「ゆうたくんとたくろうさんのこんぺいとう」 ―「本音」と「本気」を大切にした道徳授業(第4学年)

1.はじめに

 私はこれまで計14校の教壇に立ち、自作を含め100以上の教材で500人近い子どもたちと道徳の時間を共にしてきました。その中で私が大切にしているのが、「本音」と「本気」です。
 子どもたちの「本音」に寄り添う:道徳の時間は、単なる「正解の確認作業」ではありません。きれいごとを疑い、「どうしてそう思うの?」と問い返すことで、迷いながら絞り出される言葉の中にこそ子どもたちの「本音」が宿っています。教師が肩の力を抜き、子どもたちの言葉に寄り添うことで、教室は安心して本音をさらけ出せる場へと変わります。
 波及する教師の「本気」:教師自身が本気で行動する姿を見せることも重要です。私が初めて教材を作ったのは、冬のマラソン大会がきっかけでした。マラソンの練習を見学してばかりの子どもたちに対し、飛び込み競技の玉井陸斗選手の映像(わずか2秒の演技のために毎日6時間の猛練習を積む姿)を見せ、子どもたちと「なぜ、こんなに頑張れるのか」を考えました。さらに私は玉井選手本人へ手紙を書き、いただいたお返事を授業で紹介したところ、子どもたちは自ら校庭へ走り出し練習に励むようになりました。「先生も本気だったから」という気付きが、教師と子どもの心を一つにしたのです。
 今回は「本音」と「本気」を大切にして行った教材作成と授業実践についてご報告します。

2.実践報告

 小学4年生(22名)のクラスで、神奈川県の小学5年生の体操選手・木川裕太さんをゲストティーチャーに招いた授業実践

(1)本実践の経緯(教材文「ゆうたくんとたくろうさんのこんぺいとう」の作成)

 神奈川県横須賀市の体操クラブを見学する機会があり、そこで出会ったのが小学5年生の体操選手である木川裕太さんでした。コーチの励ましを受けながら、手の痛みに負けず、つり輪の技に何度も挑む裕太さんの姿が、糖蜜をかけて少しずつ大きくなる「金平糖」のようだと感じた私は、このときの体験をもとに「ゆうたくんとたくろうさんのこんぺいとう」の教材文を作成しました。
 その後、全国大会での裕太さんの競技を観戦する機会を得ました。彼は最初の種目(あん馬)で最下位(72位)となりながらも、直後のつり輪で暫定1位の得点を出し、最終的にはつり輪で3位に入賞しました。このときの彼の心境や決意、覚悟を裕太さん本人と子どもたちとで一緒に考えたいと思い、学校にお招きしました。

(2)授業展開(全4時間)

1時間目(道徳):裕太さんと直接会う前に自作の教材文「ゆうたくんとたくろうさんのこんぺいとう」を用いて授業を行いました。あえてタイトルの「こんぺいとう」の意味には触れず、子どもたち自身に解釈の余地を残しました。裕太さんの体操に打ち込む姿勢について、子どもたちは自分には真似できないと感じたり、逆に自身の打ち込む競技に置き換えて熱弁したりと、深く思考を巡らせていました。

「ゆうたくんとたくろうさんのこんぺいとう」

≪あらすじ≫
 暑い夏の日、小さな体操クラブで、ゆうたくんはコーチのたくろうさんの熱心な指導のもと、吊り輪や鉄棒などの体操の練習に励んでいます。ゆうたくんは何度も落ちてはすぐに立ち上がり、悔しさや痛みに耐えるような表情を見せながらも懸命に練習を重ねていきます。
 そのひたむきな姿を見守る「僕」は、「自分はひとつのことをこんなに積み上げたことがあっただろうか」と自身の人生を振り返るほど心を打たれます。そして、ゆうたくんの努力の積み重ねを、小さなザラメの粒に糖蜜をかけてできる「こんぺいとう」に重ね合わせます。

2・3時間目(体育):裕太さんが神奈川県から北海道まで来校しました。彼が美しい技を披露し、手押し車や倒立などの練習を共に行うと、体育館は競技会場のような熱気に包まれていました。子どもたちは自らアドバイスを求め、前のめりになっていきました。


4時間目(道徳):裕太さんを囲んで円のかたちになり、彼の「気持ち」や「心境」を深掘りする授業を行いました。裕太さんから話を聞くだけの学習にならないよう、子どもたち自身が彼の立場に立って考えたり、問いを投げかけたりして、裕太さん本人との対話を通して学びを深めました。

  • 内容項目
    A[希望と勇気、努力と強い意志]
  • 主題名
    やり抜く強い意志
  • ねらい
    小学5年生の体操選手・木川裕太さんの全国大会での体験について、本人と語り合うことを通して、自己決定に支えられた強い意志の在り方に気付き、自分が決めた目標に向かってやり抜こうとする道徳的実践意欲を育む。

教師の問い

児童と裕太君の対話の深まり

72位から1位という出来事をどう捉えるか。

裕太さん自身が「滅多に起こらないこと」と客観視したうえで、「奇跡を引き寄せる」可能性を感じていた。

応援があれば頑張れるのか。

周囲の声(外的要因)はブーストにはなるが、根本には「頑張ろうとする自分」(内的要因)がある。応援=元気球と表現していた。

なぜ努力し続けられるのか。

才能ではなく「(5年前に)自分でやると決めた」という自己決定が、5年間の継続を可能にした。楽しさを感じる自分の心に従った。

結果をどう総括し、未来に繋げるか。

自分のことではあるが、「たぶん納得」と表現していた。対話の中では悔しさはありながらも、足りない部分(あん馬等)を具体的に見据え、「自ら納得できる結果」のために向上する意志を語ってくれた。



3.おわりに

 遠距離の児童をゲストティーチャーに招いた本実践は、再現が難しい面もあります。しかし、ゲストティーチャーの活用に限らず、教科書を活用する場合であっても、目の前の子どもたちに合わせたオーダーメイドな授業を意識することが大切だと考えます。その期待も込め、本実践記録を残しました。
 教師の「本気」は、必ず子どもたちに伝わります。だからこそ、教師もまた教材を通じて自分自身の生き方を問い続けなければなりません。これからも、子どもたちが安心して「本音」を出し合い、何かに「本気」になれる授業を追求し続けていきたいと考えています。

「自分だったら」で終わらせない。~導入での体験的な活動の効果を高めるための工夫~ 「いのりの手」(第4学年)

1.はじめに

 道徳科の授業において役割演技などの体験的な活動を取り入れた際に、「自分の経験だけで演じてしまい、登場人物の思いから離れていった」と感じたことはないだろうか。本稿では、そうした課題を解消するための工夫について紹介する。「『特別の教科 道徳』の指導方法・評価等について(報告)」では体験的な学習の特長を「役割演技などの体験的な表現活動を通して、実際の問題場面を実感を伴って理解することを通して、様々な問題や課題を主体的に解決するために必要な資質・能力を養う」(*1)としている。代表的な活動として、「役割演技」「動作化」が用いられることが多い。また「『体験的な学習』というと、体験活動をイメージしがちである」(*2)という指摘もあるが、今回は「授業の中で行うことのできる体験的な活動」(*3)を指す。なお、体験的な学習の効果の一つとして「心情と行為とをすり合わせることにより、無意識の行為を意識化することができ、様々な課題や問題を主体的に解決するために必要な資質・能力を養う指導方法として有効。」(*4)と述べられている。
 しかし、先行実践からも役割演技などの体験的な活動を用いて学びを進める中で、「子どもたちが恥ずかしがって、演じることを拒否したり、前へでてきても演じられなかった。」(*5)とあるように体験的な活動に抵抗感を感じることが指摘されている。加えて、私自身も実践を重ねる中で、子どもが自分自身の価値観や経験に基づいてのみ演じてしまう姿が散見されていた。
 そこで、体験的な活動への抵抗感を低減し、登場人物の欲求・思考・感情・知覚などを推論したうえで、物事を深く吟味することを促す手立てとして、導入部分での体験的な活動に着目した。そして、体験的な活動の効果は活動そのものだけでなく、導入部分の設計に大きく依存するという立場に立ち、「登場人物に寄り添う心理的基盤を整える言葉がけと発問」と「視点の切り替えを促す活動」という二つの手立てから、体験的な活動の効果を高める工夫を提案する。
 道徳科の学習において体験的な活動を効果的に機能させるためには、子どもが「その場面の登場人物の立場に立つ」ことに対して心理的な準備が整っていることが不可欠である。そこで、導入部分での体験的な活動の効果を高めるための工夫として以下の2点を位置づける。

①登場人物に寄り添うための心理的基盤を整える言葉がけ

 体験的な活動に先立ち、子どもが登場人物の置かれた状況や文脈を把握しておく。登場人物の欲求・思考・感情・知覚などを十分に推論することができないまま体験的な活動に入ると、「自分自身のまま」演じてしまう傾向があるため、導入部分では以下の3点を意識した言葉がけと発問を行う。

登場人物が置かれた事実関係の整理
その状況で一般的に生じ得る感情の予測
子どもの既有経験との接続

 これらを本時の教材や子どもの思考の流れと照らして、具体的な言葉がけと発問に落とし込んだ(資料1・2)。

資料1 上記3点を踏まえて実際に用いた言葉がけと発問の例

T デューラーはプレッシャーや不安を感じながら、なぜこんなにも頑張り続けることができたのかな。
C ……。
T こんなときはやってみよう。
T 頑張り続けるデューラーの思いに寄り添えそうな…。
T どんなことを考えながら頑張り続けているか分かる?
C きっと、ハンスの分も頑張らないと、っていう気持ちだよ。
C ハンスの頑張りを無駄にできない、って思っているはず。
T みんなはこんなにも友だちに大切にしてもらったことはある?
C あるかも。休み時間に遊びに行きたいはずなのに、算数の問題の解き方を一緒に考えてくれる。しかも、いつも。
T なるほど。じゃあ、デューラーをあなたにお願いします。

資料2 実際の言葉がけや発問と子どもの反応

 こうした言葉がけや発問を通して子どもたちと対話し、登場人物に寄り添うための心理的基盤を整える。そのうえで「誰の立場に立って考えるのか」を意識的に変える活動を取り入れ、子どもが「自分のままで考える」ことから離れて考えられる状態をつくる。

②「視点の切り替え」を促す活動

 体験的な活動の導入部分で「視点の切り替え」(ここでいう視点の切り替えとは、誰の立場に立って考えるのかを意識的に変えることである。)を促すことで、子どものものの見方の柔軟性を高め、他者視点で考えやすい状態にする。これにより、子どもは「自分のままで考える」状態から離れ、複数の立場を往還しながら状況を捉え、考えやすくなるのではないだろうか。本実践においてはデューラーだけでなく、ハンスの立場にも立って思いを想像し、ペアやグループ、全体で共有した。

T なるほど。じゃあ、デューラーをあなたにお願いします。
T 鉄工所で頑張り続けるハンスは先生がやりましょう。
T ちなみに、ハンスはこの3年以上もの間、どんなことを考えていたと思う?
C デューラーのために頑張らないと、って思っているんじゃないかな。
C デューラーは元気かな?一生懸命に頑張っているかな?って考えていたのかも。心配していたかもね。
T ハンスになりきって、近くの人に何を考えていたのか言ってみて。
C (ペアトークあるいはグループトーク)

資料3 「いのりの手」における「視点の切り替え」を促す活動

 以上の2点を体験的な活動における導入部分に組み込むことで、子どもたちは「自分ではない誰かの立場」に立つことができた。

2.主題「導入での体験的な活動の効果を高めるための工夫」設定の理由

(1)ねらいや指導内容について

 本主題を通して友達と互いに信頼し合うことの意味や意義について考え、互いに信頼し、互いの気持ちを大切にする道徳的心情を養う。友達と互いに信頼し、互いの気持ちを大切にするには相手の立場や思いを理解し、その理解に基づいて、思いやりをもって接することが重要である。そして、互いにこのような経験を積み重ねることで友達との信頼関係が深まる。このような関係を築いていこうとする心情を養うためには、まず自分本位の一方的な思いでは友達との信頼関係を築くことにつながらないという気づきを促す必要がある。また、友達との信頼関係とは一方向のものではなく双方向のものであり、互いの気持ちを大切にし合うからこそ信頼関係が深まっていくという気づきを促す必要がある。加えて、互いに信頼を寄せ、互いの気持ちを大切にし合うことのよさを理解することができるように、自分自身の経験や友達の経験と関連させながら考えることも大切である。さらに、体験的な活動を通して、相手の立場や思いを理解したうえで、相手の立場に立ち、自分の行動を調整することの大切さについて実感をもって理解することが大切である。そのことが互いに信頼し、互いの気持ちを大切にし合おうとする道徳的心情を育むことにつながっていくだろう。

(2)子どもの学習状況や実態について

 本学級の子どもたちは、友達を信頼し、相手のことを思いやりながら過ごしている。例えば、係活動において進んで活動することができていない友達に対して、注意したり、先回りして指示を出したりするのではなく、「何か理由があるのかな。忙しいのかな。」と相手の事情を思いやり、必要なときだけ手助けをする姿が見られる。また、授業中に言葉に詰まった友達に対しても、勝手に代弁するのではなく、「もう少し考える時間が必要みたいだよ。」と、友達を信じて見守ろうとする姿勢がうかがえる。しかし、友達が信頼してくれているからこそ、その信頼に甘え、自分の行動を見直すことができない姿も見られる。例えば、係活動でペアの友達に毎回、任せっきりになって、友達が「明日は忘れずにできたらいいね。」と声をかけ続けてくれているのに、自分から動き出そうとしないことがある。また、友達のことを信頼しきれずに「声をかけたら、どう思われるかな。」と考えてしまい、困っていることを打ち明けられず、一人で抱え込む姿も見られる。こういったことをふまえ、本主題について考えることは子どもたちの実態に即していると考えた。

3.教材について

 本教材は、ハンスが一人ずつ、交代で絵の勉強をすることを提案するところから話が展開する。まずはデューラーが絵の勉強をすることをハンスが提案し、デューラーはその提案を受け入れる。その後、デューラーは何年もハンスからの仕送りを受けて、絵の勉強に励むことで評判の絵かきになることができた。しかし、ハンスは長い間の力仕事で、絵筆を持てなくなってしまったというお話である。ハンスの両手をにぎって涙を流すデューラーの姿は子どもたちにとって共感しやすいものであろう。ハンスの手を丁寧に描きあげるデューラーの思いだけでなく、ハンスの思いを想像したり、話し合ったりすることで友達と互いに信頼し、互いの気持ちを大切にし合うことの意味や意義について多面的・多角的に考えることができる教材である。

4.実践事例

(1)教材名

「いのりの手」(出典:日本文教出版 令和6年度版『小学道徳 生きる力 4』)

(2)主題名(内容項目)

なぜ信じられるのか B[友情、信頼]

(3)本時のねらい

 夢を追いかけるデューラーとハンスの姿を通して、友達を信じることの意味や意義について考え、互いに信頼し、互いの気持ちを大切にし合おうとする道徳的心情を育てる。

(4)展開例

学習活動

主な発問と予想される子どもの反応

教師の働きかけ

1 絵画「いのる手」を鑑賞し、教材への関心を高める。

○先生のお気に入りの作品を紹介します。
・お願いしているのかな。
・何で手だけなんだろう。

・絵画「いのる手」を提示し、感想を交流することで疑問が自然に芽生え、教材への関心が高まる。

2 教材文「いのりの手」を読んで、話し合う。

○どのように感じましたか。
・ハンスは偉すぎるよ。なぜ、そんなにも信じられるのだろう。
・ハンスだけが我慢している。こんなの不公平だよ。
・友だちと言っていいのかな。

・初発の感想を交流する。子どもたちの中に問題意識が自然に芽生え、「考えたい」という情意を高めるとともに、教材内の問題を自分ごととして捉える土台となる。

【学習テーマ】デューラーとハンスは本当に友だちなのか。

・ハンスも頑張っているけど、デューラーも頑張っているよ。
・デューラーも不安やプレッシャーの中で頑張り続けていたと思うよ。

・デューラーとハンスの思いを比較して捉えられるように板書で整理する。双方の立場を行き来しながら考える素地とする。

3 体験的活動を通して、ハンスの手を描くデューラーの気持ちについて考え、話し合う。

○なぜこんなにも頑張り続けることができるのかな。
・絵かきになることが夢だからだよ。評判の絵かきになりたかったんだ。
・でも、それはハンスの支えがあってこそでしょ。デューラーはそれでよかったと思っているのかな。
◎なぜ、デューラーはハンスの手を描いたのだろう。
・ハンスの思いに感動したんだよ。
・お互いの思いが重なり合ったんだね。
○なぜ、こんなにも友達を信じることができるんだろう。
・ふだんから大切に思い合うことが大切じゃないかな。
・一日二日ではここまでの関係にはなれないね。

・体験的な活動をすることでハンスの手を描くデューラーの思いを想像しやすくすると共に、実感をともなった理解を促す。
・「デューラーはどんなことを考えながら頑張り続けていたのかな」などと問う。登場人物のおかれた状況や文脈を整理したうえで体験的な活動に取り組めるようにする。
【①心理的基盤を整える言葉がけ】
・ハンスの立場に立って思いを想像し、ペアや全体で共有する。複数の視点を往還することで、子どもたちのものの見方の柔軟性を高める。
【②「視点の切り替え」を促す活動】
・ハンスのデューラーへの思いが想像しにくい場合は、教材の詳細版を動画化し、視聴する。映像を通じてハンスに寄り添って考えることを促すことができる。(資料4)

4 本時の振り返りをする。

○皆さんの周りにも、大切にしたい友達はいますか。
・いるよ。もっと大切にしたいという気持ちになったよ。
・相手にとって自分がそういう存在でありたいな。

・ロイロノートの共有機能を用いて友達を信じることの意味や意義について考えを再構築する。他者の見方を自然に参照できるため、より多面的・多角的に学びを振り返ることができる。(資料5)

参考として、本時で扱う予定だった、補助資料を資料4・5に示す。

資料4 ハンスに寄り添って考えることを促すための動画資料(本時では未使用)(*6)
資料5 ロイロノートの共有機能を用いたふりかえりの例(自作教材「生成AIに決めてもらっていいの」より)

※別実践での類似活用例を示す。

5.板書例

6.まとめ

 本実践では、導入部分での体験的な活動を工夫することで、子どもたちが「自分自身のまま」演じてしまう状態を抜け出し、登場人物の立場で物事を深く吟味し、考える学びを目指した。
 成果として、①心理的基盤を整える言葉がけについては、「デューラーはどんなことを考えながら頑張り続けていたのかな。」という発問に対して、「きっと、ハンスの分も頑張らないとっていう気持ちだよ。」「ハンスの頑張りを無駄にできないって思っているはず。」といった発言があった。さらに、「みんなはこんなにも友だちに大切にしてもらったことはある?」という発問に対して、「休み時間に遊びに行きたいはずなのに算数の問題の解き方を一緒に考えてくれる。しかも、いつも。」という自分の経験と関連づけて考え、デューラーの思いに深く共感する姿が見られた。これらのやり取りから、言葉がけや発問を通して、子どもたちがデューラーの立場に立って考える心理的基盤が整えられたと考える。②視点の切り替えを促す活動については、ペアトークの中で「デューラー、僕は自分のことのようにうれしいよ」という発言があった。これは、ハンスの立場で、デューラーの成功を心から喜んでいたことを推論したものであり、ハンスへの役割取得が促されたことを示している。これら①②の工夫をすることで、子どもたちは登場人物に寄り添うための心理的基盤を整え、「自分のまま」から離れやすい状態をつくることができたと言える。その結果、体験的な活動において登場人物の思いを深く吟味することが促され、「普段から大切に思い合うこと」「一日二日では築けない関係」といった、友達を信じることの意味を具体化しようとする発言へとつながっていった。
 一方で、このような実践は、一度の授業で完結するものではない。子どもたちが「自分のまま」から離れ、自然に他者の立場を往還しながら考えられるようにするためには、こうした導入の工夫を伴う体験的な活動を継続的に積み重ねていくことが大切である。また、①②それぞれの工夫が子どもの思考にどのように作用したかをより丁寧に見取るために、子どもの発言や反応を組織的に記録・分析する手立てを整えることが必要ではないだろうか。

【引用・参考文献】

*1:道徳教育に係る評価等の在り方に関する専門家会議(2016)『「特別の教科 道徳」の指導方法・評価等について(報告)』、p6
*2:林泰成(2017)『「考え、議論する道徳」の可能性と課題-「アクティブラーニング」の視点から—』道徳と教育335巻、p98
*3:前掲資料(2017)、p20
*4:前掲資料(2016)、p6
*5:早川裕隆(2017)『体験的な学習「役割演技」でつくる道徳授業』明治図書出版、p18
*6:林敦司(兵庫大学教授)「人物教材はオモロイがいっぱい!」道徳教育研究会「わかばの会」主催 道徳フェスティバル2025「明日の授業に生きる!道徳科の指導法~人物教材~」(2025年8月23日、ラッセホール5階)における講演内容に着想を得た。

子どもの言葉をつなぐ授業展開を目指して 『命の種を植えたい ―緒方洪庵―』(第5学年)

※本実践は兵庫県伊丹市立鴻池小学校に在籍されていた際の実践です。

1.はじめに

 本実践は、日本文教出版主催の道徳セミナーに関連して行ったものである。教材の選定にあたり、これまでのセミナー参加者から「Dの視点が難しいので、取り上げてほしい」「偉人を扱う教材は苦手」といった声が寄せられていることを知った。私自身も、Dの視点や偉人を扱う教材に対して得意意識があるわけではなかったが、せっかくの機会なので、「生命の尊さ」というDの視点、そして偉人を扱う教材に挑戦することにした。
 Dの視点の難しさは、価値が抽象的であることに加え、子どもたちがすでに「命はかけがえのないもの」「自然は共に生きる存在」などとして理解しているため、改めて問いを立てたり、深く考えさせたりすることが難しい点にある。また、偉人教材は「すごい人の話」として受け止められがちで、児童が自分とのつながりを見いだしにくいという課題もある。
 そこで本授業では、子どもたちが洪庵の生き方に触れる中で、自分自身の命や他者の命、社会や未来とのつながりに気づき、命の価値を自分の言葉で捉え直すことができるような授業を目指した。導入では、抽象的な問いを避け、「命の価値って重い?」という語り口を用いることで、子どもたちが自分の感覚や経験をもとに語りやすくなるよう配慮した。また、言葉によるやり取りにとどまらず、視覚的にも命の重みを感じ取れるような工夫を行った。
 なお、私自身の授業スタイルとして、子どもたちの言葉や姿から授業を展開していくことを大切にしているため、担当学年の3学級分を撮影していただくようお願いした。道徳セミナーでは1学級の授業動画を紹介したが、他の学級では異なる展開も生まれ、非常に興味深い授業となった。これについても本稿で触れていきたい。

2.主題設定の理由

(1)ねらいや指導内容について
 生命が大切であるということは、子どもたちにとってすでに理解されている価値である。しかし、「なぜ命は大切なのか」と問われたとき、それを自分の言葉で語ることには戸惑いを見せることが多い。命の尊さが “当たり前” として受け止められているからこそ、深く考える機会が少ないのが現状である。
 そこで本授業では、「命の重み」という主題のもと、本教材を活用し、命の尊さについて多面的に考える機会を設けた。洪庵の行動や思いを通して、命が個人のものにとどまらず、他者との関わり、社会への貢献、未来への責任など、さまざまな視点から命の価値を捉えさせたい。子どもたちが教材内容やこれまでの経験をもとに、自分自身の言葉で命の重みを表現し、生命の大切さについて幅広い視点から考えることをねらいとする。

(2)子どもたちの学習状況や実態について
 対象学年の子どもたちは、日常生活やこれまでの道徳科の学習を通して、「命は大切なもの」という価値を自然に受け止めている。これまでの「家族愛」や「自然愛護」を扱った授業でも、命に関する話題が自然と挙がり、命が過去から現在、そして未来へと受け継がれていくという “縦の連続性” に着目した話し合いが行われてきた。その中で、祖父母から受け継いだ命や、自然の中で循環する命のつながりに関心を示し、命が時間を超えてつながっていることに気づきはじめている。
 一方で、「命は多くの人たちによって支えられている」という “横の連続性” については、子どもたちの中に漠然とした理解はあるものの、具体的なイメージをもつまでには至っていない。医師や看護師、家族、地域の人々など、命を支える存在がどのように関わっているのかを実感する機会が少なく、命が社会の中で守られているという視点はまだ十分ではないと考えられる。
 なお、この時期の子どもたちは、集団の中での自分の役割や他者との関係性を意識しはじめる時期にあり、抽象的な価値についても多面的に捉える力が育ちつつある。こうした発達の段階とこれまでの学びの蓄積を踏まえ、「命の重み」という主題に取り組むことで、子どもたち一人ひとりが命の尊さを個人・他者・社会・未来といった多様な視点から捉え、自分自身の命や他者の命に向き合いながら、命を大切にしようとする実践意欲と態度を育んでいくことが期待される。

3.教材について

 本教材「命の種を植えたい ―緒方洪庵―」は、江戸時代に実在した医師・緒方洪庵の生き方を通して、命の尊さや社会的使命感、未来への責任といった価値を児童に考えさせることができる優れた教材である。洪庵は、感染症の脅威に立ち向かいながら、人々の命を守るために尽力した人物であり、その姿は現代にも通じる普遍的な価値を含んでいる。
 子どもたちは、洪庵の行動に触れ、その思いや願いを交流していく中で、命とは単なる個人の営みではなく、他者や社会、未来とつながるかけがえのない存在であることに気付き、生命の大切さを多様な視点から考えることができる。特に、子どもたちが「命は多くの人たちによって支えられている」という価値を漠然と理解している現状を踏まえると、洪庵の姿はその理解を具体化する契機となり、命が社会の中で守られていることを実感するにあたって、子どもたちの考えを深める手がかりとなる教材だといえる。

4.実践事例

(1)教材名

「命の種を植えたい ―緒方洪庵―」(出典:日本文教出版 令和6年度版『小学道徳 生きる力 5』)

(2)主題名

命の重み D[生命の尊さ]

(3)本時のねらい

 緒方洪庵や弟子たちが、みんなの命を守るために種痘を広めようと困難に立ち向かった行動を通して、命とは一人ひとりだけのものではなく、人とのつながりや支え、社会や過去・未来へと受け継がれていくかけがえのない存在であることに気づき、その気づきをもとに家族や友人、苦しんでいる人など身近な人の命を思いやり、大切にしようとする実践意欲及び態度を育てる。

(4)展開例

学習活動
(○主なる発問 ・予測される児童の反応)

◇指導上の留意点
☆評価

導入
(3分)

テーマ発表

今日のテーマ 「命の重み」

○テーマについて、どのようなイメージを持っていますか
・なくなったらもう取り戻せないもの
・一人ひとりにもっているもの
・代々受け継げられてきたもの
・一生生きられないこと
・寿命がある…。
子どもたちの身近な経験から出てくることが予想される。

◇ねらいとする道徳的価値の方向づけを行う。
→ 命の大切さ・重み・関係性などのイメージを自由に言語化(板書)

展開
(35分)

範読

◇教材は教師が範読
◇あらすじは簡単に教師が説明する。
→ 洪庵自身の命に込めた思いにせまることで、主題「生命の重み」を考える。
◇洪庵がどのような思いや願いをもって行動していたのかについて共有していく。
◇苦しい状況にあったことを踏まえた上でそれでも負けずに訴え続けた心の深層部分に迫らせたい。
→命は一つひとつは小さいがそれぞれ大きく、重いものであり、それを多くの人々や生命あるものとの支え合いやつながりの中で存在することに気づかせたい。

内容確認

感じたこと・気づいたことを、簡単に近くの人と共有する。
その後、全体交流
→除痘館を開くも、なかなか理解されなかったことを押える。

発問

○洪庵があきらめずに訴え続けたのはどのような思いからだろう。

【洪庵自身の信念・使命など】
・自分のできる力を使って助けたい。
・医者として目の前の命を救いたい。
・自分は間違っていないという強い信念
・丁寧に説明したら必ず理解してくれるはず。
・新たな医療方法に挑戦し続けたい。
・自分や仲間とともに一つひとつの命に真摯に向き合いたい。

【患者への思い】
・病気をしている人がかわいそうと思ったから。
・救える命はすべて救いたい。
・苦しんだ顔は見たくない。
・死んでほしくない。

【弟子や支えてくれている人への思い】
・巻き込んだ弟子や仲間に対する責任感

【国の危機】
・天然痘から国民を守る。

【命の継承、後世への責任】
・自分がやっていることがたくさんの人の命を救うことにつながっている。
・過去から受け継いだ命を未来につなげたいという責任感
・自分の行動が患者やその周囲にも大きな影響を与えるという意識

主題にせまる
発問

→全体交流を通して救いたいという気持ちや、洪庵の心の中に迫る。
◎洪庵を支えていたものは何だろう

【個人】
・命の危機に対して救いたいという強い信念
・誰かの命を守る存在になるという決意
・自分の使命を果たそうとする責任感
・受け継がれた命をここで絶やさないという熱い思い
・医学への強い探究心と学び続ける姿勢

【他人】
・目の前の患者の命を救いたいという思い
・師や仲間から受けた教えや支え
・家族や周囲の人々の期待に応えたいという気持ち
・誰かの命が自分の行動で守られるという実感

【社会】
・日本を守るという強い意志
・多くの人の命を守るために医学を広めたいという思い
・社会の病や不安を減らしたいという願い
・医学の発展が社会全体の命を守ることにつながるという理解

【未来】
・未来へ命をつなぐという強い決心
・自分の行動が未来の人々の命を守ることにつながるという意識
・医学を次の世代に受け継ぎたいという思い

◇洪庵が困難の中でも諦めずに種痘の普及を訴え続けた、その原動力を児童とともに探る。

☆緒方洪庵の行動や思いをもとに、命の重みについて多様な視点(自分・他者・社会・未来)から考え、感じたことや気づきを自分の言葉で表そうとしているか。

終末
(7分)

今日のまとめ
振り返り

○改めて今日のテーマ「命の重さ」について、今日の学習を通してどのような気づきが得られましたか?

・今日の授業で感じたこと、考えたことを振り返りましょう。

◇導入の問いからどのような変容(発見と納得)があったのかを自覚させる。
☆今日の学習を通して考えた命の重みについて、自分自身の生き方や身近な人の命と結び付けて振り返ろうとしているか。

5.板書例

○5年1組(1時間目に実施)

○5年3組(3時間目に実施)

○5年2組(5時間目に実施)

6.まとめ

 本授業では、児童が緒方洪庵の生き方に触れる中で、「命とは何か。」「命の重みとはどこからくるのか。」といった問いに対して、自分なりの考えをもち、主体的に思考を深める姿が見られた。洪庵の行動に対して、「過去からつながってきた命を守りたかった。」や「今を生きる人達の苦しみを見たくない。」、「未来の人のことまで考えていた。」など、価値を自分の言葉で捉え直そうとする発言が多く聞かれた。
 1時間目に実施した5年1組では、教師の問いかけに対する反応が活発で、つぶやきも多く聞こえる学級であった。思ったことをすぐに言葉にする傾向があるため、発言内容は抽象的なものが多かった。教師はそれらの言葉を丁寧に受け止め、追発問を通して主題を深める時間を意識的に確保した。本授業では、一人の子どもがつぶやいた「幸せ」という言葉がきっかけとなり、患者を治すことでその家族や友人、医師や助手までもが幸せになること、さらにその連鎖が未来へとつながっていくという気づきへと展開していった。
 3時間目に実施した5年3組は、教師の問いに対して熟考する学級であり、発言数は1組に比べて少ないものの、その内容は本質に迫るものが多かった。教師は子どもたちの発言を意味づけたり、価値づけたりすることで、道徳的価値についてさらに深く考える機会をつくることを意識した。本実践では、指導案に記載していた「洪庵があきらめずに訴え続けたのはどのような思いからだろう。」という問いは用いず、一人の子どもが発した「苦労」というキーワードをもとに、「苦労してまで続けたのはどうしてだろう。」と問い直す展開となった。そこから、命を救う人と救われる人との比較、そして平和な世の中へのつながりといった広がりが生まれた。
 5時間目に実施した5年2組は、発表する子どもが限られる学級であったため、一人ひとりが自分の考えを言葉にする機会を意識的につくり、そこから全体で共有できるように工夫した。この学級では、命という視点に対して、人間だけでなく種痘にも注目した子どもがいた。種痘を発見した人、運んできた人、育てた人、さらにはウィルスや細菌の命にも着目する子どもも現れ、命の価値を技術や自然の営みまで含めて広く捉えようとする姿が見られた。授業終盤の気づきの交流では、「自分の知らない誰かのおかげで今の自分がある。」と発言する児童もおり、命のつながりを社会的・歴史的な文脈で捉える深まりが生まれていた。
 複数学級での実践を通して、子どもたちの発言内容や反応する姿には学級ごとの違いがあり、その背景にある人間関係や学級の雰囲気が、授業の展開に大きく影響することを改めて実感した。Dの視点である「生命の尊さ」は抽象的で扱いにくいとされがちである。しかし、子どもたち一人ひとりの言葉や感じ方を大切に受け止め、それらを丁寧につないでいくことで、価値を自分ごととして捉えようとする深まりが本実践を通して感じられた。今後も、子どもたちの言葉や姿を起点とした授業づくりのよさを大切にしながら、子どもたち一人ひとりが自分の生き方と結びつけて考えることのできる、豊かな道徳科の授業の在り方について考えていきたい。

「ある日のくつばこで」(第2学年)

1.はじめに

 目の前の2年生の児童との授業を重ねる中で、最も大切にしたいと感じたのは、善悪の判断ができ、進んで「よい」と思うことを実行できる児童の育成である。学習指導要領における第1学年及び第2学年の内容に「よいことと悪いことの区別をし、よいと思うことを進んで行うこと。」と示されており、これはまさに低学年の児童に育てたい力である。
 道徳科の内容項目「善悪の判断」は、指導にあたっては、次のような点が重要であると考える。

抽象的な概念ではなく、身近な生活体験をもとに考えさせること
「みんながやっているから」ではなく人としての正しさや公正さを基準に判断させること
考えたことを実際の行動に結びつけようとすること

 「善悪の判断」は、単に道徳的知識を理解するだけにとどまらず、児童が自らの行為を省み、よりよい生き方を模索するための基礎となる価値である。また、学習指導要領解説において、「善悪の判断」が最初の内容項目に位置づけられているのは、児童が自分の行為を律する態度を形成することが全ての道徳的実践の出発点であり、道徳性の育成の基本となる学びだからだと考える。
 本実践では、この「善悪の判断」を扱った道徳科の授業を通して、児童が日常生活の中で「これはよいことだろうか。」「どうすればよかったのだろうか。」と自ら考え、迷いながらも自分なりの答えを導き出そうとする態度を育みたいと考えた。その過程を通して、児童一人一人が自分の感じ方や考えを大切にし、自分の軸を少しずつ強くしていくことを目指した。

2.6つの提案をもとにした実践

提案1 主体性をもった導入のあり方

 本時では、児童が自分自身の生活を振り返りながら学習に主体的に取り組むことを大切にした。導入では、「正しいことだと分かっていても、なかなか行動できないことってありますか?」と問いかけ、児童の日常を振り返らせた。児童はそれぞれの経験を思い出しながら、「ある。」「ない。」と反応し、自分なりの状況を思い浮かべていた。そのうえで「今日のお話には、みんなと同じように思い悩んでしまう、まり子さんという女の子が出てきます。まり子さんの悩んでいる様子を、みんなで一緒に考えてみたいと思います。まり子さんになったつもりで、みんなで話し合いたいところに線を引きながら聞いてください。」と語りかけた。このような導入を設定した意図は、児童が登場人物の心情を自分の体験と重ねながら教材に入り込むことをねらったものである。自らの経験を手がかりにしながら教材に向かうことで、まり子の葛藤を「自分にもあり得ること」として捉え、自分ごととして考えることができるようにしたいと考えた。加えて、教科書に線を引かせる活動を取り入れ、児童が「まり子さんの気持ち」や「自分が共感した部分」を視覚的に捉え、自分の思いを可視化できるようにした。これにより、児童は教材を読む過程で自分の感じ方を整理し、あとの話し合いの場面でも自分の考えについて根拠をもって表現しやすくなると考えた。
 以上のような導入によって、児童が教材の内容を自分の生活と重ね合わせながら主体的に読み進め、登場人物の葛藤を通して「善悪の判断」について深く考える基盤をつくることができるようにした。

提案2 発達の段階に合わせた教材提示の工夫

 道徳科の授業では、教材の理解度によって、児童の考えの深まり方や道徳的価値の理解の程度に大きな差が生まれる。特に低学年では、登場人物の心情の変化や場面の関係を把握する力がまだじゅうぶんに育っていないため、教師がどのように教材への導入や読みを支援するかが重要となる。
 教師が教材を範読した後、児童が何度も本文に戻りながら読み直し、内容を確認していく授業が多く見られる。しかし、この方法では、内容理解になってしまい、国語科での読み取りの学習のようになってしまうおそれがある。道徳科の学習で大切なことは、登場人物の行動や心情を正確に読み取ること以上に、その行間に込められた意味や人間としての在り方を、自分自身に置き換えて考えることである。そのため、本実践では、児童の発達の段階に応じて、教材の全体像を短時間で把握できるように工夫した。具体的には、挿絵を用いながら登場人物の行動や場面の移り変わりを黒板上に整理し、視覚的に理解できるようにした。こうした提示は、文字情報だけでは内容を把握しにくい低学年の児童にとって、物語の流れや登場人物の心の動きを捉える手がかりとなる。
 また、教師が挿絵を順に示しながら、登場人物の表情や動作に着目させることで、児童は「まり子さんはこのとき、どんな気持ちだったのだろう。」「もし自分だったらどうしただろう。」といった内面の問いを自然にもち始める。このような支援により、児童は登場人物を単なる物語上の存在としてではなく、自分と重ね合わせて考える対象として捉えることができるようになる。結果として、児童は教材を表面的に理解するのではなく、登場人物の葛藤や選択を通して「善悪の判断」という価値を自分自身の課題として捉え直す姿が見られた。これは、発達の段階に応じた教材提示の工夫が、道徳的価値の理解を深めるうえで有効に機能したことを示している。

提案3 話し合う場面の焦点化

 児童が教材のあらすじを把握した後、登場人物の心情の揺れに焦点を当て、深く考えるための話し合いの場を設定した。導入で教科書に話し合いたいことについて線を引いたことを想起させ、「どの場面で、まり子さんが一番困っていたのか。」を話し合った。教師は児童の共感や疑問の多かった3つの場面を黒板上で整理した。すなわち、①「かずみさんに『だれにも言わないでね。』と言われた場面」、②「としおさんが靴を元通りにしてくれたのに、なぜか心がくもっている場面」、③「お母さんの言葉を思い出し、『そうだ、勇気を出そう。』と決心した場面」である。これらの場面は、児童自身が「気になる」「考えてみたい」と感じた部分であり、教師が一方的に選んだのではなく、児童の声を基に選んだ場面だった。このように、児童が自ら話し合いたいことを選択することは、児童が主体的に考えようとする意欲を高めるうえで極めて有効である。自ら「考えたい」と感じた場面であるからこそ、児童は登場人物の心情を自分の経験と照らし合わせながら深く考えることができる。さらに、教師があらかじめ教材研究を重ね、どの場面に道徳的価値の核心が表れているのかを的確に把握しておくことで、児童の発言を生かしながら、ねらいとする価値理解に自然に迫る授業展開が可能となる。
 このように、話し合いの場面を児童の実感に基づいて焦点化し、教師が学級全体で考え、話し合う方向性を整えることで、児童は自分たちの話し合いに見通しをもって可視化して授業することができた。

提案4 ねらいの設定

 本実践のねらいは、道徳科的諸価値についての3つの理解、すなわち「価値理解」「人間理解」「他者理解」の観点から構成した。これらの観点を通して、児童が「善悪の判断」という価値を自分自身の生き方と関連づけて考えることを目指した。
 第一に、価値理解の観点である。児童が「正しいこととは何か。」「なぜ正しいことを行うことが大切なのか。」を考え、人間としてよりよく生きるうえで善悪を判断することが欠かせないことを理解できるようにする。単に知識としての理解ではなく、道徳的価値を自分の生活や行動に結びつけてとらえることを重視した。
 第二に、人間理解の観点である。児童が、正しいとわかっていても行動に移すことが難しいという「人間の弱さ」に気づくことができるようにした。登場人物であるまり子の葛藤を通して、価値を実現することが容易でないこと、その迷いやためらいの中にも人間らしさがあることを理解させることを重視した。
 第三に、他者理解の観点である。善悪を判断する際の感じ方や考え方は、人によって異なるということを理解させたい。児童同士の意見交流を通して、「自分だったらこうする」「友達は違う考えをもっている」といった相互理解の場を設け、他者の考え方を尊重しながら自分の考えを深めることをねらいとした。
 これら3つの観点を総合し、本実践ではこのようなねらいを設定した。

 正しいと分かっていること(価値理解)に対して、なかなか実行できない人間の弱さ(人間理解)に触れさせながら、善悪の判断をすることは、自分の勇気だけでなく、自他を大切にすることにもつながることを感得させ、正しいことは進んで行おうとする実践的態度を育てる。

 このように、価値理解・人間理解・他者理解の3つの観点を通してねらいを構成することにより、児童が「善悪の判断」を「自分の生き方に関わる課題」としてとらえることを目指した。

提案5 発問構成のあり方

 本実践では、曽我文敏氏の提唱する「発問構成のパターン」を参考に、児童が登場人物の心情を自分ごととしてとらえ、「善悪の判断」について価値を深く考えられるよう、発問の構成を工夫した。曽我氏は、発問を通して児童の思考を段階的に深め、価値の理解・人間の理解・自己の成長実感へと導くことの重要性を指摘している。本実践でもその考えを踏まえ、次のように基本発問と補助発問を関連づけて設定した。

発問構成

発問内容

ねらい・意図

基本発問1

「『だれにも言わないでね。』と言われたときのまり子は、どんな気持ちだったでしょう。」

登場人物の葛藤に寄り添い、状況を具体的に捉える。

補助発問

「どうして困っているのですか。」
(人間の弱さに気づかせる発問 ― 人間理解

正しいと分かっていても行動できない人間の弱さに気づかせる。

基本発問2

「なぜか心がくもっているまり子の気持ちは、どんな心なのでしょう。」

迷いと後悔の心情に注目させる。

補助発問

「だまっていてもいいのではないですか。」
(人間の弱さに気づかせる発問 ― 人間理解

行動しないことの理由を自分に重ねながら考えさせる。

基本発問3
(中心発問)

「『そうだ、勇気を出そう』と決心したまり子の気持ちをどう思いますか。」

決心の瞬間に込められた価値を見つめる。

補助発問

「お母さんのどんな心を感じたのですか。」「お家に帰ってお母さんに何と言いたいですか。」
(人間の強さを感得させ、価値を把握させる発問 ― 価値理解

自分の内面を見つめ、価値を自分の生き方に結びつける。

 このように、発問を「人間の弱さへの気づき(人間理解)」から「人間の強さの感得(価値理解)」へと段階的に構成することで、児童が登場人物の行動や心情を通して道徳的価値を深く考えられるようにした。また、補助発問によって児童の多様な感じ方や考え方を引き出すことで、互いの意見の違いに気付き、他者理解を深めることにもつなげた。これらの発問構成により、児童は「正しいとわかっていても行動できない自分」から、「勇気をもって正しいことを行おうとする自分」へ向かおうとする学びが生まれ、ねらいである「正しいことは進んで行おうとする態度の育成」へとつなげることができた。

提案6 展開後段のあり方

 本実践では、児童に内面的な変化を実感させるため、授業の展開後段に「書く活動」を位置づけた。単なる感想記述にとどめず、児童が本時で考えた道徳的価値について、「自分がどのような感じ方・考え方をしていたのか」「授業の中で、自分の感じ方・考え方がどのように変化したのか」を自覚させることを目的とした。そのために、教師は児童の内面的自覚の姿を以下のア~オに整理し、視覚的に提示した。

ア 今まで気づかなかったことに 気づいた。
イ もやもやしていたことが はっきりした。
ウ 足りないことが よく分かった。
エ 今まで思っていたものが 違うものに変わった。
オ 分かっていたことが 分からなくなった。

 児童にはこの中から自分に最も近いものを1つ選ばせ、その理由を文章で表現させた。その際、

自分の過去の経験
本時の学習を通しての考えの深まり(登場人物への共感・仲間の発言など)
これからの自分の生き方への期待

の3つの観点を意識して記述するよう促した。
 このように、児童に「自分の感じ方・考え方の変化」を言語化させることで、教材を通して高まった心情や意欲と、自己の生き方を見つめ直す時間とが連続的に結び付く学習となった。児童は、善悪を判断することの意味を「まり子の物語」から「自分自身の生活」へと引き寄せ、道徳的価値を自分の生き方と関わらせて考えることができた。 この「5つの内面的自覚の姿」を活用した書く活動は、児童一人一人の内面的成長を可視化する手立てとしても有効であり、教師にとっても児童の道徳的成長の手がかりを捉える貴重な資料となった。

3.展開例

(1)主題名

勇気を出して

(2)教材名

ある日のくつばこで

学習活動
(○教師の主な発問、◎中心発問、★ねらいに迫るための補助発問、・予想される児童の反応)

◇指導上の留意点
☆評価


1 価値について話し合う。
○正しいことだと分かっていても、なかなか行動できないことってありますか。
・ごみを自分から拾わないことがある。
・あいさつをしないことがある。
・ゲームがやめられない。
・夜遅くまで起きてしまう。

◇正しいことは理解しているものの、なかなか行動できない経験を想起させ、価値への想起を図る。


2 教材「ある日のくつばこで」を読んで、話し合う。

○お話には、まり子さんと、かずみさんととしおさんの3人が出てきます。まり子さんが困ってしまう場面があります。
○まり子さんの困りごとに注目し、みんなで話し合いたいことに線を引きながら聞いてください。
どこに線を引きましたか。何を話し合いたいですか。
かずみさんに言われたとき、どう思ったのだろう。
・なんで心がくもったままだったんだろう。
・どうして勇気を出せたんだろう。

◇登場人物をの紹介し、まり子さんの思いを考えることを伝える。その際、「困っている」というキーワードを出すことで、主人公の心に寄り添わせる。さらに、「みんなで話し合いたいこと」を発表させることで、その後の活動を児童主体の活動へと導く。(場面の焦点化と児童主体の活動へ)

○お話の内容(場面・話し合うこと)を整理する。
「だれにも言わないでね」と言われたまり子
「なぜか、心がくもって」いるまり子
「そうだ、ゆう気を出そう。」と決心したまり子
「だれにも言わないでね。」と言われたときのまり子は、どんな気持ちだったでしょう。
・本当は駄目なのに。
・嫌だな。
・どうすればいいのかな。
★「どうしてそんなに困っているのですか。」
・仕返しがこわい。
・先生がいなくて不安。
・自分もいじめられるかも。
なぜか心がくもっているまり子の気持ちは、どんな心なのでしょう。
・だまっていていいのかな。 
・心にひっかかるな。
・言わないといけないけど。

◇児童の問いを共有しながら、挿絵とともに黒板に示し、話し合うことの全体像を把握させる。
◇最後の「そうだ、ゆう気を出そう。」をみんなで考えるために、はじめのかずみの思いである「だれにも言わないでね。」を考えることから始めることを伝える。
◇正しいと分かっていても行動できない人間の弱さに共感させる。

★だまっていてもいいのではないですか。
・かすみさんがやっていないことになる。
・正しいことをしなくてはいけないのでは。
「そうだ、勇気を出そう。」と決心したまり子の気持ちをどう思いますか。
★お母さんのどんな心を感じたのですか。
・正しいことをするのが大切という心。
・怖いけど頑張る心。
・駄目なことは駄目とちゃんと言ってあげる心。
★お家に帰ってお母さんに何と言いたいですか。
・すごく困ったけど、勇気を出せたよ。
・みんなのためにも自分のために頑張れたよ。

◇行動しないことの理由を自分に重ねながら考えさせる。

3 これまでの自分を振り返り、気づいたことについて話し合う。
○今日は、「よいことと悪いこと」についてみんなで考えました。これまでの自分を振り返ってみて、新たに気付いたことやはっきりしたこと、自分に足りなかったと思うことがありますか。ア~オの中から自分の心に最も近いものを一つ選び、選んだわけを教えてください。

◇自分の内面を見つめ、価値を自分の生き方に結びつける。
☆善悪の判断をすることは、自分の勇気だけでなく、自他を大切にすることにもつながること考えているか。(発言・ワークシート)
ア 今まで気づかなかったことに気づいた。
イ もやもやしていたことが はっきりした。
ウ 足りないことがよく分かった。
エ 今まで思っていたものが 違うものに変わった。
オ 分かっていたことが 分からなくなった。


4 教師の話を聞く。
○みなさんと一緒に、よいことと悪いことをしっかり考えて行動することの大切さを考えました。それは、自分のためであり、みんなのためでもあるのですね。これからも、自分やこの学級の仲間、いろいろな仲間を大切にしていきたいですね。先生にもこんな経験があります。

◇教師も共に学ぶ存在として、本時の学びを振り返る共に、正しいことは進んで行おうとしてきた教師自身の経験を話し、余韻を残して終わるようにしたい。

※ワークシート

4.板書例

5.まとめ(授業の成果と今後の課題)

 本実践では、「善悪の判断」を中心に、児童が登場人物の心情に寄り添いながら、自分の生活や生き方に引き寄せて考えることをねらいとして授業を構成した。発問の工夫や書く活動の工夫を通して、児童一人一人が「正しいと分かっていても行動できない人間の弱さ」に気づきながら、「正しいことを進んで行おうとする勇気」へと心を動かす姿が見られた。このことは、道徳的価値の内面的な自覚を促すうえで一定の成果を示したものと考える。
 今後は、道徳性の発達の連続性という観点からは、課題が残る。今後は、本時の学びを基盤として、中学年・高学年へと発達の段階を見通した実践を重ね、価値理解の深化を図っていく必要がある。また、児童が安心して自分の考え方や感じ方を表現できるためには、日常的な人間関係や集団のあり方が大きく影響する。したがって、道徳科の授業をより充実させるためには、豊かな学級経営のうえに道徳の学びが成り立つという視点を常にもち、学級づくりの観点からも研究を深めていくことが重要であると考える。児童が互いの違いを認め合い、安心して意見を交流できる学級風土の中でこそ、道徳性は実感を伴って育まれていく。そのような教育実践を今後の課題として継続的に探究していきたい。

【参考文献】

  • 『道徳の教科化に思う』 著者・発行者 曽我文敏
  • 『小学校学習指導要領(平成29年告示)解説 特別の教科 道徳編』(文部科学省)

「ブランコ乗りとピエロ」(第6学年)

1.はじめに

 OECD(経済協力開発機構)はEducation2030プロジェクトにおいて、「エージェンシー(Agency)」を中核的な概念として位置づけ、児童・生徒の主体的な学びについての指針を示している。これを受け、群馬県教育委員会では、第4期教育振興基本計画の最上位目標のキーワードに「エージェンシー」を示し、エージェンシーを発揮する「自律した学習者」を目指し、「自分で考えて、自分で決めて、自分で動き出す」児童・生徒の育成を進めている。
 本研究では、道徳科の授業における「自律した学習者」について、「主題を自分ごと化して捉え、対話や交流によって道徳的価値について考えを深め、自分や社会との関わりから、よりよい自己の生き方について見つめ直している児童」と設定した。この児童像の実現に向けて、「話し合い活動」と「課題探究型の授業展開」の2点について工夫をした実践を行った。
 本実践記録は、令和7年2月に実施した授業であるが、今回紹介する授業実践は、令和6年度の1年間を通して実践してきたものである。また、「第58回 関東地区小学校道徳教育研究大会 千葉大会」で発表した内容が基となっており、その後に行った授業改善も追記した内容となっている。

2.話し合い活動の工夫

 本研究では、話し合い活動をさらにステップアップさせ、児童がエージェンシーを発揮して学びに向かうために、ファシリテーション能力を向上させ、主体的に話し合い活動を進めるための工夫として、以下の3つの手立てを講じた。

(1)トリオ・ディスカッション
 道徳科の授業では、児童のファシリテーション能力を高めるために、3人組での授業形態を採用した。具体的には、机を3つ横一列に並べ、3人組をつくる。3人組のうち、中央の児童がファシリテーターとなり、両端の児童の考えや意見をつなぐように話し合う工夫を行った。これは、ファシリテーション能力を向上させるだけでなく、児童の本音を引き出すことにも有効であると考えた。

(2)座席の工夫
 先述のトリオ・ディスカッションを行うにあたり、児童の座席を毎時間ランダムで設定した。これまでの授業において、さまざまな話し合い活動の工夫を行ってきたが、人間関係の慣れが生じ、話し合い活動を通した深い学びになっていなかった実態を受け、毎時間ランダムに3人組の座席を設定して授業を行った。これにより、多くの児童がファシリテーターを経験したり、多様な見方や考え方に触れたりすることができる機会となることを意図した。この結果として、固定化された友達関係内での話し合いや班活動における暗黙的なルール(ワークシートを回し読みするなど)が生じず、常にさまざまな友達に自分の考えや立場を伝える必要性をもたせることができた。

(3)手ぶらトーク
 中心発問について児童が話し合いを通して学びを深める場面において、これまでは、ワークシートなどを持参しての話し合い活動を行う授業が多く展開されてきた。しかし、児童の活動を詳しく見てみると、「ワークシートを見せ合うだけ」「友達のワークシートの記述を写すだけ」「ワークシートの記述を読み上げるだけ」になってしまっている様子が数多く見られた。そのために、本実践では、子どもたちにワークシートを持参させない「手ぶらトーク」を導入した。また、手ぶらトークを行う際は、児童の話し合いたい内容などに応じて教室内のフリースペースに「話し合いを行う場」を設定した。この結果、児童が友達の意見をワークシートに書く活動がなくなり、話し合いに集中することができるようになっただけでなく、さまざまな見方や考え方に触れることで、考えを広げたり、深めたりすることができるようになった。

3.課題探究型の授業展開の工夫

 既存の授業形態からの脱却と児童・教師の授業観の転換を図るために、「課題探究型の授業展開の工夫」を行った。この授業展開は、児童が道徳の授業における中心発問を「自ら設定」することで、主題を自分ごと化して捉え、対話や交流によって道徳的価値について考えを深め、自分や社会との関わりから、よりよい自己の生き方について見つめ直す授業への転換を意図して実施した。
 年度当初は、児童一人ひとりが教材文から「めあて」に沿った学習課題(モヤモヤ)を設定し、学級内で授業を通して深めたい課題(1~3つ程度)に絞り、トリオ・ディスカッションや手ぶらトークを通して各自の納得解を導き出す授業展開を行った。

「ウイルスとの戦い-父にエールを-」を読んで、みんなで考えたいこと(課題)を作ろう。

1

2

3

4

わたし

周りの人

その他

児童A

2

児童C

1

児童E

2

児童G

2

なぜ、父は噂が広がっても診察を続けたのか。

父の姿を見てどんな感情がこみ上がってきたのか。

なぜ、自分も病気にかかる可能性があるなか、患者さんを受け入れたのか。

なぜ、お父さんは危険なのに診察を続けていたのだろう。

児童B

3

児童D

2

児童F

2

児童H

2

なぜ「県内初のコロナ感染者が父のクリニックだ」と噂を立てられたのか。

どうして変な噂が立っていても自分がかぜの症状になったとしても諦めずに診察し続けたのか。

お父さんはなぜ病気にかかるリスクがあるのに暑い中患者を診察するのか。

父はなぜ危ない状況でも診察を続けたのか。

年度始めの課題づくりの児童の記述(一部)

 しかし、当初は授業時間のマネジメントが不十分であったため、本時で深めたい学びに達していない授業が多くなってしまった。そのため、さらなる授業改善を行った。そこで取り入れたのが、教材文に対する中心発問を児童一人ひとりが考えて絞り込むのではなく、トリオ・ディスカッションを活用した中心発問づくりである。課題づくりの授業を通して、児童一人ひとりが課題をつくる力が十分に身についてきたことから、トリオ・ディスカッションで課題づくりを行う際においても、児童一人ひとりが自分の考えをもちつつ、友達と話し合い活動を行うことで、よりよい洗練された課題をつくることができると考えたためである。

「ゴゴ 九十四歳の小学生」を読んでモヤモヤ(課題)を考えよう。
ポイント お話の中でモヤモヤする所を探し、めあてについて考えを深められる課題を作ろう。

1班

6班

九十四歳になってまで、なぜ卒業することを諦めなかったのか。

なぜ、そんなに小学校を卒業したいと思ったのか。

2班

7班

校長先生に励まされたゴゴは何を思って学校にまた通いはじめたのか。

なぜ、ゴゴは試験に落ちたけど諦めきれない気持ちがあったのか。

3班

8班

なぜ、九十四歳で学校に通おうとしたのか。

なぜ、九十四歳になってから学校に通ったのか。

4班

9班

九十四歳になっても学ぼうとする気持ちを支えているものはなんだろう。

なぜ、卒業試験で数点足りなかったのに諦めずに学校に戻って勉強することを続けられたのか。

5班

ゴゴはなぜ卒業するのを諦めなかったのか。

年度末の課題づくりの児童の記述(一部)

 ここで、課題をつくる際における児童のよりどころになるのが、教材文における「主人公(登場人物)の心情の変化に着目する」ということである。教師が、教材研究を行う際の視点をあえて児童に示し、考えさせることにより、「課題を見いだす力」を伸長させるとともに、自ら見いだした課題を自分たちの力で解決しようとする「主体的に学習に取り組む態度」の育成につなげ、「自律した学習者」の育成を図った。

4.実践報告

(1)主題名

広く受け入れる心

(2)教材名

ブランコ乗りとピエロ

(3)教材について

 本教材では、サーカス団の2人の登場人物(ブランコ乗りのサム、ピエロ)の心情の変化を通して、自分とは異なる他者の気持ちや考え方を受け入れる方法を考えることができる。また、助け合いや協力し合える人間関係の形成についても深く考えることができる。
 児童の学齢を考えると、少しずつ他者の考えを受け入れたり、理解しようとしたりする気持ちが芽生え始める時期である。しかし、人の心の弱さに着目すれば、自分が他者より優位に立ちたい気持ちをもったり、自己中心的な言動や行動をしてしまったりすることを自覚したうえで、どのように行動するのがよいのかが求められる。その際、相手や他者の立場、周りの状況などを総合的に判断したうえで、自分と違う考えや思いとの折り合いをつけたり、新しい解決策を見つけ出したりすることで、よりよい人間関係が形成されることに気づかせたい。

(4)本時のねらい

 サムとピエロの気持ちや考え方の違いについて捉え、相手を広い心で受け入れたり、理解したりして、異なる考えをもつ他者と相互に理解し合うことが、考えや価値観を広げることにつながることに気づかせ、自分と異なる考え方について寛容な気持ちで受け入れようとする意欲を育てる。

(5)展開例

学習活動
(○教師の主な発問 ・予想される児童の反応)

◇教師の支援 ☆評価(方法)


1.自分自身について考える。

○あなたは、広い心で生活することができていますか。
・この前、ささいなことで、友達とけんかしちゃった。
・いつも相手の気持ちを考えて過ごせている。
・あまりできていない。

2.めあてを確認する。
○「広い心とは、どのような心かを考える」

◇トリオ・ディスカッションで具体的なエピソードを引き出し、ファシリテーターの児童がファシリテートできるよう、「例えば」「具体的には」などの話型を示す。


3.教材文の範読を聞く。

4.教材文に対する課題を考える。

5.学級全体で課題を絞り込む。

◇範読後、すぐにトリオ・ディスカッションで課題を考えさせ、ICT機器を活用して学級内で共有する。
◇課題をつくる際には、常にめあてを意識することを指導する。

6.絞り込んだ課題について、トリオ・ディスカッションで話し合う。

7.先の課題について、手ぶらトークで話し合う

◇課題解決のためのトリオ・ディスカッションや手ぶらトークをしている児童に対し、必要に応じて、多面的・多角的に考えたり、見方や考え方を広げたりすることができる補助発問を行う。

8.意見を共有する。

予想される中心発問と児童の反応
・ピエロがサムを憎む気持ちが消えたのはなぜか。
⇒ピエロがサムを憎む気持ちが消えたのは、サムの頑張りに気づいたからではないか。

・サムがピエロを受け入れたのはなぜか。
⇒サムがピエロを受け入れたのは、自分の頑張りを認めてくれたからではないか。

・サムとピエロが握手をしたのはなぜか。
⇒お互いに考えていることは、自分の立場だけだが、考えていることの方向性が同じだと気づいたからではないか。


9.教師の説話を聞く。

10.納得解を見つけ、個人の振り返りを行う。

◇教師自身の体験談(仲違いしたエピソードなど)を簡潔に紹介し、その時の失敗や解決策を話す。
◇ICT機器を活用して、ほかの児童の振り返りを学級全体で共有する。
☆異なる考えをもつ他者を相互に理解し合うことのよさに気づき、寛容に受け入れようとする気持ちの納得解をもつことができたか。(振り返り)

(6)板書計画

5.考察とまとめ

(1)児童の振り返りについて
 本実践における児童の振り返りでは、「今まで広い心というのはただ優しい、ただ何でも許してくれるだけの人だと思っていたけれど、広い心は自分のことだけを優先して相手のことをしっかりと知らないまま勝手に妄想して叱るのではなく、相手のことを知り、理解したうえで相手にしっかりと自分の気持ちを伝えることが大切なのだと思いました。」や「広い心について考えてきて、自分は今まではすぐ怒ったりしていたけど、この授業を通して友達とけんかしてもすぐ怒るんじゃなく、落ち着いて話したいと思いました。」「友達に対して広く受け入れる心をもっていきたい。100%は難しいかもしれないけど70%くらいは受け入れられるように生活していきたい。」「これまでは広い心というものがあまり分からなかったけど、広い心とは、自分の非を認めたり相手が頑張っていることを褒めたりして、優しく接する心のことなんだなとこの授業を通して思った。」「今までは、広い心は何でも受け入れてくれるだけの人だと思っていたけれど、この授業を通して、自分のことも相手のことも認めてあげることが大切だと思った。認めてあげるには、まず相手のいいところを探してみるのもいいと思いました。」などの記述が見られた。児童は、相互に理解し合うことのよさに気づくことができていただけでなく、今後の生活において、児童自身がどのような態度で生活していきたいかについても記述することができていた。

(2)課題づくりについて
 本研究における自ら課題を設定する活動は、4月より道徳の時間を中心に繰り返し行ってきた。道徳の授業においては、課題をつくるだけで授業時間が終わってしまうことが年度始めではしばしば見られたが、徐々に課題をつくる時間が短縮され、本実践時においては、3分間のトリオ・ディスカッションで、ほぼ全ての3人組が課題をつくれるようになった。また、めあてを意識させることで、教師の想定している中心発問からも大きく外れることがなく、教材文を一度範読するだけで課題をつくることができるようになった。
 本実践においては、めあてを意識した課題づくりを児童が行ったことで、想定していた中心発問が児童から出てきた。また、課題を絞り込む場面では、ピエロの気持ちを理解することは容易であると児童が判断し、「ピエロは、すぐ分かる」とのつぶやきをしていたことから、サムの気持ちの変容についての課題を本時の中心発問として絞り込むことができた。

(3)本実践のまとめ
 本実践では、これまでの道徳の授業に対する問題意識を打開するための方法として、課題(中心発問)づくりを通した児童の主体的な学びのスタイルをデザインしてきた。課題づくりを授業に取り入れることに対して、多くの先生方は「難しすぎる」「授業がめちゃくちゃになってしまい、ねらいから外れてしまう」「一部の訓練された学級で行った取り組み」と感じられるかもしれない。本実践は、公立小学校の平均的な学級での取り組みであり、令和6年度の指導のみで、児童が成長し実践できたものである。本実践を通して私が、最も大切だと感じることは、いかに子どもたちの可能性を教師が信じ、任せることができるかということである。子どもたちは、もともと「自律した学習者」になるだけの素質を一人ひとりがもっており、私たち教師はその素質を引き出すための手立てを勇気をもって講じていくことが求められているのではないかと思う。

※本実践は、令和6年度に筆者が前任校である「みなかみ町立古馬牧小学校」で実践したものである。

自己の生き方についての考えを深める学習の実現~自己の判断を問うことを通して~「初めてのアンカー」(第6学年)

※本実践は兵庫教育大学附属小学校に在籍されていた際の実践です。

1.はじめに

 道徳科の授業では、道徳性を養うために「自己の生き方についての考えを深める学習」が重要視される。この学習は、教材の登場人物の気持ちや行動を考え、価値理解を深めるだけでなく、学んだことを自分自身と結びつけながら、より深い思考を重ねることで成立する。しかし、実際の授業では教材についての話し合いが進む一方で、それを自分の生き方と関連づける場面が少なくなることが課題として挙げられる。そのため、道徳科では教材の枠を超えた学習テーマを設定することがあるが、テーマが抽象的になることで教材の内容と乖離し、子どもたちが考えを深めにくくなる場合も少なくない。
 そこで、本実践では、教材の状況の中で学習テーマを活かしながら「自己の判断を問う」発問を設定することで、抽象的なテーマについて考える前段階となる学びを意図した。これにより、教材の話し合いの中で価値理解を深めつつ、自分ならどうするかを考え、自己の生き方についての思考を深めていくことが可能になるのではないかと考えた。
 具体的には、「家族の幸せは誰がどう創るのか?」というテーマのもと、「『仕事を断ってもらって運動会に来てもらうこと』と『悲しいけれどお父さんを仕事へ送り出すこと』のどちらが家族の幸せを創ることにつながるのか」という発問を設定した。この発問を通じて、子どもたちはまきや父親の気持ちを踏まえながら、自分ならどうするかを考え、家族の幸せについて主体的に判断する機会を得ることができるのではないだろうか。
 本実践では、このような発問を用いることで、自己の生き方についての考えを深める学習へとつなげる手立ての一つとして提案したい。

2.主題設定の理由

(1)ねらいや指導内容について
 家族とは、人が初めて所属する集団である。ここでいう家族とは、たとえ血のつながりがなくとも幼い頃から自分を守り育ててくれた存在も含みたい。家族は家族の幸せを願い、利害や損得がない無私の愛を注ぐ。そのような愛を受け、育つ中で人は安心を感じ、人や物事に対して主体的に関わる原動力となったり、支え合いや助け合い、思いやりの心を養っていったりする。そのため、家族の幸せを願い、自分にできることを考え家庭生活を充実させていくことは重要であろう。しかし、幼い頃から家族の愛を受け育ってきた子どもたちは、“してもらう” ことが当たり前と感じ、自分が家族の幸せを作る主体でもあることは自覚をしていないことが多い。ここで大切なことは、家族それぞれの思いや願いに目を向け、家族の幸せにとって自分にできることは何かを考えることである。家族の思いや願いは「親からの子どもに対する思い」「子どもからの親に対する思い」など方向性や意味もさまざまにある。それらを多面的・多角的に捉えることで、家族の苦労や努力が分かり、家族の幸せを求めて進んで役に立つことをしようとする実践意欲や態度を養うことにつながっていくだろう。

(2)児童の学習状況や実態について
 本学級の子どもたちは、家族が自分のことを思い、支えてくれることに喜びや感謝の気持ちを感じている子が多い。例えば授業参観の際には、恥ずかしながらもいつも以上に張り切ったり、休み時間に両親と話したりする姿がある。ここから、これまでの家庭生活でたくさんの愛を受け育ってきたことが想像できる。しかし、上述のように家族から何かを “してもらう” ことが当たり前となり、家族の幸せを願い、家族の一員として能動的に働きかけようとする態度は十分でない。この時期の子どもたちは、客観的な視点が育ち、集団における自分の立場や役割を自覚できるようになる。そのことも踏まえ、本主題を考えることに適している時期であると考えた。

3.教材について

 本教材は、運動会で初めてアンカーに選ばれたまきと、漁師の父親との関わりを描いた話である。毎年、仕事で運動会を見に行くことができなかった父だが、初めてまきがアンカーに選ばれた今年は、見に行く予定であった。まきは心から喜ぶが、父は急遽、仕事に行かなければならなくなった。仕事とはいえ、まきは裏切られた気持ちになり、父にそっけない態度をとる。その後、母や祖母の発言から父の思いを考え、仕事に向かう父に思いを伝えに行く話である。父が行事に来られなくなったという設定は子ども達も想像がしやすく、まきに自我関与しやすいだろう。また、複数の立場の人物の登場により、家族のことを思うものの仕事への責任感があり、葛藤する父親の思いが想像でき、家族の一員として自分にできることについて考えやすいと考えた。

4.実践事例

(1)教材名

「初めてのアンカー」(出典:日本文教出版 令和6年度版『小学道徳 生きる力6』)

(2)主題名(内容項目)

家族の幸せを創るために C[家族愛、家庭生活の充実]

(3)本時のねらい

 急遽、仕事が入り娘の運動会を見に行くことができなくなった父親と、その事実を知り葛藤するまきの姿を通して、家族それぞれの思いや願いに目を向け、家族の一員として自分にできることについて考え、家族の幸せを求めて進んで役に立つことをしようとする道徳的実践意欲と態度を養う。

(4)展開例

学習活動

学習活動
(○主な発問 ・予想される児童の反応)

◇指導上の留意点
●準備物など ☆評価


1 事前アンケートの集計結果を見て話し合う。

○幸せとは自然にできるのだろうか。
・自然にはできないかな。
・でもどうやってできるのだろう。

【アンケート内容】
1 「家族は幸せのほうがよい?理由は?」
2 「家族の幸せなときはどんなときですか。」

●アンケートの集計結果

【学習テーマ】家族の幸せは誰がどう創るの?


2 教材文「初めてのアンカー」を読んで、話し合う。

○教材を読んでどのような感想をもちましたか。
・まきがかわいそうだ。
・お父さんも仕方がないけど。
・自分だったら気持ちよく送り出せないな。
・せっかく初めてのアンカーに選ばれたのに・・・何で仕事が入るんだよ。
・なんでおばあちゃんやお母さんは怒らないんだろう。
・まきは自分のことばかりを考えている。もっと家族の気持ちを想像してあげないと。

○子どもたちの興味や関心から授業を展開していくために、教材を読んだ感想の交流から始める。
○感想の交流をしながら、子どもの興味を捉えると同時に教材理解も促す。

【教材理解で押さえておきたいポイント】
・はじめて運動会に父が来てくれるまきの喜びの気持ちへの共感。
・事情で仕方なく仕事に行かなければならなくなった父親の思い、葛藤。

◎「お父さん、待って―。」と追いかけたまきは何を考えていただろう。
・お父さんも辛いんだ。私は小さい子どものようにだだをこねていただけだ。
・私に今できることは、運動会に出て欲しかったと伝えるのではなく、無事に帰ってきてね、と明るく送り出すことじゃないか。

☆運動会に行けなくなった父親の思いを想像するまきや、他の家族の気持ちを考えることを通して家族の幸せを願って自分にできることについて自己との関わりで考えることができたか。

○父に仕事を断ってもらい運動会に来てもらうか、悲しいけれど仕事に送り出すかではどちらのほうが家族の幸せを創れているだろう。
・前者。そのほうが家族みんなが喜ぶから。
・後者。家族も悩んだり、悲しんだりするときがある。家族が頑張れるように応援することが家族の幸せを創ることだと思う。
○家族の幸せは、誰がどう創るのだろう。
・自分もしてもらってばかりじゃなくて家族の思いを知り、家族の幸せのために自分にできることを考えること。
・自分ばかりじゃなく、家族への思いやりや尊重の気持ちをもつこと。

○ “家族の幸せ” という抽象的な事柄について考えやすくするために2つの選択肢を挙げて問う。
その際、考えの根拠を言語化できるように「なぜそう思うの?」などと理由を問う。

【授業中で活用したい問い返し例】
○父親に急遽、仕事が入ったことを知ったときまきはどのような気持ちだっただろう。
○まきは、てるてる坊主をなぜ作っていたのだろう。
○祖母や母の発言はどのような思いからだろう。
○まきにとってのてるてる坊主の意味は変わったかな?
○はじめはあんなに悲しんでいたのになぜ,変わったの?
○お父さんを送り出した先にいいことってあるのだろうか。


3 本時の振り返りをする。

○今日の授業でいちばん大切だと思ったことや、新しく気づいたことは何ですか。
・自分は家族に何かをしてもらって当たり前と思っていた。でも、家族にはそれぞれの役割や思いがあるということが分かった。まきのように家族の思いを想像して、支えてあげられるようにしていくことも家族の幸せにつながるのだと思う。これからは自分も家族の一員としてできることをしたいし、そのために家族の思いを想像できる自分になりたい。

5.板書例

6.まとめ

 本実践では、「自己の生き方について考えを深める学習」を展開するために、教材の状況の中で自己の判断を問い直す活動を設けた。その結果、子どもたちは、教材の状況と学習テーマ「家族の幸せは誰がどう創るの?」をつなげながら「もし、自分が同じ立場だったら、どのように考えどのような判断をするか」と自分ごととして思考を深めていたように感じる。
 特に、「『仕事を断って運動会に来てもらうこと』と『悲しいけれどお父さんを仕事へ送り出すこと』のどちらが家族の幸せを創ることにつながるのか」という発問では、子どもたちはこれまでの話し合いで考えたことを適用させ、家族の幸せを創るために具体的な判断を行った。この過程で、まきの気持ちだけでなく、父親の責任感や葛藤、罪悪感といった家族の思いにも目を向け、自己中心的な視点から多面的な視点へと広げ、家族の幸せについて考える姿が見られた。
 本実践では、自己の判断を問う発問を用いることで、教材の話し合いを単なる価値理解にとどめず、自己の生き方についての考えを深める学習へと展開していく手立ての一つとして提案した。今後も、道徳科の授業において教材の状況を活かしながら、自己の判断を問い直す場面を取り入れ、子どもたちが「自己の生き方」について深く考えられる学びを実現できるような授業設計を行っていきたい。

「マインツからの便り」(第5学年)

1.はじめに

 国際社会の中で他国の文化を理解し、異文化との交流を進んで行う姿勢を育むことは、児童にとって重要な学びの一環である。本教材と教師の実体験を通じて、児童が異文化理解の大切さを理解し、自分の考えを積極的に表現しようとする意欲と態度を育てたい。

2.教材について

教材名:「マインツからの便り」

補足資料:恩師及び現地で出会った日本人教師からのビデオレター

3.実践報告

(1)主題名

世界の人々と C[国際理解、国際親善]

(2)本時のねらい

 異文化交流における自己表現の大切さに気づき、積極的に他者と関わったり、挑戦しようとしたりする意欲を育てる。

(3)展開例

学習活動
(○主な発問 ・予想される児童の反応)

◇指導上の留意点 ☆評価


「マインツ」とはどのような街か、インターネットなどで調べる。
○マインツってどこの国だと思う?
・ドイツ・ヨーロッパ
○マインツで活躍したサッカー選手を知っていますか。
・岡崎慎司選手・武藤嘉紀選手

◇児童が興味をもてるように、インターネットを活用したり、教師がまとめたスライドをもとに具体的に話をしたりする。
☆児童が興味や関心をもったか。


「マインツからの便り」の資料を使い、日本人がマインツでどのように生活しているかを紹介する。

◇発問が児童に考えさせる内容になるよう工夫する。

補足資料(ビデオレター)を視聴し、異文化での挑戦について具体的に考えさせる。

◇ビデオ内容をわかりやすく要約し、精選しておく。

○どうして身振り手振りや挑戦が必要なのだろう?
・言葉が通じないから。
・自分の考えを伝えたり、相手の話を聞いたりしたいから。

☆異文化交流における課題や意義を理解しているか。

児童が自分たちの経験や考えを共有する時間を設ける。
○自分ならどのように異文化交流をするか、グループで話しましょう。
・身振り手振り・積極的に挑戦する。
・他者を理解する。
・コミュニケーション

◇状況に応じて教師がサポートしたり、海外に行ったことのある児童の話を取り上げたりすることで話合いが深まるようにする。
◇言語的・非言語的コミュニケーションを例示する。
☆グループでの協働的な学びが進んだか。

教師自身がかつてマインツを訪れた際のエピソードを共有し、異文化での挑戦や学びを話す。

◇実体験を話すことで、児童と教材との距離を縮める。


本時の学びを整理する時間を取り、道徳ノートに「学んだこと」をまとめる。
○今日の授業で学んだことは何ですか。
○これから挑戦してみたくなったことは、どんなことですか。

◇個人での内省が深まるように、簡単な質問を投げかける。
☆振り返りに具体性があるか。

4.授業記録

【導入】

T   マインツって、ヨーロッパのどこの国でしょう?どんな人が活躍していたのか、Google Earthやインターネットなどで探しましょう。
C01 ドイツ。
C02 すごい。道路に自動車と電車が走っているよ。
C03 ドイツの車って有名なメーカーがたくさんあったね。
C04 日本代表で活躍した岡崎選手やヴィッセル神戸で活躍している武藤選手がこのチームにいたよ。

(考察)
マインツ自体は、ミュンヘンやベルリンのように名の通った地域ではないが、岡崎選手や武藤選手がプレーしたサッカーチームがあることを知り、2人とも兵庫県でプレーした(している)という共通点に気づいていた。子どもたちの反応からは、マインツについて調べていくうちに教材との距離が少し縮まっていったように感じる。

街の象徴「マインツ大聖堂」、悠久の歴史を刻む壮麗な姿
活気あふれる「シラー通り」、マインツの心臓部を歩く
マイン川とライン川が交わる地点、壮大な景色の広がるクルーズの出発地

大学時代の恩師のインタビュー
ドイツ留学時、語学留学修了認定証をもらった際の同じクラスのメンバー

ドイツ語学留学修了認定後、同じクラスのメンバーとの交流の様子
ドイツ留学時、お世話になったチューターさんによるビデオレター

【展開】

C01 普段、日本で生活していたら、伝統芸能とかあまり意識しなかったけど、いざ「紹介し てください。」と言われると、困るなあ。
C05 目の前で聞いている人は、みんな海外の人ばかりだから、うまく伝わるかなあ?
C06 言葉に詰まったときに、ジェスチャーでやり取りしているのを見たことがあるよ。

(考察)
教材を読んだり、ビデオレターを視聴したりしていくなかで、海外での生活には少しハードルが高そうだと感じている児童もいた。それは、言葉の壁や文化の壁など、自分の生活してきた環境と違う部分もあったからだと考える。しかし、それは、自分を表現するための大切な機会であると捉えている児童もいた。

T   自分なら、どのように異文化交流しますか。グループで話し合ってみましょう。
(中心発問)
C07 私は話すのが少し苦手だから、まずは相手の話を聞くところからスタートしたいな。
C08 僕は、日本の文化を知ってもらうために、スライドにまとめて紹介しようかな。
C09 僕は、ジェスチャーしながら、言葉で伝えたいな。
C02 日本の料理を振る舞いたいな。

(考察)
子どもたちの発言から、異文化交流に対する多様なアプローチが見られた。C07さんの「相手の話を聞く」という姿勢や、C08さんの「日本文化をスライドで紹介する」提案、C09さんの「ジェスチャーを使った伝達」、C02さんの「日本の料理を振る舞う」アイデアには、それぞれの個性や得意分野を生かした考えが表れており、多様性を尊重する姿勢がうかがえた。また、どの発言にも前向きな意欲が感じられ、児童が自主的に交流方法を模索している様子が見られたのはよかった。一方で、実践に向けては「具体的に何をどのように伝えるか」「相手の文化をどれだけ理解するか」といった計画の具体化が必要である。教師が考えを共有する場や実践的なシミュレーション活動、相手の文化を調べる学びの機会を設けることで、もっと児童が自分らしく向き合うことができ、交流することができるのではないかと考える。

5.板書例

6.授業への工夫など

(1)ビデオレターを活用
 リアルな経験談を児童に伝えることで、異文化交流の重要性を実感させる。

(2)ディスカッションを重視
 グループ活動を通じて児童同士の意見交換を促進する。

(3)道徳ノートによる振り返り
 異文化交流において自分の考えを積極的に表現しようとすることの大切さについて、考えを深める。

7.考察

児童が異文化交流に興味をもち、自己表現の方法を主体的に考え始める姿が見られた。
ディスカッションを通じて、協力しながら学ぶ力が向上した。
今後は、具体的な異文化交流の場を設定し、実践の場を増やすことが課題である。

(補足資料・ビデオレター)

「絵はがきと切手」(第3学年)

1.主題名

友だちならどうする B[友情、信頼]

2.教材名

絵はがきと切手(出典:文部省『小学校 道徳の指導資料とその利用3』)

3.主題設定の理由

(1)価値観
 友達は、家族以外で特に深い関わりをもつ存在であり、友達関係は共に学んだり、遊んだりすることを通して、互いに影響し合って構築されるものである。集団での活動が活発になるこの時期の児童に、心がつながっていると相手を信頼して行動する主人公への共感的理解を深めさせ、友達との心のつながりを大切にしようとする意欲を育てていくことが重要である。

(2)児童観
 3年生の児童は、2年生から3年生に上がるときにクラス替えを経験し、新しい友達ができるなどで活動範囲が広がり、集団との関わりも増えることで友達関係が広がってきている。しかし、気の合う友達同士で仲間をつくって仲間内で楽しもうとする傾向も見られはじめている。友達同士の仲の深まりも見られる一方で、言いたいことを言えずに抱え込んでしまったり、伝え方が悪くてトラブルに発展してしまったりすることもある。4月に行ったアンケートによると、2年生までに道徳の時間に取り組んできた活動として最も多かったのは「考えを書くこと」である。さらに、2年生までの経験と3年生の道徳の時間にやってみたいことを比べると、「グループで話すこと」が20ポイント上昇している。これらのことから、本学級の児童は、友達との交流を望んでいることが分かる。本時では、このような児童の実態をもとに、友達同士の心のつながりについて考えさせ、その大切さを実感させたい。

(3)教材観
 本教材は、「転校した友達の正子から絵葉書が届いたが、定形外のため料金不足だった。そのことを正子に伝えるかどうか迷ったひろ子は、友達だからこそ間違いを教えることを選び、返事を書く」という内容である。友達を思うがゆえに迷うという、中学年の子ども達が感じやすい場面が取り上げられている。ひろ子が迷う場面で、兄からは「友達なら、定形外のことを教えてあげたほうがいい。」母からは「お礼だけ書いたほうがいい。」と異なるアドバイスをもらい、さらにひろ子は悩んでしまう。この葛藤する場面を用いることで、「友達とのよりよい関係」について考えることで、友達を信頼し、助け合っていこうという気持ちを高めていくことができる教材である。

(4)指導観
 本時の指導に当たっては、道徳的行為に関する体験的な学習を取り入れることで、友達と関わり合うなかで必要な、相互理解、信頼、助け合いの大切さについて語り合うことで、友達を大切にする心を育てていきたい。そのために、定形外郵便のことを本人に伝えるかどうか迷うひろ子の気持ちにじゅうぶん共感させたうえで、伝えることを選択した意図に迫り、「友達のため」を考えたとき、どうするべきなのかについて議論する場を設けていきたい。また、児童の実態をもとに自分の立場を明確にしたうえで、ふだんから重要視してきた児童同士が語り合う時間をじゅうぶんに確保していきたい。

4.実践報告

(1)本時のねらい
 友達に対して、本当のことを伝えようとする行動の意味を話し合うことを通して、友達との心のつながりの大切さを自覚し、互いに信頼し合い、助け合おうとする心情を育てる。

(2)展開の概要

学習活動
(○教師の主な発問 ・予想される児童の反応)

◇教師の支援 ☆評価(方法)


1. 友達の大切さについて話し合う。
〇何か困っていたね。どうして迷っていたの。
・転校しても手紙をくれたから、この二人は仲よしなのに、間違ったことをしていたから。
・手紙をもらってうれしい。でも、定形外郵便物だよって言うか、迷っている。

◇定形外郵便物について説明しておく。
◇範読を聞き、手紙をやりとりする仲のよい友達同士の関係に着目することにより、本時の価値へ方向づけることができるようにする。


2. 心が動いた場面について話し合う。
(1)本当のことを友達に伝えるかどうかについて話し合う。
〇みんななら、どうする。

◇兄の考えと母親の考えを構造的に板書に示すことにより、本当のことを友達に伝えるかどうかで悩む主人公の気持ちに寄り添い、自分と重ね合わせて考えることができるようにする。

【伝える】
・友達なら、間違っていることも教えてあげないと、これからもずっと間違ったままになってしまう。
【伝えない】
・ひろ子を思って送ってくれた手紙。悪気があったわけじゃないから伝えなくていい。

◇ロイロノートで「言う」「言わない」「迷う」どれか一つのカードを提出させることにより、誰がどう考えているかを把握できるようにし、児童の交流が活発になるようにする。
◇主人公が迷う場面の役割演技を行い、相手のことを思って悩む主人公を共感的に理解させていく。

(2)主人公が本当のことを友達に伝えることを選んだ理由について話し合う。
〇どうして、教えてあげることにしたの。
・友達だからこそ、間違いは伝えてあげたい。
・友達のためになることをしたい。

◇主人公が「本当のことを伝える」を選んだ理由を考えさせることにより、本当に友達のためを思って行動することとはどんなことなのかについて考えを深めさせ、価値の内面化を図る。

(3)これまでの生活を振り返り、「友だちを思う」とはどういうことなのかについて話し合う。
〇「友達を思う」とは、どういうことなのだろう。
・相手のことを本当に考えて行動すること。
・わかってくれると信じて、言いたいことはちゃんと伝えること。

◇これまでの生活を振り返り、友達を思って行動した経験を語り合い、実践意欲を高める。


3. 教師の説話を聞く。

◇友達と信頼できる関係を築いていくことのすばらしさを知らせて、友達との心のつながりを大切にしようとする心情を高める。
☆友達との心のつながりを大切にし、信頼できる関係を築いていこうとする意欲をもつことができたか。(ワークシート・発言)

5.板書計画

6.板書の実際

7.考察

(1)導入について
 本題材では、現代の子どもたちには馴染みの薄いであろう「定形外郵便物」が取り上げられている。そこで今回は、導入で挿絵を見せながら、定形外郵便物の料金不足について補足説明をした。それから範読に入る際に、「今回はこれが少しネックになるんだ。困るところがどこなのか考えながら聞いてね。」と伝えた。予備知識を与え、不安なく読み進められるようにしたことと、範読を聞く視点を与えることで、外れた思考(「定形外郵便物って何だろう」等)にならず、スムーズに中心場面に迫ることができた。

(2)展開について
 料金が不足していたことについて、友達に伝えるかどうかの立場をはっきりさせて議論させるために、タブレット端末アプリ「ロイロノート」を活用した。児童から出た言葉を用いて「教えてあげる」「教えない」「迷う」のカード(色別)を用意し、共有できるフォルダに提出させた。このように、」自分の立場を明確にしたうえで「同じ意見の人の話を聞いてきて」「違う意見の人の話を聞いてきて」と話し合う場を設定した。児童はタブレット端末を持って友達の話を聞きに行き、共感したり、違いに気づいたりして「友達を思う」ということを多面的に考えていった。自分の立場が明確なため、自信をもって話すことができた。また、全体共有の場で話すのが苦手な児童も、活発な話し合いができた。

(3)終末について
 「自分だったら、どんなお返事を書くか。」と問いかけ、ワークシートを配付した。すると、児童の手が止まり、沈黙が流れた。手紙を書くまでは「相手を思ったら教えてあげることが大切。」と堂々と述べていた児童も、相手を思うが故にどんな言葉を使って伝えればいいのか迷い、考えていたのだった。この沈黙こそが、とても大切な時間なのだと考えた。3年生の児童は、低学年のときと比べて活動範囲が広がり、集団意識をもちはじめる時期であり、今まで以上に友達の存在を感じ、「親友」「仲間」という言葉を授業内でも多く挙げられていた。そこであらためて「親友として」言葉を伝えるには、再度考える必要があったことがわかった。実際に書かれた手紙の内容は、つたない言葉ではあったが、児童が精一杯考えたものであることが伝わってきた。学習指導要領解説にある「友達とのよりよい関係の在り方を考え」る時間をもつことができた。
 本時では沈黙を味わったのだが、「どうして手紙を書く手が止まったのか」という問い返しをするということも考えられる。児童の思考が深まるきっかけは、授業内のあちこちに散らばっていることをあらためて感じられた実践だった。

思考を顕在化し吟味し合う道徳授業実践~Padletによる相互参照・相互交流の環境の構築~「わりこみ」(第2学年)

※本実践は兵庫教育大学附属小学校に在籍されていた際の実践です。

1.はじめに

 「考え、議論する道徳」と掲げられているように、道徳科では対話的な授業を基本とすることが多い。対話によって、子どもたちそれぞれの内面にある考えや価値観を顕在化する。そうして顕在化した考えや価値観をクラスの仲間とさらに吟味しあうことで、自分の考えとの相違点や共通点を自覚することができる。そして、自分の価値観を再構成したり、自己を見つめ、自己の生き方について考えを深めたりしていくのである。学校現場の実情としては、発達の段階や、学習の時期によって対話が難しい場合があるものの、個々の内面にある多様な考えや価値観が顕在化してこなければ、いくら個人が深く生き方について考えていたとしても、集団で学ぶ意義は薄れてしまうだろう。
 そんな課題に対して、一人一台端末、ICTの活用が役に立つ。ICTは時間的、空間的制限を取り払うことが可能である。集団の中で声をあげられなくても、端末を通して考えを共有することで、クラスの友達同士の考えを互いに見合い、交流することができる。それを相互参照・相互交流ともいう。相互参照・相互交流はICTの活用としては基本的なものであるが、発達の段階や学級の成熟度に合ったアプリやシステムでなければ、操作の難しさや機能の物足りなさから活用を避けられてしまうことがあった。そこで今回は、オンライン掲示板アプリ「Padlet」を扱う。このアプリはブラウザで起動し、子どもの端末側でインストールする必要がないため、容易に導入することができる。また、操作が簡単で、見やすくポップなUI(ユーザーインターフェイス)が特長である。そのため低学年であっても操作に混乱することなく、簡単に使用することができる。今回はその特長を活かし、2年生の授業の終末で活用した。

2.主題設定について

 本授業では、主題を「よいこと、よくないことってどうきめる?」と設定した。物事の善悪について的確に判断し、自らの正しいと思うところに従って行動するためには自律性が必要である。つまり、善悪の判断力を養うことは、同時に自律的な態度を育てていくこととも言えるだろう。自律的な態度は、子どもたちがこれから価値観の多様な未来の社会を主体的に生き抜く力となる。また、善悪の判断力を養うためには、第一に、よいことやよくないことの判断基準を知ることが重要である。加えて、よいと判断したことを実行する勇気も大切である。しかし、この学年の子どもたちは、自分の物事の判断について無意識的であることが多い。また、よいことやよくないことが分かっていても、自分の利害や自信の欠如から正しいことを明言できないことも少なくない。このような実態を踏まえると、自分の決断した物事の判断理由について考えることを通して、善悪の判断基準を自分の内に構築することが重要である。また、よいことやよくないことを判断し、行動できる喜びを感じていくことも重要である。したがって、本主題を通して、よいこととよくないことの判断の理由について考えることで、よいと思うことを進んで行おうとする道徳的な判断力を養いたい。

3.教材について

 今回扱う教材「わりこみ」は、人気のすべり台の行列に並ぶけんじと「ぼく」のところに、友達のいさむが割り込もうとする話である。後から列に来たいさむは、最初けんじに「入れて。」とお願いをする。いさむと仲良しのけんじは「いいよ。ぼくの後ろに入れよ。」と言う。しかし、けんじの後ろに並んでいた「ぼく」は、順番を抜かれたくない気持ちからけんじを睨みつける。すると、「ぼく」の気持ちを察したけんじが「じゃあ、きみの後ろならいいだろう。」と提案する。「ぼく」は一瞬迷いつつも、最終的には、「やっぱり、わりこみはいけないよ。」と割り込みがよくないことをはっきりと伝えるという話である。自分の損得を考えて判断に迷う「ぼく」と、周りの気持ちを考えて判断する「ぼく」を比較することが容易な構図であり、本主題に設定した、よいこととよくないことの判断の理由について考えることができる教材である。また、本教材は多くの子どもたちにとって似たような生活経験があると考えられる。そのため、登場人物の気持ちに自我関与しやすく、自分のこととして考えやすいという特徴もある。

4.実践報告

(1)主題名(内容項目)

 よいこと、よくないことってどうきめる? A[善悪の判断、自律、自由と責任]

(2)本時のねらい

 割り込みをしようとした友達のいさむに「自分が損をしなければ」と心が揺れつつも、「わりこみはいけないよ。」と言った「ぼく」の気持ちを考えることを通して、よいこと、よくないことの判断の理由について考え、よいと思うことを進んで行おうとする道徳的判断力を養う。

(3)展開例

学習活動
(○主な発問 ・予想される児童の反応)

◇指導上の留意点 ☆評価


○(3枚のイラストを順番に見せながら)これってよいこと?よくないこと?それはなぜ?
・よい。
・よくない。
・どちらとも言える。

◇自分たちの善悪の判断基準について意識を向けるために問う。また、教材の人物の「新しい遊具で早く遊びたい。」と言うワクワクする気持ちに共感し、自我関与を促すために、3枚目のイラストでは教材場面に似たものを提示する。

学習テーマ:よいこと、よくないことってどうきめる?



(前段)

○話を読み、思ったことを教えてね。
・ちゃんと並んでいるのに、わりこんだらいやな気持ちになるな。
・けんじもいさむもよくない。
・自分だけわりこみするのはずるい。
○けんじが「きみの後ろならいいだろう。」と言った時、「ぼく」はどのような気持ちだっただろう。
・後ろだったらいいかも。
・自分の順番は変わらないからいいかも。
・ちょっとくらい大丈夫かな。

◇主体的に学びに向かうことができるようにするために、子どもたちの素直な感想や、疑問から授業を展開していく。

◇自分の損得で判断してしまうという人間的な弱さに共感し、これまでの自分の経験と重ねて振り返られるように「ぼく」の心の弱さが表れている場面の気持ちを問う。

☆心の弱さによって損得で判断したり、正しいことが言えなかったりする気持ちに共感し、「自分にもそのようなことがなかったか。」と自己を見つめて考えていたか。



(後段)

○「順番が変わらないなら……」と心が揺れつつも、なぜ「ぼく」は「わりこみはよくないよ。」と注意したのだろう。
・自分さえよければいいわけではないから。
・周りの人の気持ちも考えて判断した方がいいと思ったから。
・自分の損得で決めるよりも、みんなのことを考えて決めるほうがレベルが高いと思うから。

◇自分の損得以外の判断理由について考えることができるようにするために、人間的な弱さを表出しつつもそれを乗り越え、注意した「ぼく」の気持ちを問う。
◇「ぼく」の考えるよいこと、よくないことに対して多面的・多角的な思考を促すために、適宜問い返しを入れる。
【多面的・多角的な思考を促す問い返しの例】
・(みんなの気持ちを考えて)わりこみはよくないと言う意見があるけれど、けんじさんがいさむさんに「入っていいよ。」というのはやさしさではないのだろうか。
・みんなのことを考えて決める判断はなぜよいの?
・もし後ろに並んでいる子が文句を言っていなかったら「ぼく」は列に入れていたのかな?
☆よいこと、よくないことの判断理由について多面的・多角的に考えようとしていたか。


○ここまでの話を全て踏まえて、登場人物をほめてあげよう。
・「ぼく」さんへ。勇気を出してだめなことを伝えたことがすごいね。
・けんじさんへ。最後は割り込みがだめなことに気づけたのが素敵だね。

◇登場人物を「ほめる」活動を設定することで、授業の話し合いを経て考えた、自分なりのよいこと、よくないことの判断が自然とできる場とする。オンライン掲示板アプリ「Padlet」を活用することで、多様な意見を相互参照、相互交流し、短時間や授業時間外でも思考を深めることができるようにする。

5.授業記録

【導入】
3枚のイラストを順番に提示し「よいことかよくないことか」を判断する。

イラスト①
イラスト②

イラスト③

T 「よいこと、よくないことってどうきめる?」ノートに書きましょう。
T (イラスト①を提示して)家でお母さんが片付けしていました。それをこの子は手伝いました。これってよいこと?
C よいこと。
T よいことなんだね。ではこれは?
T (イラスト②を提示して)給食いっぱい食べたいな。なので、おかわりすること。
C よいこと。
C よくないこと。
C いいけど……。
T いいけど?
C おのこしはだめ。
C おかわりする人いるでしょ?好きなものだけはだめ?
C 子どもは小さい。どんどん成⻑する。だからおかわりはよい。
C 成長するけど、食べすぎはだめ。おなかがいたくなる。
C うんうん。
T (イラスト③を提示して)新しくて大きい遊具ができたらうれしい?
C うれしい!
C 僕はうれしくない。だって授業に遅れたり、列に並ぶ時に押し合いになったりする。
T 列って言ったけど、お友達が「間に入っていい?」って言って入るのはいいこと?
C 何にも聞かずに入るのはいけないこと。
C 並んでいて、「いいよ」って言っても、後ろの人もいいかどうか聞いてない。
C 1人だけ入ってきたらよくない。
C つけたしで、「入っていい?」って聞いて「いい。」というのはいい?まだ聞いていない後ろに並んでいる子がいやな気持ちになる。
C 〇〇ちゃんと〇〇ちゃんがいったように、後ろの人はせっかく並んでいるのにまた時間がかかる。
C 「入っていい?」って全員に聞く。
T 「よいこと」って言った人は?
C ゆずり合いだからいいこと。
C ゆずった子、ゆずられた子がうれしい。
T 「よいこと」って、自分がうれしいとか、ゆずってくれた子がうれしいからよいこと、ってことか。
C うんうん。

(考察)

よいこと、よくないことについての自分たちの判断に意識を向け、判断した理由に対して自覚的になるための導入を設定した。教材と似た場面を扱ったイラスト(イラスト③)を提示したときには、すでに「順番抜かしはよくない。」「後ろの人が嫌な気持ちになる。」というように、みんなのことを考えた判断をしている子が多かった。一方で、目の前の相手に視点を向けて、「ゆずり合い」であることと捉え、よい判断であると考える子もいた。このズレを授業の中心で扱うことで議論を呼べるのではないかと考え、授業展開を調整した。このように、導入は、子どもの実態を把握し、授業展開を柔軟に変更させる役割を担ったり、教材の状況設定に自己を重ね、主体的に学びを進めやすくしたりする機能がある。

【展開前段】
教材を読み、興味をもった部分から話を展開し、わりこみについて考えていく。わりこみについて表出した価値観をもとに、「みんなのことを考えた判断」と「自分の損得を考えた判断」を比較し、人間理解とともに、よいこと、よくないことの判断について考えていく。

T 先生が読むから、思った気持ち(よい・よくない・どちらともいえる)に印をつけて、終わったら感想を教えてね。では、読みます。(範読)
(教材範読後)
C いさむさんって、どの人?
T では、人物を確認しようか。(人物のイラストを順番に指しながら。)
T この人は?
C 「ぼく」。
C けんじ。
C いさむ。
T いさむがけんじに「入れて」と言って、けんじが「ぼくのうしろに入って」という話だね。
C 「ぼく」はちゃんとけんじさんの後ろに並んでいたのに、わりこまれていやな気持ちになったな。
T 〇〇さんは何を思った?
C いやそうな顔している
C 〇〇さんと〇〇さんにつけたしで、1人だけ入れていたからほかの後ろの人がいやな気持ちになる。
T あなたが入ったら後ろの人が困るっていうこと?
C 「ずるい」って言葉を聞いたことあるやろ?
C うん。
C 1人だけわりこんで列に入るのは「ずるい」やろ。後ろの子も入りたいはずだから。
T 「ずるい」ってプラス?マイナス?

C マイナス。
C けんじさんはいいと思うけど、周りの人がいやな気持ちになる。体でやっていい?表してみてもいい?(動作化)
T 〇〇さんどんな気持ち?
C いまの〇〇さんが前でやってくれた顔でわかるんやけど、すごくいやな気持ち。「何でそこに入ったん?」こんな感じ。
C そうそう。
T どんな顔?
C こんな顔。
C せっかく並んでたのにわりこんでくると、場所をとられたみたいになるから。
C みんなわりこみされたらいややん?それと同じで、わりこみしたらあかんからちゃんと順番に並ぶ。
C せっかくすべり台で早く並んだのにぬかされたらいや。
C 5人くらい並んでいるのになんで1人だけ?ずるい。
T わりこむことがいやな気持ちになることはよくわかった。
C もし、自分たちが遠足に行って、同じように遊んでてわりこんで来た人がいたら、だれでもいやな気持ちになる。
T いまの考えの意味はわかる?その人たちだけでなく、みんなも含め、他のいろんな人もいやな気持ちになるってことだね。
T じゃあ、わりこみはだめなんだ。
C 絶対だめ!
T でも、主人公は一度、「ぼく」の後ろだったらいいかも、って思ってたよね。これはなんで?
C 自分の後ろやったら順番が変わらないから。
C そうそう。自分は損しないから。
C あかん。
C 危険人物が2人になった!けんじさんも「ぼく」もいじわるや!
C 自分は前にいるから後ろは気にするけど、自分は気にするから後ろにしたと思う。
T こういうきめかたをしたことってある?自分は損しないからまぁいいかって。
C うん。(数人がうなづく。)
C でもさ、「入ってもいい?」って入ったら自分の負けやねん。後ろの人が勝つってなる。後ろになる人はいやな気持ちになるやろ。やさしい気持ちで心を落ち着かせてるから勝ちやと思う。
C 待っている間に楽しいとか怖いとかわかるやんか。だからぼくなら入ってもらってもいい。
T そうなの?並んでいて、自分の先にいかれたらいやじゃないの?
T 〇〇さんはいま、「先に行ったら、楽しいとか怖いってわかる」って言っているけどさ、〇〇さんはどう思う?
C それは、人それぞれ。
T なるほど、〇〇さんはプラスの考えが出来る。だけど、「人それぞれ」と言った〇〇さんのように、それがよくないって思う人もいるんだね。このようにいろいろな考え方があることがわかるのは道徳の授業でたいせつなことの一つだね。
T このときの「ぼく」は、「順番が遅くならなきゃいい」って心ゆらいじゃったんだよね。
C なんで心ゆれているか。後ろにいる人に心をパーンってされた(銃で打つポーズをしながら)。
C 「ぼく」は「自分の順番が変わらなかったらいい」って思っているけど、最後にやっぱり「周りの子はどんな気持ちだったのか」って考えたんだと思う。
T 最初「ぼく」は「後ろに入れても損しないからいい」って思ったんだけど、後で「ぼく」は気付いたんだね。「周りの人はいやな気持ちだ」って。
C この「ぼく」は人に振り回されている。例えばお城やったらけんじさんが王さまみたいになって、「ぼく」は家来みたいになっている。けんじさんの言いなりになりかけている。
T つぶやいていた〇〇さん。
C 言うことを聞かされている。
C (教科書の場面絵を見ながら)なんで最後の2人は照れているの?
C だってさ、「ぼく」が言って後ろの子が「ずるいなあ」ってつぶやいていた。その時にちゃんと言ってくれて順番が遅くならずにすんだ。だから、「ありがとう」って思っているんじゃないの?
C 結局、最後にいさむさんが「並ぶわ。」って言ったらいいんだ。
C 後ろの人に聞かずにやったらあかんって書いてるやん?教科書にある「入れて。」「ぼくのうしろに入れよ。」これはよくないってことをしている。
T やっぱり自分の損得じゃなく、周りの人の気持ちを考えてよいこと、よくないことを考えることが大事、ってことかな。

(考察)

子どもの素直な思いから授業を展開していくため、範読後に感想交流を取り入れた。多くの子どもたちがわりこみのあった事象に対して、「周りの人たちにとって迷惑である」という視点からの判断をしていた。そこで「でも『ぼく』の後ろだったらいいかもと悩んだよね?」と自分の損得で判断しようとした「ぼく」を比較対象として取り上げて問うた。すると、「わかる。」「順番が変わらないから。」などと人物の人間的な弱さの部分に共感しつつも、損得を考え判断していた自分が心の中にいたことを見つめていた。「みんなのことを考えた判断」「自分の損得の判断」を比較しながら、後者の判断に一瞬心が揺らいだ「ぼく」に対して、「危険人物」「王様みたい」「自分の負け」と表現し、物事の判断に対する重み付けを自然と行い、テーマについて吟味していたように感じた。このように、種類の違う価値観同士を比較することは、考えを深めたり、テーマについて考えることの手立てとなることがわかる。ただ、今回は、「みんなのことを考えた判断」と「自分の損得を考えた判断」を対話の流れの中で比較していたため、話についていけない子どももいた。「今はAとBを比べているよね。」などと教師が適宜、話の構造を説明する介入を行うことで、理解や対話の熱が全体に広がっていったのではないかと考える。

【展開後段】
「みんなのことを考えた判断」に焦点を当て、けんじが友達を列に入れた行為を取り上げ、「友達に場所をゆずること」はやさしさではなかったのか?と問う。そうすることで、テーマに設定している、「よいこと、よくないことのきめかた」について多面的・多角的な思考を働かせることができ、考えを深めていく。

T ちょっと聞いていい?
C いいよ。
T けんじさんはいさむくんにゆずってあげたよね?これってけんじからいさむへのやさしさじゃないの?ほら、授業の初めにも(導入で答えたことを取り上げて)「ゆずり合いならいい」って言ってるよ。
C でも、でも。(一斉につぶやく)
C 悪いやさしさ!悪いよいこと!
T つぶやきが多いね。近くの人としゃべってごらん。
(グループトーク)
T では、いま話したことを聞かせて。
C ゆずって入れてあげたら、後ろの人がどんどん後ろに回されていくやろ?それやったら最初から一番後ろにすべき。
C ゆずるのはいいことなんやけど、後ろの人がどう思うかはわからないから、後ろの人にも聞いたらいいんじゃないかな。
C 〇〇さんにつけたしで、ゆずるのはやさしくていいことやけど、後ろの人のことを考えてないとよくない。
T なんで、みんなのことを考えないとだめなの?
C 自分のことばっかりだと、後ろの人が「早くすべりたい」っていやな気持ちになる。
T けんじくんは、いさむくんへのやさしさではないの?
C わるいよいこと!いさむ。後ろの人にはわるいことをしている。
T なるほど。難しいね。よいこと、よくないことって、どう決めるの?
C いさむさんをことわって、後ろに並んでもらったらいい。
T 〇〇さん、何かつぶやいていた?
C (教科書の場面絵で後ろに並んでいる人を順番に指差しながら)そうすると、うれしい、うれしい、うれしい……正しい、ってなる。
T 正しいことはうれしい?
T うん。
T では、タブレットを出して。
T 今日お話に出てきた人を1人ほめてあげてください。
(Padletに記入)
(Padletの画面を写したTVモニターの前に集まって意見共有・ふり返り)
T 何人か当てていいかな。書いたことを詳しく教えてね。

T 「『ぼく』さんへ。『ぼく』さんは勇気をもってやっぱりだめだなと言っていたからすごいなと思いました。」これを書いてくれた人。
C はい。
T 理由を聞かせてくれる?
C 言うのがよいことでも言いづらかったりするから。
C そう。正しいことを言うのはすごいねん。
C だから勇気があるって。
T 確かに。正しいと思ったことを言うのは勇気がいることかもね。「正しいことは正しいと言おう」ってことだね。黒板に書いておこう。
T けんじさんをほめている人もいるね。「けんじさんへ。最後はいいこと悪いことを区別できていてすごい。」これは?
C あとでわりこみはよくないことって気づいていたからすごい。最後はいさむもみんな笑顔になっている。
T 確かに。顔にも注目したんだね。
T もっと聞きたかったけど、時間がきてしまったから今日はここで終わろう。またたくさん意見聞かせてね。書いてくれたのもまたじっくり見てみてね。

(考察)

子どもたちは話し合いながら、 自分の損得を考えた判断みんなのことを考えた判断 という重み付けをしていた。そこで展開後段では、「みんなのことを考えた判断」に対して多面的・多角的な思考を働かせられるよう、「けんじの行為はいさむへのやさしさではないのか。」と問うた。子どもたちは、目の前の友達にとってはよいことであっても、視野を広げてみると、周りの人たちにとってはよい判断ではない、ということを考えていた。そのことはイラストを順番に指差し、「うれしい」と言う姿や、最終的に笑顔になった、いさむ、けんじの表情への着目からも読み取れる。このように、子どもにとってよいと思われる価値観同士を比較することによって多面的・多角的な思考が働き、考えを深める手立てとなった。
しかし、一方で、「なぜ、みんながうれしいことがよい判断だと思うのか」の明確な理由については話し合うことができなかった。議論が足りないと感じる点についてはしっかりと立ち止まり、全体で考える時間を取らなければ学びは浅くなる。そのためにも、教師が授業分析の段階で、子どもたちと考えたいことについて核となる部分を明確にもっておく必要があるだろう。

6.板書例

7.授業への工夫など

(1)多面的・多角的な考えを働かせるための比較思考を用いた問いの設定
 道徳科の目標には「物事を多面的・多角的に考え」という文言がある。多面的・多角的に考えることを通して、道徳的価値の意義や意味を様々に捉えたり、唯一絶対の解がない問題に対しての柔軟な思考力を養ったりできる。今回は、そのために「みんなのことを考えた判断」「自分の損得を考えた判断」「目の前の友達へのやさしさの判断」の3つを比較対象として取り上げた。子どもたちにとって共感し得る価値観であるため、よいこと、よくないことの判断の理由について精緻に比較・吟味することができたと考える。また、比較は、共通項を見出すことができることから、道徳的価値についての普遍的でたいせつなものを見つめることができるだろう。

(2)相互参照・相互交流を容易に促すオンライン掲示板アプリ「Padlet」の活用
 “はじめに”でも述べたように、道徳科授業においてICTを上手く活用し、相互参照・相互交流を行うことは有効である。しかし、ICTの活用に慣れていない学級や低学年の場合、操作や作業が複雑になり時間がかかることなどの課題もあって、子どもたちが相互参照・相互交流のよさを感じる前に使用を控えてしまいがちとなる。つまり、操作や作業が簡単かつ、相互参照・相互交流のための共有性に優れたツールが必要になる。今回活用した「Padlet」はまさに、それらの課題を解決してくれるものである。具体的な特徴としては、子どもが入力した投稿が自動で整理され画面に配置されること、「いいね」やコメントをつけるなどの相互交流の機能が充実していること、アプリを特別にダウンロードしなくても、教師がQRコードを提示し子どもが端末のカメラから読み取るだけで使用できること、などである。今回、これらの機能により、相互参照・相互交流を短時間で行うことができた。

8.考察

 今回は、オンライン掲示板アプリ「Padlet」を活用した実践を紹介した。本授業での活用場面は終末のみにとどまったが、子どもたちの学習状況に応じて、導入や、展開前段、または1時間を通して活用することもできるだろう。今回、子どもたちにとって「Padlet」を使用するのは初めてに近い状態であった。しかし、2年生の子どもたちでも、自分なりの考えを素早く入力・投稿し、友達の投稿をたくさん読み、さらには自然と「いいね」やコメントをつけるなどしていた。端末に反映された友達の投稿を読みながら、「へー。」「〇〇くんはいさむくんをほめているんだ。」「これはぼくも同じ気持ちだ。」などとつぶやいている姿も見られた。また、授業が終わってからも数日間は友達の投稿に対するコメントが付け加えられていた。これらはまさに相互参照・相互交流を容易に行うことができ、かつそのよさを堪能している姿である。そしてそれは1時間の授業にとどまるものではない。
 ICTの活用を考えるときには、そのよさを子どもたちが十二分に感じられる環境デザインが最も重要なのだと改めて感じた。今後は、終末以外で活用するなど、さらに実践を積み重ねていきたい。

※QRコードはデンソーウェーブの登録商標です。

自己を見つめる学びをデザインする道徳授業実践~メンチメーターによる思考の変容の自覚~「決めつけないで」(第4学年)

※本実践は兵庫教育大学附属小学校に在籍されていた際の実践です。

1.はじめに

 道徳科では、「自己を見つめる」学びが重要視されている。このことについて、学習指導要領解説には次のように記載されている。「自己を見つめるとは、自分との関わり、つまりこれまでの自分の経験やそのときの感じ方、考え方と照らし合わせながら、更に考えを深めることである。このような学習を通して、児童一人一人は、道徳的価値の理解と同時に自己理解を深めることになる。」ここでの自己理解とは、自分のできることやできないこと、思いや願いなど、自分のことが次第にわかることである。自分のことがわかることとは、自分の現在地を知ることであり、「〇〇な自分になりたい」という望ましい自己像を実現するための一歩となる。子どもたちは、今の自分の現在地と、なりたい自分とを認識するからこそ、そのギャップを埋めるために、自覚的に日々の言動を振り返り、自身の成長を実感したり、見つけた課題を軌道修正したりしながら前向きな気持ちで、よりよい生き方を追求していくのである。しかし、「自己を見つめる」学びは簡単ではない。自己を見つめるためには、自己を対象化し客観視する必要がある。自己を対象化するための鏡としての役割がある「教材」や「友達の考え」に加え、年齢や個人の発達の段階に合わせた教師の適切な援助や介入の方法を多様に検討することが大切になる。そのことから、今回は「自己を見つめる学び」を支援するためのデジタルツールとして「Mentimeter(メンチメーター)」を用いた実践を紹介する。これにより自己の考えを可視化し、その変容を自覚できるようにしたい。
 「Mentimeter」は、リアルタイムに参加者からフィードバックを得ながら、スライドに反映させることができるプレゼンテーションツールである。ブラウザで起動できるため、どの自治体でも導入へのハードルが比較的低いと考える。

 具体的な方法・手順を、以下に記す。

授業前に教師が「Mentimeter」のスライドを作成する。(操作や設定の詳細については、Webで検索すれば出てくるのでここでは割愛する。)
導入時にそれぞれの考えを「Mentimeter」に入力し可視化する。
終末場面で再度質問に対する考えを「Mentimeter」に入力する。

2.主題設定について

 本授業では主題を「決めつけることの意味」と設定した。一人一人が公平さを大切にする社会では、いじめや差別が減り、それぞれの個性が発揮され多様性に溢れた豊かな人間関係が構築されていく。本授業で対象とする中学年の子どもは、物事を捉える視野が狭く、自分中心的な思考になりがちな発達段階にある。そのため、物事を判断する際に自分の気持ちや利益を優先させてしまい、公平さを欠くことがある。今回扱う“決めつけ”の態度もその一つである。自分の見えている世界から相手を決めつけることは、真実を捻じ曲げることになり、誤った判断や、他者への偏見へとつながる。しかし、人はよくないこととわかっていながら、日常生活の中では無意識に決めつけてしまっている場合が多い。ここで大切なことは、無意識に決めつけを行っていないかどうか自分の言動を省みたり、自分の利益を優先させた判断をしてしまう決めつけを生み出す心について知ったりすることである。さらに、差別や偏見をしてしまう自分自身の弱さに向き合いつつ、客観的な視点から、公平な行為または不公平な行為を見たときに周りの人たちはどのように感じるのか想像を巡らせることも大切である。これらのことを踏まえ、本授業でのねらいを「よくないとわかりつつも相手のことを決めつけてしまう人間的な弱さについて考え、相手を一面的な見方で捉えず、公正、公平に接しようとするための道徳的判断力を養う。」とした。

3.教材について

 本時で扱う教材「決めつけないで」は、ちさとのことをクラスのみんなが決めつける話である。はじめ、ちさとが学習発表会の主役に立候補すると聞いたわたしは、仲良しのよう子と共に「ちさとさんには無理だよ。できないに決まっているよ。」と普段の性格や言動から決めつける。しかし、ある日の放課後、わたしはたまたま一生懸命にセリフの練習をしているちさとの姿を目撃し、ちさとの努力に気づく。そして、主役決めの日、ちさとが立候補したことに対して反対するみんなに対して、ちさとさんの努力を伝え推薦するのである。初めはちさとのことを決めつけていたわたしが、自分が決めつけてしまっていたことに気づき行動を改めるという、変容が捉えやすい教材である。前後のわたしの姿を比較することで決めつけの意味について考えやすく、また学校生活という子どもたちにとって身近な状況設定ということもあり、自分事として考えやすいことも特徴である。これらのことから本教材は主題に迫ることに適しているといえる。

4.実践報告

(1)主題名(内容項目)

決めつけることの意味 C[公平、公正、社会正義]

(2)本時のねらい

 演劇の主役になりたいちさとの思いや頑張りを知ることで、主役は無理だと決めつけてしまっていた自分の言動を反省したわたしの姿を通して、よくないとわかりつつも相手を決めつけてしまう人間的な弱さについて考え、相手を一面的な見方で捉えず、公正、公平に接しようとするための道徳的判断力を養う。

(3)展開例

学習活動
(○主な発問 ・予想される児童の反応)

◇指導上の留意点 ☆評価


○決めつけるって、どういうイメージ?
・嫌なイメージ。否定。
・いじめ、差別。
・実際にはしていないのに、決めつけられること。

◇決めつけに対する価値観を表出させるために、言葉のイメージを問う。その際に、児童が考えがちな決めつけのイメージとのズレを感じることができるように、あえてポジティブな気持ちになる決めつけの場面を提示する。
◇学習テーマについての授業前の考えを表出、可視化するために「Mentimeter」を活用する。

学習テーマ:どこまでが決めつけなのだろう



(前段)

○この話の決めつけはどこにあった?
・ちさとに「主役は無理だ。」と言ったところ。
・普段の様子から決めつけているところ。

◇教材の範読前に、「このお話の決めつけはどこにあるだろう。」と読む視点を与えることで、教材理解を促すとともに道徳的問題に焦点化しやすくする。

○決めつけることは何が問題なのだろう。
・相手が傷つく。いじめにつながる。
・ちさとが学校に来なくなるかもしれない。
・相手を信じられなくなる。

◇決めつけの問題の本質について考えを巡らすことができるようにする。
☆決めつけによる影響について様々な視点から考えることができている。

◎なぜ、よくないとわかりつつみんなは決めつけをしているのだろう。

◇決めつけは無意識に行われているかもしれないという自分への気づきを促すために、登場人物が決めつけをしていた理由を問う。



(後段)

・本人は決めつけているつもりはなかった。
・思ったことを言っているだけ。
・ちさとさんとあまり仲良くなかったから。

◇多面的・多角的な思考を促すために、児童の意見に対して適宜問い返しを入れる。
【問い返しの例】
・もし私がちさとの努力を見ていなかったらどうしていたと思う?
・もし、わたしがちさとさんと仲がよかったら決めつけをしていただろうか。
◇決めつけをしてしまう人間的な弱さへの理解とともに、それを乗り越えるための促進条件について考えを巡らすことができるように問う。


◇どこまでが決めつけなのだろう。
・自分の思い(私情)に流されて判断した時。
・色々と見えない部分を想像せずに判断すること。

◇授業前の考えと比較ができるようにするために「Mentimeter」に考えを入力する。
☆学習テーマについて自分なりの考えをもち、友だちと対話する中で多面的・多角的な見方をしようとしていたか。

5.授業記録

【導入】
“決めつけ”の言葉からイメージすることを出し合う。

T みんな、この言葉聞いたことある?(黒板に「決めつけ」と書く)
C 決めつけ?あるある。
T ほとんどの人があるのかな。では、決めつけのイメージを教えて。
C 例えば、お菓子を奪ったりしてないのに、他の人が「奪った奪った!!」って、強くいう感じ。
C 私は、ゴミなんかが床に落ちていて、「あんたやろ」って言われたことある。これが決めつけかな?
C あるある。
C えっと、私は決めつけ=否定なんじゃないかな、って思っている。
C 私も同じ。今まで、何回もあった。
C めっちゃ、あるある。でも、決めつけじゃなく、そうとしか思えない時もあるけどね。
T なるほど。みんなは「否定」ってイメージは共感できるかな。
C はい。
C 僕は、「でかい声出すなよ」って、決めつけられたことある。自分はそのとき声を出してなかったのに。
T 「○○さんだ」って、決めつけられたんだ。
C でも、僕は普段でかい声出しているから、言いたいのもわかるけど。
T そうなんだ。自分のことを自分で意識できているのは素敵なことだよ。あと、声が大きいのは悪くない。でも、決めつけられたんだね。そのとき、どんな気持ちだった?
C 「うるさいなぁ」って感じ。
C えっと。決めつけは “否定and強くいう”。強くって、相手の心に刺さるイメージ。
C 一瞬で刺さる。
C 家で友達とバスケのゲームをしているときにパス出そうとしたんだけど、間違って違う人に出して、「絶対わざとだろ!」って言われた。
C ある、ある。
T そのとき、どんな気持ちだった?
C 間違いなのに。わざとじゃないのに。「ほんまに間違えただけ!わかってよ。」って気持ち。
C 決めつけって、他の人が「あ、そうやな。」って言ったら、広がっていく。
T 今の〇〇さんの話って、決めつけた人もそうやけど、それを聞いて「うん、そうやな」って話を進めた周りの人たちも、ちょっとよくないんじゃないかな、という意味?
C そう。
C たしかに。
T 例えば、決めつけた時に、周りの人たちが「いやいや、それは違う。」って言ったら終わるけど、決めつけて、「そうだよね。」と乗っかっていったら、広がっていく感じかな。
C だけど、周りに広がるほど、違うっていう余地がないときもある。
C 決めつけを広げていくのもダメなんだけど、周りも納得するほど本当にその人がなんかミスっぽいことをしていたら、責任自体はあると思う。
T 思わせている人にも責任あるんじゃないか?と。
C まあまあ、どっちもどっち。かな。
T 素直な気持ちを言ってくれてありがとう。道徳の授業って、よいことばっかりいうこともあるんだよね。それはそれでよくないと思う。いま、素直に「決めつけられる人にも責任があるかもな。」って思ったことを伝えられたのは素敵なことだね。
T ちなみに先生が、今日このクラスに入ってきた時、「このクラスはよく話が聞けるクラスだなあ。」って言ったの覚えている?正直いうと先生、このクラスの状態をまだ何も知らずにあえてそう言ったんです。
C そうなの?
T この先生の発言は決めつけ?
C 確かに。
C よい決めつけと悪い決めつけがある。例えばよい決めつけだったら、「自分はやってないけど、ほめられる」とか。
C なんかうれしいな。でも、本当にやっている子がかわいそう。
C そうだな。事実じゃないもんね。
T 例えば、物を拾ってくれた人が別にいるのに、違う子に対して、「この子が拾ってくれたんだ。」と思って、「拾ってくれたんだ。ありがとう。」っていう感じかな。
C そんな感じ。
T なるほど。これは確かに決めつけかもしれないね。うれしいかもしれない決めつけ。
C でも、本当に拾っていた人は嫌な気持ちじゃない?
C だから、そういういい言葉の決めつけっていうのは、必ずしもいい決めつけではない。
T あ、そっか。別の人の悪い気持ちも生み出すからね。色々考え方があるね。
T じゃあ、どこまでがきめつけ?今日はこんなことを頭に入れながら一緒に考えてみようか。授業後に少しでも考えが広がっているといいね。
T 書けた人は、このQRコードを読み取って今の考えを言葉にしてみてね。(「Mentimeter」のQRコードを示す。)

(考察)

導入時、子どもたちが決めつけに対して既にもっている考えを述べられるよう促した。イメージだけを共有するつもりであったが、ある子が具体的な状況を話してくれた。そのことにより話が広がり、色々な場面における決めつけについてイメージできた。このように、具体的な状況を投げかけて、子どもたちの頭の中に鮮明な映像が描かれるようにすることが、話し合いの質や課題意識を高める一つのポイントだと考える。
「Mentimeter」に考えを書いたあとは、画面だけ見せたままにしておき、意見については深く取り扱わなかった。一度言語化することにより、教材を通した対話の中で、自分を見つめる材料として活用できる。画面に可視化されたそれぞれの考えを見ながら比較したり、共通点を探したりする活動も大事である。そうすることが自他の考えを客観視し、自己を見つめるための一つの過程だと考えるからである。

【展開前段】
教材を読んだ感想交流から、初めに「決めつけ」という道徳的問題について話し合う。

T この話のどこに決めつけがあるか考えながら読んでみてね。
T (範読後)決めつけはありましたか?隣の人と見つけたところを確認して教えてね。
C 「ちさとさんには無理だよ」っていうところ。無理って決めつけているし、セリフをすらす
ら言えないっていうのも決めつけている。

C 悪口だよね。
C そうでもないけど。
T いまのやりとりも面白いね。悪口に聞こえた人と悪口に聞こえない人がいるってことは、
みんなの生活でも悪口じゃないと思っていても、悪口に捉える人もいるかもしれないってことだね。ちなみに、先生には悪口に聞こえました。さて、「ちさとには、主役は無理でしょ」って言っているけど、どうやって判断しているのだろう?

C 普段の様子。性格。
C 「話すのも苦手」って書いているし。
T いまの意見、最初の誰かの話に似ているね。声が大きいっていうのが自分の性格であって、「声が大きいよね。君だろ。」みたいに言われたっていう。
C 姉がいるんだけど、色々やらかす時が多くて。だからなんかあったときに「お姉ちゃんや
ろ。」って決めつける。
T 〇〇さんはこのお話の決めつけの姿を見ながら、自分のお姉ちゃんとの出来事を思い出してたってことね。
C 僕も、弟に同じことを感じる。
C 〇〇さんは自分の弟との出来事を思い出して、ちょっと重ねたのか。
C あの、悪口ではないんだけど、「最初は、ちさとさんには、ぜったい無理って思っていたけれど~」のところ、みんな、わかる?
C うん、決めつけた。
C 「ちさとさんが主役になりたいって言っているらしいよ。」って言っている。この、ようこさんも悪いんじゃないかなと思う。
C あー。だって、なんか、何も言ってないのに。悪い方にもっていくみたいな感じになっているから。たしかに。
T あ、これと、さっき言ってたことと似てる感じ?乗っかっちゃったのか。確かに、このわたしは「ちさとさんには難しいよね」みたいな感じで乗っかってるね。
C 乗っかっているってどういう意味?
C 乗っかっているっていうのはさ、1人がこう言ったら、他の人も「確かにそうだよね」みたいな感じで合わせていく感じ。
C 人の意見に同調して、話してつなげていく。「えー、なんか役やりたいらしいよ」「らしいよ」「そうだよね」「無理だよね」って乗っかっている。
C そもそも、こそこそ話しているのもよくない。
T こそこそもよくないんだ。
T みんな、この話を読んでいた時に、ちさとさんのことをどう思った?ちさとさんの気持ち。もしこのとき、ちさとさんがこの話を聞いていたとしたら、どんなことを思うかな?
C いじめや。
C 悲しい。
C 悪口だ。
C わかる。
T そう思うかもしれないね。他にある?
C 「私ってこういうの向いてないかな?」って自信をなくす。
C あ、同じこと思っていた。いいね。
T 「同じこと思っていた」っていう表現もいいね。話を聞いている証拠だね。「自信なくすかも」「私、向いてないんかな」ショックやね。
C 学校に行く気なくなる。
T だから、さっき誰かがいじめって言ったけど、決めつけはそれぐらいにつながるってことだよね。決めつけたことを本人が聞いていないからと言って、言っていいわけでは……。
C ない。
T そうだよね。
C 違う人が聞いていても、いじめになる。
T ほお。
C もし、そのことを私が聞いていたら、先生に言いに行く。「私とかようこさんに、なんでそんなこというんや」みたいな感じで、怒りに行く。
T 〇〇さんの気持ちに共感する?
C うん。

(考察)

導入で課題意識が芽生えた「決めつけ」に着目するように促し、教材を読む視点とした。子どもたちは教材内に描かれた決めつけを見つけ、「なぜそう思ったのか」と理由を考えることで、教材における道徳的問題点を焦点化しつつ、個人の価値観を表出することにつなげていた。このように、「なぜよくないのか」「それが起こるとどうなるのか」といった決めつけが及ぼす影響について考えたことで、いじめや偏見、差別は絶対にダメなことなのだという、本内容項目で必ず押さえていきたい態度を再確認することにつながっていた。そのことが、その後の中心発問である「ダメだとわかりつつもしてしまう」人間的な弱さについて考えていくことにつながっていく。

【中心発問】
◎なぜよくないとわかりつつみんなは決めつけをしているのだろう。

T 決めつけってさ、今みんなが言ってくれたように、いじめにつながったりするマイナスな気持ちになるんだよね?そういうことがわかっているのに、なんでしてしまうのだろう。
C あー。確かに。
C 気付いていないんじゃない?
T 決めつけていることに?
C そう。自分が決めつけをしているって気付かないから悪気がない。
C それあるかも。
C あとは自分が正しいと思っていると決めつけをするんじゃない?
C あー。
T なるほど。決めつけは基本的にマイナスなイメージでよくないことなんだけど、マイナスなのにしてしまうことがあるのは、それに気付いていないことがあったりすると。さらに人は自分が正しいと思えば思うほど決めつける可能性が上がる。こんな感じかな。
C そんな感じ。
T ということは、人の思いを知ったり、自分の考えが全てじゃないって考えたりすることができていれば、決めつけを防げる可能性があるかもしれないってことね。
T いまさ、みんなはちさとさんの気持ちをこの人の立場に立って想像したよね。立場に立って想像するって、実は簡単なことではなくて。何かをみんな経験するとか、誰かの気持ちを想像しているから、ちさとさんの気持ち感じられているんだと思うんだけど、みんなは友達とか知り合いとかで、こういう風にちさとさんの状況と似た経験した人と出会ったことある?
C ない。
C ある。
T ないのに想像できるの?気持ち。どうやって想像した?この人のこと。
C 私、そういったことが実際にあって。
T 辛かったら話さなくていいからね。
C 大丈夫です。こういう系のことが実際にあって、「あんたには無理やろ」とか言われたこともあって、すごく嫌な気持ちだった。その時に、「私もやってみたいんだけど。」って言っても、「いや、さすがに無理やろ、向こう行って。」みたいな、そういう感じのことがあった。「なんで決めつけるの?」って思って、ムカつく気持ちと、悲しい気持ちと、辛い気持ちとがあった。
T よく辛い話をしてくれたね。こうやって、辛い経験をクラスで喋れるっていうのは、みんなが優しいから、みんながちゃんと聞いてくれるって信頼しているからだと思うよ。だから、きっとこのクラスの仲間のことを〇〇さんは信用しているし、みんな優しいんだと思う。
C そうやで〜!
C 私は、そういう経験がないんだけど。こういう物語とかを読んで、「もし、あの私がちさとさんだったらみたいなことを思ったら。」っていうのをやったら、そういうことが言えるし考えられる。
T そういう考え方大事だよね。「もし自分だったら」っていう思考で考えていくっていう。
C 最近のニュースの話なんだけど。どこかの団体でパワハラがあって。パワハラされた人がなんかケガして、みたいな話があったんだけど。そういうのを見て想像できるようになってる。
T そうやって、日頃の誰かが悲しんでるニュースとかをちゃんと見て考えているんだね。立場に立つって難しいけど、みんなはそういうことからも学んでるっていうことか。
T ずっとここ、マイナスな話をしてるんだけど。でも、わたしは、変わったよね。最初はちさとのことを決めつけたやん?でも最後はこうやって、「いや、ちさとさん頑張ってたから、主役やってもいいんじゃない?」って言ってるよね。途中で、ちさとさんが頑張ってるシーンを見たっていうのがあったんだけど、 もしさ、わたしがこのシーン見てなかったとしたら、どうなってたと思う?
C 決めつけてたでしょ。
C 僕もそう思う。
T もし見てなかったら、決めつけたままで言ってたってこと?恐ろしいね。
C 恐ろしいね。なんかさ、私は「もし〜だったら。」ってよく考えるんだけどさ。そう考えるの面白いよね。
C わかる。怒られなかったのかな?みたいな。想像力がつく。
T そんな考え方をしてるんだ。「もし」って考えて、想像力をつけることはとっても大事だね。
T もしさ、わたしが放課後に頑張っているちさとさんを見てなかったら、決めつけたままやったと言っていたけど、でも、〇〇さんが言ったように想像力を働かしてたとしたら、防げたかもしれないのかな?
C うん。そう。想像力を働かせていたら。
C でも、なかなかできないこともあるけど。
T なるほど。みんなの話聞きながら、すごい疑問に思うことがあったんだけど。
C なに?
T もし、ようこさんがちさとさんとすごく仲良かったら、決めつけていたと思う?思わない?
C 決めつけてない。
T 何で?理由教えて。
C だって仲いい友達とかだったら、そんな悪口言われていたら嫌だから。
C そう、自分のめっちゃ仲良しの友達だったら、「いや、そんなことないよ。」って言ってあげたい。
C お笑い芸人の「やればできるよ」の人みたいな感じで、「やればできるよ。」ってポジティブに言ったら自信もつくし、ちさとさんにもプラスな言葉を僕やったらかけるんじゃないかな。
C 同じ。仲のいい人は仲のいい関係性があるから言いにくい。仲がよかったら「頑張れ!」って応援する。
C 「主役頑張れ〜!」とかいうよね。
C いまの話を聞きながら、やっぱり関係性が決めつけと関係してるんじゃないかな、って思った。自分のことを思い出しても関係性によって、接し方も違うと思うし、私が悲しい時に寄り添ってくれるのは大体の仲のいい子。いじめにあった時、励ましたりしてくれるのは、関係性の深めの人だった。関係性によって色々変わっていて、誰にでも公平に接するってことはできてないんじゃないかなと思った。
C これ、複雑。
T なるほど。ここまでをちょっと整理するよ。決めつけってよくないっていうイメージが皆の中にすごくあったんだけど、よい決めつけもあるかもしれないと。そんなところから「決めつけって何かな?」って話をみんなはしていたわけ。そうしたら、複雑な気持ちにならないよい気持ちだったら決めつけではないよね、とか言ったりしていた。決めつけを防ぐには、人の思いを考えるとか、自分が正しいと思わないとか出てきたね。他にも想像力があるといいかもしれないっていう(※板書)のところが関係しているかもしれないと。決めつけは気付いていないことから起こるっていうのも関係しているかもね。そしてさっきは関係性が決めつけっていうのを生み出しているかもしれないという話も出てきた。
C うん、うん。
T そして、人って自分の感情だから、自分の好き嫌いとかでちょっと態度が変わっちゃうときがある、っていうのが、みんながいま話してくれたことなのかな。先生はこの話を聞きながらある人のある言葉を思い出した。紹介していい?
C いいよ。
T それは、「私心のない判断を行う」という稲盛和夫さんという有名な経営者の言葉です。「私心」っていうのは、「自分の感情だけや自分の利益だけを考える心」という意味らしいです。 何かを決めようとするときに、自分の利益のことばかりを考えると、判断は曇り、その結果、間違った方向へ行ってしまうよ。ということらしい。さらに大昔、3000年ほど前の中国の人もこれに似たようなこと言っている。「私心なく然る後に好悪は理(に)当たる公正とはこのことなり。」簡単にいうと、自分の好き嫌いや、自分の利益をばかりを考える心をなくしたら、いいものができたり、人にとって平等な世界が生まれたりしていくよ、っていう意味らしいです。
 ここから思ったことは、人が何かを判断する時に、自分の好き嫌いや自分が得しようっていうような思いが入ると、よくない結果になるっていうことなのかな。
C それは本当だと思う。なんか自分が、こうやと思うから、こういうのはおかしいと思うし、そしたら結果、人を傷つけてしまうかもしれない。相手のことを考えた上でいう、っていうのが大事なんじゃないかな。
C 確かに。
T 今日、みんなから決め付けについていろんなキーワード出てきました。どれが正解とかじゃないよ。でも、自分の中での正解はあると思う。
T では、はじめに書いた、「どこまでが決めつけ?」っていうテーマに対して、今ならなんて答える? もう一度メンチメーターに入れてみよう。そして、比べてみよう。
(「Mentimeter」に入力する。)

(考察)

中心発問として「ダメだとわかりつつも決めつけはなぜ起こるのだろうか。」と問うことで子どもたちは「自分が正しいと思い込んでいるから。」「気付いていないから。」「想像力を働かせればよい。」と言ったように、公平に接していくことを阻む要件(阻害条件)とそれを乗り越えることにつながる要件(促進条件)について自分たちなりの言葉で意味づけを行なっていた。ここからわかることは、世間一般で言われている言葉を教師側から教えるのではなく、子どもの世界から自分たちの言葉で表現することが一番の理解や納得につながるということである。子どもなりの言葉に着目できるよう、教師の価値分析や教材分析が重要になる。
最後に、子どもたちが意味付けた内容に近しい著名人の名言を伝えた。このことにより、自分たちが意味付けしたことは多くの人にとって重要な視点、考え方であると気付いていた様子が授業後の反応から感じられた。

6.板書例

7.授業への工夫など

(1)自己を見つめるために、「Mentimeter」を用いて多様な考えを可視化し変容を自覚する工夫
 自己を見つめることは簡単なことではない。そのためには、自分の考えを外化し、客観的に捉え、多様な他者の考えに触れ、自分の考えと比較することが必要となる。そこで、自分とクラスの友達の考えを同時に、リアルタイムで可視化できる「Mentimeter」を用いた。
 「Mentimeter」は自分の入力した考えがリアルタイムでスライドに反映される。このツールに授業前と授業後で同じ問いに対する回答を入力し可視化する。そうすることで、自己の考えを客観視しつつ自己の授業前と後の考えの変容を自覚することができると考えた。また自分の考えだけでなく、友達の考えも同じスライド上に反映されることから、他者の考えに触れ、比較する思考が自然と働く環境設定がデザインされる。これらのことを生かし、自己を見つめる手立てとした。

(2)価値理解を深めるため、教材の状況設定を少し別の設定に置き換え、個別の状況下を問う工夫
 道徳的価値の捉え方は、立場や状況により変わることがある。このことから、教材内の一事例のみで考えるよりも、いろいろな状況下で考える方が、様々な見方で道徳的価値を捉えることができるため、価値理解が深まると考える。そのことから本実践では、「もし、主人公のわたしが、ちさとが放課後に一生懸命頑張っている姿を見ていなかったら?」や「もし、初めに決めつけをしたわたしとよう子がちさとと仲がよかったら?」という問いを設定した。それらの問いについて考えることで、子どもたちはよくないとわかりつつも決めつけてしまう人間的な弱さの要件についてより深く考えを巡らすことになると考える。結果、価値理解が深まり、さらにはそのことを通して自己を見つめることにつながるだろう。

8.考察

今回、自己を見つめる学びを実現するための手立てとして「Mentimeter」を用いた。授業後、子どもたちは、前後の「Mentimeter」を比較しながら「考えが変わってる!」「いろいろな言い方があるな。」などと発言していた。「Mentimeter」に考えを入力し、友達の考えも含めて同画面上で見て比較することは、自己を見つめることに有効であったと考える。また、本ツールは、誰の考えなのかが見えない仕様になっているため、クラスの関係性によるバイアスがかかるのを避けることができ、他者の考えを取り入れやすかったのではないかと思われる。しかし、「Mentimeter」は25文字以内の入力制限があったり、自己の考えの前後の直接的な比較が難しかったりすることもあるので、子どもの発達段階によっては別のアプリやツールを使うことも考慮したい。特に低学年では相互参照、相互交流が容易な「Padlet」というツールを使うことも有効であると考える。これらのICTツールをどのように活用することが子どもたちにとって効果的なのか、様々に試しながら検討していきたい。

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