美術による学びの成長ストーリーvol.12
新学期がスタートしたけれど
学校に行けなくても、美術の教科書で学べること

 中学校の美術による学びのチカラを、3年間の生徒の成長する姿に重ね、
読者と一緒に考える、連載コラムです。

令和3年度版の新しい美術の教科書より 美術1 表紙

 こんなことがあっていいものか、未だに落ち着いて授業に取り組めない日々が続いています。この記事が掲載される頃には日常を取り戻せていることを願うばかりです。2020年はコロナウィルス来襲とともに明け、その猛威の下、全国の学校で休校が相次ぎ、新学期を迎えたのに,まともな授業が始められないままの所も少なくないようです。そんな中、美術の授業もどうすればよいものか、先生たちも悩んでいます。

 「はてさて、困ったな」新年度が始まり、教科書や新しい教材を手渡すことがかろうじてできたのだが、政府による緊急事態宣言を受け、臨時休業で生徒と会えない状況の中、美術担当の先生は頭を抱えてしまいました。
 一人で3学年の美術を担当しているのですが、新年度の最初の授業は教科書の表紙の作品の鑑賞学習からスタートしてきました。それぞれ、表紙の作品をじっくり見て、感じたこと、気付いたことを対話的に交流するところから始めます。生徒たちと対話していると、同じものを見ても感じ方がそれぞれ違います。
 ところが、みんなと違うことを恐れるあまり、発言できない生徒もいます。ですから、ここで一番大切にしたいのが「みんな違ってみんないい」の実感なのです。みんな同じでないからこそ、違った見方や考え方から学び合えるし、助け合える。美術の授業を通してこそ、個性的な存在としての自分に自信を持ち、お互いに尊重し合えるようにしたい。
 でも、今年はそうはいかないなぁと困り果ててしまったのです。せめて手渡した教科書を使って、それぞれが自宅で楽しく美術の学びへのアプローチができないものだろうかと考えていたところ、美術館のワークショップで取り組んだ「アート探偵団」を思い出しました。班ごとにエリアを分けて、そこでお気に入りの作品を探します。作品が決まったら、その作品を表す10のキーワードをワークシートに記入します。そのワークシートをチーム同士で交換し、今度はそのキーワードを手がかりに作品を探し出すというものです。
 これを、教科書を使ってやってみてはどうだろうかと考えました。まず、遠隔授業用に用意したシステムを使って、ワークシートを配布します。生徒は教科書の中から自分のお気に入りを選んでキーワードを記入して先生に添付ファイルで返します。先生は、それをお題として、別の生徒に配布していきます。生徒たちはクラスの誰かが記入したキーワードを手がかりに作品を探します。
 全学年でやってみましたが、どの学年にも、先生も気付かなかった面白いものがいくつかありました。例えば以下のような例がありました。
1年生(美術1)
キーワード:暴力反対、怒っている、こわい、でもこわがっていない、態度悪い、そこは座っちゃいけない、ちゃんとしろよ、べつにー、もう疲れた、背中かゆい
 先生も最初は見つけられませんでした。中学生らしい見方なんでしょうね。
2年生(美術2・3上)
キーワード:誰がいちばん? 必死、優雅、仲良し、17、世界でいちばん大事なこと、お好み焼き、赤が強い、みんな違ってみんないい
 先生は我が目を疑いました。「みんな違ってみんないい」を生徒から出してくるなんて! いったいどんな作品?
3年生(美術2・3下)
キーワード:つくってみたい、どうやってつくるの? 大きい、気持ちよさそう、どろどろ、達人、芸術家っぽい、力はいっています、汚れても気にしない、動画で見たい
 「ん? これは、何を選んだんだ?」と先生も戸惑いました。「すごいなぁ」という驚きと自分も「やってみたい」という気持ちが伝わって来ます。なるほど、作品を見るだけでなく、つくっている人の姿から、つくる楽しさ、喜びを感じ取っているのか、と感心しました。
 これは、先生自身が、生徒がどんな目と心で美術に触れているのかを知るとてもいい機会になったそうです。そして、生徒たちにとっても、じっくりと教科書を見るいい機会となったようです。
 そして、生徒ではなく、保護者からメールが届きました。「久しぶりに美術の教科書を娘といっしょに見て楽しみました。驚いたのは図版の美しさ、教科書の大きさです。そして、私たちの頃よりも幅広い身近なものも載っていて、あらためて美術って大事だなと思いました」と書かれていました。
 この話を聞かされて、とても嬉しかったのはもちろんですが、美術の教科書を親と一緒に見る機会をつくるのは大事だなと思いました。また「動画で見たい」と言ってくれた生徒さん。なんとタイムリーな! 来年からは動画も見られますよ!!と密かに心の中で叫んだのです。

 ※本文中のキーワードで作品探しをしてみてください。わかりましたか?
【答え】
美術1 P.20 《バレエの授業》
美術2・3上 P.41 《HIROSHIMA APPEALS「鳥たち」》
美術2・3下 P.2・3 《美を探し求めて》伊勢﨑淳氏の制作風景

平成28年度版教科書より 美術2・3下 P.2・3

執筆者紹介

大橋 功
岡山大学大学院 教育学研究科 教授 (美術教育講座)

 

○専門分野
図画工作・美術科教育に関する学習指導と教育課程、教材開発に関する研究

○経歴
京都教育大学卒業、大阪市立淡路中学校、大阪市立城陽中学校、兵庫教育大学大学院学校教育学専攻芸術系派遣留学修了、大阪市立柴島中学校、佛教大学、東京未来大学を経て2011年より現職

○所属学会
日本美術教育学会理事、事務局長、日本実践美術教育学会会長、美術科教育学会会員、大学美術教育学会会員