コララインとボタンの魔女 3D(2009年・アメリカ)

(C) Focus features and other respective production studios and distributors.

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 もしも、目がボタンになれば・・・。
 周りがよく見えないだろう。しかし、目がボタンになってもいいのなら、そこにはたくさんの花が咲く美しい庭があり、面白いサーカスやミュージカルが楽しめ、おいしい食事がいっぱい、やさしいパパとママがいる。ただし、パパとママの目も、ボタンで塞がれている。そのような世界が、いったいどのようなものなのだろうか? 
 映画「コララインとボタンの魔女」(ギャガ配給)は、ニール・ゲイマンの同名の絵本が原作である。監督は「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」のヘンリー・セリック。

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 コララインは遊びたい年ごろの少女で、アリゾナからオレゴンに引っ越してきたばかり。パパもママも忙しくて、なかなかコララインにかまってくれない。コララインは家の中を探索、小さな扉を発見する。開けてみると、そこはレンガで固められていて、どうすることもできない。
 ある夜、目を覚ましたコララインは、ねずみを追いかけていると、ねずみは小さな扉から逃げていく。レンガで固められていたはずの扉には、トンネルが通じている。コララインもトンネルに入っていくと、そこはもとの家と同じ。
 でも何かが違っている。なんとママの目はボタン、ピアノを弾いて歌うパパの目もボタン。晩ごはんは豪華なローストチキン、コララインの好きなマンゴー・シェイクにケーキもどっさり。庭には色とりどりのきれいな花たち。
 朝、目をさましたコララインは、現実の家に戻っている。コララインは、夢を見ていたとママに話すが、ママはちゃんと聞いてくれない。
 夜、コララインは、またトンネルに入っていく。そこには楽しいことがいっぱい。現実の世界にいた黒猫がコララインにささやく。「この世界が気にいったようだが、それは間違いだ」と。
 やがてコララインは、現実の世界がたいへんなことになっているのに気がつくが・・。

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 ストップ・モーションで、1コマ1コマ、丁寧に撮られたアニメーション。コララインの驚いたり、喜んだり、悲しんだりの表情がとても豊かである。
 楽しい、夢のような世界に居続けるには、目がボタンにされてしまう。現実の世界は、辛いことや悲しいことが多い。しかし、ちゃんと自分の目で、世界を見ることになる。
 登場するいろいろなキャラクターは、ややダークな雰囲気ではあるが、アニメーションの王道、もちろんユーモラスである。
 コララインの選んだ冒険につき合ううちに、なにか勇気のようなものが湧いてくるはずである。

2010年2月19日(金)より、TOHOシネマズ六本木ヒルズico_linkほか
全国ロードショー

■「コララインとボタンの魔女 3D」

監督・脚本:ヘンリー・セリック
原作:ニール・ゲイマン著「コララインとボタンの魔女」(角川書店)
原題:Coraline
音楽:ブリュノ・クーレ
撮影監督:ピート・コザチク
コンセプト・アート:上杉忠弘
日本語吹替えキャスト:榮倉奈々、劇団ひとり、戸田恵子
2009年/アメリカ/カラー/ビスタ/5.1Ch/100分
配給:ギャガ powered by ヒューマックスシネマ


学校の自立を

 学校の自立が叫ばれて久しいが、何故学校の自立が重要なのか?全国70万人の教職員を擁する公立の小中学校が自立し、組織の体をなし、自らの組織目標を持ち、教職員が目標に向かって動き出すことによって、最大の教育効果が生まれることは間違いない。学校を自立させることこそ最大の教育施策かもしれない。考えてみると、学校を組織的に自立させるための諸施策のいくつかが、学校評価や、学校運営協議会、コミュニティスクール等々のものだ。何も学校評価や、学校運営協議会、コミュニティスクール等々を学校に導入することが最も重要なことだと言っている訳ではない。明治以来培ってきた学校の文化に、学校の自立や組織という感覚を導入することで、今一度柱を通すことになるのではないかということである。しかし、学校現場ではどうも諸施策が関連性なくバラバラで導入されているように思われているために意図が伝わらない。逆に疲労感が漂うし、施策そのものが“為のもの”となっている感もある。
 学校の自立は何故進まないのか。何と言っても最大の原因は市町村教育委員会が自立していないことだ。もちろん、政令市や都市を含めて全ての市町村教育委員会ということではない。しかし、1,700の市町村教育委員会総体でいうと長い間の都道府県教育委員会の指導に従う癖がまだ抜けきらないでいる。都道府県教育委員会に権限のないことまでも未だ指導を待つ姿勢があるし、都道府県教育委員会自体も未だ指導を行うという姿勢から抜け切れていない。お互いに長い時間慣れ親しんできた間柄であるので仕方ないのかもしれないが、そんなことばかりは言っておれない。効果性や、費用性を考えても、教職員70万人への対策を採るより、全国33,000校の校長への対策の方がはるかに効果があるからこそ、管理職への対応は手厚いのである。更に、教育委員会つまり教育長へ対策を立てれば全国1,700で済むのである。これこそ教育界最大の効果を生む教育施策である。教育委員会制度云々よりもっと効果的な施策である。
 それでは、学校の自立は何によって測ることができるのか?大きなバロメーターがそれぞれの学校が立てる“学校教育目標”である。組織目標は連鎖することが大事であるということは誰しも分かっている。分かっているからこそ、校長は自らの“学校教育目標”に対して、各学年の“学年目標”や各学級の“学級経営目標”により具体性を求めるのである。問題はこの連鎖と具体性の流れが国、自治体と学校との間で切れていることである。何故、学校の“学校教育目標”は連鎖と具体性に欠けるのか?逆説的な言い方をすると、何故、“学校教育目標”は具体的に書けずに、「主体的に……」とか「自ら……」などと、いつまでも抽象的なものとなっているのか?抽象的であるがゆえに、目標に向かって働く教職員も目標完成のイメージがわかないし、どういう手立てで目標完成に近づけるのか、子ども自身も自身の目標完成のイメージがわかない。
 あらゆる組織は“組織目標”を持つ。学校と言えどもその例外ではない。しかし、目標が抽象的であるということでは例外である。組織が目標を達成するために3つの要素があると言われる。よく言うところの“ひと、もの、かね”である。最近はこれに“じょうほう”が加わった。学校という組織にこの“ひと、もの、かね”の三要素が与えられているかということである。逆に、学校という組織にこの”ひと、もの、かね”の三要素が与えられたなら、学校はまっとうな組織目標を立てることができるようになるということである。
 “かね”は当然予算と言うことができる。学校の予算は本当の組織目標達成のための予算なのだろうか?いわゆる“あてがいぶち”の教育委員会の再配分方式の予算である。一部裁量予算とか、総額裁量予算という手法が出てきているが、いずれも、従来からの執行型の予算であることには間違いない。学校も目標を立ててその具現化の為に予算を編成する、編成型予算への脱却が急がれる。
 “ひと”についてはどうだろうか?それなりの職員が学校には存在する。しかし、同じように“あてがいぶち”の人である。組織目標達成型の人事制度への脱却が急がれる。その入り口が、県費負担教職員の人事権の市町村への移譲であることは間違いない。小さな市町村では人事が滞留する等々の危惧が先にたつが、自己責任ともなれば教育委員会だって知恵を出すはずである。複数の市町村で人事連合を組んだり、新たな広域人事の枠組みを模索するだろう。一歩前へ進まないと何事も始まらない。日文の教育情報ロゴ


歴史は、時空を超える旅

2010年を迎え

 歴史は時間と空間を旅する世界です。時空を旅する営みは、過去と併走することで、現代を問い質すことを可能とします。今年2010年という年はどのような過去をつきつけているのでしょうか。
 100年前の1910年(明治43)は、大逆事件と日韓併合にみられるように、日本近代史を画する年でした。さらに150年前の1860年(安政7・万延元)には1月13日に勝海舟・福沢諭吉らが咸臨丸で渡米し、3月3日に大老井伊直弼が水戸・薩摩の浪士に襲撃された桜田門外の変がおこり、状況の打開をめざすテロリズムにより将軍の権威が失墜していきます。また近く50年前、1960年(昭和35)は日米安全保障条約の改定をめぐる安保闘争という熱い政治の季節でした。
 そこで1910年という年から旅を始めてみます。

学びと歴史vol34_011年表

100年前、日韓併合という年

 日本は、明治維新で「欧州的帝国」たる新国家の建設をめざし、東アジアの册封(さくほう=君臣関係を結ぶこと)・朝貢(ちょうこう・朝廷に貢がせるなど)体制を万国公法(-国際法)によるヨーロッパ的な国際秩序の中で再編することで、新たな場を確保しようとします。日露戦争の勝利こそは、こうした欧州的新帝国を東洋に確立させたものにほかなりません。
 ここに日本は「東洋平和」のために韓国の支配を安定させ、アジアの覇者たる道を歩み始めます。こうして8月22日に韓国を併合すると、韓国王室を皇族の礼で遇することとし、29日には詔書を発して前韓国皇帝をたてて王と為し、昌徳王李王と称し、朝鮮の国号を改めて朝鮮と称し、朝鮮貴族令を出して朝鮮総督府が設置されます。
 まさに日本は、清朝皇帝に代わり、日本皇帝たる天皇が頂点に立つ東アジアにおけるあらたなる册封・朝貢体制を構築したのです。天皇は、韓国併合を前にし、侍従武官に台湾統治の実情を視察させ、南洋諸島の状況を報告させるなど、東アジアの皇帝たる準備に心をくだき、新しい帝国の王としての準備をしております。
 しかし国内には、日露戦争の過重な負担に喘ぐ農村を「天明天保」以来といわれる恐慌が襲い、疲弊した農村から人口が流出し、さらに都市におけるストライキなどの社会労働問題と社会主義の流行など、大「帝国」を根底から脅かす状況が広く顕在化していました。かくて政府は、1908年3月13日に「忠実業に服し、勤倹産を治め、惟れ信、惟れ義、醇厚、俗を成し、華を去り、実に就き、荒怠相戒め」(*1)と説いた戊申詔書(*2)を発布しました。    
 1910年5月25日の宮下太吉の逮捕に始まる大逆事件の幕開けは、こうした戦後の空気に対する国家の鉄槌(てっつい)にほかならず、「帝国」を帝国らしくしようとの強き国家の意思を表明したものにほかなりません。

150年前、開国という年

 まさに大逆事件と日韓併合が物語る1910年という年は、明治国家が帝国というアトラス的負荷に喘ぎながら、新しい方途を血眼になって探していた時代でした。こうした閉塞感は、さらに50年前の1860年の咸臨丸によるアメリカ行きが「文明」の実体験による日本の明日への眼を育てる培養器となる一方、桜田門外の変にはじまるテロリズムによる閉塞状況を打開する作法が維新への道を準備する時代としても読みとることができます。

50年前、日米安保という年

 さらに1960年の安保闘争は、日本の安全保障-米軍による核の傘で守られる日本列島の現状を自らの眼でみつめることなく、「平和憲法」への信仰を吐露し、「民主」か「独裁」かという戦後民主主義を擁護する運動として展開しました。この幻想こそは、「所得倍増」から「経済大国日本」をもたらし、現在日本の尻尾にあるものです。
 2009年の総選挙における政権交代では、当事者が「平成維新」と自称し、日米関係の見直しを声高に語りかける姿にこそ、60年に露呈した「尻尾」を自らの眼で捉えようとの強き想いが託されているのかもしれません。安保条約を問い質すことは、核にたよらない非武装中立という信仰を堅持し、明日を生きることを意味します。この決断は、150年前に井伊直弼が祖法を破り、開国による国家富強をめざそうとした困惑につながるものです。

年表を手がかりに

 歴史は、「文明」「進歩」という絵姿で単線的に展開しているのではなく、螺旋(らせん)状の展開になっており、ある断面をみると似たような相貌が読みとれます。ここに歴史を問い語る面白さがあるのではないでしょうか。
 それぞれの作法で、まずは年表を手がかりに時空を旅してみませんか。おそらく歴史の学界では日韓併合と大逆事件を天皇制国家の犯罪として論じ、世間でも唱和する声が聞かれましょう。その時には、せめて150年前とか50年前の時空に眼を広げ、すこしは豊かな旅を成し、ミューズクレイオ(歴史の女神)がどのような微笑をみせてくれるかに心をときめかし、明日への想いをめぐらしたいものです。

*1 現代訳:「忠実に仕事に励み、節約して生計を整え、信と義を重んじ、人情に厚い習慣をつくり、華やかなことを退けて実質あるものに力を注ぎ、乱暴や怠慢を互いに戒め」

*2 戊申詔書(ぼしんしょうしょ) 日露戦争の戦勝気分に浮かれる国民の気分を引き締める事を目的として発せられた。


「よく見なさい」

学び!と美術vol33_08 この一点透視図で並木道の絵を描いたのは、19歳の大学生です。写真を見ながら下の枠内にスケッチする課題に取り組んだ60人のうちの一人の作品です。
 最近の私は、コンクールや展示会などに出かけるばかりで、このような絵を描く子どもについて考えることを忘れていたと反省させられました。すでに各学校で選抜されてきた展覧会の作品を見るだけでは、絵に表れる「いまどきの子ども」の傾向がわかっていないと気づいたのです。
 この作品は、いわゆる展開図と呼ばれる小学校低学年の児童に見られる傾向を示しています。美術を専攻した訳ではないので、本人は絵が苦手と考えているだけでしょう。図画工作や美術の時間が少くなっているために、このような絵を描く子どもが増えているのでしょうか。
 絵を描いたり、彫刻をしたりしなくても、子どもたちは環境や情況を見ながら育ちます。そしてなぜか、絵を描かせるときに教師が決まって言うのです。「よく見なさい」と。それは単に眺めているだけでなく、注視して観察しなさいという意味であったはずです。幼児期に、水平に置かれた画用紙であるにもかかわらず、描きながら画面の上下と実際の空間との関係を認識し、画面が立ち上がる瞬間を経験します。また、子どもたちの想像力はレントゲン画を描き出します。やがて、ものの重なりや奥行きを意識し始めると、画用紙を窓に見立てたような空間を描き始めます。そのとき彼らは、空間や情況の認識を深めた瞬間だと考えられます。「よく見なさい」がもっとも必要とされる成長の頃合いです。

学び!と美術vol33_01
学び!と美術vol33_02

静かなバチカンの朝、そして1時間後。年間400万人の入館者です。(バチカン美術館入口まで300mほどのところで)

 公開授業などで配布される指導案に「題材設定の理由」とともに「児童観/生徒観」が示されるようになりました。子どもの情況をふまえて授業を行う教師にとっては当たり前のことなのですが、何を「児童観/生徒観」とするかの観点が、指導案によって違っているように思うのです。
 小学校学習指導要領「図画工作」・中学校学習指導要領「美術」では、「身近な」が多く用いられています。また、「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」においては、「児童や学校の実態に応じて」や「生徒の学習経験や能力,発達特性等の実態を踏まえ,」という記述があります。子どもにとっての身近なもの、受けもっている児童生徒の実態とは何かを考えてみる必要がありそうです。
 子どもの事故や事件が頻発すると現代っ子の特徴などとして、マスコミが取り上げたりしますが、基本的には、子どもの実態をもっともよく把握しているのは教師たちです。ですから、学習指導要領や教科書の編集者は、おおよそ子ども傾向を捉えて編集はできても、教師たちに委ねる以外にない子どもの実態認識というものがあります。ですから、教師たちが学校の地域性や子どもの実態に応じて、柔軟に授業展開できるよう配慮されている部分が多いのだと思われます。
 ところが、近年は私たちが子どもを理解しようとする以上に、子どもたちの変化が大きくなっているように感じませんか。その変化を簡単に「幼児化」「体験不足」と言ってしまいがちですが、実際には多様な子どもの数だけ理解が必要であり、対処的・予防的な教材と、目の前にいる子どもたちの課題に重点化した指導が求められます。
 例えば、エコ感覚やIT感覚などの社会性において、大人たちよりも優れた順応感覚を示す子どもが、「臨機応変」や「自分で考え判断する」、「気を利かす」、「一歩先のことを考える」などの主体性が欠落していたりします。一方では、宇宙やブラックホールについて詳しい児童が、実際の夜空を見ても北極星や星座が確認できなかったりします。これらは生活習慣の中で学び、身につけるべきものですから、「気を利かしなさい。」という指導の一言で一変したりはしないものです。配慮に気づいたり、ダイナミックな自然に感動したりする体験学習を通して学ばせる時間が必要なのです。展開図を描くという裏側に、人の感情や社会的価値が察知できない認識不足が潜んでいるとしたら、豊かな人生などあり得ないかもしれないのです。
 規則に縛り「ルールを守ってさえいれば自分に責任がない。」という一見社会的過保護が規則依存の感覚を招いている可能性があります。場合によっては、規則のないところから授業に導入し、その必要に気づかせるようなカリキュラムが必要なのかもしれません。
 大人は、便利な規則を振りかざして、子どもたちに考えさせることを手抜きしてしまったために、柔軟な判断力や複雑な人間関係の認識力が育ちにくくなっているのかもしれないのです。

 現代の親たちは、我が子がどんな子に育つことを望むのでしょう。我が子と話せる時間・時期は非常に短いものです。それは学校教育で育くむことができる時期と符合します。私たちは「よく見なさい」と指導しながら、子どもの内面がもっとも表され易い図工や美術の作品から、彼らの傾向を捉える立場にあります。そして、保護者と情報交換しながら指導のチャンスを逃さないようにしなければなりません。

導入事例 Case18

中学校2年『光の表現 光の演出』(7時間)
*光の効果について、日常生活の中から情報を集め、生活空間の豊かさや潤いを演出する造形要素としての光を再考し、ランプシェードつくる題材です。

◎主な材料:

  • 和紙
  • 風船
  • 厚紙
  • 接着剤
  • セロハン 他

◎導入の工夫

 光を用いた表現は比較的生徒の興味・関心が高い傾向にあります。ただ、光の造形的な活用が難しく、表現の深まりという点において、生徒には難しさがあると感じていました。
 身近にある材料を用いた造形的に簡単な方法なら、表現活動への抵抗感がなく、より発展的な発想や積極的な工夫を促せると考えました。光の役割、価値など、人と光の関係から身近な生活を意識させ、活用から探求へ意欲が展開することを期待しました。

◎学習課題として提示したこと

  • 身近な光の美的体験を思い出そう。
  • 人類が初めて手にした光、生活の中の光、そして現代の光の価値と効果を考えよう。
  • 身近な素材を用いて、光と影の効果が美しい作品を発想しよう。
  • 風船の形状や和紙の透過性を生かした雰囲気ある演出をしよう。
  • アイデアを具体化するための素材活用や着色材料について考えよう。
  • 完成予想図について、安全・エコ・演出の効果などの視点から話し合おう。
  • 作品を相互評価し、日常生活での効果や鑑賞者(家族など)の気持ちを思いやろう。

学び!と美術vol33_09 学び!と美術vol33_07 学び!と美術vol33_03
学び!と美術vol33_04 学び!と美術vol33_05 学び!と美術vol33_06

(A先生の実践から)