ここがポイント
全員の作品を展示する意味と育まれる学び
皆さんの学校ではどのような作品展示発表が行われているのでしょう。『開校週間』という名前や形だけではなく、いろいろなスタイルで保護者を招いて作品を見ていただく機会を設けていらっしゃるのではないでしょうか。文化祭もその一つですね。
漫画のエピソードでは主人公の井澤先生が展示発表の準備に余念がありません。ただ彼が行おうとしていたのは、優れた作品をピックアップして展示するという方法でした。もちろんこれも大切な展示スタイルといえます。しかし今回は保護者等の方にも見ていただく機会だということを忘れていてはいけません。完成度や技巧的な魅力は一目で見る人に感動を与えます。ここで注意すべきことは、指導者が見るべき点や学ぶべき点を示す文章掲示をする必要があるということです。重要な文章がないと展示された作品は非常に偏った価値観で見られてしまいます。それを表す鑑賞者のことばが「上手ね~」や「うまいね~」の言葉に現れます。子どもたちはそこで自分の力量を相対的に判断してしまいます。「そんなのできないよ~」という思いが多くの子どもたちの心に去来します。それを打破する展示が全員の展示をしようという方向性です。
いろいろな事情があると思いますが、できる限り全員参加を目指したいものです。その際大切なことが名前のラベルだけを作品につけるのではなく作品に込める思いを表した文章をそえるというものです。そうした文章に価値を見出すためには、多角的な価値に対して「感じ取る」という心を鑑賞者の子どもたちが持てるよう、よさを見出だせるように指導する美術科教師の力量が試されます。
何を作者は表現しようとチャレンジしたのか、何が尊いのか、深遠な学びですが少しずつ育んでいきたいですね。そのためには否定的な目で見るだけではないことが大切になるのです。
自己肯定感と居場所
多角的な魅力に敏感になった子どもたちは、少しずつ主題を深めていきます。自分の「描く、つくる、考える」ことの意味を持ち始めます。語りだすのです。この心の芽を大切に育てたいものです。
普段はちょっとカッコつけたい田村君は美術が苦手です。今回の自画像の作品もどう表現していいのかわからず、周りがニコニコ友達同士、語り合いながら制作しているのに劣等感の塊のようになってしまい絵をめちゃくちゃに壊してしまいます。そんな田村君に井澤先生は焦らなくていい、自分の本当の姿とは何か、それを表すのに負けずにチャレンジする姿があればいいと指導します。今回の井澤先生は珍しく(失礼)上出来でしたね。自分の息子の作品と文章を発見し、田村君のお母さんは涙を流されていました。お母さんは、本音で自分の可能性を語る息子の姿を見て、普段は手のかかる子だと思っていたのにその成長を喜ばれたのではでしょうか。
このことでわかるように保護者を招く作品展示発表にはすべての生徒の居場所が必要なのです。
本音を見せる子どもたちには信頼が生まれます。子どもと子ども、子どもと教師等。そうです美術科にはそんな力があるのです。
(シナリオ・監修、文 川合 克彦)



