地域再生に問われる器とは(2)

承前

 佐藤清臣は、村落再生の器として、古橋源六郎暉皃(てるのり)の意を受け、神社を中心とする村づくりに励み、「敬神村」「敬神郡」の建設をめざしました。しかし、その歩みは、松方財政下の民心荒廃に翻弄され、土地の特産を活かす物産開発の方途を見いだせないまま、神祇信仰をことさらに説き、民心の結集をめざすものとなっていきます。
 しかし不況下で流亡していく民の心は、諸教派を一元的に管理した大教院の下で始められた大教宣布を担った教導職による国民教化体制が破綻し、1882年(明治15)に神宮教、大社教、扶桑教、実行教、大成教、神習教、御嶽教、黒住教等の八派が宗派として認められ(一宗特立)、各派の布教が展開していくなかで、民衆を基盤とした講社による御嶽教等の教派に取りこまれていきます。このような状況下、神祇を典礼として村に根づかせ、神社を中心とする村づくりをめざす暉皃・清臣の構想は危機にたたされたのです。

奔流する人心

 清臣は、後に「教派神道」と位置づけられた諸教派が展開していく奔流に呑込まれる民の在り方を糾弾してやみません。そこには、窮乏化の人心が丸山講や御嶽講にとらわれ、救済をまつ姿が描かれています。清臣は、それらの布教者を無学文盲の徒を罵り、そこに救済を求める人びとを愚民、無頼の徒と蔑み、現世利益を求めた「常世虫」の再来と、危機感を募らせております。

近来八教に別れしより神道は八派の私有物の如く大道は糊口の資の如く成下り、無学の教職無稽の説を以て愚夫愚婦を蟲惑し詐欺百端或は神符神水と称して病者に水を飲ましめ或は毉(くすし)の方角を指し其所行へとして乞盗の醜態ならざるは無し、就中人心に行政に妨害の甚きは丸山御嶽の両教也、
御嶽の如きも其徒或教正大講義訓導試補など我郡内なるは多く目中一丁の文字無き者或不品行或無籍無頼の輩、たまたま籍あるも杣木挽等我賜はり持たる辞令は更也、郵便はがき一枚読むこと不能者、神道御嶽教「或教正大講義訓導試補訓導」など書る旗、甚しきは神道御嶽講一心行者などの幟をかつぎまわり火渡り中坐(なかざ)などの祈祷に夫婦の不和も睦くなり啞も言ふことを得、聾も聞くこと得、貧者も富み、老人も壮になる、みなこの御祈祷のおかげ也、と愚民等迎送して謂ふまにまに無頼の奸民従て利を射んと所在を煽動すること古昔の常世虫(※1)に異ならず、如斯大道を汚し、聖勅に違ふ無稽無法の言行よりして神道教導職はすへて乞食の如く蔑視せらる故にたまたま謹て大道を説くも乞食まめざうの話の如く相成候、念ひてここに至れば慷慨悲奮寝食を忘る、既に宗教視せらるるだに慨嘆に堪ざるに今またここにいたる、此弊を正さずんば何そ天下の信を得ん、天下の信を得されば宣教を勤るも徒に無功に属するのみならず何ぞ大道を汚し聖勅に違ふの罪を免んや

 ここには、徳川王国に代わる天皇の国として新国家の樹立をめざし、「敬神愛国」「天理人道」「皇上奉戴、朝旨遵守」の三条教則に基づく天皇の道を説く大道に代わり、明日をも知れぬ人心が現世の利益を説く教えに取りこまれていく様相が読みとれます。清臣は、このような時勢を常世虫の再来とみなし、危機感を募らせたのです。

孤寥の内に

 かくて佐藤清臣は、このような時代閉塞がもたらした危機感にうながされ、神祇による村づくりに己の身を投じます。この神祇は、暉皃・清臣にとり、皇統連綿・天壌無窮たる国体を体現する世界にほかなりません。それは、神道八教にみられる宗教ではなく、国家の典礼とみなされていました。まさに清臣は、このような神祇を精神の器となし、村の再生をはかろうとしたのです。そのために村々を巡回し、神祇を説き聞かせもします。ここに明治末年の地方改良運動では神社を中心とした村との評価をえることとなります。
 しかし神社を中心とする村づくりは、暉皃がめざした地の利を活かす富村富国への道をして、敬神愛国という精神主義という隘路に墜ちこんで行くことでもありました。晩年の清臣は、「何事も世におくれたりほととぎす初音も人のこと伝にして」「秋かぜにとくちらましをはずかしの杜の木かげに残るもみじ葉」と詠ったように、若き日よりめざしてきた世界が虚ろであるとの思いにとらわれていきます。そこには、神祇が精神の器としたとき富村から富国への道が開けると説き聞かせながら、民心と乖離していく己の姿があり、亡び行く者たる己をみていました。
 このような清臣の姿は、皇統連綿・天壌無窮なる日本、この美しい日本という神話をあるがままに信じて生きたがため、日本を相対化して問い質す目をもたない日本人の原像ともいえましょう。それだけに現在求められる精神の器は、あるがままの日本への信仰、「美しい国日本」なる言説によりそうのではなく、日々の暮らしの営みをささえる世界から己の場を問い質せる世界を公共財としていくことではないでしょうか。この営みは、地域協同体から個を析出分離していくのではなく、個の連帯を可能とするなかに、個が負うべき責務を確認するなかに連帯と自立を可能とする精神に担われる協同体への眼ではないでしょうか。
 先の所信表明演説は、古橋暉皃を話題としておりますが、どれだけ暉皃の苦闘を理解してのことでしょうか。そこには、「美しい国」を言挙げすることで、あるがままの歴史への信仰にとらわれ、他者の存在に目が及ばないものの姿があります。それだけに、彷徨の果に稲橋に安住し、孤寥の内に老いた清臣に重ねて時代の闇を凝視したく思います。

 

※1:常世虫は、日本書紀巻24皇極天皇3年秋7月の記事、虫を「常世神」として祭れば富を長寿を得るとした「常世虫」の信仰が広まったこと。この常世虫は蚕。

みんなのアムステルダム国立美術館へ

(c)2014 Column Film BV

 4年ほど前に、「ようこそ、アムステルダム国立美術館へ」というドキュメンタリー映画が公開された。2004年、オランダのアムステルダム国立美術館の建物の老朽化が進み、所蔵品が増えたこともあって、改築が決まる。オランダの女性監督ウケ・ホーヘンダイクが、この改築をめぐっての顛末を撮ったドキュメンタリーだった。 
 改築は一筋縄では進まない。コンペを勝ち取ったスペインの建築家案に、サイクリスト協会の市民たちが待ったをかける。もともと美術館の中央には自転車がゆったりと通れる道があったのに、改築案では狭くなっている、との理由である。学芸員たちは、名画を修復したり、多くの所蔵品を新たに追加、展示できる絶好のチャンスと張り切っていたのだが。市民意識の高いオランダのことゆえ、いろんな意見が飛び交い設計案が変更となり、多くの時間が費やされる。

(c)2014 Column Film BV

 ドキュメンタリー映画「みんなのアムステルダム国立美術館へ」(ユーロスペース配給)は、前作「ようこそ、アムステルダム国立美術館へ」のいわば続編である。続編は、改修工事そのものが、美術館の関係者だけでなく、いろんな人を巻き込んでの大騒動、後日談を綴っていく。
 創立200年もの歴史を誇り、レンブラントやフェルメールといった世界的に著名な画家の作品を所蔵する、世界でも有数の美術館である。改修するだけでも巨額の政府予算が使われる。館長や学芸員といった美術館の関係者、政府の役人、建築家、市民たちが、それぞれの意見を述べ、主張する。ことに、自転車を愛するアムステルダム市民の意見は強硬である。自転車の通路をめぐって、エントランス設計の修正、見直しを主張する。2008年の春、館長のロナルド・デ・ルーウが辞任する。
 工事は進まないが、学芸員たちは、膨大なコレクションの展示を見直す絶好のチャンスと張り切る。学芸員たちは、収蔵庫の作品を修復しながら新たに展示する作品の選定に励む。同時に、オークションで作品を買い付けたりもする。新設されるアジア館の担当者は、アジア美術が好き。日本から取り寄せた金剛力士像を見る目は緩みっぱなしだ。管理人の美術館に寄せる愛着は尋常ではない。朝晩、美術館を巡回し、壁のヒビの状態まで記憶している。

(c)2014 Column Film BV

 ヴィム・パイベスが新しい館長に決まる。要職に張り切った新館長は、いろいろと経過を見直して、かつて却下されたエントランス案を復活させようとする。またまた、騒動が蒸し返しになる。なんとか工事が再開するが、完成時期が延々と遅れる。予算も限られている。工事は指示通りには進まない。電気の配線工事もひどい出来である。エントランス案は、結局、市民の意見が復活することになる。
 美術館の学芸員、スペインの建築家、フランスの内装担当者、政府の役人、工事関係者などの意見、主張が続出する。何度も何度も会議や打ち合わせが続く。会議では居眠りをする人もいる。みんな、長引く改修工事に疲労困憊。2005年の美術館の壁の取り壊しから、もう7年も経っている。さて、どうなるのか。
 美術館はいったいだれのものなのか。みんな、それぞれの考えがあり主張がある。美術館の改修工事といった大きなプロジェクトの場合、なかなか話がまとまらない。民主主義の善し悪しが端的に現れる。それでも議論を尽くし、なんとか前に進もうとしたり、他人の異なる意見を尊重する姿勢は窺える。
 ウケ・ホーヘンダイク監督のメッセージにこうある。「オランダの誇りについての映画のはずが、シェイクスピアの戯曲と何ら変わらなくなった」と。工事の経過は、それほどの騒動、葛藤、対立などに満ちている。だが、何よりも本作は、ドキュメンタリーの作り手と、取材される側の信頼にあふれている。それでなければ、これだけの記録映像はあり得なかっただろう。いろんな意味で、貴重な記録で物語だと思う。すったもんだのあげく、2013年4月、改修工事を終え、新しい美術館が完成する。再び、レンブラントや、フェルメール、ヤン・ステーン、フランス・ハルスたちの名画に接することができる。オランダに出かける機会があれば、このアムステルダム国立美術館を真っ先に訪れたいと思っている。

2014年12月20日(土)より渋谷・ユーロスペースico_linkほか順次公開!

『みんなのアムステルダム国立美術館へ』公式Webサイトico_link

監督:ウケ・ホーヘンダイク
2014年/オランダ/カラー/97分/オランダ語・英語/DCP
日本語字幕:松岡葉子
原題:The New Rijksmuseum
配給:ユーロスペース

「彫刻美術館探偵」(第3学年)

※本実践は平成20年度版学習指導要領に基づく実践です。

1.題材名

「彫刻美術館探偵」/47時間

2.はじめに

 平成23年全面実施の小学校学習指導要領図画工作において,博物館との「連携・協力」が明記されたことも含め,美術館においても教育普及への必要性が高まってきている。美術館内部で教育部門が独立している館は少なく,なかなか受け入れ態勢が整っていないという現状はあるものの,各館が模索しながら博学連携が行われている。そうした現状は本郷新記念札幌彫刻美術館(以下,彫刻美術館)も同様であり,美術館と学校の協力による互恵性のある活動が目指されている。
 彫刻美術館では,近隣の札幌市立三角山小学校(以下,三角山小学校)と共に,同校の第3学年総合的な学習の時間において協力した活動を行っている。これは,彫刻美術館と三角山小学校は徒歩で約5分という距離にあり,アクセスが容易であるという恵まれた環境にあることも大きい。
 今年度は1年間を通して「彫刻美術館探偵」として活動を行い,平成25年度の第3学年49名が彫刻美術館に来館し,彫刻作品を鑑賞したり,本館の職員に話を聞いたりなどして自分たちの地域にある美術館について理解を深めてきた。本稿では「彫刻美術館探偵」の活動の中から「わたしたち,子ども学芸員」の実践を紹介する。美術館と小学校の連携や協力において模索している美術館関係者,学校関係者のみなさまに活動の一例として参考にしていただければ幸いである。

3.活動の目標

 本郷新の作品や彫刻美術館の職員の方との出会いや交流を通して,彫刻美術館について愛着を深め,身近な人や地域の人たちに,彫刻美術館について伝えることで,地域のよさを感じる。

4.評価規準

〈学習方法に関すること〉
○問題解決に向かって,見通しをもって考えたり,調べたり,伝えたりする力…『見通す力』『調べる力』『伝える力』

・体験を通して問題を見付け,その解決のために必要な内容や活動を自分で決める力。(見通す力)
・問題解決に向けて,必要な情報,資料を収集,活用しながら追求し,まとめる力。(調べる力)
・調べたいことやまとめたことをもとにして,自分の思いや考えを伝えたい相手に分かりやすく表現する力。(伝える力)

〈自分自身に関すること〉
○「今の自分」を見つめ直し「これからの自分」について考える力…『見つめる力』

・学習を振り返って自分や様々な人たちのよさが分かり,自分の生活とこれからの自分について考える力。

〈他者や社会とのかかわりに関すること〉
○自らをとりまく人・もの・ことにかかわり追求する力…『かかわる力』

・友だちや家庭,地域社会,自然に進んでかかわり活動する力。

5.活動計画

彫刻美術館探偵(47時間)

前期

★オリエンテーション(1時間)
 *総合的な学習の時間で,学ぶことは

★彫刻美術館の?や!を見つけよう(10時間)
 *自分のお気に入りの彫刻を見つけよう
 *教えて館長さん!!

★大好き!彫刻美術館(10時間)
 *名前を付けてお話をしてみよう
 *彫刻と仲良し
 *本郷さんはどんな人?

後期

★彫刻美術館のことなどを,たくさんの人に知らせよう 
<三角山発表会>(12時間)

★わたしたち,子ども学芸員(10時間)
 *キャンドルナイトを開こう
 *わたしたちの作品をたくさんの人に見てもらおう
 *学芸員さんになってみよう

★美術館,館長さん,ありがとう(4時間)
 *感謝を伝えよう

6.単元名

「わたしたち,子ども学芸員」/10時間

7.単元について

 本単元は,総合的な学習の時間「彫刻美術館探偵」の集大成ともいえる活動である。児童は,これまでに彫刻美術館を訪れ,「彫刻美術館はどんなところか?」「彫刻作品とは何なのか?」「本郷新はどんな人だったのか?」「彫刻美術館ではどんな人が働いているのか?」ということを通して,『かかわる力』『調べる力』『見通す力』を培ってきており,学習のまとめとして〈三角山発表会〉で,保護者や2年生に彫刻美術館のよさをわかりやすく伝える活動を行い,『伝える力』を高めてきている。
 本単元は,今までの活動を踏まえた上で自らの作品を「展示」することを通して,「人と人がつながる」とは何なのかを考えることがねらいである。
 これまでの活動では,彫刻美術館に対する自分自身の関心を高めたり,身近な人に彫刻美術館のよさを伝えたりするものであった。本単元においては,作品を見てくれるお客さんの立場になって考えることが重要なポイントとなる。展示は,作品を置いて終わるのではなく,いかに作品を相手に関心をもって見てもらうかが大切となる。そのため,作品展のチラシ作成も行い,お家の方への宣伝を行う広報活動も行う。「相手意識」「つながり」というキーワードをもとに自分たちの活動の価値を感じとることができるようになることを期待している。

8.単元の学習

(1)目標
・自分の作品を見てくれる方々に関心をもってもらえるように,自分ができることを考えることができる。
・友だちと協力して,見通しをもって展示の方法について考えることができる。
・自分の展示の意図や,友だちの展示のよさを分かりやすく伝えることができる。
・彫刻美術館の職員や友だちの考えを聞き,自分ができるようになったことや学んだことについて考えることができる。

(2)学習展開
事前学習①…課題意識をもって学芸員にインタビューし,学芸員の仕事や展示について理解を深める。
事前学習②…作品を展示する場所や,自分たちの使う展示台を確認し,展示への見通しをもつ。
作品展示…学芸員から教えてもらったことや自分たちが計画したことを踏まえて,自らの作品を展示したり,作品展のチラシを作成したりする。
片付け,感想発表…展示された作品の中で自分が気に入った作品や工夫した点について友だちに分かりやすく伝える。

※また,5日間の作品展示期間を設け,作品展「三角山のなかまたち」として一般に公開し児童の活動を広く紹介する。

(3)場所:札幌市立三角山小学校,本郷新記念札幌彫刻美術館研修室

(4)準備物
美術館:展示台
小学校:展示作品(粘土作品,木の作品,木のオブジェ,キャプション,箱,布など)

学習の流れ

評価・留意点(手立て)

事前学習①
日時:1月31日
場所:札幌市立三角山小学校

◎学芸員の仕事や展示のひみつを探ろう!

○学芸員の仕事について

Q:学芸員はどんな仕事をしているのですか?
A:美術館での展覧会を企画したり,作品や芸術家について調べたり,みんなに美術館を好きになってもらうように一緒に勉強します。

Q:作品の並べ方はどのように考えているのですか?
A:作品の大きさや,同じような作品か,違う作品か,または展覧会のテーマから考えています。

Q:展示の時に一番気を付けていることは何ですか?
A:見やすくて分かりやすいように,作品の展示場所や向きを工夫することです。

○展示について

Q:発泡スチロールや木を飾りに使ってよいのですか?
A:大丈夫です。どうしたら見る人がすごいな,すてきだな,カッコイイと思える工夫をしてください。

Q:壁やテープは使っていいのですか?
A:大丈夫です。壁を使うなど,展示の工夫をすることはとても大切です。使う時は先生や私に相談しましょう。

●学芸員が何をしているのか,児童が彫刻美術館で見てきたことを思い出せるように促す。

●児童が鑑賞してきた本郷新の彫刻を例に,「人の彫刻でまとめる」「大きい作品と小さい作品をそろえる」など,展示のイメージを促す。

●美術館での展示は,お客さんに見てもらうことだと気付くように促す。

※作品展示の際は,お客さんのことを考え,よりよく見せるためにはどうすればいいのか気付くことができたか。

※展示のアイディアや気をつけていることなど具体的な話を通して,自分たちの展示へ生かそうとすることができたか。

☆今日は学芸員の仕事や展示のひみつを知ることができましたね。みんなも学芸員になって展示をするのを楽しみにして下さい。

学芸員の仕事はいろいろあるんだね。作品を展示するにはたくさんの準備が必要だね。必要なことやものを考えていこう。

事前学習②
日時:2月5日
場所:本郷新記念札幌彫刻美術館研修室

◎作品を展示する場所や展示の方法についてイメージしよう!

○児童が図工の時間で製作した粘土「三角山のなかまたち」),学校周辺の木々を集めてつくった作品やオブジェを美術館研修室に搬入。

○作品の展示の工夫について考える。
・美術館の展示室にある作品はどんな置き方がされていたかな。
・前から見ればよく見えるけど,横からだとよく見えないな。
・作品の置く角度をななめにしたらどうだろう?
・作品が近すぎるね。作品の大きさや形を考えて展示のバランスを考えてみよう。

○展示台に触り,大きさを知り,どこに自分の作品を置きたいか展示のイメージをもつ。
・展示台の大きさはどのくらいかな。手の平のいくつぶんだろう。
・展示台が近すぎるとお客さんが通れないね。

●「子ども学芸員」として,展示をするという意識をもてるように声掛けをする。
→「みんな私と同じ学芸員として展示の方法を考えましょう。」

●美術館の展示室を思い出せるように声掛けする。

●さまざまな角度で置いたり,大きさの違う作品の隣に置いたりするなど,何パターンかの置き方を提示する。

●児童にも自分が良いと思う展示を試してもらう。

●お客さんの目になって展示を見直してみるように促す。

●展示台を動かしたり,触ったりすることで展示場所や展示台の大きさを実感し,展示のイメージをもてるように促す。

※どうすればお客さんが関心をもつ展示になるかを,考えることができたか。

☆作品を展示する場所の広さや,展示台の大きさについてイメージすることができましたね。どこに何を展示するか,何を準備するかをもう一度確認し,よい展示にしましょう。

限られた場所や展示台で,うまく展示しないといけないんだね。お客さんのことを考えて
展示のイメージをまとめよう。

作品展示
日時:2月6日
場所:本郷新記念札幌彫刻美術館研修室

◎子ども学芸員になって,作品を展示しよう!

○森・土・秋・冬・春エリアと空・海・夏・冬エリアに分けた研修室の展示レイアウトを事前に計画。

○展示レイアウトを参考に展示台の配置。

○学校で考えてきた展示レイアウトをもとに,どうしたら作品がよく見えるのかを試しながら展示。
・展示台の間がやっぱり近すぎるかな。動かしてみよう。
・作品はここに置いた方がよく見えるよ。
・スペースが空いているからここに置こう。
・ここに作品を置いたら作品が重なるからお客さんから見れないよ。
・縦長の作品は立て掛けたらよいと思う。

●「子ども学芸員」として,展示をするという意識を持てるように声掛けする。
→「いままで勉強してきたことをもとに,同じ学芸員としてよい展示にしましょう!」

●一度で決めずに,何種類か試してみるように促す。

●友だちと協力し,どうすれば作品がよく見えるか相談するように促す。

●お客さんの立場になって展示を見てみるように促す。

○展示を終えて,自分が気に入った作品や工夫した点を紹介。
・空のエリアが本当に空を飛んでいるような展示になっていて気に入っている。
・森のエリアのダンボールを使った展示が工夫されていてすごい。
・ここからだと作品が全部見えるから気に入っている。
・お客さんが全部の作品を見ることができるように工夫した。


※計画してきたことや,学習してきたことを参考に,協力しながら展示を行うことができたか。

※自分の気に入った展示について,自分なりの考えをもって,友だちに紹介することができたか。

☆今まで学習してきたことをもとに素晴らしい展示になりましたね。自分の仕事に自信をもってお家の人にも宣伝してみましょう。

限られた場所や展示台で,うまく展示しないといけないんだね。お客さんのことを考えて展示のイメージをまとめよう。

展示期間
日時:2月7日~12日の5日間
※10日は休館日

◎作品は,2月7日(金)~2月12日(水)

○児童は作品展のチラシを作成し,家庭に持ち帰って広報活動を行った。



片付け,感想発表

◎「わたしたち,子ども学芸員」をふり返ろう。

○片付け

○感想発表
・作品を置いて終わりじゃなくて,作品を見てくれる人のことを考えて,作品の向きや,並べ方を工夫することが分かった。これからも,教室の展示などで生かしていきたい。

●作品を片付けるまでが学芸員の仕事だということを伝える。

※作品を見てくれる人の立場になって考えることの大切さについて考えることができたか。

☆美術館での展示は,多くの準備が必要であり,お客さんのことも考える必要があることを学びました。大変かもしれませんが,多くの人が自分の展示を見てくれると思うと嬉しいですよね。美術館では展示を通して人と人がつながっているのです。

美術館の作品展を通してたくさんのことを学んだね。これからも,相手の立場になって考えることができるようにがんばっていこう。

9.おわりに

 本郷新記念札幌彫刻美術館は,その名の通り札幌生まれの彫刻家・本郷新(ほんごう しん/1905‐1980)の美術館である。美術館は主に彫刻を中心とした企画展を行う本館と本郷の作品を展示している記念館に分かれている。館が分かれていると言っても大きな規模ではなく,5人の職員(内,学芸員1人)で運営している。
 本郷新は生前に「私を乗り越えて若い芸術家がどんどん生まれて欲しい」と語っており,彫刻美術館ではその想いを受けて,若手育成をポリシーとし,若手作家の紹介や教育事業に力を入れている。小学生の作品展に関しても継続して続けられており,彫刻美術館の研修室で展示されてきた。
 しかし,これまでの作品展は,小学校から児童作品を借りてきて,美術館の職員が展示していたため,作品展と児童の関係が希薄であった。したがって,作品展開催中も子どもや家族が美術館を訪れることが少なかった。今までの展示は「美術館で展示すること」が目的となってしまい展示と児童の間には学びが生まれていなかった。「わたしたち,子ども学芸員」では,展示と児童の結び付きを深め「自分たちの作品展を他の人にも見てもらいたい」という意識をもってもらい,作品鑑賞とは異なる視点で美術館の事を理解してもらうことが美術館のねらいでもあった。
 三角山小学校に事前学習に行った際には,児童は美術館で作品展をすることに対して,まだあまりイメージができていなかったように思う。しかし,「学芸員として一緒に働こう!」と声を掛けながら学習を重ねるごとに,児童の表情は変化し,美術館で展示をすることに対する意識が変わってきたことが窺えた。展示当日は目を輝かせ,今か今かと楽しみにしている様子が印象的であった。展示を終えた時,先生の「自分の好きな場所に行ってみよう」という声掛けに対し,自分の気に入った作品の場所へ行き,自信をもって感想を述べることができていた。
 また,作品展の広報について,児童がチラシをつくってお家の方に宣伝してみては,という美術館の提案に,先生が快諾してくれたこともあり,児童は自らチラシをつくって広報にも取り組むことになった。美術館の広報活動の一環を学んでもらうと共に,広報をすることで責任感が増したようであった。その効果もあり,作品の展示期間中には,保護者と共に来館する児童や,児童だけで来館する姿も見られ,自分たちの展示について話し合ったり紹介したりしている場面が見られた。
 「わたしたち,子ども学芸員」では,広報も含めた美術館の展示にかかる一連のプロセスを学ぶ機会になったと言える。課題であった展示と児童の結びつきも深めることができたと考えている。展示期間中に保護者や児童が足を運んできてくれたことは正にその成果と言えるだろう。本活動は,「美術館の展示とは何か?」という分かりそうで,やってみないと分からない問いに対して,実践を通して難しさや楽しさ,責任,自信を得ることができた意義のある活動であった。児童の美術館や美術に対する見方が変わっていき,再び彫刻美術館に足を延ばしてくれることを期待している。
 本活動は,美術館だけでは実現することができず,三角山小学校の密接な協力のもとに実現している。平成25年度は,「わたしたち,子ども学芸員」をはじめとして有意義な活動を行うことができた。1年間担当してくださった,市立三角山小学校の加瀬美幸先生をはじめとする先生方の熱心な活動と,全面的なご協力に対し,この場を借りて厚く御礼申し上げます。

日常のアート化とコミュニケーション(第2回)

2000年1月より「日常のアート化」をテーマに、バケツを使用したプロジェクトを世界中で開始した。

日常物に、人を介在させて、時間と空間を変容させながら、様々な作品を生み出して来た。

木にバケツをぶら下げた[バケツ・ツリー]から始まり、バケツ×子どものパフォーマンス[バケツ☆キッズ]、バケツ×中高校生のパフォーマンス[コーン♡ギャル]&[コーン★ボーイ]、バケツ×サラリーマン[バケツ・サラリーマン]、バケツ×サッカー[バケツ・キック!]などのヒットすることとなった。

個展デビューは、1999年1月に青山で行った[モーツァルトを絵画する]展。
岡本敏子さんが展覧会を観に来てくれて、それがきっかけで岡本太郎アトリエで仕事を手伝う事となる。

左から、獅子倉シンジ、岡本敏子、荒川修作

そして、2001年末に新宿中央通りにて、アーティストと商店街のコラボレーションという当時としては革新的な試みで、約1ヶ月間の[新宿バケツ☆ストリート]個展を行った。会期中は通りのフラッグすべてに、私の作品をプリントして展示(どのような作品であったかは後に説明)、三度のアートパフォーマンスを行った。

国内だけでなく海外からも取材が殺到し、年末の大きな話題となり、翌年のお正月特別番組「NHKトップランナー・スペシャル」に “2002 NEW WAVE ARTIST” として出演した。

当時の様子を熱心に取材してくれた “The Japan Times” のインタビュー記事を二回(前編・後編)に分けて、皆さんにご紹介したいと思います。

ART
SHINJI SHISHIKURA

Attack of the coneheads

BY JUNJI NISHIHATA
DEC 5, 2001

Picture, if you will, a typical Saturday afternoon in Shinjuku. Throngs of people scurry to and fro, delivery trucks troll by belching fumes, while scooters dart in and out of traffic. This time, though, something’s up.
A crowd has gathered in front of the chic Beams gallery on Chuo-dori. Television crews are milling around, lending a sense of expectation to the atmosphere. Before the gallery stands a wall of multicolored plastic buckets. What could be about to happen?
Suddenly, from within the gallery comes an answer — of sorts. An ominous scraping beat can be heard. Then the crowd surges forward, gasping, as a troupe of schoolgirls emerges.
But these are no ordinary girls, navy-styled uniforms notwithstanding. Safety cones spray-painted a fluorescent pink sit atop their heads, covering their faces. The girls’ feet are adorned with plastic buckets, hence that sound so reminiscent of a marching battalion in old war movies.
As the girls shamble along Chuo-dori, they pause to peer into restaurants much to the consternation of the diners. A man exiting a pachinko parlor stops in amazement as he watches the bizarre procession before him, followed by a crowd now a few hundred strong.
The Cone Girls aren’t modeling the latest in street fashion, though: They’re an art show.
The mastermind behind the happening (who discreetly records the proceedings on video) is Tokyo-based performance artist Shinji Shishikura. Over the past two years, Shishikura has staged similar events in both Japan and Europe. He favors the use of everyday items in his works, particularly plastic buckets. One past show involved a group of schoolchildren drumming on such buckets, then launching a mock attack on Shishikura himself, clad in a giant plastic garbage can.
“The image that Japanese people have of art is too narrow,” Shishikura offered by way of explanation in an interview before his show. “It’s destroying the possibility of creation.”
Shishikura claimed that Meiji-Era mass importation of European culture had created a stagnant legacy for Japan’s artists and their audience. “The Japanese word for art, bijutsu, is made of the characters for ‘beauty’ and ‘technique.’ But what about something that is neither?” he asked. Using everyday materials like buckets and safety cones is an obvious challenge to rarefied notions of what is or isn’t art. Shishikura’s motivation is simple and direct: “I would like to break these invisible walls.”
oxicated men came up to the booth. “Is this some kind of promotion?” they asked the woman behind the counter, who simply smiled and laughed. Some kind of promotion, indeed.

To be continued…

[訳]
 よろしければ、典型的な土曜の午後の新宿を思い浮かべてほしい。大勢の人々があちらこちらで足早に行き交い、配送車は湯気を吐き出し、バイクが勢いよく表通りに走りだし路地へ消えて行く。だが、こんな中で何かが起きようとしていた。

 人だかりが中央通りの沿いのシックなBEAMS前にできていた。テレビ局のクルーたちが辺りを駆けまわり、その場の雰囲気に期待感を与える。BEAMS前には色とりどりのプラスチック・バケツの壁。いったい何が始まろうとしているのだろうか。

 突然、その答え…らしきものがBEAMSギャラリーの中から起こった。何かの前触れのようなスクラップビートが聴こえてくる。すると、あえぐように群衆はどっと前へと押し寄せる。女子高生の一団が現れたのだ。

 だが、彼女たちは濃淡の制服を着てはいるものの、普通の少女たちではない。蛍光ピンク色にスプレーされた工事現場にあるコーンを頭から顔まですっぽりかぶっている。足下はプラスチック・バケツで飾られ、その足音はまるで古い戦争映画の部隊行進を思い起こさせる。

 彼女たちはぎくしゃくと新宿中央通を進む。途中、道沿いのレストラン前で立ち止まって中を覗き込み、食事中の人々を仰天させた。パチンコ店から出てきた男性は彼女たちに驚いて足を止め、目の前の奇妙な光景に目を奪われるが、すでに数百人にも膨れ上がった群衆に呑み込まれて行く。

 ちなみに、この[コーン♡ギャル]は最新のストリート系ファッショショーのモデルたちではない。彼女たちはある芸術的パフォーマンスの最中なのである。

 この一連の出来事との仕掛人は、東京を拠点にパフォーマンス等で国際的に活躍するアーティストの獅子倉シンジである。過去、2年以上に渡って、獅子倉は日本・アジア・ヨーロッパなどで同様なイベントを手がけて来た。彼は自身の作品であるプラスチック・バケツのような日常生活用品を好んで用いる。

 実際、これまでにも、このプラスチック・バケツを打ち鳴らす小学生の楽隊[バケツ☆キッズ]を同様の企画に登場させており、このとき、獅子倉自身も大きなプラスチックのゴミ箱に身を包んでいる。

 このイベントに先立つインタヴューで獅子倉は自説を述べている。「日本人が美術に抱くイメージはあまりに狭過ぎますし、かえって創作の可能性を損なっています。」

 また、獅子倉は「明治維新以降のヨーロッパ文化の極端な導入が日本の芸術家やその愛好家に淀んだ負の遺産を残している。」と主張する。

 さらに、獅子倉は「そもそも “ART” を表す日本語の “美術” という言葉は “美” と “術” という漢字からできているが、それではそのどちらにも当てはまらないものは何なのか?」と疑問を投げかける。

 したがって、プラスチック・バケツや工事現場にあるコーンのようなごく日常的なオブジェを自身の作品に用いることは、芸術か否かと言った高尚な概念に対する獅子倉の明らかなる挑戦である。獅子倉の創作意欲の原点は単純にして明快。すなわち「目に見えない壁を打ち破りたいのです。」

次回(後編)に続く。

獅子倉シンジ・プロフィール / SHINJI SHISHIKURA Profile
多摩美術大学卒業。世界各地(東京~パリ~ミラノ~ヴェネツィア~フィレンツェ~オランダ~ニューヨーク~上海)でアートパフォーマンス&展覧会を行っている。
第1回横浜トリエンナーレ、水戸芸術館「C.A.F.E. in Mito」、国立国際美術館「フルクサス裁判」、2002 FIFAワールドカップ記念文化催事、金沢21世紀美術館開館記念、養老天命反転地、東京国際フォーラム(アジア最大のアートフェアにて個展とオープニングパフォーマンス)、coba Live!、NHKハート展、BEAMS ARTS、アメリカ大使館、アンスティチュ・フランセ(日仏文化協力90周年)、NHKトップランナー、NHKワールドプレミアム出演。
現在美術教育にも力を注いでいる。

ホントは厳しい図画工作・美術

 教育課程改訂の時期が近付くと、「美術や図画工作は楽しい」「子どもたちが大好きな時間が少ないのはいけない」などの発言が増えます(※1)。でも、本当に楽しいのでしょうか?子どもの姿から考えてみましょう。

1.図画工作・美術は厳しい!

「100gの世界」

 まず、子どもは、自分で主題を見つけなければなりません。題材は先生が決めるとしても、そこから「何を」描くのかは子ども自身が決めることです(※2)。例えば、「運動会」が題材だとしても、どの場面を描くのかは、その子が決めなければなりません。また、そこには「その子らしさ」も求められます。参考作品として提示された作品や、友達と同じ作品はつくれません。「与えられた条件から、他者と異なる自分の課題を発見する」。それは決して容易なことではないでしょう。

 次に、自分の思いついたことを、「どこに」「どのように」描くかという「問題の解決」が求められます。でも、材料や方法などの資源は、すべてが正しい顔をして目の前に広がっています。そこから、「クレヨンと絵の具どちらにするか」「色はどうするのか」「箱をどう組み立てるのか」「何と何を接着するのか」など、自分が必要だと思うものを選択し、決めることになります。

 しかも、状況は、一瞬たりとも同じではありません。例えば、絵に色を一筆入れただけで画面の動きや表情は変化します。次々と立ち現われる問題を把握し、そこから、色の選択、線の決定など、場面に応じて細やかな手を打たねばなりません。その過程では、周りの友達の発言や様子、製作の過程から情報を取り出し、それを作品の実現に生かすというコミュニケーション力も必要です。

 何より、途中でやめることができません。最後までやり遂げない限り、作品という「自己」は実現しないのです(※3)。「この問題は分かりません」とあきらめることはできません。自分で決めたゴールまで、やり遂げる責任を果たしてはじめて作品は完成するのです。ある企業関係者が「うちは美大生を喜んで採用する。なぜなら、彼らに仕事を任せると最後までやり遂げる。しかも、自分の水準を下げない。」と言っていました。分かるような気がします。

2.厳しいけど楽しい?

 このように、図画工作や美術で子どもたちが行っているのは、決して楽なことではありません。自分で課題を見つけ、自分で発想し、材料や方法を組み合わせ、技能を発揮しながら、オリジナルな作品をつくりあげるという大変厳しいことをやっています(※4)。先生の提示した問題を、先生の提示した方法で解いて、みんな同じ答えになることの方が本質的には楽でしょう(※5)。
 でも、子どもたちは図画工作・美術で「楽しい」表情をします。それは、能力が活性化しているのを実感しているから、あるいは自分らしさが実現できたからだろうと思います。その表情を見て、大人は図画工作・美術を「楽しい時間」と一括りにするのでしょう(※6)。
 それは、形の観察力に優れ、微妙な色の差異に気付き、論理的に方法や構成を組み立てている子どもに失礼な話ではないでしょうか。ホントは「厳しい」活動を「楽しく」やっている子どもの姿や、思考力や実践力を育んでいる子どもの力を、もっと具体的に語るべきだと思うのです。

 

※1:この手の意見は「そんなに楽しいなら学校にいらない、外でやればいい」という反論に答えられません。
※2:Vol.27で述べたように、場面や構図などまで先生が決めているのは題材とは言えないでしょう。
※3:このことについては、Vol.25で詳しく述べました。
※4:小学校4年生ぐらいから、そのことに気付くので図画工作嫌いが増えていきます。それは、当たり前で、悪いことではないのです。それを単純に「描き方が分からないから教え込む」とか「図画工作はいらない」ではいけないと思います。
※5:「できる・できない」という選別される厳しさはあるでしょう。
※6:「絵が好きだから繊細」とか、「図画工作や美術で感受性が豊かになる」など、曖昧な言説も多い。