知ってほしいのです」と。
 いよいよ休校が解かれてみんなが集まってきます。「次は、みんなで一緒にやりましょうね」とZoomの授業を閉じました。先生は、きっと面白いフロッタージュを求めて、学校内のあらゆる所を楽しそうに探し回る生徒たちの姿を思い浮かべているのでしょう。そして既に次の展開も予定しているそうです。

*1 日文Webサイト>中学校美術>みんなの美術室>美術の先生のコンテンツ>「出会って広げよう」

*2 「美術1 自由な心で」(平成17年検定版、日本文教出版、P.5)

執筆者紹介

大橋 功
岡山大学大学院 教育学研究科 教授 (美術教育講座)

 

○専門分野
図画工作・美術科教育に関する学習指導と教育課程、教材開発に関する研究

○経歴
京都教育大学卒業、大阪市立淡路中学校、大阪市立城陽中学校、兵庫教育大学大学院学校教育学専攻芸術系派遣留学修了、大阪市立柴島中学校、佛教大学、東京未来大学を経て2011年より現職

○所属学会
日本美術教育学会理事、事務局長、日本実践美術教育学会会長、美術科教育学会会員、大学美術教育学会会員