「Animal 2000-02」 三沢厚彦作

クスノキ,油彩/177×65×196cm/2000

クスノキ,油彩/177×65×196cm/2000

 三沢厚彦は京都出身、幼い頃から優れた木彫作品に接して彫刻家を志しました。東京芸大の彫刻科に進み、卒業後しばらくは「アッサンブラージュ」というプラスター片や木片を膨大に寄せ集めて作品とする制作を行っていました。しかし、2000年を期に原点の木に戻ってさまざまな動物をモチーフとした《Animals》シリーズの制作を始め、2001年には優れた彫刻家に贈られる平櫛田中賞を受賞しました。このシマウマはシリーズの最も初期のもので、クスノキを素材とした彫刻作品であり、一連の作品の中でも独特の味わいを持っています。
 作者の制作はドローイングから始まります。実物を見ながら描くのではなく自らの印象を頼りに描き、ラインが決まれば彫り始めます。彫ってからまたラインを見つけるために描き、着色してからもまた彫ります。表面を滑らかに仕上げることにこだわりはなく、ノミ跡やささくれ、寄木の跡などが残りますが、作者は全体としての印象に影響がなければそれでよしとします。
 淡々としたノミ跡は、優れた技術よりも職人的な気分を伝えます。他方で作者なりのこだわりは、香木としても用いられるクスノキの香りや、油絵の具による画家並みの彩色などに表れています。例えばシマウマの白黒の基調色は、わずかに施された黄色と水色によって引き立てられています。作者は視覚的な形や触覚だけでなく、あえて嗅覚や色彩の効果を作品の一部としているのです。そしてこのシマウマの全体像は、どこか現代的でユーモラスな雰囲気を醸しています。作者は「動物って、どーんとした胴があって四つの足が踏ん張っていて、鼻の先から尻尾の先までの形の動きが気持ちいい。」と語っていますが,まさにそのような姿です。以後の三沢による動物シリーズの中でも、ごく原初的なものがそこにあります。

(北海道立旭川美術館学芸員補 高橋みのり)

■北海道立旭川美術館ico_link

  • 所在地 北海道旭川市常磐公園内
  • TEL 0166‐25‐2577
  • 休館日 月曜日(祝日または振替休日の時は開館、翌火曜日が休館)
        年末年始(12月29日~1月3日)、展示替期間等。 

<展覧会情報>

  • アロイーズ/
    北海道のアウトサイダー・アート
  • 2009年10月24日(土)~1月14日(木)開催

展覧会概要

  • 男女の愛の世界を描き続け、アール・ブリュットの原点といわれるアロイーズの全貌と、北海道で注目されるアウトサイダー・アートの作家たちの作品を紹介します。

<次回展覧会予定>

  • 高橋留美子展 ~It’s a Rumic World~
  • 1月23日(土)~3月14日(日)開催

その他、詳細は北海道立旭川美術館Webサイトico_linkでご覧ください。


「番付」のはじまり

興業のプログラムとして

 大相撲の場所前には、「番付」が発表され、世間の評判をよびます。この番付は、相撲のみならず、歌舞伎・人形浄瑠璃などの興行を前に、その参加者を紹介する興行の案内をした宣伝のためのプログラムともいうべき刷物で、興行月日、興行場所を記した「順番付」を意味します。相撲は勝負なので、強い者から順に人名を並べてつくられます。この相撲番付は17世紀初頭の寛永年間から始まったといわれています。

「諸商売人出世競相撲」(江戸時代)

「諸商売人出世競相撲」(江戸時代)

 芝居番付では、演目、出演者の配役に座名が記されますが、役者の芸力や人気を加味するため上から下へと並べるわけにいきません。そのため、名前を書く場所、文字の大小、前後との間隔等に趣向をこらして、役者相互の不満がおきないように配慮してつくられます。その作法は、映画やテレビドラマなどの配役一覧の書き方にも踏襲されており、大きい字で記された主演者の名に次いで、文字を小さくした脇役が順に書かれた後に、別枠で出演した大物役者の名前が特筆された中に読みとれます。こうした芝居番付は、寛永年間に「番組付」としてのものが使用されており、現在の「順番付」に相当するものが17世紀後半の延宝年間に歌舞伎で、18世紀初頭の享保年間に浄瑠璃でもみられます。

江戸のヒット番付

 こうした番付とは別に「見立て番付」があります。見立て番付は、全国的に展開していた商品流通網が生み出した特産物を評価した「天保時代名物競(くらべ)」を始めとし、「行廃一覧」や「当時のはやり物くらべ 大都会流行競」のような時代のはやり・すたりを紹介するなど、時代や地域の人気や有名人、同業者や名物等々を列記したものです。
 「天保時代名物競」は、「後見 水野越前」と天保の改革で奢侈(しゃし 贅沢)禁止令を出した水野忠邦の名をあげ、日本各地の名物を紹介することで為政者を痛烈に批判しております。まさに見立て番付には、民衆の時代批判が読みとれ、世相をうかがうことが出来ます。

土佐
現在の高知県

勝男武士(かつおぶし)
※「鰹」に「勝男」という字をあてた縁起かつぎの言葉

陸奥
現在の福島県、宮城県など

仙台平袴地(せんだいだいらはかまじ)
※江戸時代から続く伝統の絹織物

薩摩
現在の鹿児島県

上布帷子地(じょうふかたびらじ)
※麻織の装束の下に着るひとえの布製の衣服

松前
現在の北海道南部

厚板昆布(あついたこんぶ)
※北海道松前町が産地の昆布

筑前
現在の福岡県

博多織帯地(はかたおりおびじ)
※おもに博多地区特産の絹織物

北越
現在の新潟県

縮上布(ちぢみじょうふ)
※越後魚沼地方特産の麻織物

文明開化の時代相

 文明開化期には、「新古興廃くらべ」「目今(もくこん)形勢興廃競」「馬鹿の番付」など多彩な番付が刊行されています。そこには、「文明」をかかげた時代の急変に、戸惑いあらがう民衆の姿をみることができます。
 「新古興廃くらべ」は、文明開化の推進をになう「開明進歩」と開化の抵抗勢力である「旧弊頑固」が番付作成の元締めとして勧進元となり、葵の御紋の将軍に代わり菊の御紋の朝廷が京都から江戸の乗り込み、寺院に代えて神社を中心とする新秩序を目指した政策が廃仏毀釈をもたらした時代の嵐が「神道 朝帝の御巡幸 将軍の御成 仏法」を行事に立てることで表明しています。葵の徳川将軍家から菊の天皇家へ代わった時代相を描いています。

 

西

菊の御紋

大関

葵の御紋

金銀貨紙幣

関脇

大判小判

馬車

小結

御所車

人力車、巡査の派出所、海陸軍の兵隊

前頭

四ツ手駕籠(かご)、市中の自身番屋、鎧兜の武者

 「目今形勢興廃競」は、時代の雰囲気を伝えてくれます。勧進元は置かれていませんが、開化の世で漢籍が廃れ、英学が流行り、アルファベットの蟹文字が注目され、江戸時代の書として広く流布していた御家流が片隅に追いやられる様を行事に立てることで問いかけたのです。

  • 行司:横文字、漢籍、御家流(おいえりゅう)

東 流行の部

 

西 不流行の部

皇国学

大関

金紋先箔

蒸気の乗合

関脇

茶器の価

牛肉の切売

小結

能装束

人力車の往来、とんび合羽

前頭

伊達道具、鎧兜

民衆の気分を代弁。愉快な「馬鹿の番付」

 「馬鹿の番付」は、外国製品が大量に輸入されることで、国産品が廃れることを問い質そうとの思いでつくられた番付です。輸入品に圧倒されて、国産品が滅びていく時代の姿がよみとれます。勧進元を輸入業者となし、在来産業が崩壊していく状況を「国の命を売縮める、舶来物品商」と揶揄し、その附き添いである差添人に、職人技を否定して工場の職工が幅を利かす風潮を「天稟妙を備し指先細工を捨て器械製造を好む日本職工人」を充てることで表しています。輸入ものを重宝がる舶来品信仰に踊る「馬鹿」者の世界が下記です。

  • 勧進元:国の命を売縮める 舶来物品商
  • 差添人:天稟(てんぴん)妙を備し指先細工を捨て器械製造を好む日本職工人

東 輸入品

 

西 国産品

米穀を喰はずしてパンを好む日本の人

大関

国産の種油魚油を捨て舶来の石炭油を用る人

結構なる田地をつぶし茶桑を作りて損する人

関脇

従来の商業を捨て会社を結びそれが為身代限りする人

輸出入の不平均を論して西洋料亭に懇会を開く議員

小結

ペロペロと洋語で国家の経綸を論じて我が身を修め兼ねる演説先生

国産の笠傘捨て舶来の蝙蝠(こうもり)を用る人
日本の樹をぬいてゴムののら木を植る人
国産の縞木綿を捨て舶来の衣服を喜ぶ人

前頭

国産の綿帽子を捨て風呂敷の如き物を肩巻人
日本固有の犬を殺して洋犬を珍重がる人
木造の家宅をこぼちて煉瓦石で建築する日本人

 こうした馬鹿番付は、明治10年代に国産品愛護運動を展開した佐田介石などが作成したもので、民衆に輸入品排斥を呼び掛けることで国富増大をめざしたアジビラであったといえましょう。
こうした番付には「古今嘘八百番付」のような、行司を当にならない約束を言う「紺屋の明後日(あさって)」とし、その勧進元を「地獄 天国 極楽」とすることで、世間の気分を代弁したものもあり、現在も昔も変わらぬ世の常が読みとれます。

  • 行司:紺屋の明後日
  • 勧進元:地獄、天国、極楽

横綱

早く死にたいという年寄

大関

尼になりたいといふ娘、モウやめますといふ道楽息子

関脇

不老不死の薬、見せやうが遅いといふ藪医

小結

損になるといふ商人、確かにきくといふ薬屋

前頭

憎らしい子よといふ親
要りませんといふ祝儀
女は嫌ひといふ若衆
男はすかないといふ娘

 このような見立て番付の「見立て」は、見て選び定めることですが、古事記に「天の御柱をみたてる」とあるのは、現実に柱を建てたのではなく、あるものを柱と見立てて祝福したようにきわめて神聖な行為でした。
 いわば見立て番付は、世間の気分、名物、流行等々にいたる時代の人心を神の見立てで表明した世界とみなされていたのです。そこには、神意をかりることで、時代を生きた民衆の心意を世に問いかけようとの思いが託されていました。

 これら多様な番付の世界を読み解くことで時代人心の読み解いてみませんか。


手のひらの幸せ(2009・日本)

ドリームワンフィルム/ドロップオブスター/ランテル・メディエール/シージェイネットワークス/T―artist

©ドリームワンフィルム/ドロップオブスター/ランテル・メディエール/シージェイネットワークス/T―artist

 知り合いの長岡市長 森民夫さんの「ほっと一息」というブログで、「手のひらの幸せ」という映画を長岡のあちこちで撮影しているということを知ったのは、7月である。
 幼いころから不幸な境遇の兄弟が、いたわりあって生きている。また、周囲のいろいろな人たちが兄弟に善意の手をさしのべる、といった映画のようである。原作は、歌手の布施明。歌手生活40周年記念のコンサートで朗読して、感動を呼んだという童話「この手のひらほどの倖せ」に基づいている。
 このほど、映画「手のひらの幸せ」(ゴー・シネマ配給)が出来上がった。

ドリームワンフィルム/ドロップオブスター/ランテル・メディエール/シージェイネットワークス/T―artist

©ドリームワンフィルム/ドロップオブスター/ランテル・メディエール/シージェイネットワークス/T―artist

 昭和33年の新潟県の長岡。母親を亡くし、父親は出稼ぎに出たままの幼い兄弟が、唯一の身寄りである祖父を亡くしたというところから映画は始まる。兄弟は希望苑という施設に引き取られる。
 昭和48年。兄の田中健一(河合龍之介)は大工見習いとして東京で働いている。高校生になった弟の龍二(浅利陽介)は施設にいた小さいころに、三条で印刷業を営む竹林家の養子となり、家業を継ぐつもりでいる。音楽の好きな龍二は高校の吹奏楽部に所属、フルートを吹いている。
 毎年の夏、龍二のことを心配する健一は三条に戻ってくる。竹林夫妻は、龍二をなんとか大学に行かせたいと健一に話す。健一もまた、龍二に大学に行くように勧める。

 入学の前祝いとして、健一はなけなしの給料から、龍二にフルートをプレゼントする。健一は出稼ぎに行ったまま帰らない父親の消息を調べている。やがて、高速道路の工事に出かけたまま、事故で死んだことを知る。兄弟は田中家の先祖の眠る墓に父の遺骨を埋葬し、龍二は「アメージング・グレイス」を吹く。

ドリームワンフィルム/ドロップオブスター/ランテル・メディエール/シージェイネットワークス/T―artist

©ドリームワンフィルム/ドロップオブスター/ランテル・メディエール/シージェイネットワークス/T―artist

 二人は、希望苑にいたころを回想する。施設を抜け出して、祖父と暮らした家に向かったときのことなどを。
 大学受験を直前に控えた龍二に、悲しい知らせが届く・・・。

 美しい風景が描かれる。長岡の栃尾地区など、小高い山並み、棚田が続き、わらぶき屋根の残る場所である。施設を抜け出し、祖父と暮らした家に向かう兄弟。お腹がぺこぺこ、柿をとろうとするが、西田敏行扮する家主に叱られる。訳を知った家主はおにぎりと柿を兄弟に与える。「両方の手に幸せをもらうと、涙が拭けないね」と健一。
 時代は、高度成長を遂げ、さらに豊かさを求めていたころである。純朴に、健気に生きる兄弟を見て、幸せとはいったい何かを、じっくりと考えさせられる。

 音楽をあきらめないようにと龍二に言う先生役に仲間由紀恵、健一の務める工務店の大工の棟梁に永島敏行、龍二の養母に生稲晃子が扮し、脇を固める。
 奇をてらわず、正攻法な演出は加藤雄大。黒澤明監督の下で長く撮影助手を担当、本作が監督としての第一作となる。

2010年1月23日(土)有楽町スバル座ほか、全国ロードショー!

「手のひらの幸せ」公式Webサイトico_link

監督:加藤雄大
プロデューサー:佐藤ヒデアキ
脚本:桑田健司
撮影:三栗屋博
音楽:伊藤ひさ子
編集:太田義則
出演:浅利陽介、河合龍之介、村田雄浩、生稲晃子、角替和枝、仲間由紀恵(友情出演)、西田敏行
2009年/日本/103分/ビスタサイズ/カラー
配給:ゴー・シネマ


現実世界での経験が創作を生み出してくれる

形forme No.290

 私は布や紙,砂,クレヨンなど様々な素材をつかったアニメーションを制作しています。アニメーションは,普段私たちがよく目にしているテレビ番組のセルアニメやデジタル3Dなどだけではなく,立体の人形や油絵の具,石や木,歯ブラシやコップにいたるまで,私たちの身近にあるものすべて動かすことができる可能性を秘めた表現方法です。
 私がアニメーションの世界に魅力を感じたのは,大学で友達と観たチェコのアニメーションがきっかけでした。のびのびと絵を描くように展開していく作品たちに衝撃を受け,それから見よう見まねで人形のアニメーションを撮ってみました。自分が持っていた身近な人形が,アニメーションとなって画面の中でひとりで動くのをみた時,動かないものが自分の手をかけることで,「動く」=「魂を得る」ことを体感し,アニメーションを創造することのよろこびを知ったのです。それからこれまで様々な方法でアニメーションをつくり続けています。
 そんな私の創作の原点となるアイデアや想いは,小さい頃からの経験や人との出会いの中から生まれてきているのだと感じています。自分の中にないものは表現できないし,どこか上辺だけの伝わらないものになってしまいます。自分が日々感じていることや美しいと思うこと,興味をもったこと,くやしいこと,悲しいこと,そうした本当に些細な生活の一場面に私が追い求めることは潜んでいて,ちょっとしたきっかけや人との出会いによって創造の出発点となり,私にとっての「表現」が始まっていくのだと思います。
 人の想像力が「創造」を生み出します。それは果てしなく無限に広がっていて,その面白さは絶えず私を惹きつけてやみません。自分のつくったものを観て,だれかが驚いたり,笑ったり,喜んだり,そういう瞬間に,どんなにつくるのが大変だったとしても,「つくっていてよかったな」と表現することのよろこびを感じます。  
 現実世界には,辛いことや思い通りにならないこともたくさんありますが,創作の中でしか味わえないこうした深いよろこびがあるからこそ,これからも自分自身を,そして創造することを追い求めていきたいと思うのです。

プロフィール
 福岡県出身。東京芸術大学並び大学院染織専攻卒業。アニメーション,イラストレーションなどの作品を制作。木曜時代劇「次郎長背負い富士」(NHK総合)「Beau TV」openingmovie(テレビ朝日)など。切り絵によるアニメーション,プチプチ・アニメ「王さまものがたり」(NHK教育)は現在放送中。


好かれようと思うな、好きになれ

■子どもは好きな人からしか学ばない

 新任2年目の先生たちの勉強会で、「私、今日、大変なことをしてしまったのです。」と女性教員が語り出した。
 「今、小学校3年生の担任をしてるんですけど、私のクラスに毎日、問題を起こしてくれるやんちゃな男の子が1人いるんです。今日も、給食の時間に突然立ち上がって、手にパンの切れ端を持って、私のホッペのところまで突き出しながら、”先生、パン残してええか!”と言うんです。”何を言ってるの、みんな仲良く班で食べてるのに、立ち歩かないで席にもどって、しっかり食べなさい!”と、いつもより厳しく言ったんです。そしたら、その子がね、持っていたパンをギュッと握りつぶして床にポン!と捨てたんです。”食べるものに何ということするの!許しません!食べなさい!”と言って、床に落ちたパンを無理矢理食べさせてしまったのです……。」
 助言者として、その勉強会にいた私は、新任2年目の先生の悩みとしては、面白いテーマやなあ、と思って右側にいた若い男の先生に、「あんたやったら、どうする?」と振ってみた。その男性教員は中腰になりながら、彼女に「さらのパン、残ってへんかったんか ? 」と言った。
 先生たちから「そんなんアカンわ、野口先生、何か言ってください。」という声があがったので、私は女の先生に、
「よっしゃ、2つ言うよ、1つ目、先生その男の子のこと、好きか? 」
 「好きかと言われますと……、あまり好きくありません。」
 「正直な気持ちと思うけど、子どもは敏感やから、そのこと感じてるよなあ、僕は担任の先生に好きくないと思われているって。子どもは好きな人からしか学べへんで。先生とその子の間には教育が成り立つ関係にないよなあ、どうしたらいいかは後で言う。」

■言い分けと説明は大違い

 「2つ目、先生、今から家庭訪問しておいで。今日その子はおうちの人に、学校であったこと言わないかもしれん、しかし、言うかもわからん。この頃の親、”そら先生が叱りはるの当たり前や、お前が悪い”と先生をたててくれる親ばっかりと違うで。明日お父さんが”うちの息子に地ベタに落ちたパン無理矢理食べさせた教師はどいつや ! “と言って職員室に来はったら、あんたどうするの?お父さんのとこへ飛んで行って、”いえ、お父さん、あの子は4月にこんなこと、5月にあんなことをやりまして、6月の今けじめをつけないと、と思って…”ときつい指導したことを言い分けするんやろ。だけど言われてからでは何を言っても言い分けになるよ。今から家へ行って、お母さんに今日あったこと説明しておいで、”ちょっと、やりすぎたかな、と悩んでるんですけど…”と正直に頭下げといで。きっとお母さんは、”先生、うちの子に気をつかわんと、もっと厳しく、やってください ! “って言ってくれるよ。こちらから先に言ったら『説明』、後手にまわったら『言い分け』。説明と言い分けでは大違いやで、教育は『今日行くから教育と言う』んやで。」
 「はい、分かりました。」
と彼女が立ち上がったので、
 「ちょっと待ち、説明だけで帰ってきたらあかんで……。”先生、せっかく家まで来たから、5分か10分宿題一緒にしようか ? “とその子とオデコ付きあわせて勉強みたげ。家でやったら、その子のこと好きになれそうなこと何か見つかるわ。例えば、明日学校で”あんた昨日入れてくれたお茶、おいしかったわ。やさしいとこあるんやネ”って言ったりしたら、その子は”先生、僕のこと認めてくれた”って教育が成り立つ関係をつくるきっかけになるかわからんやろ。」

■こちらから好きになること

 「さっき、子どもは好きな人からしか学ばない、と言ったけど、好かれようと思ったらダメ、子どもへの迎合になる。こっちが好きじゃないと思ってるのに、子どもが”先生のこと好き”ということもありえない。先生が子どものいいとこ見つけて、”やさしいネ”とか”すごいネ”とか、こちらから子どもを好きになったら子どもはついてきてくれる。好かれようと思うな、好きになることやで……。」
 こんな話をしていたら、素直で一生懸命に学ぼうとしている若い先生たちのことを好きになりそうでした。

著者経歴
元 大阪府堺市教育長
元 大阪府教育委員会理事 兼教育センター所長
元 文部省教育課程審議会委員

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教育委員会制度を考える

 「教育長と教育委員長はどう違うのですか?」と尋ねられることがある。また、「教育長の勤務時間は?」と問われることもある。その説明には、かなりの時間を要する。
 前者は「教育委員会」の理解の仕方によっては、かみ合わない説明となるし、後者は「教育長は、…委員としての身分と教育長としての身分とを併せ有する…」(教育法令コンメンタール)身としては説明しにくい質問である。
 そこで、教育委員会制度の在り方を整理し、教育委員会の存在意義を明らかにしたい。

■教育委員会制度考察の視点

 「教育委員会」制度の在り方を考える場合、(1)任命された複数の教育委員からなる合議制の教育委員会(狭義の教育委員会)の在り方、事務局としての教育委員会(広義の教育委員会)の在り方、両者の関係性及び首長部局との関係の在り方という視点、(2)県教育委員会と市町村教育委員会の関係という視点、(3)学校と教育委員会の関係という視点がある。ここでは、(1)の視点について整理してみたい。

■教育委員会活動の点検・評価

 「教育委員会」が、その職責を果たすには、狭義・広義の教育委員会それぞれに求められる役割を明確にする必要がある。地教行法では、教育委員会の職務権限を23条で示し、教育長に委任等できる事務(教育長は委任された事務等を事務局職員等に委任等させることができる)と、委任することができない事務を規定している。
 したがって、狭義の教育委員会は教育長に委任できない事務について大所高所から執行する役割を有することになる。
 また、狭義・広義の教育委員会の関係性は、教育に関する事務の管理及び執行の状況の点検・評価(地教行法27条)によって明らかにすることができる。
 宮崎市教育委員会では、「教育委員会の活動」(教育委員の活動及び教育委員会の運営状況等)、「教育委員会が管理・執行する事務」(教育委員会の会議に諮られる事項)、「教育委員会が管理・執行を教育長に委任する事務」(事務局が実施する事務事業)の観点から評価項目を設定し、点検・評価を行うことによって狭義・広義の教育委員会の役割分担及び責任体制の明確化を図っている。

■教育委員会活動の活性化-改革プランの取組

 「教育委員会が管理・執行する事務」を「地域の実情に応じ」(地教行法1条の2)て推進するには、広い視野からの地域の要望を把握することや、事務局の教育施策の執行に関して進行管理をするなどの役割が狭義の教育委員会に求められる。そこでは、レイマンとしての教育委員の自己研修を含めた教育委員会の研修体制の充実が課題である。
 そこで、宮崎市では、「教育委員会改革プラン」(詳細は、「教育委員会月報」(平成20年12月号)「教育委員会の活性化に向けて」)を毎年度策定・実践することで教育委員会の活性化に取り組んでいる。平成21年度の改革プランでは、各種行事への各委員の積極的な参加及び定例教育委員会の地域開催による地域住民との意見交換、市長や教職員、社会教育委員等との意見交換会の実施や委員協議会の開催など自己研修等の充実や会議内容のホームページでの公開等に取り組んでいる。

■教育委員会設置の積極的意義

 教育再生懇談会第三次報告では、「教育行政の継続性・安定性、教育内容の政治的中立性の確保、…首長への過度の権限集中の防止」を教育委員会設置の意義としてあげている。また、「日経グローカル」が実施(2009.5.4)したアンケート調査では、県庁所在地の都市教育長の78%が市教育委員会を必置とする「現行制度」を肯定している。
 現行教育委員会制度は、市町村への教育分野における権限移譲に伴い、当然変化していく可能性を持っている。その方向性は、住民参加をいかに制度として保障できるかという事でなければならない。
 今後、教育行政への住民参加の拡充という観点から、教育委員会の設置及び教育委員のリーダーシップの発揮が、より積極的な意義を有することになる。
 また、教育委員会事務局職員の中立・公正な教育行政の執行とともに、複雑・多様化する教育に関する諸問題に対応するためにも、教育委員会事務局職員の専門性の確保も一層要請されるところである。

 教育行政は”ひとづくり”を目的としている。その施策は”まちづくり”に繋がっている。地域住民の教育に関する声を、レイマンコントロールとしての教育委員会が如何に組織化できるか、首長部局とどう連携していくかが、問われている。

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幼い頃の小さな不思議体験

晩秋のすすきヶ原、その中の一本道です。(福島県南郷村)

晩秋のすすきヶ原、その中の一本道です。(福島県南郷村)

 小学校低学年の時、不思議な感覚の体験をしました。同じクラスの女子に呼ばれ、言われるままに校庭(バックネット?)のフェンスの金網に向き合って二人が立ちました。そして、フェンスの金網を挟むように二人の両手のひらを合わせました。その両手を密着させたまま、上下左右にゆっくり移動させると、何ともいえない感触が手のひらに生じたのです。「くすぐったい!」「ねっ!面白いでしょ。」と言いながら幾度かその感触を遊びました。近年の学校のフェンスは立派になりましたから、同様にはできないかもしれません。当時の金網には細い針金が使われていたため、そんな遊びができたのだと思います。
 またある時、別の男子に呼ばれ、校庭の植え込みの近くに行きました。「そこの土を掘ってみて!」と指差した場所を見ると、不自然に枯れ葉のない箇所がありました。その部分の土をそっと払いのけると、平らなガラス板が埋められていました。黒っぽい土の間からのぞく透明なガラスの下には、色とりどりの花びらやビー玉が詰め込まれていました。学校の片隅にとても美しい宝物を発見したような気分にさせられたのです。
 この二つの出来事はその不思議な印象とともに、面白いこと、美しいことを私に伝えようとしてくれた仲間の気持ちとして、長く記憶に留まっています。

ひとりぼっちでも絵をかくのか

 造形的な表現活動の道を選んだ私たちは、もし、自分が無人島に住むことになったら、「絵をかくだろうか」と一度は考えたことがあるはずです。美術が好きで選んだ道ではあっても、自分にとって表現することの意味や、社会的な価値付けは常に私の考え続けるところでした。
 少し古くなりますが、小松左京の「日本沈没」(発行:光文社 1973年)や「復活の日」(発行:角川書店 1964年)のラストシーンの後にも、残された人々は「これから何をしていくのか」を考えさせられると同時に、ヒトは何のためにかくのか、美術にどのような価値があるのかを考えた思い出があります。そして、その結論はいつも「自分のため」に落ち着いていたように思います。
 教職に就いて、子どもたちに絵をかかせたり、作品を作らせたりするにあたり、私には新たな意味づけの必要が生じました。特に美術が好きではない子どもたちにも表現する教育的価値の保証が必要となったからです。そして、そのことを問い続けることが私のライフワークとなりました。その思考の先では、表現者の自問という意味と、表すことが自己陶冶となる価値を認めながら、結局は学習評価という現実から切り離せずにいたように思うのです。
 浮かんだイメージや美しく感じた物をヒトが絵や作品にするのは、自らへの問いかけであり、素直に表したいと発意することが最も大切なことです。そして、表されたものが他者の眼と心に留まり、自らの感覚や感性が共感されることも表現の重要な目的です。その共鳴が時や場を経て、鑑賞者の反応として表現者に返されるとき、表現者の喜びは増大され、人間関係の豊かさをもたらすと考えられます。私たちは集団の中にいてこそ表すことの意味を大きく感じるのではないでしょうか。
 小学生がすでにその楽しさを私に見せてくれていたように思うのです。
 デザインや工芸作品に求められる用と美の「用」については、デザインの受容者を思いやった作者の意図が作品に包含されているものです。一方「美」についても、絵や彫刻の「主題」と近似して、作者の美意識やコンセプトが鑑賞者に伝わることは重要な表現の目的です。つまり、絵をかく目的に、自らが創出した美しさを鑑賞者に伝えようとする意図が含まれるのは、大人も子どもも同じではないでしょうか。そしてそのような気持ちが起こることが表現意欲の持続になると考えられます。

 私たちが表現活動に導入する場面や、作品評価をするときに、そのような視点で子どもたちと向き合っているでしょうか。子どもたちは昔も今も素朴に不思議なこと、美しいことを互いに伝え合いたいという気持ちを抱き続けているはずです。

導入事例 Case17

中学校1年『スケッチの楽しみ「足」』(2時間)
* 写実的な表現に苦手意識を抱いている生徒が多いので、彼らに自分の観る力のすばらしさを実感させ、表現に自信がもてるようにするための授業です。

◎主な材料

  • 黒ボールペン
  • ワークシート

◎導入の工夫

  • 自分の足に興味を抱かせるため、「動物の足クイズ」から導入しました。動物の足と生活環境の関係や指の本数などに注目させ、人間の足を改めて見つめようとする気持ちを高めました。
  • まず、足を見ないでワークシートにスケッチさせました。生徒は自分の記憶のあいまいさに気付き、観察しながら描きたいという欲求を抱いたようです。
  • 想像しながら描くときに困ったことや不明なことを、「観察してしっかり確かめたいメモ」として文章表現させてから、観察描写を始めるよう指導しました。
学び!と美術vol32_03 「足」-2.jpg 学び!と美術vol32_04学び!と美術vol32_04

※画像をクリックすると拡大してご覧になれます。

(B先生の実践から)


カールじいさんの空飛ぶ家(2009年・アメリカ)

(C)WALT DISNEY PICTURES/PIXAR ANIMATION STUDIOS. ALL RIGHTS RESERVED.

(C)WALT DISNEY PICTURES/PIXAR ANIMATION STUDIOS. ALL RIGHTS RESERVED.

 世のなかには、いろんな出会いもあれば、さまざな別れもある。長く生きた老人はもちろん、幼い子どもでも実の親との別れがある。
 人は、どのような立場にあっても、いろんな人とつきあい、愛し、希望を持って、生きていかなければならない。
 そんなメッセージが伝わる映画が、「トイ・ストーリー」や「モンスターズ・インク」、「レミーのおいしいレストラン」などを製作したピクサーの新作アニメーション「カールじいさんの空飛ぶ家」(ウォルト ディズニー スタジオ ピクチャーズ ジャパン配給)である。
 カールじいさんは78歳の一人暮らし。幼いころは、シャイで無口、いつも飛行帽とゴークルを愛用する冒険好きな子どもだった。知り合ったエリーは、おてんばで活発、カールと性格は違っているが、冒険好きは同じである。

(C)WALT DISNEY PICTURES/PIXAR ANIMATION STUDIOS. ALL RIGHTS RESERVED.
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 やがてふたりは結婚、幼いころの秘密基地を改造した家で、ずっと幸せに暮らしていた。カールは動物園の風船売りで、風船の扱いは得意である。子どものいないふたりの夢は、南アメリカにあるという伝説の滝パラダイス・フォールに飛行船で出かけること。

 エリーは病気で死ぬ。ひとり残されたカールは、エリーとの思い出の詰まったアルバムを見ては、ため息のつく日々である。
 そこに宅地開発が始まり、カールは立ち退かざるをえなくなる。カールは、家にたくさんの風船をつけて旅立つ決心をする。
 近所に住む8歳のラッセルが、飛び立った家のドアを叩く。不幸な身の上のラッセルもまた冒険好き。自然探検隊に入っていて、たくさんの表彰バッジを持っている。欲しいバッジは、「お年寄りのお手伝いをした」というバッジだ。
 カールとラッセルは、旅立っていく。 
 カールは、エリーと夢見たパラダイス・フォールを目指すが、その行く手には、とんでもない状況が待ち受けている。

 ほのぼのとした前半に、コミカルでスリリングな冒険ストーリーが展開する。カールじいさんとラッセル少年の関係が、きめ細かく描かれ、やがてふたりは、かけがえのない間柄になっていく。

(C)WALT DISNEY PICTURES/PIXAR ANIMATION STUDIOS. ALL RIGHTS RESERVED.
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 ずんぐりとしたカールや、太っていて可愛いラッセル以外にも、個性的で愉快なキャラクターがズラリ。また、カールの憧れの冒険家が悪役で登場し重要な役割を果たす。途中から旅に加わる犬のダグ、ジャングルに住む色あざやかな鳥のケヴィンたちのしぐさやセリフは、爆笑ものである。

 これは、大人も子どもも楽しめる、ディズニー映画の王道。笑って笑って、ハラハラしながら、ちょっぴり涙。それぞれの世代が、正しいこと、生きること、愛することの意味を、深く考えさせてくれる。

2009年12月5日(土)全国ロードショー!

■「カールじいさんの空飛ぶ家」

監督:ピート・ドクター
共同監督:ボブ・ピーターソン
プロデューサー:ジョナス・リヴェラ
製作総指揮:ジョン・ラセター、アンドリュー・スタントン
原案:ピート・ドクター、ボブ・ピーターソン、トム・マッカーシー
脚本:ボブ・ピーターソン、ピート・ドクター
音楽:マイケル・ジアッチーノ
編集:ケヴィン・ノルティング
プロダクション・デザイナー:リッキー・ニエルヴァ
スーパーバイジング・テクニカル・デイレクター:スティーヴ・メイ
スーパーバイジング・アニメーター:スコット・クラーク
キャラクター・スーパーバイザー:トーマス・ジョーダン
原題:UP
2009年/アメリカ/ドルビーSRD-EX/ビスタサイズ/123分
配給:ウォルト ディズニー スタジオ モーション ピクチャーズ ジャパン


「空間概念 期待」 ルチオ・フォンタナ作

油彩/キャンヴァス/115.5×89cm/1961/Concetto spaziale,1961(C)Lucio Fontana by SIAE 2009
油彩/キャンヴァス/115.5×89cm/1961/Concetto spaziale,1961 (C)Lucio Fontana by SIAE 2009

 イタリアを代表する前衛芸術家、ルチオ・フォンタナの作品です。題名は《空間概念 期待》。赤く塗り込めたキャンヴァスに、軽やかな曲線をえがく三筋の切れ目が入れられています。
 フォンタナは、この作品のように、ひと色で塗り込めたキャンヴァスに、ナイフで切れ目を入れた作品を1000点近く制作しました。その多くには、この作品と同じ《空間概念 期待》という題名がつけられています。
 この題名には、ある法則があります。日本語に訳するとわからなくなってしまいますが、元の言語であるイタリア語では、切れ目がひとつの作品には、「期待」を意味する「Attesa(アテッサ)」という単数形の単語が当てられ、対して、切れ目が複数の作品には、同じく「期待」を意味する「Attese(アテッセ)」という複数形の単語が当てられています。
 切れ目がひとつの作品には、ひとつの期待、切れ目が複数の作品には、複数の期待。つまり、この題名にある「期待」とは、この切れ目そのものを指していると考えられるのです。
 フォンタナは、「画家として、キャンヴァスに穴を穿つ時、私は絵画を制作しようと思っているのではない。私は、それが絵画の閉鎖された空間を越えて無限に拡がるよう、空間をあけ、芸術に新しい次元を生みだし、宇宙に結びつくことを願っている。」(Jan van der Marck,”Lucio Fontana:From Tradition to Utopia”,op.cit.「フォンタナ展」図録 富山県立近代美術館他 1986年)と述べています。
 時代が移り、人々の生活が変わっても、依然として絵画や彫刻といった芸術の枠組みが変化しないことに強い疑問を抱いたフォンタナは、絵画という芸術を支えてきたキャンヴァスに穴をあけ、絵画という枠組みを、文字通り突破しようとしたのでした。

(大原美術館 主任学芸員 吉川あゆみ)

■大原美術館ico_link

  • 所在地 岡山県倉敷市中央1-1-15
  • TEL 086-422-0005
  • 休館日 月曜日(ただし、祝日、7月下旬~8月、10~11月は無休)、年末

<展覧会情報>

  • コレクションテーマ展28「新収蔵作品展 2006-2009」
  • 10月1日(木)~12月27日(日)

展覧会概要

  • 大原美術館が2006年以降に新規収蔵した、現代日本の作家たちの作品を一堂に公開。

【展示作家】 淺井祐介 会田誠・加藤愛 岩熊力也 植松奎二 太田三郎 岡田修二 押江千衣子 小野博 鯉江真紀子 東島毅 樋口佳絵 彦坂敏昭 北城貴子 町田久美 三瀬夏之助 ログズギャラリー

<次回展覧会予定>

  • コレクションテーマ展29「白樺派誕生100年 夢の美術館」
  • 2010年1月1日(金)~2月28日(日)

その他、詳細は大原美術館Webサイトico_linkでご覧ください。