中教審答申と教育委員会

■ 教員の資質能力向上

 さる6月末に、中央教育審議会教員の資質能力向上特別部会は「教職生活の全体を通じた教員の資質能力の総合的な向上方策について」の審議の最終まとめの報告を行った。
 グローバル化や情報化等、社会の急激な変化に伴い、高度化・複雑化する諸課題に対し、学校教育において求められる人材像の変化への対応が必要として、新たな学びを支える教員の養成と、学び続ける教員像の確立をめざしている。そのために、教育委員会と大学との連携・協働により、教職生活全体を通じて学び続ける教員を継続的に支援するための一体的な改革を行う必要性があるとしている。
 今回の大きな特徴は、従来の大学における教員養成の在り方に留まらず、採用以後直接的な責任を持つ教育委員会の在り方についても言及しているところにある。

■ 教員養成・教員免許状の改革

 教員養成の改革の方向性としては、教員養成を修士レベル化し、教員を高度専門職職業人として明確に位置付けることとしているが、アジアにおいても韓国やタイにおいて多くの教員が修士を取得していることを始め海外の多くの国において、教員の修士化が進んでいる現状がある。
 この教員養成の修士化は、教員免許制度の改革の方向性として、学部4年で取得する免許、「基礎免許状(仮称)」の創設と、1年から2年程度の修士レベル課程での学修を標準として取得する免許、「一般免許状(仮称)」の創設からなる。
 さらに、特筆すべきは「専門免許状(仮称)」の創設である。これは学校経営、生徒指導、進路指導、教科指導、特別支援教育等、特定分野に関し高い専門性を持つことに対する免許状であり、学位取得とはつなげず、いわゆる研修等で取得することとされている。

■ 教育委員会・学校と大学の連携・協働による高度化

 さて、教職生活の全体を通じて教員の資質能力に直接的な責任を持つ教育委員会についてであるが、その主な内容は採用と研修である。教員の採用については教員の資格取得者と採用数にあまり差のなかった時代では、教員の資質能力の責任の多くは養成側にあったが、10数万の教員免許取得者が毎年大学を卒業し、うち2万~3万の教員採用が行われる現在では、教員の資質の問題は採用時点でも教育委員会側にあると言わざるを得ない。受験者の身につけた資質能力を採用者側が適切に評価するための手法の開発や、大学での学習状況や実習の状況について採用選考の際に評価する方法の検討などが急がれる。また、採用年齢の撤廃や、年齢構成上少ない年齢層の積極的な採用など工夫できるところは多くあると思われる。
 また、研修においては、教育委員会と大学との連携・協働による現職研修のプログラム化・単位化や、講習の質向上など教員免許制度更新制の見直しも必要となる。管理職段階における研修では、マネジメント力を身に付けるための管理職としての職能開発のシステム化を推進する必要がある。
 いずれにしても、採用を境に養成までは大学、採用後は教育委員会という垣根をなくし、教育委員会と大学が連携・協働し全体として教員の資質能力の向上を図る必要がある。そのためには、修士化においては、大学での学びだけでなく、教育委員会の行う研修、将来的には校内研修も視野に入れて、関係機関全体で教員の修士化を目指したプログラムを完成させ、部分的には研修センターでの講座受講や、校内研修の特定の内容も一般免許状や専門免許状の取得単位の一部として認定を可能とすることも必要となるだろう。

■ 教育行政幹部(教育長)育成

 これらのことに伴い、教育委員会の機能や責任は従来とは違った面も出てくるだろう。そのために、兵庫教育大学では、「教育行政能力育成カリキュラム開発室」を新しく設置し、教育行政幹部職員に必要な能力の同定とその能力開発プログラムを目的とした研究に着手したところである。その際参考となるのが、米国の教育大学院(スクール・オブ・エデュケーション)において行われている、学校管理者や行政担当者を対象としたEd.D(博士レベル)を授与するコース等である。

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学校安全点検の重要性

■ 緊急課題としての安全教育

 これも外部評価委員として学校に寄せていただいた折のことである(113号「学校多忙化の改善」参照)。保護者や地域の方々が口々に、昨年3月11日の際の対応に関連して、学校安全への大きな不安を話された。
 学校の安全が守られなければ、安定した効果的な教育は成立しない。安全教育の充実によって危機を防止・回避する。事故・事件発生に際して被害を最小限にとどめる。このことが緊急の課題となっていることを、改めて実感させられた。
 東日本大震災をはじめ、各地で深刻な災害があり、様々な事故・事件が発生しており、子どもや保護者に動揺を与えている。各学校においては、何に重点をおきどう安全教育を展開するかを見直し、安全な学習環境を確保することが問われている。

■ 「学校安全の推進に関する計画」の策定

 平成24年4月27日、閣議によってこの計画が決定された。東日本大震災をはじめとする災害の教訓なども踏まえ、生活安全、交通安全、防災教育を含めた災害安全強化のための内容が盛り込まれており、各学校においては、これを参考にして自校の指導を見直すことが重要な課題となっている。
 学校における指導の充実という点からは、つぎのような内容を中心とする、学校安全を推進するための方策に着目することが求められる。

①安全教育における主体的に行動する態度や共助・公助の視点
②教育手法の改善
③安全教育に係る時間の確保
④避難訓練の在り方
⑤児童生徒等の状況に応じた安全教育
⑥情報社会への対応
⑦原子力災害への対応

■ 各学校の留意点とは

 学校安全に関しては、学校経営の観点からは組織的な安全管理が重要になる。その対応・指導の重点としては、学校安全の指導体制を整え、すべての子どもに対し安全な生活を営むのに必要な事柄について理解させ、安全な行動ができるための態度・能力を身につけさせることが大切である。
 従来と同じ計画、指導内容では、予測を超える緊急事態には対応しきれない。
 全教職員の間で、いま求められる安全教育について、多角的に検討を加えることがまず必要になる。その上で、指導・対応の改善・充実に取り組むのである。
 各学校では、自校の実態に即して適切に全体計画を立て、これに基づいて体育・保健体育などの各教科、特別活動、総合的な学習の時間などの指導充実を図り、組織的、計画的に効果的な安全教育を行うことが必要である。
 子どもに対する安全教育は、将来につながる安全意識・能力の基礎を培うものである。
 各学校においては、学校内の施設・設備の点検や安全確保のための様々な取組を効果的に進める。それとともに、子どもに対する計画的な教育によって、緊急時に率先して避難行動をとるなど、安全に対する考え方、行動の仕方を定着させるようにする。そのための指導・対応に関する創意工夫が当面の課題である。

■ 指導推進に際しての留意点

 安全教育の計画・実施に際しては、次のことに留意し、指導の万全を期したい。

①安全教育に関する重点目標に即して基本計画を策定し、同時に具体的な事例、突発の事態に対する対応策についても整備をして、指導の充実を図る。
②自校の実態の的確な把握、他校、他地域における指導・対応の教訓を生かし、絶えず自校の安全教育計画、実施体制を見直す。
③安全教育に関する評価の結果を、指導改善、指導・対応体制の強化に結びつける。
④子どもが安心して学び、活動できる学校づくりを教育目標に位置づけ、保護者や地域の関係者と連携して地域に開かれた学校を目指す。

 また、実際の取組を進める際には、次のような点について創意を生かすことが望まれる。

①校長が学校経営の重点を周知する際に、関連資料を配布し、その趣旨の徹底を図る。
②安全教育を主題とする研修機会を設定し、子どもの事故や災害の現状、安全な行動の仕方について理解を深め、効果的な指導・対応の在り方を検討する。
③事例協議の機会を設定し、具体的な場面に即して、自校の安全計画や指導の在り方に関して話し合いをし、指導の改善を図る。

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小学校3、4年生が危ない

■ 今、小学生が荒れている

 今、小学生が荒れている。中学生の暴力件数は減少傾向にある。文部科学省の平成21年の調査によれば、小学生の学校内外の暴力は7,115件で前年度10%増加。児童・生徒の暴力は、件数の8割を中学生が占め小学生の件数は少ない。中学生は前年度比では2%増加、高校生は3%減と微増か減少傾向にある。小学生の増加が目をひく。
 「あなたの学校で、平成15年度に“少年非行”に関する問題がありましたか。それはどんな内容でしたか」(小学校校長会調査)
 その結果、一番多いのは万引きで、次が悪戯・物品破損、それに火遊び、喫煙が続く。また、それを14年度と比較してみると暴力・傷害が前年度の3倍、万引き、喫煙、家出、無断外泊、盛り場・深夜徘徊、恐喝はいずれも2倍強の増加となっている。そして悪戯・物品破損、火遊びも増加の傾向が見られる。
 これまで中学生の定番といわれていた非行が小学生にまで降りてきている。

■ ギャング・エイジが消えた

 今、小学生の荒れは無視できない状況に来ている。なぜこうした事態が生じたのであろうか。この背景には子どもたちの育ち方が変わってきていることがあげられる。
 小学生の子どもの育ちに欠かせないギャング・エイジを体験しなくなったのである。小学3,4年生の時に「ちょい悪」文化を学んでないのである。
 子どもたちは「おりこうさん」になっている。そして一人ぼっちにもなっている。子ども同士が徒党を組んで遊ばなくなっている。集団行動をとらなくなっている。
 30年前までの子どもたちは放課後、近くの空き地で子ども同士で徒党を組み秘密基地づくりをして遊んだ。それが大学生たちでさえ、その経験をした者は半数に達しない。
 秘密基地づくりは次のような作業が伴う。
 ①基地の設計図を描く ②チームの名前を決める ③掟・暗号を決める ④メンバーシップを高めるためにそろいのバッチ、手帳などをそろえる ⑤遊びのルールを自分たちで決める
 ギャング・エイジの体験はなぜ必要か。それは遊び集団でのつきあい方を身につけるからである。
 小学校3、4年生ではじめて家や教室からのルールから解放される。自分たちだけのルールとマナーとモラルをつくり出す。
 家の経済状態や学校の成績はそれほど影響しない。どの空き地なら安全か、秘密基地に必要な材料をどれだけ集められるか、面白い遊びをどれだけ知っているか、うまい設計図をどれだけ描けるか、一発芸でどれだけ人を笑わせられるか、という才能が評価される。
 それぞれが持ち味をだし、議論を戦わしたり、けんかをしながら物事を決めていく。その中から決め方の段取りを身につけ、仕切り屋が生まれる。大人に頼らず自分たちの力で物事を解決していく方法を体験する。

■ ギャング・エイジはゴールデン・エイジ

 スポーツの世界でゴールデン・エイジという言葉が指摘される。一流の選手になるには練習を始める最適の時期があるという。9歳から12歳といわれる。中学生になってはじめてもよいが、それでは遅すぎる。手遅れになるらしい。
 確かに、プロで活躍するそれぞれの分野の選手のキャリア・パターンを見ると小学生の中学年あたりから覚え始めている。
 私は、ギャング・エイジを子どもの成長のゴールデン・エイジと呼びたい。
 中学生や高校生、それから大学生でギャング・エイジを体験するとすでに遅い。本当のギャングになってしまう可能性が強い。  
 「啐啄の機」という言葉がある。ヒナが孵る際わずかな音がする。それを親鳥は聞き漏らさず外側から突き返し殻を割る。親と子、両者の絶妙なタイミングの一致によって、無事に新しい生命が誕生する。
 ギャング・エイジは子どもたちが独自の文化をつくり始める時期である。親と教師、それから地域の人はヒナが孵るのを温かく見守って欲しい。
 学級崩壊の原因の一つに、子どもの集団力の衰退がある。集団生活で欠かせないルールとマナーとモラルを身につけていない。やんちゃのままの子どもが学級に入ってくる。だから、3,4年生の担任は集団づくりに苦労する。ベテランの教師でも学級をまとめるのに二ヶ月かかるという。
 学級集団だけでは子どもの集団力の育成には無理がある。集団力の育成には放課後、子どもたちに「ちょい悪文化」を含んだギャング・エイジの体験をさせるのが近道である。

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いい先生の「三つの条件」と「三つの輪」

■ 私の失敗談

 私は大学を出るとすぐ、社会科の担当として中学校に赴任した。2年E組の担任になった。着任して1ヶ月後の連休あけに学年のバレーボール大会が予定されていた。
 高校生の時からバレーボール部に所属し、スポーツが大好きだった私はクラスの子どもたちと一生懸命練習をした。
 いよいよ球技大会前日が来た。
 「明日は、ボクたちのクラス、絶対優勝するぞ! エイエイ・オー」と気勢を上げて帰らせた。
 班ノートを集めて職員室にもどった時、最初の班ノートを見て驚いた。
 K君がたった1行、
「明日、球技大会、休みたいなあ……」
と書いていた。
 ガーン ! と頭を殴られたような気がした。そういう生徒がいるということに気がついていなかった。
 私は、明日運動会というと「ヤッタァー、明日は勉強もないし、楽しい運動会やぁ」と喜ぶ子ども時代を過ごしてきた。
 「明日、球技大会 ! 」というと、子どもはみんな自分と同じように、「ヤッタァー! 」と思うものだと決めつけていた。
 「明日、運動会」というと、目の前がまっ暗になる生徒がクラスには何人かはいるということに全然気がつかない最低の教師だった。
 K君の家に走って行った。
 「オイ、明日休もうと思ってるやろ ! 絶対あかんぞ ! そんなん上手な子だけ出て優勝しても、ひとつも値打ちないやん。応援も大事やし、全員で、みんなで力を合わせよう」

■ 三つの条件

 最初のこの体験は衝撃だった。子ども一人ひとりが見えていなかった。気がついていなかったことがショックだった。
 教室には様々な生い立ちや家庭の事情をかかえた子どもたちがいる。
 「体の弱い子の気持ちを分かろうと努力する教師にならないかん」
と思い知らされたことがきっかけとなって
「勉強の分からん子の気持ち」
「家庭的にめぐまれない子の気持ち」
を分かろうとすることの大切さを教えられた。
 この三つは私の教師論の原点のひとつとなっている。

■ 「先生が嫌いです」(三つの輪)

 その年、“一年間を振り返って”という作文を書かせた時、「野口先生は休み時間、いつも先生のまわりに集まっていくM君やI君、Oちゃんなどとばかり楽しそうに話している。だから、私は野口先生が嫌いです。」と書いた子がいた。S子である。
 この作文もショックだった。
 確かに、若い教師である私は休み時間、いつも話しかけてくる生徒たちに囲まれていた。
 自分では、次から次へと、いろんな子どもたちと話をしているつもりだったが、よく考えてみると教師のまわりには、子どもたちが三重の輪になっている。
 先頭を切って「せんせい!」と近づいて、身体に触れるほど寄って来る子、その子と一緒に手をつないで来ているのだけれど、ちょっと後にまわって、ひかえめな子、そして、先生と仲良く話し合ってる様子を教室の窓のところにもたれて、ジーとこっちを見ている子の三重の輪である。
 時々は、窓ぎわに立ってる子の手を引っぱって「ちょっとこっちにおいで!」と話しかけて、はじめてエコひいきしない先生になれるということに新任の頃は気がつかなかった。
 いつも子どもたちに囲まれているから、「オレは生徒たちにモテる教師だ」とうぬぼれていたのではないか。
 この最初の教え子たちの同窓会が去年の夏に開かれた。
 10人ぐらい座れる中華料理の円卓にS子もいた。来年はもう還暦を迎えるという話題がひと区切りついた時、私はS子に聞いてみた。
 「おいS子、野口先生はMやIやOちゃんとばっかり話してるから“嫌いです”って作文に書いたの覚えてるか?」
 「覚えてます。あの時、先生嫌いやったもん」
 横からMやIが
 「お前そんなこと思ってたんか、僕ら先生と気楽に話してただけやのに……」
 「あれから40 年以上たってるのに恐いなあ」
 「生徒の恨みは恐い」という話で盛り上がった同窓会だった。
 「三重の輪」、気をつけよう。

著者経歴
元 大阪府堺市教育長
元 大阪府教育委員会理事 兼教育センター所長
元 文部省教育課程審議会委員
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学校多忙化の改善

■ 課題となっている多忙化

 外部評価委員として学校に寄せていただいた折、何人もの校長先生から、多忙化が大きな問題となっているという話を伺った。
 学校教育の効果的な展開は教職員の積極的な職務遂行に支えられている。
 教員の多忙化によって児童・生徒に向きあう時間が減少し、さらにメンタルヘルスに問題を抱える教員がいるとすればそれは学校運営上重大なこととして捉えられる必要がある。
 「多忙化」の実態は学校規模や学校の抱える課題等によって一様ではない。また、「メンタルヘルス」に関してもケースによって対応は異なる。年度始めには、自校の実態に即して、そうした事態を予防するという観点と具体的な問題への対応という観点の両面から、教員の多忙化の改善と職場の人間関係に対する配慮を中心に、適切に対応しなくてはならない。

■ なぜ事態が深刻化するか

 教育課題の多様化、子どもの指導上の問題や保護者等との対応等によってストレスを蓄積する場合が多くなっている。その実態をまず確かに把握する。そして、事態が深刻化するのは、多くは勤務条件や職場の人間関係などから、特定の教員が孤立化し精神的にダメージを受ける場合であることを認識することが大切になっている。
 管理職としては課題解決に向けての学校経営上の工夫や、多忙化・多忙感解消に機能する校内体制づくりに関して確かな経営方略を持つことが求められる。
 多忙化解消のために、会議・打ち合わせ、事務・報告書作成、あるいは学校運営にかかわる業務、子どもの指導、家庭・地域への対応等に関し、どこに問題があるかを見直すことから改善に手をつけたい。定例あるいは慣行だからということで惰性的に行われている内容もないとはいえない。校内指導体制や校務分掌の適正化、事務の合理化、情報機器の導入などによって改善を図ることの可能な内容もある。全教職員が自分たちの手で指導組織の改善に取組む協働の意識を大切にし、生き生きとした学校、職場をつくることを重視したい。
 そのためにも、すべての教職員が自分の考えや疑問、個人的な悩みなどについて管理職と自由に話し合える機会を工夫するようにしたい。

■ 課題を抱える教員への対応

 メンタルヘルスに課題を抱える教員に対しては、ケースに応じた適切な対応が重要になる。何となく忙しそうだ、忙しいことを訴える教員がいることは確か、といった漠然とした把握では効果的な対応に結びつきにくい。多忙の実体、メンタルヘルスに関する問題の主たる原因がどこにあるのか、緊急課題は何か。踏み込んだ実態把握が重要である。教員によっては、自分の深刻な事態に気付きながら、職場に迷惑をかけたくないという意識からなおがんばろうとしていることがある。基本的には、そのような教員の立場を共感的に理解して原因の除去に努め、本人との相談を大切にし回復を図る。
 必要に応じて関係機関・専門医等との協力関係をつくり、教育委員会との十分な連携のもと、場合によっては指導改善研修、仕事の軽減や休養・加療を含め、そのケースに応じる最善の対応を行う必要がある。
 改善の決め手になるのは、できるだけ仕事の集中を避けることと同時に、その職務が徒労感に結びつくことのないような指導体制・人間関係を築くということである。集中を改善する校務分掌に留意すると同時に、教務主任、生徒指導主任等、ある程度集中することがやむをえない場合も、その仕事を協働で進める組織の確立を目指すことが大切である。

■ やり甲斐の感じられる職場づくり

 特に多忙化への取組で視野に入れたいことは、教員が抱く「多忙感」への対応である。多忙化を検討していくと、特定の教員へ仕事が集中している実態がある場合と、特に仕事の集中はないけれども、強い多忙感を抱いていてそれが職務に影響を及ぼしている場合のあることに気付かされる。多忙感には主観に委ねられる部分が含まれる。同量の作業に取組んだとして、その仕事に負担を感じるか意義を感じるかによって、受け止めが大きく変わるからである。
 教員は対児童・生徒、対保護者、対同僚という複雑な人間関係の中で職務に取組んでいる。それだけにその人間関係のどこかにゆがみが生じ、そこに職務に対する徒労感が加わると問題が生じやすい。
 学校運営、指導組織の合理化、適正化を図り、教員が「多忙感」をうむことのない健全な学校づくり、協働を支える職場の健全な人間関係づくりが、いま重要な学校経営の課題になっている。

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東日本大震災と絆

 東日本大震災から丸1年、春は今年も巡り来ました。
 しかし、私たちの脳裏に焼きついて離れないのは、大地までも飲み込んでしまうあの恐ろしい大津波の映像です。
 これまで無念さを胸に秘めひたすら耐えに耐え、前を向いて頑張ってこられた被災地の方々の胸中を思う時、今も言葉を失います。
 一方、社会の連帯感、人間関係の希薄さが指摘される今日、震災を通し改めて人の強さや優しさを知り、近しい人との絆をより大切にする機運が高まったことは幸いでした。

■ 絆

 「愛する日本に移り、余生を過ごす。多くの外国人が日本を離れる中、私の決断に驚いた人もいたが、『勇気をもらった』と言ってくれる人もいた。そうだといいなと思う」
 これは、震災1カ月後の4月26日、日本文学研究の第一人者ドナルド・キーン米コロンビア大名誉教授が、ニューヨークで最後の講義を行った際、大学院生に冒頭で語った言葉です。
 福島原発事故による放射能を心配し帰国を急ぐ外国人が多いなか、この報道に接した時、私は言い知れぬ感動を覚えました。親日家とはいえ、キーン氏と日本の強い絆を感じたからです。
 復旧に際しては、自衛隊、警察、消防関係の活躍が誰の眼にも頼もしく、子どもたちからは感謝の言葉がこぼれました。昼夜を分かたず献身的な診療を続ける医師団や若者のボランティア等、多くの国民が被災地に寄せる支援の姿にも心を揺さぶられました。いち早く支援に駆けつけた米国の「トモダチ作戦」をはじめ、発展途上国からの義捐金にも頭が下がりました。共通することは、強い絆でした。

■ 想定にとらわれない判断力

 地震から逃れることのできないわが国では、全国津々浦々防災のマニュアル作りを進めてきました。とりわけ東海沖地震が心配される静岡県では、早くからマニュアル作りに取り掛かり防災の先進県という自負もありました。
 しかし、今回の大震災により、マニュアルの見直しとともにマニュアルだけに頼っていてはいけないことを痛感しました。マニュアルは基準を作り、その想定内で組み立てていくものだからです。
 「相手は自然だ、何が起こるか分からない。その場でベストを尽くす。ハザードマップを信じるな。これは人間が想像したものだ。」岩手県釜石市の防災教育の指導に当たっていた群馬大学片田敏孝教授の言葉です(2012年1月17日放送NHK『クローズアップ現代』より)。片田教授は「日頃、子どもたちは、親や周りの加護の下に生きている。子どもたちに主体性を持たせてはじめて想定にとらわれない判断が出来るようになる」と言います。
 津波の怖さを理解させるため、50cmの高さでも人は流されることを映像で見せ、リアス式海岸と津波の関係、浅瀬では波が高くなることなども丁寧に指導していました。

■ 釜石の子どもたちと主体性

 「津波てんでんこ」は、津波が来たら「それぞれ他人にかまわず必死で逃げろ」ということです。一見、身勝手な印象を与える言葉ですが「てんでんこ」を可能にするには、「それができる家族関係があること」が前提であり、鍵は家族の「信頼」関係だと、貴重な指摘をしています。
 「親はうちの子は絶対逃げているから自分も逃げられる。子どもは自分が逃げることが分かっていれば、お母さんも安心して逃げられるだろうと考える。親と子の強い絆が信頼となり勇気となり行動を可能にする。それが結果として守り合うことになる」と言うのです。
 片田教授の指導で、忘れてはならないことは、

①想定にとらわれない

ことの他に、

②その時の状況下で最善を尽くす
③自ら率先して避難する

という3原則を徹底している事実です。
 小学校6年生の男子児童は、避難の途中で遅れがちな足の不自由な同級生をおぶって逃げています。危険が迫る中で、教えを守り最善を尽くしている姿は誠に尊く、教育の力の凄さを感じます。

■ 価値観の転換の必要性

 震災を通し認識を新たにしたことの一つに価値観の転換があります。これまで私たちが享受してきた豊かな生活を問い直す必要があることを実感しました。
 欲望を大いに刺激し、消費者の購買意欲をかきたてた浪費社会は長引くデフレの中、既に遠のいていますが、東日本大震災は、このような価値観がまかり通った時代には再び戻れないことを暗示しています。これは教育の面からも注視しなければならないことです。
 震災から多くのことを学んだ23年度でした。その中で、学校は地域のシンボルであり、子どもたちの笑顔が希望につながることを実感した1年でもありました。

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潜在力に着目した学力論議を

■ 学力調査に鑑みて

 今日、文科省の全国学力調査をはじめPISA、TIMSSなど国内、国際間において様々な学力調査が行われ、その結果に関係者は一喜一憂させられている。順位や点数が大きく報道されるが、数学教育を研究している者からするともう少し掘り下げた多角的な論議を展開したい。そうした考えから、筆者らはイギリスのBurghes教授らによる数学的な潜在力に着目し、その研究を進めてきた。ここではそれを紹介したい。

■ 潜在力の捉え方と測定用具の開発

 心理学者のガードナーは知能を相対的に独立した、言語的知能、論理・数学的知能、身体的・運動感覚的知能、など7つの分野に分けている。これらを踏まえて、数学的な潜在力を、「知能と数学的学力の中間に位置付くもの」で、「生得的な面と経験や学習・教育に負う面の両面性があり、学習・教育によって発達するもの」と捉えた。これを基にBurghes教授らの研究を参考にして、潜在力の思考力的要素を次の4つにカテゴリー化した。

①論理的推論
②パターン認識
③操作:記号操作、図形操作
④思考の柔軟性:試行錯誤、多面的な見方・考え方等

 また、数学の内容を「数・量」「図形・空間」「関数・関係」の3領域に分け、それと①~④とを組み合わせて、潜在力を測定する調査問題を開発した。次はその一例で「図形・空間」の「パターン認識」を問う問題である。

「次の図のならびから、きまりをみつけて、?のところに入るものを下の1-6の図の中からえらんで、その数字をかいてください。」

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■ 潜在力調査の活用

 潜在力調査の活潜在力調査の結果を加味すると学力論議を深めることが出来る。例えば、A、B、Cの3校の学力や潜在力の調査結果(平均点)が次のようであったとしよう。

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 このとき、学力点だけからみると、よいのはA、B、C校の順となる。しかし、潜在力を加味して、「学力-潜在力」からみると、よいのはC、B、A校の順となり、逆の結果となる。このことは潜在力を踏まえると、A校はなお努力の余地があり、C校はよく努力していることを示唆している。同様の方法で個人間や地域間などの比較検討を行うこともできる。こうした視点から、子どもの頑張りや教師の指導力を見ることも重要と考える。
 また、あるクラスの子どもたちを、学力と潜在力の2つの視点から次のように分類したとしよう。

111_02

 この場合、潜在力からみて一番気になるのは②枠の子どもたちである。この枠の子どもたちは、潜在力は高いのに学力が低いのである。ということはこの子どもたちは、努力が不足している、あるいは指導が不適切である、等々何らかの原因で学力が低い結果にとどまっていることが示唆される。そこで、原因を把握し、適切な指導をすることにより、学力向上を図ることができると考えられる。

■ 潜在力育成の重要性

 数学的な潜在力は先にも示したように、「論理的推論」などの4つの思考力的要素から構成されている。これらは算数・数学教育で育成できる、汎用性のある思考力である。そうした潜在力を育成し、それを顕在化させてやることは今日の算数・数学教育において益々その重要性を増してきている。
 そこで、潜在力に着目して算数・数学教育の新しい地平を切り開いていくことと、他教科においても潜在力の研究を進め、それを加えた学力論議を展開していくことをアピールしたい。

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異動は最大の研修である

■ 異動希望ゼロの学校

 「うちの生徒に講話をしてください」と依頼されて、ある中学校を訪れた。
 校門からきれいに清掃された美しい環境の学校だった。
 体育館に整然と並んだ生徒たちは行儀も良く、しっかりと話を聞いてくれた。
 「校長先生、とてもいい学校ですね。」と感想を言った。
 「うちの学校の先生は、誰も転勤したがりません。異動希望ゼロの学校です。」という答えが返ってきた。
 「異動基準の年数をこえても、皆本校に残りたがるので、苦労してるんですよ。」と満足そうに続けた。
 「異動は最大の研修ですからね」と私が言うと、「“異動は最大の研修! ”それ、使わせてもらいます。」と返ってきた。

■ 他市への異動希望ゼロの町

 学校だけでなく、市町村ごとに見ても他市町村への転勤希望がゼロの町が大阪にも存在する。
 周辺部の比較的人口の少ない落ち着いた市町村に多い。
 大都市の中心部に比べると確かに地域も保護者も学校もおだやかで平和である。
 そういう恵まれた環境の学校で勤務を続けられることは本人にとっても幸せなように見えるが、実はそうとは限らない。
 子どもたちが可哀想と思える事もある。
 私は中学校の教師を15年間したあと大阪府教育委員会に20年も在籍していた。しかも、その大半を教職員人事の担当をしてきた経験をもつ。
 大阪府で府下全体の管理職試験をしている時にいつも感じたことだが、大都市で幾つもの学校を転勤して、もまれてきた先生は対応力もあり、しっかりした人が比較的多い。
 小さな町で、あまりもまれてこなかった先生は若干頼りなく感じてしまうのである。
 若い時から、市の教育研究会で発表するとなると、大都市では何百人の先生方の前でやらなければならないので、気合いを入れて準備したり、勉強したりする。
 町に中学校が2~3校で皆仲良しだったら緊張もなしに普段着のままで過ごしてしまうことも多い。
 それだけでも、管理職になるまでに大きな差ができてしまう。
 生徒指導や保護者対応にしても、その体験には差があるだろう。
 その先生が、あまり成長しないという個人的な問題ですむなら気にならないけれど、力のない先生に習っている子どもたちが可哀想である。

■ 絶えず新しい血を入れよう

 異動で出て行ってもらう先生に、「冷たい心じゃないんだよ、可愛い子には旅をさせよ、だよ」という気持ちで送り出すことも大事だが、実際、マンネリになって伸び悩んでいた人が、新しい学校で心機一転、よみがえったように生き生きしている姿もよく目にし、耳にすることも多い。
 その先生にとっては、教職員研修を100回受講するよりも、1回の転勤で大きく飛躍できたということになる。
 まさに、「異動は最大の研修」である。
 学校や市町村にとっても、毎年同じメンバーで繰り返していると、どうしてもマンネリ化がさけられない。
 毎年、何パーセントかは新しい血を入れて新陳代謝を図るほうが望ましい。

■ “人事はエゴだよ”

 私が大阪府の小中学校人事の責任者をしていた頃、尊敬する教育長さんの忘れられない言葉がある。
 「野口君、人事は芸術だよ」
 この校長とあの教頭を組ませたら学校からどんなメロディーが聞こえてくるか。
 「人事は哲学だよ」
 市内全体の学校の人事を描き終わった時、その教育長の願いや考え、哲学が浮かんでくる。
 「そして、人事はエゴだよ」
 その時、私はすぐに、「ハイ、それはよくわかります」と答えたように記憶している。
 しかし、エゴが前面に出てしまった時、人事交流は全て止まってしまうのだ。
 お互いのエゴを十分にわきまえた上で、お互いの信頼関係をくずさない努力が必要とされる。教職員の資質向上の為にも、何よりも子どもたちの笑顔があふれる学校づくりの為にも、人事を担当する人々の信頼と絆のもとに学校の活性化を進める積極的な人事交流を望みたい。

著者経歴
元 大阪府堺市教育長
元 大阪府教育委員会理事 兼教育センター所長
元 文部省教育課程審議会委員
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新年に当たって

■ いま考えるべき重要課題とは

 昨年は3月11日の東日本大震災、これに重なる福島原子力発電所の事故、さらに集中豪雨や台風の被害など、多くの方が被害を受け、だれもが心を痛め、不安を感じた一年でした。しかし、同時に、そうした厳しい状況の中で、耐え、しのぎ、立ち上がる素晴らしい人々の姿に、強い感動を覚えることの多い一年でもありました。
 被災地の一日も早い復興・復旧をお祈りするとともに、新しい年に当たって、教育としてできること、なすべきことに思いをめぐらしています。
 そうした観点から改めて学校教育を見直すとき、やはり重要なこととして、困難を切り拓くこと、新しい未来を作り出すことの根底に位置する、「生きる力」をどう育成するかということが課題として認識されます。
 そのことについて、昨年になりますが、こんな経験をしました。
 平成23年10月4日のことです。朝のNHKの番組が東日本大震災の折、40人の命を守った二人の警察官の話を伝えていました。画面に登場したのは、まだ20歳代とみえる若い方でした。

■ とっさの判断と行動

 3月11日の地震直後、津波直前のことです。たまたま列車に乗り合わせていたお二人が、列車から近くの役場まで乗客を誘導し、全員の生命を救ったというのです。地震による大事故の発生。とにかく、大変な事態となった。たまたま乗り合わせていた二人は、協力し合ってまずは列車から乗客を誘導して脱出させたということです。次に考えたのが津波だった。とっさの判断で、全員をここなら安全と考えられる、少し離れた場所まで避難してもらおうということだった。
 お二人はこう話されました。
 「マニュアルがあったわけではありません。」
 「特別な訓練を受けていたわけでもありません。」
 「とにかく、そのときのとっさの判断で、乗客全員を誘導して無事を確保したいと考えたのです。」
 これこそ、究極の「生きる力」ではないか。画面を食い入るように見ながら、私はそう考えていました。
 注目したいのは、このお二人の状況把握の的確さです。おそらく、これまでに学んだ知識や経験をフル活用して状況把握をし、同時に思考をめぐらせる。次の事態の予測がまた的確です。判断を総合しての行動の決断も見事です。
 「大変なことが起こった」「どうしよう」「不安だ」「先が読めない」錯乱状態の中でこんなことを考え、動揺の中でただ惑乱していたとすれば、おそらくは直後に襲ってきた津波に巻き込まれていたに違いありません。
 状況を捉える。とっさに思考をめぐらす。過去の知識や技能を総動員して、いま自分がとるべき行動を決定する。
 それを決然として実行に移す。これこそが究極の「生きる力」ではないか。私はそう思ったのです。

■ 学習指導要領の目指すところ

 ここで思い起こされるのが、「生きる力」の育成を目指す改訂学習指導要領です。すでに新しい教育が本格的に展開され始めています。そこでは、思考、判断、表現が重視され、言語活動が様々に工夫されています。
 そこで問題になるのが、具体的な教育活動を通して子どもにどのような力をつけることが求められているかということです。
 「生きる力」を育成する。「生きる力」としての確かな学力、豊かな心、健やかな体を目指す。そこまでは分かるのです。しかし、だから具体的にどのような点に重点を置き、教育活動のどこをどう工夫しなくてはならないかということになると、それはこれからの各学校の創意を生かした実践に委ねられることになります。
 1996年に文部省(現在の文部科学省)の中央教育審議会が「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について」という諮問に対して、第1次答申をまとめました。その中で、次のようなことが述べられています。
 「これからの子どもたちに必要となるのは、いかに社会が変化しようと、自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力である。また、自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心など、豊かな人間性である。たくましく生きるための健康や体力が不可欠であることは言うまでもない。我々は、こうした資質や能力を、変化の激しいこれからの社会を[生きる力]と考えた。」
 これからの学校教育では、特に、「自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力」を改めて捉え直すことが求められています。この点を意識して、各学校の実態に即した教育計画を立てることが重要です。指導のねらいを明確にし、子どもが確かな能力・態度を身につけられるよう日々の授業を工夫することが大切であることを改めて確認した次第です。日文の教育情報ロゴ

福島の子どもを元気にしたキャンプ

 3月11日の東日本大震災から9ヶ月になろうとしている。被災を受けた地域の子どもたちは元気な生活を送っているのだろうか。
 国立青少年教育振興機構は、大災害を受けた福島の子どもたちが少しでも元気になるように、今年の夏休みに那須甲子青少年自然の家と磐梯青少年交流の家で三泊四日のリフレッシュキャンプを実施した。

■ 参加した動機

 そのキャンプは子どもたちにどんな効果をもたらしたのだろうか。事前事後の調査結果が発表された。参加した児童生徒は2,258名。子どもたちの参加の動機は多様である。その中で、6割を超す子どもたちは次の理由から参加している。

1位…キャンプの活動内容が面白そう(75.6%)
2位…外で体を動かしたかった(66.5%)
3位…夏休みなのでどこかに行きたかった(65.6%)
4位…プールで泳ぎたかった(61.1%)

 友達に誘われてや親や先生に勧められてという、消極的な動機ではなく、安心安全な場所で体を動かしたい、という積極的な意図を持って参加している。
 参加する前、子どもたちはどんな生活行動をしていたか。
 子どもたちが夏休みになる一週間前、学校の休み時間で取った行動は、次のとおりである。

1位…友達とおしゃべりをしていた(78.1%)
2位…トランプやオセロ、将棋などをした(42.8%)
3位…読書をした(39.9%)

 友達とのおしゃべりがダントツ。それに屋内遊びや読書という教室内に限定された行動が続く。「鉄棒・滑り台で遊んだ」(9.3%)、「縄跳びをした」(10.5%)など屋外遊びは1割にとどまる。
 放課後もやはり屋内行動が主流である。「テレビをみた」(75.4%)、「勉強した」(75.3%)、「ゲームをした」(61.9%)。「学校や公園にいって遊んだ」(25.2%)や「友達とボール遊びをした」(23.6%)は四人に一人にとどまる。

■ 三泊四日のキャンプの成果

 キャンプに参加する前と後では子どもたちの心と体はどう変化したのだろうか。結論を先に言えば、事後の方が数値が上がっている。

□「いろいろなことにやる気がある」
  〔よくあった〕50.2%(後) > 31.8%(前) 
□「やろうと思っても、なかなか手がつかない」
  〔全くなかった〕36.9%(後) > 17.7%(前) 
□「からだから、力がわかない」
  〔全くなかった〕68.9%(後) > 59.5%(前) 

 これらの項目は「無気力」を測定したものである。キャンプ後には無気力の数値が少なくなり、意欲を取り戻している。

□「ワケもなく悲しくて何もしたくない」
  〔全くない〕76.6%(後) > 70.3%(前) 
□「味や痛さを感じない」
  〔全くない〕87.2%(後) > 80.3%(前) 

 これらの項目は「うつ反応」を測定したものである。キャンプ後には「うつ」的な気分は低下し元気になっている。

□「むしゃくしゃしてすぐかっとする」
  〔全くない〕61.7%(後) > 44.1%(前) 
□「頭痛や腹痛など体の具合が悪い」
  〔全くない〕66.3%(後) > 55.0%(前) 

 これらの項目は「精神的な混乱」を測定したものである。「かっとすること」や精神的な影響から生じる「頭痛や腹痛といった体調の悪さ」は減っている。

□「心配でイライラして落ち着かない」
  〔全くない〕68.4%(後) > 56.3%(前) 
□「小さな音にびっくりする」
  〔全くない〕70.4%(後) > 61.7%(前) 

 これらの項目は「不安反応」を測定したものである。イライラが少なくなり、小さな音にびっくりしなくなっている。
 事後にプラスの効果をもたらしている。
 なかでも、「無気力」を測定しているカテゴリーの上昇が著しい。キャンプの後、子どもたちはやる気を取り戻し、前向きになっている。
 三人に二人(73.5%)の子どもが「リフレッシュキャンプは楽しかった」〔とてもそう〕と答えている。〔まあそうであった〕を加えると96%に達する。この種の調査ではかなり高い評価をもらっている。
 「教室」と「家」の中に閉じこめられた生活を余儀なくされた子どもにとって、自然の中で友達と自由に伸び伸びと活動できたことは貴重な体験となっているようだ。キャンプという自然体験を通して元気になり、新しい思い出づくりができている。
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