美術による学びの成長ストーリーvol.14
生き方を考える美術のチカラ

 中学校の美術による学びのチカラを、3年間の生徒の成長する姿に重ね、読者と一緒に考える、連載コラムです。

 中学校での美術の学び、といえば教科である「美術」がまず第一に頭に浮かびます。しかし、どの教科でもそうですが、学ぶことによって身につけた「チカラ」を生活の中や社会で働かせることが求められます。
 美術で言えば、「造形的な見方、考え方を働かせて・・・・・・」ということでしょう。さて、今回は、中学3年生が総合的な学習の時間で取り組んだ「自分年表」の活動で働かせた美術のチカラのお話です。

 中学校3年生にとって、進路を考えることはとても大切なことです。小学校や中学校においては「校区」や「学区」と呼ばれる生活圏にある学校に通うケースが多いのですが、中学校を卒業すれば、自分で選んだ道にそれぞれ進むことになります。進路を考えるということは、どこの高校に行くとか、どんな仕事に就くかということだけでなく、どんな生き方をしていくのかを考えることでもあります。
 そこで、自分のこれからを考えるためにも、まず自分のこれまでを振り返ってみよう、ということから「自分年表」をつくる活動に取り組むことになりました。総合的な学習の時間ですので、担任が行います。もともとは、一般的な年表と同様に時系列の一覧表にしていく予定の活動でした。しかし、美術科を担当するM先生は、言葉ではなく、形や色彩を用いて自分のこれまでを振り返ってみたらどうだろうかと考えました。そして、学年の先生たちと相談し、自分の学級では「言葉はいらない自分史」という題材として取り組みました。
 「生まれてから今日までの自分の人生を振り返ったとき、とても強く印象に残っている忘れられないことってありますね。それは楽しかったこと、嬉しかったこともあるだろうし、辛かったこと、悲しかったこともあるでしょう。そのときのことを思い出して形や色彩で表したらどんなだろう?」と問いかけました。
 画用紙の大きさ、形状、描画材料などは自由にしました。この学年では、1年生のときに絵の具などで自由に「遊び」ながら多様な技法を自ら生み出していく題材に取り組みました。もちろん、概念的な図像を用いて表そうとする生徒もいるでしょうが、自分の気持ちを抽象的な形態や色彩によって象徴的に表現しようとする生徒も少なからずいることは予測できました。
 まさに予想通り、活動は一人一人の個性が表れるものでした。「〇〇してもいいですか?」などと尋ねるような生徒はほとんどおらず、思うがまま、あれこれと思案し、試行し、友達と共有や交流を行いながら自分で決めて創り上げていきました。
 さて、自分の作品が出来上がったら、それをカラーコピーで縮小し、そのコピーに、友達からコメントを書き込んでもらいました。「ここの色は病んでいたとき?」なんて深刻な質問もあれば、使われている色から連想して「桃が好き?」といったものなど、さまざまです。
 中には、自分の作品のカラーコピーをハサミで切って再構成する生徒まで出てくるなど、自由で解放的な気持ちで自己表現しています。そして描かれている形や色彩などから、その向こうにある心情を読み取ろうとしていることも伝わってきます。
 自分の人生を振り返りながら、形と色彩に自らを投影しつつ、まさに「つくり、つくりかえ、つくりだす」という小学校図画工作科の「造形遊び」由来の活動となりましたが、結果としては自らの内面世界の象徴的表現となり、それを相互に鑑賞し合いながら、生き方に触れるという学びの深まりが見られました。
 活動後の振り返りには「言葉ではなく、形や色彩で思い出を表現し、伝えられることがわかった」「全然違う見方をされたところもあるが、ちゃんと伝わったところもあってびっくりした」など、造形的な見方・考え方の意味や意義を感じ取っているようでした。
 どの生徒も、美術の学習で獲得した知識や技能を総動員して試行錯誤し、自分の気持ちにぴったりくる色を探し求め、形やタッチなどを納得出来るまで追求している姿がみられました。おそらく、言葉で書き連ねただけの年表よりも、深く自他の生き方に触れることになったでしょう。それが美術のチカラなのです。

執筆者紹介

大橋 功
岡山大学大学院 教育学研究科 教授 (美術教育講座)

 

○専門分野
図画工作・美術科教育に関する学習指導と教育課程、教材開発に関する研究

○経歴
京都教育大学卒業、大阪市立淡路中学校、大阪市立城陽中学校、兵庫教育大学大学院学校教育学専攻芸術系派遣留学修了、大阪市立柴島中学校、佛教大学、東京未来大学を経て2011年より現職

○所属学会
日本美術教育学会理事、事務局長、日本実践美術教育学会会長、美術科教育学会会員、大学美術教育学会会員