チョコレートドーナツ

(c)2012 FAMLEEFILM, LLC

 心震える。差別され、偏見の目で見られる弱者たちの哀しみか、想いを寄せ合う同士が共に暮らせない無念さか。それでも人と人とが寄り添おうとする。男と女の愛ではない。さまざまな愛の形のひとつである。映画「チョコレートドーナツ」(ビターズ・エンド)を見て、震えが止まらない。

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 14歳のダウン症の少年がいる。愛し合う男性二人がいる。三人がいっしょに生活しようとする。アメリカの社会、法制度は、それを許さない。今なお、ゲイには差別、偏見がある。まして、映画の舞台となる1979年頃のアメリカでは、なおのこと。最近の映画「私はロランス」は、女性になりたいと願い女装するロランスと、ロランスの恋人の女性との切ないラブ・ストーリーだが、周囲のロランスに注がれる好奇の眼差しは偏見に満ちていた。本作でも、ホモ野郎だとか、オカマだと罵られるし、ダウン症に対する偏見も根強い頃の話である。1970年代にアメリカで実際にあった話が、映画の脚本の基になっている。

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 女装してクラブで唄い、ベッド・ミドラーに憧れ、歌手になる夢を抱くルディ(アラン・カミング)。唄うルディを見つめているのは、ゲイを隠している弁護士のポール(ギャレット・ディラハント)。二人はすぐに仲良くなり、それぞれの過去や夢を話し合う。
 ルディの住むアパートの隣に、薬物中毒の母親(ジェイミー・アン・オールマン)と、ダウン症の息子マルコ(アイザック・レイヴァ)が住んでいる。母親はマルコを残して男友達と出かけてしまう。心優しいルディは、マルコの面倒をみるようになる。
 母親が逮捕され、マルコは施設に収容される。ルディとポールは、夜中、施設を抜け出したマルコを発見する。二人は服役中の母親の了承を取り付け、審理の席では従兄弟と偽り、マルコを引き取ることになる。
 マルコはアシュリーの人形と、チョコレートドーナツ、ハッピーエンドのお話が好きで、ディスコ・ダンスが得意だ。三人の楽しい食事、マルコにお話を聞かせるルディ。マルコは学校にも通い、幸せな日々が続く。1年ほど経ったある日、ポールの上司のホームパーティがきっかけでポールとルディの関係が公になる。従兄弟と偽った審理の席での証言が原因で、マルコは再び施設に入れられてしまう。
 ルディはポールに言う。「今こそ、法で世界を変えるチャンスだ」と。そして、マルコを呼び戻すべく裁判に持ち込む。ゲイであることが決定的に不利となり、二人の願いは却下されてしまう。さらに二人はベテランの黒人弁護士とともに控訴するのだが。
 ラスト近く、ルディがボブ・ディランの名曲「I Shall Be Released」を唄うシーンがある。「…私の光がやってくるのが見える 西から東に輝きながら もうすぐ今日にでも 私は解き放たれる…」。さらに、震える。たとえ血がつながっていなくても、人を想う心は誰にも止めることはできない。
 世界には、人間には、さまざまな愛の形がある。特殊な愛の形への偏見、差別が、次第になくなってはいるとは思うけれど。映画はつまらない大人の偏見や常識にとらわれず、人を想い、柔軟な優しい心を持つことの意味を静かに問いかけてくる。
 マルコがチョコレートドーナツを食べて「おいしい」と、すてきな笑顔を見せる。三人で過ごした幸せな日々のホームビデオが挿入される。どちらもドラマ展開に重要なシーンで、優れた構成、演出と思う。監督はトラヴィス・ファイン。俳優もこなし、本作が監督作としては初の日本公開となる。

2014年4月19日(土)、シネスイッチ銀座ico_linkほか全国順次ロードショー!

『チョコレートドーナツ』公式Webサイトico_link

監督:トラヴィス・ファイン
出演:アラン・カミング、ギャレット・ディラハント、アイザック・レイヴァ、フランシス・フィッシャー
原題:Any Day Now
アメリカ/2012年/97分/カラー
日本語字幕:大西公子
配給:ビターズ・エンド

世界の果ての通学路

(c)2013 – Winds – Ymagis – Herodiade

 ケニア、片道15㎞、2時間。アルゼンチン、片道18㎞、1時間30分。モロッコ、片道22㎞、4時間。インド、片道4㎞、1時間15分。いったい何の距離、時間だろうか。
 これは、まだ幼い子供たちが学校まで通う距離と時間だ。ケニア、サバンナの大地を駆け抜けて通学する兄妹。アルゼンチン、パタゴニア平原を馬に乗って通学する兄妹。モロッコ、アトラス山脈を越えて通学する少女たち。インド、弟たちに押してもらった車椅子で通学する少年。映画「世界の果ての通学路」(キノフィルムズ配給)は、このような子供たちの通学風景、学校での勉強、支える家族の様子を、淡々と描いたドキュメンタリーだ。
 幼稚園から中学校まで、自宅から歩いて10分ほどの通学しかしていなかった身から思えば、なんとも大変な距離、通学時間だ。広い世界には、ただ学校に通うだけで、たいへんな苦労を重ねている現実があることにまず驚く。

(c)2013 – Winds – Ymagis – Herodiade

 ケニアのジャクソンは11歳。家事の水汲みや洗濯、炭作りなどを手伝いながら、妹のサロメを連れて早足で学校に通う。ゾウやキリン、シマウマなどがサバンナにいて、ゾウが子供たちを襲うこともあり、ギャングが出没したりもするからだ。両親は子供が無事であるよう、毎朝祈っている。ジャクソンの夢は、パイロットになって空を飛ぶこと。

 アルゼンチンのカルロスは11歳。羊飼いの息子で、まだ6歳の妹ミカイラと一緒に馬で通学する。パタゴニアの美しい平原では、誰とも出会わない。石ころだらけの道を、馬のキベリトが進む。天気が急変する。賢いキベリトのおかげで、無事に学校に着く。カルロスは故郷のパタゴニアが大好き。夢は故郷に残って、獣医になること。

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 モロッコのザヒラは12歳。アトラス山脈の辺境の村に住んでいる。冬には零下20度にもなる。祖母や両親は字が読めないが、ザヒラが医者になるのを応援している。毎週、月曜の夜明けに友人ふたりと22㎞も歩き全寮制の学校に向かう。金曜日の夕方、3人の少女は同じ道のりを歩いて村に帰る。
 インドのサミュエルは13歳。未熟児のサミュエルは歩行が困難で、学校に行くのは弟たちが押すおんぼろの車椅子だ。川では車輪が砂にはまって動けない。広い道路では車輪がはずれたりする。それでも3人兄弟は明るい笑顔だ。サミュエルは、自分と同じ障害を持つ子供のために医者を目指している。
 日本でも僻地では似たような通学事情があるのかも知れないが、映画に登場する子供たちは通学の困難な現実に正面から立ち向かっている。日本では、いじめや教師による暴力などが取り沙汰されているが、本作の場合、子供たちは大げさにいえば、命を賭けて必死に通学している。しかも、4組の子供たちの瞳は輝き、表情は豊かでいきいきとしている。両親たちは、必ず子供たちの通学の無事を祈り、学校ではしっかり勉強するよう励ましている。今日も、ケニアの、アルゼンチンの、モロッコの、インドの子供たちは、将来の夢の実現に向けて学校に通う。
 フランスの教育に関わるドキュメンタリーや劇映画には、2009年の「パリ20区、僕たちのクラス」を始め、優れた作品が多い。本作もまた、その伝統を継ぐ一作と思う。監督のパスカル・プリッソンは、テレビのドキュメンタリー畑の出身。本作での4つのエピソードは、やはり通学に苦労している子供たちの60ものエピソードから絞り込んだという。
 日本では、教育に関わるいろんなことが充実している。あまりにも恵まれているとは思う。なのに、いじめ、校内暴力、教師の不祥事などが後を絶たない。充実し、恵まれているせいでの不祥事かもしれない。もし小学校の校長だったら、「世界の果ての通学路」を、教師、生徒全員に見せ、みんなで話し合いたいところである。

2014年4月12日(土)、シネスイッチ銀座ico_linkほか全国順次ロードショー!

『世界の果ての通学路』公式Webサイトico_link

監督:パスカル・プリッソン
原題:‘Sur le chemin de l’école’
2012/フランス/77分/ビスタ/カラー/5.1ch/英語&日本語字幕
字幕翻訳:チオキ真理/G
製作協力:OCS フランス5 ユネスコ エイド・エ・アクション
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
協力:ユニフランス・フィルムズ
提供:キノフィルムズ、KADOKAWA
配給:キノフィルムズ
(c)2013 – Winds – Ymagis – Herodiade

世界の果ての通学路

フランス発、地球を通学路という観点から捉えた驚きと感動のドキュメンタリー!

長く危険に満ちた通学路を行く子供たちの姿から、地球の今と未来が見えてくる―

あなたは信じられるだろうか。
学校へいくために15kmのサバンナを命がけで駆け抜ける兄妹がいることを。

 『オーシャンズ』『皇帝ペンギン』『WATARIDORI』など、世界最高峰のフランスドキュメンタリー最新作が届きました!
 地球上の全く異なる4つの地域の通学路に密着し、数十キロの危険な道のりを通して、未来を切り開こうとする子供たちの姿をとらえた本作は、雄大な地球の姿に魅了されながら、子供たちの学習に対する高いモチベーションと、その意志をサポートする家族の愛と勇気ある決断に胸を打たれ、激しく心揺さぶられる感動のドキュメンタリーです。
 スイスのロカルノ国際映画祭での大絶賛を得て、本国フランスではディズニーが配給、動員120万人を超える大ヒットを記録しました。監督は、12年間に渡ってケニアに通いつめ『マサイ』(05)を撮り上げたパスカル・ブリッソン。自然と調和する人間の姿を追ってきた監督ならではで、人はなぜどんな環境でも学ぼうとするのか、その本質と意義に迫ります。

ストーリー

(c)2013 – Winds – Ymagis – Herodiade

 ケニアの15kmものサバンナを、命懸けで駆け抜けるジャクソン。
 360度見渡す限り誰もいないパタゴニア平原を、妹と共に馬に乗って通学するカルロス。
 モロッコの険しいアトラス山脈を越えて、女友達3人と寄宿舎を目指すザヒラ。
 幼い弟たちに車椅子を押されならが、舗装されていない道を学校に向かうインドのサミュエル。
 これは命懸けで学校に通う世界各国の子供たちの通学路に密着した、驚きと感動のドキュメンタリー!

◆次回Vol.96にて、この作品のコラムを掲載します。

2014年4月12日(土)、シネスイッチ銀座ico_linkほか全国順次ロードショー!

『世界の果ての通学路』公式Webサイトico_link

監督:パスカル・プリッソン
原題:‘Sur le chemin de l’école’
2012/フランス/77分/ビスタ/カラー/5.1ch/英語&日本語字幕
字幕翻訳:チオキ真理/G
製作協力:OCS フランス5 ユネスコ エイド・エ・アクション
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
協力:ユニフランス・フィルムズ
提供:キノフィルムズ、KADOKAWA
配給:キノフィルムズ
(c)2013 – Winds – Ymagis – Herodiade

フルートベール駅で

(c) 2013 OG Project, LLC. All Rights Reserved

 黒人の若者に警察官が銃を発砲する。黒人は病院に運ばれるがまもなく死亡。ほんの数年前、2009年1月1日未明に実際に起こった事件である。映画「フルートベール駅で」(クロックワークス配給)は事実に基づいた映画で、射殺された黒人オスカー・グラントの最後の一日を描く。

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 黒人への差別や虐待を描いた映画は、いままで数多く作られてきた。古くは、「アラバマ物語」や「ルーツ」、「マルコムX」、最近でも「ヘルプ~心がつなぐストーリー~」、「プレシャス」、「ジャンゴ 繋がれざる者」、「大統領執事の涙」などなど、描かれた時代は変わっても枚挙にいとまがない。今年のアカデミー賞で作品賞を受けた「それでも夜は明ける」もまた、白人に虐げられた黒人の過酷な年月を描いた映画だが、これは1840年代の話だ。170年以上経過した今、たとえ大統領が白人でなくても、なお、黒人への差別、蔑視が、色濃く残っていることが分かる。
 ドラッグの売人から足を洗い、まじめに生きていこうとする22歳のオスカー(マイケル・B・ジョーダン)が、2008年の大晦日の夜、4歳の幼い娘を母親に預け、妻や仲間たちと新年を迎える花火をサンフランシスコまで見にいく。カウントダウンが終わり電車で帰ろうとする。昔の悪い仲間に出会ったオスカーとその仲間たちは騒ぎに巻き込まれる。オスカーたちは、フルートベール駅で警官たちに取り押さえられる。オスカーが何もしていないと言っても、警官は聞いていない。一方的に取り押さえられたオスカーに警官が発砲する。

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 映画は、オスカーの大晦日の一日を丁寧に描く。オスカーは母親思いで、妻と幼い娘を大事にしていることが分かる。ドラッグの売人をやめる決意をして、かつて勤めたスーパーに再就職を願ったりする。また、車にはねられた犬を抱きかかえたりする優しい青年なのだ。
 事件は2009年1月1日の未明に起こる。オバマが大統領に当選したのは2008年11月、就任は2009年1月20日である。白人ではない大統領が誕生したというのにこの事件である。アメリカの有名な映画スターで、黒人は多い。シドニー・ポアチエ、エディ・マーフィー、フォレスト・ウィテカー、サミュエル・L・ジャクソン、ウーピー・ゴールドバーグ、ウィル・スミス、デンゼル・ワシントン、モーガン・フリーマンなどなど。いま、大活躍をするようになるまでは、さぞかしの苦労があったことと思われる。白人でない大統領、多くの黒人俳優、テニスや競馬の騎手まで、黒人が活躍する時代である。そのような時代なのに、黒人の若者オスカー・グラントは何も悪いことをしていないのに警官の銃弾を浴びる。しかも、過失で発砲したという警官への罪は、はなはだ軽い。
 監督のライアン・クーグラーは黒人で、まだ27歳。母親役のオクタヴィア・スペンサーも黒人で、「ヘルプ~心がつなぐストーリー~」ではアカデミー賞の助演女優賞を受けている。上述したように、活躍する多くの黒人俳優が出た映画や、黒人の差別や虐待を描いた多くの映画がある。「フルートベール駅で」をご覧になる前でも後でも、黒人たちをどう描いたか、ぜひ多くの映画を見ていただけたらと思う。

2014年3月21日(金・祝)、新宿武蔵野館ico_linkヒューマントラストシネマ有楽町ico_linkほか全国順次ロードショー!

■『フルートベール駅で』

監督:ライアン・クーグラー
出演:マイケル・B・ジョーダン (『クロニクル』)、オクタヴィア・スペンサー (『ヘルプ~心がつなぐストーリー~』)
製作:フォレスト・ウィテカー
配給:クロックワークス
2013年/85分/PG12

シネマパラダイス★ピョンヤン

(C)Lianain Films

 日本の報道では、その真相、実体のわかりにくい北朝鮮に、ドキュメンタリー映画のカメラが入り北朝鮮の映画製作の実体に迫ったという「シネマパラダイス★ピョンヤン」(33BLOCKS配給)を見た。

(C)Lianain Films

 韓国への脱北者、ミサイル打ち上げ、派手な軍事パレード、ヒステリックな報道キャスター、スタジアムいっぱいのマスゲームなどの報道はともかく、いったいに、あまり知られていない北朝鮮だが、国家プロパガンダたっぷりの映画製作が行われている。
 2008年、シンガポールのドキュメンタリー映像作家ジェイムス・ロンとリン・リーは、ピョンヤンで開催の国際映画祭に招待される。そこで、なんとか北朝鮮の映画事情の実態を撮影できないものかを当局に交渉する。なんどもなんどもメールのやりとりの末、やっと2009年に許可が出る。ただし、撮影にはすべて当局の関係者が同行する。また、撮影した映像は当日に検閲する、という二つの条件が出る。
 カメラが回り始める。演劇映画大学で勉強している若者がふたり登場する。男性はウンボム。父は映画監督、母は女優である。クラスメートの女性はユンミ。父は科学者だが、反対を押し切って映画俳優への道を選ぶ。ふたりとも、いわばエリート、恵まれた環境の若者である。授業が始まる。偉大な将軍様(金正日)の映画への情熱が教え込まれる。演劇映画大学は、映画は娯楽ではなく、北朝鮮という国の考え方を広く伝えるための組織である。教授は言う。「将軍様の思想哲学にのっとって、物語を考え、脚本を書き、愛国の精神で演出し、演技する」と。
 俳優たるものは、演技だけでなく、踊り、歌と、何でも出来なくてはならない。ユンミはダンスを習うが、やや肥りすぎ。ダイエットが必要であるが、そこは若者、つい甘いものに手が出る。ウンボムは、若い医師役の映画の撮影にのぞむ。演技に重みがない、声が軽い、としごかれる。「将軍様に喜びを捧げる俳優になりたい」と言う。俳優になるのを反対していた母親も、いまでは息子を応援する。
 映画監督のピョ・グァンが登場し、広大な撮影所を案内する。いろんな町並みのオープンセットがある。1930年代の中国、1950年代の韓国、1960年代の日本と、すべて将軍様の造ったセットだ。「海外に行って撮影する必要がない」と、ピョ・グァン監督は誇らしげに語る。日本の植民地支配のころ祖父母がひどい目にあったと語る監督は、おだやかな表情なのに、「日本人は人間ではない、獣だ」と言う。いまは「先軍政治50周年」を記念する映画を撮影中だ。日本の圧力で軍が解散になるシーンを撮っている。実際の兵士や若者たちがエキストラで参加している。みんなにやにや笑っている。監督の怒号がとぶ。監督は、「祖国を奪われたシーンだ、笑うな、泣け!」と、みんなの志気を高めようと、必死である。

(C)Lianain Films

 映画は、北朝鮮からオーケーが出た被写体と、検閲をパスしたシーンだけで構成、編集されている。北朝鮮にとって都合のいいところばかり。登場する若者ふたりも、映画監督も、いわばエリート、選ばれた少数の人たちだ。インタビューでは、将軍様や北朝鮮を賛美するコメントばかり。彼らは、他国の映画事情をまったく知らないわけではないと思うが、一切触れていない。
 図らずも、この表面的な現実を見ることは、隠された真実を十分に想像できる。象徴的なのは、途中で何度も停電するシーンがある。検閲で問題になったらしいが、停電などはどの国にでもあるとのことで、検閲をパスしたらしい。
 制限のあるなかで撮られた映画だが、「教育」や「洗脳」の果たす結果が窺えて、いささかの恐ろしさを覚える。批判の許さない国家は、なにも北朝鮮に限ったことではない。中国もいろんな検閲があるし、日本の一部の法案などは、国民にとって何が秘密なのかを秘密にする。もう、批判のしようがない。
 本作を監督したジェイムス・ロンとリン・リーのメッセージにこうある。「多くの人は私たちの撮影対象が“演じている”と言うだろう。しかし、辛抱強く様子を伺いながら、できる限り目立たぬようにすることによって、彼らのあからさまなむき出しの姿をとらえた瞬間はあると思っている」。
 「シネマパラダイス★ピョンヤン」からは、瞬時だが、北朝鮮の「むき出しの姿」を見ることができる。図らずも、裏にひそむ「真実」を垣間見ることになる。

2014年3月8日(土)、渋谷シアター・イメージフォーラムico_linkほか全国順次公開!

『シネマパラダイス★ピョンヤン』公式Webサイトico_link

監督:ジェイムス・ロン、リン・リー『アキ・ラーの少年たち』
2012年/シンガポール/朝鮮語・日英字幕/93分
原題:The Great North Korean Picture Show
配給:33 BLOCKS

メイジーの瞳

(C) 2013 MAISIE KNEW, LLC. ALL Rights Reserved.

 2012年、第25回東京国際映画祭のコンペティション部門で上映された「メイジーの知ったこと」は、映画を見たライター仲間でも、評判が高かった。このほど、一般公開が決定、タイトルは「メイジーの瞳」(ギャガ配給)である。私見だが、この年の東京国際映画祭のコンペティション作品15本の中では、昨年の10月に公開された「ハンナ・アーレント」と並んで、この「メイジーの瞳」が、ことに優れた作品だったと思っている。
 6歳の少女が、身勝手な大人たちの都合で、別れた両親の間を行き来し、切ない思いにかられる。原作は、1897年に書かれたヘンリー・ジェイムズの「メイジーの知ったこと」。100年以上も前に、大人の身勝手さを、すぐれた心理描写で活写したヘンリー・ジェイムズの先見性もさることながら、「メイジーの瞳」は、現代のニューヨークを舞台に、両親に翻弄される少女の視点から、大人たちの身勝手を、きめ細かな心理描写で綴っていく。

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 メイジーの大好きなパパとママは、いつも喧嘩ばかり。ママはロック歌手、パパは美術関係の仕事で、どちらも不在が多い。メイジーは、シッターの女性とも仲良しだ。パパとママが別れる。メイジーは、10日ずつ、ママとパパと暮らすことになる。パパは、シッターの女性と同居し、ママは、バーテンをしている若者と同居する。メイジーは、誰にでも懐き、仲良くするが、ママとパパは多忙、つい、シッターの女性や、新しいパパと過ごす時間が多くなっていく。
 とうとう、いろんな行き違いから、メイジーは、ひとり、取り残されてしまう。決して、泣いたりはしない、けなげなメイジーだが、ついに涙を流す。パパもママも、メイジーが大好きだが、つい仕事を優先し、メイジーのことは二の次となる。そんなメイジーが、久しぶりに迎えにきたママに、大きな決断を下す。さて…。
 決して、大人の身勝手さを描くだけの映画ではない。6歳の少女が、両親や周囲の大人を通して、見て、感じたことを、静謐に描いていく。親と子の関係とは? その愛の在りようとは? だから、人が生きていくこととは?

(C) 2013 MAISIE KNEW, LLC. ALL Rights Reserved.

 メイジーに扮した少女オナタ・アプリールが、抜群に巧い。映画の成功は、この少女を発見したことに尽きる。オナタの父方の祖母が、日本人のクオーターという。すでに子役経験も豊富、うまく育っていけば、大スターになる可能性を秘めている。
 ママ役は、ごひいきの女優ジュリアン・ムーア。ラストで見せるメイジーとのシーンでは、圧巻の演技。身勝手なパパ役は、スティーヴ・クーガン。監督は、スコット・マクギーとデヴィッド・シーゲル。マクギーは、日本映画にも造詣が深く、細部にこだわった、巧い演出を見せる。
 6歳の少女の視点を通して、大人が学ぶべきことは、山のようにある。決して、高価なプレゼントが、親の愛ではない。物質的に裕福な暮らしを用意するのが、子供への愛ではない。メイジーの瞳が、何を見つめ、どこを見ているかを、大人たちが熟視、熟考するべきだろう。

2014年1月31日(金)、TOHOシネマズシャンテico_linkシネマライズico_linkほか全国順次ロードショー!

『メイジーの瞳』公式Webサイトico_link

監督:スコット・マクギー、デヴィッド・シーゲル
原作:ヘンリー・ジェイムズ
製作:ダニエラ・タップリン・ランドバーグ、リーヴァ・マーカー
出演:ジュリアン・ムーア、アレキサンダー・スカルスガルド、オナタ・アプリール、ジョアンナ・ヴァンダーハム、スティーヴ・クーガン
2013年/アメリカ/99分/カラー/シネスコ/5.1chデジタル
原題:WHAT MAISIE KNEW
字幕翻訳:松浦美奈
配給:ギャガ
提供:ギャガ、朝日新聞社

キューティー&ボクサー

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(C) 2013 EX LION TAMER, INC. All rights reserved.

 ボクシング・ペインティングという現代アートがある。手に絵の具を染み込ませたグローブをはめ、カンバスに叩きつけるように描いていく。ニューヨークに住んで40年になる日本人、ギュウちゃんこと篠原有司男(しのはらうしお)の作品である。すでに年齢は80歳を超えている。映画「キューティー&ボクサー」(ザジフィルムズ、パルコ配給)は、ギュウちゃんと、その妻で、アーティストでもある篠原乃り子の、ニューヨークでの制作ぶりと日常を追いかけたドキュメンタリーである。これが、なかなかにコクがあり、味わい深い。
 ギュウちゃんは、日本で最初にモヒカン刈りをした絵描きだ。東京藝術大学を中退、1969年以降、ニューヨークに住んでいる。乃り子は、1972年、19歳のときに、美術を学ぶためニューヨークに渡る。21歳も年上のギュウちゃんに出会い、結婚。1974年、男の子アレックスを産む。育児に追われ、一時、アートシーンから身を引くが、自らの人生を基にした絵本仕立ての「キューティー・シリーズ」の制作を続けている。

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(C) 2013 EX LION TAMER, INC. All rights reserved.

 ギュウちゃんは、爆発的に売れたりする作家ではない。ボクシング・ペインティングやら、ジャンク品や段ボールで作った前衛的なオブジェ、彫刻の類である。雨漏りのするアトリエには、埃をかぶった作品の山。優雅な暮らしでないことが分かる。家賃や光熱費の1000ドルも、いまは手元にはない。それでも、ギュウちゃんはのんびり。ハッパをかける乃り子を無視して、マイ・ペースを崩さない。乃り子は、ギュウちゃんにお小言や文句を言いながら、ちゃんと日常の暮らしを支え、自らの人生に模した絵本仕立ての「キューティー・シリーズ」の制作に打ち込んでいる。
 食事のシーンが多く、ふたりのやりとりが繰り返し出てくる。乃り子の話し方はきついけれど、細やかな心使いで、ギュウちゃんの面倒を見ている。乃り子にとってのギュウちゃんは、夫ではあるが、同じアート仲間であり、師でもある。つましい暮らしではあるが、なんとも自由な雰囲気に溢れていて、ほほえましい限り。
 グッゲンハイム美術館から、1点購入したいとの話が来て、よろこぶ二人。ただし、これから資金提供者を見つけるとのことらしい。ギュウちゃんは、自らの作品をケースに詰めて、売りに行く。作品の値付けは、ギュウちゃんは3000ドルくらいと控えめだが、乃り子は1万ドルよ、と主張する。それでも、いくつか売れたらしく、ギュウちゃんは、100ドル札を数十枚、持ち帰る。息子のアレックスも絵を描いている。篠原ファミリーの展覧会の話が舞い込む。それぞれが、作品の制作に取りかかる。

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(C) 2013 EX LION TAMER, INC. All rights reserved.

 前衛アーティストのドキュメンタリーというより、外国に住む一組の日本人夫婦のラブ・ストーリーのようで結構である。自由に生きているようではあるが、作品はそう売れる訳ではない。乃り子はまだ若いが、ギュウちゃんは、老いている。さまざまな問題をいつも抱えている。また、映画は、ことさら、この夫婦を賛美しているわけではない。淡々と、日常のスケッチに終始する。
 乃り子の作品「キューティーとブリー」が、たびたび挿入される。これが実にすてきな作品だ。キューティーは、乃り子のあだ名で、ブリーは牛。ギュウちゃんと呼ばれる有司男の「うし」だろう。キューティーとブリーという、一組の男女のそれぞれの思いが、ぶつかりながらも寄り添っている。人と人が信頼しあい、結びつく、確かな証左だろう。
 監督は、まだ若いザッカリー・ハインザーリング。夫妻に魅せられて、約4年、追い続けた労作である。来年のアカデミー賞の長編ドキュメンタリー部門のエントリー15作品に選ばれている。最終ノミネート5作品は、来年の1月16日(現地時間)に発表される。たとえ、選に漏れても、秀逸なドキュメンタリーと思う。

2013年12月21日(土)、シネマライズico_linkほか全国ロードショー!

『キューティー&ボクサー』公式Webサイトico_link

監督・撮影・プロデューサー:ザッカリー・ハインザーリング
プロデューサー:リディア・ディーン・ピルチャー、パトリック・バーンズ、シエラ・ペテンジル
エグゼクティブ・プロデューサー:キキ三宅
共同プロデューサー:マーク・スティール、エズラ・エデルマン、キャロライン・ウォーターロー
編集:デヴィッド・ティーグ
作曲:清水靖晃
視覚効果:Art Jail
出演:篠原有司男、篠原乃り子、篠原アレクサンダー空海、富井玲子、アレクサンドラ・モンロー、山谷周平、イーサン・コーエン
アメリカ/2013年/カラー/82分/ビスタサイズ
字幕:桜庭理絵
原題:CUTIE AND THE BOXER
提供:キングレコード、パルコ
配給:ザジフィルムズ、パルコ

ブリングリング

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 2008年から2009年にかけて、ロサンゼルス郊外のセレブたちの住む家に侵入、ブランド品や宝石、現金などを盗む事件が、実際にあった。盗みに入ったのは、まだ十代の若い子たち。被害にあったのは、パリス・ヒルトン、リンジー・ローハン、オーランド・ブルームといった、ハリウッドの映画スターや有名なモデルである。この事件を取材した女性ジャーナリストのナンシー・ジョー・セールズが、雑誌「ヴァニティ・フェア」に、「容疑者たちはルブタンを履いていた」という記事を書き、「ブリングリング こうして僕たちはハリウッドセレブから300万ドル盗んだ」(ハヤカワ文庫・高橋璃子訳)という本を書く。この記事や本から材を得て、ソフィア・コッポラが脚本を書き、映画にする。このほど公開される「ブリングリング」(アークエンタテインメント、東北新社配給)だ。
 事件そのものの描写もさることながら、若い人たちの生態を巧みに活写し、話の展開がスピーディ、たいへんに面白い。背景となるアメリカ西海岸、ロサンゼルスの、若い人たちをとりまく環境、状況が、くっきりと浮かびあがってくる。監督のソフィア・コッポラは、「ゴッドファーザー」の3作や、「地獄の黙示録」を監督したフランシス・フォード・コッポラの娘で、やはりセレブの一人である。初監督作は「ヴァージン・スーサイズ」で、良家の5人姉妹の自殺事件をめぐる話。また「マリー・アントワネット」は、当時の最高のセレブであったマリー・アントワネットをめぐるドラマ。さらに、2004年、アカデミー賞の脚本賞を受賞した「ロスト・イン・トランスレーション」では、著名なハリウッドスターの悩み、苦しみに焦点を当てた。さらに、2010年の「サムウェア」では、ハリウッド俳優が豪華ホテルで暮らすという、スターの孤独と虚無を描いた。このような映画を撮り続けているソフィア・コッポラだから、憧れのセレブたちの家に侵入した若者たちを描くのも当然のように思えてくる。

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(C)2013 Somewhere Else, LLC. All Rights Reserved

 侵入したのは、ニッキー(エマ・ワトソン)、レベッカ(ケイティ・チャン)、クロエ(クレア・ジュリアン)、サム(タイッサ・ファーミガ)という4人の女の子。男の子はマーク(イズラエル・ブルサール)である。いずれも、悪事を働いているという自覚はない。家庭は裕福ではないけれど、そう貧乏ではない。学校に行かず、家で教育を受けているニッキーは、妹といっしょに母から、ロンダ・バーンの書いた「ザ・シークレット」に出てくる“引き寄せの法則”を学んでいる。マークは、学校を退学し、自宅学習を続けていて、やっと新しい学校に通い始めたばかり。レベッカがマークに声をかけ、ファッションやブランド品について、おしゃべりを続ける。
 ある夜、レベッカは、留めてある車のドアを開け、盗みを働く。セレブたちの車は、かなりの確率でドアが開いていて、現金などが置かれているらしい。

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(C)2013 Somewhere Else, LLC. All Rights Reserved

 ナイトクラブで知り合い、仲良しになった仲間が5人になる。マークとレベッカは、インターネットで、パリス・ヒルトンの留守を知る。自宅の場所もインターネットで分かる。一度、侵入に成功した後、5人が揃って、パリス・ヒルトンの留守宅に侵入する。洋服、靴、宝石などなど、ブランド品がズラリ。味をしめた5人は、ミーガン・フォックスや、オーランド・ブルームなどの予定を調べ、その留守宅に侵入する。リンジー・ローハン宅に侵入した際の、監視カメラの映像が、警察に届けられる。捜査の手が伸び始める。
 凶悪な犯罪ではないし、悪気はないとは思う。しかし、罪は罪、当然、裁判になる。ところが、若い容疑者たちは、罪の意識が希薄。ニッキーは、事件後、「今回の件は、学びの場と思う。人間として成長し、将来は国のリーダーになりたい」と嘯いたりする。
 まだ数年前の話である。ロサンゼルス郊外の状況ではあるが、若い子たちを取り巻く家庭環境や、教育の在りようがよく分かる。テレビやインターネットの情報が錯綜し、いろんなメディアに、セレブが露出し続けている。セレブ自身がパパラッチを煽り、自らをさらに売り込むこともあるようだ。若い子たちは、おバカな金持ちの有名人から、何を盗んだって大したことではない、と考える。盗まれたセレブたちは、大量の盗難に合わなければ気がつかないらしい。
 映画を見て、さまざま思いがよぎる。若い子たちに、罪はないのかもしれない。セレブ宅への侵入盗難事件の主犯は、若い子たちではなく、彼らを取り巻く周辺の環境や、大人たちの作った社会ではないか、と。

2013年12月14日(土)より、シネクイントico_link新宿シネマカリテico_linkシネ・リーブル池袋ico_link丸の内TOEIico_linkほか全国ロードショー!

■『ブリングリング』

監督・脚本:ソフィア・コッポラ
衣装:ステイシー・バタット
音楽スーパーバイザー:ブライアン・レイツェル
編集:サラ・フラック
プロダクション・デザイン:アン・ロス
撮影監督:ハリス・サヴィデス、クリストファー・ブローヴェルト
出演:エマ・ワトソン、ケイティ・チャン、クレア・ジュリアン、イズラエル・ブルサール、タイッサ・ファーミガ、レスリー・マン
製作年:2013年/上映時間:90分/製作国:アメリカ、フランス、イギリス、日本、ドイツ合作
R15+ 原題:The Bling Ring
配給:アークエンタテインメント、東北新社

おじいちゃんの里帰り

(C)2011 – Concorde Films

 1960年代のドイツ。戦後の復興が進むなか、労働力が不足したドイツは、ヨーロッパのあちこちから、働き手を招く。約2500キロも離れたトルコもその国のひとつである。
 映画「おじいちゃんの里帰り」(パンドラ配給)は、そのような背景で生まれた傑作コメディである。シリアスな時代背景であり、現実はさぞ過酷だったと想像されるが、映画は、背景の過酷さをほのめかしながらも、笑いと涙を、たっぷり用意する。
 フセイン・イルマズ(ヴェダット・エリンチン)は、単身で、トルコの東からドイツにやってくる。フセインは、隣の人に入国審査の順番を譲ったために、100万人目の移住者の名誉を逃したが、真面目に働く。やがて、妻とまだ幼い子供たちをトルコから呼び寄せ、家族を守り、働き続ける。

(C)2011 – Concorde Films

 フセインは、大家族である。妻のファトマは村長の娘で、ドイツへの帰化をなによりも望んでいる。長男のヴェリは、腕白少年で、今は離婚問題を抱えている。次男のモハメドは、何かにつけて不器用、現在は失業中。長女のレイラは、小さい頃から清掃員に憧れ、今は、チャナンという22歳の女子学生の母親だ。三男のアリは、兄弟で唯一人、ドイツで生まれて、妻のガビは、ドイツ国籍である。アリとガビには、6歳になる息子のチェンクがいるが、チェンクは、トルコの言葉が話せない。
 そのような家族の長フセインは、いまや70歳、孫が二人もいるおじいちゃんだ。見た目には、移民ながらも、なんとか生き抜いてきた普通の家族のように見えるが、それぞれに、さまざまな問題を抱えていることが分かってくる。チャナンはまだ学生だが、つき合っているイギリス人との間に、赤ちゃんが出来たことが分かる。6歳のチェンクは、いったい自分は、ドイツ人なのかトルコ人なのか、真剣に悩んでいる。ヴェリとモハメドは、大人になっても仲が悪く、いがみあいばかり。
 ある日、フセインは突然、家族に告げる。「トルコに行こう。故郷の村に家を買った。休暇だ」と。妻をはじめ、みんなは乗り気ではない。それでも、おじいちゃんの気力に押されてか、みんなはしぶしぶトルコに出かけることになる。そんな時、おじいちゃんに政府から手紙が届く。なんと100万1人目の移民として、メルケル首相の前でスピーチをして欲しいという内容だ。スピーチなどはしないというおじいちゃんだが、まんざらでもなさそう。家族それぞれの思惑を乗せて、フセイン一家のトルコへの里帰りが始まるが…。

(C)2011 – Concorde Films

 日本と外国とのつき合いについては、いろいろ情報も入ってくるが、外国同士のつきあいについては、日本ではなかなかわかりにくいことが多い。本作では、トルコからのドイツへの移民の実態や、妊娠したチャナンの相手がイギリス人であることから、トルコがいかにイギリスを嫌っていたかが分かるシーンもある。こういった外国同士のつきあい、歴史がどうであったかが分かるのも、映画を見る歓びのひとつだろう。
 過去のシーンを、チャナンとチェンクの孫ふたりが狂言回しを務めて、振り返る。22歳と6歳である。それぞれの視点が、本質を言い当てて、笑いを誘うし、重みがある。ドイツという国やキリスト教について、可愛い表情を示すチェンクの表現は爆笑ものだ。
 ドイツ人のなかでも、外国からの移民を極端に嫌う人もいるかもしれない。また、移民でも、フセインの家族のような、善人たちばかりでもないだろう。それでも、本作は、たとえ国や場所はどこであろうと、人間には、本来、きちんと働く権利があり、働いている国にちゃんと住める権利があることを伝える。
 監督は、トルコ系ドイツ人2世になるヤセミン・サムデレリ。脚本は、ヤセミンとその妹になるネスリン・サムデレリと共同で書かれた。写真で見たが、美人姉妹である。9・11以降、トルコを嫌うドイツ人が増えているらしい。そのような今、映画の果たす役割は、まだまだ多いと思う。

2013年11月30日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町ico_link ほか全国順次公開!

『おじいちゃんの里帰り』公式Webサイトico_link

監督:ヤセミン・サムデレリ
脚本:ヤセミン&ネスリン・サムデレリ
撮影:ニョ・テ・チャウ
音楽:ゲルト・バウマン
製作:アニー・ブルンナー、アンドレアス・リヒター、ウルズラ・ヴェルナー
出演:ヴェダット・エリンチン、ラファエル・コスーリス
2011 年製作/ドイツ映画/ドイツ語・トルコ語/デジタル/カラー/101分
日本版字幕 間淵康子
配給:パンドラ/宣伝協力:エスパース・サロウ

椿姫ができるまで

(C)LFP – Les films Pelléas, Jouror Développement, Acte II visa d’exploitation n°129 426 – dépôt légal 2012

 オペラは、面白い。すてきな音楽に、演劇、芝居が加わる。音楽は、オーケストラが奏で、歌唱、合唱が加わる。衣装も、装置も、美術も、シンプルなものもあるが、たいていは豪華だ。荒唐無稽なドラマもあるが、コメディもあり、シリアスな悲劇もある。
 多くのオペラのなかでも、好きなオペラは、ヴェルディの「椿姫」である。今年は、多くの傑作オペラを作曲したヴェルディの生誕200年になる。ヴェルディのオペラのなかでも、うっとりするほどの美しいメロディが数多く唄われるのが、この「椿姫」だろう。ことに第3幕で、ヒロインのヴィオレッタの唄うアリア「過ぎし日よ、さようなら」は、この世で、これ以上の美しいメロディがあるものかと、驚嘆する。「椿姫」は、マリア・カラスをはじめ、過去のソプラノの大歌手のほとんどがレパートリーにしているほどの超有名なオペラだ。

(C)LFP – Les films Pelléas, Jouror Développement, Acte II visa d’exploitation n°129 426 – dépôt légal 2012

 ドキュメンタリー映画「椿姫ができるまで」(熱帯美術館配給、アルシネテラン配給協力)は、フランス生まれ、当代きってのソプラノ歌手ナタリー・デセイが登場する。2011年のエクサン・プロヴァンス音楽祭で、ヴェルディのオペラ「椿姫」が上演されることになる。演出はジャン=フランソワ・シヴァディエ。指揮は、ロンドン交響楽団を率いたルイ・ラングエだ。ヒロインのヴィオレッタが、ソプラノのナタリー・デセイだ。
 映画は、オペラ「椿姫」のいわばメーキングだが、単なるメーキングの域を超える。オペラに限らず、いったいに演劇表現では、演出する側と、演じる側に、常に葛藤や解釈をめぐっての対立がある。オペラの場合は、演じるだけでなく、さらに唄うという行為が加わる。本作では、演出のシヴァディエが、自らの内にあるヴィオレッタ像を提出する。いろんなシーンに、解釈を加え、振りをつける。すべてを、デセイが鵜呑みにするわけがない。剽軽さを持つデセイが、シヴァディエの解釈に、とことん話し合おうと応じる。
 「椿姫」は、高級娼婦ヴィオレッタと、世間知らずの青年アルフレードの恋物語である。愛し合っていても、青年の父親が仲を裂く。さまざまな思いがヴィオレッタの脳裏をよぎる。愛し合っていても、ヴィオレッタは身を引く決心をするのだが…。ヴィオレッタは結核を患い、死期が迫る。ただそれだけのドラマながら、リアルに描かれた人物たちの、喜怒哀楽が交錯する。

(C)LFP – Les films Pelléas, Jouror Développement, Acte II visa d’exploitation n°129 426 – dépôt légal 2012

 「椿姫」は全3幕、そう長いオペラではない。シンプルなリハーサルが続き、そこにオーケストラが加わり、衣装や装置が、完成に近づいていく。優れた結果には、厳しい訓練が伴う。ひとつのオペラが、できあがるまでのプロセスに立ち会う痛快さが味わえる。
 女優を志したこともあるデセイは、演技経験が豊か。ヴィオレッタは、快適な暮らしをしているようにみえても、深い悩みを抱えている。全3幕にそれぞれ1回ずつ出てくる有名なセリフ「不思議だわ…」のリハーサル・シーンも出てくる。心理描写や身振りだけで演じるシーンも多く、デセイは、ことごとく自らのヴィオレッタ像を造形していく。
 ドラマの進行に合わせてのドキュメンタリーなのに、なかなかスリリングな展開、表現に、引きつけられる。監督のフィリップ・ベジアは、「ペレアスとメリザンド」や「ホフマン物語」などのオペラを映像化している。まことにオペラ好きなのだろう。
 多くの傑作オペラのなかでも、人間そのものがリアルに描かれる「椿姫」は、とにかく面白い。映画「椿姫ができるまで」を見ると、まず、オペラ「椿姫」を見たくなるに違いない。

2013年9月28日(土)より、シアター・イメージフォーラムico_link 他、全国順次ロードショー!

『椿姫ができるまで』公式Webサイトico_link

監督:フィリップ・ベジア
出演:ナタリー・デセイ、ジャン=フランソワ・シヴァディエ、ルイ・ラングレ
2012年/フランス/112分/カラー/ビスタ/ドルビーデジタル
配給:熱帯美術館/配給協力:アルシネテラン