美術による学びの成長ストーリーvol.08
「主体的・対話的で深い学び」って何?− 新学習指導要領を読む①

 中学校の美術による学びのチカラを、3年間の生徒の成長する姿に重ね、
読者と一緒に考える、連載コラムです。

 新しい学習指導要領では、資質・能力の三つの柱として「知識・技能」「思考・判断・表現」「主体的に学習に取り組む態度」を掲げ、これらの資質・能力を獲得するために、基礎的な知識・技能の「習得」、これらを「活用」して思考・判断・表現し、主体的に「探究」する態度を培っていくことが目指されている。そして、その学習過程においては「主体的・対話的で深い学び」が実現するよう、不断の授業改善に取り組むことが求められています。
 でも・・・
 「うーん、いままでと何が違うの?」
 「主体的・対話的って?」
 「深い学びって何?」
 なんだかわかったような、わからないような・・・
 そこで、今回は、具体的な事例を通して考えてみましょう。

 中学校1年生のT君は、美術が苦手で、「世の中から美術なんてなくなればいいのに……」と密かに思っていました。
 夏休みも明けてしばらくした「美術」の時間、酸性雨や地球温暖化など環境破壊に関するビデオを見るところから授業が始まりました。何となくビデオを見ているうちにT君は、こんなことを続けていると地球は破滅してしまうことがわかっているはずなのに、目先の利益や利便性を優先する社会や大人たちに怒りを感じていきました。
 ビデオを見た後のグループ討議では、だれもがよくないと感じ、怒りを同じように感じている様子でした。先生は「今の気持ち、思いをどうやって世界の人たちに伝えていけばいいだろう」と問いました。
 これは環境問題について考えたことを伝えるポスターの学習の導入でした。愚かな大人たちへの怒りが収まらないT君は、いつもとは違い、知らず知らずのうちに、「どうすれば、その愚かさに気付かせることができるだろうか」と真剣に考えはじめていました。
 T君は、自然が大好きで、この夏休みも家族と高原にキャンプに行きました。アイデアスケッチでは、湖の畔で過ごしたときに見た美しい風景に「この美しい自然を子どもたちに残せますか?」とのメッセージを入れました。
さて、グループの仲間とお互いのアイデアを交流する場面になったとき、T君は驚きました。植物も生き物も死に絶え、荒れ地に野ざらしとなっているようなおどろおどろしい絵や、痩せ細って息も絶え絶えの人々を描いているような友だちもいるのです。
同じ思いを持ちながら、残すべき美しい自然をアピールする者もいれば、まったく逆に、このまま放置したら取り返しのつかない世界になってしまいますよ!と警告する者もいることに気付かされました。
 T君は、この交流の後、自分の作品の半分を美しい世界に、後半分を荒廃した世界に分けて構成し直しました。そうすることで、より伝えたいことが明確になったと自分でも気に入った構想を練ることができました。
 この後、苦手な絵の具の使い方も、何とか自分の伝えたいことが伝わるようにと工夫して、今まで以上に粘り強く、納得がいくまで試行錯誤しながらやり遂げました。そのうちに、早く完成させたくて、次の美術の時間を待ち遠しく感じるようにすらなっていったのです。そして、この絵を少しでも多くの人に見て貰いたいと、県の展覧会への出品を自ら申し出たのでした。
 さて、このような怒りを感じさせる授業の入口は、まさに主体的な学びへの入口となっています。さらに、学習過程の適切な場面で仲間との交流や鑑賞活動といった対話的な活動を設定し、自分だけでは気づけなかった発想へと発展させることができました。そして、実現したい価値としての主題を実現するために探究的に取り組み、学びが深まっていった様子が見てとれます。
このように、主体的な学びの入口がきちんと作れているだろうか、対話的な学びの過程が適切に用意されているか、こうした学習を往還させながら学びを深め、学びの意義を自覚できる出口が用意されているかと、計画し、振り返り、授業改善していくことが求められるのです。

執筆者紹介

大橋 功
岡山大学大学院 教育学研究科 教授 (美術教育講座)

 

○専門分野
図画工作・美術科教育に関する学習指導と教育課程、教材開発に関する研究

○経歴
京都教育大学卒業、大阪市立淡路中学校、大阪市立城陽中学校、兵庫教育大学大学院学校教育学専攻芸術系派遣留学修了、大阪市立柴島中学校、佛教大学、東京未来大学を経て2011年より現職

○所属学会
日本美術教育学会理事、事務局長、日本実践美術教育学会会長、美術科教育学会会員、大学美術教育学会会員