SDGsを「自分ごと」にするための翻訳

 新年度が始まり、五月の連休が終わる頃になると、探究学習への取り組みに向けて本格的に動き出す学校も多いのではないでしょうか。
 この時期、私も多くの学校から年間を通じてどのように探究学習に取り組んでいくべきかという相談を受けます。その中で改めて感じるのは、SDGsやウェルビーイングの概念を手がかりにした探究学習がとても多いということです。

SDGsは児童・生徒にとって身近なテーマか?

 これらの概念を探究学習に取り入れること自体には、大きな意義があると感じています。ただし、そのまま提示するだけでは、児童・生徒にとって少し遠いテーマになってしまうこともあります。昨年4月に探究学習の課題設定について取り上げた際にも触れましたが、私は学校の先生方と話をする際に、「その課題は児童・生徒にとって身近ですか?」という問いを常に共有するようにしています。
 SDGs(持続可能な開発目標)は、世界的なキャンペーンが功を奏し、それまで取り組まれてきたMDGs(ミレニアム開発目標)に比べ、誰もが知る国際的な開発目標になりました。各地の探究学習においても、SDGsを活用したテーマ設定や、その後に続くアクションが数多く行われています。探究学習とSDGsの間には、とても強いつながりが形成されてきたと感じています。
 その一方で、SDGsは開発途上国の開発を大きな柱の一つとした国際目標でもあります。そのため、日本の学校や地域の状況にそのまま当てはめようとすると、すぐには実感しにくい表現や目標もあります。それは、児童・生徒たちにとっても同じではないでしょうか。


津波被害の宮城県大川小学校に残されていた宮沢賢治さんの言葉が記載された壁画

世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない

 私は、SDGsやウェルビーイングといった大きな概念を、生活者の景色や地域の文脈に「翻訳」していくことが、とても重要になるのだと思います。SDGsには17の目標と169のターゲットが設定されていますが、それぞれの国や地域が置かれている状況によって受け止め方やアプローチの仕方は異なります。だからこそ、私たちが生活している場所でそれらがどのように捉えられるのかを考えることが、「翻訳」の大切な入り口になります。
 私はSDGsの講演やワークショップを行う際に、宮沢賢治さんが残した「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という言葉を紹介しています。私にとってこの言葉は、SDGsの意義をとてもシンプルに伝えてくれる表現です。
 私たちの日常は、ウクライナや中東における戦争、他国での災害や紛争などからも大きな影響を受けています。ガソリンの価格や日用品の価格高騰も、私たちの暮らしに関わる深刻な問題です。私たちはもはや、一つの国や地域だけで完結して暮らしているわけではありません。世界のどこかで起きている出来事が自分たちの暮らしにもつながっていることを実感しながら、身近な課題に向き合い、みんなで豊かになる未来を描いていく必要があります。


品川区における中高生×商店街の取り組み

グローカルな視点を活用していくことの大切さ

 グローバルな視座とローカルなアクションの両方を一緒に考えていく考え方として、「グローカル」という表現があります。SDGsを探究学習で用いる場合にも、このグローカルな視点はとても有効です。地球規模の課題と日常の生活を結びつけるきっかけをつくることができれば、学びはより豊かなものになります。
 東京都品川区では、SDGsのゴールを踏まえたフードロス(食品ロス)削減の取り組みに力を入れています。品川区には、都内で最も長い商店街として有名な戸越銀座商店街をはじめ、68ヶ所の商店街があります。フードロスにどのように取り組んでいくかは、多くの商店街にとっても身近な課題です。
 そこで私たちは、一つの商店街を舞台に、中高生が商店街とコラボレーションしながらフードロスについて考える機会の創出を試みました。SDGsが掲げる地球規模のフードロスの問題と、中高生たちが日常を過ごしている商店街をつなぎ合わせる。そのような取り組みを通じて、多くの中高生がフードロスを「自分ごと」として捉え、SDGsそのものを身近なものとして考えるきっかけになりました。
 また、この取り組みは商店街にとっても意味のある機会となりました。消費者でもある中高生と一緒に課題に向き合うことは、単に学校や生徒たちから学習への協力を頼まれる関係性にとどまりません。地域にとっても、生徒にとっても、互いに学びや気づきのあるフェアな関係性を構築するきっかけになります。
 学外のプレイヤーと連携したり、グローカルな視点で探究学習を設計したりする際には、まず「このテーマは、子どもたちにとってどのように身近なものになるのか」、そして「関わる人たちそれぞれにとって、どのような意味があるのか」を考えるところから始めてみるとよいかもしれません。SDGsを地域の文脈に翻訳することは、探究学習を「自分ごと」にしていくための大切な一歩なのだと思います。

外部人材との協働はどのようにすれば上手くいくのかを考える

 新年度が始まるこの時期、学校では様々な関係づくりも始まります。教員と児童・生徒はもちろん、人事異動に伴う教員間、さらには保護者や地域住民など、学校に携わる様々なプレイヤー同士の関係構築は、学校運営上とても重要な要素であり、探究学習を進めていく上では、その重要性はさらに増すのではないでしょうか。

 近年、学校には実に多様な人たちが関わるようになっています。地域住民や企業人、NPO職員、大学関係者など、その背景も専門性も様々です。探究学習やPBLに焦点を当てるのであれば、こうした外部人材との協働の機会はものすごく増えてきていると思います。それは、実社会を題材に取り扱うことの多い学習の場合、当然ではある一方で、「授業において誰が何を担うのか」や「外部人材がどんな価値を学びにもたらしてくれるのか」といった悩みを教員から耳にすることは少なくありません。

 私はこれまで各地の学校で教員と外部人材の協働を軸にした探究学習を設計し、実践をしてきました。一つ具体的な事例を挙げると、福島県飯舘村立飯舘中学校(現いいたて希望の里学園)では、総合学習にガチャガチャやおもちゃを商品化するクリエイターや地方創生分野のコンサルタント、映像作家やラジオパーソナリティなど、多様な職業人が学びの伴走をしました。当時の飯舘中学校では、総合的な学習の時間を分野別で設定し、それぞれに教員と外部人材を配置して取り組みました。担当教員と外部人材は密に連携し、それぞれの役割を明確にして生徒たちと向き合っていました。この協働の文化はその後も続き、人事異動で教員が替わっても未だに飯舘村の学校の文化として残っています。特徴的だったのは、東京2020パラリンピックに向けて中学校のみならず小学校も巻き込んだ応援の取り組みの際に、学校現場から過去に連携した外部人材との協働の希望が上がり、全校児童・生徒でアートプロジェクトを実施したことでした。外部人材をその場限りの資源として捉えるのではなく、何かあれば頼れる存在として捉えることは、学びを豊かにする大切な姿勢でもあると感じました。


クリエイターと共に制作した村内の映えないものを集めたトランプ

 それでは、外部人材との協働はどのようにしたら上手く機能するのでしょうか。この答えは一つではなく、携わるプレイヤー同士がコミュニケーションを取りながら関係性を構築し協働を機能させる以外はないのですが、私は二つ重要なポイントがあると考えています。

 一つ目は、ビジョンの共有です。外部人材の活用は、学校の中だけの資源ではつくれない学びを、学校外との協働により共に創り出すことが目的になります。その際には、学校内では通じていた当然の表現や言語、さらには学校や教員が持っている文化を外部人材と共有する必要があります。授業のねらい、探究の問い、児童・生徒の実態、さらには外部人材に期待をすることなどを言語化することが不可欠です。これは、ビジネスの(あえて言うなら民間的)表現を使うのであれば、「プロジェクトマネジメント」に当たると思います。

 二つ目は、外部人材を「教員ではない人」としてではなく、「ひとりの職業人」として見ることです。教員は教育や指導のプロフェッショナルであるのは確かですが、外部人材もまたその分野のプロフェッショナルです。そこでは教員免許を持っているかどうかは本質ではなく、それぞれの現場で仕事をし、社会の中で役割を担っている職業人として理解をすることが重要です。その人がどんな仕事をし、その仕事が社会の中でどんな意味を持っているのかに関心を寄せることが、外部人材の活用と同時に探究を豊かにするのだと思います。


東京パラリンピック応援の全校児童生徒によるアート作品

 他方で、出会ったこともない、それまで知らなかった職業や職業人をどのように理解していくことができるのでしょうか。私は、その状態で一緒に児童・生徒と探究を進めていくこともとても探究学習的でよいと思いますし、生成AIなどを活用して予備調査をするなどすればより充実した連携が取れると考えています。一度の人生で複数の職業を経験し、多様な職業観を持つことが難しいのは当然です。しかし、そうした機会を教員自身が楽しめるかどうかが、外部人材を活用した学習の実践ではとても重要です。そのためには、頼れるものはAIも含めて大いに頼り、協働の相手に寄り添うことや、理解すること、リスペクトすることが大切です。業務も大変な新年度かもしれませんが、様々な資源やツールに頼りながら、クリエイティブな学びに挑戦してみてはいかがでしょうか。

探究サイクルをまわして深まる探究

 昨年4月に本連載の<Vol.85>で「探究学習の課題設定を考える」という記事を配信しましたが、「課題設定の次は、どのように探究を進めていけばよいのか?」といった悩みを聞くことも少なくありません。探究学習は自由度の高い学習ですが、それゆえに悩みも尽きないものです。そんな現場の悩みに伴走しようと、先月の教員研修では、いわゆる「探究サイクル」の捉え方について参加者と考えてみました。

教職員による双葉郡子供未来会議

 東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故から、今月で15年が経ちました。震災と原発事故以降の福島県の被災地域で始まった、地域を題材にした探究的な学び「ふるさと創造学」は、本連載でもたびたび取り上げてきました。この「ふるさと創造学」に取り組む教職員の研修は「教職員による双葉郡子供未来会議」(*1)と呼ばれ、年に一度開催されています。昨年のテーマは先述の通り「課題設定」、そして今年のテーマは「探究サイクルを捉え直す」でした。

中学校学習指導要領解説 探究的な学びにおける児童・生徒の姿

探究サイクルの回転をどう捉えるか

 学習指導要領では、これまでも探究学習の説明に際して、「課題の設定」→「情報収集」→「整理・分析」→「まとめ・表現」という一連の流れを図で示してきました。この流れをらせん状に繰り返していくこと(探究サイクル)が、探究を深めることにつながるとされ、各学校ではこの一連の流れを参考に計画を策定しています。一方で、この探究サイクルを一回転させるのにどのくらいの期間をかけるのかについては明確な決まりがなく、学校現場ごとにさまざまな捉え方がなされています。私が携わった学校などでは、年間を通じて一回転させていく実践が多く見られました。

小さなサイクルを複数まわす意味

 年間で一回転させることは、とてもわかりやすいと思います。具体的には、一学期に課題設定を行い、二学期に情報収集から整理・分析まで進め、文化祭などで発表して一連のサイクルを完結させる、といったものでしょうか。他方で、年間に一回転ということは、中学校では三年間で三回転しかできないことになります。年に一回転のみで、果たして探究的な思考の「癖」が身に付くのかと言えば、そこは少し懐疑的です。探究は学校内の学習に限らず、私たちが日常生活の中でも自然に実践している営みでもあります。日々の暮らしの中で、大なり小なりさまざまな課題と向き合いながら、その課題を乗り越えるために自然とサイクルをまわしているはずです。そう考えたとき、学校は探究の癖を身に付けるためのトレーニングの場になっているのでしょうか。私は、小さなサイクルでも構わないので、年間に複数回まわしていくことが、子どもたちにとっては探究学習の小さな成功体験となり、教員にとっても、探究サイクルや探究的な思考への理解を深めることにつながるのではないかと考えています。

教職員のための双葉郡子供未来会議における発表の様子

 今回の研修では、90分の間に探究サイクルを二回転以上まわすことを目指しました。最初のお題は「よい探究学習とはどのような学習なのか?」と設定し、教員がそれぞれ思い描くよい探究学習についてグループ内で話し合い、探究サイクルに沿って思考してもらいました。そして二回転目は、「子どもの立場に立ったとき、その探究は本当に『よい探究学習』と言えるのだろうか?」としました。一回転目で向き合った問いを、二回転目では別の角度から問い直してもらいました。これは、探究サイクルを複数まわすことで問いが更新されていくことを実感する機会となったようです。参加者からは、探究についての理解が深まったことや、探究サイクルを複数まわす実体験ができたことで探究が楽しくなった、といった感想がありました。ぜひ、小さなサイクルで探究をまわしながら、多面的な視点や問いが更新されていく面白さに触れていただければと思います。

*1:福島県双葉郡教育復興ビジョン推進協議会 「教員研修会・教職員による子供未来会議」
https://futaba-educ.net/workshop/

総合的な学習の時間の1年を、「探究」で串を刺す。

 年が明けて少し経つと、私のところには小中学校から次年度の総合的な学習の時間(以下、総合学習)についての相談が多く寄せられます。その中には、新年度を迎えるにあたり大きく変革を試みようとする学校も少なくありませんが、その際に度々話題に上がるのは、「現場の負担を増やさずに新たな試みを行う」ことだったりします。
 私たち大学教員もそうですが、毎年授業をゼロからつくり直すことは相当な負担だと考えます。小中学校の現場の先生方もきっとそうであり、新たな試みをしようとした場合、その「負担」や「コスト」ばかりが気になるのは当然だと思います。他方で、現在実施している総合学習の内容を丸ごと変えるのではなく、その取り組みに探究的な視点や問いかけを加えることや、既存の取り組みを整理するだけで、探究学習として質的に向上していくことも大いにあります。

伝統的な「体験活動」は探究的な学びにできないのか?

 中学校の総合学習では、「福祉体験」や「職場体験」といった体験活動が各学年に割り振られていることが多いです。また、地域の伝統芸能や伝統文化を学ぶような活動などが総合学習の中で組み込まれていることもあります。
 そうした状況で、総合学習で探究的な色合いを強めようとした際に、現場の先生方から「でも、○○体験が二学期にあるので、そこで探究が途切れるんです」といったお話を伺います。こうした時に感じるのは、現場の先生方は年間の総合学習の中に、探究学習や体験活動など複数が混在するイメージを持たれているということです。確かに複数が混在し、一つを途中で中断し、別の取り組みを終えた後に中断していた取り組みに戻って再開するという流れは、先生方も生徒たちにとっても負担が多いように感じます。
 他方で、こうした体験活動などもすべて探究的な視点で串刺しにすることができるのであれば、活動が行ったり来たりすることや、複数の取り組みが混在することによる負担感は軽減されるのではないかとも思います。

「活動」ではなく「人」にフォーカスを当てる

 福島県広野町立広野中学校と福島県飯舘村立いいたて希望の里学園後期課程では、それぞれ二年生(義務教育学校は八年生)がそれまで取り組んでいた職場体験を探究学習の流れの中に組み込み、新たな取り組みを始めました。従来の職場体験をフィールドワークとして扱い、探究学習の情報収集や調査とし、受け入れ先の人に着目しながら探究学習を行っていくという取り組みです。広野中学校では、職場体験で知り得た情報をもとに地域で働く人を紹介する「The職業人」という冊子を制作しました。冊子には、職業人が大切にしている職業観などを伝えるポスターと、そのポスターに込めた思いを「編集後記」の二つの枠組みで構成しました。
 いいたて希望の里学園では、「ふるさとの担い手図鑑」という冊子を制作し、地域の担い手をキーワードに地域で働く人を介して地域を学び、その人たちの原動力に着目して探究学習を展開しました。

The職業人

「探究」で串を刺す

 学校現場には、背景や理由が明確ではない状態で継続している取り組みなどが多く存在しています。これは学校に限ったことではなく、社会の中でも度々目撃したり体験したりすることだと思います。他方で、これらの取り組みを一つのテーマでつなぎ合わせることができれば、負担も少しは軽減するのではないでしょうか。総合学習においては、年間を通じて様々な取り組みが盛り込まれていることが多いですが、それらを「探究」でひとつなぎに串を刺すことができれば、現場の負担の軽減だけでなく生徒たちの活動にも納得感のある流れが創出される可能性があります。その流れはストーリー(物語)といった表現もできるかもしれません。一つのストーリーとして年間の総合学習を捉えた時に、中断するのではなくつなげていくことを意識できれば、負担を感じずに探究的な学びの質が向上するかもしれません。

ふるさとの担い手図鑑

【参考資料】

  • 2021年度広野中学校二学年制作「The 職業人」
  • 2022年度いいたて希望の里学園八学年制作「ふるさとの担い手図鑑」

校舎の記憶と記録を生徒が紡ぐアーカイ部の取り組み②

 前号に続いて今回も大熊町が避難先の会津若松市に設置した大熊中学校仮設校舎で取り組まれたアーカイ部の活動について紹介します。この特設部活動では、生徒たち自身が閉所する仮設校舎の記録を残すことを目的に様々なアプローチで取り組みを展開しました。前号で紹介したインスタントカメラで生徒が好きな校内の場所や瞬間を切り取るという試みの他、卒業生や教員との仮設校舎での経験を振り返る座談会や、学校や生徒たちを見守り続けた近隣住民へのインタビューなどにも取り組みました。

近隣住民へのインタビュー

校内放送ラジオ「ヴォイス オブ ビッグベア」

 生徒たちは、当初はぼんやりとしていた「記録を残す」ことの意味を、活動を一つひとつ積み重ねながら徐々に掴んでいきました。受験も終わり、いよいよ卒業式が見え始めたころに、アーカイ部としての最後の企画に取り組みます。最後の企画のコンセプトは二つありました。一つは、「最後の在校生の等身大の声と想いを残すこと」でした。生徒たちはこれまでも多くの取材を受けて、マスメディアなどを通じてその時々を語ってきました。一方で、マスメディアの特性上、生徒たちが話したいことだけを話すことは当然ながら難しく、この企画では生徒たちの「等身大の日常」を語る機会を創ることを目指しました。そしてもう一つは、「仮設校舎にその声と想いを響かせる」ことでした。
 この二つのコンセプトを盛り込んだアプローチとして、私は生徒たちにラジオ番組制作を提案し、ラジオ番組の制作に取り組むことになりました。番組内容の検討から収録、編集には学校現場でのラジオ制作教育の実践が豊富な一般社団法人ヴォイス・オブ・フクシマの久保田彩乃さん(2023年から福島大学教員)にサポートをいただき、ラジオという媒体の面白さを説明しながら、校内放送を活用してどんな放送ができるのかを相談しました。推し活の一環としてラジオに耳馴染みのある生徒がいたこともあり、企画の検討は賑やかにスムーズに進みました。番組名は「ヴォイス オブ ビッグベア」に決まりました。

ラジオ収録時の様子

 番組では、学校生活での思い出を振り返りながら、リクエスト曲を流していく構成を採用しました。収録の一週間前から職員室にリクエストボックスを設置し、番組で流してほしい曲とエピソードを募集しました。リクエストは生収録中に生徒が開封し、そのリアクションも番組内で公開をしています。生徒たちが使用した台本では、コーナーが三つ用意されていました。一つ目が「教えてあなたの大熊中!」、二つ目が「メモリズム」、三つ目が「大熊中ヒストリー」となっていました。メモリズムの説明には、「先生からのリクエスト曲をいじくる」と記載されており、実際に番組内でもそうした場面が多く見られました。

 「ラジオネーム……絶好調さん……。あ、校長先生か!えっと、サイトウユキさんの、卒業?うん、わからない。ごめんなさい。次いこう。」

 リクエスト曲の中には、卒業式を目前に控えた生徒たちへのメッセージや、教員自身の卒業エピソードなどが添えられていました。授業とは異なる先生たちの側面に触れながら、先生たちと過ごした学校生活を振り返る機会となりました。完成したラジオ番組は、収録日当日の中学校生活最後の給食時に流れる校内放送として使用され、仮設校舎全体にそこで過ごした生徒や卒業生、教員たちの思い出が響きました。

 仮設校舎での実践は、災害による避難の特殊な事例と捉えられるケースも多いですが、人口減少社会において学校の統廃合に置き換えても有効な実践が多くあると思います。地域のアイデンティティをつなぐ装置としての学校を、物理的には残せずとも何らかの方法で残していくことは、そこに携わった人たちとの協働でより深い意味を持つ可能性もあります。そうしたテーマを探究の学びとして持ち込んでみることは、学校内外の資源を活用するよい「言い訳」や「口実」として活用できるかもしれません。

 福島大学では、来る2月13日(金)に、「原子力災害、仮設校舎の15年―避難先から考える理想の教育―」(会場:福島大学)と題した公開シンポジウムを開催します。今回の大熊中の事例に限らず、避難先で先生たちや児童・生徒たちがどのように学びに向かっていたのかを当時在籍していた方々と振り返りながら、教育のこれからについて考えていきたいと思います。ご関心ある方はどなたでも参加可能ですので、ご検討いただければ幸いです。

2月13日(金)に開催される公開シンポジウム

【参考URL】

校舎の記憶と記録を生徒が紡ぐアーカイ部の取り組み①

 もうすぐ東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故の発生から15年を迎えようとしています。原子力災害によって避難を強いられた自治体が避難先に設置をした仮設校舎は、避難指示解除と帰還政策に伴い、双葉町を除いてすべて閉所をしました。これまでの連載でも久保田彩乃先生が富岡町の仮設校舎での教育実践について取り上げましたが、避難先においても様々な取り組みが行われていたことは、実はあまり知られていません。そこで、今号と次号で仮設校舎での少し変わった実践について紹介をしたいと思います。

大熊中学校仮設校舎

 福島県大熊町は原発事故により、約100キロ離れた会津若松市に役場機能を移転し、住民も集団避難を行いました。避難によって休校となった小中学校は、会津若松市内の廃校舎を借用し、新年度から教育活動を再開し、限られた資源と制限のある中で避難先での学校生活がスタートしました。避難から2年後の2013年4月には、大熊中学校仮設校舎が完成し、中学校は仮設校舎に移転をしました。プレハブ造りの大熊中仮設は、それから7年間使用され、2021年3月に閉所を迎えました。

プレハブ造りの大熊中学校仮設校舎(会津若松市一箕町)

仮設校舎のアーカイブを残す特設部活動「アーカイ部」

 既に年度末での仮設校舎の閉所が決定していた2020年度、大熊中学校では特設部活動「アーカイ部」を立ち上げ、在校生3名が携わりながら仮設校舎の記録を残すことに取り組みました。たとえ行政が一時的な学びの場として設置した「仮」の校舎であったとしても、そこに入学して卒業していった多くの生徒たちにとっては大切な場であり、母校であることには変わりありません。そうした先輩たちや最後の在校生である自分たちの想いや見てきた景色を記録に残していくために、様々な活動を企画して実行していきました。

アーカイ部のメンバー

自分事になるテーマ設定や動機付けの大切さ

 探究的な学びの実践では、「これは何のためにやるの?」という児童・生徒の素朴な質問に、先生たちが上手く答えられない場面を目撃することがあります。一方で、アーカイ部については、自分たちの学び舎がなくなるという現実を突きつけられ、自分事として受け止めていました。この活動は授業外の放課後の部活動という建付けですが、「自分事」として捉えることができるテーマの設定は、探究学習においては必要性の高い仕掛けだと思います。

インスタントカメラで撮影する生徒たち

 アーカイ部では、部活動の趣旨の理解を丁寧に行った上で、「どんな形で記録を残すのか?」という問いかけを行い、生徒たちと取り組む内容を決めていきました。まず手始めに取り組んだのは、生徒たちが好きな場所を写真で切り取って説明を試みる活動でした。生徒一人ひとりにインスタントカメラを渡し、それぞれが校舎内で好きな場所を撮影し、その写真にキャプション(説明文)を記載してポスターの形で掲示するというものでした。その場や瞬間の何が好きで、どんなエピソードや思い出があるのか。生徒それぞれがどのような目線で学校生活を送り、何を大切に感じているのかがとてもよくわかる取り組みとなりました。そうした一つひとつのエピソードが、仮設校舎が物理的な建物という側面だけではない、人の営みのある学び舎であることを紡ぎ出していたことがとても興味深かったです。授業ではないからこそできる自由度のある取り組みかもしれませんが、生徒たちが自分事として捉えられる動機やテーマ設定を工夫することで、想いを載せた探究が自走していくのだと思います。

生徒作成のポスター

管理職や教員も撮影とポスター作成に参加

多様な存在について考える。学校を越えて取り組む、いわき市生徒会サミットの実践。

 前号までは学校内や学校毎の取り組みが中心でしたが、今号では学校を越えて探究し協働する福島県いわき市の中学生が参加する生徒会サミットをご紹介します。

キャリア教育推進事業

 いわき市では、中学生を対象にしたキャリア教育推進事業に取り組んでいます。この事業には、市内の中学生が長崎市の中学生と共に被爆や平和について学ぶ「長崎派遣事業」や、地元や世界で活躍する人材の育成を目指し外部団体などとの連携で実施する「いわき志塾」、そして生徒会役員らを中心によりよい学校づくりについて考えていく生徒会サミットが含まれています。

対話と協働の場としての学校

 今年度、ご縁をいただき生徒会サミットに大学生たちと一緒に携わることになりました。9月から11月まで全3回に渡って教育委員会が掲げたお題「素敵な学校づくりのために、今、私たちにできること」に、市内各所から集まった中学生と向き合いました。
 第1回では、「素敵」や「素敵な学校」とはどのような状態で、何を指すのかについて、グループで探究をしました。言葉の定義は、言語化や表現をしたときに初めて他者が理解をします。日常生活の中で、「何となくわかっている」ということは多々あると思いますが、複数メンバーでプロジェクトを進めるときに、「何となく」ではグループワークは噛み合いません。協働学習やプロジェクトで扱う言葉がどのような意味を持つのかは、とても重要です。
 第2回では、第1回で複数の参加者から出ていた「校則」について取り上げました。校則と聞くと、最近の流行りで「ブラック校則」や「ルールメイキング」をイメージする方も少なくないと思います。他方で、この回に校則を取り上げた運営側の意図としては、校則を「守るもの」から「考えるもの」に考え方を転換していくこと、校則を一つのケースとして社会には多様な考え方があること、この2点に参加者と向き合いたいと考えたからでした。
 これは、学校生活だけでは収まらない、「民主的な社会づくり」を意識し、日々の生活や実践の場である学校を捉えていこうというメッセージでもあります。今年度の生徒会サミットでは、くどいくらいにこのメッセージを伝えてきました。
 国や制度が「民主的な社会」を求めても、その社会を構成する私たち市民はどこで思考や姿勢を学んでいくのでしょうか。私は、その一つのトレーニングの場として学校は存在し、探究的な学びこそ協働と対話の場であると考えています。

「大切にしたい校則」と「モヤモヤ校則」を可視化して議論。

校則を通じて多様な存在を想像してみる。

 校則を扱った回では、生徒たちに「大切にしたいと思う校則」「見直したほうがよいと思う校則(モヤモヤする校則)」をその理由と共に出してもらいました。ここでまず参加者たちが驚くのが、学校によって異なる校則があることでした。ほとんどの生徒たちは一つの中学校しか在籍せずに卒業していきます。そのため、自分が所属している学校生活をデフォルトに「あたりまえ」が形成されます。他方で、別の学校では異なるルールや文化が存在し、地域差も大いにあります。
 グループワークでは、モヤモヤする校則から一つを選んでもらいました。その選んだ校則を、①生徒、②教員、③保護者、④地域、の四つの視点で設定された意義と必要性について検討しました。生徒たちにとっては、それらの校則はモヤモヤや不要と思うものであるので、逆の立場から思考していくことは簡単ではありません。一方で、今まで「守るもの」として受け止めていた校則を、異なる立場や視点で「考えるもの」として向き合うとき に、様々な気付きが生まれていました。複数の立場から物事を見ることは、多様な立場に触れるロールプレイの醍醐味となります。

大学生ファシリテーターの存在も物事を多面的に見るきっかけに。

 今年度の生徒会サミットは第3回を終えた段階で一区切りとし、12月13日にキャリア教育推進事業全体の報告会内でブース発表が行われます。生徒会サミットを通じて、いわき市の中学生がどのような思考を巡らしたのか、ご興味あれば報告会にご参加いただければ幸いです。

第3回でも多様な立場で思考をするケーススタディに挑戦。

〈いわき市キャリア教育推進事業実践報告会〉
日時:2025年12月13日(土)13時30分~16時
会場:いわき市文化センター大ホール(福島県いわき市平字堂根町1-4)

福島の高校生が、日本を元気にする

今年度「ふくしま高校生社会貢献活動コンテスト」最優秀賞を受賞した、いわき光洋高校「まぢ卍」 前号でご紹介した「ふくしま高校生社会貢献活動コンテスト」ですが、今年度の本選も無事に開催されました。最優秀賞に輝いたのは、いわき市のいわき光洋高校3年生2人組「まぢ卍」による『仏(butsu)☆DANCE〜お寺DE踊れるやつだいたい友達〜』。「お寺とダンスを組み合わせたら新しいコミュニティが生まれるかも」というユニークな発想から、地元のお寺で100人規模のダンスイベントを開催しました。日本史の授業で見た『一遍上人絵伝』から着想を得て、自分たちで地域のお寺をリサーチし、大人を巻き込みながらイベントを実現させたそうです。コンテストを始めて12年目になりますが、県内各地で活動する高校生たちの自主性と探究力には毎年驚かされます。

「被災地の高校生」と呼ばれて

 前号でも書いたとおり、震災・原発事故後の福島の高校生たちは、復興のため、あるいは地域や社会をより良いものとするため、自発的に様々な活動に取り組んでいました。当時の福島の高校生を支えていたものの一つに、一種の「負けん気」のようなものがあったのではないかと私は感じています。
 震災・原発事故後、彼ら彼女らと話していると、「誰かの役に立ちたい」という気持ちを抱いている生徒が多いことに気づきました。きれいな言葉で表現するなら、「恩返し」となるでしょう。震災後、たくさんのマスメディアが被災地の学校の卒業式に集まり、マイクを向けられた子どもたちが「色んな人にお世話になったので、今度は自分が恩返しをしたい」と話していたように。ですが、当時の子どもたちが持っていた感情には、「恩返し」といった言葉には収まりきらない、もう少し強いものもあったように思います。例えばそれは、「支援されるだけの人生は嫌だ」といった感情です。
 実は私自身、今から30年前の1995年に同じようなことを感じていました。兵庫県出身の私は高校3年生の1月に、阪神・淡路大震災を経験しています。家族や実家は無事でしたが、両親が自営していた店が半壊し、ある日突然自分の家の収入がゼロになった、「被災者」の一人です。大学受験を目前に控え「被災地の高校生」と呼ばれた私を、当時たくさんの人が助けてくださいました。たいへん有難い経験でした。そして18歳の私は「有難いな、助かるな」と多くの支援に感謝すると同時に、「このままではいけない、支援されるだけの人生は嫌だ」と強く感じていたのです。

スローガンに込めた思い

 「被災地の子ども」と聞くと、私たちはつい「何か支援してあげられないか」とばかり考えがちです。確かに被災直後は、たくさんの支援が必要です。ですが、一方的に支援されているだけ、「かわいそうな子」という目線で見られているだけでは、子どもの自尊心や自己肯定感はなかなか上がりづらいものです。
 だからこそ、三浦先生が紹介されていたOECD東北スクールや、前号でご紹介した気仙沼や福島の高校生たちのように、復興のため、地域や社会のため、被災地の子どもたちが主体的に活動する経験が、きわめて重要なのだと私は考えています。社会貢献活動を通した学習は「サービス・ラーニング」(*1)と呼ばれますが、高校生による実践を進めてきた山田明さんは、サービス・ラーニングを「地域社会のニーズを前提とし、教科学習と関連した内容のサービス活動(ボランティア活動)を通して地域貢献を果たし、自己肯定感(セルフエスティーム)・知識(リテラシー)・技術(スキル)を身につけることを目的とする学習方法」と定義しています(*2)。社会貢献活動による学びは、子どもたちの自己肯定感を高めることにつながるのです。おそらくこれは被災地に限定されず、様々な場面で応用できることだろうと思います。
 「被災地の高校生のために、何か支援してあげよう。福島の高校生を元気にしてあげよう」という空気がまだ色濃くあった2014年、私は「ふくしま高校生社会活動コンテスト」を立ち上げました。スローガンは、「福島の高校生が、日本を元気にする」。このスローガンは12年目の今も、変えていません。

2014年に開催された第1回「ふくしま高校生社会活動コンテスト」ポスター2014年に開催された第1回「ふくしま高校生社会活動コンテスト」当日の様子

【参考文献】

  • 山田明(2007)「高校生におけるサービス・ラーニングの学習効果に関する研究」『日本生活体験学習学会誌』7号、pp.39-49.

*1:福島の高校生の活動とサービス・ラーニングについては、拙稿「福島県における高校生の社会貢献活動と地域に根差したサービス・ラーニングの可能性」もご参照ください。下記サイトから全文がダウンロードできます。
https://www.rease.e.u-tokyo.ac.jp/archive/report2018.html
*2:山田(2007)、p.39

前川 直哉(まえかわ・なおや)
福島大学教育推進機構 准教授
1977年、兵庫県尼崎市生まれ。灘高校3年在学時に阪神・淡路大震災で被災。灘中学校・高等学校教諭(地歴・公民科)を経て、2014年より福島市に転居。「一般社団法人ふくしま学びのネットワーク」を立ち上げ、理事・事務局長を務める。2018年より福島大学教員。専門は、教育学・社会学(ジェンダー/セクシュアリティ)。

「探究」前史:震災後の高校生が示した学びのかたち

 今号と次号、本連載を担当する福島大学の前川と申します。前号までは久保田先生が、原発事故による避難を経験した地域の小中学校で行われている学びの取り組みについて紹介されていました。今回は高校での取り組みをご紹介します。

傷ついた地域を高校生の力で

 東日本大震災と福島第一原発事故が起きた2011年、私は神戸市の灘中・高校に勤めていました。被災地にボランティアに行った経験を話すと、生徒たちが「自分たちも希望者を募って東北に行きたい」と話してくれました。こうして2012年3月から始まった「灘校東北訪問合宿」は、私が灘校を退職した現在も続いています。
 春・夏・冬と長期休暇ごとに生徒たちと東北を訪れるうち、地元の高校とのつながりも強くなっていきました。そこで目にしたのは、傷ついた地域を自分たちの力で盛り上げようと奮闘する東北の高校生たちの姿でした。気仙沼の高校生たちは、津波で被害を受けた地元に観光客を再び呼び込もうと新たな魅力探しをしていました。福島の高校生たちは、原発事故に伴う風評被害を科学的に検証しようと、国内外の高校生に協力してもらい積算線量計による個人被ばく量の調査を行っていました。
 本連載で三浦浩喜先生が詳しく紹介していたOECD東北スクールの取り組みを読んで、「高校生がこんなにすごいことをしていたのか!」と驚いた方も多いことでしょう。実は東日本大震災と福島第一原発事故の後、東北の高校生は各地で様々な活動をしていたのです。文部科学省創造的復興教育研究会が2014年に出版した『希望の教育』(*1)は「東北での様々な試みは、被災地のみならず、全国の子供たち、保護者、地域が、いま最も必要とする創造的な「学び」を示唆してくれるもの」と述べています。

社会活動コンテストの開催

 ただし、当時はまだ「総合的な探究の時間」もスタートしておらず、高校生によるこうした活動の意義が十分に理解されていない場面も少なくありませんでした。授業でも部活動でもない、生徒たちの主体的な取り組みをどう位置付ければよいのか、学校側にも戸惑いがあったのです。活動を頑張っている生徒たちが、周りの大人から「勉強を優先すべきだ」と諭される場面もありました。
 もちろん学校の勉強が疎かになってはいけませんが、こうした活動が生徒たちに多くの貴重な学びをもたらしていることは、近くで見ている私たちには明らかでした。ただ、それが学校の中で上手く位置づけられていない。そこで私は、灘校を2014年に退職し、福島に移住して学習支援の一般社団法人 ふくしま学びのネットワーク(*2)を立ち上げるとすぐに、「ふくしま高校生社会活動コンテスト」を開催しました。

2014年に開催した第1回「ふくしま高校生社会活動コンテスト」の様子

 復興や地域おこしに取り組む高校生たちの活動は、自ら課題を発見し、正解のない問いに挑む貴重な学びの場だ――コンテストをくり返すことで、そうした認識は広がり、定着していったように思います。本来、こうした活動は順位付けできるものではないと考えつつも、コンテスト形式にして賞状を出すことで、学校の中での位置付けを明確にしようとしました。賞状を出せば、全校生徒の前で表彰され、調査書に記載することもできる。つまり「こうした活動は、意義のあることなのだ」と学校内で位置づけることができるようになると考えたのです。
 このコンテストは当初は東京大学の研究組織と、途中からは福島県教育委員会と共同主催の形を取り、現在も続いています。今年度のコンテスト本選は、9月21日(日)に開催されます。どなたでも見学可(入場無料・予約不要・入退場自由)です。

2025年度の「ふくしま高校生社会貢献活動コンテスト」のチラシ。途中から福島県教委との共同主催となり、名称も一部変更した。

*1:文部科学省創造的復興教育研究会著(2014)『希望の教育』東洋館出版社
*2:一般社団法人 ふくしま学びのネットワーク
https://www.fks-manabi.net/

前川 直哉(まえかわ・なおや)
福島大学教育推進機構 准教授
1977年、兵庫県尼崎市生まれ。灘高校3年在学時に阪神・淡路大震災で被災。灘中学校・高等学校教諭(地歴・公民科)を経て、2014年より福島市に転居。「一般社団法人ふくしま学びのネットワーク」を立ち上げ、理事・事務局長を務める。2018年より福島大学教員。専門は、教育学・社会学(ジェンダー/セクシュアリティ)。

中学3年間を通じて「過去を知り、今を捉え、未来を考える」探究活動

 3回に渡り、2011年の震災・原発事故によって避難を経験した地域独自の探究学習とその課題設定について紹介しています。3回目の今回は相馬郡飯舘村の義務教育校「飯舘村立いいたて希望の里学園」での「いいたて学」の取り組みについてです。

飯舘村に学ぶ「いいたて学」

 福島県相馬郡飯舘村には2011年2月当時、約6,500人が暮らしていました。米作りや畜産、野菜花き栽培をなどの一次産業が中心に行われ、また自然の恵みを生かし、「丁寧に」「念入りに」「大切に」などを意味する “までい” な暮らしを大切にしてきました。そんな飯舘村も、震災・原発事故により全村避難対象となり、2017年3月末に避難指示が解除されましたが、未だ帰還ができない状態の地区もあります。2024年時点で村に住んでいる人は約1,500人と、震災前の2割程度しか回復していません(*1)
 避難指示解除後、2018年4月に村内で開校した小中一貫のいいたて希望の里学園に通う子どもたちの多くは、未だ避難先からスクールバスを利用して通学しています。現在の小中学生はほぼ震災後の生まれです。また、村にルーツのない移住者家族の子どももこの学校に通っています。そんなさまざまな背景や事情をもった子どもたちと飯舘村との接点をつくる学習、それが「いいたて学」です。

フィールドワークで地域の方の話を伺う

飯舘村との「つながり」を考える(*2)

 「いいたて学」とは、「地域に根差した実践的な活動を通じて “いいたて” に学び、情操や自立心を育み、生きる力を養う教科」です。9年間を通して体系的に飯舘村に関する探究活動を行うことが特長で、前期課程(1~6年生)では、村内の美化活動への参加や村の魅力発見、食や農・産業、伝統文化への理解などが行われます。そして後期課程では、7年生が「飯舘村の過去」、8年生が「飯舘村の現在」、9年生が「飯舘村の未来」をテーマに学習する。震災・原発事故を含む地域の過去を知ることで、自分たちがいる “今” の村の環境を捉え、村と自分たちの未来を考えようということが3学年を通じた学習目的となっています。

調査で知り得た情報を読み解きながら思考を深める

 2023年度、7年生のテーマは「飯舘村の過去をひも解き、飯舘村を語り継ぐ」。村の方々にインタビューをする前に、震災・原発事故のことを事前にインターネットで調べたり、家族に当時の状況をインタビューしたりするということを行いました。発災当時1~2歳だった彼らにとっては、家族がどのような思いで飯舘村を離れ、今の暮らしにたどり着いたのかを聞く貴重な機会になったようです。8年生は「飯舘村の今を支えるもの―過去があるから現在がある―」をテーマに、「今、村で働く人たち」に焦点を当て、その人たちが「なぜ/何のために飯舘で働くのか」「その原動力は何か」を考える学習を行いました。村内に戻った方だけでなく、避難先で畜産を再開した方にオンラインでインタビューを行い、避難を経験した村の人たちの、村に対するさまざまな思いと、現状を知る機会となりました。
 最終学年の9年生は「未来の飯舘村のために自分にできること」をテーマに探究を行いました。これまでの活動や学習を振り返り、村の人々と交流することで見えてきた「自分たちが描くよりよい地域のあり方」の提案と「自分たちができる持続可能な村の関わり方」を考える実践です。卒業後、村との関わりがどうしても少なくなってしまう中、どうしたら「つながっていけるのか」、そもそも「つながっている」とはどういうことなのかという難しい問いに挑んでいました。
 いずれの学年も、村の方々へのインタビュー取材を通じた交流を行いながら、「自分が通う学校がある村」について学び、自分と飯舘村のつながりを考えます。それは「なぜ自分が “避難先” から飯舘の学校に通っているのか」といったルーツに関わることから、未来の自分と飯舘村の関係性を想像し言葉にしていくという、正解のない探究活動です。

*1:飯舘村「飯舘村 令和6年のプロフィール」
https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/666701.pdf
*2:飯舘村立いいたて希望の里学園「令和6年度いいたて希望の里学園(後期課程)いいたて学活動報告 飯舘村の過去・現在・未来」
https://www.nichibun-g.co.jp/data/web-magazine/manabito/pbl/089/pbl089_iitategaku.pdf

久保田 彩乃(くぼた・あやの)
福島大学教育推進機構 特任助教
2009年より秋田放送でラジオ番組の中継リポーターを務め、2011年以降、地元福島で臨時災害放送局の運営に携わる。代表を務める一般社団法人ヴォイス・オブ・フクシマでは、福島県民の声のアーカイブ活動を展開。また、小中学生に向けたインタビュー取材を通じた地域理解教育に取り組み、福島県内外で教育活動にも参画している。