言語活動を支援する造形教育

今月のPhoto:すくい上げてから「ヨッ!」とハリセンボンに挨拶してみたのですが、私たちとは逆に、空気中ではよく見えていないのかも?(串本町)

今月のPhoto:すくい上げてから「ヨッ!」とハリセンボンに挨拶してみたのですが、私たちとは逆に、空気中ではよく見えていないのかも?(串本町)

 表現には、伝えたい対象者・受容者が必ずいることについて、以前に触れたことがあります。(Vol.32「幼い頃の小さな不思議体験」など)
 各地の研究会で「言語活動の充実」がテーマとなり、図画工作科や美術科が果たす役割について話し合うのを聞いていて、また、そのことが私の中で再燃してきました。美術教育における言語活動の充実を考えるとき、国語科の時間不足を補うような語彙力や文章力を支援するだけでは、美術教育の特性が生かされていない、また、理解されていないと感じられたからです。言葉遣いや漢字の誤りなど、言語の基本についての指導は、多くの教科で、また多くの場面で、すでに行われてきたのではないでしょうか。
 造形的な表現活動が、その特色を生かして言語活動を充実させるための指導と評価のあり方について、再考の必要がありそうです。
 資料「言語活動の充実と美術教育(PDF:174KB)」の中で示したのは、言語活動に関する国語科との連携についてです。文字が「茶」の部分は、言語力の基本学習から始まり、豊かな言語表現に至るまで、国語科に課された学びの構造です。ひらがな、カタカナ、漢字、イントネーションという多重構造をもつ日本語は、外国人にとって非常に難しい言語であると言われています。それは母国語として学ぶ子どもたちにとっても同じでしょう。その日本語の複雑さは、一方で多様な表現を可能にしているのですが、短歌や俳句として表現するのは、私たちにとっても簡単なことではありません。
 文字が「青」の部分の上段は、国語科と美術科が共有する語彙力など学ぶ段階を示しています。語彙の獲得は、多くのイメージや概念を提供し、思考や発想、推察などの能力を高めます。そして、美術教育には、独自の語彙があり、デザインやグラデーションなど、日常語として一般化しているものも少なくありません。

まなびと美術vol041_09

作品(1)

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作品(2)

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作品(3)

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作品(4)

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作品(5)

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作品(6)

 次の段で示した「赤」色の「主題意識の転換」が、今回の主題点となります。
 “上手に描けることより描くことを好きにさせる指導と評価によって、表現の機会が増えることを期待し、発想力を高めたり、表現力を上達させたりする”という、これまでの美術教育の教訓を生かすと、言語活動が充実するには、話そうとしたり、書こうとしたりする衝動を生む働きかけが大切ということになります。それには、話したくなる心情や書きたくなる情況を授業の内外で演出する必要があります。
 造形的な表現活動や作品は、その力を内包しています。
 表現の意図や作品ができるまでの苦労、そして、完成した作品には、伝えたい対象者や贈りたい受容者が、必ずいるからです。自己陶冶のために、自己満足のためだけに作品は表現される訳ではありません。仲間と価値観を共有したり、工夫のヒントを得たりしながら個々のセンスが形成され、他者の個性や置かれている情況を理解したり、思いやったりできる能力が育つと考えられます。
 授業の導入や表現の構想を練る主題意識の段階で、飾る場所や贈る相手を想定し、描いたり、創ったりしてみれば、子どもたちの中から言語活動充実の基礎となる“話してみたい気持ち”や“聞いてみたい心情”が起こると思われます。会話の少なくなった家庭に作品という石を投げ込めば、その波紋はコミュニケーションとなって広がるでしょう。

 そのような視点で見ると、参考になる作品を教科書にたくさん発見できます。そのいくつかを中学校の教科書から取り上げてみました。
 作品(1)を水彩額に入れると、枯れることのない「美」として、家族を玄関で迎えるでしょう。画用紙の大きさも飾りたい場所や壁面の広さで選ばせてもいいのです。
 作品(2)は、モダンな住宅の一輪ざしとして書棚を飾るのか、おじいちゃんへのプレゼントとしてセンスが生きるのか、その後が楽しみです。
 作品(3)は、廃品を宝物に変身させたのです。誰もが欲しくなります。「取って置きのプレゼント」として、誰に贈ろうか悩むところでしょう。
 作品(4)は、幼い妹や弟がいる生徒なら、材料をアクリル板にせず、和紙のような柔らかいものを選んだかもしれません。
 作品(5)(6)は、どちらが田舎のおばあちゃん家にお似合いですか。クリスマスを楽しみにしながら制作する生徒は、電話で話すことを思いながら、いつもより集中していたことでしょう。(5)を贈る相手は、お母さん以外に考えられないかな。

 人と人をつなぐのは言語ばかりではありませんが、造形作品からの他者へのアプローチがコミュニケーションを生み、言語活動が充実する素地を提供すると思いませんか。

導入事例Case30

中学校2年『素材を生かして光をアートする0』~生徒のつぶやきを拾う授業~(10時間)
日本文教出版2・3上「光の表現・光の演出」
*本題材は、独自の工夫を凝らして光の演出を創造する題材です。ベースとなるライト部分は技術科、家庭科で制作し、ランプシェードの部分を美術科で制作しました。

◎主な材料

  • 和紙、セロハン紙、はさみ、カッター、接着剤、針金、ペンチなど
  • 地域の野山で調達したアケビの蔓などの自然材
  • 家庭で不要となった容器やホームセンターなどで発掘した素材

◎導入の工夫

 導入では、太陽系や地球の誕生から光について話し始めます。地球と月の関係、昼と夜の光、透明な光には沢山の色が入っている事をプリズムや虹を例に説明します。
 どこからか小さな「つぶやき」が聞こえます。
 「そんな事どう関係があるの?」
 私はにんまりとし、生徒に変化球を投げます。
 「外国で落盤事故があって閉じ込められた事件あったね。光を失った33人が、ある日、助けの一条の光を暗黒で見いだした時、どんなだったろう?」
 繰り返し報道でされている映像を思い出します。光の果たす役割は、計り知れない事を認識することは難しい事ではありません。
 そこから、自分のつくりたい光はどんなものか、真剣に考え出すことを期待します。
 様々な材料に触れさせると、また「つぶやき」が聞こえます。
 「イメージは、こんなじゃないよな。色はどうする?」
 すでに自分の頭の中では、構想が生まれつつあります。
 ここでワークシートを配り、自分の考えを明確にさせます。
 記述から自らのイメージや決意、方法、材料、見通しがつくからです。
 この時の生徒の「つぶやき」も逃さず書き留めます。
 「大変だな。誰と材料を探しに行こうか。山にでも行って調達か?」

◎生徒のつぶやきを授業に生かす工夫

 私は、生徒から学ぶべきことが多いと考えています。
 生徒は表現のもととなる要素を「つぶやき」として発信しています。
 また、つまずき悩んでいることを気づかせてくれるのも「つぶやき」です。
 互いに認識を共有するために、他の生徒がひらめくために、そして教師が次の授業のヒントを得るために「つぶやき」をメモし、指導に生かそうとしています。
 彼らの小さな「つぶやき」は、千金に値します。

光をアートする01:「この流木の生かし方は?」

光をアートする01:「この流木の生かし方は?」

光をアートする02:「和紙って光をきれいにするのね!」

光をアートする02:「和紙って光をきれいにするのね!」

光をアートする03:「クラフトテープも捨てがたい!編み込みできるの?」

光をアートする03:「クラフトテープも捨てがたい!編み込みできるの?」

光をアートする04:「わりばしの重ね方の工夫は?ずらす?」

光をアートする04:「わりばしの重ね方の工夫は?ずらす?」

(K先生の実践から)


平安時代、皇位継承の闇

桓武天皇の治世

 平安京に新たな王朝を築いた桓武天皇の治世は、

「宸極に登りてより、心を政治に励まし、内に興作(新都造営)をこととし、外に夷狄を攘(はら)う。当年の費といえども、後世の頼みなり」

と、『日本後紀』が位置づけています。その営みは、平安京の造都と蝦夷征討、造作と軍事が多大な費用であったが、後世の基礎を築いたものだと評価されたのです。
 軍事は、志波(現盛岡市付近)をふくむ胆沢(現水沢市付近)地方を天皇の国家に取り込み、征夷大将軍坂上田村麻呂が802年から胆沢城を、翌803年に志波城を造営しました。投降した蝦夷の指導者アテルイは、陸奥に帰すべきとする田村麻呂の意見を無視して、見せしめとして処刑されました。現在その顕彰碑は田村麻呂が創建したと伝えられる京都の清水寺に建立されています。
 ちなみに征討軍10万は、当時の人口約600万人、うち兵役を負担する正丁(せいてい[律令制で二十一歳以上六〇歳以下の健康な公民男子])が約110万人とすれば、一度の軍事行動に全正丁の一割が動員されたことになります。これらの軍勢は坂東諸国からの徴兵と物資の徴発であったため、その疲弊は国家をおびやかしました。かつ長岡京と平安京の二度にわたる造都で諸国の正税の三割が費やされたと三善清行は指摘しています(意見封事一二箇条[914年に醍醐天皇に提出した政治意見書])。
 桓武天皇は、その重病が早良親王(追号[死後に生前の功績をたたえて贈る称号]して崇道天皇)の怨霊によるものとして苦悩し、心血をそそいだ造作と軍事を続行するか否かを、805(延暦24)年に渡来人の血を引く菅野真道と光仁天皇の即位に功績のあった藤原百川の子緒嗣に問い、中止を説いた藤原緒嗣の意見をいれて、蝦夷征討と平安京造営を中止しました(徳政相論[天下の徳政はいかにあるべきかを議論させること])。桓武は、この徳政論争の3ヶ月後、806(大同元)年3月に70年の生涯を閉じました。桓武の王朝は、天武王朝に代わり、平安京に新しい歴史を切り拓いたのです。

平城と嵯峨の確執

 桓武の子、安殿(あて)親王が即位し、第51代平城(へいぜい)天皇となります。平城は、同母弟の神野親王(のちの嵯峨天皇)を皇太弟にたてました。平城には、阿保親王や高丘親王がいましたが、母の身分が低いために皇太子に立てられなかったことによります。807年、伊予親王(桓武と南家藤原是公(これきみ)の娘、藤原吉子の子)が謀叛の罪で幽閉されて自殺しました。
 平城は、藤原種継暗殺に連座したとして自害した早良親王の怨霊に悩み、ここに伊予親王の自殺もあり、治世4年にして809年に弟の神野親王に譲位、上皇となります。嵯峨天皇は平城の子高丘親王を皇太子とします。
 譲位した平城は、藤原薬子をつれて平城京に行き、遷都をはかろうとします。ここで嵯峨は、薬子と兄藤原仲成を死に追いこみ、平城の企図を断ちます(薬子の変)。これは、『日本後紀』が「二所朝庭」と記したように、天皇と上皇が同等の権力をもっていたがためにおこったことです。このような問題は、孝謙・淳仁の対立による孝謙が重祚して称徳となったように、起こりうることでした。

嵯峨・淳和の下で

 嵯峨は、薬子の変で皇太子高岳親王を廃し、嵯峨天皇の異母弟大友親王(のちの淳和天皇)を皇太子とします。これは嵯峨に子がいなかったことによりますが、やがて正良(まさよし)親王(のちの仁明天皇)が生まれます。嵯峨は823年(弘仁14)に譲位し、大伴皇子が即位(淳和天皇)。淳和の後は嵯峨の子正良が仁明天皇となります。
 仁明(にんみょう)天皇は、淳和天皇が嵯峨上皇の娘正子内親王を母とする恒貞親王を皇太子とします。皇位の継承は、父子の関係でなく、伯父と甥の関係で展開していきます。
 こうした皇位継承は、嵯峨と淳和、淳和と仁明がお互いに牽制しあい、微妙な権力のバランスの上で営まれていました。ここには、薬子の変のような事態をさけ、権力の安泰をはかりたいとの思惑があったのではないでしょうか。こうした兄弟の相関図は、840年(承和7)に淳和上皇が、ついで842年に嵯峨上皇が亡くなったことで、崩れていきます。
 仁明天皇は藤原冬嗣の娘順子との間に道康親王(のちの文徳天皇)をもうけており、道康は皇太子恒貞より二歳年下でした。恒貞は、皇太子の座が父淳和の力によるものだけに、父上皇の死で皇太子たる場がゆらぎます。道康親王の母順子の兄藤原良房が権力をもつなかで、恒貞は孤立していきます。ここに伴健岑(とものこわみね)と橘逸勢(たちばなのはやなり)が恒貞を擁立し、東国で叛乱を企図しているとの謀叛が発覚します(842年 承和の変)。伴と橘らは逮捕され、その自白をもとに恒貞親王は皇太子の地位をうばわれ、道康親王が皇太子となります。事件後、藤原良房は大納言に、源信は中納言となります。さらに866年には、応天門が放火され、左大臣源信が犯人として訴えられます。しかし犯人は伴善男の子中庸(なかつね)が放火犯として告発され、善男父子が配流され、名門の伴氏は没落します(応天門の変)。事件後に源信は出仕しなくなります。事件は藤原良房の仕掛けた謀略ともいわれましたように、その権勢は大きなものとなりました。

父子の継承への道

 850年(嘉祥3)、仁明天皇が亡くなり、皇太子道康親王が即位(文徳天皇)。即位直後、良房の娘明子を母とする文徳の第四皇子惟仁親王が誕生します。皇太子は、第一皇子惟喬親王(母は紀名虎の娘静子)がなるべきを、良房によって惟仁とされました。858年(天安2)文徳の死で、惟仁が9歳で即位(清和天皇)します。ここに仁明・文徳・清和と父子の皇位が継承され、兄弟相続がもたらす皇位継承の抗争が回避されることとなります。かつ、父子継承は幼帝の即位をもたらし、外祖父藤原氏による摂関政治への道を開いたのです。
 このような王権を強化するには、桓武天皇が天壇の祭祀で固有の王権を主張したように、唐の皇帝になぞらえる措置がもとめられたのです。それはやがて天皇の服装を唐風にしていく作法となります。天皇は、聖武天皇が神にならう白い服をまとい中国風の冠をかぶり、儀式を営みました。この様式は、820年(弘仁11)以後、神事において今までと同じに白でしたが、元日の朝賀で中国皇帝にならい龍の模様がある服と冠をまとい、定例の朝儀や外交儀礼では櫨と紅花で染めた黄色に少し赤みのある黄櫨染(こうろせん)という皇帝にのみ許された色の服を着ております。いわば神事には神として臨み、中国皇帝の衣冠で政事を営んだのです。政治の唐風化により、王権を粉飾し、天皇の存在を輝かせていきます。そこには、天皇位をめぐる骨肉の争い、血ぬられた王権を唐様の帳で覆うことで、父子による継承の安定をはかろうと想いがあったのではないでしょうか。血まみれた王権の抗争は、政治的敗者の怨霊を跋扈(ばっこ[のさばり、はびこること])させ、御霊会(ごりょうえ[思いがけない死を迎えた者の御霊による祟りを防ぐための、鎮魂のための儀礼。御霊祭])を営ませることとなります。

参考文献

  • 川尻秋生『揺れ動く貴族社会』小学館 2008年
  • 吉川真司編『平安京』吉川弘文館 2002年


単元「現代社会の歩みと私たちの生活」の実践(第3学年)

※本実践は平成20年度版学習指導要領に基づく実践です。

 高度経済成長を経験した日本の歩みについて調べまとめていく活動の中で、自分たちの生活とのつながりに気づき、自分たちが生きる現代社会を見つめようとする思いを高めていく

1 目 標

  • 戦後以降の生活・社会の変化、現代社会の特色について、自ら問いをもって調べていこうとする。
  • 現代社会の特色について、戦後の歩みと関連させながら考えをまとめることができる。
  • 様々な資料から現代社会への歩みについての必要な情報を取捨選択し、調べていくことができる。
  • 現代社会の特色や、現代社会における文化の意義や影響についてとらえることができる。

2 「社会的事象から考えたり判断したりしたことを自分の言葉で表現する力を養う」につながる学習について

(1)学習の構想について

 「現代社会の歩み」は、歴史分野の最後の単元でも学習した内容であり、現代社会の特色や現代社会についての見方や考え方の基礎を養うことを意図する単元となっている。ここでは、為政者中心の政治・社会を中心とするのではなく、一個人・一般市民(公民)の立場・視点に立ってもう一度、現代社会の歩みをとらえていくことになる。当時の人たちの努力や技術革新などによって、国際社会での重要な役割を担うことになった日本の様子、また、現在、少子高齢化や情報化・グローバル化によって日々様変わりしている現代社会の有り様について考えていくのに、公民の導入としてふさわしい内容と言える。
 この単元は、現代社会への歩みやその特色をとらえる学習である。ここでは、公民分野を初めて学習する生徒に、今の自分たちの生活が戦後の人々の努力や社会の変化によって支えられていることに自ずと気付いていけるようにすることや、それらを含めた現代社会の特色を見つめていこうとする思いや構えがもてるようにすることが大切である。
 そのために、単に、高度経済成長や少子高齢化・情報化についての知識を身に付けるだけの学習にするのではなく、これらの内容を学ぶ必要性を生徒自身が感じながら出会っていけるような活動の場や時間を十分に保障していく。そこで、下記の3つの手立てをもとに、本単元の学習に取り組んでいくことにした。

  1. 調べ活動や話し合いの活動の必然性が生じる単元構成の工夫をしていく。
  2. 自分が関心をもった課題について調べたことをもとに、伝え合う活動を取り入れていく。
  3. この単元に対する自分の立場、考え・判断を明確にするための話し合いの場を設定していく。

 このような手立てをもとに、高度経済成長から考えたり判断したりしたことを自分の言葉で表現する力を養いながら、現代社会への歩みの意義や現代社会の特色を自分なりにしっかりととらえていくことができるであろう。さらには、以後の経済や政治、国際社会の学習への関心を高めていくことができると考え、この学習を構想した。

(2)学習計画と評価の構想 6時間計画

 

時 数

小単元名

評価する観点(◎は重点、○は可)

つかむ

第1時

今のくらしとどんな違いが?

(関)

(思)

(資)

(知)

 

第2時

くらしの移り変わりからみる高度経済成長

 

 

調べる

第3時
第4時

高度経済成長を経験した日本にとって良い点・悪い点は?

 

練る

第5時

自分が調べた高度経済成長による○○を比べてみると…

 

 

まとめる

第6時

自分からみて日本が高度経済成長を経験したことは…

 

(3)「社会的事象から考えたり判断したりしたことを自分の言葉で表現する力」のみとり方(どんな姿から何をみとるか)

Web実践事例中社vol01_6.jpg

 話し合いの中の発言、ノートにおける自分の考え、調べたことをまとめたプリントから

  • 事象と事象をつなげているか(第3時・第4時)
  • 事象の要因や影響について考えているか(第3時・第4時)
  • 良かった点・悪かった点を比較しているか(第5時)
  • 今までの知識・理解した内容を生かして自分の考えを論述・説明しているか(第6時)
  • 今の日本の社会や自分の生活とつなげているか(第6時)

3 学習の実際と考察

≪手だて(1)≫
 高度経済成長について調べたり話し合したりする活動の必然性が生じる単元構成の工夫

<今回の学習の単元構成>

  1. 今のくらしとどんな違いが?
  2. くらしの移り変わりからみる高度経済成長
  3. 高度経済成長を経験した日本にとって良い点・悪い点は?
  4. 自分が調べた高度経済成長による○○を比べてみると…
  5. 自分からみて日本が高度経済成長を経験したことは… 

 高度経済成長時の日本の変化を見つめる初めての視点として、「くらし」の学習をする。家庭生活という生徒たちにとっては身近に感じられる変化であるため、より関心をもって学習に向かうことが予想される。しかし、「社会の変化」や「国際社会との関わり」になると、自分たちの生活とはかけ離れたところの内容になってくるし、「くらしの変化」と同じ流し方ではマンネリ化が起きてしまうと考えた。
 そこで、考えたのが上記の単元構成である。この単元を貫くキーワードとして、「高度経済成長」を取り上げることにした。この成長の要因や意義ばかりでなく、この成長の良さや課題は何かを追求する2つのグループに分かれて調べまとめる活動を行っていくことにした。④では、高度経済成長の良さを調べたグループと課題を調べたグループの生徒たちが、自分のまとめたプリントや自分の言葉での説明で伝え合う活動を行った。高度経済成長の良さや課題をとらえた生徒たちが、(5)の時間には、高度経済成長の意義について自分の立場を言葉や文章で表現し明確にする場をもつことにした。
 同じ流れで授業が展開することがないため、マンネリ化が起こることもなくなった。また、クラスの半分の友達が自分の調べている内容を必要とするという展開に、自分のため友達に説明するためと必然性が生じる。そのため、高度経済成長による変化について真剣に向き合っていこうとする生徒が多く見られたことが、授業の発表やプリント・ノートの書き込みからも伺うことができた。このように、高度経済成長について調べたり話し合したりする活動の必然性が生じるような単元構成に工夫することは、今回の学習においてとても有効であると考えられる。

≪手だて(1)≫
 高度経済成長のよさや課題について調べたことをもとに伝え合う活動

 第2時の授業では、高度経済成長によって、くらしがより豊かに快適に変化してきた様子をとらえることができた。加えて、快適になるが故にゴミ処理の問題など課題が生じていることにも気付いていった。そんな生徒たちに、「高度経済成長を経験したことで日本全体にとって私たちの生活にとって良かった点、逆に悪かった点(課題)は、この他にもどんなことがあるのか」と投げかけた。
 そこで、第3時・第4時の2時間を活用して5・6人のグループを作らせ、その中で良かった点を調べる生徒と悪かった点を調べる生徒に分かれ、分担して「高度経済成長」の姿を見つめていくことにした。教科書や資料集から、良かった点・悪かった点になりそうな内容を意欲的に探し始めていった。

Web実践事例中社vol01_1.jpg

【良かった点】

【B子の悪かった点のプリント】

【B子の悪かった点のプリント】

【まとめのプリント】

【まとめのプリント】

【高度経済成長の良かった点として】

  • 工業の発展
  • 国民所得や余暇時間の増加
  • 外食の増加
  • 貿易拡大・黒字増加
  • 日本製品の品質の良さ
  • 海外への旅行客の増加
  • 環境に取り組む姿勢(法律や施設)
  • 多様な情報の取得
  • 世界の国々への援助国

 良かった点として見つけた社会的事象は何か、どうして良かった点として取り上げたのかを意味づけしながら、各自分プリントに文章や絵図を添付しながら分かりやすくまとめていった。また、調べ活動をしている際に、良かった点として挙げた事象の原因や影響になどについて問いかけることで、事象同士のつながりにも気付いていくことができた。例えば、「どうして海外旅行客が増えたのか」と問いかけてみた。「給料(国民所得)が増えたから」「旅行ができる余暇時間が増えたため」「海外に関する情報がたくさん入って魅力を感じたため」など、良かった点として挙げた事象をつなげて考える姿が見られ、ある生徒はこのつながりを矢印や線などでプリントに表すことができた。

【B子の悪かった点のプリント】

  • 公害などの環境悪化
  • 人口流入による過疎化・過密化
  • 外食が多くなったこと
  • 核家族世帯の増加に伴い、親子の会話減少・育児への不安
  • 少子高齢社会が進み、若い人の経済的な負担の拡大
  • 情報化社会が進み、ネット犯罪の急増
  • 黒字の拡大による貿易摩擦
  • 外国人への偏見

 悪かった点を調べていく内に、「昔のこと」ではなく今の自分たちの生活の課題となっていることに気付いていった。また、ある生徒は、外食が増えると家族の時間が減少につながるという理由から「外食が多くなったこと」を悪い点として挙げていた。さらに、公害などが起こったことで、今現在の私たちの環境への意識や取り組みは良い点と言える。だから、「公害などの環境悪化」は悪かった点とは一概に言えないのではないかと考える生徒も見られた。

【まとめのプリント】
 第5時の授業で、良い悪いの2つの視点からまとめたプリントを見せ合いながら、同じグループのメンバーやクラスの友達と伝え合う活動を行った。その際、次のプリントに良かった点・悪かった点が表となるようにまとめながら取り組むことにした。
 この伝え合いの活動の中で、良かった点にも悪かった点(課題)にも同じ事象が挙げられていたことに納得しかねて議論を始める姿が見られた。

○男子生徒たちによる「外食の増加」について議論になった内容

「色々な国とつながって様々な食材を確保できていて、おいしい外食を食べられるんだから良かった点にしたんだけど…」
「でも、外食増えたら家族の時間が減ることにならない?」
「外食って家族で行くときが多いんじゃないの?」
「そうとも言えないよ…」

○女子生徒たちによる「環境」について議論になった内容

「公害が起きたから悪かった点だよね。」
「でも、その悪かったことを反省して法律や施設が生まれているから、そこの部分ではいい点と言えるんじゃないの?」
「ええ?でも公害で亡くなったり苦しんだりしている人のことを考えたら、絶対悪かったてんだって。それにいくら法律や施設ができても、今だって環境悪化が止まらないじゃない。」
「それはそうだけど、みんなの意識の問題。環境を考えようとする人が増えたことはいいことだよ。」

 この2つの議論は、クラス全体でも取り上げ話し合いをもってみたが、それでも良い悪いを決定することなく、どちらともいえないという意見が多く出た。伝え合う活動の中で、このような議論が行われたことは、高度経済成長への自分の意見を持つのに大変有意義なものとなったし、何よりも自分の考えを言葉や文章で表現する場を多くもてたことも良かった。
 反面、課題も見られた。高度経済成長の○○を調べまとめるために、教科書や資料集、また問題集に付いている参考書をもとに、考えをまとめていった。全員が同じ資料から…では、「より多くの資料から選択して必要な内容を生かす力」が養えない。教師側からもより多くの資料を、また、生徒たちにも働きかけてより多くの資料をもってくるようにして、様々な資料から調べまとめられるような環境を作ることも今後取り入れていけたらと考える。

≪手だて(3)≫
 日本が経験した高度経済成長に対する自分の立場、考え・判断を明確にするための話し合いの場の設定

 日本が経験した高度経済成長に対する自分の立場、考え・判断を明確にするために、「自分からみて日本が高度経済成長を経験したことは…」という課題で授業を展開した。
 まず自分や友達の立場・考えが視覚的にとらえられるように、黒板にネームプレートを置くことにした。その後、どうしてその位置にネームプレートを置いたのか、自分の考えをノートにまとめ、話し合う時間をもった。

【3組の板書】

【3組の板書】

【1組の板書】

【1組の板書】

【高度経済成長を意義あるものととらえている意見】
 今の私たちの生活は、高度経済成長があったおかげで成り立っているものが多いです。なので、今便利なものが増えているのも、海外の交流があるのも、そのころの動きがあったからだと思います。その頃の悪かったことは、これからの私たちの意識で、良いことに変えることができるのではないかと思います。高度経済成長あってこその現代ではないでしょうか。

【高度経済成長を問題・課題のあるものととらえている意見】
良かった点は、たくさんあります。しかし、その良かった点の裏には、ごみの増加や少子高齢化が進むなど、悪かった点もたくさんあるからです。したがって僕は、日本にとって高度経済成長は微妙だと思います。

 このように、高度経済成長を意義あるものととらえる意見として、今の生活の豊かさやよさなどとつなげて説明している場合が多い。また、問題・課題が多いととらえている意見では、少子高齢化や環境悪化といった現在の生活でも未来においても取り組んで行かなくてはいけないことに触れて説明している生徒が多かったと言える。クラスによってばらつきがあるものの、良い面・悪い面両方を持ち合わせているのではないかという意見が多数を占めた。とはいうものの、悪かった面・課題に注目していた生徒も含め、全員が高度経済成長はとにかく経験できて良かったのではといった感想をもつことができた。その理由として、今の豊かな生活や他の国に誇れる国の基礎をつくってくれたことを実感することができたからだと考えられる。自分たちの生活が昔の人々の苦労や工夫、出来事などが重なって、築かれていることを改めて気付くことができ、歴史分野で学習した戦後の日本の取り組みの良さやすばらしさを十分に感じ取ることができた姿と言えるだろう。

4 成果と課題

 「高度経済成長を経験した日本の歩み」について調べ、話し合い、まとめていく一連の活動の中で、

「情報化社会」といった社会的事象の要因や影響を調べる中で、事象同士のつながりにも気付いていけたこと。
高度経済成長の意義ばかりでなく、その当時の人々の努力や頑張りに気付いたこと。
今の自分たちの生活とのつながりを改めて実感できたこと。
自分たちが生きる現代社会を見つめようとする思いが高まり、今後の公民の学習への関心が高まったこと。

といった、この単元でのねらいを達成することができた。これも、手立て(1)(2)(3)が、学習のプロセスで十分に機能し、調べ学習やまとめの学習において考えたり話し合ったりすることができたからと考える。さらに、高度経済成長の意義や意味を考えたり判断したりしたことを自分の言葉で表現する場を多くもったこと、1時間の授業の中で自分の考えをまとめさせる場を必ず設けたことで、「社会的事象から考えたり判断したりしたことを自分の言葉で表現する力」を養うきっかけとなれたことが大きな成果と言えるだろう。

 また、今回の学習で見えたこととして、4つの課題が浮き彫りになった。

 1つ目は、調べたり話し合ったりする活動の必然性が生じる単元構成を工夫することで、改めて1時間1時間の学習課題の大切さを痛感した。生徒たちに与える学習課題がその1時間にとっての指針となるようなものを常に考慮して提示できるようにしたい。欲を言えば、生徒たちの活動から学習課題が生じることを期待したい。
 2つ目は、前述した「より多くの資料から選択して必要な内容を生かす力」を養っていくことである。これは「社会的事象から考えたり判断したりしたことを自分の言葉で表現する力」を養い、高めていくための重要なファクターと言える力である。教師側からもより多くの資料を、また、生徒たちにも働きかけて、より多くの資料をもってくるようにして、様々な資料から選択し判断できる活動のための環境を作ることも、今後取り入れていけたらと考える。
 3つ目として、評価の仕方が挙げられる。思考・判断・表現がいくら客観的に評価しにくく、主観的になりがちとしても、(3)「社会的事象から考えたり判断したりしたことを自分の言葉で表現する力」のみとり方(どんな姿から何をみとるか)で挙げた内容をどこまで至ればA評価なのかB評価なのか具体性に欠ける面がある。今後は、より客観的な評価の仕方も考えていくべきである。
 最後に、「社会的事象から考えたり判断したりしたことを自分の言葉で表現する力」をさらに養い、高めていくことが大切である。今後の学習でも、単元構成の見直しや話し合いの場の確保、自分の考えや立場を表現させることを繰り返し行っていくこと、社会的事象への思考・判断・表現の積み重ねをしっかりとやっていきたい。
 今回の学習の成果と課題をしっかりと踏まえ、社会的事象から考えたり判断したりしたことを自分の言葉で表現する力を養うことができる社会科学習の在り方について、今後も模索していきたいと考えている。

協調学習

■ 大学発教育支援コンソーシアム推進機構(CoREF)

 大学発教育支援コンソーシアム推進機構(CoREF)とは、「小・中・高等学校の先生方に大学から生まれる新しい考え方を発信し、みんなで教育の質を高めること」及び「その目標に賛同する大学・機関でつくるコンソーシアムの活動を推進すること」の2つの目標の達成に向けて、2008年11月東京大学に設立された機構です。

■ 新しい学びプロジェクト

 現在五ヶ瀬町の呼びかけで全国9つの市町の教育委員会(和歌山県有田市、有田川町、広島県安芸太田町、福岡県香春町、熊本県南小国町、大分県竹田市、宮崎県宮崎市、国富町、五ヶ瀬町)が連携し、東京大学と「新しい学びプロジェクト~市町村と東京大学による協調学習研究連携~」を立ち上げて研究活動を行っています。
 具体的には、東京大学が進めている「協調学習」を国語科、社会科、算数・数学、理科の4教科で実際に授業でどのように使えるかを本年度と来年度2ヶ年かけて研究しようというものです。各自治体から1~3名の教諭を研究推進員として指名し、各教科毎のグループごとに実践研究を進めています。各自治体内での実践や広め方は、研究指定校方式、研修センター方式、市町研究テーマ方式等々それぞれ自由に行っています。

■ 協調学習

 さて、「協調学習」ですが、従来の学習指導方法では、教師はその時間に教えるべき情報を基本的に一斉に全ての児童生徒に伝えていました。その中で、板書の方法、設問の工夫、教材の工夫等々、または、グループ別学習、TT、少人数等々工夫を凝らしてきましたが、教える情報の全てを全ての児童生徒に伝えるという授業方法は従来から一貫した同じ方法でした。
 「協調学習」は、子どもたちの「学びあい」を中心として、習得、活用、探求の要素を取り入れた授業方法です。その時間の授業の内容にそって、3~4の資料を用意し、3つの資料であれば、全体をABC3つのグループに分けて、それぞれAグループにはAの資料、BにはBの資料、CにはCの資料とグループ毎に内容の異なる資料を提示し、児童生徒による学びあいにより学習させる(エキスパート)。次に、グループを入れ替えて、ABCから1人ずつの3人でグループを作り、それぞれ(エキスパート)で学習した内容を説明し合いながら、本時の学習内容を考え(ジグソー)て、最後に全体で発表(クロストーク)を行う、というものです。
 エキスパートの時間では、教師の児童生徒に対する一方通行の情報の提供から、児童生徒どうしによる学びあいによる学習が習得の効果をあげ、ジグソーの時間では学びあいによって深く習得された知識をいかに他の2人に分かりやすく伝えるかの工夫が児童生徒の活用力を促し、3人の情報をつなぎ合わせて本時の内容を考える時間では活用力と探求力が発揮されます。

■ 指導方法論「観」

 学校は、または教師は日々児童生徒に学力をつけるために、言い換えれば児童生徒の知識(情報)の習得率を高めるためにいろいろな工夫をしてきました。しかし一方、OECDの報告以降、児童生徒の能力「観」、学力「観」に変化を求められていることも確かです。いわゆる、知識習得型から習得、活用、探求型への変化です。
 一方その根底となる指導方法論が変わってきたでしょうか。知識習得に対応する知識伝達型から、習得、活用、探求の能力育成型に変化してきているのでしょうか。
 協調学習は従来の全ての情報を全ての児童生徒に伝える事を絶対視してきた指導方法論と認識を別にするものです。協調学習も新しい指導方法論の1つに過ぎませんが、指導方法論も新しい「観」への認識の変換が求められているのではないでしょうか。
 この9つの自治体による研究も半年を過ぎ、それぞれの研究員である教師は教科毎に普段はネットを利用しながら、定期的に東京大学等に集まり研究を進めています。来る2月10日(木)、11日(金)には福岡市において本年度の研究発表を行う予定です。日文の教育情報ロゴ

「赤い皿」 浜口陽三作

カラーメゾチント/24.5×51.5cm/1968年

カラーメゾチント/24.5×51.5cm/1968年

 赤い器に葡萄の房が横たわっています。葡萄の粒が一粒だけ、ぽつねんと宙に浮かんでいます。どこかで見たような光景なのに、卓上の静物がこんなに瞑想的に見えるのは何故なのでしょう。その秘密のひとつはカラーメゾチントのもたらす質感と色彩にあります。
 浜口陽三の用いた銅版画の技法をメゾチントといいます。鏡のように平らな銅の板を、縦横斜めに傷つけて、布目のような地を作ってゆく方法です。木版画とは正反対に、プレス機で刷った時には、傷つけたところに色が入ります。ビロードのような黒を表現するためには、表面が一面に滑らかな凹凸をもつまで、気の遠くなるほどの時間をかけて、銅板を細かく刻んでいかなければなりません。
 メゾチントは、もともと西洋で油彩画の複製等に用いられた印刷技術でした。19世紀に写真技術が発明されると、ほとんどすたれてしまいましたが、20世紀に入ると、今度はこの黒に魅かれて、版画家たちが芸術表現として復活させます。その一人が浜口陽三です。彼は、モノクロの世界に飽き足らず、赤、青、黄、黒の4色の版を作って刷り重ねるカラーメゾチント技法を開発しました。
 「赤い皿」では、背景と手前のテーブルが、濃淡の異なる黒で表現されています。銅板を彫る最初の作業を目立てといい、この作業の密度によって色の濃淡を調整します。濃い黒も淡い黒も、どちらかというと柔らかい質感を帯びています。メゾチントでは、他の技法では出せないほど濃厚な黒を表現することが可能ですが、浜口はあえて目立ての回数を減らし、「光を宿す闇」を表現しました。
 もうひとつの特徴として、この黒は一色ではなく、黄、赤、青が微量に混じり、ニュアンスに富むことが挙げられます。黒だけではありません。彼の色彩は透明で鮮やかですが、必ず陰影や翳(かげ)りが混じっています。「赤い皿」では、葡萄は一粒ずつの存在の重みを表すかのように翳(かげ)をもち、皿に透けて赤に染まり、闇に置かれてそれ自体が微光を放って見えます。
 寡黙な作品なのに、静かに見入るといつの間にか時間が経ってしまう、そんな銅版画です。

 (ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション 神林菜穂子)

 

ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション ico_link

  • 所在地 東京都中央区日本橋蛎殻町1-35-7
  • TEL 03-3665-0251
  • 休館日 月曜日(祝日の場合は翌火曜日)、展示替期間、夏期冬期休館

<展覧会情報>

  • 浜口陽三展「カラーメゾチントの魅力」(メゾチントの冒険Ⅱ)
  • 2010年10月5日(火)~12月12日(日)

展覧会概要

  • 浜口陽三の開拓したカラーメゾチント技法の不思議を紹介する展覧会の第二回目。基本的なしくみの解説をまじえ、所蔵品から浜口陽三のカラーメゾチント作品を中心に約60点を展示します。カラーメゾチントの体験教室や実演会もあります。
    ※浜口陽三の「赤い皿」も出展されます。

<次回展覧会予定>

  • 南桂子生誕100年展 きのう小鳥にきいたこと
  • 2011年1月9日(日)~3月21日(月)

その他、詳細はミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクションWebサイトico_linkでご覧ください。