ライフ-いのちをつなぐ物語-

(C)BBC EARTH PRODUCTIONS (LIFE) LIMITED MMXI.ALL RIGHTS RESEVED.

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 イギリスのBBCは、「ディープ・ブルー」や「アース」など、すぐれたドキュメント映画を作り続けている。このほどの映画は「ライフ いのちをつなぐ物語」(エイベックス・エンタテインメント配給)だ。
 地球には、500万種もの生き物がいるという。つまり、500万通りの生き方がある。映画は、そのほんの一部だが、動物や植物たちのさまざまな生態を描いて、飽きない。ひたむきに生きるために活動する動物たちの生態からは、いったい「いのち」とは何かを、深く、考えさせられる。子のいのちを守る親の生態は、ひょっとして、人間よりも優れているのではないか、と。
 冒頭は、南極ロス海。ウェッデルアザラシが出産する。天敵はいない。春とはいえ気温は零下30度。風速30メートルもの強い風が吹く。母は風から子を守り、魚をとるために、氷を破って、子とともに海に潜る。

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 コスタリカのリモン州。イチゴヤドクカエルは、おたまじゃくしの赤ちゃんを背中に乗せて、10メートルもある高い木に登る。赤ちゃんの数だけ、木に登り、水滴のある葉のくぼみに運ぶ。えさは、母親の無精卵だ。
 コンゴのモンティカ。密林に住むニシローランドゴリラは、一見、子供の世話をしないように見える。父ゴリラは、周囲に気を配り、叫び声をあげることで、縄張りを守り、子供たちを守っている。
 ケニアのアンホセリ。アフリカ象に赤ちゃんが生まれる。生まれてすぐ、親たちと、水を求めて歩く。湿地帯でおぼれそうになる赤ちゃん象を救うのは、おばあちゃん象だ。
 そう、親たちがしっかりと子を守っているのだ。
 生きるために、どのように食べるものを調達するのだろうか。道具を使うサルもいる。
 アルゼンチンのグランチャコ。ハキリアリは毎日、草を噛みきり、みんなで巣に運ぶ。草は食べない。草の発酵を利用してキノコを作るのだ。発生した炭酸ガスは、巣から地上に通じる換気口に出ていく。
 エチオピアのシミエン山地。ヒゲワシは、他の動物の食べない骨を食べる。固い骨をくわえて、岩場に落とす。うまく割れないこともある。何度も何度も、岩場に命中して骨が割れるまで、繰り返す。
 ブラジルのボアビスタ。フサオマキザルは、ヤシの実の皮を口で剥き、乾燥させた後、石を使って、実を割る。道具を使うのは人間だけではない。子ザルは大人の真似をして、うまく割れるよう、訓練をしている。
 ユーモラスなシーンもある。マダガスカルのアンダシベ。カメレオンがカマキリなどを捕獲する様子が描かれる。秒速15メートルというスピードで舌を延ばし、虫たちを捕らえる。
 アメリカのノース・カロライナ州。ハエジゴクは、甘い蜜をハエに吸わせ、パクッと捕らえる。もっとも、蜜をハエに吸わせ、花粉を運んでもらうことで、ハエジゴクは種を保っているのだが。

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 生き延びるための智恵者もいる。
 ケニアのルキンガ。トカゲに追われても、逃げ延びる道をふだんから整備しているのがハネジネズミ。逃げ延びる様子は、けなげで可愛い。
 ベネズエラのロライマ山。オリオフリネラの天敵はタランチュラ。襲われそうになると、小石のように体を丸めて、高い所から落ちていく。
 キリスト・トカゲといわれているバシリスクは、水の上を優雅に飛び跳ねる。
 種を残すために、いのちは、いろんな形で受け継がれていく。圧巻は、南太平洋、トンガのザトウクジラ。雌のクジラは尾をバタつかせ、海ににおいをまき散らす。雄が集まってくる。逃げる雌、追う雄たち。40トンもある体をぶつけあって、雄たちは戦う。勝ち残った一頭が、雌とともに泳ぐ。
 生きとし生けるものは、自然にうまく適応し、天敵と戦い、子を守り、愛する。そして、弱肉強食のなかで、いのちを守り続け、新しいいのちを育んでいる。
 いのちとは何か。映画は、ひとりひとりに、いのちの意味を問いかけてくる。

2011年9月1日(木)より、TOHOシネマズ日劇ico_linkほか全国ロードショー

■「ライフ-いのちをつなぐ物語-」

監督・脚本:マイケル・ガントン&マーサ・ホームズ
製作:マーティン・ポープ&マイケル・ローズ
製作総指揮:アマンダ・ヒル、ニール・ナイチンゲール、ジョー・オッペンハイマー、マーティン・フリーマン、マーカス・アーサー
音楽:ジョージ・フェントン
編集:デヴィッド・フリーマン
2011/イギリス/35mm/ビスタサイズ/ドルビーデジタル
原題:ONE LIFE
製作:BBC Earth Filems 
配給:エイベックス・エンタテインメント


教師の指導力をどう高めるか

■ 緊急課題としての指導力向上

 学校を支える教師の指導力の重要性が改めて強く認識されるようになっている。理由は二つある。
 第一は、新学習指導要領の完全実施である。そこで求められているのは、単なる知識や技術の伝達ではない。生きる力を育てる学校が目指されるのである。基礎・基本の徹底と同時に、主体的に学び学習を自ら展開していく力の育成が求められている。社会の信頼に応える学校づくりには教師の指導力が欠かせない。そこでは高度の指導力が要求される。教師の指導力をどう向上させるかが緊急の課題となる。
 理由の第二は、こうした動きについていけない、指導力不足の教師への対応という課題である。
 効果的な取組のためには、まず、いま求められる教師の資質能力を明確にする必要がある。
 平成19年7月の文部科学事務次官通知「教育職員免許法及び教育公務員特例法の一部を改正する法律について」には、指導力不足に関して次のことが示されている。

①教科に関する専門的知識、技術等が不足しているため、学習指導を適切に行うことができない場合。
②指導方法が不適切であるため、学習指導を適切に行うことができない場合。
③児童等の心を理解する能力や意欲に欠け、学級経営や生徒指導を適切に行うことができない場合。

 裏を返せば、これこそが、いま求められる教師の指導力ということになる。こうした指導力をどう向上させるか、各学校における教師の指導力の実態を分析的に捉え、その改善・充実のための効果的な取組を施策に位置づけ、実施に移すことが求められている。

■ 求められる組織的な対応

 教師の指導力に関して問題の生じたA小学校の場合である。B教諭の担任する学級では、学習規律が確立されず、雑然とした雰囲気の中で学習活動が行われるようになった。やがて学習活動に加わらない児童が4、5人になり、そのことに対し保護者から強い批判が寄せられた。保護者の抗議を受け、その解決に向け、校長はB教諭への直接の指導を開始した。
 ここにはいくつかの問題点がある。
 第一は、保護者の批判を招くに至るまで、事態の把握、改善のための有効な対応が遅れている点である。第二がB教諭に対する組織的な対応体制の不備の問題である。第三は、全教師の指導力向上のための、日常的な研修体制の確立の問題である。
 対応の重点は三つに絞られる。
 第一は、指導改善に機能するPDCAシステムを確立し、教育活動を組織的に評価点検し、保護者と課題を共有して改善に取り組む体制を確立することである。
 第二は全教職員の間で指導向上を図る、そのための研修体制の確立である。
 第三は管理職を中心に、指導力に課題を抱える教師に対し指導助言を行う重層的な体制の確立である。
 全校体制の中で、いま児童生徒につけようとする力を明らかにする。目標実現のための指導組織を整備し、目標実現に向けて全教職員の力を統合し保護者と課題を共有する。課題解決に向けて取組を進める中で、教師の指導力向上を図るのである。各学校に求められるのは、全教師の指導力向上に着目するPDCAすなわち計画→実践→評価→改善を根底に置く取組であり、その取組を支える校内研修の実施である。

■ 指導力向上のための創意を生かした取組

 平成23年1月、中央教育審議会<教員の資質能力向上特別部会>における審議経過報告「教職生活の全体を通じた教員の資質能力の総合的な向上方策について」が公表された。
 ここでは、現職研修について、これを支援する方向で改革を進めることが基本方向として示されている。その実施内容・方法については、個別的・協働的な学習をより重視する方向で見直しをすることが重要とされている。
 これからの教育を担う教師に対しては、授業力とともに様々な教育課題に適切かつ柔軟に対応できる力量を備えるよう支援していくことが必要になっている。
 高度の指導力を身につけさせる仕組みを整えることは相当な難題である。というのも、近年、教師の生活が非常に多忙になっているからである。まず、教師がそうした指導力を向上させるための余裕をつくりだす努力が重要である。同時に多様な研修の機会を整備することが求められる。
 「審議経過報告」では、教育センターや身近な施設に対し、カリキュラム開発や先導的な研究の実施、教師が必要とする図書・資料等のレファレンス・提供などを行うことにより、教師の教材研究や授業研究、自主的研修を支援することを求めている。各学校、教育委員会、関係機関等が連携して、こうした教師への支援体制を整えることが強く期待されている。
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20世紀初頭の東北像

時の敗者東北

 『将来之東北』は、第1章「総論」で、まず戊辰の敗北で旧藩以来の諸産業が衰亡したと「明治維新と東北」で論じ、国家が東北を敵対者とみなす「国家と東北」の関係を問い、「東京と東北」で地方産業を取りこむ大阪に対して政治的消費都市にすぎない東京が東北の市場でない現状を告発し、「横浜と東北」で海外市場の活躍する横浜に東北の産物への保護奨励を期待し、さらに北海道、満洲・韓国から北米へと東北の活路を広げるべしと「北海道と東北」「満韓と東北」「北米と東北」で論じます。ここには、東北の産業を育成し、日本から世界へと飛翔していくことで、東北振興の活路を見いだしたいとの思いが読みとれます。しかし、その東北の現状は、戊辰敗残により、「衰退より滅亡」へと歩んでいると、第2章「現在の東北」で厳しく糾弾されます。

東北の現状

 東北は、「気候の寒冷」にもかかわらず、「農は主として暖国地方より輸入せる作物」にたより、中央山脈の分断で「地理の不統一」、地形による「陸上交通の不便」「東北人は海を視て地獄と為」すがために「海上交通の不便」であるがため、「自から蒔き自から刈り、自から織り自から衣る、是れ東北人の生活法」と、「自給自足」がもたらした「東北社会の単純」を説き、その社会を厳しく論難してやみません。
 産業経済の弱さは、「東北に産物あれども商品なし」「東北の商人は輸入商のみ」「東北は行商の蹂躙する所となれり」「東北には通商発達せず」「東北の事物は摸倣的なり」と、慨嘆されます。敗残の意識は、「家屋の構造は西南に倣へり」「衣服の制も西南に倣へり」「履物の制も西南に倣へり」「食物の制も亦西南に倣へり」「東北人は西南に学んで西南に抑制せらる」「神も仏も西南にあらざれば尊ばず」「名所古跡亦西南にあらざれば賞美せず」と、「西南」日本への劣等感が糾弾されています。その暮らしは、「東北人は火を濫用せり」と火事の多さの告発となり、「東北人は薪炭料の為めに半歳を費す」「東北の自然物は一も利用せられず」となし、「東北の貯蓄は消極的にして物品貯蓄なり」と。
 東北人の性格は、旅行で知見を広めることもない様を「東北人の旅行は徒労なり」とされ、己の小天地にこだわるので「東北人は内に争ふて外の争はず」、「勝者」の位置に立つことのない「東北の歴史は徹頭徹尾失敗の歴史」と位置づけ、敗者のために「東北人は内弁慶にして外味噌なり」で、その現実を直視しないがために「東北人自から其生活の困難なるを知らず」、自給自足的社会の下で「東北人は信用の重んずべきを知らず」、人格の観念乏しく「東北人は人格概して低し」とみなされています。かつ「東北の言語は交際語にあらず」となし、大地主の制圧で「東北にては富者貧者を利害を異にす」「東北人は共同の利益を知らず」、ために「東北人は公共の為めに尽せし人を表彰せず」、「屈辱の文字のみを日本史に留むるは、実に東北の一大恨事」とみなし、「東北には東北の歴史なし」との思いが「東北人心の振はざる」一因だと。
 東北振興に取り組んできた思いが強い半谷は、笛吹けど踊らぬ人心をして、この激しい東北と東北人への糾弾をすることで、東北覚醒をはかろうとしたのです。この言は、現在聞くと、東北差別とみなすものもありましょうが、「白川以北一山三文」とうそぶいた岩手県出身の総理、「平民宰相」原敬の心意にも通じるものでした。ちなみに原は、半谷の求めに応じ、「労働者はなまけ放題、資本家は濡手で粟主義,斯る実況で東北の社会が進歩し発達しやう筈はあるまい」、との厳しい「談話」をよせています。

明日の東北への思い

 ここに半谷は、このような東北の現状を打開すべく、「将来の東北」像を思い描きます。その第1は、「東北は東北の特性を発達せざるべからず」と、「天然の差異あるを知らず」に「南方に学び、南人に倣ひ、唯南方を摸倣」してきたが、今日求められるのは「東北は東北の特色は如何の点に存するかを研究してその特色を発揮する」「東北は東北自然の大法に則りて進歩発達する所以の道を講せざるべからず」と、「東北自身を研究調査し、其の天然の特色を発揮し特性を発揚」し、「国家富強の主要部分」となる方策を問います。その提言は、稲藁の活用、酒造米となりうる米質をさらに改良し、良酒のみならず、菓子となすなどの工業原料への道を講じ、養蚕の拡張、造林業、牧畜業、果樹栽培、鉱業などの振興を力説しております。その営みは、米作、牧畜、果樹などにみられるように、現在も東北の主要な産業となっています。
 かつ水力、雪、寒気の利用に言及し、東北の自然環境の活用に言及します。空気の乾燥と夏期の清涼は、衛生的にもすぐれており、温泉施設とあわせれば、最適のリゾート地になりうる。しかも山野海岸に自生する「野生植物」は、東北人の自給自足をささえてきたが、これを活用すれば新しい産業を可能とすると力説しております。
 ここに半谷は、「東北の衰頽を回挽界して新生面を開かんと欲せば須らく先ず東北の短所長所は何れの点にあるかを明らかし更に進んで其の本領如何を解釈する」、東北研究のための「東北会」の組織を提言します。この「東北会」は、「東北人自からの任ずべき」もので、東北出身の「思想家経験家等を網羅」したもので組織されねばなりません。この思いは、東北人の手で、東北振興をとの強き志を吐露したものです。
 しかし、このような「東北会」への思いは、1913(大正2)年7月の原敬日記をみれば、渋沢栄一・益田孝・岩崎久弥らの財界人による東北振興会へと変質していきます。東北振興会は、会員を実業家に限定し、産業振興と福利増進を目的となし、まず東京で計画を立て、それから地方の賛同をえるというものでした。それは、東北人による東北振興策を説いた半谷の主張とは異なるものですが、「後進地」東北の振興なくして、国力の充実はありえないとみなす東京の大ブルジョアジーの危機感の表明にほかなりません。
 19世紀初頭の東北論は、現在読みなおしたとき、何を問いかけているでしょうか。いまだ復旧すらままならず、復興への道程すらも提示できない状況下、半谷の厳しい東北論を見つめ直し、新生東北論を提起したいものです。そこでは、東北の声から明日の東北像を提起すべく、東北を場とする歴史の読みなおしが求められましょう。そのためには、国家の目ではなく、東北という大地から明日を思い描く精神の活力たりうるものを己の内なる世界に見い出せるか否かが問われているのではないでしょうか。

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『将来之東北』復刻版
半谷清寿 著
1977年 モノグラフ社 刊
(1906年9月7日 初刊)

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『講談日本通史』
大濱徹也 著
2005年 同成社 刊


東日本大震災で どんな教訓を残せばよいか

■ 16年前の教訓

 3月11日。日本は千年に一度の甚大な被害を受けた。社会全体はもとより教育界でもこれまでに積み重ねてきたマニュアル学習がいかにもろかったか、痛感した。既習の知識が役に立たなかった。
 ある小学校での悲しい出来事がシンボリックである。学校は地震に対する避難訓練を繰り返していた。
 教師は子どもたちを校庭に並ばせ、点呼を取っている。確認してから避難をした。ここまではマニュアル通りである。学校側に瑕疵はない。しかし、残念なことに多くの尊い命を亡くしてしまった。
 「とにかく裏山に逃げろ」とか「沖に出ろ」といった学校の子どもや漁師は生き延びている。言い伝えにしたがった「とっさの判断」が命を助けている。経験則が有効であった。

 16年前の阪神大震災では教育界に二つの教育的遺産を残している。
 一つは、ボランティアという言葉を定着させたことである。それまで特別な活動と捉えがちであったボランティア活動に市民権を与えたのである。ここからボランティア・コーディネーター、ボランティアセンターという言葉が生まれている。
 二つ目は、「トライ・やる・ウィーク」の提案である。「トライ」はTRYの試みるとトライアングル(三角形)を掛けている言葉である。大地震のとき、学校・地域・家庭のトライアングルでお互いが試行錯誤しながら支え合った体験がある。
 「やる」はとにかくがんばろう、とにかくやってみようと活動を促している。「ウィーク」は活動は中途半端ではだめである。効果を上げるには一週間程度の活動期間が必要だという、主張である。
 具体的な活動として兵庫県から中学校二年生全員を対象にした職場体験活動が始まったのである。
 職場体験活動は、働く場所の確保が大切である。学校は探すツールを持っていない。そこで地域の人のネットワークを借りながら職場を探す。活動も2、3日間ではやっと慣れ始めた時に終わってしまう。それが4、5日目に入ると生徒たちは生き生きしてくる。
 この活動には不登校の生徒も参加している。三分の一の生徒は活動後学校に復帰したというデータもある。この成果が評価されて全国的な規模で中学校における職場体験活動が広まっている。

■ 何を残せばよいか

 学習は大きく分けて二つある。
 一つは「状況」学習といわれる。「こうしたときはこうすればよい」というルールや法則を学ぶ。
 もう一つは、トライ・アンド・エラー(試行錯誤)の学習である。ルールや法則ではないが、いろいろ試してみるうちに身に付ける学習方法である。
 人間の成長にはこの二つの学習方法は欠かせない。車の両輪である。しかし、今回の東日本の大震災を体験すると、「状況学習」のもろさが浮き彫りになった。残念ながら想定内のマニュアル学習が力を発揮しなかった。
 それよりも、「この風向きならば、こちらに逃げた方がよい」「少しでも高いところに逃げろ」という漁師の経験則(知恵)のほうが命を救ったのである。
 「記録」(知識)は大切である。しかし、とっさの判断は体験による「記憶」(知恵)に支えられるのではなかろうか。
 これからは、記録をベースにしながらもどんな知恵が有効か、そして知恵をどう伝承していくか、の活動が必要となるであろう。
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「彼岸花」 香月泰男作

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クレヨン、墨/色画用紙/52.3×31.5cm/1962-67

 花瓶に生けられた彼岸花が描かれています。これは自身の従軍と抑留体験をもとにした、「シベリヤ・シリーズ」で知られる画家、香月泰男の作品です。
 1947年(昭和22年)の復員後まもなく、香月はシベリア関連の絵画を描き始めましたが、2年ほどで制作を中断します。その後約10年にわたり、シベリアを表現するのにふさわしい様式を求めて、試行錯誤を重ねました。そして、方解末(日本画の顔料)を混ぜたイエローオーカーの下地と、木炭の粉末を用いた黒色の絵の具からなる、香月独特の様式を確立させ、本格的に「シベリヤ・シリーズ」に取り組むのです。
 油彩画においてこの様式を完成させた時期、香月は水彩画でも独自の技法を生み出します。香月自身が「着色素描」と呼んだ墨を使用したスタイルで、『彼岸花』もこの方法で制作されました。最初に、モチーフの重要な部分をクレヨンで着彩します。続いて薄めた墨を刷毛にふくませ画面全体にのばした後、棒状の墨を用いて細部を描き込んで完成させます。花弁や茎、花瓶に見られる鋭い線は墨の角で引き、花瓶が置かれた台の模様は、墨の平らな面を押し付けるように使って表現しています。
 香月はモチーフの特徴を瞬時に見抜いて、薄墨で湿らせた画面が乾かないうちに、一気に作品を仕上げました。1枚の水彩画を描くときであっても、自らの持つ技術の全てをつぎ込むように真剣に取り組む姿勢は、香月が大切にした「一瞬一生」の境地につながっています。

(香月泰男美術館 学芸員 中野淑恵)

■香月泰男美術館ico_link

  • 所在地 山口県長門市三隅中湯免226番地
  • TEL 0837-43-2500
  • 休館日 火曜日(祝日の場合は開館、翌平日休館)

<展覧会情報>

  • 生誕100年 香月泰男 欧州遊学スケッチ展Ⅱ
  • 2011年6月24日(金)~9月19日(月)

展覧会概要

  • 香月泰男が1956年秋から約半年間に及ぶヨーロッパ旅行の際に持参したスケッチブックに残る作品群を、2011年の香月生誕100年を記念し、5回に分けて初めて公開しています。
    第2回目となる本展では、スペイン各地やパリ、ローマで描かれた作品を展示します。

<次回展覧会予定>

  • 生誕100年 香月泰男 黒への確信-シベリヤ里帰り展-
    (同時開催)欧州遊学スケッチ展Ⅲ
  • 2011年9月28日(水)~11月28日(月)

その他、詳細は香月泰男美術館Webサイトico_linkでご覧ください。