ホドロフスキーの虹泥棒

(c) 1990 Rink Anstalt / (c) 1997 Pueblo Film Licensing Ltd

 映画表現には、さまざまな方法がある。教育の問題に正面から取り組んだ映画もあるが、人間の存在そのものが、いったいどのようなことなのかといった、やや哲学的に考えようとする映画もある。南米のチリ生まれの映画監督、アレハンドロ・ホドロフスキーは、映画を通して、ずっと「人間とはいったい何か」を考え続けている作家と思う。
 熱狂的な映画ファンが絶賛する映画を数本撮った後の1975年、ホドロフスキーは、フランク・ハーバート原作の長大なSF小説「DUNE」の映画化を企てる。製作にぼう大なお金のかかる大作である。錚々たる俳優、歌手、画家たちが出演を承諾、ホドロフスキーは、この企画をアメリカの大手の映画会社に持ち込む。製作費がかかりすぎる、監督が無名、という理由で、どこも引き受けてくれない。結局、この「DUNE」の映画化は挫折する。

(c) 1990 Rink Anstalt / (c) 1997 Pueblo Film Licensing Ltd

 転んでもタダでは起きないホドロフスキーは、2013年、この映画化挫折の顛末をドキュメンタリー映画にしてしまう。撮ったのはフランク・パヴィッチという人だが、ホドロフスキー自身が出演、「DUNE」という原作の持つ世界観に共感し、当時のハリウッドの現状を徹底的にからかった、痛快なドキュメンタリーだった。
 このホドロフスキー監督が、1990年にイギリスで撮った「虹泥棒」という映画がある。興行的に成り立たないという判断なのか、契約の関係なのかの詳細は分からないが、日本ではずっと、一般公開されなかった。ずっと、ほぼ自力で撮り続けてきた作家である。大手の資本での映画製作は、これが初めてらしい。このほどやっと、監督自身の編集を経て、「ホドロフスキーの虹泥棒」というタイトルで公開の運びとなった。
 クリストファー・リー、ピーター・オトゥール、オマー・シャリフと、主役の3人は、世界的に著名な映画俳優である。俳優の名だけでも観客を呼べるくらいである。
 犬のダルメシアンを可愛がっている大富豪ルドルフ(クリストファー・リー)が、晩餐会を開く。招かれた親戚たちは、高齢のルドルフの遺産に期待している。親戚たちは、メニューに驚く。犬にはキャビア、人間には骨だけ。まったく逆である。そこに、ルドルフの呼んだ売春婦たちがやってくる。華やかな虹色のドレスを着て、ルドルフと戯れる。ところが、ここでルドルフが発作を起こし、昏睡状態となる。

(c) 1990 Rink Anstalt / (c) 1997 Pueblo Film Licensing Ltd

 遺産目当ての親族たちは、弁護士を囲んで、言い争う。ルドルフには、メレアーグラ(ピーター・オトゥール)という甥がいる。親族たちは、メレアーグラが遺産を手にするのではないかと心配している。メレアーグラは、親戚たちの言い争いにうんざりし、豪邸を出ていく。
 5年後、メレアーグラは、ささいな泥棒稼業の男ディマ(オマー・シャリフ)と、地下水道の一角で暮らしている。ふたりの生き甲斐は、まだ生きているルドルフの遺産のみ。
 人間とは、いったい何だろう。人間の運命とは、いったい何だろう。映画には、猥雑なシーンもあるが、息をのむような美しいシーンもある。人間のさまざまな欲望に対して、あざ笑うかのようなホドロフスキーの視線がある。人間の運命に対して、突き放すようなホドロフスキーの視線がある。
 タイトル通り、ホドロフスキーは、とても美しい虹を映しだす。「人間というものは、どうやって生きるのか。あなたがた、ひとりひとりが考えることですよ」と問いかけながら。

2016年11月12日(土)より、渋谷アップリンクico_link他にて全国順次ロードショー!

『ホドロフスキーの虹泥棒』公式Webサイトico_link

監督:アレハンドロ・ホドロフスキー『エル・トポ』『リアリティのダンス』『ホドロフスキーのDUNE』
脚本:ベルタ・ドミンゲス・D『王子と乞食』
製作:ヴィンセント・ウィンター、ヴァルデマール・ズィーキ
製作総指揮:ヨハネス・ヴァイネック
撮影:ロニー・テイラー『ガンジー』『遠い夜明け』
編集:マウロ・ボナーニ『サンタ・サングレ/聖なる血』
音楽:ジーン・ミュージィ
出演:ピーター・オトゥール、オマー・シャリーフ、クリストファー・リー、ジョアンナ・ディケンズ、イアン・デューリー
1990年イギリス映画/92分/カラー/ステレオ/ビスタサイズ(ヨーロッパ・ビスタ)
配給:アーク・フィルムズ
配給協力・提供:是空
協力:TCエンタテインメント

奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ

(c)2014 LOMA NASHA FILMS – VENDREDI FILM – TF1 DROITS AUDIOVISUELS – UGC IMAGES -FRANCE 2 CINÉMA – ORANGE STUDIO

 教育を、洗濯機とタオルにたとえた教育者がいる。教師が洗濯機なら、生徒は、さまざまな性質を持ったタオルである。一律に、強く洗濯しても、丈夫なタオルもあるが、たいていは、ぼろぼろになってしまう。タオルごとに、その性質を見抜き、洗い分ける。もちろん、そういった、優れた性能が、洗濯機に要求される。なるほどと思う。
 優れた洗濯機、教師が登場する映画が、「奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ」(シンカ配給)というフランス映画だ。全編、ドキュメンタリー・タッチで描かれるが、ちゃんとした劇映画である。ただし、じっさいにあった出来事に基づいている。
 フランスのパリ郊外。レオン・ブルム高校の新学期が始まる。1年生の、おちこぼればかりのクラスに、歴史と美術を教える女教師、アンヌ・ゲゲン(アリアンヌ・アスカリッド)が赴任してくる。アンヌ先生は、厳格ではあるが、ひとりひとり、生徒と向き合う。教員歴は20年、アンヌ先生が挨拶する。「教えることが大好き、退屈な授業はしないつもり」と。

(c)2014 LOMA NASHA FILMS – VENDREDI FILM – TF1 DROITS AUDIOVISUELS – UGC IMAGES -FRANCE 2 CINÉMA – ORANGE STUDIO

 クラスは、まるで、人種のるつぼ。いろんな国からの移民の生徒たちがいる。宗教もちがえば、ものの考え方もさまざま。しっかりと勉強をしないといけないことは分かっていても、成績はよくない。陰湿ないじめなどは存在しないが、生徒同士のちょっとしたいざこざは、日常茶飯事である。
 フランスには、中学生、高校生を対象にした、「レジスタンスと強制収容所」についての研究コンクールがある。1961年、当時の教育大臣、リュシアン・パイが創設したコンクールで、人権と民主主義の原則に関わる価値を継承し、その正当性と近代性を評価させる目的である。
 アンヌ先生は、このコンクールへの参加を提案する。フランスからも、多くのユダヤ系の人たちが、アウシュヴィッツに強制的に送られている。やっかいなテーマであり、本来の成績には関係のない研究である。生徒たちのほとんどは、そろって反対する。それでも、説明の当日、そこそこの生徒たちが、参加する。研究対象を分担したり、ともかく、研究がスタートする。
 そんな矢先、アンヌ先生が、ひとりの老人を教室に招く。大量虐殺が行われた強制収容所からの、数少ない生存者のひとり、レオン・ズィゲル(本人)である。レオンは、アウシュヴィッツの悲惨な状況を、生徒たちに語り出す。

(c)2014 LOMA NASHA FILMS – VENDREDI FILM – TF1 DROITS AUDIOVISUELS – UGC IMAGES -FRANCE 2 CINÉMA – ORANGE STUDIO

 フランスだからこその映画とは思うが、教師たるものは、どうあるべきかも、描いている。映画に出てくるような、国の歴史を直視した、若い人たちによる研究コンクールは、日本の国の発想では、まずありえない。ほんの、ここ70年ほどの歴史である。当時を知る人も、どんどん少なくなっている。私見だが、日本の、いまの政治状況を憂える人は、増えているように思う。当たり前のことを当たり前に発言する。当然なことである。このフランス映画は、きちんと、平和と自由が、いかに大切で、貴重なものかを、きちんと訴えている。
 映画に登場する高校生マリック役のアハメッド・ドゥラメが、自身の体験をシナリオに書き、女流の映画プロデューサー、監督のマリー=カスティーユ・マンション=シャールが、全面的に協力、映画が実現した。
 高校生のころ、世界史の教師が、教科書から離れて、フランス革命の重要さと、いろんなクラシック音楽のおもしろさを語った。優れた洗濯機、いや、いい教師だったとおもう。ささいなきっかけが、優れた効果をあげるのも、教育の効用かもしれない。
 いまの日本。本作をきっかけに、学び、教育は、どうあるべきか、さまざまな議論が活発になればと思う。

2016年8月6日(土)より、YEBISU GARDEN CINEMAico_linkヒューマントラストシネマ有楽町ico_link角川シネマ新宿ico_linkほかにて全国順次公開!

『奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ』公式Webサイトico_link

監督:マリー=カスティーユ・マンシオン=シャール
脚本:アハメッド・ドゥラメ、マリー=カスティーユ・マンシオン=シャール
出演:アリアンヌ・アスカリッド、アハメッド・ドゥラメ、ノエミ・メルラン、ジュヌヴィエーヴ・ムニシュ、ステファン・バック
配給:シンカ
【2014年/原題:Les Heritiers/105分/フランス語/シネスコ】

トランボ ハリウッドに最も嫌われた男

Photo: Hilary Bronwyn Gayle

 映画の脚本家、ダルトン・トランボの名前は知らなくても、オードリー・ヘプバーンの出た映画「ローマの休日」を知らない人は、まずいないだろう。「ローマの休日」は、トランボが、友人のイアン・マクレラン・ハンターの名義で脚本を書いた。1954年の第26回アカデミー賞では、原案賞を受けている。
 さらに3年後、1957年の第29回アカデミー賞では、トランボがロバート・リッチ名義で書いた脚本「黒い牡牛」が、やはり原案賞を受けている。なぜ、トランボは、友人名義や偽名で、こんなことをしたのか。「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」(東北新社 STAR CHANNEL MOVIES配給)を見ると、その答えが分かる。サブタイトルに「ハリウッドに最も嫌われた男」とあるが、これは、ちと納得がいかない。反共産主義の立場からみたらそうかもしれないが、決して、嫌われていたわけではない。トランボのことを嫌った人が多くいたかもしれないが、むしろ、トランボは、多くの映画人に慕われていたはずだ。
 1947年のアメリカ。ソ連との、いわゆる冷戦の始まったころである。自由の国アメリカなのに、「赤狩り」という、共産主義者への思想差別、弾圧が始まる。作家のアーウィン・ショー、ダシール・ハメット、リリアン・ヘルマン、アーサー・ミラー。歌手では、ピート・シーガー、ハリー・ベラフォンテなどなど。映画を多く作っているハリウッドにも、弾圧の手が伸びる。多くの映画プロデューサー、脚本家、俳優などが、下院の非米活動委員会の公聴会に呼ばれる。

(C)2015 Trumbo Productions, LLC. ALL RIGHTS RESERVED

 証言を拒否した者もいれば、仲間の名前を漏らした者もいる。当初、証言を拒否したが、すぐに仲間の名前をあげた者もいる。トランボは、いっさいの証言を拒否、議会侮辱罪で投獄される。映画は、脚本家として活躍していたトランボが、有罪判決の後、刑務所で服役、出所後、どのように映画作りに関わっていったかを、実録ふうに、丁寧に描いていく。
 出所しても、公には活動できない。才能のあるトランボは、友人の名前や、架空の人物の名前で、多くの映画の脚本を書き続ける。トランボは、かつて共産党員だったが、暴力でアメリカに共産主義を持ち込むといったことは毛頭、考えていない。映画スタジオで働くいろんな職種の人たちの権利や身分を守るために、脚本家として、最大の努力を続けていた人である。家庭では、よき夫であり、よき父親である。まさに常識のある教養人である。
 出所後のトランボは、妻子を養うために、偽名を使って、安い脚本料を承知で、いろんな映画の脚本を書く。タイプライターをバスルームに持ち込み、脚本を書くシーンが出てくるが、トランボ自身、実際にバスルームで原稿を書いていたようだ。
 映画には、あまり似ていない俳優だが、実在の著名な俳優に扮し、ぞくぞくと登場する。ジョン・ウェイン、エドワード・G・ロビンソン、カーク・ダグラス、後に大統領になるロナルド・レーガン。ハリウッドの著名な俳優たちが、それぞれのセリフから、当時、どういった考えを持っていたかが、よく分かる。
 本名を明かせないトランボに、シナリオの仕事を依頼したのが、B級映画ばかり作っていたフランク・キングである。キングにとって、思想などは関係ない。客が喜ぶ、儲かる映画を作ればいい。そう考えているキングは、トランボにかかる圧力をはねのける。

(C)2015 Trumbo Productions, LLC. ALL RIGHTS RESERVED

 後日、トランボは、復権する。「スパルタカス」の主演男優、プロデューサーのカーク・ダグラスがトランボに脚本を依頼する。「栄光への脱出」の監督、オットー・プレミンジャーもまた、トランボに脚本を依頼する。トランボの名は、いまでは、アカデミー賞の受賞者として記録されている。
 俳優たちが揃って、達者。主役トランボに、ブライアン・クランストン。舞台、テレビの多彩な経験がある。失意のトランボを支える妻、クレオ役にダイアン・レイン。すっかり年齢を重ねたが、30年くらい前の映画「ストリート・オブ・ファイヤー」以来、ごひいきの女優だ。キング役のジョン・グッドマンが、まさに怪演。バットを振り回して、トランボを擁護するシーンは圧巻である。さらに、反共産主義を唱える映画ジャーナリスト、ヘッダ・ホッバーに、ヘレン・ミレンが出ている。どのような役でも、あざやかに演じ分ける。
 シリアスな内容だが、堅苦しい映画ではない。あちこちに、ユーモラスな雰囲気が漂う。なぜなら、監督したジェイ・ローチは、コメディの「オースチン・パワーズ」のシリーズや、「ミート・ザ・ペアレンツ」を撮っているからだろう。
 映画がお好きなら、この1947年からのアメリカ映画の歴史は、知っておいて損はない。「赤狩り」は、ハリウッドの汚点として残る歴史であり、多くの映画で描かれている。なかでも、ジョージ・クルーニーが監督した「グッドナイト&グッドラック」は、「赤狩り」のさなか、報道の真実を貫こうとした人たちを描いた傑作と思う。あわせて、ぜひ、ご覧ください。

2016年7月22日(金)より、TOHOシネマズ シャンテico_linkほか全国ロードショー

■『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』

監督:ジェイ・ローチ(『ミート・ザ・ペアレンツ』)
脚本:ジョン・マクナマラ
原作:ブルース・クック(「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」世界文化社刊)
出演:ブライアン・クランストン、ダイアン・レイン、エル・ファニング、ヘレン・ミレン ほか
原題:TRUMBO
2015年/アメリカ映画/上映時間:124分/字幕翻訳:李静華
配給:東北新社 STAR CHANNEL MOVIES

ブレイク・ビーターズ

 ベルリンの壁が崩壊したのは、1989年である。その結果、東西ドイツが再統一される。「ブレイク・ビーターズ」(アニモプロデュース配給)は、この少し前の1980年代、まだ東ドイツが社会主義政権だったころの実話に基づいた映画である。
 若者たちが、路上で、自由にダンスを踊る。東ドイツ政府は、西側の文化は、規制の対象と考えている。若者たちのダンス熱は、いっこうにさめない。ますます、若者たちの踊るブレイクダンスが熱気を帯びていく。政府は、どうしたか。路上で、好き勝手に踊ることを禁じ、代わりに、ダンス・チームにアーティストのライセンスを与え、テレビや舞台でのダンスを許可する。つまり、ブレイクダンスを、「社会主義化」するといった政策をとる。これは、個人個人が自由に踊るのではなく、チーム全員がおなじダンスを踊ることを意味する。

 舞台は1985年、ドイツの工業都市、デッサウ。フランクという19歳の若者は、西ドイツのテレビ番組で見た、ブレイクダンスに目が釘付けになる。そして、カリプソの大歌手、ハリー・ベラフォンテが製作した、1984年のアメリカ映画「ビート・ストリート」を見て、さらに驚く。ニューヨークのサウス・ブロンクスで、ブレイクダンスに打ち込む若者たちを描いた映画で、若者たちが、路上で、自由に、踊っている。フランクは、映画を見た仲間のアレックスともども、興奮がさめない。さらにダンス仲間が増える。元オリンピック・チームにいた体操の女子選手マティナ、やはりブレイクダンスに魅せられたミヒェル。4人は、路上でダンスを踊り続けるようになる。
 路上でのダンスが、国家警察の知るところとなり、フランクたちは拘束される。アメリカの、非社会主義的なブレイクダンスは禁止、とのこと。フランクたちは、言う。「ブレイクダンスは、もともと、アメリカの貧しい人や、虐げられた人たちの反抗から生まれたもの。反資本主義だ」と。
 なんとか釈放されたフランクだが、もともと、父親はダンスに大反対。ますます、親子の仲が悪くなる。若者たちの、ブレイクダンスの勢いがさらに増していく。とうとう、政府の「娯楽芸術委員会」が、「ブレイクダンスを社会主義化する」方針を打ち出す。フランクたちのグループ「ブレイク・ビーターズ」は、委員会のメンバーの前で、踊る。委員会は、フランクたちに、B級のライセンスを与え、テレビ出演や、東ドイツ内のダンス・ツアーを、国家予算で支援することになる。さて、どうなるか。
 崩壊寸前の東ドイツの事情が、背景にある。若者たちの自由への希求は、いろんな分野で、顕著になっていく。そのような時代の雰囲気が、うまく漂ってくる。若者は、国家の規制や縛りからも、自由であるべきと思う。自らの欲することをする自由がある。

 日本では、18歳から選挙権が与えられることになる。テレビで、若者のインタビューを見て、驚いた。まったく、無関心のようす。興味がない、誰に投票しても同じ、だから投票しない、と答える。選挙では、ぼくたちが、どのような社会を選ぶかが、問われている。勉強して、自らの生き方を選び、職に就く。そのために、どうすればいいか。どうすれば、自由でいられるか。
 映画「ブレイク・ビーターズ」は、どのような社会を選ぶかの、大きなヒントを与えてくれる。路上で、ダンスをする。他人に迷惑をかけない限り、ぼくたちは、何をしてもいいはず。
 若い、無名の俳優さんたちばかりのドイツ映画である。ダンス経験のある俳優さんたちが選ばれたらしい。何度かでてくるダンス・シーンは圧巻。ことに、ラストで踊られるダンスには、痛快な笑いと、ほろ苦い切なさがこみ上げ、心ふるえる。
 監督は、ヤン・マルティン・シャルフ。ドイツ生まれだが、アメリカで映画を学ぶ。テレビ・ドラマなどの監督作がいくつか。たぶん、日本公開の劇映画は、これがはじめてと思う。東ドイツの役人たちへの、風刺たっぷりの描写は、なかなかの力量を思わせる。

2016年6月25日(土)より、ヒューマントラストシネマ渋谷ico_linkほか全国順次ロードショー

『ブレイク・ビーターズ』公式Webサイトico_link

監督:ヤン・マルティン・シャルフ
脚本:ルート・トーマ
出演:ゴードン・ケメラー、ゾーニャ・ゲルハルト、オリバー・コニエツニー、セバスチャン・イェーガー
2014年/ドイツ/90分/ドイツ語/カラー/1:1.22/DCP/5.1ch/原題:DESSAU DANCERS/日本語字幕:金関いな/後援:ドイツ連邦共和国大使館 日本ストリートダンス協会
配給:アニモプロデュース
宣伝:アティカス
映倫:PG12

さとにきたらええやん

(C)ガーラフィルム/ノンデライコ

 生まれてから18年間、大阪の西成に住んでいた。有名な遊郭のあった飛田から、道路一本隔ててすぐだった。このほど公開されるドキュメンタリー映画「さとにきたらええやん」を見て、懐かしさでいっぱい。よく出かけた萩ノ茶屋の商店街や、今池の三角公園が、映画に出てくる。かなり昔から、あたり一帯を釜ヶ崎というが、正式な住所表示ではない。たぶん、阪堺線の今池と南海本線の萩ノ茶屋に挟まれた一帯、住居表示では、萩ノ茶屋の1丁目、2丁目界隈を指すと思う。
 小さいころからの遊び場である。あまり身なりのよくない人が多い。仕事がなかったのか、昼間から、日雇いの人たちが、あちこちにいる。いかがわしさのある、ゴミゴミしたところだが、ここにいる人たちは、なぜか、人なつっこく、ざっくばらんだ。
 ここに、「さと」と呼ぶ施設がある。正式には「こどもの里」という。もとは、1977年、地域のこどもたちに遊び場を提供したいということで設置された「子どもの広場」である。1980年、「こどもの里」として再スタートする。いまは、NPO法人だ。こどもは、おおむね20歳くらいまで。国籍や障がいの有無は、関係なし。ダメ、ノーといったことは、なにもない。誰でも利用できる。こどもたちの遊び場で、お母さん、お父さんの休息の場で、学習の場でもある。生活相談、教育相談に応じる。緊急時、いつでも宿泊できる。土・日・祝日もあいている。利用料はなし。

(C)ガーラフィルム/ノンデライコ

 仕事で遅くなる両親は、ここにこどもを預ける。放課後のこどもたちの遊び場になる。映画は、「こどもの里」の一コマ一コマを、丹念に追いかける。
 館長は、ここを創設した荘保共子(しょうほ・ともこ)さん。こどもたちから「デメキン」と慕われている。時には厳しいことを言うが、どんなことがあっても、こどもたちの味方である。こどもたちが、いきいき、元気である。ホームレスらしき人たちに、声をかけ、おにぎりやみそ汁を届ける。おとな顔負けで、バザーでは品物を販売する。
 やんちゃで、発達障がいのある5歳の男の子は、自転車が大好き。夢中で、あちこち、走り回る。ノイローゼ気味のお母さんともども、「さと」の職員がサポートし続けている。
 軽度の知的障がいを抱える中学生の男の子は、活発だ。ときどき、騒ぎすぎる。学校では友達とのつきあいが、うまくいかない。兄弟同士、ケンカすることもある。
 高校生の女の子は、優等生。お母さんは、遠く離れたところに住んでいる。小学生のころから、「さと」で暮らしていて、いよいよ卒業、無事、就職が決まる。
 いつもにぎやかで、笑いの絶えない「さと」だが、連日、大なり小なり、もめごと、事件が起こる。「デメキン」が倒れる。クモ膜下出血で入院する。今までにない、大事件だ。さあ…。
 しっかり、腰を据えて、被写体に密着した、優れたドキュメンタリーだ。監督は、まだ30歳ちょっと、大阪生まれの重江良樹。撮るきっかけは、2008年、「こどもの里」にボランティアで訪れたことから。製作途中、「100万回生きたねこ」や、「フリーダ・カーロの遺品 石内都、織るように」といった優れたドキュメンタリー映画を撮った小谷忠典監督に、助言を受ける。とても、初の監督作品とは思えないほどの練れた編集ぶりである。

(C)ガーラフィルム/ノンデライコ

 こういった学童保育事業の推進、展開には、いろんな制約があると思うが、「デメキン」こと荘保さんの情熱が、多くの制約を打ち破っているようだ。「ここに来るこどもたちは、けっこう言葉は荒いし、にぎやかだし、だけども、すっごい、きれいな目をしてたんです」と荘保さん。
 政府は、幼児やこどもたちの受け入れ体制のないまま、女性に社会進出をすすめている。建物の基礎を作らないで、高層ビルを建てようとしているようなもの。大阪の、決して恵まれた場所ではないけれど、ここに、まるで奇跡のような場所、「こどもの里」がある。荘保さんが、「さと」を巣立とうとする高校生の女の子に言う。「困ったときは、いつでも来て」と。
 「さとにきらええやん」というタイトルの意味することは、深くて、重く、大きい。行政、教育に、なんらかの関わりを持つ人たちに、ぜひ、見てほしい。
 大阪の西成生まれのラッパー、SHINGO★西成の唄うラップが3曲ほど、映画に使われている。本人も映画に登場し、唄う。これが、いい。映画のために作ったわけではないが、ラップの歌詞が、映画の内容とみごとにマッチする。「心とフトコロが寒いときほど胸をはれ」という曲で、「…逃げない、あきらめない、負けない、自分に負けない、うまくいかないこともあるけど、ええこともあるよ、きっと見つかるよ…」と唄う。まるで、人生の応援歌。聴いていると、元気になり、もっともっと頑張ろうと思う。おなじ大阪・西成で生まれた身として、SHINGO★西成の唄うラップを応援したい。もちろん、映画も。

2016年6月中旬より、ポレポレ東中野ico_link第七藝術劇場ico_linkほか全国順次公開

『さとにきたらええやん』公式Webサイトico_link

監督・撮影:重江良樹
音楽:SHINGO★西成
編集:辻井潔
音響構成:渡辺丈彦
プロデューサー・構成:大澤一生
制作協力:神吉良輔(ふとっちょの木)、五十嵐美穂、上田昌宏、吉川諒
機材協力:ビジュアルアーツ専門学校大阪
特別協力:小谷忠典
助成:文化庁文化芸術振興費補助金
企画:ガーラフィルム
宣伝・配給協力:ウッキー・プロダクション
製作・配給:ノンデライコ
2015/日本/100分/カラー/16:9/5.1ch/DCP

冬冬の夏休み

(C)A MARBLE ROAD PRODUCTION, 1984 Taiwan

 まだ小学生だった頃、夏休みは、毎年のように、京都御所の周辺で蝉を追い、上賀茂近くの賀茂川で泳いだものだ。陽射しは厳しく、水は冷たかったが、時間を忘れて、蝉を追い、川で遊んだ。そんな幼い日々は、ただただ懐かしく、楽しかった。もちろん、いたずらばかりの日々で、祖父祖母から叱られたことも。映画「冬冬の夏休み」(熱帯美術館配給)を見るたびに、古い思い出が頭をよぎる。
 「冬冬の夏休み」が、初めて日本で公開されたのは、もう26年ほど前のこと。このほど、デジタル・リマスター版で、リバイバル公開される。何度も、あちこちで見ている映画だが、このほどのバージョンは色彩が鮮明。いまの画像処理技術に驚くばかり。
 冒頭のシーン、小学校の卒業式で、「蛍の光」が流れ、「仰げば尊し」が唄われる。ラスト近く、「赤とんぼ」のメロディーが聞こえてくる。かつて日本が、台湾を統治していたことを物語る。台北に住むトントン(冬冬)は、小学校を卒業する。病弱の母が入院する。看護にあたる父の許を離れ、トントンと幼い妹のティンティンは、台湾中部の田舎に住む祖父母の家で、ひと夏を過ごすことになる。祖父母の家は、玄関に椰子の木があるほどの大きな家で、病院を兼ねている。

(C)A MARBLE ROAD PRODUCTION, 1984 Taiwan

 都会育ちのトントンは、田舎の少年たちが亀と遊んでいるのに多大の興味を持つ。田舎の少年たちは、トントンの持っているラジコン・カーが珍しい。少年たちは、川で泳いだりして、すぐに仲良しになる。一方、まだ幼いティンティンは、なかなか田舎暮らしになじめない。そのような少年少女たちの夏の日々が、美しい台湾の田舎の風景のなかで綴られていく。
 トントンの祖父は医者である。祖父は、いろいろとトントンに教える。王維の漢詩「独り異郷に在りて異客と為る」を暗唱させたり、SPレコードで、スッぺの「詩人と農夫」を聴かせたりする。
 こどもたちの世界があれば、おとなたちの現実がある。ティンティンが親しくなった、ある女性の妊娠騒動や、トントンたちが泥棒を目撃する事件もある。いつのまにか、トントンは、勝手なおとなの世界に足を踏み入れていく。やがて、夏休みが終わろうとする。すでに、トントンは、少年とおとなの端境期にいる。おとなの世界を窺い知る、まさにとば口にたっている。
 監督のホウ・シャオシェンは、共同で脚本を書いた女流作家、ジュー・ティエンウェンとともに、それぞれの過去を振り返っているように思われる。作り手たちは、過ぎ去った日々を、ただ懐かしく振り返るだけではない。ここには、世界共通の、こどもからおとなへの通過点が、鮮烈に描かれている。

(C)A MARBLE ROAD PRODUCTION, 1984 Taiwan

 トントンの夏休みの日々には、すぐに忘れてしまうほどのいろんな出来事が起こる。二度と戻らない幼い日々は、トントンだけのものではない。時代や場所、出来事の内容は違っていても、トントンの過ごした夏の日々と、だれでもが過ごした幼い日々が、次第に重なりあってくる。
 映画の作られたのは1984年である。その前年には、東京ディズニーランドが開園している。トントンが駅で出会う少年の話のなかに、東京のディズニーランドに行くといったセリフが出てくる。さらに、当時の台湾の時代背景が、随所に散りばめられている。ここ70年ほどの、日本と台湾との関係を、さらに詳しく知りたくなるはずである。
 映画「冬冬の夏休み」は、同じホウ・シャオシェンの撮った「恋恋風塵」と同時のリバイバル公開である。どちらも、映画としての素晴らしさだけでなく、日本と台湾との関わりや、人生そのものについて、多くの「学び」のヒントを与えてくれるはずである。台湾の歴史については、同じホウ・シャオシェン監督が、1989年に監督した「悲情城市」をご覧いただけたら、さらに詳しいことがご理解いただけるはずである。
 こどもからおとなの世界へ足を踏み入れる映画では、小栗康平監督の「泥の河」や、アメリカ映画の「スタンド・バイ・ミー」といった傑作がある。まだご覧になっていないのなら、あわせておすすめする。映画は、確実に、多くのことを学べるメディアだから。

2016年5月21日(土)、渋谷ユーロスペースico_linkにて2週間限定公開

『冬冬の夏休み』公式Webサイトico_link

監督:ホウ・シャオシェン
脚本:ジュー・ティエンウェン、ホウ・シャオシェン
原作:ジュー・ティエンウェン
出演:ワン・チークァン、リー・ジュジェン、グー・ジュン、メイ・ファン、ヤン・ドゥチャン
台湾映画/1984年/台湾語/萬賽路影業公司製作/イーストマンカラー/98分/原題:冬冬的假期
配給:熱帯美術館
(C)A MARBLE ROAD PRODUCTION, 1984 Taiwan

木靴の樹

(C)1978 RAI-ITALNOLEGGIO CINEMATOGRAFICO – ISTITUTO LUCE Roma Italy

 中学生を自殺に追いやるような教育現場がある。学校はイジメが分かっていながら知らぬフリをする。事件が起こってから調査しても意味がない。
 ワイロを受け取るなど、明らかに悪いことをした大臣が辞任。睡眠障害とやらで、ちゃんとした説明をしないで逃げまわっている。外国との交渉で、徹夜に近い日々を過ごしたタフな政治家なのに。検察は動かず、やっと一部の弁護士たちが告訴した。
 小児の甲状腺がんは、100万人に一人の確率。福島の5年後、168人の小児が罹患している。それについての感想を聞かれた厚生労働大臣は、環境省の所感だからと、ノーコメント。
 景気は上向きだと政府は言う。一部の恵まれた人たちはそうかもしれないが、景気が上向きなどというのは、タクシーの運転手さんに話を聞けばうそだと分かる。スーパーで、ふつうの主婦が特売のチラシを手にどういう買い物をしているか、ちょいと注意深く観察するだけでもうそだと分かる。
 子育て中の女性がしっかりと働ける環境ではないし、介護に携わる人は低賃金。これで、みんな活躍できるのか。
 なんらかの形で、いまの教育や政治に関わっている人たちに、ぜひ見てほしい映画がある。もちろん、まだ学校で学んでいる若い人たちにも。たとえ、搾取され、貧しくても、きちんと食べ物を作り、神に祈り、しっかり生きている人たちがいることを、映画は静かに語りかける。

(C)1978 RAI-ITALNOLEGGIO CINEMATOGRAFICO – ISTITUTO LUCE Roma Italy

 ずいぶん前に公開されたが、「木靴の樹」(ザジフィルムズ配給)という映画が、このほどリバイバル公開される。舞台は、19世紀末の北イタリア、ロンヴァルディア地方のベルガモ。貧しい農民の家族たちが、どのように暮らしているかを、ドキュメンタリータッチで綴っていく。上映時間は3時間7分。長いけれど、退屈はしない。
 広い農場に、4つの家族が住んでいる。土地、住居、家畜の畜舎、農具などは、すべて地主の所有で、収穫した作物の3分の2は、地主のものとなる。
 バチスティ家。6歳のミネク(オマール・ブリニョッリ)は、頭がよくて可愛い少年だ。父親は、ミネクを労働力として期待しているが、神父は、ミネクを学校に通わせるよう、父親に申し渡す。ミネクは、片道6キロもある学校に通うことになる。
 アンセルモ家。ルンク未亡人(テレーザ・ブレッシャニーニ)の仕事は、洗濯の請負。6人の子どもがいる。牛の世話や畑仕事は、アンセルモじいさんと15歳の長男ペピーノの担当である。娘ふたりは、村で洗濯の注文を受けてくる。ペピーノは、家計の足しにと、とうもろこしを粉にする工場に働きに出る。じいさんは、トマトの苗を植える準備に取りかかる。
 フィナール家。けちなフィナール(バティスタ・トレヴァイニ)は、馬車の引き出しに小石を詰める。これでとうもろこしの量が多くなるよう、ごまかすわけだ。フィナールは、息子のウスティと、しょっちゅう親子喧嘩をしている。ある日、道に落ちている金貨を見つけたフィナールは、馬の蹄に金貨を隠す。
 ブレナ家。美しい娘のマダレーナ(ルチア・ペツォーリ)は、紡績工場に勤めている。マダレーナは、恋人のステファノを家に連れてくる。結婚式を済ませ、ふたりは新婚旅行でミラノに行く。
 バチスティ家。学校からの帰り道、ミネクの履いている木の靴が割れてしまう。夜、父親は、河沿いのポプラの樹を切って、ミネクの靴を作ってやる。

(C)1978 RAI-ITALNOLEGGIO CINEMATOGRAFICO – ISTITUTO LUCE Roma Italy

 ここには、貧しいけれど、必死に生きていく人たちの姿が映し出される。みんなで、土地を耕し、家畜を育て、働き、教会で祈る。ミネクの父親は、一晩かけて木靴を作るが、木靴の樹もまた、かれらのものではなく、地主のもの。それでも、人は、与えられた条件のなかで、生きていくしかない。
 監督は、映画の舞台となったベルガモ生まれのエルマンノ・オルミ。ほかには、「聖なる酔っぱらいの伝説」、「ポー川のひかり」、「楽園からの旅人」などを撮っている。どの映画でも、風景を美しく見せる監督だが、1978年に撮った本作でも、ベルガモの風景を、まるで絵を見ているように美しく切り取っている。
 バッハの音楽が、貧しい人たちの祈りを助けるかのように静かに流れてくる。いくつかのカンタータ、「われを憐れみたまえ、おお主なる神よ」などの四声のコラール、ゴルドベルグ変奏曲からのアリアなど。
 現代の日本。裕福な政治家たちは、カップ麺がいくらで売られているかということや、派遣の人たちの賃金がいくらかということを知らない。時代も国も違うが、北イタリア、ベルガモの貧しい人たちが、どのように暮らしていたかくらいは知っておいてほしい。

2016年3月26日(土)、岩波ホールico_linkほか全国順次ロードショー!

『木靴の樹』公式Webサイトico_link

監督・脚本・撮影・編集:エルマンノ・オルミ
音楽:ヨハン・セバスチャン・バッハ
1978/イタリア/187分/カラー/スタンダード
原題:L’albero degli zoccoli
配給:ザジフィルムズ
(C)1978 RAI-ITALNOLEGGIO CINEMATOGRAFICO – ISTITUTO LUCE Roma Italy

幸せをつかむ歌

 まことに身勝手な母親である。幼い子どもが3人もいるのに、ロック歌手を夢見て、リンダ(メリル・ストリープ)は家庭を捨てる。リンダは、リッキーという男名前を名乗り、ロサンゼルスの場末のバーでロックを唄っている。バンド名は、リッキー&ザ・フラッシュ。かつてのヒット曲にオリジナルを交えて、パワフルな演奏、ボーカルを聴かせている。熱心なファンがいるが、小さなライブハウスだからリッキーの生活は楽ではない。リッキーは、近くの食料品店でアルバイトをしながらの一人暮らし。バンド仲間のグレッグ(リック・スプリングフィールド)と仲良しだが、一緒に住んでいるわけではない。インディアナポリスに残してきた子どもたちは、もう、とっくに成人している。

 ある日、リッキーのもとに別れた夫のピート(ケヴィン・クライン)から電話が入る。すでに嫁いだ娘ジュリー(エイミー・ガマー)が離婚したという。事業に成功したピートは、モーリーン(オードラ・マクドナルド)と再婚、いまは幸せな生活である。ピートは、ジュリーを慰め、元気づけることが出来るのは実の母親だけと考え、リッキーにインディアナポリスに来るよう、申し出る。家族を捨てた立場のリッキーは、ジュリーの結婚式にも出なかった。片時でも子どものことは忘れないリッキーだが、いまさら子どもの許に戻れる身ではない、と思う。重い胸の内のまま、リッキーはインディアナポリスに向かう。
 「幸せをつかむ歌」(ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント配給)は、ざっとこのような映画である。ロックという音楽は、普段それほど聴くことはないが、歌詞に込められた意味は奥が深く、幅の広い音楽と思っている。映画のなかで、リッキーとその仲間たちは、ドラマの展開にうまく合ったロックを聴かせる。その選曲が見事である。
 冒頭は、リック・スプリングフィールドのベスト盤にも入っている、トム・ぺリーの「アメリカン・ガール」である。リッキー役のメリル・ストリープが熱のこもった歌唱を聴かせる。息子ジョシュ(セバスチャン・スタン)の結婚式の案内が届くシーンでは、リッキーたちの演奏ではないが、ローリング・ストーンズの名曲「黒く塗れ」が流れる。また、スタンの結婚式に出かける費用がなく、バンド仲間のグレッグが、ご自慢のギブソンのギターを売り払った後で唄われるのは、ドビー・グレイの「ドリフト・アウェイ」。これは、まことにパワフルで、メリル・ストリープの歌が素晴らしい。そのほか、ブルース・スプリングスティーンの「マイ・ラブ・ウィル・ノット・レット・ユー・ダウン」、レディ・ガガの「バッド・ロマンス」、ピンクの「ゲット・ザ・パーティ・スターテッド」などなど。どの曲がどのシーンで唄われるか、ぜひ、ご注目ください。
 リッキーたちのバンド演奏は、吹き替えではなく、実際に演奏しているとのこと。もちろん、メリル・ストリープがギターを弾き、唄う。巧いものである。メリル・ストリープは、ファッション雑誌の鬼のような編集長(「プラダを着た悪魔」)役をはじめ、ミュージカル作品では実際に唄ったり(「マンマ・ミーア!」)、実在した料理研究家そっくりのしゃべりかたをしたり(「ジュリー&ジュリア)」、イギリスの元女性首相に扮したり(「マーガレット・サッチャー 鉄の女」)。その芸域の広さと演技の巧さは現役最高の女優だと思う。メリル・ストリープの出た映画を見るだけで、アメリカの雑誌業界のことや、スウェーデンのグループのアバのヒット曲、料理の世界、イギリスの政治の話などにつき合える。

 本作では、母と娘の葛藤も描かれるが、その和解もある。生みの母と育ての母との議論も飛び出す。ラブストーリーでもあり、音楽映画としても見どころ、聴きどころ満載である。映画は、決して堅苦しいものばかりではない。見て楽しく、色々な知識を獲得できる映画も多い。まさに映画は、人生のためになる「教師」役でもある。
 来日公演も何度かあるリック・スプリングフィールドは、オーストラリア生まれのロック・ミュージシャンで、自伝や小説も書く才人。巧すぎる演技のメリル・ストリープの良き理解者といった役どころを、そつなくこなす。監督は、傑作の「羊たちの沈黙」を撮ったジョナサン・デミ。老獪、手だれの演出。楽しんで、涙がホロリ。ことにラスト近くは、畳みかけるように、すてきなエピソードが連続する。
 この映画でメリル・ストリープのことを、いいなあと思われたら、ほかの作品もぜひ見てください。裏切られることはないはず。この一本と聞かれると困るが、個人的に好きなのは、2002年に作られた、時空を超えた3つの話が交差する「めぐりあう時間たち」。メリル・ストリープの出るエピソードでは、ヘルマン・ヘッセの詩に、リヒャルト・シュトラウスが曲をつけた、「4つの最後の歌」から「眠りにつくとき」が流れる。お勧めです。

2016年3月5日(土)、Bunkamuraル・シネマico_linkヒューマントラストシネマ有楽町ico_linkほか全国順次公開!

■『幸せをつかむ歌』

監督:ジョナサン・デミ
脚本・製作:ディアブロ・コディ
出演:メリル・ストリープ、ケビン・クライン、メイミー・ガマー、リック・スプリングフィールド セバスチャン・スタン 他
2015年/アメリカ/101分
原題:RICKI AND THE FLASH
映倫:G
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

Maikoマイコ ふたたびの白鳥

 外国で活躍する日本人の女性バレリーナは多くいるが、ドキュメンタリー映画「Maikoマイコ ふたたびの白鳥」(ハピネット、ミモザフィルムズ配給)に登場する西野麻衣子もその一人。麻衣子は大阪生まれ。小さい頃から踊るのが大好きで、6歳からバレエを習いはじめる。1996年、15歳でイギリスの名門、ロイヤルバレエスクールに留学する。これだけでもたいへんなことである。本人の才能や努力に加えて、家族をはじめ、周辺の理解、協力がなければ出来ないことだろう。
 1999年、麻衣子は19歳で、オスロにあるノルウェー国立バレエ団に入る。2005年、このバレエ団で、東洋人としては初めて、プリンシパル(バレエ団で、主役を踊る最上位のダンサー)に抜擢され、「白鳥の湖」の主役を踊る。2008年、新国立オペラハウスのこけら落とし公演では、ジリ・キリアンの振付で、モダンバレエの「ワールド・ビヨンド」を踊る。

 映画は、麻衣子の幼いころからのビデオ映像をまじえて、留学時の苦労から、キャリアを積み重ねていく過程を描いていく。麻衣子のバレリーナになる夢を後押ししてくれた母親の衣津栄が、しばしば登場する。麻衣子が今日あるのは、ひとえに尊敬する母親のおかげと信じている。このお母さんの大阪弁が、いい。「くじけたらあかんで」、「すぐに諦めて投げ出しなや」などなど、ホームシックにかかった留学中の麻衣子を叱咤激励する。
 やがて麻衣子は、オペラハウスの音響、映像監督の二コライ、通称ニコと結婚する。共働きで、麻衣子を育てたキャリアウーマンの母親の背中を見て育った麻衣子である。母親の言葉に耳を傾ける。「なにもトップでなくてもええやないか。そろそろ自分の人生を考えや」。いつか母親になりたいと願っている麻衣子は、出産を決意する。

 バレエの現場は厳しい。出産のブランクは大きい。出産そのものについては、周囲の理解があり、喜んでくれるが、舞台への復帰は完全に実力である。才能ある若いダンサーたちが、たくさん、控えている。いくらプリンシパルといえども、妊娠中は踊れない。アメリカから来た代役の女性が、ストラビンスキーの「火の鳥」を踊る。身重の麻衣子は、複雑な想いでステージを見ている。
 やがて男の子を出産。麻衣子は現場復帰を願う。ニコは育児休暇をとるなどして、全面的に協力してくれる。出産の前後では体型がかなり異なる。麻衣子は、猛烈に体つくりに励む。復帰作に「白鳥の湖」を選ぶ。もう、7ヵ月しかない。芸術監督は、「代役を立てることもありうる」と告げる。すべて、実力の世界である。
 ノルウェーという国の、福祉をめぐる政策を少し調べてみた。出産に関しては、産前産後ともほぼ無料。医療費も、一定額以上は無料。ただし、消費税は高い。食品は15%、ほかは25%。それでも、労働者の収入は、日本と比べてはるかに多い。しかも、福祉は充実している。国立のバレエ団では、41歳になると年金が支給されるらしい。国の政策だから同列に比べるわけにはいかないが、日本などは見習う点は多いはず。
 女性バレリーナのドキュメンタリー映画ではあるが、母と娘、夫と妻、仕事仲間と本人をめぐるドラマが主軸となる。夢を実現するためには、厳しい現実が横たわっている。実現するための苦労や労力は、はかり知れないほど多い。日本の女性バレリーナの半生を見ることで、さまざまな「教え」を得ることが出来る。麻衣子は、大阪の女性。同じ大阪で生まれて育った身には、それだけで応援したくなる。
 バレリーナとして、現役で踊れる時間は限られているらしい。その日まで、西野麻衣子さんには踊り続けて欲しい。

2016年2月20日(土)、ヒューマントラストシネマ有楽町ico_linkYEBISU GARDEN CINEMAico_linkほか全国順次ロードショー!

■『Maikoマイコ ふたたびの白鳥』

監督:オセ・スベンハイム・ドリブネス
出演:西野麻衣子
2015年/ノルウェー/70分/英語・ノルウェー語・日本語
配給:ハピネット、ミモザフィルムズ

ドリーム ホーム 99%を操る男たち

Copyright (C)2014 99 Homes Productions LLC All Rights Reserved

 持ち家がある人や大金持ちはともかく、住宅ローンを抱える人は、日本にも多い。利息は安いけれど、長い間、ローン返済を続けている人が多いと思う。毎月の家賃を払う人から比べると、一応は持ち家だが、リストラなどで定期収入がぐんと減ったり、最悪の場合、無収入になることさえある。ローンが払えない。せっかくの持ち家を、安い家に買い換えたり、最悪の場合は、せっかくの家を処分することになる。買ったときより高く売れるといいが、そういうケースは少ない。ふつう、狭い家に買い換えるか、持ち家を手放すことになる。
 アメリカのサブプライム・ローンは、日本とちがって、返済能力に疑問があっても、お金を貸してくれる。ただし、利息が高い。定期収入があって、返済できるうちはいいが、リストラなどで定期収入が減ったり、失業で収入がなくなったりすると、高い利息のローンが返せなくなる。バブルのせいで、住宅の価格があがっているときはいいが、ぐんと下がっていれば、悲惨なことになる。

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 このほど公開される「ドリーム ホーム 99%を操る男たち」(アルバトロス・フィルム配給)は、いまのアメリカ、フロリダ州が舞台。ローンで買った家の返済ができなくなった男の話で、実話に基づいている。
 2007年から2008年にかけて、リーマン・ショックが起こる。高い金利で住宅ローンを組んでいた人たちが、返済できなくなる。借りるほうも借りるほうだが、返済能力に疑問のある人たちにまで、見境なく住宅資金を貸したほうにも問題がある。妻と離婚、まだ小学生の息子と母親(ローラ・ダーン)と3人で暮らしているデニス(アンドリュー・ガーフィールド)という男がいる。デニスは建築関係の職人で、家の内装やちょっとした修理、補修をこなしているが、不景気のせいか仕事が激減、収入がない日々が続いている。当然、銀行へのローン返済に行き詰まる。ローン支払いが滞納すると、明け渡しになる。高く転売できる物件ではない。売れなければ、手放して、安い家賃の家に引っ越すことになる。デニスたちは、とりあえず近くのモーテルに移り住むことになる。モーテルには、デニスとおなじような境遇の人たちが寝起きしている。
 デニスの職探しが始まる。なかなか、いい仕事にありつけない。たまたま、デニスの家の強制執行に関係していた不動産ブローカーのリック(マイケル・シャノン)が、デニスを雇うことになる。デニスは、空き家の清掃やエアコンの修理などはお手のもの。ちょいと仕事をしただけで、3250ドルもの破格の賃金を受け取る。リックは、法すれすれで、ローン返済の出来なかった人たちの住宅を差し押さえ、銀行や政府に取り入り、入手した住宅を転売して、ぼろ儲けをしている。リックは嘯く。「アメリカは負け犬に手を差し伸べない。この欺瞞の国は、勝者による勝者のための国だ」とか、「箱舟に乗るのは1%、99%は溺れ死ぬ」と。
 デニスは、リックのノウハウを身につけ、実績を積み重ねていく。かつて、自分の経験した辛いことを、いまは他人に押しつけている。デニスは、多額の収入を手にする。もちろん、さらに大きな家を手にいれることになるのだが…。

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 金融の知識がなくても、いまアメリカのあちこちで問題になっていることだから、映画を見ているだけで、いろんなことが見えてくる。映画は、答えを出さない。解答は、見た人それぞれが出すことになる。
 教訓がある。株式投資や外貨預金などは、素人が手を出すものではない。一部、儲ける人がいるかもしれないが、ほとんどは、マイナスになると思われる。住宅ローンもしかり。安い金利で借りても、定期的な収入がいつまでも保証できる時代ではない。映画のサブタイトルの「99%」とは、ノーベル賞を受けた経済学者のジョセフ・E・スティグリッツの著書「世界の99%を貧困にする経済」にちなむ。世界じゅうの富の4分の1を、たった1%の富裕層が所有し、残りの99%は貧困である。
 よく、アメリカン・ドリーム、という。夢を実現するのは、ごく少数の人だけである。ことはアメリカだけの話ではない。日本などは、私たちが出した年金を、株式投資で減らしている。このような現実に、どう対処するか。欲張らず、こつこつ学び、考え、元気で働くこと、しかないのではないか。頭のいい、アメリカの金融関係の人たちですら、欲を出したがために、倒産したり破産する。
 「ドリーム ホーム 99%を操る男たち」という映画は、いろいろと考えさせられる。監督はラミン・バーラニ。両親はイランからの移民である。移民の人たちの現実を、アメリカン・ドリームに準えて、いろんな映画を撮っている。優れた映画は、いろいろと勉強になる。こつこつと、学ぶしかない。

2016年1月30日(土)、
ヒューマントラストシネマ有楽町ico_link新宿シネマカリテico_linkほか全国順次公開!

『ドリーム ホーム 99%を操る男たち』公式Webサイトico_link

監督:ラミン・バーラニ
脚本:ラミン・バーラニ、アミール・ナデリ
出演:アンドリュー・ガーフィールド、マイケル・シャノン、ローラ・ダーン、ノア・ロマックス
2014年/アメリカ/英語/112分/5.1ch/シネスコ
原題:99Homes
日本語字幕:アンゼたかし
提供:ニューセレクト
配給:アルバトロス・フィルム
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