ニッポンの嘘 報道写真家 福島菊次郎90歳

(c)2012『ニッポンの嘘 報道写真家福島菊次郎90歳』製作委員会

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 写真家、福島菊次郎さんは、1921年3月生まれだから、91歳になる。今なお、現役の写真家である。
 映画「ニッポンの嘘 報道写真家 福島菊次郎90歳」(ビターズ・エンド配給)は、戦後すぐから、広島の原爆被災者の記録、東大の安田講堂事件、自衛隊の潜入取材、三里塚闘争、公害問題などの現場を撮り続けている福島さんの「今」を追いかける。戦後日本の、いわば負の部分を活写した福島さんの歩みも合わせて、まことに迫力に満ちたドキュメントだ。
 映画は、2011年の9月、「9・19さようなら原発」のデモから始まる。90歳の福島さんが、シャッターを押す。
 福島さんは、フォトジャーナリスト学校で、若い人たちに語る。「問題自体が法を犯していれば、カメラマンは法を犯してもかまわない。そういう状況を発表するのは必要、映像に関わるカメラマンとして写すべき」と。
 福島さんは、敗戦直後から、25万枚以上の写真を撮っている。そして、自らの歴史を語り始める。
 かつての戦争では、新聞ジャーナリズムはこぞって国の体制に協力した。反戦を唱えて、新聞社を辞めた気骨あるジャーナリストも、少数だが、存在した。
 昭和の作家たちも、戦争に関しては、黙ってはいなかった。野間宏、梅崎春生、中野重治、大岡昇平、五味川純平…。
 福島さんは、写真家として、反骨、反戦を貫き続けている。少数どころか、いまや孤高のジャーナリストかもしれない。

(c)2012『ニッポンの嘘 報道写真家福島菊次郎90歳』製作委員会

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 1951年、福島さんは、広島の被災者である中村さんと出会う。中村さんは、奥さんを原爆症で亡くし、6人の子供を育てている。中村さんは言う。「私の写真を撮ってくれ。ピカに出会ってこのざまだ。このままでは死にきれない。仇を取ってくれ」と。1961年、中村さん一家の10年を記録した写真集「ピカドン ある原爆被災者の記録」が世に出る。
 福島さんは語る。「中村さんが種をまいてくれて、それが木になっていった。社会の不正義に対してカメラを向けさせ始めたのは中村さんだった」。
 アメリカの原爆傷害調査委員会が、日本でどのような調査をしたのかの実態が明かされる。多くの被災者の血液を採血する。レントゲン写真を撮る。人体解剖は5千体を超える。
 瀬戸内海に浮かぶ祝島。1982年、中国電力は原子力発電所の建築計画を発表する。祝島の対岸近く、上関町だ。漁業権を売り渡した漁協もあるが、反対運動は今でも続いている。2009年以降、福島さんは、写真を撮り続けている。
 瀬戸内海の島々も撮影した。徳山湾に浮かぶ仙島にある戦争孤児施設だ。子供たちに、戦争中と同じように「報恩感謝」「無我献身」を説いている。
 60年代、安保闘争が始まる。福島さんは、学生たちの反体制運動を支持する。学生たちの叫びを、現場で撮る。「カメラの中立性なんてない。危ないところに入らないと“報道”というのはできない」と福島さんは考えている。
 1966年、新国際空港の建設反対運動を取材する。「俺たちは主権者」という老人たちに、福島さんは感動する。機動隊による強制代執行で、農民放送塔が破壊される。成田国際空港は、1978年に開港する。
 1967年から3年間、福島さんは、自衛隊と兵器産業の実態を撮影する。PRのためと偽っての取材で、撮影禁止の場所の隠し撮りも平然と行う。自衛隊のチェックを受けずに作品を発表する。当然、圧力がかかるが、福島さんはたじろがない。事実、福島さんは暴行され、家に放火されている。
 広島は、ずっと撮り続けている。1978年には「原爆と人間の記録」を刊行、写真展も開催する。
 高度成長の歪みとも言える「公害」を撮り、昭和天皇の戦争責任についても問いかける。

(c)2012『ニッポンの嘘 報道写真家福島菊次郎90歳』製作委員会

(c)2012『ニッポンの嘘 報道写真家福島菊次郎90歳』製作委員会

 いま、福島さんは、山口県柳井市で、愛犬のロクとひっそり暮している。まさにたまかな暮しである。スーパーで買い物をし、自炊する。バイクに乗り、補聴器屋さんに出入りする。国の年金は拒否している。
 昨年3月の地震と津波。昨年9月、福島さんは、福島県南相馬市の原発20キロ圏検問所や飯舘村を取材、撮影する。福島さんは思う。「今のフクシマがヒロシマに重なる」。
 監督の長谷川三郎さんは、ドキュメンタリー作家。映画の冒頭で、37キロしかない福島さんをおぶって階段を昇る。福島さんは軽いが、その仕事、人生の意味は、とてつもなく重い。

2012年8月4日(土)より
銀座シネパトス、新宿K’s cinemaico_link広島八丁座ico_linkほか全国順次ロードショー!

『ニッポンの嘘 報道写真家 福島菊次郎90歳』公式Webサイトico_link

監督・脚本:長谷川三郎
朗読:大杉漣
撮影:山崎裕
録音:富野舞
編集:吉岡雅春
スチール:那須圭子
プロデューサー:橋本佳子、山崎裕
製作:Documentary Japan. 104 co ltd
制作プロダクション:Documentary Japan.
2012/日本/114分/カラー/デジタル
配給:ビターズ・エンド


時代のなかで…

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 書いた文字に対して上手・下手という言葉をつかう。あえてちがいをいうならば、そこに心をそえて書いたかどうかである。心をそえるとは、誠実に落ちついた気持ちで筆記用具を手にとり文字を書くことである。
 生涯現役で百歳の天寿を全うされた新藤兼人映画監督は、シナリオを書くとき原稿用紙に向かって「鉛筆で紙に文字を書き刻んでいく」といっておられた。
 うれしい、悲しい、ありがとう、じんわりと湧きでてくる感情を紙に向かって自分の手で書き刻んでいく。そんな折々に書いた文字は、そのままの意(こころ)を紙の上からすごい力で発散してくれる。時間を経ても、その文字から何かが伝わってくる。
 東京原宿の歩道橋で、携帯電話を高く掲げてビルの屋上に建つめずらしい看板を写している女子学生に出会った。と同時に、句をよんで携帯電話にプッシュしていた。私は感動してインタビュー(笑)してみた。女子学生は「携帯電話は私にとって昔の人がよんで書いた短冊のようなものでしょうか」といった。「短冊」という言葉が女子学生の口から語られたことに私はとびあがるほどうれしかった。有り難い気持ちさえした。その時もう一押し滑舌よろしき大阪のおばちゃんになって「家に帰ったら、携帯電話にメモった『マイポエムイン原宿』を紙に肉筆で書いてみてください」といえばよかった。わかれた後でいわなかった自分を悔いた。
 戦場カメラマン渡辺陽一さんは、子ども時代に人生の師と仰ぐ先生から「速くなくていいから字を丁寧に書きなさい」と十二年間ずっといわれ続けて指導をうけたといっていた。その教えは、文字のみならずその後の人生、仕事の大きな軸になっているということだ。
 とかく子どもたちには「はやくしなさい」「サッサとしなさい」「まだすんでいないの」とくり返しいってしまう昨今である。書写の時間では、「速く書かなくてよろしい」「ゆっくり丁寧に書くように」という言葉をかけてあげたい。書写の教科書には生き生きとしたエネルギーが伝わってくるような文字をのせたい。盛り込みの多い内容よりもゆっくり丁寧にとりくむことができるような編集をしていくことが、今の私たち大人に課せられた大きな課題である。


これからの算数・数学教育

冊子表紙

 今年度から、中学校で新しい教科書の使用が始まり、改訂された学習指導要領に基づく算数・数学教育が本格的な時代を迎えています。こうした折を踏まえ、今一度これからの算数・数学教育の課題について、3つのことを強調したいと思います。

1.重要性に応える算数・数学教育

 今回の改訂は終始一貫して、「算数・数学教育は重要であり、重視する」という方向のもとで進められました。こうした方向が打ち出された背景として、次の諸点を挙げることができます。

①知識基盤社会が到来したこと
②算数・数学が生活や学習の基盤となること
③算数・数学が論理的に考える力を培うこと

 知識基盤社会の時代を迎え、国民生活の向上を図るために科学技術開発に力を入れ、国際競争力を一層高めていくことは非常に重要な国家的課題です。その基盤として算数・数学教育の重視が打ち出されました。②、③は不易な重要性ですが、今回こうした点が中央教育審議会等で広く認知された意義は大きいといえます。今日、算数・数学教育がかつてないほど国民から大きな期待を寄せられ、非常に重い役割を担っていることは銘記しておくべきです。

2.「生きる力」を培う算数・数学教育

 「生きる力」は、前回の学習指導要領改訂において重要な教育目的として打ち出されました。その内容を端的に言えば「①自己教育力 ②豊かな人間性 ③健康と体力」の育成ということになります。今回の改訂では、その重要性が再確認され、内容の充実が図られました。とりわけ、前回は「何のための生きる力」かが見えにくかったのですが、今回は「自立的に生きる」「自己実現」「社会全体の発展の原動力」のためであることが明確化されました。これからは、算数・数学教育においても「生きる力」を培っていくことが重要となります。

3.学力の向上を図る算数・数学教育

 今回の改訂においては、学力の向上も非常に重要な課題とされました。幸い、平成21年に行われたPISA調査において「数学的リテラシー」は、前回と比較してわずかですが向上がみられました。しかし、国際的な点数も順位も平成12年の第1回調査結果には達していません。また、国内の全国学力調査の結果は活用力に課題があることを示しています。したがって、学力の向上を図ることは引き続き重要な課題です。世界トップレベルではなく、再び世界のトップに位置づく算数・数学教育をぜひ実現していきたいものです。


「世界ポスタートリエンナーレトヤマ2012」

永井一正「第10回世界ポスタートリエンナーレトヤマ2012」開催ポスター

永井一正「第10回世界ポスタートリエンナーレトヤマ2012」開催ポスター

福島治「オイディプス王」(第10回展グランプリ)

福島治「オイディプス王」(第10回展グランプリ)

 富山県立近代美術館が主催する「世界ポスタートリエンナーレトヤマ」(以下、IPT)は、世界のポスターデザインの現況と成果を概観するため、最新のポスターデザインを公募し、審査・選抜展示するポスターデザインの領域では日本で唯一の国際公募展です。1985年から3年に1度開催しているIPTは、今回の公募で第10回を迎えました。
 IPTの作品募集は、実際に印刷発表されたポスターを対象としたA部門、未発表のオリジナル自主制作ポスターを対象としたB部門の2部門で行われます。第10回展には世界53の国と地域からA、B部門あわせて4,622点の応募があり、その中から入選作品を決定する第一次審査には、永井一正、勝井三雄、松永真、佐藤晃一、浅葉克己、中島英樹という錚々(そうそう)たるグラフィックデザイナー各氏と当館副館長があたりました。
 第一次審査によって選出された入選398点から、グランプリを筆頭に金賞、銀賞、銅賞を決定する第二次審査には、アラン・ル・ケルネ(フランス)、カリ・ピッポ(フィンランド)、永井一正、松永真の4氏があたりました。上位作品が僅差(きんさ)で肉迫するなか、グランプリに選ばれたのは、福島治(日本)による演劇公演のポスター「オイディプス王」です。独自のタイポグラフィや骸骨のオブジェといった要素が、劇場空間を感じさせる構成のなかに凝縮され、このギリシャ悲劇を端的に表現しています。
 ポスターは時代を映す鏡と言われます。今回のIPTでは、優れたコマーシャルポスター、展覧会や演劇の告知のために制作された作品はもとより、環境問題、人権、食糧危機、金融危機、そして東日本大震災に関連したテーマなど、世界が今直面している様々な問題が映し出された作品が数多く見られました。9月3日まで富山県立近代美術館で開催中の展覧会では、全入選作品・受賞作品と審査員作品を合わせた422点を展示しています。

(富山県立近代美術館 学芸課 稲塚展子)

<展覧会情報>

  • 「第10回世界ポスタートリエンナーレトヤマ2012」
  • 2012年6月9日(土)~9月3日(月)

■富山県立近代美術館ico_link

  • 所在地 富山市西中野町1-16-12
  • TEL 076-421-7111
  • 休館日 月曜日(祝日と8月13日、9月3日は開館)、祝日の翌日

<次回展覧会予定>

  • デザインとしての椅子 アートとしての椅子
  • 2012年9月8日(土)~11月4日(日)

その他、詳細は富山県立近代美術館Webサイトico_linkでご覧ください。