Vol.08 深町貴子さん
「園芸に失敗なんてない」 人の心に種をまくことが園芸家の仕事

 世の中を“美術でのつながり”を探って、あらゆる分野で活躍される人物にインタビューするコーナー。第8回は園芸家の深町貴子さんです。

 深町貴子(ふかまち・たかこ)園芸家。神奈川県川崎市生まれ。東京農業大学短期大学部卒。植物を育てることの楽しさや喜び、生態系のしくみや不思議を独自の視点で語り、全国各地で園芸の楽しさを広めている。また、コミュニティガーデンの菜園指導や、オリジナルブランドの商品企画も行う。現在、NHK Eテレ「趣味の園芸 やさいの時間」に出演中。著書に『春夏秋と楽しめる かわいいコンテナガーデン』『はじめてででもできる! ベランダですずなり野菜』ほか。

 深町さんは園芸家でいらっしゃいますが、園芸と美術には共通性があるように思います。まずは、美術の授業に思い出はありますか?

 私は子どもの頃はとても体が弱く、あまり学校に行かれなくて、行かない分、成績もよくなかったんです。ただ、他の教科と違って、美術というのは、次に何を作るのかいう工程を聞いておけば、家でも作品を作ることができる。学校に行っていなくても唯一自分を表現できる教科だったので、それがたまらなく楽しかったんです。中学のときは、美術の先生が私の作品をいろんな作品展に出してくださって、毎週、賞をもらっていて、賞状が数えきれないくらいありました。ただ、他の教科はまったくできませんでしたが(笑)。

 そんな深町さんが、園芸家になろうと思ったきっかけは何ですか?

 小学校時代は特に学校も休みがちで、人とコミュニケ―ションをするのが苦手だったことがあります。共通の話題がないから、みんなの輪の中に入っていけないと、そう思っていました。寝たきりが続くと、将来への不安から夢や希望が持てなくなりました。そして、どんなことにも興味を持たなくなりました。

 それは辛い日々でしたね。

 小学校の低学年の頃、布団で寝ているときは、古い家だったので、天井の雨漏りのシミを見つめたりして過ごしていました。ところがある日、衝撃的な一日が訪れました。その頃、母は毎日、私の布団のシーツを部屋の窓を開けて取り替えたていたんです。その窓は高い位置にあって、子どもの私にはいつも空しか見えなかった。ある日、母が窓を開けてシーツを替えているときに、外から「カラカラカラッ」という音が聞こえて。それは、枯れ葉が風に乗って舞っている音でした。そのとき、外は見えないけれど、季節は秋なんだと、初めて感じました。それまで今がどんな季節かなんて、興味なかったのに……。それから窓が気になるようになって、毎日その窓ばかりを見るようになり、外に出てみたいと思うようになったんです。

 部屋の窓が世界とつながる役割をしてくれたんですね。

 そうです。それから庭に出ると、もう毎日いろんなことが起きるわけです。虫がいたり、花が咲いていたり、風の匂いも違う。自分の目や肌で感じたりする中で、自然の面白さや素晴らしさを知り、毎日、母に庭での出来事を一生懸命報告するようになった。誰も気づいていないことを発見して、そのことを人に伝える喜びを知ったんです。伝えることによって会話ができる。学校に行っていないから人と話せないのではなく、自らが発信できる情報に出会えたのです。もっと植物のことを勉強して、もっと人とおしゃべりができるようになりたい。そして、私と同じようにうまくコミュニケーションが取れなかったり、寝たきりの人がいたりしたら、そういう人が植物の力を借りてコミュニケーションが取れるような仕事をしていきたい。そう思ったのがきっかけです。

 植物を通してコミュニケーションをする園芸の魅力についてお聞かせいただけますか。

 その後、農業高校、農大を経て、社会人になってからですが、アメリカの傷痍軍人のための園芸療法があることを知り、学びました。園芸療法とは、種をまいて育てて植物とともに生きていく中で生まれる共感や、作業のプロセスをリハビリテーションとして活かす療法のことです。つまり、園芸というのは、植物を単に鑑賞することではなく、植物を育てる行為そのもののことで、植物に寄り添って生きるということなんです。その後、農大で園芸療法概論という授業を教えることになりました。

 深町さんの実体験にもつながっているんですね。

 園芸家と言っても、園芸のノウハウを教えるのではなく、植物の魅力や自然の大切さ、美しさといったものを伝えていって、興味を持つ人をたくさん増やしたい。そうすることができたら、人はもっと自然を大切にするだろうし、人ともコミュニケーションを取りやすくなれるだろう。だから、園芸家とは人の心に種をまく仕事だと私は思っているんです。

 植物を通してのコミュニケーションが園芸の本質にあるのですね。

 そうですね。あとこんなことを言うとおかしいと思われるかもしれませんが、私は植物と会話ができるんです(笑)。つまり、植物がどの方向に芽を出したいのか、葉を広げたいのかということが経験のうちに分かるということです。そのタイミングが分かれば、いつ肥料をやって、どこに移動させて何をすればいいのかということが分かってきます。園芸で大事なのは育て方じゃなく、育ち方。子育てにマニュアルがないのと同じように園芸にもマニュアルはない。育ち方を知ることによって、初めて育て方が理解できるんです。だからまずはどのように芽が伸びるのか、どんなふうに花が咲き、実がつくのかということをじっくり観察することです。

 それが寄り添って生きるということですね。私も家庭菜園をしていて、なかなかうまくいかないことがあります(笑)。
 もし、美術の授業を持たれるとしたら、どんな授業をされますか?

 やはり種をまくところから始めたいですね。どんなふうに種をまくのか、どんな花壇を作るのか、どんなデザインにするのか、どんな鉢に植えるのか……、いくらでも広げることができる。植物の育ち方をちゃんと理解した上で、植物を育てていけるような授業がしてみたい。

 教室に30人の生徒がいたら、30通りの園芸ができるわけですよね。

 私は家にいることが多かったので、NHK Eテレの「やさいの時間」の番組の中でも、室内でできる栽培を紹介しています。外に出られない方もいらっしゃるので、病院や施設のような場所でも楽しめる園芸を提案したい。誰かのためのということではなくて、基本的にはユニバーサルで、すべての人が楽しく、安全にできる園芸やデザインって何だろうっていうことを教えたいですね。

 とてもユニークで総合的な学びができそうです。子どもたちに種が植え付けられれば、その先にはそれぞれの人生がある。そのきっかけづくりになるかもしれませんね

 そもそも園芸に失敗はありません。うまくいかなかったとしてもそれは次のステップへの第一歩。どうして実ができなかったんだろうと考えることのほうがずっと面白い。ハプニングほど、素晴らしい経験なんです。人生もうまくいかないことのほうが絶対に多い。そして正解は一つじゃない。美術にも正解がないように、答えの出し方はみんな違って当たり前。私はみんなが同じじゃなくていいという生き方を植物から学ばせてもらったんでんす。だから、これからも園芸を通してそれを伝えられたらと思っています。

 園芸は生活に密着したもの。少しの時間でもいいから、毎日、植物や自然と触れることが大事だという。

土は使わず、スポンジの上に種をまいて、ボックスの中に自分だけの小さな菜園(世界)を作る。植物の成長に寄り添い、自分の心の変化も楽しむ、そんな授業がしてみたいと語る。

 

取材後記
 いつも「やさいの時間」を参考にして家庭菜園をしているので、やっとご本人にお会いできました! 園芸の本質を教えていただいた気がします。
 幼少期の寝込んでいた頃から立ち直れた経緯は、自然や季節を感じ、その中の“美”を感じられたのですね。まさに、日常の中に美がたくさんあると。
 お会いした深町さんは、エネルギッシュで常に日光に浴びて光合成をしているようでした。その経験を仕事に生かされていることが、本当に素敵です。(Y)