「正義」(法的サービス)に容易にアクセスできる社会を目指して~司法改革と「法テラス」の創設・活動~

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1.2種類の「医師」

 私たちは身体の「不調」を覚えたとき、掛り付けの医院や定評ある病院に行って診察してもらいます。医師の診断を聞いて安心したり、手術など必要な治療を受けたりします。その際、曲り形にも医療保険制度があり、一般に経済的なこと(費用)について深刻に考えることなしにすませます。
 では、私たちが社会生活上の「不調」を覚えたとき(例えば、トラブルに遭遇したり、事の適正な処理に思い悩んだりするとき)はどうするでしょうか。こうした場合、多くは法的な問題がからんでいるものですが、私たちは弁護士のところに行って相談するでしょうか。そうはしないというのが日本の社会の実情でした。日本人は「和」を重んじ事を荒立てたがらない民族である(「日本人は訴訟嫌いである」はその象徴的表現)といわれてきました。しかし、本当にそうだったのでしょうか。相談しようにも身近に弁護士はおらず、しかもどれほどの報酬をとられるか見当もつかない、というのが主な理由をなしていたのではないでしょうか。だが、人が生活上の「不調」に適正に対処できなければ、生活の基盤が害され、不幸に苦しまなければならないことになります。
 しばらく前から、日本人の生活の様式や環境も大きく変ってきました。そして一般の国民にとって司法(弁護士)がこのように縁遠い状況を放置しておいてよいのかが反省され、平成11(1999)年に司法制度改革審議会(以下、審議会)が設けられました。平成13年に出された審議会意見書は、法の支配の理念に基づき、すべての当事者を対等の地位に置き、公平な第三者が適正かつ透明な手続により公正な法的ルール・原理に基づいて判断を示す司法部門が、政治部門と並んで、「公共性の空間」を支える柱とならなければならないとし、その司法部門を支える法曹(弁護士、検察官、裁判官)を「国民の社会生活上の医師」と位置づけ、様々な改革の方途を提示しました。

2.「国民の司法」の確立

 司法改革の趣旨・目的は、一般の国民にとって縁遠かった司法を身近なものとし、容易にアクセスできるいわば「国民の司法」を確立するということにあります。そのためには、①各種訴訟制度の改革が必要ですが、何といっても②法曹人口の増員・法曹養成制度の創設と一般の国民が司法に容易にアクセスしやすいようにする仕組の整備が不可欠です(なお、「国民の司法」という場合、国民が司法を利用しやすくするという面のみならず、国民が司法に参加し、支えるという面もあり、その中核をなすのが裁判員制度です)。
 司法がこのように広く国民の生活に根ざし、確かな国民的基盤に立つことによって、司法が政治・行政の行き過ぎや怠慢をより有効にチェックでき、自由で公正な社会を維持する上で不可欠な権力分立ないし抑制・均衡のシステムの一翼を真に担いうる存在となるという期待が込められていることも強調しておきたいと思います。
 現代は、グローバリゼーションの深化する時代です。ここでは、ルールや基準の定立・適用をめぐる駆け引きが熾烈で、日本の国益と国民の生活上の正当な利益を守るために司法(弁護士)が果たすべき役割が飛躍的に増大しています。世界的にみて、国境を越えた法的サービスの提供が最も急成長する業務といわれてきたのですが、この面でも日本の司法は立ち遅れていました。司法改革には、この遅れを取り戻すための基盤を早急に作りたいとの願いが込められていたことも付言しておきたいと思います。

3.法曹人口の増員と新たな法曹養成制度(法科大学院)の創設

 先に一般の国民に縁遠い司法といいましたが、審議会の頃、つまり21世紀初頭の頃、全国の8割以上の市町村では弁護士のサービスを身近に得られない状況にありました。因みに、当時の主要国における法曹人口の国民比をみると、アメリカは約290人に1人、イギリスとドイツは700人余に1人、フランスは約1640人に1人、そして日本は約6300人に1人という状況でした。
 こうした状況の源は、明治憲法体制に遡ります。行政に大きな比重をおくこの体制は、司法の役割を相当限定的に捉え、その中に法曹(特に弁護士)人口の統制という視点を潜在させていました。日本国憲法に至って法の支配の拡充という観点から司法の大幅な強化が図られましたが、法曹人口の統制という体質を払拭し切れませんでした(確かに、新しい制度の下で法曹人口は徐々に増え、昭和39(1964)年には司法試験合格者数は500人台に乗りましたが、以後30年近く500人前後の数字が続きました)。
 そこで、大幅な法曹人口増員に取り組まなければならないことになったのです。審議会の頃は規制緩和への動きも強く、合格者数1万人以上にといった主張もあったのですが、「社会生活上の医師」にふさわしい養成のあり方を真剣に考える必要があるというのが審議会の基本的立場でした。その際、従来の司法試験は開かれた制度としての長所もあるが、司法試験といういわば「点」のみによる選抜は、身体上の医師の養成と比較しても無理を伴っており、その固有の弊害もあるのではないか(最も厳しいときは、合格率1.5%)、他方、これからの法曹、特に弁護士のあり方を考えたとき(従来のような裁判法務だけではなく、「社会生活上の医師」として様々な形で法的な相談・交渉などに携わることが期待される)、司法研修所の司法修習に決定的に依存するのはいかがなものかが考慮され、結局、法学教育、司法試験、司法修習を有機的に連携させた「プロセス」としての法曹養成制度を構築すべきとなり、その中核として法科大学院を創設するということになったのです。そして、新しい法曹養成制度への切り替えが予定される平成22(2010)年頃には新司法試験合格者数を3000人とすることを目指すということになりました。
 しかし、予想をはるかに越える74もの法科大学院が誕生し、新司法試験のあり方も関連して、合格者数は2000人少々にとどまって、合格率は低迷し(合格者を累積すれば5割、6割、さらに7割以上の法科大学院は結構あるのですが)、他方では、増員に対する抵抗とも関連しながら“就職難”が喧伝される中で、法曹志望者(法科大学院への志願者)数が減少するという厳しい状況が現出しました。この現状に照らし法科大学院としても自ら正すべきところは正すとともに、関係者が協力しながら弁護士の職域拡大に努める中で、早く新しい法曹養成制度を安定化させる必要があります。
 OECD(経済協力開発機構)はかねて日本の高等教育、特に高度専門職業人教育の向上を求めていたのですが、多くの法科大学院では研究者と実務家が協同して少人数・双方向の密度の高い授業が行われており、そこを修了して司法試験に合格した者は既に1万数千人に達し、従来の弁護士像にとらわれず社会の各方面に進出し(企業内弁護士は10年ほど前に比べて10数倍の800人に達する勢いであり、自治体等々に就職する者も徐々に増えています)、新しい活動方法を編み出しつつ活躍する弁護士が多いことを強調しておきたいと思います。

4.「正義」(法的サービス)へのアクセスの拡充-「法テラス」の創設・活動-

 司法を国民の身近なものとするには、法曹人口の増員だけでは十分ではありません。弁護士の偏在(司法過疎地域の存在)の問題もありますし、経済的理由から弁護士に相談するなんてとてもという方もおられるでしょうし、まず何よりもどのように司法(弁護士)にアクセスしたらよいか分からないということがあるかと思います。こうした問題について、国はまともに取り組んできませんでした。少し正確にいえば、刑事被告人国選弁護制度は憲法上の要請で当初から設けられましたが、被疑者国選弁護制度はなく、先進国で広くみられた民事法律扶助制度についての国の積極的な取り組みはありませんでした。日弁連(日本弁護士連合会)は、法律扶助協会を実質的に支え(協会への国庫補助がはじまったのは昭和33(1958)年で、額は1千万円でした)、当番弁護士を設けたり、公設法律事務所を開設するなどの努力を重ねましたが、この種のことは本来国が行うべきものでした。そして、平成12(2000)年にようやく民事法律扶助法が制定され、さらに平成16年に総合法律支援法の制定をみて、ここにようやく国が責任をもって取り組む体制が整うことになりました。

業務を開始した「法テラス」のコールセンター

業務を開始した「法テラス」のコールセンター

 この法律に基づき、平成18年に日本司法支援センター(その愛称、ロゴとして「法テラス」)が業務を開始しました。この「法テラス」には、「法律によってトラブル解決へと進む道を指し示すことで、相談する方々のもやもやとした心に光りを『照らす』という意味と、悩みを抱えている方々にくつろいでいただける『テラス』のような場でありたいという意味」が込められています(日本司法支援センター[法テラス]編著『法テラス白書 平成23年度版』[2012年]参照)。
 「センター本部」は東京におかれ、全国50か所に「地方事務所」が設けられ、さらに実情に応じて「地方事務所支部」、「出張所」、「地域事務所」(「司法過疎地域事務所」と「扶助・国選地域事務所」)が設置されています。業務内容には、「情報提供業務」(法制度や各種相談機関等に関する情報を、誰にでも無料で電話・面談等で提供する[コール・センターのナビダイヤルは0570-078374(おなやみなし)]。2011年度は54万件近くに及ぶ)、「民事法律扶助業務」(経済的に余裕のない人に対し無料法律相談を行い、必要な場合には弁護士・司法書士の費用の立替えをする。2011年度で法律相談が28万件、代理援助が10万件余、書類作成援助が6千件余)、「国選弁護関連業務」(貧困等のため自力で弁護士を頼めない被疑者・被告人のために国選弁護人との契約、報酬費用の支払等を行う。2011年度で被疑者国選7万3千件余、被告人国選6万7千件)のほか、「司法過疎対策業務」や「犯罪被害者支援業務」が含まれています。
 日本では、法律扶助につき、開業弁護士が個々の事件を処理する方式がとられてきましたが、「法テラス」ではスタッフ弁護士制が併用されており、スタッフ弁護士は全国で230人ほどに上っています。そして、こうした弁護士たちが地元の社会福祉協議会や自治体等に積極的に出向き、潜在的な法的ニーズに応えようと活発に活動しています(いわゆる「アウトリーチ」)。因みに、2011年度の「法テラス」関係の政府予算は313.5億円、その中で民事扶助の交付金は165.5億円に達しています。

5.おわりに-時代環境の変化に即応する公正な社会の形成を目指して-

法律相談援助の状況(法テラス白書 平成23 年度版)

法律相談援助の状況(法テラス白書 平成23年度版)

 先に日本人の生活の様式や環境の大きな変化に言及しましたが、グローバリゼーション、バブル経済の崩壊(高度経済成長の終焉)、少子高齢化等々は、雇用関係の大きな変容(例えば、非正規雇用の増加や労働条件・環境の劣化等々)や社会福祉面における深刻な課題(例えば、認知症の人びとの増大に伴う問題、格差の拡大に伴う現代の貧困や社会的排除の問題等々)などをもたらし、人が尊厳ある存在として生を全うするために司法的支援を必要とする局面が大きく増大してきています。また、東日本大震災は、司法的インフラの脆弱さがいかに悲劇を増幅させるかを痛感させました。法教育への取り組みがようやく本格化してきましたが、司法関係者も旧来の自己像から脱皮し積極的に国民への法的サービスの提供・充実に努め、国もそうした努力を助長する環境整備に格段の意を用いることが強く求められているといわなければなりません。

佐藤 幸治(さとう こうじ)
専門分野/憲法学
主要著書/『現代国家と司法権』(有斐閣1988年)、『現代国家と人権』(有斐閣2008年)、『日本国憲法論』(成文堂2011年)など
日本文教出版『中学社会公民的分野』教科書監修者


社会科において防災教育はどのように反映されているのか

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 本小文では、まず、小中高等学校の社会科の学習指導要領に照らして、実際の社会科の教科書のどこに課題があるのかを述べ、つぎに、全体にわたって欠けている視点を示し、さらに、具体的な小学校の津波防災教育の内容を紹介し、最後に、どのように改善すればよいかを示すことにした。

1.防災教育としての小学校社会科の現状

 わが国の災害対策基本法の第1章総則の第1条に示されているように、災害から守るべきものは、国土並びに国民の生命、身体及び財産となっている。そして、これを実行するためには、三つの「知ること」が必要である。それらは、①災害の起こり方を知る、②社会の弱いところを知る、③対策を知るである。①は災害のメカニズムであるから、教科としては理科が担当することになろう。では、②と③はどの教科が担当するかと考えれば、それは社会科ということになる。この考え方は、防災・減災研究者の考え方であって、文部科学省の学習指導要領では、つぎのようになっている。たとえば、「小学校学習指導要領解説 社会編」では、3 社会科改訂の要点の(1) 目標の改善についての中で、「自然災害の防止の重要性についての関心を深めることができるようにすること。」と記述されている。そして第5学年の目標として、「自然災害の防止(の重要性について関心を深める)」を加えた。
 これを受けて、たとえば、A社では、第5学年の社会の教科書で、「自然災害を防ぐ」の小単元で年間時数100の内4時数をとり、全208頁中6頁を当てている。この小単元は、全体の時数の4%および頁数の3%になっている。これは、火事、事故、事件の扱っている時数や頁数に比べてあまりにも少ないといわざるを得ない。すなわち、A社の第4学年の教科書で、くらしを守るとして、火事、事故、事件、すなわち警察と消防を全時数90の内19時数(21%)、全161頁中32頁(20%)をとっている。
 これらのことから、自然災害の扱いが少なすぎると言いたいのではない。火事、事故、事件が「くらしを守る」という単元に入っていて、これが本当は「いのちを守る」とすべきであると主張したいのである。そうすると自然災害は当然対象となる。しかも、くらしを守るということであれば、内容はHow toものとなってしまうからである。ここは「いのちとくらしを守る」とすべきであるにもかかわらず、くらしだけになっているので、自然災害と共通しないことになるのである。
 交通安全教育も防災教育も、もっとも大事なことは「いのちの尊さと生きていくことの大切さ」であろう。それが社会科の教科書から抜け落ちているのである。「生命の尊重」は道徳に入っているが、それではあまりにも一般的過ぎるだろう。交通安全教育が、交通事故に遭わないための教育に特化してしまっているところに問題があろう。無免許で運転すれば、交通事故を起こし、いのちを奪うという危険を同時に教えないから、全国的に若者の無謀運転事故が多発するのである。児童・生徒は運転しないから教えないのであれば、それこそまさにHow toものの証拠である。わが国では近年、交通事故の後遺症のある負傷者が毎年6万人前後を推移しており、欧米先進国ではこの数字が着実に減少していることを考えれば、必ずしも交通安全教育が成功したことにはならないのである(事故後24時間以内の死者数の減少だけを取り上げたのでは不十分である)。

2.防災教育としての中学校社会科の現状

 中学校になると、社会科は歴史、地理、公民の教科に分かれる。「中学校学習指導要領」では、自然災害と防災は地理で取り扱うことになっている。内容は、同学習指導要領によれば、地理の内容として、(2)日本の様々な地域の中の、イ 世界と比べた日本の地域的特色の(ア)自然環境として、「世界的視野から日本の地形や気候の特色、海洋に囲まれた日本の国土の特色を理解させるとともに、国内の地形や気候の特色、自然災害と防災への努力を取り上げ、日本の自然環境に関する特色を大観させる。」のように記述されている。そして、「中学校学習指導要領解説 社会編」の第3章指導計画の作成と内容の取扱いでは、小学校第5学年の教科内容との関連及び各分野相互の有機的な関連を図ることと記してあるが、中学校では自然環境の中で説明されている。そして「中学校学習指導要領解説 社会編」では、つぎのように記されている。「自然災害の面からみると地震や台風などの多様な自然災害の発生しやすい地域が多く、そのため早くから防災対策に努めてきたといった程度の内容を取り扱うことを意味している。」
 この程度の内容では、とても防災教育の一環といえるものでなくなっていることに気がつく。せめて、地震と台風だけでなく、すべての災害の特徴くらいは紹介すべきであろう。また、中学校の歴史においては、近世の日本のところで、「社会の変動や欧米諸国の接近」については、貨幣経済の農村への広がりや自然災害などによる都市や農村の変化に着目し、近世社会の基礎が動揺していったことに気付かせるとともに、…」の表現中、自然災害という単語が入っているだけである。
 自然災害の特徴は二つある。一つは地域性であり、ほかの一つは歴史性である。前者は、たとえば、アドリア海北部(ベニス)、ベンガル湾岸、メキシコ湾岸、有明海、大阪湾などの高潮は地域性をもっているということである。また、歴史性というのは繰り返すという意味である。東海・東南海・南海地震はその典型であって、684年に発生したことが日本書紀に書かれて以来、確実に8回は起こっている。たとえば、嘉永7年に発生した東海・南海地震は、被害が全国的に波及したので、年号が嘉永から安政に改元された。したがって、現在、これらの地震は安政東海、安政南海と呼ばれている。このように、歴史的に繰り返し起こってきた巨大災害は、社会的に大きなインパクトをもっていたにもかかわらず、その存在が不当にも歴史研究者に無視されてきた事情がある。
 したがって、中学校の地理や歴史で自然災害がもっと取り上げられてしかるべきことに気づく。ちなみに、中学校学習指導要領では理科の内容に関する文章中、「自然災害」という言葉は一度も出てこない。保健分野で「自然災害による傷害」が二度出てくるだけである。これでは、自然災害のメカニズム、すなわち、起こり方をまったく学ばずに高等学校の教育にゆだねることになろう。

3.防災教育としての高等学校社会科の現状

 高等学校では、社会科は、世界史、日本史、地理、現代社会、倫理、政治・経済に分かれる。その内、地理Aでは、2 内容の(2) 生活圏の諸課題の地理的考察として、イ 自然環境と防災のところで、「我が国の自然環境の特色と自然災害とのかかわりについて理解させるとともに、国内にみられる自然災害の事例を取り上げ、地域性を踏まえた対応が大切であることなどについて考察させる。」としている。そして、3 内容の説明で(ウ)として、「日本では様々な自然災害が多発することから、早くから自然災害への対応に努めてきたことなどを具体例を通して取り扱うこと。その際、地形図やハザードマップなどの主題図の読図など、日常生活と結び付いた地理的技能を身に付けさせるとともに、防災意識を高めるよう工夫すること。」となっている。
 社会科では、以上述べた内容で終わりである。しかし、東日本大震災が起こったとき、被災者を苦しめた内容は、まさに現代社会が抱える問題の数々であった。たとえば、避難所で発生した問題は、人権、災害時要援護者、ジェンダー、男女共同参画などであって、現代社会の内容と多くは合致するものであるが、自然災害との関係では一切触れられていない。
 それでは、理科において詳しく示されているかといえば、量的にそれほど多くない。第1 科学と人間生活のエ 宇宙や地球の科学の(イ)身近な自然景観と自然災害として、「身近な自然景観の成り立ちと自然災害について、太陽の放射エネルギーによる作用や地球内部のエネルギーによる変動と関連付けて理解すること。」としか書かれていない。そして、内容についても、「(イ)については、地域の自然景観、その変化と自然災害に関して、観察、実験などを中心に扱うこと。その際、自然景観が長い時間の中で変化してできたことにも触れること。「自然景観の成り立ち」については、流水の作用、地震や火山活動と関連付けて扱うこと。「自然災害」については、防災にも触れること。」と書かれているだけである。そして、具体的に地学において、地震と地殻活動の内容として、「…世界の地震帯の特徴をプレート運動と関連付けて扱うこと。また、日本列島付近におけるプレート間地震やプレート内地震の特徴も扱うこと。…」と書かれており、自然災害という言葉は一切出てこない。
 ここで示したように、高等学校においてすら断片的な知識の切り売り状態となっており。しかも、地震などのメカニズムに偏っており、冒頭に示した、②社会の弱いところを知る、③対策を知るに関する記述は皆無となっている。

4.社会科で防災教育を進めるときの重要な視点

 阪神・淡路大震災を経験した私たち防災・減災研究者の最大の反省は、研究の中心に被災者を置いてこなかったということであった。これは痛恨の極みであった。学問のいずれの分野でも、自分が書いた論文が、世界のトップ・ジャーナルに掲載されることは研究者の目標であり、それが評価につながった。しかし、この震災は、あまりの人的被害の大きさゆえに、また被災者の生活再建の難渋さゆえに、防災・減災の研究成果が被害の抑止や軽減に役立ってこそ価値があることに気づかせてくれた。防災・減災のトップランナーであった研究者ほど、この反省は強かった。研究成果の実践性が求められているのである。残念ながら、その点に気づかなかった防災・減災研究者も多い。だから、研究者間で格差が大きくなってきている。そこが一流と二流の違うところであろう。
 このような観点から文部科学省の学習指導要領や教育委員会などの指導書をみると、まだまだ不十分であることに気がつく。たとえば、一般論としての命の尊さや人と人との絆の大切さは、自然災害だけに重要なのではない。前述した交通安全問題でも病気と健康、福祉などでも重要であろう。これらはすべて私たち一人ひとりにとって重要なのである。だから、自然災害の場合、三つの「知ること」が重要だと指摘したが、その2番目の社会の弱いところに対する誤解がある。社会の弱いところとは、物理的に弱いところと社会的に弱いところであり、前者はライフラインや情報、経済などであり、後者の社会とは被災者となる、あるいはなった人びとの生活の意味なのである。
 阪神・淡路大震災の復興過程を系統的に調査してきた筆者らは、被災者はつぎの順序で、生活再建できないことに苦しめられてきたことがわかっている。それは、「すまい、人と人とのつながり、まち、こころとからだ、そなえ、行政とのかかわり、くらしむき」の7要素である。とくに、被災者にとっての生活再建は、最初の2課題、すなわち、すまいの再建と人と人とのつながりの維持・豊富化の二つが重要な要素を占めていることが明らかになった。これら7課題は東日本大震災でも変わらないと考えてよいだろう。すなわち、これら7課題に関する生活再建の視点が欠如していることがわかる。

5.社会科における具体的な津波防災教育の試み

 まず、カリキュラムへの具体的な配慮を示そう。和歌山県教育委員会では、2011年12月に「津波防災教育指導の手引」を県内小中学校の全教員6,400名に配布した。手引書は47ページで、災害時に子どもたちが自ら判断し、行動できるような指導内容に重点を置いている。群馬大学の片田教授が提唱する「想定を信じない」「最善を尽くす」「率先して避難する」という避難3原則を浸透させることを主眼に置いている。和歌山県教育委員会によれば、従来の防災教育用教材に比べて、実際の授業を想定した指導事例や資料集を盛り込むなど、具体的な点に特徴があるという。
 たとえば小学校3・4年生では津波避難場所の標識を提示して認識させたり、避難場所や避難方法を考えさせたりする学習方法を掲載。中学生では、東日本大震災時に津波浸水予測図を超えた津波が発生した事例から、予測図の意味を考える討論学習などに取り組むとしている。
 また、小学校から中学校までの全学年の学習内容を一冊に掲載することで、全ての教員が防災教育の意識を共有するとともに、継続的な指導ができるようにしている。学校の所在地によって予想される被災状況も異なることから、手引書を基に地域性を取り入れた防災教育を各学校で考えることにしている。2012年度には、教員による研究グループをつくって、さらに工夫を加えた教材や防災教育を展開していく方針としており、各学校でこの手引を1~6時間活用することになっている。
 具体的にT小学校では、1.学年別・教育目的別一覧表(縦軸は教育項目として、Ⅰ地震・津波を知る(内容的にはA 地震・津波の起き方を知る、B 津波の特徴を知る、C 避難の必要性を知る、D 津波の様々な特徴を知る)、Ⅱ対処行動を知る(A 地震から身を守る方法を知る、B 津波からの避難方法を知る、C 学校や自宅周辺の避難場所を知る、D 様々な避難方法を考える)、Ⅲ先人の経験に学ぶ(A 語り継ぐ責任)をとり、横軸は1年から6年までの各学年をとっているので、9×6=54のマトリックスになっている)および2. 学年別・教科領域別一覧表(縦軸は国語、社会、算数、理科、生活、家庭、体育・保健の7教科と、総合、道徳、特別活動、横軸は1年から6年までとっているので、10×6=60のマトリックスになっている)が作られている。
 社会科に関しては、つぎの内容である。
 <3年生> わたしたちのまちのようす…避難場所や避難施設、避難標識などの確認。
 <4年生> 地しんによるひ害を少なくするには…地震から身を守るための方法や非常持ち出し品などについてまとめる。
 <6年生> わたしたちのくらしと政治…災害が起きた時の人々の願いと、市や県・国の働きについて調べる。
 このようにT小学校では、津波防災教育を、国語、社会、算数、理科、生活、家庭、体育・保健の7教科と、総合、道徳、特別活動において実施していることがわかる。このような網羅的な取り組みが防災教育では必要なのである。

6.防災教育に関係する副読本と防災教材の例

 まず、副読本としては、兵庫県教育委員会が編集した小学校低学年用「あすにいきる」・高学年用「明日に生きる」の2冊が2012年度より兵庫県の全小学校に配布・設置されている(授業で各児童・生徒が使うので、必要な冊数は各学校に常備してある。中学校、高等学校用の2種類は2012年度中に完成し、2013年度から使用予定)。この副読本は筆者が委員長となって、前出の片田教授など13名の防災教育副読本作成検討委員会の審議を踏まえて作成されたものであり、2011年東日本大震災を契機に従来の副読本を全面改訂したものである。
 さらに、中学生を主たる対象とした防災教材として、2013年3月の東日本大震災2周年に間に合うように作成中のものがある。防災教材「勇気をもって」と題するものであり、テキストとニュース映像を収録したDVDから構成されている。この教材は、NNN、読売新聞社、関西大学社会安全学部が共同で制作中のものである。テキストはA4版180頁、2編構成でその半分のスペースはカラー写真やイラストで構成されている。前編で対象とした災害は、地震、津波、火山噴火、台風、高潮、洪水、竜巻、土砂災害の8種類である。それぞれの災害は、たとえば、「地震の起こり方を学ぶ」「地震に弱いところを学ぶ」「地震への備え方(ノウハウ)(自助)」「地震の歴史(実例)を学ぶ」「命や災害について考える」の5節構成となっている。後編では、防災対策や防災教育の一般論を展開している。この防災教材は、教育や防災関連機関への配布などが予定されている。

7.将来の改善を目指して

 本小文で示したかったことは、社会科による防災教育に関して、小学校、中学校、高等学校の学習指導要領を例に示したように、この12年間で網羅的に内容が展開していないことである。また、内容の抜け、漏れ、落ちがないかどうかを第一級の専門家に検討してもらうことである。本来は和歌山県教育委員会が手引に示したように、各教科での分担を明示することであろう。防災教育を一部の教科だけで行うことは不可能である。一つの解決策は、防災を一つの教科として12年間で教える場合、どのような構成になるかを考えることだろう。そうすると、それを現在の様々な教科で教えると考えれば、教育内容が決定できるし、省かざるを得ない部分も出てくると考えられる。
 繰り返すが、私たち防災・減災研究者は阪神・淡路大震災で大きな反省を余儀なくされた。それは、研究は被災者のためにやるものであるということである。そして、東日本大震災で約1万9千名の犠牲者を数え、そこには小学生から高校生までの犠牲者471名も含まれている。この事実によって、人的被害を一人でも減らすために、防災教育の重要性を認め、それを実践することで二度とこのような悲惨な災害を繰り返さないことを約束したい。

河田 惠昭(かわた よしあき)
専門分野/防災・減災、危機管理
主要著書/『これからの防災・減災がわかる本』(岩波ジュニア新書、2008年)、『津波災害』(岩波新書、2010年)、『にげましょう』(共同通信社、2012年)など


中教審「学校段階間の連携・接続等に関する作業部会」報告書から ~特例の緩和を生かして一貫教育の推進を~

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1.はじめに

 筆者は、12年間の大阪府の公立中学校の校長を経験する中で、今日の児童生徒の成長・発達の状況と学校教育の現状を見る中で、小中一貫教育にその展望を見出したいと考えてきた。戦後の教育改革の中で、わが国が手本としたアメリカにおいては、6・3制の義務教育制度を続けている州は数%に過ぎない。他の先進国しかりである。
 小中連携、一貫教育の問題は、今後のわが国の行く末を左右する重要課題である。中央教育審議会の動きを追いながら、私見を述べてみたい。

2.中教審作業部会の報告

 本年7月13日、中央教育審議会初等中等教育分科会の「学校段階間の連携・接続等に関する作業部会」が昨年10月から審議してきた内容を「小中連携、一貫教育に関する主な意見等の整理」(以下「報告書」)としてまとめ、分科会に報告した。
 報告書によると、懸案となっていた義務教育学校の制度創設は、「慎重な審議が必要」ということで将来の検討課題とした。その主な理由は、人間関係の固定化・学びの接点の減少・複線化への懸念の3点である。継続審議になったことは、平成17年10月の中教審答申「新しい時代の義務教育を創造する」に立ち戻った感がし、残念である。ここで改めて、小中一貫教育の出発点となった17年答申の中の「義務教育に関する制度の見直し」の項を見ておきたい。
 『義務教育を中心とする学校種間の連携・接続の在り方に大きな課題があることがかねてから指摘されている。また、義務教育に関する意識調査では、学校の楽しさや教科の好き嫌いなどについて、従来から言われている中学校1 年生時点のほかに、小学校5年生時点で変化が見られ、小学校の4~5年生段階で発達上の段差があることがうかがわれる。研究開発学校や構造改革特別区域などにおける小中一貫教育などの取組の成果を踏まえつつ、例えば、設置者の判断で9年制の義務教育学校を設置することの可能性やカリキュラム区分の弾力化など、学校種間の連携・接続を改善するための仕組みについて種々の観点に配慮しつつ十分に検討する必要がある。(下線は筆者) 』
 その後、平成20年1月の答申「学習指導要領の改善について」の中で、「発達の段階に応じた学校段階間の円滑な接続」という項を立て、幼少の教育課程の工夫により小1プロブレムへの対応を図ることや小学校の教育内容を中学校教育の視点で再度指導するといった工夫を求めている。
 この間、平成18年から19年にかけて、教育基本法と学校教育法をはじめとする教育3法が改正され、新たに義務教育の目的・目標が規定された。その結果、小・中学校における教育の継続性が確保され、小中連携、一貫教育の土台が固まり、全国の半数以上の地方自治体が取り組む状況が生まれた。また、「骨太の方針」(平成15年、閣議決定)を受けて、構造改革特別区域における小中一貫特区が文部科学省の「特別の教育課程を編成して教育を実施できる学校(教育課程特例校)」に移行したことも、小中一貫教育の推進の追い風になった。 

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小中一貫教育全国サミット2011 共同宣言(抜粋)

 先の報告書の中で評価すべき点は「国としては、学校、市町村において積極的に小中一貫教育を推進できるよう、現行の小・中学校制度を基本としつつ、設置者の判断に基づき、一定の教育課程基準の特例を活用できることについて検討することが望ましい」としていることである。特例を緩和することで、小中一貫教育全国サミットに集う区市町村をはじめとして小中一貫教育を進めていこうとする自治体にとっては大きな後ろ盾となる。

3.小中一貫教育の課題

 ここで、改めて小中一貫教育とは何かを確認しておきたい。京都産業大学西川信廣教授は、小中一貫教育を「小学校教育と中学校教育の独自性と連続性を踏まえた一貫性のある教育」と定義している。また、サミットの中心メンバーである広島県呉市は、具体的に次のように定義づけている。
 『小中学校の教職員が義務教育9年間で児童生徒を育てるという意識を持ち、児童生徒の成長・発達の状況に即した教育課程を編成・実施することによって、知・徳・体のバランスのとれた、義務教育を修了するにふさわしい学力と人間関係の力等を育成するとともに、児童生徒の学びへの不安の解消と自尊心の向上を図る。』
 小中一貫教育の推進に当たって、施設一体型か施設分離型(連携型)かということが政争の具になりがちである。児童生徒の育ちと学びの視点から教育論で対処されることを強く望むものである。

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教科や活動の時間の好き嫌い(学年別)

 最後に、社会科の課題に触れたい。
 上のグラフは「義務教育に関する意識調査」(文部科学省, 平成17年度)である。児童生徒の社会科の「とても好き、まあ好き」のピークは中1の53.2%で最低は中3の37.9%である。中3に至っては、6割を越す生徒が社会科が嫌いということになる。公民的資質の育成を使命とする社会科の現状を打破するためにも、小中一貫教育の視点から今一度社会科のカリキュラムを見直したい。例えば、中学校の教員は、小学校・高等学校の教科書、学習指導要領を座右に置き、単元計画を再検討して欲しい。義務教育9年間、さらにその後の3年間を見通したカリキュラムを編成することが、児童生徒が社会科の学びに向かう大前提ではなかろうか。

丹松 美代志(たんまつ みよし)
専攻分野/教科教育学(社会)、「学びの共同体」論
主な論文/「大阪府における中学校社会科教育研究の現状と課題」(『大阪教育大学社会科教育学研究』第9号)
その他/「学びの共同体」スーパーバイザー


座談会 小学社会のめざすもの

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 『小学社会』は、創刊以来、問題解決学習を基盤にしてきました。問題解決学習とは、何をたいせつにしようとする学習方法なのか、また、現場の先生方の実践・研究などをどう取り込んでいこうとしているのでしょうか。平成20年告示の学習指導要領の趣旨を生かし、さまざまな観点から新しい教科書を生み出していこうとしている平成27年版『小学社会』について、今回から代表監修を務められる3人の先生方に伺います。

1 「社会科」との出合い

司会 本日はよろしくお願いいたします。代表監修を務められる先生というと、雲の上の存在のように思えて、少し緊張しています。3人の先生のご紹介代わりに、ご自身の「社会科」との出会いについてうかがいたいのですが。
的場 大学時代は、私は宗教哲学と神学をやっていたので、社会科に出合ったのは教育方法学を研究しようと名古屋大学の大学院の学生になって授業記録を学んでからですね。授業記録に残されているのがほとんど社会科の授業だったんです。「子どもってこういうふうに見えているのか」と、子どもの見方が社会科から少しずつ見えてきました。以前『小学社会』の代表監修をしておられた日比裕先生のもとにいたものですから、自然に民間教育団体「社会科の初志をつらぬく会」のお世話をするようになりました。日本の先生方は手弁当でお互い切磋琢磨しておられますが、非常に貴重だと思います。研究という「城」の中に閉じこもっているだけじゃなくて、現場とかかわることで、自分自身も変えられるような研究をやっていこうと思っているし、学生たちにもそう勧めています。
司会 安野先生はもともと小学校の先生でいらしたんですね。
安野 初任校の校務分掌で社会科部に充てられました。中・高社会科の教員免許状をもっていましたから。それが始まり。その年に放送教育研究会の提案者としていきなり教育放送番組を利用した社会科の授業を行うことに(笑)。その当時は社会科向けのテレビ番組をそのまま使うというのが放送教育の「標準的な授業」だったようですが、僕は子どもの問題意識の中にないものが映像として入っているものを使うのは嫌だった。そこで、番組を分断し、子どもが関心をもち、問いが出てくるところだけを使うという授業をしました。そうすると「君のは社会科じゃない」と講評されたんです。「放送教育としては駄目だ」って言われるならまだしも(笑)。腹が立って「いや、むしろ放送番組を20分も使うような社会科は、社会科ではない」と初任なのに断言してしまって(笑)。たまたまその時の校長が社会科に理解がある先生で「君のほうが正しいよ」と言ってくれて、社会科って僕の肌に合うのかなと思ったのが社会科との最初の出合いですね。
司会 池野先生はずっと広島大学で研究されてきました。
池野 現場に立ったのは、大学院時代、付属中学で2年間だけですね。あとはずっと大学でいかに教育思想として社会科を作るかを研究しています。
司会 それはどういったことでしょうか?
池野 「社会認識教育学」が私たちの研究室の基本的な考え方です。たとえば社会科という言葉がなくなっても、「社会科的なもの」をしていることを学問的に主張したいし、しないといけないと考え続けてきました。現実に小学校低学年で社会科は生活科に変わったし、高等学校では地理歴史科、公民科になりました。でも大きく見れば、これらも社会科だと私たちは言いたいわけです。グローバル化の時代に世界中どこでも使える考え方を作りたいと、30~40年間、グループの中の一員としても、また自分自身でもやってきて、いろいろな本を作るなど、さまざまな形で活動してきました。

2 『小学社会』の歩み

司会 第二次世界大戦後、昭和22年から社会科教育が始まりました。その後、国定から検定教科書となってからずっと『小学社会』は発行され続けています。
的場 『小学社会』の初代の代表監修者だった重松鷹泰先生はほとんど何も言わずに「温かい教科書を作ってください」とかしか言わない(一同笑)。重松先生は戦後文部省が作った初めての社会科教科書の著者なのです。いわば「社会科」という教科の生みの親という立場ですね。
 重松鷹泰先生の社会科に込める願いの中で今も『小学社会』に生きていると思うのは、「問題解決学習」という方法論だけじゃありません。「問題解決学習」を通してだまされない人間を作りたいということです。それはずっと言っておられた。子どもたちがやすやすと戦争のほうに行ってしまった戦前の教育のことを反省されたのでしょう。だから「自分で考えて、ちゃんと判断できる」子どもを作りたかったのですよね。
 その次に日比裕先生が代表監修者を引き継がれたときの特徴は、4人のキャラクターを作ったことですね。子どもの個性も定式化しようとしたのですね。大きな変わり目でもありました。
 清水毅四郎先生が代表監修されていた前回までは、問題解決学習に「見方・考え方」が入ってきたのが特徴。それに加えて評価の観点が入ってきました。
司会 約60年間の間に、『小学社会』も時代に合わせて変わってきたということですね。
 ところで『小学社会』は教師が提示した問題を解決するのではなく「子どもが追究する問題解決学習」をつらぬいてきました。たしかに今も、発問は教師からではなく、子どもからのものとして記述しています。このように変化の一方ずっと守ってきたものもありますね。
的場 『小学社会』がいま最も大事にしているものは、ひとつは知識基盤社会における問題解決学習を具体化しようとしたところです。これは時代に要請された変化ですね。もう一つは、先生方が共に学んでいくこと。言い換えると先生が完璧に知ってから指導するのではなくて、先生もその教材を勉強しながら成長していく。
 そういうことはあっても、昔からずっと守ってきているのは、やはり一人一人の子どもをたいせつにするということですね。単なる子ども中心主義ではなくて、人間形成と問題解決学習とは結びついているんです。さっきも言ったように『小学社会』には4人のキャラクターが登場します。みな個性のある子どもたちという性格付けをして本を作っています。それと「思考の連続展開」という2本柱がずっと引き継がれてきたと思いますね。
池野 社会科は固定化された社会科学を教えるものでも、子どもたちにベッタリしたものでもないですね。子どもたちがより良い社会をみんなで作れるようになる、そんな社会科にならないといけないんじゃないでしょうか。社会科であろうとする限り、「問題解決学習」は絶対抜け落ちることがないと思います。それを抜け落ちた社会科をやろうとするって人たちは許されないというか、それは間違ってる、おかしい(笑)。

3 問題解決学習とは?

司会 『小学社会』が大切にしてきた「問題解決学習」というのは、具体的にはどんなものかを、あらためて伺いたいのですが。
的場 問題解決学習の構造として、「問題」と「解決する手段」と「関心」とがありますが、個人的で子どもたち自身に身近な「関心」の部分が問題解決を支えているんですね。たとえその問題に多くの人たちが関心をもっていなくても、話し合いをすることにより、「関心」が見えてきて、問題がここにあるんだなと感じることが大事だと思うんです。肝心なのは、追究する根元のほうを大事にしておくこと。「問題」というのは、世間の大問題だと思いがちですが、そうではないんです。そこを間違うと「問題解決学習」にはならないですね。
池野 そうですね。子どもたちの生活場面にできるだけ寄り添うのが問題解決学習の特徴だと思いますね。生活に引きつけた状況を先生が設定して、その中で出てきた子どもたちの「私の問題」をクラス共通の問題に作り上げていく。『小学社会』の場合は、重松先生以来、子どもたちの生活場面に寄り添って、子どもたちが持ち出してくる疑問や関心や、価値観や家庭生活の中でのいろんなものを持ち込んできて議論したり、話し合ったりする場面を大事にしてきた歴史がありますからね。
安野 問題解決学習の原点には、「子どもたちのもっている『世の中を作り変えていく力』」があります。問題の設定時点から、子どもは未熟ながらも一人の立派な生活者だと定義する。そして子ども自身の願いを人間的な願いとして考え、そうした目で世の中を見ていく。最初の問題は常に生活とつながりながら、さらに世の中とか自分の生活を含めた周りの人へと広がって、最後は学んだことを総合的に大きく見る。そんな学習ができたらいいなというのが、私の問題解決学習に対する願いです。
司会 その問題解決学習ですが、具体的にはどのように『小学社会』という教科書に反映されているのでしょうか。
的場 大きく5点あります。まず一つには、実際の授業における子どもの追究を想定しているところ。教わる子どもを4人登場させていますが、それぞれの追究の道筋がある。
 二つ目は、子どもたちが「見方・考え方」を再構成する場として、話し合う場が設定されていること。自己評価のためには非常に良いと思っています。
 三つ目は、周りの事象や事実を正確にとらえ、理解する力を育てるために、「学び方・調べ方コーナー」が設定されていること。教科書の中の絵とか写真、地図などの資料の読み取りヒントを示しています。
 四つ目は、学習する子どもたちが住んでいる地域が単元ごとに設定されているところですね。遠く離れた場所や異なる地域の詳細についての問題をどうやって自分たちから生みだしていくかその「多様性」が出てくるためのしかけです。
 五つ目は「大きくジャンプ」を設定して少し困難な問題にチャレンジすることと、基礎・基本の学習の定着が毎回見直されて思考力が出てくるところですね。
司会 『小学社会』でつらぬいてきた「問題解決学習」と学習指導要領に示される「問題解決的な学習」との相違点というのはどこなのでしょう。
的場 決定的に違うのが「学習の類型化」ということです。「問題解決的な学習」では、非常に類型化されているのです。しかし、子どもも、地域も、先生も違うのに、同じパターンはないだろうと思います。「問題解決学習」では多元性、多様性と言ったら良いんでしょうか、教科書でさまざまな典型的事例を示そうとしていると思いますね。
池野 平成に入ってから社会科で経験主義と系統主義と言われていた対立的なことが、お互いに接近し始めて、学問的なものだけとか、子どものものだけというようなところで社会科を作るのは難しくなってきました。「問題解決的な学習」という経験主義と系統主義の二つを抱え込む考え方を持たざるを得なくなった。社会科だけでなく各教科がそういう状況になりましたね。
安野 どちらも子どもの問題意識をたいせつにしている。そして、それを原動力として、自分の頭で考えることを基本としている。その点では両者は共通しています。一番の違いは、総合社会科をどこまで守っているかということ。社会科という教科は、本来、総合的なんですが、その社会科の総合性がしっかりと守られている教科書が意外に少ないんです。はっきり言って問題解決学習を堅持している『小学社会』だけかもしれない。実践の現場でも、学んだことを実社会とか実生活とかに活用することがないと、どうも社会科として、迫力がないと言いますか(笑)。
池野 一人一人の子どもたちを大事にして、「わたしの個性的な問題」を共有化して考えるような問題を設定すること。そしてそれを、「場所や異なる地域の調査」のように社会科の中で活動する部分を入れ込んで、なんらかの形でその問題が解決する。問題を解決するだけじゃなくて、その「見方・考え方」のレベルが一つ上がるように導かれて次のステップへ上がるように発展的に作り直されていくのが新しい問題解決学習でしょう。
司会 ありがとうございました。次回にはさらに詳しく、平成27年版『小学社会』の特徴について伺っていきます。

的場 正美(まとば まさみ)
名古屋大学教授。専門は教育方法学。大学では、哲学・組織神学を卒論に。十代の頃からドイツ好き。長じてドイツの政治教育、公民教育も研究。1990年から『小学社会』編集委員。

池野 範男(いけの のりお)
広島大学教授。専門は教育学(社会科教育)。高校の社会科の教員を目指して大学に入学したが、研究者の道に。ドイツのフランクフルト学派の影響を受ける。1998年から『小学社会』編集委員。

安野 功(やすの いさお)
國學院大學教授。小学校教員、指導主事を経て、2000年に文部省入省、教科調査官として学習指導要領の改訂などに携わる。2009年退官。教科調査官時代も現場で「授業実践」などを通して現場での授業づくりの指導を進めてきた。