「校長先生」が少なくなりました

■小さな研究会で

 ある離島の研究会に招かれて講演に行った。海が荒れると島に渡れないこともあって前日に到着した。
 夕食は世話役の先生たちと一緒だった。
 私の前の席に、人柄の優しそうな、この先生は子どもに好かれてるだろうな、と思う40代の男の先生が座った。
 「この頃の学校はどうですか?」
と私は何となく質問した。するとその先生は「校長先生が少なくなりました。」と答えた。
 「エーッ、どういうこと?」
 「校長先生というと、子どもが大好きな教育者で、子どもの家庭環境も、地域の人たちのこともよく知っていて、授業のことも一緒に考えてくれる人が多かったですよね。」
 「今は?」
 「管理職が増えたんですよ。校長先生が少なくなって…。」
 「もうちょっと具体的に教えて?」
 「例えば、うちの小学校は全校児童が100人ほどの学校です。今の校長さんは3年目になります。未だに子どもの顔も名前もおぼえていません。すぐに対応しなければという問題が起きて、校長先生に相談すると、校長室にもどって文科省や県の通知文を見て、”ミスのないように”と言うんです。まず保険をかけて、自分の身を安全な場所に置いてから仕事をする人が増えました。」
 地方にはまだ、のんびりとした良い教育が残っていると思っていた私には、正直これはショックだった。

■ この頃の学校で

 もう一つ、「学力が低い!」と県教委からはっぱをかけられている学校の校長さんと食事を共にしている時、「昔は給料から毎月、積み立てをして、全教職員で一泊どまりの親睦旅行で温泉に行ったりしてましたよねえ」と私が言ったら、

この頃 学校で減っていること
~宴席(親睦会)と教育談議~
この頃 学校で増えていること
~ぐちと他力~

と校長さんが返してきた。
 「なるほど、そのネタ、どこかで使わせてもらおー、もう他にありませんか?」

この頃 学校で強くなっていること
~説明責任と成果主義~
この頃 学校で弱くなっていること
~つながりと情熱~

とその校長さんは続けた。
 苦笑いするしかなかった。

■ 競争と管理強化ではダメ

 二人の先生の言葉は、今日の教育改革がもたらした一つの断面を突いているのではないか。
 本当にこういう学校現場で良いのだろうか。
 子どもの時によく遊んだ「伝言ゲーム」を思い出した。最初の人が次の人へ伝言し、次々と伝えているうちに最後に聞いた人が発表すると全然違ったものになっていたというゲームである。
 文科省の言っている「学力向上」「教員の資質向上」「学校評価や教員評価」「学校支援地域本部」などなどは決しておかしなことではない。今の時代、当たり前のことである。
 しかし、県教委・市町村教委・学校長と順に伝言されていくと、学校現場では先生方の仕事が増え、教育談議をする時間もなくなり、飲む会も減り、成果を求めて競争が激しくなり、つながりが薄れ、ぐちだけが増える。
 やがて情熱もなくした教員を心配する校長がミスのないように管理を強める。
 こんな伝言ゲームはもうやめよう。
 「先生方、元気を出して下さいよ。」「子どもたちとよく遊び、よく学び、よく話を聞いてやって下さいよ。」「子どもたちの笑顔があふれ、活気ある学校をつくりましょう!」「保護者や地域の人たちと一緒に、子育てを楽しみましょう!」
 最初に伝言した人はこう言ったはずなのに、どこで間違ってきたのかなあ。
 今月の給料から積み立てをはじめ、全員でパァーッと親睦旅行にでも行きますか?

著者経歴
元 大阪府堺市教育長
元 大阪府教育委員会理事 兼教育センター所長
元 文部省教育課程審議会委員
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重要課題としての学級経営改善

学級担任の重要性の確認

 学級担任は、学級の子どもとの多様な接触の機会を持ち、子どもの個性や家庭事情、学校生活における人間関係などの多くの情報を持っています。
 このように学級担任は、学級の子ども一人一人のおかれている諸条件を総合的に捉え、計画的に生徒指導を進めることのできる立場にあります。
 最近は子どもの意識と行動が急激に変化し、これまでの指導では対応しきれない問題が多くなっています。直面する課題に対して柔軟に対処することができるよう、学級経営の改善を行うことが重要になっています。

■ 効果的な指導を目指す

 各学級において、新しい課題に対応する際には、過去の経験に寄りかかり、指導を自己完結的に捉えるのではなく、学年・学級、校内指導組織と密接に連携する関係を築き、新しい指導を開発することが重要です。実際の指導では、次の点に留意する必要があります。

  1. 学校全体の生徒指導の目標及び重点を明確にし、そこに学級経営の重点目標が位置づくようにする。
  2. 各学年、各学級の指導の重点目標について共通理解を図り、一貫性のある指導、組織的な指導を目指す。
  3. 子どもに対する指導を実際に行う機会として、教科等、特別活動、道徳の時間など、その内容と特質について確認し、効果的な指導展開を目指す。
  4. 全校的な指導組織及び各担当の取組内容を確認し、各学級の担う役割、各担当者の役割を把握する。
  5. 学級経営の立場から、家庭、地域、関係機関等との連携に関する基本的な内容について確認する。

■ 学級での子どもの生活の重視

 学級における子どもの生活は、極めて多様な内容を持っています。そして、学校における子どもの人間形成、成長発達は、その多くが学級を場とする生活の中で行われます。
 学級は、子どもにとって各教科等の授業を受ける場であるとともに、学校生活を送る上での基礎的な生活の場でもあります。
 子どもの学校生活の中心である学級が、充実したやりがいのある学級であるか、不安に満ちた荒れた学級であるかは、成長発達の大きな差となって表れます。学級担任は、学校全体の方針の下、子ども一人一人の円滑な成長発達が確かに進められることを目指し、学級を単位として展開される教育活動について諸条件を整備し、効果的に運営することが求められています。

■ 学級経営の重点

 学級は学習・諸活動、生活のための集団です。そこでの活動・生活を通して、子どもの人間形成ないしは成長発達を促す場でもあります。したがって、望ましい人格形成を促し、自己指導の力を獲得させるよう条件を整え、子どもの人間関係を調整し改善するよう働きかけることが学級経営の課題となります。
 学級経営を効果的に展開するためには、次のことに留意することが大切です。
 児童生徒自らが自主的に解決に取組むことを目指し、すべての児童生徒の自己実現、将来の社会的自立という点を経営方針の根底に据える。

  1. 学習活動に対して積極的に取組もうとする態度、豊かな人間関係の中でよりよい活動を目指そうとする主体性を重視して、学級づくりを行う。
  2. 真の児童生徒理解に立ち、自己指導力を育てることによって自分たちの手で問題の解決を図ることを大切にする。
  3. 子どもの発達課題、指導の系統性を考え、見通しを持って指導計画を立て、指導を展開する。
  4. 計画、実践、見直し、見直しを活かした全校の取組の中で学級経営の改善・充実に取組む。
  5. 学級経営の立場から、学校・家庭・地域、関係機関との連携を大切にして、指導を推進する。

■ 基本的生活習慣・校内規律に関する指導

 基本的生活習慣、校内規律は、人間の態度や行動の基礎となるもので、子どもにとって、社会的な自立や自己実現のために重要な意味を持っています。
 地域社会や家庭の構造・機能の変化によって、基本的生活習慣や規範意識が十分身についていない子どもが増えています。学級担任は、このような現状と課題を正しく把握し、学校、家庭、地域それぞれの役割の理解に立って、学校としての責任を自覚して指導を進めることが求められます。
 小学校段階では、具体的な資料を活用して子どもの理解を深めるなどの工夫をし、日常生活の実践に結びつく指導を行うことが大切になります。これを受け、中学校段階では、生活習慣や規律が自分にとってどのような意味があるかを考えることが重要になります。それを自分のより正しい判断、行動の習慣とし、そのことを集団の一員として必要な行動・態度に結びつけることが目指されます。
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体験不足はなぜ起こるか

■ 自然体験10年間で減少

 虫取りや海・川で泳ぐといった体験は45歳以上の人は当たり前であった。それがこの約10年間で大幅に減少していることが国立青少年教育振興機構の調査でわかった。
 調査は今年の1月から2月、全国の小中高校の児童・生徒約1万8800人を対象にしている。
 小学校4年と6年、中学2年への調査で、「チョウやトンボなどの昆虫を捕まえたこと」が「何度もある」か「少しある」と答えた割合は59%で、前回同じ質問をした05年度に比べて6ポイント減少。1998年に比べて22ポイント減だった。
 「海や川で泳いだ」は09年度が70%で05年度に比べ4ポイント減、98年度と比べると20ポイントも減った。「キャンプをした」も09年度は44%で、98年度に比べると17ポイント減少。
 同機構は幼少期の体験がその後の人生にどんな影響を及ぼすか調べるため、09年11月~12月に、小中高生約1万1千人を対象にした別の調査を実施している。それによると、小中学生の頃体験量の多い高校生は、規範意識が高く、職業意識も高い。さらに人と関わるコミュニケーション能力も高い、という結果が出ている。

■ 子どもの歩数が減った

 子どもの体験不足の背景には放課後の世界が消えていることがいえる。具体的には、子どもの歩く歩数が減っている。
 東京都によれば30年前、1日に約2万7000歩あった子どもの歩数はここ30年で半減し、今や1万3000歩までになっている、という。
 私が3年前に行った小学校5年生を対象にした調査(月曜日から金曜日までの5日間の平均)では約1万歩であった。ほぼ同じ結果である。
 日経新聞によると、東京都の荒川区にある区立三峡田小学校は昨年から年に2~3回「ミリオンウォーク」期間を設け、1日に1万歩以上歩くように促している、という。
 東京都は子どもの歩数の少なさに危機意識を抱き、今年の7月に子どもの体力を高めるには1日に1万5000歩相当の活動が必要とのガイドラインを公表している。
 「万歩計」は、商標登録されている言葉だが、そこには健康を維持するには1日に1万歩、歩きましょうという願いが込められている。実際、5千歩ほど歩くと汗がにじんでくる。その2倍歩くとかなりのエネルギーの消費になる。「1万歩」は理にかなった歩数のようだ。

■ 中山間地域では学校の遊びが必要

 子どもの歩数の減少は都市部に限ったものではない。中山間地域ほど歩数が減っている。車社会の普及で歩く機会が少なくなっている。親たちはつい便利な車で送り迎えしがちである。
 以前、団地と住宅地、それから自然が豊かな農山村地域の子どもを対象に、放課後どれぐらい遊んでいるか調査したことがある。
 先に結論をいうと、一番遊んでいるのは団地の子どもたちであった。次が住宅地の子ども。一番遊んでいないのは農山村地域の子どもたちである。仮説が裏切られた記憶がある。
 農山村地域の子どもは放課後は屋内に閉じこもっている。家の周りには友達がいないのでテレビと漫画、それからテレビゲームを友達にしている。
 一番遊んでいたのは団地の子どもたちであったが、それは家の近くに友達が多いからである。「遊ぼうぜ」と声をかければ、集まる友達がいたのである。
 子どもの歩数を多くするには、放課後子どもたちが集まる居場所づくりが欠かせない。つまり、地域の中で子どもの人口密度を高くするのである。
 放課後がすたれつつある今、地域の放課後の居場所づくりと共に、子どもの人口密度が高い学校での外遊びの復活が必要である。とりわけ、中山間地域では学校での遊びを見直したいものである。
 東海大学の小沢治夫教授によれば、あまり歩かない子どもは「体調が悪い」「寝付けない」「便秘になる」「やる気がない」という。
 歩くことは体力だけでなく、体調、それから気持ちにまで影響を与えるのである。歩かないと長い間、直立不動の姿勢がとれなくなる。夏休み明けの朝礼では、多くの小学校では子どもを体育座りにさせている。
 地面を強く踏む。しかも親指に力を入れて地面を踏む。こうした機会が減っているから、体を静止した姿勢がとれない子どもが増えている。早速、歩数計を付けて歩こう。
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協調学習

■ 大学発教育支援コンソーシアム推進機構(CoREF)

 大学発教育支援コンソーシアム推進機構(CoREF)とは、「小・中・高等学校の先生方に大学から生まれる新しい考え方を発信し、みんなで教育の質を高めること」及び「その目標に賛同する大学・機関でつくるコンソーシアムの活動を推進すること」の2つの目標の達成に向けて、2008年11月東京大学に設立された機構です。

■ 新しい学びプロジェクト

 現在五ヶ瀬町の呼びかけで全国9つの市町の教育委員会(和歌山県有田市、有田川町、広島県安芸太田町、福岡県香春町、熊本県南小国町、大分県竹田市、宮崎県宮崎市、国富町、五ヶ瀬町)が連携し、東京大学と「新しい学びプロジェクト~市町村と東京大学による協調学習研究連携~」を立ち上げて研究活動を行っています。
 具体的には、東京大学が進めている「協調学習」を国語科、社会科、算数・数学、理科の4教科で実際に授業でどのように使えるかを本年度と来年度2ヶ年かけて研究しようというものです。各自治体から1~3名の教諭を研究推進員として指名し、各教科毎のグループごとに実践研究を進めています。各自治体内での実践や広め方は、研究指定校方式、研修センター方式、市町研究テーマ方式等々それぞれ自由に行っています。

■ 協調学習

 さて、「協調学習」ですが、従来の学習指導方法では、教師はその時間に教えるべき情報を基本的に一斉に全ての児童生徒に伝えていました。その中で、板書の方法、設問の工夫、教材の工夫等々、または、グループ別学習、TT、少人数等々工夫を凝らしてきましたが、教える情報の全てを全ての児童生徒に伝えるという授業方法は従来から一貫した同じ方法でした。
 「協調学習」は、子どもたちの「学びあい」を中心として、習得、活用、探求の要素を取り入れた授業方法です。その時間の授業の内容にそって、3~4の資料を用意し、3つの資料であれば、全体をABC3つのグループに分けて、それぞれAグループにはAの資料、BにはBの資料、CにはCの資料とグループ毎に内容の異なる資料を提示し、児童生徒による学びあいにより学習させる(エキスパート)。次に、グループを入れ替えて、ABCから1人ずつの3人でグループを作り、それぞれ(エキスパート)で学習した内容を説明し合いながら、本時の学習内容を考え(ジグソー)て、最後に全体で発表(クロストーク)を行う、というものです。
 エキスパートの時間では、教師の児童生徒に対する一方通行の情報の提供から、児童生徒どうしによる学びあいによる学習が習得の効果をあげ、ジグソーの時間では学びあいによって深く習得された知識をいかに他の2人に分かりやすく伝えるかの工夫が児童生徒の活用力を促し、3人の情報をつなぎ合わせて本時の内容を考える時間では活用力と探求力が発揮されます。

■ 指導方法論「観」

 学校は、または教師は日々児童生徒に学力をつけるために、言い換えれば児童生徒の知識(情報)の習得率を高めるためにいろいろな工夫をしてきました。しかし一方、OECDの報告以降、児童生徒の能力「観」、学力「観」に変化を求められていることも確かです。いわゆる、知識習得型から習得、活用、探求型への変化です。
 一方その根底となる指導方法論が変わってきたでしょうか。知識習得に対応する知識伝達型から、習得、活用、探求の能力育成型に変化してきているのでしょうか。
 協調学習は従来の全ての情報を全ての児童生徒に伝える事を絶対視してきた指導方法論と認識を別にするものです。協調学習も新しい指導方法論の1つに過ぎませんが、指導方法論も新しい「観」への認識の変換が求められているのではないでしょうか。
 この9つの自治体による研究も半年を過ぎ、それぞれの研究員である教師は教科毎に普段はネットを利用しながら、定期的に東京大学等に集まり研究を進めています。来る2月10日(木)、11日(金)には福岡市において本年度の研究発表を行う予定です。日文の教育情報ロゴ

中山間地の小中一貫教育校から見えてきたもの

■ 地域と学校の現状をみつめて

 現在、私はコミュニティ教育論を学びつつ、今までの教育実践と理論の狭間で、改めてマクロ的視野から「学校と地域」の関係に課題を感じている。
 わが国の中山間地では、若年層の減少と地域全体の高齢化が深刻で、「ムラ」「マチ」の形態や地域コミュニティ形成にも変化が見られ、各地方自治体はその対応策に苦慮している。当然ながら、学校も児童・生徒数減少が著しく、学校再編問題が課題となり地域全体が沈滞する雰囲気にある。特に、中山間地の学校と地域の関係は、歴史的にも学校が中心となって地域活動や文化活動の側面を担ってきている事情があり、地域住民の精神的な支えともなってきている。今こそ、現状に対処する「何らかの」自助・共助・公助のアクションが必要となってきている。

■ 学校と地域の活性化をめざして

 中山間地にあるM地区に、平成9年度から、学社融合の教育を実施。生涯学習審議会答申や中央教育審議会答申による、「生きる力」を育むための「学校・家庭・地域社会」の一層の連携・強化を背景に教育環境の整備に努めることとした。まず、学校の体質として「開かれた学校」運営の改善充実に努めながら、「地域社会を学校の中へ引き込む」「学校を地域社会の中へ引き出す」双方向性を生かす教育課程の編成、教育活動の工夫など、可能な限り小中連携の教育活動を基盤にその実践の場を意図的・計画的に進めた。地域住民の授業支援、学校行事等の参加。学校からは、地域ごとの「土曜寺子屋学習」に出向き、教師、児童、生徒ともに、地域住民のゲストティーチャーによる郷土の歴史、伝統芸能文化などを教わり地域の風土にふれ、地域との連帯感を実感できる環境づくりに努めた。このことは、「地域の子どもは、地域で守り育てる」という地域住民の意識高揚の契機ともなった。
 また、推進母体は、「町づくりネットワーク」の構成員に学校関係者が加わる組織とし、地域全体の視点から、連帯感と協業体制の確立が一層深まった。このような考え方は、全市的に拡充することとした。

■「おらが学校」と地域コミュニティづくり

 H地区も、小規模化する小中学校の現状に、地域住民の間では、近い将来市街地の大規模校に吸収合併されるとの危機感が常に漂っていた。と同時に、地域の一層疲弊する要因となることへの危機意識も敏感に反応していた。現状打開策の一環として、平成17年度内閣府による構造改革特区の認定を受け、平成18年4月全国に先駆けて小中一貫教育校を開校した。9か年を見通したきめ細かな教育指導により、生徒指導、学力向上の充実、適正規模の学校の構築と安定した学校生活の確保など新しい教育システムの充実をめざすこととした。元々、構造改革特区制度は、各地域の特色を生かす地域振興策としての法的規制緩和措置である。願わくば、「地域興し」と学校再編の課題を「地域づくりと学校づくりの相関関係」において実現できないかとの思いを強くしたのである。
 地域に学校の必要性を共有してもらうため、小中一貫教育校の運営に当たっては、コミュニティ・スクール(学校運営協議会制度)方式とした。学校・保護者・地域住民が、当事者意識をもって学校運営に参加し、「おらが学校」の意識のもと、現在、三者による各実行委員会組織が地域力としての機能を発揮し、学校づくりが進められている。
 この行動を通して、一方では、地域住民間のコミュニケーションは、点から線、線から面へと連携を深め、広域化した新たなコミュニティへの構築が始まっている。小中一貫教育校の開校は、新しい教育システムの構築と同時に、地域コミュニティ形成の有効な手段ともなりつつある。

■ 小中一貫教育校が地域と共にあるために

 中山間地の小中一貫教育校は、中学校を中心に各小学校区が一堂に集結する場となっている。このことは、新しいコミュニティの場づくりでもある。学校と地域の双方の関係を大切にし、学校は、教育資源としての地域力を活かす必要がある。そのためにも、

  1. 学校経営の面(教育目標の周知、学校評価、運営参加要請など)
  2. 教育活動の面(地域素材の教材化、人、物、自然、産業などの活用)
  3. 地域活動の面(地域伝統文化の継承、安全安心の社会規範の醸成、コミュニティの形成など)

など、多様な面から考えて、豊かな発想を起こし、「今こそ大切なもの」を見失うことなく、学校と地域が共に行動する中で、双方が「何とかしなければ」を合言葉に、再生の道が築かれることを願っている。このエネルギーこそが必要な時である。日文の教育情報ロゴ

この夏 驚いたこと

■ 「元気のでる話をして下さい」

 例年のことだが、夏休みは教職員の研修会がたくさん、たくさん開かれる。
 おかげで私も、全国各地を走り回ることとなった。
 県も市も学校も、まるで合言葉のように「元気のでる話をして下さい」と言われる。
 この傾向はここ数年、どんどん増えてきている。
 「こういう研修会をやめて、先生方をゆっくりさせてあげるのが正解でしょ?」と心の中では思っているのだが、声に出してはよう言わない。
 教職員は間違いなく、忙しくなってきている。
 「学力向上」「教員の資質の向上」「評価のあり方」「子どもの多様化と個別指導の増加」「保護者との対応に時間がとられるようになったこと」等、数えあげればきりがないほど課題は山積している。
 仕方がないので、先生方が居眠りしないように、笑ってもらって、泣いてもらえるような体験談を中心に舞台の上で身振り手振り、力を込めて話をしてきた。
 「驚いたこと」というのは、このことではない。この傾向は想定の範囲内のことである。

■ 泊まりがけの親睦旅行が消えてきた

 驚いたのは次のことである。
 「給料から毎月、積み立てをして、1年に1回でいいですから全員の教職員で親睦旅行をしている学校の先生、手を上げて下さい」と言ったら、どの会場でもほとんど手が上がらないことである。
 「全員の教職員が泊まりがけで、みんなで温泉に入って、裸で、背中を流しあいしながら、”この1年間お互いによう頑張ったなあー”と言いあって、夜中じゅう飲み明かすって大事なことでしょ?」と重ねて言うと、笑いは起こるが、首は横に振っている人がほとんどである。
 講演が終わってから控え室で話をしていると、「親睦旅行はやっているのですが、全員が参加するのはムリですね…希望者だけでやってます」「泊まりがけは集まりません。夜の懇親会でも、参加するのは半数ぐらいですよ」という学校もある。
 「私たちが若い頃というのは、学校の親睦旅行は、必ず全員参加するものと決まってましたよね、親の不幸でもない限り…」と言うと、50代の先生は皆、あいづちを打つ。
 「裸のつきあいっていいですよね、洗い場に座っている校長先生のうしろに行って、
“校長先生!背中流します”
“おう、ありがとう”
 石鹸の泡だらけのタオルで背中をこすってたら自分の親父みたいな気持ちになったりして…なつかしいなあ、背中を流した先輩の姿、今でも、たくさん思い出しますよ」
 「先生、そういうつきあいは無くなってきましたねえ」という答えが返ってくる。

■ 2・6・2の原則

 何かの本で読んだことだが、組織というのは、2割の前向きなリーダーがいて、2 割の足ひっぱりをする人がいて、中間派は6割ぐらいに分かれるものだそうだ。
 市内の各学校の前向きな2 割のリーダーばかり集めた学校もまた、その学校の中で2・6・2になってしまう。
 中間派の6割をどちらの2割の人たちがひっぱり込むかによって、元気のある組織になるかどうかが決まるらしい。
 2+6の8割が、「みんなでやろう!」と言えば、あとの2割は嫌でもついてくる。
 泊まりがけの親睦旅行が激減したのは、「そんなん、やめとこ」と個人的な事情をあげて反対する2割の人が6割の中間派をひっぱり込んだからにちがいない。
 良い伝統は復活させなければならない。
 教職員が仲良しでなくて、どうして元気のある学校がつくれるのですか。
 教育はチームでするものです。
 学校なんて、教師次第です。和気あいあいのなごやかな先生たちの学校は、必ず子どもたちも、笑顔の学校になる。
 ぜひ、今月から積み立てを復活する学校をふやして欲しい。

著者経歴
元 大阪府堺市教育長
元 大阪府教育委員会理事 兼教育センター所長
元 文部省教育課程審議会委員

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『生徒指導提要』の活用

■ 生徒指導の課題と『生徒指導提要』

 子どもの意識と行動が大きな変化をみせている。平成21年12月1日付け朝日新聞は、「小中高生の暴力6万件」という見出しを掲げ、一面トップで問題行動の状況を取り上げている。
 ここでは、子どもの暴力行為について、「この数年の急増ぶりについては、学校現場も含めて答を見出せないでいる。」としている。改めて指導の見直しをすることが各学校の重要な課題になっている。
 これまで、学校における生徒指導の基本を示すものとしては、昭和40年発行『生徒指導の手引き』、昭和56年の『生徒指導の手引き(改訂版)』があった。このたび、内容を一新する形で(平成22年3月)、小学校段階から高等学校段階までの生徒指導の理論・考え方や具体的な指導方法等を示す基本書として、『生徒指導提要』(以下『提要』と略記)が作成された。そこには、これまでの実践、最新の情報・知見を踏まえる形で、いま求められる生徒指導の内容が網羅的に盛り込まれている。
 『提要』には生徒指導の意義と課題が明示されるとともに、児童生徒の発達に関する課題と対応、インターネット・携帯電話にかかわる課題、児童虐待への対応なども取り上げ、学校における実際の指導・対応に役立つものとして全体が構成されている。それはそのまま、すべての教職員にとって、生徒指導を進めていく上で必要とされる内容である。
 『提要』の「まえがき」では、同書が生徒指導を進める上での基本書として、児童生徒にかかわる全教職員、教育委員会を始め多くの関係者などに読まれ、具体的な指導や研修に活用されることで生徒指導の一層の充実が進められることへの期待が述べられている。
 いま、学校教育に対しては、すべての子どもの健全育成と同時に、いじめ、暴力行為等への指導・対応など個別の問題への効果的な対応が求められている。『提要』はそうした指導改善に役立てられ、指導充実が図られることが期待されている。

■ 『提要』の特徴と活用の際の留意点

 『提要』には生徒指導の理論、基本的な考え方、実際の指導までが盛り込まれている。具体的な課題に関する対応なども視野に入れ、踏み込んだ記述がなされているところに、この『提要』の特徴がある。活用に当たっては、目的・内容に関して共通理解を図り、それぞれの学校の実態を踏まえ、自校の生徒指導の活性化に役立て、すべての教職員の生徒指導に関する指導力の向上に役立てるという点に留意したい。
 すべての教員に生徒指導の基本を身につけさせ、指導体制を確立させるためには、次の点に重点をおき、『提要』を活用することによって、生徒指導の基本、現実的な課題を押さえた教育活動を目指すことが重要である。
 ①生徒指導の重点と指導計画、その展開の見直し。
 ②個々の児童生徒の抱える課題、問題行動等の対応の見直し。
 ③指導体制及び家庭、地域、関係機関等との連携体制に関する見直し。
 ④最近特に課題になっている内容の実態把握とその対応に関する見直し。
 生徒指導を効果的に推進するためには、児童生徒の変化と自校実態の把握、いま求められる生徒指導の基本の理解に立ち、すべての児童生徒の人格のよりよき発達、個々の特性に応じた個別の指導・援助を目指して、全校指導体制を確立することが重要である。

■ 学校管理職として配慮したいこと

 学校管理職の立場からは、『提要』の趣旨・目的について全教職員の間で十分な共通理解を図ること、その活用によって、指導組織を通じ自校の実態を捉え直すこと、そこに示される趣旨を踏まえて指導の基本方針を策定し、次の点を中心に効果的な指導を展開することが重要な課題となっている。
 ①学校が現在当面している課題、克服に必要な取組、重視している内容などを明確にし共通理解を図る。
 ②各学年、各係ばらばらの取組では効果は上がらない。一貫性のある指導、組織的な指導を目指す。
 ③全教職員の間で、実際に指導を行う機会として、教科等、特別活動、道徳の時間など、その内容と特質について確認する。
 ④生徒指導の組織及び各担当の内容を確認する。それぞれが担当する役割の把握とあわせて、連絡・調整の機会、運営に関しても確認する。
 ⑤家庭、地域の関係団体、関係機関等との連携について、連携に関する基本的なことと同時に、担当者が留意すべきことについて確認する。
 ⑥生徒指導に関する研修の充実を図る。新しい事態への対応、校内指導体制の確立、連携体制の充実のために、指導力向上のための研修を重視する。

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改革のミッションは「体験格差」の是正と体験カリキュラムの編成

■ 「体験」をなぜ問題にするのか

 「体験」をなぜ問題にするのか。それは次の理由からである。子どもの世界に体験格差が生まれている。とりわけ、格差は子どもの放課後の生活で生まれている。
 危惧するのは、この体験格差は家庭の経済格差から生まれていることである。そして経済格差が学力格差を生むのである。
 図式的に示せば、家庭の経済格差→子どもの体験格差→子どもの学力格差、という筋道が描ける。  
 経済格差が学力格差を生む。親の年収によって子どもの
学力に「差」が生まれ始めている。例えば、年収800万円以上の家庭の子どもと300万円以下の家庭の子どもを比較すると学業成績に「差」が見られる。こうした事実は文部科学省の事例調査からも裏付けられている。
 放課後の世界はまさに自由競争である。経済的・文化的に優位な家庭とそうでない家庭とでは子どもの体験量が違う。
 経済的に余裕のある家庭では「夏は海、冬はスキーに行く」ことができる。自然体験を満喫する。そして日常の生活では放課後、塾やお稽古、それからスイミングなどのスポーツクラブに通う。さらに通信教育の添削を受けている。
 経済的に余裕のある家庭の子どもたちはさまざまな体験をしている。学力格差はこの体験量の「差」から生まれるのである。

■「体験」はどんな効果を生むのか

 子どもの成長に体験は大切だ、といわれてきた。しかし、体験活動は子どもにどんな影響をもたらすのか、子どもの成長にどんな効果があるか、実証されていない。
 この度、国立青少年教育振興機構は、子どもの頃の体験はその後の人生にどんな影響を与えるか、という問題設定の調査結果を発表した。これは昨年の11月に20歳以上の大人約5000名を対象にした全国調査である。
 興味深いことに、子どもの頃の体験量が高学歴、高収入を生むのである。
 最終学歴では、「大学・大学院卒」の割合を体験量別に見ると45.4%(体験量は少)→48.6%(中)→50.4%(多)と増えている。一方、「中学卒・高卒」は30.8%(少)27.6%(中)→26.1(多)と減っている。
 子どもの頃の体験が多い者ほど高学歴者が多いといえるのである。体験量が「学歴」に影響を与えている。そして、体験格差が学歴格差をも生じさせている。
 「現在の年収」でも同じことが読みとれる。
 「年収750万円以上」の割合は11.0%(少)→12.7%(中)→16.4%(多)というように体験量が増えるに従い数値が増える。一方、「250万円未満」の割合は35.3%(少)→32.5%(中)→26.9%(多)と減っている。
 体験量が今の年収に影響を与えているのである。子どもの頃の体験格差が年収格差を生じさせている。
 ちなみに、ここでの子どもの頃の体験量は「自然体験」「動植物とのかかわり」「友だちとの遊び」「地域活動」「家族行事」「家事手伝い」という六つの領域を加算している。

■どんな体験がよいか

 次に問題になるのが、どんな体験をいつすればよいか、である。それを調べるために、体験の領域と身につく力(体験力は意欲、自尊感情、規範意識、職業意識、人間関係能力などを意味する)の関係を確かめてみた。
 するとここでも興味深い事実が読みとれる。
 一つ目は、「小学校に通う前」の幼児期の体験は体験力をつけるのにそれほど影響がない。
 二つ目は、「小学校低学年」の体験は体験力の育成に効果がある。しかもすべての体験ではなく「友だちとの遊び」と「動植物とのかかわり」が大事になる。
 三つ目は、「小学校高学年」と「中学校」の体験も効果がある。しかし、体験活動の内容は小学校低学年と異なり、「地域活動」や「自然体験」、それから「家族行事」「家事手伝い」といった活動が大事になる。
 この知見は、体験活動においては子どもの成長にあわせて適切な活動内容を提供すべきである、という方向を支持する。
 体験格差が学歴格差、年収格差を生んでいる。そして体験活動は何でもすればよいというものでもない。
 これからの教育改革のミッションは、この体験格差の是正を目指すことである。具体的には、格差が生まれる放課後に、どの子どもにも豊かな体験を保障することである。次に、どの時期にどんな体験が効果があるか、という課題に答える体験カリキュラムを編成することである。

詳しいデータは独立行政法人国立青少年教育振興機構のホームページを参照。
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教育界に黒船(デジタル)来る!

■ 教科書、教材のデジタル化

 「教科書のデジタル化」計画が急速に進んでいる。
 原口一博総務大臣の政策「原口ビジョン」は、2015年までに「デジタル教科書を全ての小中学校全生徒に配備」を掲げた。
 また、2010年度(今年度)総務省予算には「ICTを使った協働教育の推進」に10億円が盛り込まれた。
 文部科学省も4月からデジタル教科書や教材にICT(情報通信技術)を活用した教育を推進するための「学校教育の情報化に関する懇談会」を開催し、6月までに6回も会合を重ねるなど来年度の概算要求に向けて急ピッチで総合的な検討をすすめている。
 文部科学省の鈴木寛副大臣の著書(「コンクリートから子どもたちへ」講談社)には、「日本の教科書は薄いといわれますが、デジタル化すればいくらでも増やせ、しかもレベルによって必要な部分を自由に使えるようになるわけです。また動画や大量のワークシートも入れられるし、ドリルも入れられるし、教員が自由に編集できるので、教員が一人ひとりにとって必要な部分を提供することもできます。」と述べられている。要するに、教育の基本は「サービス」であり、一人ひとりのニーズに合ったサービスを、必要とするタイミングで提供することが大切であり、学習の個別化・個別化対応が必要だというのである。
 近い将来、小中学校の授業風景は間違いなく大きく変わることになろうとしている。
 社会の情報化が進む中で、「いずれはこうなるだろう」という予感はしていたが、「いずれ」ではなく、今、まさに劇的な変化が起ころうとしている。まさに黒船の来航である。

■ 攘夷派と開国派?

 ペリーが黒船でやって来た時「太平の眠りを覚ます上喜撰、たった四杯で夜も眠れず」と人々は大騒ぎした。
 大騒ぎをして、尊皇攘夷派と開国派に分かれて国内が混乱に陥った。
 今の学校現場は黒船が来る前後とよく似ているのではないか。学校現場には、もうすでに電子黒板をはじめたくさんの情報機器が配備されている。そして、パワーポイントなどを活用した授業も多く行われている。
 しかし、それと、全ての小中学生がデジタル教科書を持つのとでは意味が違う。
 そうなると、本格的に攘夷派と開国派に学校の教職員が分裂することになりかねない。若い先生たちを中心に、コンピュータの操作が得意な人たちはデジタル化に賛成して、積極的に推進するだろう。一方で、今だにチョークと教科書だけで授業するインターネットの苦手な先生たちも存在する。学校現場がデジタル派とアナログ派に分裂しては困る。

■ 教育の本質論議を

 アナログ派にはアナログ派の言い分もある。デジタルは単なる道具であって、教育の手段の一つにしかすぎない。
 教育とは本来、人と人とのつながりであり、子どもたちの仲間づくりであり、教師の子どもたちに対する熱意であり、愛であり、涙なんだ。デジタルなんかに教育されてたまるかというプライドもある。
 それはそれで分かるが、「私はアナログ派よ! 」と言って開き直っている先生は、竹槍で黒船とたたかっているようなものだと自覚して欲しい。デジタル化に対応できるように勉強してもらうか、やめていただくしかない。
 しかし、最近の学校現場を見ていると、若い先生の中に、インターネットを自由に操作できることで、自分は優秀な教師であると得意がっている人がいる。そして、保護者や生徒から苦情があると、すぐ「親が悪い、子どもが悪い」と言う。家庭訪問もせずに携帯やメールで済まそうとする。板書もほとんどせずに、映像だけ見せて説明している。それでは子どもたちに学力は定着しない。
 アナログの良い点は教育の世界でもしっかり守り、大切にしていかなければならない。と同時にデジタルのすばらしい面を上手く活用していかなければならない。
 両者の良い面が学校現場で生きて働くようにするために、教育の本質論議が求められている。

著者経歴
元 大阪府堺市教育長
元 大阪府教育委員会理事 兼教育センター所長
元 文部省教育課程審議会委員
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「結びつき」に強さ・深さ・広さを

 年度末は転勤内定通知などの時期で、種々の「別れの儀式」が行われる。それは「人の結びつきの強さや深さ」を感じる時間であり、「強さや深さ」を支えに「生きる力」を育もうとする者の思いに共感する時間である。
 平成21年度末に心を動かされた二事例を取り上げたい。
 一つは、NHK総合テレビ「にっぽん紀行」(2010年3月24日<水>19時30分~20時)の「巣立ち支えるメロディー~愛知・岡崎市5人だけの小学校」。岡崎市立Z小学校では約半世紀前から児童活動「全校音楽」を続け、音楽コンクール全国3位<平成20年度>の成果と共に、子どもたちの仲間意識を育んできた。が、児童数の減少で本年3月末日をもって、Z小学校は136年の歴史を閉じた。6年生2人、4年生1人、1年生2人の計5人は、閉校記念式典に向け練習に励んだ。式典でのマリンバ重奏は実に感動的であった。親密な結びつきのゆえに、感情的気苦労もあったであろうが、6年生のリーダーのもと、また集落の高齢者を含む住民のあたたかいまなざしのもと諸課題をのりこえてきた。1 年生2 名を含む5 人が教師の支援のもと伸びていくその結びつきの強さに感心した。
 二つめは、所属するスポーツ大学卒業式。「謝辞」でサッカー部員I君は卒業が迫るにつれ、「人はなぜスポーツをするのか」自問する心の内を披露した。「一番になりたいから。勝ちたいから。限界に挑戦したいから。仲間になりたいから。」があるとし、結論はスポーツには「多くの人々の思いや気持ちがこめられている」という平凡な主張であった。しかし、I君は熱っぽく追究する。「一つの練習、一つの試合、一つのプレー、一つのゴール、一つの勝利、一つの敗北、一つの記録に多くの人々の思いや気持ちがこめられています。プレーをしている人、プレーに出られなかった人、監督、コーチ、マネージャー、トレーナー、スタッフ、多数の応援仲間、友人、先生、そして家族、それぞれの立場からの思いや気持ちがこめられている。一つの『記録の足跡』でなく、自覚していなかった意味や価値への気づきこそがスポーツの生活であり成果である」と。そして間接的に支えてくれた人々(事務の○○さんとか食堂のおばちゃんたち)との出会いに感謝し、「忘れることはないでしょう」と締めくくった。
 I君の謝辞は、部活動の結びつきは孤立的と感じていた私の見方を払拭するものであった。「結びつきの深さと広さ」への自覚の主張に、思わずI君の存在を見直した。4年間サッカーに打ち込んだI君はまもなく青年海外協力隊の一員としてエチオピアに行くという。新しい世界で結びつきを拡げるだろう。
 我が国の場合、家族が離れ離れに暮らす例は少なくない。「盆と正月」に、父母と子が高齢の祖父母のもとで4、5日間「共同生活」するため「民族大移動」が報道されるが、他国でも同様の現象が見られるのだろうか。
 他方3世代同居の場合も、急激な社会変化や、それに伴う「子育て」観の相違による世代間対立が絶えないと聞く。戦後経済復興で物質的な豊かさを獲得したのとひきかえに、「家族」単位の共同生活すらも瓦解し、われわれは孤立化の方向へ歩いているように思われる。身内にすら「(生活苦を)助けてください」と言えない30代の「誇り高い孤独者」や「中高年」を中心に自殺者が毎年3万人を超える社会を「健全」といえない。
 新学習指導要領は「総則・指導計画の作成等に当たって配慮すべき事項」で、「学校がその目的を達成するため、地域や学校の実態等に応じ、家庭や地域の人々の協力を得るなど家庭や地域社会との連携を深めること。また、小学校間、中学校間、高等学校間、幼稚園や保育所及び特別支援学校などとの間の連携や交流を図るとともに、障害のある幼児児童生徒との交流及び共同学習や高齢者などとの交流の機会を設けること」、中・高では、さらに「生徒の自主的、自発的な参加により行われる部活動については、スポーツや文化及び科学等に親しませ、学習意欲の向上や責任感、連帯感の涵養等に資するものであり、学校教育の一環として、教育課程との関連が図られるよう留意すること」と述べる。(下線は清水)
 幼児児童生徒学生が互いに教えあい、学びあう多様な関係を作り上げていきつつ、足元の学校や地域で伸びていくことが「結びつき」の原点である。そして、身近な保護者・高齢者・ハンディーを持つ人たちとの「結びつき」を通して人間的感情と社会認識を深くしていくことが求められる。それは「生きる力」回復のためである。さらに、現代のグローバルな諸課題(過疎過密、経済的格差、環境保全、等々)に取り組むために、青年海外協力隊への I君の参加に見られるように、「新しい結びつき」の拡がりがますます期待されている。
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