静かなる情熱 エミリ・ディキンスン

© A Quiet Passion Ltd/Hurricane Films 2016. All Rights Reserved.

 エミリ・ディキンスンは、アメリカの女性詩人である。時代は19世紀半ば。生まれは1830年で、1886年に亡くなってから、多くの詩が世に出る。家族とその周辺とのつきあいしかないので、どのような人物か、くわしくは分かっていないらしい。
 詩は、自然、信仰、愛、死などをテーマに、繊細な言葉で紡がれる。死後、有名になったエミリ・ディキンスンの詩に、著名な人物が影響を受ける。武満徹は、詩の一節からひらめいて、フルート、ハープ、ヴィオラのために、「そして、それが風であることを知った」を作曲。サイモン&ガーファンクルは、「エミリー・エミリー」、「夢の中の世界」を作り、唄う。また、ウディ・アレンの短編集のタイトル「羽根むしられて」は、エミリ・ディキンスンの詩の一節と呼応していると、ウディ・アレン自身が述べている。
 では、エミリ・ディキンスンとは、どのような女性だったのか。映画「静かなる情熱 エミリ・ディキンスン」(アルバトロス・フィルム、ミモザフィルムズ配給)が、フィクションながら、そのひとつの答えを出す。
 アメリカ、マサチューセッツ州の女性だけの専門学校。エミリ(シンシア・ニクソン)は、信仰にまつわる学校での教えに、馴染めずにいる。弁護士の父エドワード(キース・キャラダイン)は、そんなエミリを、アマストの実家に連れ帰る。エミリは、両親、兄のオースティン(ダンカン・ダフ)、妹のヴィニー(ジェニファー・イーリー)と暮らすことになる。

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 エミリは、自分に忠実で、何の疑問もなく、信仰を受け入れたりはしない。夜、エミリは詩を綴る。署名のないエミリの詩が、地元の新聞リパブリカンに掲載されるが、「有名な文学は男の作品で、女に名作は書けない」と、編集長は言う。そんな時代だった。
 エミリは、妹のヴィニーの計らいで、資産家の娘バッファム(キャサリン・ベイリー)と仲良くなる。快活で、進歩的な考えを持つバッファムに、エミリは惹かれていく。
 奴隷制度をめぐって、南北戦争が始まる。すでに結婚し、息子が生まれたオースティンは、戦地に向かおうとするが、父が阻止する。オースティンは、ディキンスン家のひとり息子で、家系を守る父の考えに、参戦をあきらめる。ゲティスバーグで51112人、スポットシルベニアで31086人、アンティータムで23134人。多くの若者が戦場に散っていく。
 エミリは、詩を作り続けている。「詩を作るのは私の日常。それは救いのない者への唯一の救い」とエミリ。
 何らかの形で、後世に詩を残したいエミリは、新任のワズワース牧師に、自作の詩を手渡す。
 バッファムの結婚、ワズワース牧師の転任と、大切な人たちが、エミリの許を離れていく。
 ひとり、閉じこもるエミリの生き甲斐は、詩を作ること。やがて、エミリは両親の死に立ち会い、重い腎臓の病魔と戦うことになる。それでも、エミリは、詩を作り続ける。
 生前に発表された詩、10篇。死後、発見された詩、1800篇。

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 劇中、ドラマの展開にあわせて、いくつかの詩が登場する。ことごとく繊細で、峻烈。魂のありかを模索続けるかのよう。「魂は自分の社会を選び そして戸を閉ざしてしまう その神聖な仲間に だれも加えてはならない」、「このひとは詩人だった ごく普通の意味から 驚くべき感情を蒸留し 戸口に散る 平凡な種類の薔薇から 限りない芳香をひきだすのだ」。
 控えめながら効果的、使われる音楽の品が実にいい。ベルリーニのオペラ「夢遊病の女」より第2幕のアリア「ああ!信じられない、花がこんなに早く萎むとは」。ショパンのワルツ第17番。ベートーヴェンの「7つのレントラー」の一節。シューベルトがマテウス・フォン・コリンの詩に曲をつけた「夜と夢」。エドゥアルト・シュトラウスのポルカ「テープは切れた」などなど。
 エミリ・ディキンスンの伝記というより、エミリ・ディキンスンの魂に捧げたような映画。アメリカの詩人の映画だが、イギリスとベルギーの合作になる。脚本、監督は、イギリス出身のテレンス・デイヴィス。イギリスでは高い評価のある監督で、いくつかの監督作品があるが、日本ではほとんど未公開。エミリ・ディキンスンを演じたシンシア・ニクソンをはじめ、ヴィニー役のジェニファー・イーリー、エドワード役のキース・キャラダイン、バッファム役のキャサリン・ベイリー、オースティン役のダンカン・ダフと、舞台経験のある俳優がズラリ。重厚な演技がぶつかりあって、見ものである。
 ちなみに、エミリ・ディキンスンの詩集は、「対訳 ディキンスン詩集―アメリカ詩人選<3>」(岩波文庫・亀井俊介 編・訳)をはじめ、日本でもいくつか出版されている。新しいところでは、「わたしは名前がない。あなたはだれ? エミリー・ディキンスン詩集」(KADOKAWA・内藤里永子 編・訳)。映画をご覧になる前でも後でも、ぜひお手にとって、読まれたい。

2017年7月29日(土)より、岩波ホールico_linkほか全国順次ロードショー

『静かなる情熱 エミリ・ディキンスン』公式Webサイトico_link

監督:テレンス・デイヴィス
出演:シンシア・ニクソン、ジェニファー・イーリー、キース・キャラダイン
2016年/イギリス・ベルギー/英語/カラー/125分/シネマスコープ/ドルビーデジタル/DCP
原題:A QUIET PASSION
字幕:佐藤恵子
字幕監修:武田雅子
提供:ニューセレクト、ミモザフィルムズ
配給:アルバトロス・フィルム、ミモザフィルムズ
宣伝:ミモザフィルムズ
宣伝協力:テレザ、高田理沙
後援:日本エミリィ・ディキンスン学会、ブリティッシュ・カウンシル

台湾萬歳

(c)『台湾萬歳』マクザム/太秦

 夜明けの海。小さな漁船。静かなギターの調べ。酒井充子監督のドキュメンタリー映画「台湾萬歳」(太秦配給)は、冒頭に、うっとりするほどの台湾の美しい風景を用意する。
 1895年から1945年まで、台湾は日本の統治下にあった。戦後生まれの酒井充子は、ツァイ・ミンリャンの「愛情萬歳」、ホウ・シャオシェンの「悲城情市」といった映画に魅せられて、1998年、初めて台湾の地を踏む。「悲情城市」の舞台になった九份で、あるおじいさんに流暢な日本語で話しかけられ、驚く。おじいさんは、日本語の先生の思い出話を語る。
 2000年、酒井充子は、「台湾の映画を撮ろう」と決意、本格的に台湾の取材をスタートさせる。2009年、日本語で教育を受けた世代の人たちの人生を追った「台湾人生」が完成、一般公開される。その後、第二次世界大戦、「悲城情市」で描かれた二二八事件、民主化運動を弾圧した白色テロなどの歴史に翻弄された世代の人生を描いた「台湾アイデンティティー」を撮る。
 いわゆる三部作の最終章となるのが、この「台湾萬歳」である。どのような悲惨な現実があろうと、人は生きていく。海で魚を採り、山でけものを討ち、畑で作物を作る。時代は変化しても、人が生きてあることには、なんの変化もない。本作の舞台は、台湾の南東部、台東縣。アミ族、ブヌン族、タオ族など、多くの民族が暮らしている。漁港のある成功鎮には、戦前から、多くの漢民族や日本人が移住している。

(c)『台湾萬歳』マクザム/太秦

 元カジキ漁の漁師だった張さんは85歳。77歳の妻の李典子さん、長男夫婦といっしょに成功鎮に住んでいる。張さんは、19歳から、兄といっしょにカジキ漁船に乗り、30歳で念願の船長になる。船の先端に立ち、カジキにモリを振り下ろす、伝統の突きん棒漁だ。漁業を引退したいまは、朝から畑に出て、イモやバナナ、パパイヤを作っている。午後は、漁港に行き、魚の水揚げを眺めるのが日課だ。奥さんは、かつて、張さんの穫ってきた魚を調理していた。
 69歳のオヤウさんと、62歳のオヤウ・アコさんは、成功鎮に住んでいるアミ族の夫婦だ。オヤウさんは、張さんといっしょにカジキ漁に従事、いまなお、カジキや、トビウオ、シイラ漁に出ている。アミ族は、かつて漁港を築くときには、労働力として駆り出されていた。アコさんの叔父は、戦後、国民党軍に徴兵され、ながく中国大陸で過ごすことになる。
 ブヌン族名でシンシン、通称カトゥさんは41歳と若い。台東縣の延平郷に住んでいる。父はパイワン族、母はブヌン族で、いまは中学校で、歴史を教えているが、ギターを弾き唄う、シンガーソングライターでもある。戦後、中国から移ってきた国民党の老兵が、二胡を弾きながら雑貨を売る様子を歌にした。通称のカトゥは、祖父の日本名が加藤四郎だったことからの名だ。

(c)『台湾萬歳』マクザム/太秦

 ブヌン族名、ムラスさんは89歳。日本名はきよこ。もともとは高地の村に住んでいたが、日本統治のころに、強制的に台東縣の延平郷に移住させられた。ときおり、カトゥさんが訪ねてきて、移住したころの話を聞いている。両親は移住に反対したが、どうすることもできなかった。以来、きよこさんは、故郷に戻ったことはない。せめて、自分たちの土地だった場所を守ってほしいと願っている。
 ブヌン族のダフさんは41歳。カトゥさんとともに、伝統の狩りを続けている。射撃の名手で、キョンを一発でしとめるほどの腕前だ。その場でキョンを捌く手際が見事。
 主に、7名の人物が登場する。だれも、声高に、台湾独立や民主化を叫ぶわけではない。与えられた人生に感謝し、家族を思い、謙虚に生きている人たちばかり。戦後、すでに70年を超えている。「台湾萬歳」で描かれた7人の暮らしからは、台湾と日本の関係がどのようなものであったかが、痛切に伝わってくる。
 監督もまた、声高に叫ばない。台湾の、田舎の、市井の、ごくふつうの人たちの暮らしを、淡々と綴っていく。さまざまな国が、文明の名のもとに、高度成長を遂げている。台湾のこの地とて、やがて文明の波にさらされるかもしれない。それでも、人と人は寄り添い、額に汗を流し、働き、ときには喜怒哀楽を歌に込め、唄い、ふつうに暮らしている。
 監督に、「ぜひ台湾へ」と、何度も言われたことがある。「台湾萬歳」を見て、ますます、いちどは訪ねてみたいと思う。監督は、「まずは何度も行き、やがて、成功鎮にも」と。

2017年7月22日(土)より、ポレポレ東中野ico_linkにて公開ほか全国順次

『台湾萬歳』公式Webサイトico_link

監督:酒井充子
出演:張旺仔、オヤウ/許功賜、オヤウ・アコ/潘春連、Sinsin Istanda/柯俊雄 ほか
エクゼクティブプロデューサー:菊池笛人
統括プロデューサー:小林三四郎
プロデューサー:小関智和、陳韋辰
撮影:松根広隆 録音・編集:川上拓也
音楽:廣木光一 制作:今村花 タイトル:張月馨
特別協賛:台東縣
宣伝協力:カツオ標識放流共同調査プロジェクト(味の素株式会社)
後援:台北駐日経済文化代表処、台湾新聞社、一般財団法人台湾協会、東京台湾の会、臺灣電影迷、チャイナエアライン
製作:マクザム、太秦
配給:太秦
2017年/日本/DCP/カラー/93分

残像

©2016 Akson Studio Sp. z o.o, Telewizja Polska S.A, EC 1 – Łódz Miasto Kultury, Narodowy Instytut Audiowizualny, Festiwal Filmowy Camerimage-Fundacja Tumult All Rights Reserved.

 ポーランドの映画監督、アンジェイ・ワイダは、昨年の10月9日に亡くなった。90歳だった。かつて、「地下水道」、「灰とダイヤモンド」、「夜の終りに」、「約束の土地」、「大理石の男」、「鉄の男」、「コルチャック先生」、「カティンの森」、「ワレサ 連帯の男」などなど、ポーランド一国に限らず、世界の映画の歴史に残る傑作を数多く撮った監督である。
 人間の尊厳や自由を踏みにじる権力、政治体制に、徹底的に闘った作家と思う。その遺作「残像」(アルバトロス・フィルム配給)が、このほど公開となる。
 映画は、実在した前衛画家、ヴワディスワフ・ストゥシェミンスキの晩年の数年を描く。第二次世界大戦後のポーランド。スターリンの強大な影響力のなか、ポーランドのウッチ造形大学で教えているストゥシェミンスキは、独自の前衛的な絵画を制作し、学生たちに慕われている。当時のポーランドは、芸術にまで、社会主義のリアリズムを要求する。ストゥシェミンスキは、真っ向から反対する。

©2016 Akson Studio Sp. z o.o, Telewizja Polska S.A, EC 1 – Łódz Miasto Kultury, Narodowy Instytut Audiowizualny, Festiwal Filmowy Camerimage-Fundacja Tumult All Rights Reserved.

 ストゥシェミンスキは、第一次世界大戦に従軍し、片手片足を無くしている。屋外での講義では、小高い丘の上から、体ごと転げ落ちるように下る。学生もまた、ストゥシェミンスキの真似をする。このシーンだけでも、ストゥシェミンスキが、いかに学生に慕われているかが、よく分かる。
 象徴的なシーンがある。ストゥシェミンスキが自宅で絵を描いている。突如、窓が赤く染まる。スターリンの肖像が描かれた、赤い大きな旗は、アパートのすべての窓を覆うくらいの大きさである。まるで、権力の横暴そのもの。
 大学は政府の意向を受け入れる。役所までが、「芸術は政治の理念を反映するものでなければならない」と言ってくる。ストゥシェミンスキはいっさい、妥協しない。独自の道を選んだストゥシェミンスキは、やがて政府から、多大の迫害を受けることになる。
 骨太で、格調ある映画である。決して、難解な映画ではない。晩年のワイダ作品は、熟成されたワインのようななめらかさ、やわらかさに満ちている。
 タイトルの「残像」とは、映画の冒頭で、ストゥシェミンスキが学生たちに語る言葉から採られている。「残像とは、ものを見たときに目の中に残る色のこと。人は認識したものしか見ていない」。
 多くの、優れた映画を残したアンジェイ・ワイダの、これはまさに遺書、遺言ともいうべき映画だろう。

©2016 Akson Studio Sp. z o.o, Telewizja Polska S.A, EC 1 – Łódz Miasto Kultury, Narodowy Instytut Audiowizualny, Festiwal Filmowy Camerimage-Fundacja Tumult All Rights Reserved.

 時代はいつだって、どこだって、権力者にとって、都合のいいことばかりがまかり通る。民主主義で、自由に発言できる日本ではあるが、このところ、おかしくなり始めている。大きなメディアは、権力の横暴、身勝手さを、きちんと報道しない。自由に言いたいことが言えないような法律が出来つつある。こういうことを書くこと自体、捜査や取り締まりの対象になる時代がくるかも知れない。冗談ではない。
 いくら、権力が横暴をふるい、迫害を加わえようとしても、人間としての尊厳、誇りをもって、立ち向かうべきだろう。日本でも、一部の優秀な官僚たちが、ようやく、内部告発を始めようとしている。いまの権力の暴走、私物化をよく見ると、当然の動きと思う。
 映画の資料に、アンジェイ・ワイダ監督の言葉がある。「…一人の人間がどのように国家機構に抵抗するのか。表現の自由を得るためには、どれだけの対価を払わなければならないのか。全体主義国家で個人はどのような選択を迫られるのか。これは過去の問題と思われていましたが、今もゆっくりと私たちを苦しめ始めています…」。
 映画「残像」は、まるで、いまの日本を描いているかのようである。まだ、学校に通っている若い世代に、ぜひ見てほしい一本。

2017年6月10日(土)より、岩波ホールico_linkほか全国順次ロードショー

■『残像』

監督:アンジェイ・ワイダ
脚本:アンジェイ・ワイダ、アンジェイ・ムラルチク
撮影:パヴェウ・エデルマン
出演:ボグスワフ・リンダ、ゾフィア・ヴィフワチ
2016年/ポーランド/ポーランド語/99分/カラー/シネスコ/5.1ch/DCP/原題:Powidoki/英題:Afterimage
後援:ポーランド広報文化センター
提供:ニューセレクト
配給:アルバトロス・フィルム
宣伝:テレザ、ポイント・セット

ハロルドとリリアン ハリウッド・ラブストーリー

(C)2015 ADAMA FILMS All Rights Reserved

 中学生のころ、「十戒」という映画を見た。モーゼ率いるエジプトの奴隷たちが、紅海にたどり着く。エジプト兵が迫ってくる。モーゼが杖を掲げると、海が割れ、奴隷たちが逃れる。後を追いかけてきたエジプト兵は、海におぼれてしまう。当時の特殊撮影だが、海が割れるなどというシーンに、興奮して見入ったものだった。
 高校生のころ、「ウエスト・サイド物語」という映画を見た。ニューヨークの片隅で、若い人たちが踊り、唄う。思い切り、脚をあげるダンスのかっこよさに、思わず脚をあげようとしたが、とても真似は出来ない。
 さらに、アルフレッド・ヒッチコック監督の「鳥」という映画を見た。子どもたちがいるところに、鳥の大群が襲ってくる。その迫力に、度肝を抜かれた。
 このほど、ドキュメンタリー映画「ハロルドとリリアン ハリウッド・ラブストーリー」(ココロヲ・動かす・映画社○配給)を見て、驚いた。かつて、衝撃を受けた「十戒」、「ウエスト・サイド物語」、「鳥」といった映画の「絵コンテ」、英語では、ストーリーボードというが、この絵コンテを描いたのが、ハロルド・マイケルソンとその妻リリアンの伝記だったからだ。

(C)2015 ADAMA FILMS All Rights Reserved

 ハロルドは第二次世界大戦に従軍し、1945年に帰還。ほどなく、孤児のリリアンと恋仲になる。周囲の反対をよそに、駆け落ち同然、ふたりはハリウッドに居を構える。絵の達者なハロルドは、いろんな映画会社に絵を売り込み、ひとまずコロンビア映画(いまのソニー・ピクチャーズ)に、絵コンテ作家として雇われる。
 その後、ハロルドは、パラマウントに移り、「十戒」の絵コンテを描き、業界に認められることになる。ハロルドの斬新な絵コンテは、多くの映画の名シーンになっていく。「ベン・ハー」、「スパルタカス」といった大作映画から、スリル満点のヒッチコック映画などを手がけるようになる。
 かたや、妻のリリアンは、映画のリサーチャーとして頭角を現していく。リサーチャーとは、文字通り、映画の背景になるさまざまな事実を調べること。リリアンの手がけた映画は、「史上最大の作戦」、「影なき狙撃者」が有名だが、夫のハロルドとは、ヒッチコック監督の「鳥」で、はじめて「共演」することになる。
 ふたりの快進撃が始まる。ハロルドは、多くの傑作映画の絵コンテを描き、リリアンは多くの傑作映画のリサーチを行う。ただし、映画には、ふたりの名前はクレジットされない。ハリウッドの映画製作の慣習なのか、絵コンテ製作やリサーチは、あくまでも縁の下の力持ちにすぎない。

(C)2015 ADAMA FILMS All Rights Reserved

 映画は、ふたりの活躍や、2007年のハロルドの死まで、現在のリリアンが、過去を振り返る形で描かれる。ふたりの仕事に、著名人らが賛辞を送る。メル・ブルックス、フランシス・フォード・コッポラ、ダニー・デヴィート、アルフレッド・ヒッチコック、スティーヴン・スピルバーグ……。そのほか、ハロルドとリリアンを敬愛する映画人として、ロバート・ワイズ、ロマン・ポランスキー、マイク・ニコルズ、デヴィッド・リンチ、メル・ブルックス、スタンリー・キューブリック、トム・ウェイツらが知られている。
 ハロルドとリリアンが、どのように、優れた映画製作を支えたかが、一目瞭然。映画を陰でささえた夫婦の愛のドラマでもあるが、ふつうの映画好きはもちろん、将来、映画関係の職業を目指す人には、必見。
 ハロルドが手がけた作品で、おすすめの映画を列挙する。
 1950年代、「泥棒成金」、「地底探検」。
 1960年代、「アパートの鍵貸します」、「あなただけ今晩は」、「バージニア・ウルフなんかこわくない」、「卒業」、「俺たちに明日はない」、「ローズマリーの赤ちゃん」。
 1970年代、「イージー・ライダー」、「屋根の上のバイオリン弾き」、「ジョニーは戦場へ行った」、「チャイナタウン」、「カッコーの巣の上で」、「ロッキー」、「アニー・ホール」、「ディア・ハンター」、「クレイマー・クレイマー」、「マンハッタン」。
 1980年代、「レイジング・ブル」、「レッズ」、「ブレード・ランナー」、「コットン・クラブ」、「ラスト・エンペラー」、「プラトーン」、「フルメタル・ジャケット」、「レインマン」。
 1990年代、「ゴッドファーザーPARTⅢ」。
 どれも傑作、ものすごい作品ばかり。ハロルドが、いかに優れた絵コンテ作家だったかを物語るに十分である。

2017年5月27日(土)より、YEBISU GARDEN CINEMAico_linkほか全国ロードショー

『ハロルドとリリアン ハリウッド・ラブストーリー』公式Webサイトico_link

監督・脚本:ダニエル・レイム
エグゼクティブ・プロデューサー:ダニー・デヴィート
出演:ハロルド&リリアン・マイケルソン、フランシス・フォード・コッポラ、メル・ブルックス、ダニー・デヴィート、アルフレッド・ヒッチコック、スティーヴン・スピルバーグ ほか
2015年/アメリカ/94分/カラー・モノクロ/16:9/5.1ch/英語/日本語字幕:原田りえ/原題:Harold and Lillian: A Hollywood Love Story
配給:ココロヲ・動かす・映画社○

草原の河

©GARUDA FILM

 およそ人間は、いろんな場所で生きている。中国のチベット。ところどころ、緑の草原があり、小さな河がある。冬、河は凍りつく。映画「草原の河」(ムヴィオラ配給)は、過酷な自然のなかで、牧畜を営むチベット人家族の日常を淡々と描く。
 一昨年、2015年の東京国際映画祭で、「ワールド・フォーカス」部門で上映され、長く公開が待たれていた。
 子が親を想う。親が子を想う。その表現に違いはあるが、愛し、慕い、ときには憎むこともあるが、その想いは、国や民族が異なっていても、さして変わることはない。
 冬の終わり。まだ6歳の娘ヤンチェン・ラモ(ヤンチェン・ラモ)は、母親ルクドル(ルンゼン・ドルマ)に、近く、赤ちゃんができることを知る。まだ乳離れのできないヤンチェンは、これから生まれてくる赤ちゃんに、母親がとられるのではないかと心配である。
 ヤンチェンの父親グル(グル・ツェテン)は、4年ほど前のある出来事から、ヤンチェンの祖父である自分の父を、許せないでいる。グルの父は、かつて仏教の修行に励み、いまなお、修行のために、村から離れた洞窟にひとりで住み、村人たちから、行者さま、と呼ばれている。

©GARUDA FILM

 春のはじめ。行者さまが体調を崩す。村人たちは、行者さまの見舞いに行く。グルもルクドルに促され、ヤンチェンを連れて洞窟に向かうが、父とは会おうとせず、ヤンチェンだけを祖父に会わせる。
 砂漠化が進行しているせいか、夏の放牧地への移動がまだ早すぎるころに、グルたち一家は、夏の放牧地に移動する。夜、狼が羊を襲う。ヤンチェンは、母を亡くした子羊を、ジャチャと名前をつけて、可愛がって、育てる。
 畑に種まきをする。訪ねてきたヤンチェンのおじさんは、ヤンチェンの祖父と同じ寺で修行をしていて、改革開放のいまなお、修行に励むのを、立派だと誉めたたえる。
 夏。いろんな家族が放牧地にやってくる。ヤンチェンは、まだ、乳離れしないでいる。ある日、ジャチャがいなくなってしまう。グルはヤンチェンをオートバイに乗せて、ジャチャを探しに行く。
 収穫の秋がやってくる。ヤンチェンにとっては、たいへん辛く、悲しいことが起きる。
 ヤンチェン、その両親、祖父と、三代にわたる家族の様子を、草原の河は、じっと見つめている。

©GARUDA FILM

 いまは、草原をオートバイで駆ける。確実に時代は移り変わっていく。およそ文明とはあまり縁のない場所とて、近代化の波は押し寄せている。国の政策で、その暮らしぶりにも、変化が訪れようとしている。文革を経て、改革開放となる中国のいまである。チベットと中国との複雑な関係も存在する。
 父と息子、息子とその妻と娘がいる。標高3000メートルを超える草原である。冬の寒さは半端ではない。放牧民として暮らすことは、決してラクなものではないだろう。過酷な自然との闘いでもある。そして、どこにいても、人は生きていこうと必死である。
 チベットのどこかが舞台であるが、映画は、青海省の同徳県で撮影された。ここは、監督のソンタルジャや、ヤンチェン役のヤンチェン・ラモ、父親役のグル・ツェテンの生まれ故郷である。チベット人の暮らしを、チベット人の視点でとらえる。映画にリアリティがあるのも当然のことだろう。
 チベット人監督の手になる映画が、日本で一般公開されるのは、これが初めてである。ヤンチェンを演じたヤンチェン・ラモは、監督の遠縁にあたる少女である。撮影当時、まだ6歳。映画に出るのは初めてだが、いたいけで、けなげな役どころを堂々と演じる。
 自然、人、暮らし。しんみり、だが、ほのぼの。さまざまな思いにかられる映画だ。

2017年4月29日(土)より、岩波ホールico_linkにてロードショーほか全国順次公開

『草原の河』公式Webサイトico_link

監督・脚本:ソンタルジャ
撮影:王 猛
出演:ヤンチェン・ラモ、ルンゼン・ドルマ、グル・ツェテンほか
原題:河/英語題:River/2015年/中国映画/チベット語/98分/DCP/ビスタサイズ/ステレオ/映倫区分:G
配給:ムヴィオラ

タレンタイム~優しい歌

(c) Primeworks Studios Sdn Bhd

 北朝鮮とも友好的な国、マレーシア。4年ほど前に、「シネ・マレーシア~マレーシア映画の現在~」という映画祭で、マレーシア映画をまとめて見る機会があった。多民族国家らしく、幅広い題材、テーマに驚いた。滅びゆく伝統文化への敬意や、都会に出た若者たちを待ち受ける過酷な現実、貧しい漁村に暮らす父と息子のそれぞれの恋愛などなど、多彩なジャンル、テーマで、見応えある映画が多かった。
 日本のいろんな映画祭などで上映され続けてきたマレーシア映画の傑作「タレンタイム~優しい歌」(ムヴィオラ配給)が、このほど一般公開となる。作られたのは、2009年。マレーシアの女性映画監督、ヤスミン・アフマドの長編映画の遺作である。
 「タレンタイム」とは、「タレント」と「タイム」がくっついた造語と思われるが、いわば、高校生たちの歌や演奏、踊りなどのコンテストのことである。
 ある高校。校長らしい女性のアディバ先生の発案で、久しぶりに「タレンタイム」の開催が決まる。高校には、成績優秀なハフィズが転校してきたばかり。ハフィズはマレー人のムスリム(イスラム教)である。女生徒のムルーは、祖母がイギリス系で、父はイギリス系とマレー系の混血になる。開放的で裕福そうな家庭で、中国系のメイドを家族同様に扱っている。マヘシュは、インド人でヒンドゥー教徒。幼い頃に父を亡くし、いまは母親と姉の3人暮らし。耳の聞こえない障がいがあるが、母の弟になる叔父に可愛がられている。ハフィズが転校してくるまでは、クラスでいちばんの成績だったカーホウは中華系。成績が下がったために、父からこっぴどく叱られる。二胡の演奏に長けていて、ムルーにひそかな想いを寄せている。

(c) Primeworks Studios Sdn Bhd

 オーディションが始まる。アディバ先生のお眼鏡に叶ったのは、ピアノの弾き語りのムルー、二胡で「茉莉花」という曲を演奏するカーホウ、自作の曲をギターで弾き、唄ったハフィズたちである。生徒たちがオーディションの合格結果を知らせる。ムルーの家に結果を届けたマヘシュは、自宅に戻る。なんと、結婚披露宴の最中だった叔父が、葬式をしている隣人ともめて、殺害される。ヒンドゥー教のマヘシュの母は、弟を殺したイスラム教徒を憎むばかりで、食事もしない日々が続く。
 「タレンタイム」の本番に向けて、みんなの放課後の練習が始まる。練習の送り迎えも、生徒たちが分担する。ムルーの送り迎えは、合格通知を届けたマヘシュである。ムルーは、挨拶をしてもまったく返事をしないマヘシュに腹をたてるが、耳が聞こえないことを知って以来、ムルーは、マヘシュに牽かれていく。ムルーの家族は鷹揚で、マヘシュがインド系、ヒンドゥー教、耳が聞こえないことなど、まったく気にしないで、マヘシュを受け入れる。
 ハフィズの母は、脳腫瘍で入院している。母のそばには、見知らぬ男性患者が、まるで天使のように寄り添い、「神の御心を」などと語りかける。天使は、ハフィズの母に、イチゴを差し出す。まるで、天国に誘うように。
 ムルー、マヘシュ、ハフィズ、カーホウの、それぞれの家庭環境が巧みにモンタージュされながら、いよいよ「タレンタイム」の本番がやってくる。

(c) Primeworks Studios Sdn Bhd

 高校生たちの青春がみずみずしく描かれた映画でもあるが、単なる若者たちの音楽物語ではない。ここには、マレーシアという国の、さまざまな現実が活写されている。映画の言語も、マレー語、タミル語、英語、広東語、北京語と多彩で、マレーシアがいかに多民族、多宗教国家かが分かる。そこに、母と息子、母と娘、姉と弟、父と娘たちといった、さまざまな家族のつながり、葛藤が盛り込まれる。
 劇中とエンド・クレジットで、「おお、愛しい人よ」という歌が唄われる。「残り火の上を裸足で歩いているかのよう 見知らぬ人に育てられたかのよう 連れていってくれ あなたの元に 偏見だらけの世界は 僕の永遠の敵 大切なあなた 愛しい人よ」。
 世界のさまざまな偏見を洗い流すかのように、ドビュッシーの「月の光」が、なんども流れてくる。国家間の諍いを静めるかのように、バッハの「ゴールドベルク変奏曲」が流れてくる。
 女性監督ヤスミン・アフマドの言葉が映画の資料にある。「私は国境がきらいです。私は人間と人間とを恣意的に分断することがきらいです。…私たちは、何か成果を出そうとしていると、つい基本的な人間の資質である優しさや思いやりを忘れてしまいます。コマーシャルであろうと映画であろうと、私が作る映画には、そうした感情をいつも描こうとしています」。また、「私にとって映画は、人間に、人間であることを思い起こさせてくれる、格好の機会を与えてくれるものなのです」とも。
 マレーシアという国だけのことではない。いまほど、寛容、思いやり、共感が必要な時代はないのではないか。監督の、「タレンタイム~優しい歌」に託した想いは、監督の死後、8年を経てもなお、説得力じゅうぶん、世界に通用することと思う。

2017年3月25日(土)より、シアター・イメージフォーラムico_link、4月シネマート心斎橋ico_linkほか全国順次公開

『タレンタイム~優しい歌』公式Webサイトico_link

監督・脚本:ヤスミン・アフマド
撮影:キョン・ロウ
音楽:ピート・テオ
出演:パメラ・チョン、マヘシュ・ジュガル・キショールほか
原題:Talentime/2009/カラー/115分/マレー語・タミル語・英語・広東語・北京語
配給:ムヴィオラ

サクロモンテの丘 ロマの洞窟フラメンコ

 もう40年以上前になるが、団体旅行で、スペインに出かけたことがある。その日は朝、マドリードのバラハス空港から飛行機で、マラガに向かう予定だった。ところが、イベリア航空がストライキで、ずっと空港で待機していたが、お昼になっても夕方になっても、飛行機が飛ばない。急遽、予定が変更になり、夜行列車で、グラナダに行くことになった。
 マラガは、風光明媚なところと聞いていたので、ややがっかりしたが、グラナダでも悪くはない。なにしろ、アルハンブラ宮殿のあるところだからだ。翌日、グラナダ郊外の、たぶん観光客相手と思われるが、小高い丘の上にある洞窟のようなスペースで、フラメンコを見た。これが、すさまじい迫力。音楽としてのフラメンコは好きなほうだったが、生の歌と踊りに接したのは初めて。若い人だけでなく、かなり年輩の人たちが、唄い、踊り、手拍子を打つ。すっかり、魅せられてしまった。

 このほど、グラナダのサクロモンテにあるフラメンコ・コミュニティのいまを描いたドキュメンタリー映画「サクロモンテの丘 ロマの洞窟フラメンコ」(アップリンク配給)を見た。迫力である。老若男女、いろんな人が、唄い、踊る。柔軟な体がしなやかに動き、美声とはいえないがこころのこもった歌を唄う。
 1963年に、フラメンコ界のスーパースター、カルメン・アマジャが亡くなる。同じころ、サクロモンテの丘を水害が襲う。かつて、西のほうから、この地に定住したロマたちは、住む場所を失ってしまう。
 映画では、ロマたちの迫害や、洞窟の崩壊といった歴史にさらされながらも、いまなお、フラメンコそのものを守り、継承している唄い手、踊り手、ギタリストたちが、多く登場する。その歌、その踊り、その演奏もさることながら、インタビューに答える言葉が、光り輝いている。「洞窟では常に音楽が響いていた」、「稼ぐため、自分を証明するために踊った」、「フラメンコは生きる糧だった」、「世界中がサクロモンテに注目した」…。冒頭、年輩の女性が、いささか下ネタを語るが、これとて、長く生きて、いまなお、フラメンコへの情熱を物語る証しだろう。

 幸い、日本は島国である。なんらかの理由で、長い距離の大陸を移動することもない民族だ。ひきかえ、グラナダのロマたちの歴史をひもとくと、定住するまでの苦闘の歴史が見えてくる。
 深く印象に残る歌唱がある。無伴奏である。
「グラナダ、聖なる地よ アルハンブラを頂きに その石畳踏む者は おまえの聖女に祈るだろう スペインいちのあの方に」。
 このような優れたドキュメンタリーを作ったのは、グラナダ生まれのチュス・グティエレスという女性。資金のないなか、何度も何度もサクロモンテに出かけ、撮影を続けた。
 歌、朗唱、踊り、ギター演奏と、いずれも情熱的、官能的である。このライブを行う場所をタブラオという。グラナダからマドリードに戻り、さっそくタブラオに出かけた。午前4時半まで、唄い、踊るようだ。
 日本には、フラメンコを愛好する人がけっこう多いと聞いている。「サクロモンテの丘 ロマの洞窟フラメンコ」をご覧になると、ますますフラメンコ人口が増えるのではないだろうか。

2017年2月18日(土)より、有楽町スバル座ico_linkアップリンク渋谷ico_linkほか全国順次公開

『サクロモンテの丘 ロマの洞窟フラメンコ』公式Webサイトico_link

監督:チュス・グティエレス
参加アーティスト:クーロ・アルバイシン、ラ・モナ、ライムンド・エレディア、ラ・ポロナ、マノレーテ、ペペ・アビチュエラ、マリキージャ、クキ、ハイメ・エル・パロン、フアン・アンドレス・マジャ、チョンチ・エレディア他多数
日本語字幕:林かんな/字幕監修:小松原庸子/現地取材協力:高橋英子
2014年/スペイン語/94分/カラー/ドキュメンタリー/16:9/ステレオ/原題:Sacromonte: los sabios de la tribu
提供:アップリンク、ピカフィルム
配給:アップリンク
宣伝:アップリンク、ピカフィルム
後援:スペイン大使館、セルバンテス文化センター東京、一般社団法人日本フラメンコ協会

レオナルド・ダ・ヴィンチ 美と知の迷宮

(C) Rai Com – Codice Atlantico – Skira Editore 2016

 「モナ・リザ」や「最後の晩餐」の絵で、あまりにも有名なレオナルド・ダ・ヴィンチだが、では具体的にどのような人物なのかは、意外と分かっていないことが多い。このほど公開になるドキュメンタリー映画「レオナルド・ダ・ヴィンチ 美と知の迷宮」(コムストック・グループ配給)を見ると、大天才のダ・ヴィンチが、どのような人物だったか、その作品はどのようにして描かれたかが、よく分かる。
 映画は、パリのルーブル美術館から、ダ・ヴィンチの傑作「ラ・ベル・フェロニエール」が、運び出されるところから始まる。2015年、ミラノで開催の万博に展示するためである。次いで、カメラは、ダ・ヴィンチの生まれたフィレンツェ郊外のヴィンチ村から、ダ・ヴィンチゆかりの地であるフィレンツェ、ミラノの風景を映しだす。
 ダ・ヴィンチが生まれたのは1452年。フィレンツェでも名門の工房に入門し、いくつかの絵を描くが、その完璧指向のせいか、未完のままの作品が多い。ダ・ヴィンチは、30歳のころ、ミラノに向かう。ミラノを仕切っていたのは、イル・モーロことルドヴィコ・スフォルツァである。ダ・ヴィンチは、イル・モーロの支援を受ける。映画の冒頭に出てきた「ラ・ベル・フェロニエール」は、このイル・モーロの愛人がモデルといわれている。

(C) Rai Com – Codice Atlantico – Skira Editore 2016

 ミラノでは、やはり傑作といわれている「岩窟の聖母」や「最後の晩餐」を描く。ダ・ヴィンチの才能は、絵を描くことだけではない。自然科学、工学、建築学などを研究、修得する。映画は、主に、ダ・ヴィンチのもっとも充実した仕事を残したミラノ時代を中心に描かれる。
 ダ・ヴィンチはどのような人物で、どのような作品を残したのか。さまざまな学者、作家、評論家たちが語る。「最後の晩餐」の修復責任者で近代美術史の教授。ダ・ヴィンチの作品について著した作家。ヴェネツィアの現代建築史の教授。美術史家でもある評論家。ダ・ヴィンチ研究の美術史家。レオナルド・ダ・ヴィンチ記念国立科学技術博物館の学芸員。本作の原案・脚本家。それぞれが、ダ・ヴィンチの残した多大の功績を語る。
 最近のドキュメンタリー映画でよく登場する、いわゆる再現映像で、当時のさまざまな人物もまた、ダ・ヴィンチについて、その人物像を語っている。当時の衣装をまとい、背景のセットもまたリアルで、うまく再現されている。ミラノ時代のスポンサーともいえるイル・モーロ。「白貂を抱く貴婦人」のモデルで、イル・モーロの愛人のひとりだったチェチリア・ガッレラーニ。イル・モーロの妻の姉にあたるイザベッテ・デステ。ダ・ヴィンチがサライ(小悪魔)と呼んだ素行の悪い弟子のジャン・ジャコモ・カプロッティ。ダ・ヴィンチの人生に最後まで仕えた弟子のフランチェスコ・メルツィ。ダ・ヴィンチから絵画の技法を学んだラファエロ・サンツィオなどなど。いささかの皮肉もこめられるが、いずれも、ダ・ヴィンチの人となりを語り、その多彩な才能を賞賛する。

(C) Rai Com – Codice Atlantico – Skira Editore 2016

 数々の絵画の傑作もさることながら、ダ・ヴィンチの才能は、機械工学、航空学、解剖学でも発揮される。多くのスケッチが残っている。なかでも、「ウィトルウィウス的人体図」は超有名で、きっと、どこかでご覧になったことと思う。人が空を飛ぶ。ダ・ヴィンチの夢のひとつに終わったが、やがて、これは現実となる。
 ダ・ヴィンチの残したスケッチや手記は、ぼう大な数だが、完成した絵は15点ほど。どれもが傑作である。「音楽家の肖像」、「洗礼者ヨハネ」、「受胎告知」などは、もっともっと長い時間、静止画像で見てみたいほどである。さらに、ダ・ヴィンチが成し遂げたといういろいろな画法、技法についても、詳細な説明がある。なぜ、平面の絵が立体的に見えるのか、描かれた人物の視線はどこにあるのか、などなど。
 映画を見ているというより、ダ・ヴィンチという巨人の、いわば総合展覧会に踏み行ったような錯覚を覚える。もちろん、「モナ・リザ」という傑作についての考証も出てくる。
 このような、優れたドキュメンタリーを撮ったのは、ルカ・ルチーニとニコ・マラスピーナである。ルカ・ルチーニは、オペラの殿堂ともいえるミラノのスカラ座の歴史をたどったドキュメンタリー映画「ミラノ・スカラ座 魅惑の神殿」も撮っている。イタリアという国の文化や歴史を、まさに正攻法で伝え続けようとする、立派な仕事と思う。

2017年1月28日(土)より、シネスイッチ銀座ico_linkほか全国ロードショー

『レオナルド・ダ・ヴィンチ 美と知の迷宮』公式Webサイトico_link

監督:ルカ・ルチーニ(『ミラノ・スカラ座 魅惑の神殿』)、ニコ・マラスピーナ
出演:ピエトロ・マラーニ(「最後の晩餐」修復主導)、マリア・テレサ・フィオリオ(ダ・ヴィンチ研究第一人者)
2015年/イタリア映画/イタリア語/82分/カラー/原題:Leonardo Da Vinci – The Genius in Milan
提供:テレビ東京、コムストック・グループ
配給協力:東京テアトル
映倫:G

皆さま、ごきげんよう

(c) Pastorale Productions- Studio 99

 「反骨」という言葉がある。単に、不当な権力に逆らう、ということではないと思う。さまざまな事象に、自らの考えを持って、自由に行動することではないだろうか。
 多くの映画を見ていると、この「反骨」という言葉がぴったりの映画監督がいる。グルジア生まれのオタール・イオセリアーニだ。グルジアは、いいワインができる。1966年に、ワインを醸造する若者とワインの製造会社との対立を描いた「落葉」という映画で、いちやく有名になった。その後、最近作では、「素敵な歌と舟はゆく」、「月曜日に乾杯!」、「ここに幸あり」、「汽車はふたたび故郷へ」を撮っている。
 イオセリアーニ作品の特徴は、ちょいと風変わりな人物が、入れ替わり立ち替わり登場する。いずれも、深い人間観察に裏打ちされたキャラクター設定である。人生半ば、平凡な日々から旅に出た中年男を描いた「月曜日に乾杯!」では、後半、覗きが趣味の牧師、見栄っぱりの侯爵、ワニと旅をしているジプシーたちなどが登場する。どこかおかしいけれど、憎めない人物たち。自伝的な映画ともいえる「汽車はふたたび故郷へ」では、映画製作の自由を希求する青年の決意が描かれ、映画への愛に満ちている。

(c) Pastorale Productions- Studio 99

 最新作が「皆さま、ごきげんよう」(ビターズ・エンド配給)だ。舞台は現代のパリ。主に、武器商人でアパートを管理する初老の男と、骸骨をコレクションする人類学者が登場するが、はっきりとしたストーリーは、ないに等しい。管理人と人類学者は親友同士で、ふたりを取り巻いて、いろんな人物が出てくる。覗きが趣味の警察署長。ローラースケートで走りながらかっぱらいを繰り返す若者たち。黙って、家を建てている男。勝手気ままに過ごすホームレス。そして、人間ではないが、街じゅうを堂々と歩く野良犬たち。そこに、事件が起こる。ホームレスが追い立てられることになる。さあ、みんなはどうするか。
 映画は、フランス革命のころから始まる。罪人がギロチンで処刑される。編み物をしている女性たちが叫ぶ。「貴族を殺せ」と。戦場のシーンが出てくる。どことどこの戦争かは分からない。兵士に洗礼を授ける牧師がいるが、体じゅうに入れ墨をしている。
 現代のパリ。ローラースケートの若者たちが、かっぱらいをしている。酔っぱらったホームレスが、ロードローラーにひかれて、ぺっしゃんこになる。覗きが趣味の警察署長が、アパートの管理人や人類学者の部屋を覗いている。

(c) Pastorale Productions- Studio 99

 いわば、さまざまな人間の営み、日々の暮らしが、精妙にスケッチされていく。それぞれのやりとりが、たまらなくおかしい。登場人物たちが、真剣であればあるほど、見ているほうは、笑ってしまう。そして、見終わったあと、ずしりとくるものがある。
 監督は、1934年生まれというから、いま82歳。人生の辛酸をなめ尽くしているはずだ。人間を愚かなように描いても、どこか、たまらなく愛おしいように撮っている。さまざまなパターンの、ショートコントを見ているようだが、悪事は続かず、因果応報。人間、生きていれば、いいこともあれば悪いこともある。そして、世間は、収まるところに収まるように出来ている。達観した監督のまなざしは、だからとても、優しい。
 愚かな人間への讃歌だろう。82歳といえども、監督の感覚は若い。シーンのひとつひとつを楽しみながらご覧ください。きっと、生きていくことって、辛いけれど、そう悪いものじゃない、と思われることだろう。あわせて、イオセリアーニ監督の過去の作品をご覧いただくと、より深く、イオセリアーニの世界を楽しむことができるはずである。

2016年12月17日(土)より、岩波ホールico_linkほか全国順次ロードショー

『皆さま、ごきげんよう』公式Webサイトico_link

監督・脚本・編集・出演:オタール・イオセリアーニ
撮影:ジュリー・グリュヌボーム
編集:エマニュエル・ルジャンドル
音楽:ニコラ・ズラビシュヴィリ
出演:リュファス『アメリ』、アミラン・アミラナシュヴィリ『月曜日に乾杯!』、ピエール・エテックス『ぼくの伯父さん』、マチュー・アマルリック『グランド・ブダペスト・ホテル』、トニー・ガトリフ『愛より強い旅』
2015年/フランス=ジョージア/カラー/121分/1:1.66
配給:ビターズ・エンド

グレート・ミュージアム ハプスブルク家からの招待状

(C) Navigator Film 2014

 ハプスブルク家は、世界の歴史に必ず登場する名家である。13世紀から20世紀初頭まで、ざっと650年間、ヨーロッパに君臨した。著名な人物では、ルドルフ一世、マリア・テレジア、マリー・アントワネット、フランツ・ヨーゼフ一世等々。かつての全盛期には、ほぼヨーロッパの全域を支配した。
 しかも、遺産として、多くの絵画や彫刻などの美術品を残している。いずれも、名品ばかり。これを受け継ぎ、1891年から保存、展示しているのがウィーン美術史美術館である。
 このウィーン美術史美術館が、どのような美術品を、どのように展示、運営されているかを描いたドキュメンタリー映画が「グレート・ミュージアム ハプスブルク家からの招待状」(スターサンズ配給)だ。
 映画には、優れた美術品がつぎつぎと出てくるが、その詳しい紹介はない。描かれるのは、ウィーン美術史美術館で働く人たちの様子である。
 館長をはじめ、学芸員、修復家、運搬係、はては、清掃員まで登場する。個性豊かな人たちだけに、それぞれにドラマがある。膨大なコレクションである。しかも、傑作の美術品ばかり。後世に残しておかなければならない責任を感じている館長は、常に、「生き残るためにはどうすればいいか」を考えている。古くから勤めるお客様係の女性は、誇りを持っている。「お客様係や警備係は下っ端じゃない」と言い切る。

(C) Navigator Film 2014

 だが、現実は厳しい。維持管理には、多くのお金がかかる。予算はどんどん、減らされていく。新しいコレクションをオークションで落札するにも、お金がかかる。
 「集客が必要」と力説するディレクターがいて、「美術館の新しいロゴを作ろう」と提案し、実行する。一方、もうすぐ定年を迎える武器コレクションの責任者は、新しいブランド戦略には興味を示さない。
 修復家たちの奮闘もある。虫が掘った穴を見つけて、「数十年分の汚れよ」とため息をつく女性。からくり時計の修復にとりかかるが、その構造が分からず格闘する。ある室長はこぼす。「ハプスブルク家の伝統は重荷だよ」と。
 こういった仕事にかかわる人たちの本音や建前、喜怒哀楽が、時にはユーモラスに綴られて、じつに人間的。まるで、いろんな絵画に描かれた人物の内面そのもの。
 ちらりと登場する美術品を見るだけでも、ぞくぞくとする。有名なところでは、ブリューゲルの「バベルの塔」、「子供の遊戯」。フェルメールの「絵画芸術」。ベラスケスの「青いドレスのマルガリータ女王」。カラヴァッジオの「ゴリアテの首を持つダビデ」。ルーベンスの「毛皮をまとったエレーヌ・フールマン」。アルチンボルドの「夏」などなど。
 絵画だけではない。彫刻では、ヤコブ・アウアー作の「アポロとダフネ」。マティアス・シュタイン作の「トルコに帰還した皇帝レオポルド一世の騎馬像」。マスター・オブ・フリア作の「フリア」などなど。

(C) Navigator Film 2014

 ユリウス・ベルガーが描いた、美術工芸収集室の天井画がある。ハプスブルク家に関わった芸術の庇護者や芸術家、学者たちが、時間を超えて、一堂に会する。もちろん、皇帝フランツ・ヨーゼフ一世も描かれている。
 偉大な文化遺産を保護し、展示し、伝統を残そうとする人たちの英知に驚く。しかも、すべての具体的な作業は人間が行う。伝統を継続し、未来に伝え残すには、物理的にも精神的にも、人間としてのさまざまな悩みがある。これはウィーン美術史美術館だけのことではないだろう。
 ウィーンに行けるなら、まっ先に出かけたいのは国立歌劇場だったが、この映画を見ると2番目でもいいかなと思ってしまう。
 「グレート・ミュージアム ハプスブルク家からの招待状」という、すてきな、勉強になる映画を撮った監督は、ヨハネス・ホルツハウゼンという美術史が専門の映像作家。
 人間の奢りを描いたブリューゲルの「バベルの塔」を、注意深く運搬する人たち。なんと「人間的」なのだろう。もう、驚きの連続するドキュメンタリー映画だ。

2016年11月26日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町ico_linkほか全国順次ロードショー!

■『グレート・ミュージアム ハプスブルク家からの招待状』

監督・脚本:ヨハネス・ホルツハウゼン
製作:ヨハネス・ローゼンベルガー
共同脚本:コンスタンティン・ウルフ
撮影:ヨルク・ベルガー、アッティラ・ボア
出演:ザビーネ・ハーク、パウル・フライ、パウルス・ライナー
2014年/オーストリア/ドイツ語・英語/98分/DCP/カラー
提供:ドマ/ハピネット/スターサンズ
配給:スターサンズ/ドマ
配給協力:コピアポア・フィルム
後援:ウィーン美術史美術館、オーストリア大使館
日本語字幕:吉川美奈子
字幕監修:千足伸行