Vol.06 新庄玲子 准教授
数学の面白さは、美術の中に潜んでいる

 世の中を“美術でのつながり”を探って、あらゆる分野で活躍される人物にインタビューするコーナー。第6回は数学者の新庄玲子准教授です。

新庄玲子(しんじょう・れいこ)/国士舘大学理工学部准教授。専門は数学(幾何学)。本業の傍ら創作活動を行っており、第26回、第27回雑貨デザイン画コンペティションではそれぞれベルト・サスペンダー部門、帽子部門で最優秀賞を受賞。そのほか、テキスタイルデザイン、キャラクターデザインなどでの受賞歴もある。

 そもそも、なぜ数学の道に進もうと思ったのですか?

 両親の職業がグラフィックデザイナーだったこともあり、昔から絵を描くことが好きだったんです。でも小学校の頃の同級生にものすごく絵のうまい子がいて、子ども心にプロになるのはこういう子だろうなって思いました。そのうちに高校の先生になりたいという目標ができ、大学では数理学科に入学しました。美術の世界は才能によるところが大きいように感じますが、フリーの数学者などはあまりいないことからも分かるように、数学は大学で学ばないと突き詰めることはできないのかなと。だから美術のほうは趣味で続けて、数学は大学で勉強してみようと思ったんです。

 数学を学ぶ面白さや楽しさって何でしょうか。美術とは対極にあるような気がしますが。

 音楽を聴いたり、映画を観たりすることが、どうして面白いかって考えたことがありますか? たぶん数学の面白さもそういったものと同じ感覚なんですよ。数学が好きな人は、暗記みたいに型にはまらないで、自ら考えることを楽しむ人が多い。この問題を解くのにこの観点で見れば解きやすいとか、全然違う見方をしてみたらスパッと解けるというようなことが多くて、パズルや謎解きをする感覚に近いんです。だから、数学が嫌だとか苦手だとかというアレルギーが出てしまう前に面白さを知れば、もっとたくさんの人が数学を好きになれると思うんです。

 やはり新庄先生も子どものころから数学が好きだったんですか?

 実は私は大学に入るまでは数学はそれほど好きではなかったのです(笑)。ただ、興味を持ったのはやはり美術との関わりが大きいように思います。例えば、テキスタイルのデザインにはパターンがあるものがあって、ベースとなる図形を一つ用意すればいくらでも大きく広げていける。でも複雑なパターンだと基になる図形をどうやったら描けるのかが分からない。でも描き方が分かっているだけではもちろんいい作品は作れない。そういうところに美術的な視点が関わってきます。私の場合は、両親の仕事場にエッシャーの図録など、美術の本がたくさんあって、幼い頃からそれらに触れていたので、その中で規則性のある幾何学模様などに、どことなく数学との関係を感じてたのかもしれません。

 そう考えると、数学と美術に共通するものはありそうですね。

 そうですね。例えば、日本建築の分野にもあって、大工さんが使っている直角定規の工具「指矩(さしがね)」もその一つです。指矩は、表に「1」の目盛り、裏に「ルート2」の目盛りが振られています。指矩を使うと簡単に丸太の直径や中心が分かったり、それを利用して一番無駄がない正方形の角材を切り取ることができる。これには「直径を一辺に持ち、円周上に一辺を持つ三角形は直角だ」という円周角の性質が利用されています。ほかにも直角三角形の辺の比を利用して、分度器の代わりに30度、45度、60度などの角度が測れます。
 また、自然界の中にあるものでいうと、蜂の巣のハニカム構造などもそうですね。正多角形で平面充填(へいめんじゅうてん:※平面内を図形で隙間なく埋めること)できるのは、正三角形と正方形と正六角形だけだということは数学を学ばないとなかなか気づかない。周の長さが同じだとすると、この中で一番面積が大きくなるのは正六角形です。蜂は無意識というか、知らないうちに広い部屋を作っているんですね。

 数学と美術がつながっているとても興味深いお話です。ところで先生は、位相幾何学の一分野である「結び目理論」がご専門だそうですね。

 空間内にある紐でつくることができる結び目について研究しています。何パターンもある結び目を絵で描き表すのですが、あくまでも数学なので「数学的」にきちんと定義をします。ただ、結び目は三次元で認識できていなければいけません。だから、厳密な定義だけでなくイメージして描くこともすごく重要なんです。私は幼い頃から絵に触れていて美術が好きだったので、幾何的、視覚的に結び目をとらえる、「図示する」という研究手法が好きなんです。絵で表現する力が必要なところが普通の数学とは違う点ですね(笑)。

 なるほど。美術の素養がご専門にも生かされているわけですね。そんな新庄先生はイラストレーターとしての一面もおありだとか。

 私が作品をコンペに出品したのは、アーティストの高橋理子さんに刺激を受けたのがきっかけです。円と直線のみで描く彼女の作風がとても好きで、どうしてもお会いしたくなって、彼女が審査員を務めるコンペに応募したんです。だから入賞できたときはとてもうれしかったです。その後のコンペでは、自分の専門分野の数学の知識を生かしたベルトや水引の結び目などのデザインにも挑戦するようになりました。普段の研究では結び目を図示したり、図示したものを変形したりする作業をしているのですが、絵を描くときにも何か生かせないかなと考えています。結び目っていろいろな性質があるんですけど、今後は絵を通して、結び目の性質を突き詰めるみたいなことにもチャレンジできたらと。

 それでは最後にお聞きします。もし美術の授業を持つとしたら、どんな授業をしたいですか?

 繰り返し文様をみんなで描いてみたいですね。紙を切って貼り合わせるだけで作れるものなので、絵を描くことが得意でなくても手を動かして楽しくできると思います。あらかじめ正六角形の紙を用意しておけば、そこからパーツを作って並べていけばいい。また、水玉模様でも方眼の中心に丸いドットを入れるのと、六角形の中心に入れるのとでは見た目の印象が全然異なってくる。見た目の違うドットを作るには数学を分かってると簡単にできるよという話もできる。それから、平面充填が利用されているテキスタイルを見せて、その中からベースとなる図形を探してみることも面白いと思う。平行移動とか対称移動にも触れながら、数学と美術の面白さを同時に学べるような授業になるといいですね。

新庄先生のゼミの学生は、ネクタイの結び目や折り紙の研究など、一見数学とかけ離れたような、生活の中にある数学をテーマにした卒論を制作している。

正六角形による平面充填をベースにしたパターン。幾何学模様を描く作業は、ベースとなる図形から一つの模様を作り、それを平行移動で隙間なく敷き詰め、着色していくという。

 

取材後記
 繰り返し文様は、突き詰めると止めどもなくなりそうです。
しかも色のバリエーションなど加えると何だか無心に集中しそうで。
数学的には、その先に計算式が始まるようなんですけど、そこはちょっと……。
さて、イメージする力が、このように数学の世界でも大切なのだと教えていただきました。数学と美術のつながりは、もっと探っていきたいと思っています。(Y)