ウイグルからきた少年(2008年・日本、ロシア、カザフスタン)

学び!とシネマvol042_01「ウイグルからきた少年」

 カザフスタンのアルマトイ。石油価格が高騰したせいで、豊かになりつつある町を舞台に、国籍の異なる三人の若者の悲惨な現実が、ドキュメンタリー・タッチで描かれる。

 「ウイグルからきた少年」(アップリンク配給)に登場する三人の若者は、まだ少年、少女といっていいほどの年齢で、建築工事が中断した廃屋のような部屋に同居している。 
 アユグは、中国の新彊(しんきょう)ウイグル自治区から逃げてきた少年。母親から、生きて逃げるように言われ、トラックに忍び込んでの不法入国である。新彊ウイグル自治区では、この夏、抗議デモで多くの死傷者が出たが、中国側の報道ばかりで、その実態はくわしくは分からない。アユグも、おそらくは弾圧された側のウイグルの少年という設定である。
 ロシア人の少女マーシャは、家出をして、街娼をしている。おそらく、さまざまな事情があったはずであるが、くわしくは語られていない。もう一人のカエサルは、カザフスタンの裕福な家の育ちのようだが、彼もまた、現実に失望したのか、家出をしてしまう。

学び!とシネマvol042_02「ウイグルからきた少年」 廃屋で暮らす三人は、警察の手入れがないよう、管理人らしい男に家賃を払っている。
 アユグはレンガ工場で働いているが、ある日、管理人が話を持ちかける。「英雄になれるぞ、母親も助け出す」という言葉につられて、なんと、自爆テロのメンバーとしての訓練を受けることになる。
 ホモの中年男性に誘われているカエサルは、男にナイフを突きつけ金を奪う。その恨みで、逆に見知らぬ少年たちに刺されてしまう。
 マーシャは、携帯電話の連絡で売春、お金を稼いでいる。咳が止まらず、血を吐くほどに、体は弱っているようだ。あどけない少女なのに、化粧をした表情は虚ろである。
 訓練を終えたアユグは、体に爆弾を巻き付け、祭りでにぎわう町の幸せそうな人たちに近づいていく。

学び!とシネマvol042_03「ウイグルからきた少年」 映画は、極端に少ないセリフで、静かに進行する。いま、世界のどこかでありえる現実を淡々と描く。背景には、カザフスタンという国や、かつて東トルキスタンという国であった新彊ウイグル自治区の歴史が横たわっている。そして、その裏には、旧ソ連や中国の外交政策が複雑に絡みあっている。
 ウイグル人は自爆テロなどはしない民族と聞いているが、イラクでは、幼い若者が実際に自爆テロを決行している。

 三人の幼い若者の生きざまは、いま世界のどこかの現実でもある。映画からは、多くの歴史やいまの現実を、より多く見てとってほしいというメッセージが伝わってくる。

2009年10月3日(土)より渋谷アップリンク他、全国順次ロードショー

「ウイグルからきた少年」公式Webサイトico_link

監督・脚本・編集:佐野伸寿
出演:ラスール・ウルミリャロフ、カエサル・ドイセハノフ、アナスタシア・ビルツォーバ、ダルジャン・オミルバエフ他
撮影:ボリス・トロシェフ
原題:YASHI
2008年/日本・ロシア・カザフスタン/Video/16:9/カラー/ウイグル語、カザフ語、ロシア語/65分 
配給・宣伝:アップリンク


一文字アートにこめるわたしの2008年

※本実践は平成20年度版学習指導要領に基づく実践です。

指  導  計  画

題材名

一文字アートにこめるわたしの2008年

時 間

準 備

色画用紙,接着剤,絵の具など,自分の表現に必要な材料

学習目標

今年の自分への思いや願いをこめた一文字に描き加えたり飾り付けたりしながら表現をすることができる。
自分を見つめ,自分らしさを確かめたり思いがけない自分を発見したりしていくよろこびを感じることができる。

主な学習内容

  • 自分にとってどんな2008年にしたいか思い描きながら,表現していく意欲と見通しをもつ。
  • 一文字に込める自分の思いを確かめながら,材料や道具を選んだり試したりして表現していく。
  • 互いの作品を鑑賞し合い,それぞれの思いとその表現のよさを感じ取る。

主な評価の観点

  • 「わたしの2008年」というテーマに合わせて発想し,材料や用具を選んだり試したりしながらつくろうとしている。
  • 互いの作品について,気づいたことなどを伝えたり,気持ちを聞いたりして,自分の感じ方に気づいている。

さあ,5年生だ!高学年だ!自分を変えていきたい!

5年生に進級した子どもたち。期待と不安に胸を膨らませながらも,高学年としての自分を成長させていきたいという強い願いを胸に目を輝かせている。
A児も,そうした思いを膨らませている一人である。A児はこれまで友達と同じ行動をとったり既成のことをなぞったりすることで満足していた。しかし,A児もこのままの状況ではいけないと感じ,進級したこと,新しい学級になったことを機会に,なんとか自分を変えていくことはできないかときっかけをつかもうとしているのではないかと感じた。
そこで,表現をすることを通して,これまでの自分を思い起こし,どんな自分になりたいかといった,自分を見つめ,自分らしさを確かめたり思いがけない自分を発見したりしていくよろこびを感じることができる活動を展開することにした。そうすれば,自他のよさを感じながら,自分を変えていくことに向かっていくことができるのではないかと考えたのである。

2008年自分にとってどんな年にしたい?

毎年,年の暮れになると,その年を象徴する「今年の漢字」が発表され話題となる。2007年の「偽」,その前年の「愛」の画像を子どもたちに提示した。それぞれの文字がなぜその年の漢字に選ばれたのか,今年はどんな漢字になりそうかなどを話題に自由にやりとりした後に,「2008年は自分にとってどんな年にしたい?」「それを一文字で表してみようか…」と投げかけてみた。A児はしばらく考え込んでいたが,何かに気付いたように鉛筆を走らせていた。

わたしの2008年の一文字は,『旅』です。なぜかと言うと,一人旅から取りました。去年は一人旅ができずに友達にたよりすぎていたからできるようにがんばりたいと思ったからです。

A児がここで述べている一人旅というのは,自分自身の判断で行動するという意味で使われている。A児は,自分の考えや判断で行動することが自分を変えていくことにつながるのではないかと捉えはじめている。それを具体的なものとして感じ,意識していくことができるように,2008年を自分にとってどんな年にしたいか,一文字にこめた思いを色や形で表現していく活動を設定することにした。

わたしの一文字をアートにしよう!?

「この一文字でアートしてみようか。」と投げかけた。「(アートを)やってみたい気持ちはすごくあるんだけど,アートってどういうのかが思い浮かばないんだ。」とある子が切り出した。そこで,アートにするとはどういうことなのかを考えていくことになった。はじめ考え込んでいた子どもたちであったが,「紙粘土で文字をつくったらどう?」「箱の中に入れてみるとおもしろいんじゃない?」「木とか葉っぱとか使ったら?」次第にアイディアが次々と飛び交う。そんな中,A児は,自分が思い浮かべる表現を黙々とアイディアスケッチしていた。

最初,○○さんの言っていたように,箱の中につくろうと思っていたんだけど,画用紙に紙ねん土の一文字を入れてぶらさげることにしました。そうした方が,いつでも見えると思ったからです。

友達の考えを聞きながら自分のイメージを修正しようとしている姿も感じられる。こうした,子どもたち同士でボタンを押し合う時間というのは子どもたちの思考を加速させるものだと実感させられた。

一文字アート「旅」

一文字アート「旅」

A児ははじめ,板に「旅」という文字を紙粘土で形づくって貼り付けていた。しかし,「旅」の文字のへんとつくりを人の型につくり直した。また,板の底辺に当たる部分の形状を波形に加工しはじめた。自分で判断し考えていくことに自信を与えてくれたのが仲間であることを確かめていたのだろう。自分を変えていくためには,自分の足で歩んでいかなくてはならないことを荒波に表わしていた。

わたしの一文字アート だれに見てもらう?

「作品ができたら,見せ合うのやろうよ。」と子どもたちが言い出した。「だれに見てもらう?」ということが話題になった。「5年生(他学級)がいいんじゃない?」「みのり班(縦割り班)もいいかもよ。」と考えが出される。その後,次のようなやりとりが続いた。
B:「同じ学年や,みのり班の人だといいことしか言ってくれないと思う。だから,6年生に見てもらうのがいいんじゃないか。」
C:「6年生は本音を伝え合うことを大事にしているから,ぐさっと言われそうでこわい。」
D:「アドバイスしてもらうのはいいことだよ。」
C:「いっしょけんめいつくったからこそ,何か言われるといや。」
B:「それじゃ,わたしたちの成長にならないよ。」
しばらく聞いていたA児が口を開いた。

ぼくは,6年生に見てもらいたい。僕の一文字アートの意味を見てもらいたい。それは,人ぞれぞれだから大丈夫だと思う。

Web実践事例Vol.002_02

自分を変えていく見通しを具体的に捉えはじめ,これからの自分をイメージしはじめたA児なのだろう。その思いが,他者にどのように写るのか確かめること,つまり,自分らしさの確かめをしようとしているのではないだろうか。
そして,自分の思いを引き立たせるための作品の展示や装飾を考えながら一文字アート美術館を開いた。そこに6年生を招待したのである。

たくさんの6年生の人たちに,ぼくの気持ちを話しました。「なるほど」とか「いいね」だけでなく「すごいね」とも言ってくれたのがうれしかったです。

ぼくが友達の作品でいいなあと思ったのは,○○くんの「考」です。考えて行動していくんだろうなあと思い,すごくいいなあと思いました。

A児は,6年生とのかかわりの中で,色や形で表した自分の思いが認められたことで,自分らしさを見い出し,自信を深めたのだろう。次第に友達の思いに関心を寄せ,その価値を感じはじめているように思えてならなかった。

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体育の時間に最後まで走っていた○○さん,バタフライでタイムを縮めた□□さんがすごいと思った。それと,みんなが自然にその人たちに「がんばったね。」と言いながら拍手しているところがいいと思いました。

体育の後のふりかえりで,A児は上記のように記している。友達の取り組みを肯定的にとらえ,また,その周りの仲間のかかわりにも肯定的な目で見ている。さらには,そのよさを仲間に伝えようとしている。A児は,自分の思いを表現することを通して,さまざまな関係性の中で成り立っている自分を見つめてきた。こうした中で,自分に向けるまなざし,他者に向けるまなざしを研ぎ澄ましてきたのだろう。さらに他者とのよりよいかかわりを築き上げていくことが,自分を高めていくことになるということをA児は実感し,自分のくらしをつくっていこうとしている。

携帯電話に関する指導の徹底

■ネット上のいじめと携帯電話

 子どもたちの間に携帯電話が急速に普及し、次のような問題を生じるようになった。
(1)携帯電話によるメールの送受信件数が非常に多い場合。(2)携帯電話の過剰な使用が生活面に悪い影響を及ぼす場合。(3)携帯電話の使用マナーに関して問題を生じる場合。(4)有害サイトなど、携帯電話の使用にかかわる危険についての認識に乏しい場合。(5)いわゆる学校裏サイト等を利用し、特定の子どもに対する誹謗中傷を行うなどの場合。
 平成19年12月27日に出された、「子どもを守り育てる体制づくりのための有識者会議」アピールでは、「ネット上のいじめ問題」に対してとして、次のような呼びかけをした。
(1)携帯電話・ネットの危険性を、知っていますか? 教えましたか? (2)情報モラルについて約束しましたか? 親子で学びましたか? (3)お子さんがネット上のいじめで悩んでいないか聞いてみましたか? 学校と連携していますか? (4)学校と相談していますか?
 この内容を見ても分かるように、携帯電話はネット上のいじめにも深いかかわりがあり、その点に関する指導・対応は特に緊急性を持つものといえる。

■携帯所有に関する指導

 携帯電話の取り扱いをどうすべきかについては様々に検討され、それぞれの地域の状況、子どもの実態に応じて適正に指導・対応が行われている。
 携帯電話対応に関する意見を大きく分類すれば、「原則所有・使用自由」「使用禁止」「学校への持ち込み禁止」「所有禁止」ということになるが、多くの小・中学校では、文部科学省の通知(平成21年1月)の内容を踏まえて、学校の実態に即して対応しているようである。
 こうした措置・指導によって、少なくとも学校での教育活動に支障が起きる様なことは防げるものと思われる。しかし、ここで留意すべきは、その処置をとったとしても、それで抜本的な問題解決ということにはならないということである。
 携帯電話等に関する問題は次のように整理することができる。
(1)携帯電話等の学校への持ち込みに関する問題。(2)「ネット上のいじめ」やインターネット上の誹謗・中傷、違法・有害情報への関与の問題。(3)携帯電話の異常な使用や、関連しての交友関係上の問題等。(4)個人情報の流出の問題など。
 こうした問題について、すべての子どもが正しく認識し、情報モラル、適正な携帯電話等の使用のあり方を確かに認識し、いじめ等を許さない、危険に関与しない正しい行動がとれるようにならない限り、問題解決とはいえないのである。
 学校としては、携帯電話、インターネット等に関する指導の基本、中傷やいじめなど、深刻な問題への対応・指導の留意点を確かに押さえる必要がある。平成21年1月の文部科学省通知にある情報モラル教育、具体的な問題への対応、家庭との連携といった重点を押さえ、指導指針を明示して、適正かつ効果的な指導を行うことが課題になっている。

■学校における指導・対応の実際

 まず求められるのは、平成20年7月、平成21年1月に相次いで出された、文部科学省からの通知の趣旨を、全教職員の間で共通理解を図ることである。適切な指導に向けて、すべての教師が、携帯電話の使用のあり方、望ましい能力・態度に関してどの機会にどう指導を行わなくてはならないか、主体的な課題意識を持つことが大切である。
 携帯電話の学校への持ち込み、「ネット上のいじめ」に関する対応などの具体的な取組を中心に、平成20年11月に文部科学省が作成した『「ネット上のいじめ」に関する対応マニュアル・事例集』などの内容も視野に入れて自校の指導の在り方について協議する。その協議に基づいて、自校の指導指針を作成し、その内容を子どもや保護者に説明し、一体になって指導の徹底に努めることが求められる。
 例えば、学校への持ち込みの原則禁止、情報モラル教育、家庭との連携による携帯電話等利用のルール作りなどをばらばらに行うのでは効果が上がらない。子どもや保護者への趣旨の徹底、いじめや誹謗中傷を絶対にしない、様々な危険の被害にあわないための指導、望ましい態度の育成、問題の早期発見・早期指導のためには、全校的な指導体制の確立が欠かせない。
 学校としての指導方針を明確にし、自校の実態に立つこと、全校体制での取組、家庭・地域との連携という三つの側面を重視して携帯電話等に関する指導を推進することが必要である。
 これからの学校は、自校の目指す教育の目標をこれまで以上に明確に示し、具体的な指導内容を家庭・地域に十分に説明し、信頼関係に基づいて、ともに指導の徹底を目指すことが課題になっている。
 現在及び今後の社会を考えるとき、インターネット、携帯電話を排除することはとても考えられない。そもそも、携帯電話やインターネットというのはメリットとデメリットの両面を持った媒体である。携帯電話の機能、使用上の注意、情報モラル等の指導において、子どもたちに、もう一度しっかりと考えさせることが重要であるといえよう。

日文の教育情報ロゴ

宮中の大奥

美智子皇后が嫁いだ世界(Vol.26参照)

 天皇の御成婚50年、即位20年を記念する祝賀行事は、美智子妃誕生の晴れやかな往時を再現することで、先行き不安な時代の空気を払拭しようとの思いをうかがわせます。天皇と美智子皇后の営みには、即位にあたり日本国憲法を遵守していくことを誓い、戦争の惨禍に思いをはせる「四つの祈りの日」を大切にし、病者をはじめ被災者に癒しの言葉を親しくかける姿に、「天皇制」という呪縛と異なる開かれた君主制への眼が読み取れます。いわば平成の天皇家は、明治維新時の「行幸」論が説いた人民に敬慕される皇室への道を主体的に歩むことで、その存在を輝かせようとしているようです。ここにいたるまでは、平民として皇室に嫁ぎ、心身を病む労苦を一身に担うことで現在(いま)在る美智子皇后の働き大なるものがあったのではないでしょうか。
 そこで新婚時の美智子妃をさいなんだ宮中の奥と言われる世界、私的な日常空間の営みはどのような世界として形成されていたのかを垣間見るべく、明治天皇をとりまく日常生活の一旦を帝国弘道館編纂『明治聖徳録 完』(明治45年5月)で紹介することとします。

一日の営み

 天皇の起床は午前6時、起床前10分に宿直の舎人が寝殿の雨戸(約1寸角の狐個格子)を開き、女官(権典侍(ごんてんじ)、掌侍(しょうじ)、権掌侍)が火鉢に檜(ひのき)造りの櫓(やぐら)で被いをかけたもので暖めておいた御衣に着替え、厠に入ります。御手水は消毒し、幾度となく白羽二重にて濾した冷水。極寒でも湯を使うことはないという。皇后は湯を用いることもあったそうです。
 天皇は朝風呂を常とし、白羽二重で濾した後に沸かし湯としたものを更に幾度も濾し、塵一つ澱まぬようになったものを檜造りの桶に汲み取って湯殿近くに運び、御前係の女官(判任)が受取って湯殿の入口まで持行き、命婦(みょうふ)が受取って湯殿に入れます。命婦が湯加減をした後、権典侍、掌侍もしくは権掌侍がその旨を天皇に知らせ、入浴となります。背中を流すのは権掌侍か命婦で、入浴後は権典侍、掌侍あるいは権掌侍が捧持せる麻二枚重ねの「御湯上り」にて身体を拭かせ、着替えます。女官が黒塗りの湯桶より菊の紋章のある茶碗に湯を注いで捧げ、角盥(つのだらい)を御前に据え、これで口を漱ぎ、女官が捧げる直径2尺程の盥で顔を洗い、髪を権掌侍か命婦が整えた後に御座所に帰ります。なお、皇后は天皇より30分程早く寝殿を出るのを常となし、後の身の回りは天皇と同様ですが、夏季には毎朝入浴をされたそうです。入浴後の髪は命婦があたり、化粧がすめば洋装が一般的で、運動後に天皇のご機嫌伺いをします。
 7時に賢所参拝、8時前後に朝食、休息後の9時に侍医の検診を受けた後、大元帥服に着替え、10時表御座所に出御、国務を処理、正午に居間に戻りて昼食、その後再び表御座所で政務を総覧。午後7時30分か8時頃に皇后と共に夕食、その後談笑、この時人民より献納の書冊などを閲覧、10時30分より11時の間に寝所に入るそうです。

奥を担う女官 「お早番」「おゆるりさん」

学び!と歴史vol30_01 宮中大奥に奉仕する女官は、典侍、権典侍、掌侍、権掌侍、命婦、権命婦等の階級に分かれ、その中に御服掛、御膳部掛、御道具掛等の諸役があり、その下に仲居、雑仕(ざふし)等というような者がおり、それらの総数は百余名にのぼったそうです。その呼称は、典侍が「スケサン」、権典侍が「ゴンスケサン」、掌侍が「ナイシサン」、権掌侍が「ゴンナイシサン」と唱され、同じ官名の場合はその上に本姓か源氏名をつけ、大正天皇の生母柳原愛子を早蕨の「スケサン」、小池道子を柳の「ナイシサン」などと呼んでおります。
 この女官の称号は、新樹(高倉寿子)、花松(千種任子 第3皇女史滋宮、第4皇女増宮生母)というような二文字名が華族出身者、柳、樗(あふち 中山栄子)などの一文字が士族出身者で、出身の族籍によって分けられていたそうです。この称呼は、上級の女官同志のもので、その下の者は上官に対しは「旦那サン」をもってし、「旦那サン」より部屋子を呼ぶには「誰それの針命(しんめい)」と言うのが常でした。
 この「旦那サン」といわれる者は、毎日毎夜の交替でそれぞれの勤務に服し、午前8時に出仕して午後10時まで大奥に勤める「お早番」と、10時から翌朝の午前8時の「おゆるりさん」からなり、退出時には各御付の針命が時間を見計らって出迎えました。
針命は、毎朝5時に起床、「旦那サン」の目覚めるまでに部屋一切の掃除、化粧道具の配列等をなし、毎日少しの遺漏なきように整頓しておきます。旦那さんが起床し、縮緬もしくは羽二重等の座布団に座すのを待ち、先ず恭しく一礼し、それよりお化粧に1時間以上を費やし、漸く食膳に向かったとのことです。
 女官生活では、天皇に奉仕するものとして、何よりも心身の清浄が重視されていました。そのため針命の中では、「御清サン」「御次サン」と、腰より上と腰より下に手を触れることで区別されておりました。ちなみに足袋を持った手で袴の紐を触れば叱責され、直ちにこれを清めさせたといいます。そのため旦那さんの御服替は針命の苦心一方ならず、その御用を務めるには膝にて歩くのが習いであったそうです。袴の紐を締めるには、長い紐を5廻り6廻りもくるくると膝にて歩き廻ることの辛さは並大抵のことではなかったとかたられています。

大奥という呪縛

 宮中は、天皇の公務にかかわる表の世界ではなく、ここに垣間見た奥によって日々が営まれていました。そこには徳川大奥物語として描かれた世界が想起されましょう。いわば明治の復古革命は雲上人の世界を巷に開放しようとした宮中革命とはいえ、明治天皇を中心とする立憲君主制を裏で支えた世界は、表の介入しえない「奥」の世界、大奥という世間の窺い知れぬある種の「闇」の存在でした。
 戦後の宮中改革は、奥をいかに開き、国民の眼にさらすかということでしたが、長い因循の帳に風穴を開けるには時間が必要でした。民間出身の美智子妃にはこの帳がいかばかり重いものであったかは想像を絶するものだったことでしょう。その心労こそは新婚早々にして病み疲れた姿にうかがえます。こうした奥の場から「天皇制」と称される日本の君主制を問い質してみてはいかがでしょうか。


「道路と土手と塀(切通之写生)」 岸田劉生作

油彩/キャンヴァス/56×53cm/1915

油彩/キャンヴァス/56×53cm/1915

 風景画を見るときのポイントをお教えしましょう。(1)どこ? (2)季節はいつ? (3)画家の視点は? (4)風景と人はどのように結びつくか?
 わかりにくい? じゃあ、日本近代美術を代表するこの作品で確認していきましょう。
(1)タイトルに地名は入っていません。でも「写生」という言葉は、現実の風景を描いたことを意味しています。
 実際、現在の渋谷区代々木四丁目のものと判明しているのですが、それはあまり大事じゃありません。大事なのは、あくまでも、見てわかること。
 右手には造成された「土手」。左手には石とコンクリートとが混在した「塀」。そして中央には粗くならされた「道路」。すべて人工物です。ではそれらの素材はどうか? 土、草、石……自然物ですね。つまり、人工と自然との対比がここにはあります。もちろん、単に「対立」だけでなくって「共存」や「変転」もテーマになっています。
(2)影が濃いので夏のような気もしますが、花がないので冬だとも思えます。この絵が描かれたのは、右下に日付が書いてあるのですが11月上旬のこと。ちょっと意外ですが……そう、大事なのは(読んでではなくて)見てわかること。季節感のないこの絵において、季節は意図的に排除されているのです。「四季」や「花鳥風月」という約束事や叙情性に頼らずにどんな風景を描けるのか、それが劉生の考えだったと言えるのではないでしょうか。
(3)劉生は急な坂の下に立っていました。でも見上げるという感じはありませんね。土手や塀の上辺が少し下に向かって延びているからでしょう。しかも画家の眼差しは、すぐ手前の道路の土とそこに生えている草に焦点を合わせている。
 その焦点のきつさに目を上にやると、空があります。でも不思議。画面の中心に向かって明るいんです。「上に高い」のではなくて「奥に深い」空。ソラというよりカラですね。
(4)人工物と自然の対比の強調。季節感の排除。視点の不安定化。このようにして生まれた劉生の風景画を前にすると、観る人は、あることに気づくのではないでしょうか。そう、風景とは、私たちが見て意味づける以前から、そこに強く存在しているはずのものなのです。

(東京国立近代美術館 研究員 保坂 健二朗)

東京国立近代美術館ico_link

  • 所在地 東京都千代田区北の丸公園3-1
  • TEL 03-5777-8600(ハローダイヤル)
  • 休館日 月曜日(祝日または振替休日に当たる場合は開館し、翌日休館)、展示替期間、12月28日~2010年1月1日  ※ゴーギャン展の会期中(~2009年9月23日)は、9月21日(月・祝)は開館します

<展覧会情報>

  • 所蔵作品展「近代日本の美術」/「寝るひと・立つひと・もたれる人」
  • 6月13日(土)~9月23日(水・祝)開催

展覧会概要

  • 約9,800点から選びぬいた約170点を展示。20世紀はじめから今日までの日本近代美術の流れを、日本随一の質と規模で概観できる美術館です。斬新な視点による特集ではユニークな作品をご覧いただけます。

<次回展覧会予定>

  • 所蔵作品展「近代日本の美術」
  • 10月3日(土)~12月13日(日)開催