イエナプランとオランダの教育

1.突然のオランダ・ドイツ

 2016年3月、突然オランダとドイツを訪れる機会を得ました。一つはオランダのイエナプラン学校を視察すること、もう一つは地方創生イノベーションスクール2030プロジェクトに絡んでドイツの高校との連携の仕方を話し合うためで、いずれの国も初訪問ですが、合わせて3日しかとれず、文字通りの弾丸旅行となってしまいました。しかしそれは、結果的にとても衝撃を受けたツアーとなりました。
 イノベーションスクールに関わっている研究者と学生とでツアーを編成し、まずオランダに飛びました。オランダの歴史を調べてみると、古くから広大で農耕に不利な湿地をあらゆる時代をかけて、人力で畑作できる土地に造りかえたという、人間の技術と力の結晶のような国土を持っています。人間の可能性に対する絶大なる信頼、ここにオランダの国民性を見出すことができます。
 イエナプランはOECD教育・スキル局長のシュライヒャー氏から何度か「世界で最も成功した教育システム」といわれ、一度は見ておきたいと思っていたものでした。OECDが学校を紹介してくれるというので、それに甘える形で視察することになりました。

2.学校と職場の橋渡し

図1 現代的な建物のオランダの職業訓練校 イエナプランスクールの前にオランダの職業訓練校を視察しました。ここオランダに限らず、ヨーロッパ全体は資格社会なので日本の職業訓練校とはイメージがかなり異なります。実は以前にも、デンマークやフィンランド、アイルランドなどの職業訓練校を何度か視察したことがあったので、ほぼ共通のものを感じました。それは、社会に必要な職業を前提に訓練内容を設定していくというよりも、若者のニーズに合わせて設定しているということです。調理や木材加工、陶芸、金属加工や塗装等の他に、ファッションデザインや絵画、脚本作家、音楽、俳優、サーカス、アニメーション、ゲームクリエーターなど、若者たちにとって魅力的なメニューがたくさん準備されており、施設も明るく開放的な建物で、若者たちの活気が漲ります。日本では学校の中で閉じてしまう芸術が、こちらではしっかりと社会と個人をつなぐツールとして機能しているという点が大きな違い、ということができます。
 ヨーロッパでは1980年代に若者の雇用が悪化し、若者が荒れました。各国は責任を持って、若者が仕事に就くことができるよう、セーフティネットが築かれました。このような職業訓練校はその表れです。

3.イエナプランスクール

図2 イエナプランスクールの砂遊び さて、オランダ南部のマーストヒリト市の郊外にあるイエナプランスクールに到着しました。意外にもとても小さな建物でした。オランダでは、子どもが通う学校について、公立学校の他にフレネ、ダルトンプラン、シュタイナー、モンテッソーリ、そしてイエナプランのオプションを選択することができ(※)、入学する子どもたちはバウチャーを持ってくるので、各学校とも新入生の獲得にとても力を入れています。いずれの学校も「教育の質」を売り物にしています。
図3 異学年が集う静かな教室 イエナプランスクールは、ドイツのペーター・ペーターゼンが提唱した教育方法で、異学年の児童が混合で学びます。教師は「グループリーダー」と呼ばれ、「教師」に見られがちな「権力関係」を無力化しようとしています。ちなみにOECD東北スクールでは、教師を「ローカルリーダー」と呼んでいましたが、このイエナプランの考え方に基づいていました。

図4 家庭のリビングのような教室の一角 私たちが校長先生からこの学校についてガイダンスを受けている間、その傍らで児童が数人でテーブルに向かって一生懸命勉強をしています。決してこちらのガイダンスに気をとられることはありません。イエナプランは異学年がいっしょに学ぶということから、とても元気で賑やかな教室という先入観を持っていましたが、実際は全く逆で、教室の子どもたちはいずれもとても静かで、それぞれに自分のペースで一生懸命勉強をしています。子どもたちは5,6人の同学年生で一つのテーブルを囲み、静かにワークブックの作業をしています。教師、つまりグループリーダーはそのテーブルに入って、グループの子どもたちに問題を投げかけたり、解説したりします。他のグループの邪魔にならないように声のトーンは抑えられており、他のグループの子どもたちもそれぞれが集中力を乱されることもありません。これらはイエナプラン教育の重要な柱の一つです。
図5 ワールドオリエンテーションの成果物 教室─イエナプランでは教室はリビングルームと呼ばれる─はどこかの私宅のリビングのように家庭的で、子どもたちの創造性をかきたてるようなオブジェが自然に配置され、ミニ図書館やソファもあります。片隅にはグループには入れない特別な支援を必要とする子どものための席も準備されています。
図6 サークルディスカッション イエナプランのカリキュラムは、ワールド・オリエンテーションと呼ばれる総合学習の時間が中心に位置づけられています。私たちが参観した授業のテーマは「たまご」で、卵から連想したオブジェや、卵にまつわる物語、卵の持っている自然科学上の性質など、多くの視点から捉えようとしています。教室の壁に下げられているスクラップブックをのぞくと、「エボラ出血熱」の連日の記事がのり付けされており、社会とのつながりを重視されていることがわかります。授業の最後には必ず、サークルディスカッションが始まり、全員が一つの環になって、この時間に学んだことを発表したり質問したりします。オランダ語なので何を言っているのかよくわかりませんでしたが、話がよく絡んでおり、言いっぱなしではないことはわかりました。
 リビングルームで集中して勉強する子どもたちの姿を見て、自分たちが育てなければならない子どもたちはこういう子どもたちなんだ、と痛感しました。

 翌日は、飛行機までの空き時間にフェルメールの生家などを訪ね、街全体の静謐な空気を堪能することができました。その夕方、私たちはドイツの南端、ミュンヘンに飛びました。そこで、衝撃的な光景を目にすることになったのです。

※これらの5つの教育は、オランダではオルタナティブ(刷新的な)教育と呼ばれており、独立した学校もあれば、教育の一部を採り入れた公立校もあり、様々です。イエナプラン以外の教育を簡単に説明します。(参考:リヒテルズ直子『オランダの教育』)
・フレネ教育は、フランスのセレスタン・フレネが始めた教育方法で、労働者のための教育と言われており、自由作文が中心で、これをもとに自分たちで新聞を作ったり、批評し合ったりします。
・ダルトンプラン教育は、米国のヘレン・バークハーストが開発した教育方法で、子どもたちは自分で学習計画を立てて、それを教師が一人ひとりチェックする形をとっています。クラス内での責任を明確にし、こうした関係を学習の基礎に据えています。
・シュタイナー教育は、ドイツのルドルフ・シュタイナーが進めた教育方法で、「心」で感じたり、それを「手」で表現したりすることを重視し、絵画や音楽、演劇やオイリュトミーと呼ばれる身体運動が特徴的です。
・モンテッソーリ教育は、イタリアのマリア・モンテッソーリが提唱した教育で、幾何形態などの教材を用いて子どもたちが自由に探究することを目指しており、異学年がグループになって学びます。

恐竜が教えてくれたこと

©2019 BIND & Willink B.V. / Ostlicht Filmproduktion GmbH

 11歳の少年サム(ソンニ・ファンウッテレン)は気付く。「この世の生き物はすべて、いつか死ぬ」と。そして思う。「地球で最後の恐竜は、自分が最期の恐竜だと知っていたのかな」と。さらにサムは考える。「人はいつか死ぬ。小さいぼくはひとりになる。孤独に耐えるようにならなければ」と。
 映画「恐竜が教えてくれたこと」(彩プロ配給)は、少年の視線を通して、おおげさに言えば、人生の意味を問いかけている。原作がある。ロンドン生まれで、オランダ育ちの児童文学作家アンナ・ウォルツの書いた「ぼくとテスの秘密の七日間」(フレーベル館・野坂悦子 訳)だ。映画は原作とほぼ同じ運びである。
 舞台は、オランダにある小さな島のテルスヘリング島。サムは、パパ(チェッポ・ヘッリツマ)とママ(スサン・ボーハールド)、3歳上の兄ヨーレ(ユーリアン・ラッス)といっしょに、一週間のバカンスを楽しんでいる。
©2019 BIND & Willink B.V. / Ostlicht Filmproduktion GmbH 浜辺で遊んでいるとき、ヨーレがサムの掘った穴に落ちて、骨折する。ママは偏頭痛になって寝込んでしまう。悪いことばかりではない。サムは、サルサの練習をしている少女テス(ヨセフィーン・アレンセン)と出会う。サムより少し年上のテスは表情豊か。ついサムは、サルサの練習に加わる。
 テスはサムに言う。「パパは火山の噴火で亡くなった」と。サムは、また、いろいろと考える。人が死ぬってどういうことなのか、と。そしてまた、家族でいちばんの年下だから、孤独に耐える訓練をしなければ、とも。パパとヨーレは、別の島で治療中で、ママはずっと寝ている。サムは、孤独に耐える訓練を続けていく。
 そんなサムに、テスは言う。死んだと思っていたパパが生きていて、ネットで調べて、ママには内緒で、この島に招待した、と。やがてサムは、テスの計画に巻き込まれていく。
 孤独に耐える訓練中、サムにある事件が起き、サムは、「思い出」の大切さを知る。サムは思う。テスとテスのパパは、12年分の思い出を無くしていたのだ、と。
©2019 BIND & Willink B.V. / Ostlicht Filmproduktion GmbH サムとテスを見ていると、微笑ましい限り。子どもからおとなへのとば口にある少年少女のやり取りが、美しい島で展開する。ほんの一週間のあいだに、サムとテスは、みごとな変身を遂げる。
 児童文学ではあるが、これはおとなのための小説、映画だろう。おとなも、かつては子どもだった。子どももおとなも、これからの人生は、いつだって、自分で決めるしかない。そんな勇気を授けてくれる。
 登場人物は、おとなも子どもも、一風変わっていて個性的。サムもテスも、これからおとなの仲間入りをすることになる。いつまでも、最後の恐竜が何を知っているかに、思いを馳せる人間でいてほしいいものだ。
 このようなすてきな映画を撮ったのは、オランダのステフェン・ワウテルロウトで、これが長編の初監督になる。原作、脚本ともに秀でていて、読み応え、見応えがある。

2020年3月20日(金)より、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開

『恐竜が教えてくれたこと』公式Webサイト

監督:ステフェン・ワウテルロウト
脚本:ラウラ・ファンダイク
原作:アンナ・ウォルツ「ぼくとテスの秘密の七日間」(野坂悦子訳、フレーベル館)
出演:ソンニ・ファンウッテレン、ヨセフィーン・アレンセン ほか
2019年/オランダ/オランダ語・ドイツ語/カラー/84分
英題:My Extraordinary Summer with Tess
配給:彩プロ
後援:オランダ王国大使館

Webマガジンまなびと:「学び!とESD」Vol.03

Webマガジン:「学び!とESD」Vol.03 “英国シューマッハー・カレッジにおける教育 ~持続可能な暮らし方を学ぶ~”を追加しました。

英国シューマッハー・カレッジにおける教育 ~持続可能な暮らし方を学ぶ~

シューマッハー・カレッジのメインエントランス 英国南部の町、トットネスにシューマッハー・カレッジという教育機関があります。修士課程とショートコース、園芸の研修を開講しており、持続可能な社会の構築につながる学びを実践しています。その学びは「3H」、つまりHead(頭)、Hand(手)、Heart(心)の原則によって支えられています。知識を学ぶだけではなく、実体験と知識を統合させることをめざしているのです。筆者は、昨年の11月に開講された「ガンディーとグローバル化」というショートコースに参加しました。
 このコースの講師の一人は、シューマッハー・カレッジの創立者の一人であるサティシュ・クマール先生でした。サティシュ先生はガンディーに影響を受けて平和や環境のための活動家となった方です。そのため、コースではガンディーの非暴力の原則をサティシュ先生とのトークセッションで学ぶことが中心でした。セッションでは、ガンディーの唱えた原則について学び、そこからグローバル化した世界を問いなおして皆で話し合いました。このように、学ぶテーマについて問いと応答によって深めていくことが「3H」の原則にあるHeadの学びだといえます。
「ディープタイム・ウォーク」の様子 サティシュ先生のトークセッションに加えて、ゲストの先生によるワークショップやフィールドワークも受けました。1つ目は、人間の想像力の可能性を実感しながら学ぶことができるワークショップでした。2つ目に、「ディープタイム・ウォーク」という、地球が誕生してから現在までの時間の長さをカレッジ周辺の自然のなかを歩いて体感するワークを体験しました。どちらも実体験を通して学ぶワークですが、トークセッションはこれらのワークを受けて内容を発展させていくので、Headの学びを実体験と統合する試みがなされていることがわかります。
 シューマッハー・カレッジの実体験を通した学びで特徴的なものがHandの学びです。カレッジには農園があり、学生は園芸をしたり、そこで採れた野菜を使って健康的な食事をつくったりします。掃除も行い、いわゆる家事を自分たちで担います。自らの手を使ってこれらの家事を皆で分担することで、身のまわりの環境や他者、自分をケアすることを学ぶのです。
ある日の昼食 第3にHeartの学びに焦点を当てていきます。Heartの学びはカレッジの学び全体に内在化されています。例えば、上記に述べた2つのワークでは想像力のもつ可能性への希望や、地球への畏敬、環境破壊への痛みを感じました。これらのワークとセッションを往還させることで、Headの学びで得た知識にも感情が伴うようになりました。Handの学びでも、実際に行うことで他者と身のまわりの環境、自分自身をケアすることの大切さを実感できました。また、今回はカレッジの皆が集い、各々が抱えている問いなどを何でも語り合う場が設けられたため、仲間との心のつながりがより確かなものとなったと感じます。朝に行われる瞑想もHeartの学びの一環でしょう。
 シューマッハー・カレッジで学んだことは持続可能な暮らし方です。セッションやワークを通して人間が他者、自然と非暴力的に生きていく知恵を実感として得る。家事を通して自分と他者、自然を含めた環境のケアをする。この学びのサイクルのなかで同じ時間を過ごしている仲間たちと深く語り合うまでの仲となる。そして、自分の心とも丁寧に向き合っていく。このように自然と他者と自分自身を気づかいながら互いの関係性を再構築し、ともに生きていくことが、持続可能な暮らし方だといえるでしょう。そこで得た関係性は自分が今後生きていくうえでの土台となります。その土台が、カレッジを離れた後でも持続可能な暮らしを営み、希望ある未来を紡げるように学生たちを支えているのだと筆者は信じています。

参考文献:
シューマッハー・カレッジのホームページ(https://www.schumachercollege.org.uk/
サティシュ先生の世界観については、先生のご著作『君あり、故に我あり』(2005年、講談社)に詳しいです。

臨時休業期間における児童生徒用コンテンツの紹介:更新

臨時休業期間における児童生徒用コンテンツの紹介:コンテンツを追加しました。