「創造」という力

今月のPhoto:思わずつられて笑ってしまいました。蚤の市のハンガーです。(アムステルダム)

今月のPhoto:思わずつられて笑ってしまいました。蚤の市のハンガーです。(アムステルダム)

 最近、思考回路が混乱しているように感じています。数ヶ月かかりましたが、出張等の移動時間に「ドグラ・マグラ」(夢野久作1935)をようやく読み終えたことが原因かもしれません。理解するのに骨が折れるほど複雑で、奇書と言われることが理解できる強烈な内容でした。読んだ人は精神に異常を来すとも書評にありましたから、私の思考回路がしばらく混乱するぐらいは普通なのかもしれません。
 「ドグラ・マグラ」との出会いはとても単純です。震災直後にガソリンが不足して、スタンドに行列している間に、以前から読みたいと思っていた芥川龍之介(1892-1927)の作品数編を読んでしまったため、次に何を読もうかと昨年購入した電子辞書の中で探しているときに、書名に惹かれて読み始めたのがきっかけでした。ですから、角川文庫の「ドグラ・マグラ」の表紙が米倉斉加年のイラストであることを知ったのも読み終える直前でしたし、推理小説の奇書であることも書評等から読後に知った次第です。情報がないままに読みつなぐうち、作者の思考や文体の異常性を感じ始め、単なる推理小説ではない面白さに引き込まれ、その怪奇性にも翻弄されながら、読みつなぐ電車や歯科医での待ち時間がいつの間にか楽しみになっている自分に気づきました。
 「ドグラ・マグラ」は映画にもなったそうですから、楽しみの一部は残しているような気分です。読み終えて形成されているイメージの視点は多様です。それだけに映像での表現は難しいと思うのですが、配役と状況設定への興味が強くありますので、近いうちに必ずDVDを探し出すでしょう。映画でも思考回路が混乱した方はいるのでしょうか。
 読み終えて、それまで鬼才と考えていた芥川龍之介が普通の人に思えるようになったほど、「ドグラ・マグラ」の内容は奇異であり、その作者の超常性に圧倒された感じでした。私の年齢とほぼ同じ年月を経ても、色褪せない「創造」の偉大さを感じさせられる傑作です。そして、それは夢野久作(1889-1936)の遺書であると感じています。彼はチャップリン(Charles Chaplin, 1889—1977)やヒトラー(Adolf Hitler, 1889–1945)と生年が同じです。大きな創造のうねりの中を生きていたのかもしれません。
 一方、美術の世界でも、当時は創造的な大作家たちが活躍していた時代です。

図−1

図−1

 夢野久作が生まれた数日あと(明治22年)にアレクサンドル・カバネル(Alexandre Cabanel, 1823-1889)が遠くフランスで没しています。カバネルは、ブグロー(William Adolphe Bouguereau, 1825—1905)とともに、当時のフランス美術界に君臨した存在だったようです。共通のテーマで描かれた二人の代表作「ヴィーナスの誕生」は、オルセー美術館で見ることができます。図−1はカバネルの、図−2はブグローの作品「ヴィーナスの誕生」です。オルセー美術館の1階奥の暗がりで、ブグローの「ヴィーナスの誕生」に見入る幼い少女がいました。何度見ても、誰が見ても、ヴィーナスの美しさとブグローの表現の巧みさに見惚れてしまう作品だと思います。

図−2

図−2

 にもかかわらず、二人の名前や作品は、「印象派」のマネ(Édouard Manet, 1832-1883、「美術資料」p11,100参照:秀学社)、モネ(Claude Monet, 1840-1926、「美術資料」p102参照:秀学社)、あるいはルノワール(Pierre-Auguste Renoir, 1841-1919、「美術資料」p103参照:秀学社)ほどに知る人は少ないのではないでしょうか。ブグローたちの時代直後に起きた「印象派」による絵画表現世界の大改革とは、それほど彼らの作品を希薄にし、「印象派」はその後の美術界にとって重要な影響を与えたということができるのかもしれません。
 ブグローは、描画力、表現性において、現代の私たちにも圧倒的な絵画的表現技術力を感じさせています。特に、彼の代表作「ヴィーナスの誕生」の美しさは、ヴィーナスや天使たちの裸体の美しさのみならず、水面の表現やホタテ貝の上にしっかりと足を置くヴィーナスの表現力などは、見飽きない描画の力を見せつけています。ボッティチェッリ(Sandro Botticelli, 1445-1510、「美術資料」p97参照:秀学社)、ギュスターヴ・モロー(Gustave Moreau, 1826-1898)の作品に比べても、けっして見劣るものではありません。むしろ、描画対象を自由自在に描いたという点においては、より優れた表現力をもっていたと言えるでしょう。
 ではなぜ、21世紀初頭の教科書や美術資料に「印象派」が多く掲載されるのでしょう。
 印象派の時代は、作家の個性重視と「創造」の力に明確に目覚めた時代であったと捉えることができます。その「創造」の力を後押しした要因として、カメラの発明やジャポニスムがよく言われますが、当時、金属製チューブに入り始めた絵の具(1840年代:秀学社「美術資料」p103参照)の利便性も見逃すことのできない表現環境の変化であったと思われます。ほとばしる印象派の画家たちのエネルギーが、間を置くことなく、あらかじめチューブからパレットに出しておくことができた絵の具を創造感覚の赴くままにキャンバス上に塗り重ねたであろうことは容易に想像できます。カメラは絵画の再現性を、日本美術は絵画の創造性を再考させ、そしてチューブ入り絵の具は創造環境を大きく変化させたのでしょう。
 しかし、ブグローやカバネルたちの19世紀絵画を見ていると、現代人が絵画に対して素朴に求めるアカデミズムの表現性を私は感じるようになりました。彼らの作品鑑賞をパリの美術館巡りの楽しみにお加え下さい。

【今回は、導入事例をお休みします】


「美術大好き!」人間

訪れる人のない山頂から、錆び付いたブランコが下界を見下ろしていました。(福島県平田村)

今月のPhoto:訪れる人のない山頂から、錆び付いたブランコが下界を見下ろしていました。(福島県平田村)

 大学院生の進路相談での話しです。彼は学会での発表と投稿論文に取り組んでいる最中ですが、優れた彫刻作品の表現者でもあります。そして、表現活動を続けたいと願いながらも教員採用試験の結果を待つ身でもあります。
 「故郷に帰る事への迷いや制作と教育への複雑な心境はわかるが、半年後に修了を控えた現在の心境は?」
「いろいろとやってみたい気持ちや試してみたいことはあるのですが、僕と同じように『美術大好き!』という生徒を育てたいというのが、私のもっとも強い願望かもしれません。」
 同じ年頃であったかつての自分を思い出しながら、その言葉に感動を覚えました。
 教員の採用数が少ないため、「美術」の採用試験は常に狭き門となっています。特に本年は、震災等の影響で福島県の教員採用試験は行われませんでした。それだけに多くの学生は地元を離れ県外での採用を余儀なくされています。
 私が採用された頃の昭和50年代は、多くの地域が大量採用傾向にありました。その頃採用された教員がそろそろ退職期を迎えています。そのため採用数が多くなっている地域もありますが、東北各県では大量退職を埋め合わせるように少子化が影響しています。学生たちは厳しい「美術」の教員採用試験に挑戦しているのです。
 当時を振り返ると、私は、彼のように「美術大好き!」な子どもを育てたいと思って美術の教員をめざしたわけではありませんでした。あわよくば表現者として作家活動を続けたいという思いが強く、大学卒業後も表現活動を軸として生活を組み立て、絵画教室等で生計を維持しようとしていました。高度成長期という特殊な社会環境が、「何をしても食って行ける」という雰囲気を学生たちに与えていたように思います。
 少年の私が「美術大好き!」人間になった原点はマンガだとVol.37で書きましたが、そう育つ要因の一つであったことは確かです。ところがその後順調に「美術道」を邁進したわけではありません。美術以外にも生物学に憧れたり、冒険者を志したりした迷いの道が長かったように思います。そして現在も「自然と遊ぶ」脇道が本道より太くなったりしています。
 それでも「美術大好き!」は薄れることなく、高校卒業時に「美術道」を選びました。
 40数年前に、「美術大好き!」に育つには、マンガだけでは説明がつかない他の要因があったのかもしれません。生育環境に根ざしたもっと大きな影響があったように思うのです。「美術大好き!」とは、私にとって絵や彫刻も、工作や鑑賞も大好きでしたから、造形全般が楽しいと思えるような環境や教育があった筈なのです。
 思い当たる環境の一つが、もののない時代であったことです。
 高価な既製品や商品を手に入れようとする前に、自作できないかという試みが、まずあったように思います。家族や地域の人たちは、手作りという工夫の中で生活を便利にしたり、周囲の人を喜ばせたりすることに割く時間があったのです。そして、苦労の末に出来上がったものに周囲も賞賛したり感動したりする豊かさがありました。ですから、「買った方が安いよ」という考えは最近になってから、やっとのみ込めたように感じています。当時は材料のみならず、加工する道具すら入手困難でしたから、子どもたちも肥後守一つで遊ぶ材料を工夫したものでした。社会全体がまだまだ貧しく、もののないところから工夫しようとすることを子どもなりに学んでいたように思います。
 もう一つの恵まれた環境は、同年代の子どもが多かったことでしょう。
 仲間と集うために外に出たいと思う気持ちが常にありました。風邪で学校を休んでいても、下校時間に子どもたちの声が聞こえると発熱を忘れて外に飛び出したものでした。同じものに興味を示し、ものづくりでは知恵を出し合い、子どもルールを遵守しながらの遊びが楽しくてたまらない時間がありました。そこでは手作りの遊び道具や大人から見れば何の意味もないと思われるようなものが宝物として価値づいているのです。遊びの中には弓矢のような学校で禁止されている道具もありましたし、大人の眼の届かないところで禿げ山を滑走するなどの危険な遊びほど夢中になりました。子どもたちは自作の滑空ソリを工夫して持参していました。当然のように怪我もしましたが、子どもなりにそれらのことを充分に承知した使い方・遊び方を心得ていたと思います。
 そのような恵まれた環境が子どもたちに、ものづくりの面白さや工夫することの楽しさを味わわせ、造形への誘いとなっていたと思うのです。遠い過去のできごとではあるのですが、そこでの体験が現在でも、描画や工作が、私にとってもっとも楽しい時間に感じさせているのだと思います。
 一方で、当時の先生方も授業に挑戦的であったように思います。中学1年のとき、男子が制服のズボンを脱ぎ、素足で粘土をこねた記憶は強烈な印象として残っています。その粘土は大きな瓶に保存され授業で使われました。またある時は、スリガラスにクレヨンで絵を描く授業がありました。描画した上に糊のようなものを塗って印刷する版画の授業でした。ぎこちない描線や刷り上がりの粗末さだけが作品のイメージとして残っているのですが、その実験的な授業を忘れることはありません。
 やがて美術の教員になり、生徒とともに授業を構築しながら「美術っていいな!」という実感が指導者として縦横に広がりを見せるようになるのです。私が「美術大好き!」人間を育てたいと思うようになったのは、初任から数年を経てからのことでした。生徒たちとリトグラフに挑戦したり、粘土をこねたりしながら、私自身が変容させられていったと思っています。

【今回は、導入事例をお休みします】


線と色の不思議

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今月のPhoto:水位が下がった河原の石に笹の葉のような模様を発見。鮎が堅い口を横にして削ぎ取るように藻を食べた食痕です。姿は見えませんでしたが、豊かな自然を感じます。(会津美里町)

 前回の線の不思議で書き残したことがあります。それは線の多様な表現性です。私たちの優れた想像力と認識力と言った方がいいかもしれません。子ども達は紙や鉛筆がなくても、棒切れや指で地面や砂浜に絵を描きます。落ち葉を線状に並べて遊んだり、紙の短冊を貼りつなげて線に見立てることもできます。また、規則的な点の列を線として認識したり、2点を結ぶ直線をイメージとして抱いたりすることもできます。

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図−①

 図−①は、東日本大震災の支援を終え飛行中の米軍機に向けて、宮城県の被災者が砂浜に棒切れを並べて描いたお礼のメッセージ「ARIGATO」です。図−②は、「ナスカの地上絵」(日文教科書 中学「美術」1年)です。いずれも線によって描かれていますが、線として用いた棒切れや地面の溝は、作者が線状に見立てる発想が文字や描画として成立させたと考えられます。「ナスカの地上絵」は、表土を取り除いたところに現れる白い土と表土との明度・色相差が線となっているようです。それは砂浜に描く線や地面に水で描く線などでも体験することができます。

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図−②

 普段はあたりまえのように行っている行為でも、条件の異なる多様な線状のものを「線」として認識し、文字や絵の表現に活用する私たちの能力には、多くの不思議が隠れています。
 次に、色彩に関する不思議です。
 多くの語彙を獲得している学生達に、知っている色名を問うと、おおよそ50ほどの色名が挙げられます。シルバーホワイトやチタニウムホワイトなどの油彩絵の具にある材料色名等を加えても70色程度でしょうか。子ども達の描画やデザイン表現では、色名を頼りに色を選び配色を考えている可能性があります。もしそうであるなら、発想される色数は限られたものになってしまうと思われるのです。
 1枚の絵の中に、緑系と思える色を2色以上使わなかったり、鮮やかな赤と鈍い赤を響き合わせることに気付かなかったりする可能性もあります。色名に頼る色彩指導の限界を感じます。
 パソコンのモニターは、1677万色の表示が可能だとされています。優れたヒトの視覚は、それほどの色を識別できるのでしょう。ただ、私は以前から、それらが誰も同じ色に見えているのかが疑問でした。私自身、左右の目で色味が少し違って見えた経験があります。人によって、生き物の属や種の違い、あるいは個体によって、色が違って見えているかもしれないという疑問を抱き続けていました。
 魚類は、赤や青の識別ができると言われています。そして、赤を怖がらないというので、わざわざ赤に着色した釣り針まであります。その魚類とヒトの色認識を比べるのはナンセンスかもしれません。ヒトの目では、水中と空気での色が同じように見えるとは限らないからです。水槽等では、ほぼ同じように色は見えますが、海の中では、魚屋さんで見るのとは異なり、実に巧みな擬態をしている水中生物達に出会います。
 ヒトの視覚が認識する色幅は、虹色(スペクトル)で示されます。赤色は見えず紫外線が見えるといわれる昆虫は、紫外線がどのような色に見えているかを確かめようがありません。ヒトも微妙に見ている色に個人差があるのではないかと思われます。例えば、教科書にある12色相環を見ながら、照明を暗くしていくと、色視力が低下していくのを感じます。相当薄暗くなっても明度差は分かりますが、赤色や青色など、明度差の近い色の認識が困難となります。この現象には微妙に個人差があると考えられますし、また、個人においても体調等の状況によって色認識に多少の変化があることを意味しているのではないでしょうか。自然界にある色や街にあふれる装飾の色であっても、見る人によって、必ずしも同じ色に見えていないのではないかという疑問が起こりそうです。
 ヒトには、光源の異なる条件下においても、トンネル内等の特殊な光源を除けば、色相を認識する能力があります。蛍光灯下であっても、電球灯下であっても、それらが反射する色を太陽光の下で見る色に調整しながら見ることのできる優れた能力です。それでも、微妙に色認識が個々に異なる特質があるのではないかと思えるのです。

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図—③

 ところが、図—③のような昆虫の擬態をみると、ヒトも昆虫も、鳥類も、同じように色を認識している可能性があると思われる場合もあります。彼らは実に巧みに擬態をします。その昆虫の擬態は、見つからないための対象がヒトとは考えにくいからです。昆虫にとって多くの場合は、捕食者から身を守ろうとする対象がヒトではなく鳥類なのかもしれないのです。
 一方、同じ昆虫でも、ヒトが見ている翅の色から雌雄の差がわからないと思われていたモンシロチョウは、紫外線の見える同種間では、雌雄が全く異なって見えていたという調査研究があります。そのことが一層違って見えると思う一因でもあったのですが、種によって知覚できる波長の幅に差があっても、緑や青を私たちと同じように知覚し、認識していると考えられるのです。そうでなければ、昆虫や魚の体表が、何のためにそのような色なのかを私たちが理解できない色で自然界は溢れているはずです。草原に紛れるライオンの色も、鳥が見ると波間に同化してしまうサバの背の模様も、キャベツの葉脈に沿うモンシロチョウの幼虫さえも、私たちの視覚は、しっかりとその意味を理解し擬態マジックに感動できるのですから。

【今回は、導入事例をお休みします】


線で描くという表現力の不思議

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今月のPhoto:放射能汚染が心配される福島ですが、自然界では、しっかり生命の営みが行われていました。田植えが行われる直前の水田でオタマジャクシが誕生していました。(郡山市)

 図工・美術の指導や自らの表現活動を通して、常々、不思議に思っていることがいくつかあります。それは人間の能力についてであったり、子ども達の才能であったりしますが、折々に、納得することを見つけようとしながら、その不思議に突き当たるたびに、美術教育の奥深さを感じたりもしてきました。ただ、それらのことに深く悩みすぎると、私の教育実践や美術教育研究が停滞する可能性がありますから、直視しないようにしてきたことでもあります。すでに解決済みの方がいるかもしれないと思いながら、今回は、そのいくつかを吐露してみます。私と異質な納得の仕方をしている方がいましたら、情報をいただける機会があることを願います。
 まず、線に関する不思議です。
 私が生徒や学生に、黒(濃緑)板を使って絵を描いたり、図に示したりして説明する時に、描画材は白色や黄色のチョークです。当然、絵や文字は、明るい白や黄色で描かれます。ところが、生徒や学生がノートやスケッチブックに描く線の多くは、黒の鉛筆です。彼らは何の違和感もなく書き写したり、黒板の図を参考にしながら描画したりしています。特に、黒板の図形に陰影をつけるときなどは、私自身が描いていて、明暗の逆転に違和感を感じることがあるにもかかわらず、彼らには、白黒の逆転を瞬時に行い、還元して描画する能力があるようなのです。
 私が幼少の頃に廃屋の中で発見した石盤・石筆をノートに用いていた時代には、そういった違和が生じなかったと思われます。生徒も先生も黒地に白の字や絵を描きながら授業を進めた筈ですから。それ以前の時代には、白い和紙に毛筆を用いるのが基本であったように思うのですが、家紋や拓本には、白黒の図と地の逆転表現があります。京都の大文字焼き(五山送り火)や近年各所に見られる電光掲示板なども、一般的な文字媒体とは異なる図と地の逆転表示を私たちは認識していることになるのでしょう。これらを単なる図と地の逆転能力として誰もができることにしてしまえない不思議として考え続けていたのです。
 というのは、私たちが行う木炭デッサンは、白い木炭紙に黒の諧調を用いて、視覚と類似した明暗の配置を描き出すことと言えますが、それは明るい紙に暗い方向に色をつけるだけの行為とも考えられます。その逆表現である黒い画用紙に白のコンテや色鉛筆で表現した経験のある方は、白黒逆転の戸惑いが理解できるのではないでしょうか。この時の戸惑いは、10段階等で示され木炭の明暗諧調の白側から描き始めるか、その逆かの問題であるわけですが、慣れるまで容易なことではないことを考えると、ごく自然に白黒を逆転させてノートを執っている生徒や学生が不思議だったのです。
 もう一つの線の不思議は、線で描かれた形をモノとして、誰もが認識できる能力です。線は文字や図や絵を描くための基本要素です。そして、授業や日常生活で多用され、自然や環境にあふれています。とはいえ、線そのものは存在せず、3次元世界に生きる私たちには概念でしかないようなのですが、私たちの想像力と線の演出は、豊かな表現力を支えてくれています。

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図−①

 その線で黒板に円(輪)を描き、その形から想像できるものを学生に考えさせると、多くの学生は「月」、「ボール」、「大福」などと線で囲まれた形の内部に想像したモノを答えてくれます。円(輪)の本来の形であるかもしれない「輪ゴム」と答える学生はほとんどいません。「月」に見立てていたその円に、図−①のような絵を描き加えると、円が「輪ゴム」や「針金」に見えてきます。これは正六面体(立方体)を描いた場合も同様です。線を輪郭線と認識し、線で囲まれた部分をモノと見立て「サイコロ」や「豆腐」に見えるのです。本来は、線を実態と認識し、線を棒状のモノと捉えるのが普通であるように思うのですが、幼い頃からの描画体験によって線で描かれたモノを想像できる能力が備わると考えられるのです。
 おそらく、描画材を初めて用いる幼児は、画面上を走らせた描画材の軌跡である線を楽しむのでしょう。そのうちに、閉じられた線の内側に何かのモノの形を発見したり、想像したりする経験が積み重なり、線描の能力や伝達性を獲得すると思われます。

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図—②

 図—②は頭足人と呼ばれる描画の発達期を示す作品ですが、線で囲まれた頭部と線そのものが実態として足部を表した線描認識の過渡期と捉えることができます。成長とともに線描の認識がすすんでも、線と輪郭線を使い分けることはありますが、多くの場合は線で囲むものが形として認識され、やがて、面の濃淡や線の疎密で陰影や質感を表すようになるのです。この線の獲得の発達は、言語表現の獲得と同様に、ビジュアルコミュニケーションや描画認識の手段として欠かせない能力であると思われます。

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図—③

 線による表現力の不思議は、線の塊が面として認識される点にもあります。図—③は、数本の線によって認識される面の例です。このような線の多様な表現性を用いて私たちは表現し、また、表現されたものが何であるかを認識したり、鑑賞したりすることができるのです。他の多くの動物にはない、私たちの造形的な表現性を支える不思議な能力です。

【今回は、導入事例をお休みします】


一つことにどれほどの時間をかけられるかという実力

今月のPhoto:もうひとりのマドンナです。私たちが見る位置にミレイも立ち、そして描いたのだと感じながら細部まで見入りました。(「オフィーリア」ロンドン テートギャラリー)

今月のPhoto:もうひとりのマドンナです。私たちが見る位置にミレイも立ち、そして描いたのだと感じながら細部まで見入りました。(「オフィーリア」ロンドン テートギャラリー)

 とうとう大台(還暦)を迎えてしまいました。40歳を迎えたときには、人生80年の半ばだと奮起し、50歳にして半世紀かと時の流れに感じ入り、60歳を迎えては長く生きたことを感慨し、40歳、50歳とは異なる寂寥(せきりょう)という印象が伴っている還暦です。久しぶりに小学2年生に授業をして、半世紀以上の歳の差に圧倒されたせいかもしれません。彼らが30歳を迎える頃までの人生だという現実と向き合ってしまいましたから。
 自分のことになると、時間の長さは漠として以前から掴みようがないものだと感じていました。他の人の時間に照らしながら、ようやく少しその長さが感じられるようになったと言える年頃なのかもしれません。歳を重ねるということは、誰しも初体験な訳ですが、半ばを過ぎた当たりから、以前より生きる先がおぼろげながら見えてきたような気がしています。それは、これまでの時間とその間の経験が思考や感情の基礎データとなり、周辺が少し洞察できるようになったからでしょう。教育畑から出ることのない仕事歴ではありますが、政治や経済、他の業種のことなども多少は理解できるようになっている気がしています。60年の経験が俯瞰的な見方を可能にしているのでしょう。特に、ファッションやTV番組などは、めまぐるしく変化する社会とはいえ、堂々巡りのようなサイクルが早くなっているだけだと感じるときがあります。対象が経験の少ない人たちだからこそ、新規のように通用していると思うことも少なくありません。生活環境が大きく変化しても新たに誕生する生命たちは、常にゼロからスタートして自分を生きようとします。そして、友情や恋愛の感情、成功や挫折から得る思考、そして形成される認識がその人自身をつくるのです。子ども達を見ていると、生身の人間として避けて通れない実体験からの学びの必要を強く感じます。
 そう思いながら、若い人の苦悩を相談されたり、失敗を諭したりするときには、気づかないままに”知ったか”めいた話をしてしまっている私は、まさに還暦なのでしょうか。
 おそらく、予想や助言が的中する確率が高くなることが高齢者としての自信になるのでしょう。学生が、過去の私と同じような経験をし、さほど遠くないところで似通った感情を抱いていると感じることは少なくないのです。ただ、それは、誰も同じような人生を送るものだという人生観にはつながるものではありません。「人は人生に一度だけ、すばらしい小説を書くことができる。それは自叙伝です。」という、個々に特有の人生があるからです。そんな多様な人生でも、自らの学んだことが年齢差を超えて他の人の参考となるということがあるからこそ他者との交流が楽しいのです。また、類似した事態に臨んで思考回路が同調する共感の喜びは安寧(あんねい)をもたらします。
 そんな御託の中で、還暦人が感じている若い人を勇気づけたい心境があります。
a_vol43_02 大学を出たばかりの私が、いつもせっかちに絵を仕上げることしかできずに悩んでいたころのことです。岡鹿之助展のポスターを見て、精緻(せいち)な作品に感動したのです。その頃は日本画かなと思いながら代表作「遊蝶花」を見たと記憶しています。さほど大きくない号数ですが、岡鹿之助は1年に1〜2枚しか描かないと解説にありました。その頃70歳を過ぎていた彼が、若い頃から1枚の絵に時間をかけ集中して描いていることに驚いたのです。100号に向かっても1〜2週間ほどしか集中力が持続せず、浅薄な絵を描いていた私には、1枚の絵と長時間向き合える実力を見せつけられたという思いでした。
 それは木工などの工芸作品を見る機会にもたびたびありました。木の接合や表面の仕上げ、螺鈿(らでん)やカラクリの完成度から見える集中力や巧緻性(こうちせい)に、到底叶わない時間をかけた匠の実力を思い知らされていました。
 還暦を迎えても、さほどその境地に近づけた訳ではありません。ただ、雑用や趣味、書類づくりなど、絵や工芸から離れたところではありますが、年齢とともに一つことに時間をかけられるようになっている自分を発見するときがあります。丁寧に仕事をしようとか、遠い先の確かな完成のために、焦らず着実に仕上げようとする自分がいることを感じるのです。ときには、時間のかかることを楽しく思う場合すらあるのです。
 雑事に追われる仕事環境は相変わらず若いときと同様なのですが、ゆっくり絵を描いてみたいとか、時間をかけて何かを作ってみたいと考えるようになったのです。それは歳のせいだと思っています。
 若さからくるせっかちは、歳とともに解消されていくのかもしれません。人生の半分も生きていないうちは、味わう感覚すらない程に時間が通り過ぎていきます。ところが、長く生きてみると5年・10年の単位で時間が捉えられるようになり、長時間を要する企画や集中力などのイメージが抱きやすくなるように思うのです。
 ただ、それは漫然と生きてきた私が感じることですから、そのような生き方を勧める訳ではありません。早くから時間をかけた仕事ができるようになるということは、岡鹿之助のように表現力の核としての実力を身につけるということでもあります。ひらめきや技巧に頼るだけでなく、一つことにどれほどの時間をかけられるかという実力は、納得のいく表現を保証することを意味しています。若い頃からそれができることは、多くの人にとっての理想かもしれません。
 一方で、私のように自分をスロースターターだと評価するしかない人も多いのではないでしょうか。
 学校にも、自らを生かしきれないでいる多くの子ども達がいることでしょう。丁寧に仕上げられるという観点を疎かにせず評価することの大切さを感じます。その観点は、多くの生活場面でも仕事ぶりへの評価となり、個々の信頼につながることだからです。クレヨンでなぐりがきしかできなかった子どもが、大きな画用紙と向き合ったり、手強い木と格闘したりして、稚拙ではあっても根気よく造形表現ができるという実力は、未来を保証しようとする教育の大切な営みなのです。

【今回は、導入事例をお休みします】


3.11への怒り

今月のPhoto:サルビア・ミクロフィラの花だそうです。おひな様に似ている可憐な花に見惚れてしまいました。(郡山市)

今月のPhoto:サルビア・ミクロフィラの花だそうです。おひな様に似ている可憐な花に見惚れてしまいました。(郡山市)

 かつて、番長と呼ばれていたY君が、福島にいる私の身を案じながら怒りの電話をよこしました。「東北地方にもっと困っている被災者がいるのに、なぜ買い占めるのだ!」という、関東圏での目にあまる食料などの買いあさりに対する怒りです。中学生の頃も話がよくわかり、説得に応じる番長ではありましたが、四半世紀を経て、私の自慢できる教え子に育っていることを実感しました。現状把握や社会認識、考えや行動の判断など、大きく成長したことを感じさせてくれました。これまでも、私が感じることを代弁してくれたり、今回のように怒りを表現してくれたりすることは幾度かありました。この怒りは彼らしい怒りだと思いながら、卒業後の社会学習、生涯学習の力を改めて考えさせられました。
 「災害に付き物の略奪と無法状態が日本で見られないのはなぜか?」という海外から寄せられる疑問に対し、私は、日本人の学習力だと答えたいと思います。学校での評価も、まず子どもたちの考え方や判断の人間性が優先されます。教科評定も決しておろそかにするわけではないのですが、評定学力がどんなに優れていても、人間的な成長が見られなければ賞賛されることは非常に少ないと思われます。また、社会や職場で、新人を迎える時なども、採用時の成績や学歴が優秀であることに注目することはあっても、人間的に優れた人であることを期待します。そして、恊働する中で、能力的に優れていることは認めながらも、集団が好むのは優しさや思いやりのある人間的に優れた人材なのではないでしょうか。

 私たちは、昭和の末期に学力的に優秀な子どもを育てる教育の実現を果たしてしまったと考えています。個々の学力向上だけを目指してきた教育の限界を実証的に味わってきた経験をもっています。知識や技術がどんなに優秀であっても、それらをどのように発揮し、社会貢献に活用するかが真の教育の目的であることを知っているのです。法とは何か、科学技術とは何か、医術とはどうあるべきか、デザインとは何をすることなのかについて、世に送り出す人材育成の中で多くを考えさせられてきました。そして、さまざまな現実に遭遇した経験から現代の教育認識が形成されてきたのです。その結果、教科学力だけが学習の評価ではなく、優れた人間性に支えられてこそそれらが活きることを知り、たとえ、成績不振であっても、人間的に優れてさえいれば、それが「生きる力」として、社会に迎えられることも知っているのです。
 近年の学力低下論は、そのような教育認識のもと、人間的に優れた人材を社会に送り出しながらも、思考するための知識や発揮される技術などが、子どもたちから低下してしまっていることへの懸念から発したものなのでしょう。けっして戦後の教育黎明期の偏差値による競争原理にもとづく教育に戻そうとするものではないはずです。
 優れた人間性とは、現代日本の教育ではルールの遵守や公共性などといった次元だけで評価できるものではありません。どんなに優秀な能力を有する人材でも、個々にその能力を発揮しようとするときの力は小さいものです。柔軟な人間関係を形成した集団の中でその能力が活用できれば、その集団の総力は、個々の能力を合わせた以上の仕事を成し遂げるのです。そういった社会力を含めた観点による人間性の評価なのです。
 過去の教科学力の評価は、学習直後にその成果を求める傾向にありました。先生が「わかった?」と児童生徒に尋ねることもその傾向を示しています。たとえ「はい、わかった。」という返事があったとしても、その記憶や理解がどれほど維持されるものなのかは疑問です。そのことを多くの大人が証明してもいます。心もとないとしか言いようのない学習成果の蓄積に対し、評価観の転換を私たちは求められているのです。

 私は、教育を化学肥料と「ウンチ」に例えることがあります。速効的な成果を求める教育とは、化学肥料を施すことに、また、遅効的な成果を期待する教育とは、忘れた頃にじっくり効いてくる牛糞や鶏糞を元肥に用いることに似るからです。
 それは決して教科学習を否定するものではありません。子どもが真剣に取り組んだ計算学習は、その蓄積によって数学的思考力を育みます。また、書き言葉から学ぶ語彙力とは、豊かな思考力や表現力の基礎となるものです。遅効的に個々の人間性を育て、環境認識や集団感覚を育てようとする教育の力を改めて考えてみる必要がありそうです。
 「なぜ日本では略奪が起きないのか?」ということへの回答は、「日本の家庭や社会、そして学校は、遅効的な教育を大切しているから」ということなのかもしれません。
 しかし、今回の東日本を襲った大惨事は、復興に相当な時間を要すると思われます。戦後生まれの人々にこれまで味わったことのない忍耐を強いることになるでしょう。
 Y君と同じ思いの人たちのネットワークは、被災者を長く守ろうとするでしょう。耐え抜かなければならない人々の心を個が結集した集団の大きな力で支えていけることを願います。


生徒自身が結果を出すまで待つ教育

やっと巡り会えたマドンナです。彼女の前ではセザンヌも脇役でした。(ロンドンCourtauld Gallery)

今月のPHOTO:やっと巡り会えたマドンナです。彼女の前ではセザンヌも脇役でした。(ロンドンCourtauld Gallery)

 思い出深い作品があります。もう20年も前の中学3年生の作品です。
 作者は、今でも大切にしてくれているでしょうか。下の写真はその作品です。
 おそらく、義務教育の間に唯一自信をもって表現した作品かもしれません。県の生徒展に出品し「青少年会館々長賞」を受賞しました。

学び!と美術vol042_01

生徒作品:魚の立体パズル

 作者のA君は、中学3年間、ほとんど授業に出たことはありませんでした。彼の話では、小学校4年の頃から、登校しても授業に出ない状態が続いていたようです。彼には幾人かの同様の仲間がいました。遅れがちに登校して、校庭や授業中の廊下、階段の最上階、時には校長室が彼らの居場所でした。昼食も教室に入ることなく、校庭や廊下で済ませていました。
 そんな彼らに、教師たちの面倒見はよく、常に誰かがそばにいて話しかけたり、彼らの話題に参加したりしていました。しかし、「教室に入りなさい」「勉強しなさい」という言葉は、彼らにとって色あせて感じられるほど、そうしていることが常態であり、学びの席に向かわせることが不可能と思われるほど、クラス集団の中での学習から、彼らは遠ざかっていたのです。
 いわゆる「ヤンキー」と呼ばれた彼らは、街にジベタリアンが出現するまでの間、学校の問題児とされ、生徒指導の場面の主役たちでした。
 従わないと思いつつも、日に何度か彼らの行動を厳しく注意したり、諭したり、また、羽目を外しすぎた後には家庭訪問をしたり、本人に代って謝罪に回ったりすることも珍しくありませんでした。消火用ホースで校舎内に散水することや、教室の壁面に穴を開けることなどは日常茶飯事でしたから、その後始末に奔走する教師陣の勤務実態は過酷なものでした。
 新しく着任された先生から「なぜ指導を徹底しないのか」とお叱りをいただくこともありました。
 指導しあぐねる私たちのことを見抜いてのことか、盲点を突くことに関しては天才的な集団でもありました。
 あるとき、いつものように手相占いで話が盛り上がっているときに、その中の一人が、「勝手気ままな生き方をしているけど、今考えているように二十歳を過ぎても考えているとは限らないぞ。」と卒業した先輩に言われたという話を始めたのです。「少しは先のことを考えて生きろ」ということらしいのですが、その話は、数日前にその卒業生に私が話した内容でした。彼らに自らのことを考えさせるキッカケとなって私のところに帰ってきたのです。
 自らのことを考え始めた彼らに何かできないか思案しました。結局、文字や数字の苦手な彼らを我田に引き込み「絵を描かせよう」と思い立ちました。中学3年の4月末のことでした。

 美術室に長時間座らせるだけでも大変な苦労でしたが、紙や筆記用具の無駄はしばらく目をつぶることにしました。やがて彼らは、エロ・グロの鉛筆画を描き始め、仲間や私に見せることを楽しみに描き、時には、自らの想像を絵にすることを楽しむかのように描き続けたのです。
 そして、夏を迎える頃には描画力が向上し、自信をもって描くまでに上達していました。
 その内の一人がA君です。
 描画からすっかりエロ・グロが消え、欲しいバイクや彼らの間で流行している髪型など、主題にも大きな変化が表れていました。描いたものを当時の教頭先生に見せることも楽しみの一つとなっていました。
 頃合いを見て、授業に合流させようと思い、授業課題に取り組むことを提案しました。やはり自分のクラスには入れませんでしたが、「立体パズル」の課題に挑戦する意欲を見せたのです。学校にいるすべての時間を「美術」に打ち込める特権(?)を生かして、短期間に写真のような作品を仕上げました。もちろんアイデアスケッチや高度な糸鋸操作について個人レッスンしながら励まし、褒めて集中力の維持に努めました。その作品は授業の参考作品となり、選ばれた数点とともに出品されたのです。
 受賞の喜びは、ヤンキー仲間にも広がり、彼らの態度や考え方に変化が見られるようになりました。そして、受賞式に初めて臨む我が子の姿を喜ぶ母親の涙は、A君を大きく変身させたようです。
 教員として、すでにベテランの域にあった私も、特別な指導形態であったとはいえ、改めて「美術による教育」の力を知ったという思いでした。

 卒業後の彼らは、多くの教員の心配をよそに、我が道を真面目に歩んでいるようです。
 教師が教え子に手渡せるものは非常に微弱でもろいものですが、子どもたちはそれを大きく膨らませ、我がものとして「生きる力」に変える能力を秘めています。教育とは、成果を急ぎすぎず、生徒自身が結果を出すまで待つしかないものなのでしょう。

【今回は、導入事例をお休みします】


言語活動を支援する造形教育

今月のPhoto:すくい上げてから「ヨッ!」とハリセンボンに挨拶してみたのですが、私たちとは逆に、空気中ではよく見えていないのかも?(串本町)

今月のPhoto:すくい上げてから「ヨッ!」とハリセンボンに挨拶してみたのですが、私たちとは逆に、空気中ではよく見えていないのかも?(串本町)

 表現には、伝えたい対象者・受容者が必ずいることについて、以前に触れたことがあります。(Vol.32「幼い頃の小さな不思議体験」など)
 各地の研究会で「言語活動の充実」がテーマとなり、図画工作科や美術科が果たす役割について話し合うのを聞いていて、また、そのことが私の中で再燃してきました。美術教育における言語活動の充実を考えるとき、国語科の時間不足を補うような語彙力や文章力を支援するだけでは、美術教育の特性が生かされていない、また、理解されていないと感じられたからです。言葉遣いや漢字の誤りなど、言語の基本についての指導は、多くの教科で、また多くの場面で、すでに行われてきたのではないでしょうか。
 造形的な表現活動が、その特色を生かして言語活動を充実させるための指導と評価のあり方について、再考の必要がありそうです。
 資料「言語活動の充実と美術教育(PDF:174KB)」の中で示したのは、言語活動に関する国語科との連携についてです。文字が「茶」の部分は、言語力の基本学習から始まり、豊かな言語表現に至るまで、国語科に課された学びの構造です。ひらがな、カタカナ、漢字、イントネーションという多重構造をもつ日本語は、外国人にとって非常に難しい言語であると言われています。それは母国語として学ぶ子どもたちにとっても同じでしょう。その日本語の複雑さは、一方で多様な表現を可能にしているのですが、短歌や俳句として表現するのは、私たちにとっても簡単なことではありません。
 文字が「青」の部分の上段は、国語科と美術科が共有する語彙力など学ぶ段階を示しています。語彙の獲得は、多くのイメージや概念を提供し、思考や発想、推察などの能力を高めます。そして、美術教育には、独自の語彙があり、デザインやグラデーションなど、日常語として一般化しているものも少なくありません。

まなびと美術vol041_09

作品(1)

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作品(2)

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作品(3)

まなびと美術vol041_08

作品(4)

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作品(5)

まなびと美術vol041_11

作品(6)

 次の段で示した「赤」色の「主題意識の転換」が、今回の主題点となります。
 “上手に描けることより描くことを好きにさせる指導と評価によって、表現の機会が増えることを期待し、発想力を高めたり、表現力を上達させたりする”という、これまでの美術教育の教訓を生かすと、言語活動が充実するには、話そうとしたり、書こうとしたりする衝動を生む働きかけが大切ということになります。それには、話したくなる心情や書きたくなる情況を授業の内外で演出する必要があります。
 造形的な表現活動や作品は、その力を内包しています。
 表現の意図や作品ができるまでの苦労、そして、完成した作品には、伝えたい対象者や贈りたい受容者が、必ずいるからです。自己陶冶のために、自己満足のためだけに作品は表現される訳ではありません。仲間と価値観を共有したり、工夫のヒントを得たりしながら個々のセンスが形成され、他者の個性や置かれている情況を理解したり、思いやったりできる能力が育つと考えられます。
 授業の導入や表現の構想を練る主題意識の段階で、飾る場所や贈る相手を想定し、描いたり、創ったりしてみれば、子どもたちの中から言語活動充実の基礎となる“話してみたい気持ち”や“聞いてみたい心情”が起こると思われます。会話の少なくなった家庭に作品という石を投げ込めば、その波紋はコミュニケーションとなって広がるでしょう。

 そのような視点で見ると、参考になる作品を教科書にたくさん発見できます。そのいくつかを中学校の教科書から取り上げてみました。
 作品(1)を水彩額に入れると、枯れることのない「美」として、家族を玄関で迎えるでしょう。画用紙の大きさも飾りたい場所や壁面の広さで選ばせてもいいのです。
 作品(2)は、モダンな住宅の一輪ざしとして書棚を飾るのか、おじいちゃんへのプレゼントとしてセンスが生きるのか、その後が楽しみです。
 作品(3)は、廃品を宝物に変身させたのです。誰もが欲しくなります。「取って置きのプレゼント」として、誰に贈ろうか悩むところでしょう。
 作品(4)は、幼い妹や弟がいる生徒なら、材料をアクリル板にせず、和紙のような柔らかいものを選んだかもしれません。
 作品(5)(6)は、どちらが田舎のおばあちゃん家にお似合いですか。クリスマスを楽しみにしながら制作する生徒は、電話で話すことを思いながら、いつもより集中していたことでしょう。(5)を贈る相手は、お母さん以外に考えられないかな。

 人と人をつなぐのは言語ばかりではありませんが、造形作品からの他者へのアプローチがコミュニケーションを生み、言語活動が充実する素地を提供すると思いませんか。

導入事例Case30

中学校2年『素材を生かして光をアートする0』~生徒のつぶやきを拾う授業~(10時間)
日本文教出版2・3上「光の表現・光の演出」
*本題材は、独自の工夫を凝らして光の演出を創造する題材です。ベースとなるライト部分は技術科、家庭科で制作し、ランプシェードの部分を美術科で制作しました。

◎主な材料

  • 和紙、セロハン紙、はさみ、カッター、接着剤、針金、ペンチなど
  • 地域の野山で調達したアケビの蔓などの自然材
  • 家庭で不要となった容器やホームセンターなどで発掘した素材

◎導入の工夫

 導入では、太陽系や地球の誕生から光について話し始めます。地球と月の関係、昼と夜の光、透明な光には沢山の色が入っている事をプリズムや虹を例に説明します。
 どこからか小さな「つぶやき」が聞こえます。
 「そんな事どう関係があるの?」
 私はにんまりとし、生徒に変化球を投げます。
 「外国で落盤事故があって閉じ込められた事件あったね。光を失った33人が、ある日、助けの一条の光を暗黒で見いだした時、どんなだったろう?」
 繰り返し報道でされている映像を思い出します。光の果たす役割は、計り知れない事を認識することは難しい事ではありません。
 そこから、自分のつくりたい光はどんなものか、真剣に考え出すことを期待します。
 様々な材料に触れさせると、また「つぶやき」が聞こえます。
 「イメージは、こんなじゃないよな。色はどうする?」
 すでに自分の頭の中では、構想が生まれつつあります。
 ここでワークシートを配り、自分の考えを明確にさせます。
 記述から自らのイメージや決意、方法、材料、見通しがつくからです。
 この時の生徒の「つぶやき」も逃さず書き留めます。
 「大変だな。誰と材料を探しに行こうか。山にでも行って調達か?」

◎生徒のつぶやきを授業に生かす工夫

 私は、生徒から学ぶべきことが多いと考えています。
 生徒は表現のもととなる要素を「つぶやき」として発信しています。
 また、つまずき悩んでいることを気づかせてくれるのも「つぶやき」です。
 互いに認識を共有するために、他の生徒がひらめくために、そして教師が次の授業のヒントを得るために「つぶやき」をメモし、指導に生かそうとしています。
 彼らの小さな「つぶやき」は、千金に値します。

光をアートする01:「この流木の生かし方は?」

光をアートする01:「この流木の生かし方は?」

光をアートする02:「和紙って光をきれいにするのね!」

光をアートする02:「和紙って光をきれいにするのね!」

光をアートする03:「クラフトテープも捨てがたい!編み込みできるの?」

光をアートする03:「クラフトテープも捨てがたい!編み込みできるの?」

光をアートする04:「わりばしの重ね方の工夫は?ずらす?」

光をアートする04:「わりばしの重ね方の工夫は?ずらす?」

(K先生の実践から)


人は、なぜ写真を撮るのか

ショウリョウバッタ(雄)だと思われます。酷暑のせいか、タチアオイの茎につかまったまま、ミイラ化していました。(郡山市)

今月のPHOTO:ショウリョウバッタ(雄)だと思われます。酷暑のせいか、タチアオイの茎につかまったまま、ミイラ化していました。(郡山市)

 峻険(しゅんけん)を征服しようとする登山家のこの有名な言葉に照らして、「人はなぜ絵を描くのか?」という問いに私たちが答えようとするとき、「そこに美があるから」がもっとも支持される言葉なのかもしれません。洞窟壁画からCGまで、描画の長い歴史の中で、絵を描こうとする心や意志は共通するものなのでしょうか。
 今回は、その難題を回避して、「人はなぜ写真を撮るのか?」について考えてみました。
 20世紀末から始まったデジタルカメラの普及は、携帯電話のカメラを含めると、現在はほぼ100%に達したと言えるのかもしれません。いたるところでシャッターが押され、プリントされていることでしょう。今夏の長期休みに、かつてのアナログ写真とネガ・ポジを整理しようと思い立ったのですが、大量の写真に埋もれ、その中から数枚の懐かしい紙焼きを見つけただけで夏が過ぎようとしています。一方で、HDDへの収納と検索が容易なデジタル画像は増え続け、10年の間にアナログを遙かにしのぐ枚数になっています。ところが、実のところ、それらを改めてプリントしたり、見返したりすることが少ないのは、アナログもデジタルも同じだと感じているのは私だけでしょうか。
 にもかかわらず、「人はなぜ写真を撮るのか?」が疑問なのです。

 日本広告写真家協会が主催する第二回(平成22年度)全国学校図工・美術写真公募展で児童・生徒の作品を公募しています。作品規定に、図工や美術の時間に制作した自分の造形作品を撮影した写真という条件があります。子どもたちの作品の多くは、大人になるまでの間に失われがちですから、デジタル写真として記録することに意味があるのでしょう。撮影の際には、アングルや光線、背景の演出などを工夫すれば、二度おいしい教材にすることもできます。
 写真を撮るのは、一般的に記録に残すことが目的でしょう。子どもの成長や旅の思い出を記録したり、面白いこととの出会いを誰かに伝えたりするために「百聞」を「一見」で補うようにシャッターを切ることもあれば、資料収集や調査のための画像データとして撮影することもあります。そして記録として撮り続けるうちに美意識が生じ、ピントや構図、アングルなどが気になり出すと「よく撮れたか」が撮影の楽しみとなります。
 「今月のPhoto」で紹介している写真は、私が出会い注目した出来事や現象の記録です。写真を撮ることも、絵を描いたり彫像制作をしたりすることと同じように、自らの感じたことや記録しておきたいことの表現としては、同等であると考えています。これまで風景や生き物にレンズを向けることが多かったのですが、撮影が許可された美術館でナマの作品に接し、図録などの色とナマの色に大きな隔たりを感じたり、作品から新たに印象を受けたりしたことを撮影しようとしています。初対面の作品であっても、その美しさに足を止め、タッチや質感を写し取ろうと接近してシャッターを切ります。
 私の視覚的半生と言える蓄積したデジタル画像群は、撮り続けるにつれて少しは進化しているとも感じています。美しい表層的な現象に感動を覚え、その外界を記録しようとするだけでなく、視覚の域は超えられないと知りながらも、できるだけ触覚的な、あるいは聴覚的な印象を捉えた画像として写らないかという試みをすることもあります。結局は、マシーンの精度の高さに依存する表現ではありますが、写真の奥深さの入り口が見え始めた段階かもしれません。撮影後の画像補正も楽しみの一つになっています。
 反面、写真があるために旅行の思い出が、その後の時間経過とともに写真に引き寄せられ、写真が記憶にすり替わるということも経験しています。私たちが見ている、見てきたと思っている記憶も、実のところ見ているようでよく見ていなかったという不確かな過去のイメージでありがちですから、心動かされた場面を記録し、その写真から、新たな発見があったり、他者とのコミュニケーションが生まれたりするのも写真があるからです。改めて見たいと思ったときに見返すことのできる過去の一場面を残し続けるだけでも「人はなぜ写真を撮るのか?」についての説得力を持つでしょう。
長く生きれば、時間の経過とともに記録した写真の価値が増大するという経験は誰もがすることです。

導入事例 Case.29

小学校4年『校庭の木をじっと見つめていたら…』(6時間)
*木をじっくり見てスケッチするとともに、自分のイメージを基に色使いを工夫しながら絵に表す題材です。

◎主な材料

  • 画用紙
  • 水彩絵の具
  • 割りばしペンやサインペン

◎導入の工夫

 前時までの2時間、子どもたちは図画板持参で校庭にとび出し、お気に入りの木を選んで丁寧にスケッチしてきました。本時からは、自分のイメージをもとに色使いを工夫しながら彩色していきます。
T:まず、パレットの小さい部屋に「枝」や「葉」の色の絵の具を出しましょう。
  小さい部屋が全部うまるようにたくさんの色を出しますよ。
C:枝の色は、茶色やこげ茶にしよう。
C:葉っぱの色はビリジアンでいいかな。
T:茶色や緑の仲間の色をたくさん出していこう。白は必ず出しておこうね。
C:青は、緑の仲間でいいですか。
C:黄色は緑の仲間だね。
T:次に、混色して色の数をさらに増やしていきますよ。
  パレットの大きな部屋に10円玉の大きさで12個分(12色)作ってみよう。
C:似ているけれど少しずつ違う色がたくさんできました。
T:いろいろな緑色や茶色ができたね。
  こんなにたくさんの色をちりばめたらさぞかしすてきな絵に仕上がるだろうね。
  では、自分なりの色のイメージを大切にしながら色をつけていこう。

<児童作品>

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(S先生の実践から)


改めて「自然形からの構成」の意味を考える

今月のPHOTO:初夏を告げる「タチアオイ」、私の大好きな花のひとつです。(郡山市)

今月のPHOTO:初夏を告げる「タチアオイ」、私の大好きな花のひとつです。(郡山市)

 表現するために「よく見る」という意味は、詳細に観察した対象を細部にわたって描くことにより、そのものの持つ特徴や特性を知り、私たちと共生する生命や、ものの存在を深く知ることにあると思います。
そのことをささやかに支えていた題材が「自然形からの構成」ではないかと考えるときがあります。

学び!と美術vol039_05

平成18~23年度用教科書「中学美術1」P.22・23

 「自然形からの構成」のお決まりモチーフはピーマンでした。ピーマンを二つ割りにしてみると、ピーマンとしての形状を持ちながら、非常に個別的な形が出現します。その個が持つ形状を生かし、ピーマン特有の形を失うことなく単純化したり、強調したりする中に、モノを見取る学習の意味があったと思うのです。1年の構成ページを編集するにあたり、ピーマン以外のモチーフ探しには苦労しました。キャベツやブロッコリーを使ったこともありましたが、レモンやトマトでは個別性が弱く、個々の形が似すぎているというのは形状の面白味に欠けるのです。その点、ピーマンは歪んでいたり、肉厚であったり、種が多かったりして個性的でありながら、ピーマンであるというすぐれたモチーフでした。そして、授業で扱うには安価であることも大切な条件でした。

 「自然形からの構成」は、現在でも多くの中学校で行われています。その成果を各地の生徒作品展で見る機会は多いのですが、昭和期の教科書と比べて近年の教科書では、「構成」に割かれる頁が少なくなっていることにお気づきでしょうか。基礎・基本が重視されるようになって「構成」が改めてクローズアップされるはずが、現行の教科書では、「自然形からの構成」が1年の23ページに少しあるだけです。2・3年下では、「見え方の不思議」に「構成」の名残が感じられるほどになっています。

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平成18~23年度用教科書「中学美術1」P.4~6

 美術教育の基礎・基本には、多様な見方と考え方があります。基礎と基本という言葉自体が曖昧であることも影響していると考えられます。例えば、文字を書くために鉛筆の持ち方は基本であるとしたら、文字を書くことは文章を書くことの基本でもあり、それらの基礎は、伝えようとする情緒的なその人の感情や考えの抱き方ということになるのかもしれません。美術でも、子どもの描きたいという欲求を基礎として筆や色彩を上手に用いて風景を描く場合も、表現技術や技法、造形要素などを考えると、基礎と基本の所在は流動的ということになるのです。
 基礎・基本の意味が曖昧なままでは、会話や研究に不便をきたしますので、私なりの分け方をしています。造形的な表現活動から身に付く造形能力を「基本」、人間性として学習され、発揮される能力を「基礎」と分類するようにしています。その分け方では、小学校の「造形遊び」や中学1年の教科書(日本文教出版 平成18年発行)では、4~6ページの「つくり出す喜び」は「基礎」となりますから、「構成」と合わせて基礎・基本と考えることもできます。それが「構成」のページが少なくなった理由のひとつであると考えられるのです。けっして「自然形からの構成」からの学びが軽視されている訳ではありません。
 では実際に「自然形からの構成」を指導するにあたり、この題材の難しさは導入にあると感じている先生は少なくないのではないでしょうか。生徒に表現の意味を説明し、導入することが困難であると感じたことはありませんか。これは構成の題材に共通する課題であると思われます。特に、現代っ子たちは完成作品が実用的であることを望む傾向にあります。そのため、工芸題材を多く扱うようになったと指導計画について話される先生方が増えています。改めて「構成」の意義を考えてみる必要がありそうです。

 例えば、私たちが会話やちょっとした筆談で「犬」を話題にすることがあります。ところが、犬という生き物はいるのに「犬」は実際に存在せず、いるのは飼われている犬の「ポチ」や「太郎」です。犬とは、犬属の総称であり、大きさや毛並みが似ていると思われる四本足の動物を見て、猫や狐、イノシシなどを私たちは識別することができます。
 また、夕暮れ時などに遠くから樹影を見て、杉や松、ケヤキ、クスノキなどを見分けられる場合があります、特に葉がよく茂る盛夏の頃には、木々の枝ぶりがその特徴をよく示し、夜を迎える一瞬の空間にそれぞれ独特の雰囲気をかもすことを知っています。また、木に精通した人は、葉の形態だけでなく、樹皮や製材の木目、木の香からもそれが何の木であるかを見分け嗅ぎ分けることもできます。やはり、木という植物は存在せず、現実にあるのは桃の木、リンゴの木であり「木」は総称です。さらには、我が家にある「柿の木」と隣家の「柿の木」を私たちは視覚的に、あるいは味覚的に識別し「柿」の木も総称であるということになります。つまり、私たちは観察の経験によって、それぞれの個別性を認識するとともに、大くくりにそれらの共通する特徴を捉えているのです。

 よく見てよく知るということは、単に眺めているだけでは得られません。そして、特徴を捉えた対象を単純化したり強調したりしたものを組み合わせて、「美」を創造するところに「構成」の学びの本質があるのではないでしょうか。
 よく見て描くこと、対象を観察して特徴を捉えて構成することを美術の基礎として、これからも指導に当たってほしいと願います。
そうすれば、大学生の約2割が描く「四本足のニワトリ」は少なくなるのではないかと思います。

導入事例Case27

小学校3・4年(複式)
「びっくり美術館」~気持ちいい形Part1・オブジェを作ってみよう~(開発単元)

*多様な造形作品との出会いから、よさや美しさなどを自分らしく感じ取り、表現することの楽しさや美しさ、おもしろさに気づかせるための題材です。

◎主な材料

  • 廃材
  • ペンキ

◎導入の工夫

 「本物らしく作ったり描いたりすること=上手な作品作り」という考えの児童が多く見られたため、県立美術館「橋本章展」の鑑賞を企画しました。一見、大きな「ガラクタ?」と思われ作品から刺激を受け、材質の違いや表し方、制作の過程などに「すごい!」「かっこいい!」という思いがもてるようにしたいと考えました。本時の導入では、その体験を話し合わせ、「ぼくたちもこんな作品を作ってみたいな。」という思いを引き出そうとしました。

T:橋本章さんの作品をみて感じたことを話し合おう。
C:いろんな色があってすごかった。
C:大きくてはく力があったよ。
C:いろんな材料を使っていたけど、題名のようにみえたよ。本物そっくりじゃないけど。
C:ぼくたちもオブジェを作ってみたいな。

◎児童の変容

 「上手に描いたり作ったりしなくてもおもしろい作品はできるんだ。」「何かを伝えたいという気持ちが大切だと思った。」というような感想が多くの児童から出されました。様々な素材や条件を活かして、表し方を工夫している作者の思いと目の前の作品に驚き、そのおもしろさを感じたようです。そして、造形作品への親しみや関心を抱くことができたようです。

<児童の作品:BBステーション>

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(S先生の実践から)

導入事例Case28

小学校4年『25の□で何できる?』~ごばん目のシートで~(3時間)
材料を基にした造形遊び:図画工作4「ごばん目もよう」(日本文教出版 昭和40年発行)

* 本題材は、25個の正方形で構成される「ごばんの目シート」を切ったり、折ったり、貼ったりして試行錯誤し、見たてを楽しみながら互いに情報交換して、新たなもの(こと)を創造する題材です。
 また、升目をすべて切り離してしまわないなどの条件を与え、立体をつくる思考へと意図的に導きながら適度な抵抗感を与えることができる題材です。

◎主な材料

  • ごばんの目のシート(画用紙)
  • スティック糊
  • はさみ等

◎導入の工夫

T:(25の□で何できる?「ごばんの目シート」で、と板書し)
T:これが「ごばんの目シート」だよ!
T:どんなことになるかじっくり見てね!(教師の前に児童を集める)
(シートを切る、折る、貼るなどして簡単な参考作品をつくって見せ、活動イメージを抱かせる)
T:先生は何をつくったと思う?
C:カブト虫! 反対から見ると、トカゲかな? 立てて見ると、お相撲さん!
C:なるほど見える、見える。
T:(子どもの見たてを板書し)見方を変えると、いろんなものに見えてくるね!
どんなものができそうかためしてみよう!(板書)
T:さて、先生はどんなことをして「ごばんの目シート」を「変身」させたかな?
C:はさみで切った。手で折った。糊で貼り合わせた。それから丸めた!
T:そうだったね。よく見ていたね。(子どもの発言を板書しながら価値付ける)
T:それから「切り離さないこと」「線を生かすこと」を『やくそく』にするよ。

※試行錯誤する中でやりたいこと、つくりたいものが明らかになってきた頃合いをとらえ、相互鑑賞の機会を設けたり、必要な材料や用具を与えたり、新たな条件などを加えたりして、活動を発展させる。

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学び!と美術vol039_02 学び!と美術vol039_03

(E先生の実践から)