名人の域

今月のPHOTO:まだ青いリンゴです。「リンゴの成っているところ」は台湾の小学生が見てみたいモノのひとつだそうです。(福島市松川町)

今月のPHOTO:まだ青いリンゴです。「リンゴの成っているところ」は台湾の小学生が見てみたいモノのひとつだそうです。(福島市松川町)

 前回、マンガのことを書きましたが、釣り好きの部類に入る私は、「釣りバカ日誌」※1も、もちろん読破しています。そして、登場人物の一人、スーさんの釣りの師匠であるハマちゃん以上に釣り名人の師匠が私にはいます。
 いろいろなことにおいて名人と言われる人がいますが、その人たちは、なぜ名人なのかを説明できない場合が多いのではないでしょうか。名人とは、単に技術的なことだけを言うのではないようです。名人の多くは、そのことにかけた時間が他の人より圧倒的に多いことだけは確かなようです。私も海釣りに関しての名人になろうと努力はしてみるものの、いまだその名人域に達することはできないでいます。私にはない「何か」が、その名人にはあるのです。
 長い間、私の釣り師匠であるNさんとは、マダイやシマアジねらいの釣行をよくご一緒しました。その際は、竿や仕掛け、エサのオキアミなど、ほとんど同じ条件で海に向かい、海底までの深さを測りながら仕掛けをおろします。偶然に私の方が先に釣り上げることはあっても、4~5時間楽しんだ後の釣果は、必ずと言っていいほど師匠に軍配が挙がるのです。
 悔しさの感情は通り過ぎ、名人芸を羨望のような気持ちで学ぼうとはするのですが、いまだ果たせずにいるのです。
 Nさんの名人たるゆえんを分析したこともあります。ただ、私に考えられる範囲の具体的なチェック項目は、すでにクリアーしていることが多いのです。おそらくチェックされない部分に名人の到達した特異性があるように思われるのです。
 Nさんは、釣り場に着くと誰もがするように仕掛け作りをします。その時に、まず海の色と潮の流れを見ています。そして、第一投を引き上げると、エサの状況を見ながら手にしたオモリから水温を確認しているようです。しばらくして、魚から何の反応もない時には、「食い気を誘う」と言って、小さくすりつぶしたオキアミをネットに入れて、海底付近でばらまくように誘いエサを施したりします。そんな時は、竿を出すのを彼は急ぎません。私の釣る様子を見ながら「そろそろ食いたがってきたかな?」と言いながら、おもむろに釣りを再開するのです。そのタイミングがドンピシャと当たり、魚が釣れ出す体験を何度かしました。
 名人を見ていると、釣りとは、魚が釣れるかどうかの運だめしではなく、魚がエサを食べたくなるように、こちらからアプローチすることなのだということを強く感じます。それには、攻略するためのフィールドの様子と、対象魚のその時々の状況を洞察する必要があるようなのです。釣れなければ、あるいは魚に食欲がなければ、エサに関心を向けさせ食い気を誘う働きかけが、こちらに求められるのです。
 たいていは名人の知恵が勝利し、酔わされた魚がクーラーボックスに収まることになるのです。時には、どんな手管も功を奏せずダメな日があります。そんな日の引き際も、名人は実にみごとです。「今日はダメだ。こんな日が時々あるんだよねぇ。」と言いながら、半時ほどで引き上げるときもあるのです。
 魚は堤防の人影に怯えて逃げ、水中深く潜ることはよく観察されます。釣り逃がして口を痛めてしまった魚は、しばらくはエサを食べようとしないでしょう。鳥に襲われたり、釣り針の痛い目を経験したりした魚には学習能力があると思われますが、
「水中を漂うハリスの先の釣り針とエサに対し、人間が自分を釣ろうとして仕掛けたワナである」という認識は魚にあるものでしょうか。
 魚の寿命を考えると、それらを充分に学習するには時間が足りないかもしれません。また、経験として、そのような場に遭遇する機会は、魚全体からみて少ないと思われます。常に、食うか食われるかの世界で生きる魚の習性が、そう思わせる行動として、私たちに頭脳的な生き物であると感じさせているだけなのかもしれません。名人域には達していない私も、釣行の折にはハリスの太さや鮮度のいいエサなど、できる限りの工夫を凝らして魚に挑戦しようと出かけます。そして、釣ることが難しいとされる魚の攻略にのめり込むほどに、「一生幸福でいたいなら、 釣りを覚えなさい。」という境地が、すこし理解できるようになったと感じています。

※1 著・作:やまさき十三、画:北見けんいち、1979~『ビッグコミックオリジナル』連載 発行:小学館

導入事例Case25

小学校5年「自然の色ってどんな色?」(開発単元)
*混色により色の広がりを実感させ、自分の思いを表現することに自信をもたせるための題材です。

◎主な材料

  • 木の葉
  • 画用紙
  • 水彩絵の具
  • ワークシート

◎導入の工夫

 三原色(赤・青・黄)だけを用いて、ほぼ単色の木の葉の色を作ります。画用紙は混色した色をのせるパレットとしても使います。その色をもとに複雑な色の木の葉を描きます。

T:みんなが集めてきた葉っぱの色は何色かな。
C:緑色!あと黄色も少し混じってるよ。
T:(赤と黄と青の絵の具を見せ)今日はこの絵の具だけを使って葉っぱを描いてみよう。
C:ええ!無理だよ!
C:知ってる!混ぜればいいんだよ。
T:じゃ、ちょっと見ててね。
黄色い水を入れたペットボトルのふたの内側に青の絵の具を塗っておき、ふたの内側が見えないように提示し、黄色の色を確認させてからペットボトルをよく振る。水がどんどん緑色になるのを見せる。
C:すごい!なんで?
C:他の色が入ってたんだよ。何色かなあ。
T:実はこの青の絵の具が入っていたんだよ。これなら葉っぱの色も作れそうかな?
C:やってみる。

◎児童の変容

 思ったように色や形がつくり出せないため、絵の具で絵を描くことを苦手としていたD男が色の作り方や塗り方を知り、「楽しく描ける」満足感を得たようです。

C子の作品

C子の作品

D男の4月の作品

D男の4月の作品

学び!と美術vol038_08

D男のこの題材を通しての作品

(S先生の実践から)

導入事例Case26

小学校2年『「わくわく」をつなげて…おもしろテープ』(4時間)

図画工作1・2下 裏表紙「みんな なかよし」(日本文教出版)
*本題材は、「つながり」を発想のきっかけとして絵で表し、それをつなげた「おもしろテープ」づくりに取り組む題材です。また、描いた絵を「つながり」をもとに子ども一人一人が自分の表現活動の足跡をたどることができます。さらに鑑賞の際、自他の作品を、どんな「つながり」なのか、楽しんで見ることができるため、鑑賞活動における基本的な姿勢を身に付けるために適した題材です。

◎主な材料

  • 画用紙
  • 紙テープ
  • カラーペン
  • クレヨン
  • 軟質色鉛筆
  • はさみ など

◎導入の工夫

T:(おもむろに「こぶた」の絵を黒板に掲示する。)
C:子ぶただ!かわいい、先生がかいたの?
T:次はどんな絵かな?
C:お母さんの「ぶた」だよ!きっと。
T:(子どもたちの予想を聞きながらゆっくりとつぎの「たぬき」の絵を掲示する)C:ええっ、でもかわいい。「たぬき」だね。
T:じゃあ、次はどんな絵を出すと思う?
C:(……しばらく考えて)きつねだよ。
C:きっと!そうだ!分かった(多くの声が)
T:なぜ、そう考えたの?
C:だって、「こぶた」「たぬき」「きつね」だから。
T:なるほど!ではどうでしょう?(ゆっくりと、「きつね」の絵を掲示する。)
C:やったあ、あたったあ!(一斉に拍手や歓声が上がる)
T:次は…もう分かったようだね(くやしそうな表情で)
C:「ねこ」!こぶた、たぬき、きつね、ね~こ♪(みんなで合唱)
T:はいその通り、「ねこ」でした。でこれは何の『つながり』なのかな?
C:「しりとり」になっている。
T:では次は何のつながりの絵でしょう?(「さくらんぼ」の絵を掲示する…)

…以上「これは何の『つながり』なのかな?」と問いかけながら、「しりとり」「色」「すきなもの」というように参考資料(絵)を順に提示し、発想を広げる楽しみを味わわせる。その後、「つながり」をキーワードに絵を描かせる。 

T:めあてを子どもの「つぶやき」に合わせて板書する。 

つながる「わくわく」を絵にかこう!
※ある程度、発想を広げる活動が軌道に乗ってきた所で「もっとステキなものにするには…」と問いかけ、教師が実際に「おもしろテープ」をつくる姿を演示したり、扇風機で風を送ったりする。これにより、子ども達が絵を描いた後の活動を見通したり、発想をさらに広げたりできるようにする。

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(E先生の実践から)


マンガ力

学び!と美術37_01

今月のPHOTO:キリストには鬚があった。訪れるたびに新たな感動があります。
「ピエタ」(ミケランジェロ、サンピエトロ寺院)

 大学で美術科を専攻したり、美術の教員になられたりした方々が「美術」を選択した理由は何だったのでしょう。図工の時間に描いた絵が入選したり、中学校で美術部に入部したり、美術を生涯の連れ合いとする素地が幼い頃からすでにあったのかもしれません。
 美術を得意にしていた高校生が必ずしも美術を志したとは限りませんが、一般的な高校においては、美術の道を選ぶ高校生は、おおよそ1%に過ぎないのではないかと考えています。
 私が高校卒業時に美大進学を考えたきっかけや、美術への道を志した原点は何だったのかを改めて考える時があります。私の場合は、育った家に美術環境と言えるものはほとんどありませんでした。父や兄が、私より絵が上手だったことも少なからず影響したのかもしれませんが、家族から大切にもされず大掃除のときに時々目にした「鯵」の絵が唯一美術環境だったのかなと思う程度です。
 そんな自らの美術ルーツを探ってみると、真っ先に、山川惣治の『少年ケニヤ』(発行:角川文庫)がその原点として浮かび上がります。

 『少年ケニヤ』は1951年から5年間、当時の『産業経済新聞』(現:産経新聞)に連載されていました。
 小学校入学間もない私の就寝時に祖父が読んでくれた『少年ケニヤ』は、連載を編集して出版したものでした。絵と文章が交互にレイアウトされ、絵には吹き出しもなかったと思います。冒険心やアフリカへの憧れを抱きながら、ダーナ(大蛇)やライオンの絵に強く引きつけられたのを記憶しています。TVゲームもない時代ですから、遊ぶ友だちがいない日には、お気に入りのシーンを模写することが楽しみの一つでした。
 その頃から、私や私たち世代が、マンガ文化から大きく影響を受けてきとことは否定できません。電車の中でマンガを読みふける若いサラリーマンが話題となったことがありましたが、私たちも『鉄人28号』※1や『鉄腕アトム』※2に夢中になり、高校の頃は『カムイ伝』※3に心酔した世代でした。人前でマンガを見ることが少なかったとは言え、マンガ文化とともに育ち、学んだ紛れもない世代です。
 マンガは子どものものというイメージは、私たちの頃から薄らいでいたように思います。
 大学生になっても、仲間とともに「週刊少年マガジン」(発行:講談社)や「週刊少年サンデー」(発行:小学館)を毎週心待ちにし、回し読みをしました。『あしたのジョー』※4の矢吹丈と力石徹の死闘は、当時の大学生にとっても最大の関心事でした。
 就職後、しばらくはマンガを手にする時間がないと思われたのもつかの間、生徒たちから『DRAGON BALL』※5と『ろくでなしBLUES』※6を教えられ、生徒との話題になっただけでなく、美術や道徳の時間の教材として取り上げたりしたものでした。『DRAGON BALL』に登場するクリリンや魔神ブーは生徒の心理を照らす存在でしたし、『ろくでなしBLUES』の前田太尊が時折見せる男の優しさは、私の説教より生徒には説得力があったようです。いずれも作者から当時の子どもたちへのメッセージとしてのマンガ力を感じたりしました。
 その後、多忙な日々の中、久しくマンガ文化から遠ざかっていましたが、21世紀を迎えて、長いマンガとの付き合いからヒットの予感を感じたのが『20世紀少年』※7でした。主人公ケンジ達は、私より10歳下の世代ですが、『20世紀少年』を授業などで取り上げた先生はいたのでしょうか。

 教科書に「漫画」が題材としての確かな地位を得たのは、平成14~17年度用中学校教科書「美術2・3上」(発行:日本文教出版)からだと思います。「漫画」と「マンガ」には微妙な差異はありますが、参考作品として取り上げられている「漫画」の中で「マンガ」も強い存在感を示しています。

 美術への入り口は多様であり、「美」をめざす道程はその時代を照らしながら多方に広がり続けています。
若い世代を見てもそのエネルギーはますます拡大していくことを暗示しています。子どもから大人、そして高齢者まで、また、民族や言語文化を超えて共生する人々の心をつなぐ役割を果たしながら、表現力と伝達力をもった造形表現として、マンガ文化は拡大を続けるのでしょう。
 そして現在も、私がそうであったように、マンガをきっかけに多くの子どもたちを「美術の道」へ誘い続けていることは確かです。

学び!と美術37_04

平成14~17年度用中学校教科書「美術2・3上」P.5~7

学び!と美術vol037_05
平成14~17年度用中学校教科書「美術2・3上」

導入事例Case24

中学校1年『美術科ガイダンス』(1時間)
 *年度はじめの授業で、挨拶や自己紹介の後に行う美術科ガイダンスの題材です。

◎主な材料

  • 教科書
  • 美術資料
  • オリエンテーション資料プリント
  • 参考作品5点

◎導入の工夫

T:(「幸せ」と板書して)「幸せ」について考えたことがありますか?
T:どんなときに「幸せ」を感じますか。
C:おなかが空いている時の一杯のラーメン。
C:練習を続けてきた競技の大会でいい成績がでたとき。
T:「幸せ」が「ある」というのは、ピンとこないかもしれません。
「幸せ」は物質や物体として存在するものではなく「感じる」ものだからです。
「美」もこれと似ています。それは「脳」の中の働きですから、強いていえば、「幸せ」や「美」は「脳」の中にあるということになります。
C:「うれしいな~」も、「すてきだな~」も、「きれいだな~」も同じ?
T:「作家が心と技術を込めて作った美術品」は美術館などにありますが、「美(美しいな~と感じる働き)」は、人の脳の中で、美しいと感じたときにだけ存在する、大切な働きです。
T:その時に必要になるのが、「感性」と呼ばれる「感じる心」と、「不愉快なものよりも、よりよいものや美しいものに目を向けようとする態度」です。
美術科は、描いたり作ったりする作業を基本として様々な能力の向上も目指しますが、もう一方では、「よいものを見て感じ、幸せを感じて生きていく態度」の訓練になって欲しいと思っています。
T:私たちの脳は、これらの作品から、多様な感性を感じることができます。
では配られたプリントを見て下さい。

学び!と美術37_03 学び!と美術37_02

(T先生の実践から)

※1 著:横山光輝 連載:月刊誌「少年」1956~1966年 発行:光文社
※2 著:手塚治虫 連載:月刊誌「少年」1952~1968年 発行:光文社
※3 著:白土三平 連載:月刊誌「月刊漫画ガロ」1964~1971年 発行:青林堂
※4 著:ちばてつや 連載:「週刊少年マガジン」1968~1973年 発行:講談社
※5 著:鳥山 明 連載:「週刊少年ジャンプ」1984~1995年 発行:集英社
※6 著:森田まさのり 連載:「週刊少年ジャンプ」 1988~1997年 発行:集英社
※7 著:浦沢直樹 連載:「ビッグコミックスピリッツ」1999~2006年 発行:小学館


春休みと教師、今むかし

表示が色で表されていると瞬時に判断ができます。(東北道と磐越道の快適なインターチェンジ)

表示が色で表されていると瞬時に判断ができます。
(東北自動車道と磐越自動車道の快適なインターチェンジ)

 縦に長い日本列島では、桜の開花を待つこの季節は、地域それぞれに風物詩があることでしょう。それが春休みにあたる地域が多いのではないでしょうか。この時期は、小中学校の先生方にとって年度末の事務処理等で、もっとも多忙期と思われます。職場を移る先生にとってはなおさらでしょう。内示から着任の挨拶が済むまでの間は、二度と転任したくないと思うほど忙しさを極めるようです。
 学校の先生たちから春休みがなくなって、どれくらいになるでしょう。若い先生方は「そんなのがあったのですか?」と驚くかもしれません。
私が中学校教師として初任だった頃の昭和50年代には、児童生徒と同様に春休みがしっかりとあったのです。部活動や事務処理で忙しくしている先生もいましたが、多くの先生は職務専念義務の免除を使うか研修期間でした。その頃は土曜が出勤日でしたが、夏や冬のように、春にも短い休みがあったのです。
 長期休みをウキウキした気分で待つのは、子どもも大人も同じだったのではないでしょうか。長期休暇だからこそできる充実した時間の過ごし方がありました。海外の美術館巡りをする人、夏山登山を企画する人、そして春秋の公募展に向けてキャンバスを張る人、また数年かけて50ccバイクで日本縦断に挑戦したり、東海道を徒歩で挑戦したりする人もいました。休み明けにその体験談を聞くのを楽しみにしているのは子どもたちでしたが、教師たちも互いの土産話に興味津々でした。

 ところが、そんな楽しい教師たちとは逆に、春休みが特に忙しくなる先生がいました。
 教務係の先生方です。生徒数と先生方の配置が確定すると、格子状に仕切られた黒板のような大きな板が倉庫から出番となります。時間割を組む板です。横軸が先生方の名前、縦軸が曜日ごとの校時で区切られていました。それにクラス名が書かれた1cm角程の木製のコマを並べて時間割組みが始まるのです。コマの移動は千枚通しを突き立てて行いました。クラス数の多い学校では、9割方コマが入ったあたりから調整が難しくなります。長考の末、千枚通しを突き立てる教務主任の横顔は、棋士かハスラーのようにカッコ良く見えたものでした。その頃の教務主任の心意気は、新年度計画と雑務をすべて教務が請け負い、極力、先生方に研修の機会を与えたいという一点でした。春休み明けに出勤した職員室の机上には、教務が準備したプリント資料がズッシリと積まれていました。それに沿って新年度第一回の職員会議が開かれるのです。
 その教務が忙しい間に、それを免れた先生や出勤していない先生は何をしていたのでしょう。一年間の疲労回復に当てた人もいたでしょう。教科専門を深めたり教材研究をしたり、あるいは校庭の花壇整備や校舎のペンキ・ワックス塗りをしていた先生もいました。
 いずれにせよ、リフレッシュした姿で新しい年度の教壇に先生が立つことを教務主任は期待していたように思います。授業で使う教科書は、教科によっては内容が大きく変わることがないわけですから、教科内容を教授するだけなら大学を出たばかりの新米教師にもある程度は勤まりますが、内容がわかりやすく楽しい授業を展開したり、工夫された教材や導入を準備したり、子どもたちが憧れる先生であり続けるには、大学卒業以来、放電ばかりしてきた先生に、それを期待することはできないでしょう。専門以外の情報にも興味をもち、全人的に豊かに成長する生涯学習者としての姿があってこそ、子どもたちにとって魅力ある先生でいられるのだと思います。底の浅い知識や経験だけでは、子どもたちの眼を輝き続けさせることはできないでしょう。体験や経験不足の課題は子どもにも大人にも共通することではないでしょうか。自然体験や社会体験は子どもの頃だけで済むものではありません。造形遊びは小学生にだけ必要なことでしょうか。大人自身がよく遊び、よく学んできたかを問い直してみる必要がありそうです。

 長期休暇がなくなっている教師たちは、いつ充電の機会があるのでしょう。教壇に立つということは、有能に事務処理を行うこととは別のところで、人間性の蓄えとゆとりが必要なのではないでしょうか。まずは学び上手、遊び上手を目指すことが必要なのかもしれません。
 遊び上手とは、寸暇を生かす技を身につけることと、遊び仲間がいるということだと私は学びました。

導入事例 Case23

小学校4年『お花のプレゼント』(3時間)
 * お母さんや祖母(または6年生)にプレゼントする牛乳パックの花かごをつくる題材です。相手のことを思いやりながら、贈る気持ちを味わってくれればと考え題材設定しました。

◎主な材料

  • 牛乳パック
  • 割り箸
  • モール
  • 数種類の布
  • セロハンテープ
  • 接着剤

◎ 導入の工夫

T:(牛乳パックでつくった花かごを示しながら)これ、何でつくったかわかる?
C:牛乳パック!
T:そうだね。これにお花を入れると…?(数本の花を入れて見せる。)
C:わ~!きれい。それつくるの?
T:そう。みんなでつくってみよう。こんな花かごがあったら素敵でしょ!誰にプレゼントしたい?
C:お母さん。先生にもあげたい。誰にもあげないで自慢する。
T:先生は、おばあちゃんにあげようかな?もう、78歳になるんだよ。みんなのおばあちゃんは?
T:そうか、おばあちゃんが静岡だったり、東京だったりするか。
プレゼントする人のことを思いながら、花かごのつくり方を考えてね。

学び!と美術vol036_07学び!と美術vol036_07 学び!と美術vol036_02 学び!と美術vol036_03 学び!と美術vol036_04

(S先生の実践から)


ユニバーサルデザイン(universal design)

「嫌ってゐられる間だけは嫌ってゐるがいい、嫌はれてゐる間だけは嫌はれてゐるから。と太陽は霜に向かって言ってゐる。」(『美乃本體』岸田劉生著 河出書房1941)

「嫌ってゐられる間だけは嫌ってゐるがいい、嫌はれてゐる間だけは嫌はれてゐるから。と太陽は霜に向かって言ってゐる。」文引用(『美乃本體』著:岸田劉生 発行:河出書房 1941年)

 ロナルド・メイス(Ronald,L,Mace1941-1998)がバリアフリー概念の発展形として1985年に「できるだけ多くの人が利用可能な製品・建物・空間をデザインにする」というユニバーサルデザインの考えを提唱してからすでに四半世紀を経ました。ユニバーサルデザインは公用語としての地位を固めつつ、この概念はデザイン認識を新たにしました。今では、エコ(eco design)、バリアフリー(barrier-free design)などを包含しながら、ものづくりの基本コンセプトとなっています。

学び!と美術vol35_02

昭和31年度版教科書「中学図画工作2」

学び!と美術vol35_03

昭和31年度版教科書「中学図画工作3」

 デザインの訳語として「意匠」という認識は明治以来ありましたが、美術教育の領域としてデザインが導入されたのは昭和33年のことですから、デザインが日本語として市民権を得た歴史は、そんなに古いものではないのかもしれません。デザインが領域として扱われるようになった頃の教科書では、デザインは装飾や商工業デザインとして主に認識されていたと思われますが、ユニバーサルデザインにつながる役割や機能についての説明もすでに見られます。
 その後、社会や生活のグローバル化とともに、デザインそのものの考え方が美術から巣立ち、多方面で用いられるようになると、実家であったはずの美術を牽引するかのようにエコからサステイナブルデザイン(sustainable design)にまでデザイン認識が広がり、深まっていったように思われます。
 ところが、改めて日本の伝統的な造形を振り返ると、これらの優れたデザイン認識がすでに活用されていたことに気づきます。
 畳(じょう)や間(けん)で表される方形区画や障子に代表される通気・採光に優れる日本家屋などのデザイン性について、どこかで学んだことがあるでしょう。身近にある食器・茶碗の高台や風呂敷、行李など、現代にも通じるデザインの知恵が凝縮され伝統として遺されてきました。それらは、住む人の体躯や温度・湿度などの気候風土を考慮したデザインです。私たちがものを使ってみて、これは優れていると感じたり、生活してみて、この空間はよく考えられていて住みやすいと感じたりするものすべてが「使う人の使い勝手を考えたデザイン」、つまり、ユニバーサルデザインにつながるものなのです。正倉院などの校倉造りにその結晶があるというより、私たちの日常の生活にこそ、私たち自身が良いものを認め遺してきた伝承のデザインがあったのです。時代とともに、エコやバリアフリーの考え方が生じ、ユニバーサルデザインという認識が生まれたと考えられます。
 近代の急速な科学技術の発展と人口増などから、直接に人々の快適さを求める以上に、地球規模で安定した環境保全の必要に迫られ、地球上に存在する生命が多様であることの維持と、人類が、文化や生活習慣あるいは能力的特性の違いを超えて地球をトータルデザインする必要に気づいたのです。

学び!と美術vol35_04

平成18年度版 中学校教科書「美術1 自由な心で」

学び!と美術vol35_06

平成18年度版 中学校教科書「美術2・3下 美の広がり」

学び!と美術vol35_06

平成18年度版 中学校教科書「美術2・3上 美を求めて」

 近年の中学校教科書でも、ユニバーサルデザインが取り上げられ、デザイン分野の重要な位置を占めています。現中学校「美術」の教科書では、1年「生活とデザイン」、2・3年上「だれもが快適なデザイン」、2・3年下「エコデザイン」として、21世紀を生きる子どもたちに、ユニバーサルデザインやエコデザインが必要な学びとして位置づけられています。
 デザイン教育で大切なことは、色や形、テクスチャーによる造形的な表現性を学ばせるとともに、ユニバーサルデザインなどの意味するところに気づかせることにあります。飾る・使う・伝える、そして遊ぶことを目的に作者の意図が作品に込められ、デザインを受容する側の状況をどれほど思いやったかによって、価値が創造されるという経験が大切なのです。造形的な表現には、表そうとする情報を手渡したい対象者が常にいます。その想定される対象者を推察しながら表すことに一次的な楽しさがあり、それが受容された分量に比例して二次的な表現の楽しさが生じます。

 デザインは留まることなく進化しています。ユビキタス(Ubiquitous至る所にある・遍在する)という考え方が、これからのデザインに求められようとしています。デザインの本質は、いつでも、どこでも、だれにでもその恩恵が受けられる創造の価値に行き着くのでしょう。生涯学習の中心核として美術教育の「デザイン」が機能しそうな予感があります。

導入事例 Case21

小学校2年『どうぶつさんと ぼく わたし』(4時間)
 *動物と遊んだ思い出を絵にあらわす題材です。

◎主な材料:

  • 画用紙
  • 水彩絵の具
  • パス など

◎導入の工夫:

 事前に学校の飼育小屋で飼っている動物とふれ合いました。
それだけでは動物も場所も限られていますので、絵が同じようになると思い、遊んでみたい動物や遊び、場所などをいろいろ想像させてから絵に表す活動に入りました。

T:学校にいる動物以外で遊んでみたい動物、いる?
C:いる!
ペンギン! リス! ネズミ! ヘビ! ライオン! コブラ! イルカ! モグラ! サル!…(30種類ぐらいの動物が出ました)
T:では、その動物と何をして遊びたい?
C:なわとび! 釣り! (モグラと)穴掘り競争! たたかいごっこ! バナナとり!(イルカと)水泳大会! (ゴマアザラシと)空を飛ぶ! ダンス!…(自分の思い思いの遊びを、どんどん話してくれました)
T:その遊びはどこでするの?
C:森の中! サバンナ! 海! 夜の森! ジャングル! 土の中! 木の上!…(おもしろい場所もたくさん出ました)
T:では、それを大きな紙にかいてみよう。
C:やったー!

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(M先生の実践から)

導入事例 Case22

小学校2年『くいしんぼうのなかまたち』(4時間)
 *食品パックなどの透明容器を動物などに見立て、材料の形の組み合わせや質感を生かし、作品の透過光なども楽しめるつくりたいものをつくる題材です。

◎主な材料:

  • 透明容器
  • 色紙
  • ビーズ
  • 色セロハン
  • アルミホイル
  • おはじきなどの身辺材
  • はさみ
  • セロハンテープ
  • ホチキス
  • 接着剤

◎導入の工夫:

 透明容器をお腹の空いた動物に見立て、お腹に身辺材を入れたお腹いっぱいの動物をイメージさせます。多様な容器を示して、その形から動物を発想しやすくしました。生き物の性格や性別、特徴なども想像させ作品イメージが膨らむようにしました。

T:いろんな形の容器から、どんな生き物が想像できるかな? その生き物さんのお腹は空っぽだから、みんなの持ってきたキラキラ材料を食べさせてみよう。おいしそうなものを食べさせてあげてね。
C:かたつむりに見える!目はどうやってくっつけようかな。
T:プリンの入れ物、何かに見えてこないかな。ひっくり返してみるとどうかな。
C:お腹にセロハンとビーズを入れよう。
T:材料は中に入れてもいいし、外側にはりつけてもいいよ。
C:モールをつけてクモの足にしよう。
T:このワニさんはどこに住んでるの? お友達なのかな?
C:うん!ひもをつけて散歩できるようにしたいな。

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(F先生の実践から)


暗い時代だからこそ

雪の中を飛び回るコウモリ発見!冬眠妨害者は、実は私かな?(福島県東山温泉)

雪の中を飛び回るコウモリ発見!冬眠妨害者は、実は私かな?(福島県東山温泉)

 一向に世の中が明るくならないから、こんなことを考えるのかもしれません。人間は、成すことや考えることが混沌としていて、好みが多様で、行動が不可解、そして何事も自己中で、判断が感情的、おまけにバカだと。

 もしも、混沌でなければ世の中が澄み渡り、過去のことが理解できて未来の予測がつきやすく、それに対応した生き方ができるのに…。もしも、好みや嗜好が多様でなければ、デザインや機能が統一され、雑多なものや余剰生産物が減り、もっと環境がシンプルで世の中がすっきりするのに…。もしも、行動や言動が不可解でなければ、過去の失敗や過ちを後世の人々が教訓とし、整備・統制された社会・家庭が実現し、子育てにも苦労がなくうまくいくのに…。もしも、誰もが自己中でなければ、世の中が協調性ある格差のない社会集団となり、差別や飢えに苦しむ人々が減るのに…。もしも、人間が冷静で感情的でなければ、攻撃性が薄れ、常に納得のいく話し合いができ、争いもなくなって競争原理の生き方をしなくなるのに…。もしも、バカでなければ、人類総生産の膨大なエネルギーを軍事費に充てたりせず、個人の存在や世の中とは何であるかに気づき、もっと若い頃から学ぶ意味や生き方の正しさを悟っていたのに…。
 でも、混沌でないということは、整然とした秩序社会で誰もがコンピュータのようになり、二進法の計算式で表せそうな考えや行動をとり、多くの正しさが方程式のようにセオリーでまとめられてしまうかもしれません。多様でない60億人の住む地球ということは、美しさや配色や味や音までもが統一され、いろいろなアイデアが供給されたとしても誰もが同じものを好み、商戦が成立せず、個性的な作品や飽くことのないスポーツに出会えないばかりか、発明や発見の喜びを味わうことがなくなるかもしれないのです。人々が不可解でないということは、恋のささやきにも、誕生日のプレゼントにも悩む楽しさがなくなり、芸術の価値が消失し、生きる意欲が低迷するかもしれません。

 人は自己中であるからこそ、自分だけが得をしようと多くのエネルギーを発散させながら、人間の多様さを許し、やがて、自分のためより愛する家族のためにと思う心が、より活力を生み、ついには、人々や地球のために費やすエネルギーが崇高であることに気付くのかもしれません。
 人は、感情的だからこそ、人々に個性があり、自らの感覚や感情に適う人との出会いを楽しみ、意気投合した連帯感にも価値が生じるのでしょう。そして、人生に光と陰の部分が生じ、その振幅の度合いに比例して、生きた実感を得るのだと思います。
人はバカだから、丁寧に育てられなければならないし、学ぶ大切さを知る必要があります。そして、努力の成果を期待しすぎてはいけない反面、バカな人ほど愛すべき存在であって、友とするによき人なのです。バカであるからこそ、苦悩という人生の彩りを道標のように過去に残し続けることができるのでしょう。

 美術教育とは、そのような人間讃歌のような営みであるのかもしれません。
美を求めようとする意思をもった人間は、やはり偉大です。そして、造形的な表現をいつの時代も試みようとする愛すべき存在なのです。

導入事例 Case19

小学校3年『夢の国の王様からの手紙、パレードに参加しよう!』(4時間)
 図画工作3・4年(上)題材「タイヤをつけて出発進行!」をアレンジしました。
 *箱やペットボトルに竹串とストローの車軸をつけ、キャップや段ボールなどをタイヤ(4輪)にした「乗り物」をつくる題材です。

◎主な材料:

  • 紙箱
  • ペットボトル
  • ストロー
  • 竹串
  • 段ボール
  • 木工用接着剤 など

◎導入の工夫

 前時に、「夢の国ドリームランドの王様からの手紙」を紹介し、次時に行う題材の予告を導入として行いました。手紙には、題材でねらう教師の願いが「パレードの参加条件」として盛り込まれています。どんなパレード車で参加したいか「参加プラン」を考えて、家から材料を集めてくることも指示しました。
 華やかなパレードのイメージは、子どもの知的好奇心を刺激し、発想が広がると考えました。発想が単純な車にとどまるのではなく、子どもらしい思いと感性を働かせて、造形活動に取り組む姿を期待しました。
 また、「どんな車だとみんなが喜んだり驚いたりしてくれるかな?」とか「どんな色にすると目をひくかな?」などと、より具体的に教師がかかわり、子どもたちの想像がふくらむ支援を行いました。

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(Y先生の実践から)

導入事例Case20

小学校5・6年<複式>
『表そう、そのしゅん間!』~針金を使って~(2時間)

 *高学年になると表現方法に広がりが見られます。「針金」の造形的な可能性に気づかせながら、表現の幅を更に広げるさせるための材料体験的な題材です。

◎主な材料・用具:

  • アルミ針金(細・中・太・極太<極太は、園芸品コーナーにて発見>)
  • スチール針金
  • カラー針金
  • ペンチ
  • ラジオペンチ(スタンダードタイプ、先細タイプ、先曲がりタイプ)
  • 金槌
  • 金床(金敷ともいう)

◎導入の工夫

 児童用机を向き合わせにし、友だちの発見や活動の工夫を間近で見ることができる距離関係にしました。友だちの活動の中から、自分では気づかない表現の広がりを見つけ出すことがねらいです。

  • 最初に児童を集め、準備しておいた多様な太さ・種類の針金を宝箱を開けるように見せました。ちょっと勿体ぶると、材料を詳しく観察する意欲が高まる学級の実態からこのようにしました。
  • 安全面に留意しながら、思う存分材料に触れ、特徴に気づく活動を充実させるための「材料の扱い方のルール」:

    1. 切る時・運ぶ時は、まわりの人に気をつけて
    2. 端っこは丸めて
    3. 道具は、安全な場所に置いて
    4. できるだけいろいろいじってみて
    5. どんな特徴があるのか感じたり・気づいたりしたことを伝えられるようにして活動前のルールを確認しておけば、表現への抵抗やつまずきを減らすことができます。
  • テーマは「表そう、そのしゅん間!」ですが、馴染みのない材料に触れる活動自体に意味づけした導入を行いました。
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(S先生の実践から)


「よく見なさい」

学び!と美術vol33_08 この一点透視図で並木道の絵を描いたのは、19歳の大学生です。写真を見ながら下の枠内にスケッチする課題に取り組んだ60人のうちの一人の作品です。
 最近の私は、コンクールや展示会などに出かけるばかりで、このような絵を描く子どもについて考えることを忘れていたと反省させられました。すでに各学校で選抜されてきた展覧会の作品を見るだけでは、絵に表れる「いまどきの子ども」の傾向がわかっていないと気づいたのです。
 この作品は、いわゆる展開図と呼ばれる小学校低学年の児童に見られる傾向を示しています。美術を専攻した訳ではないので、本人は絵が苦手と考えているだけでしょう。図画工作や美術の時間が少くなっているために、このような絵を描く子どもが増えているのでしょうか。
 絵を描いたり、彫刻をしたりしなくても、子どもたちは環境や情況を見ながら育ちます。そしてなぜか、絵を描かせるときに教師が決まって言うのです。「よく見なさい」と。それは単に眺めているだけでなく、注視して観察しなさいという意味であったはずです。幼児期に、水平に置かれた画用紙であるにもかかわらず、描きながら画面の上下と実際の空間との関係を認識し、画面が立ち上がる瞬間を経験します。また、子どもたちの想像力はレントゲン画を描き出します。やがて、ものの重なりや奥行きを意識し始めると、画用紙を窓に見立てたような空間を描き始めます。そのとき彼らは、空間や情況の認識を深めた瞬間だと考えられます。「よく見なさい」がもっとも必要とされる成長の頃合いです。

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静かなバチカンの朝、そして1時間後。年間400万人の入館者です。(バチカン美術館入口まで300mほどのところで)

 公開授業などで配布される指導案に「題材設定の理由」とともに「児童観/生徒観」が示されるようになりました。子どもの情況をふまえて授業を行う教師にとっては当たり前のことなのですが、何を「児童観/生徒観」とするかの観点が、指導案によって違っているように思うのです。
 小学校学習指導要領「図画工作」・中学校学習指導要領「美術」では、「身近な」が多く用いられています。また、「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」においては、「児童や学校の実態に応じて」や「生徒の学習経験や能力,発達特性等の実態を踏まえ,」という記述があります。子どもにとっての身近なもの、受けもっている児童生徒の実態とは何かを考えてみる必要がありそうです。
 子どもの事故や事件が頻発すると現代っ子の特徴などとして、マスコミが取り上げたりしますが、基本的には、子どもの実態をもっともよく把握しているのは教師たちです。ですから、学習指導要領や教科書の編集者は、おおよそ子ども傾向を捉えて編集はできても、教師たちに委ねる以外にない子どもの実態認識というものがあります。ですから、教師たちが学校の地域性や子どもの実態に応じて、柔軟に授業展開できるよう配慮されている部分が多いのだと思われます。
 ところが、近年は私たちが子どもを理解しようとする以上に、子どもたちの変化が大きくなっているように感じませんか。その変化を簡単に「幼児化」「体験不足」と言ってしまいがちですが、実際には多様な子どもの数だけ理解が必要であり、対処的・予防的な教材と、目の前にいる子どもたちの課題に重点化した指導が求められます。
 例えば、エコ感覚やIT感覚などの社会性において、大人たちよりも優れた順応感覚を示す子どもが、「臨機応変」や「自分で考え判断する」、「気を利かす」、「一歩先のことを考える」などの主体性が欠落していたりします。一方では、宇宙やブラックホールについて詳しい児童が、実際の夜空を見ても北極星や星座が確認できなかったりします。これらは生活習慣の中で学び、身につけるべきものですから、「気を利かしなさい。」という指導の一言で一変したりはしないものです。配慮に気づいたり、ダイナミックな自然に感動したりする体験学習を通して学ばせる時間が必要なのです。展開図を描くという裏側に、人の感情や社会的価値が察知できない認識不足が潜んでいるとしたら、豊かな人生などあり得ないかもしれないのです。
 規則に縛り「ルールを守ってさえいれば自分に責任がない。」という一見社会的過保護が規則依存の感覚を招いている可能性があります。場合によっては、規則のないところから授業に導入し、その必要に気づかせるようなカリキュラムが必要なのかもしれません。
 大人は、便利な規則を振りかざして、子どもたちに考えさせることを手抜きしてしまったために、柔軟な判断力や複雑な人間関係の認識力が育ちにくくなっているのかもしれないのです。

 現代の親たちは、我が子がどんな子に育つことを望むのでしょう。我が子と話せる時間・時期は非常に短いものです。それは学校教育で育くむことができる時期と符合します。私たちは「よく見なさい」と指導しながら、子どもの内面がもっとも表され易い図工や美術の作品から、彼らの傾向を捉える立場にあります。そして、保護者と情報交換しながら指導のチャンスを逃さないようにしなければなりません。

導入事例 Case18

中学校2年『光の表現 光の演出』(7時間)
*光の効果について、日常生活の中から情報を集め、生活空間の豊かさや潤いを演出する造形要素としての光を再考し、ランプシェードつくる題材です。

◎主な材料:

  • 和紙
  • 風船
  • 厚紙
  • 接着剤
  • セロハン 他

◎導入の工夫

 光を用いた表現は比較的生徒の興味・関心が高い傾向にあります。ただ、光の造形的な活用が難しく、表現の深まりという点において、生徒には難しさがあると感じていました。
 身近にある材料を用いた造形的に簡単な方法なら、表現活動への抵抗感がなく、より発展的な発想や積極的な工夫を促せると考えました。光の役割、価値など、人と光の関係から身近な生活を意識させ、活用から探求へ意欲が展開することを期待しました。

◎学習課題として提示したこと

  • 身近な光の美的体験を思い出そう。
  • 人類が初めて手にした光、生活の中の光、そして現代の光の価値と効果を考えよう。
  • 身近な素材を用いて、光と影の効果が美しい作品を発想しよう。
  • 風船の形状や和紙の透過性を生かした雰囲気ある演出をしよう。
  • アイデアを具体化するための素材活用や着色材料について考えよう。
  • 完成予想図について、安全・エコ・演出の効果などの視点から話し合おう。
  • 作品を相互評価し、日常生活での効果や鑑賞者(家族など)の気持ちを思いやろう。

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(A先生の実践から)


幼い頃の小さな不思議体験

晩秋のすすきヶ原、その中の一本道です。(福島県南郷村)

晩秋のすすきヶ原、その中の一本道です。(福島県南郷村)

 小学校低学年の時、不思議な感覚の体験をしました。同じクラスの女子に呼ばれ、言われるままに校庭(バックネット?)のフェンスの金網に向き合って二人が立ちました。そして、フェンスの金網を挟むように二人の両手のひらを合わせました。その両手を密着させたまま、上下左右にゆっくり移動させると、何ともいえない感触が手のひらに生じたのです。「くすぐったい!」「ねっ!面白いでしょ。」と言いながら幾度かその感触を遊びました。近年の学校のフェンスは立派になりましたから、同様にはできないかもしれません。当時の金網には細い針金が使われていたため、そんな遊びができたのだと思います。
 またある時、別の男子に呼ばれ、校庭の植え込みの近くに行きました。「そこの土を掘ってみて!」と指差した場所を見ると、不自然に枯れ葉のない箇所がありました。その部分の土をそっと払いのけると、平らなガラス板が埋められていました。黒っぽい土の間からのぞく透明なガラスの下には、色とりどりの花びらやビー玉が詰め込まれていました。学校の片隅にとても美しい宝物を発見したような気分にさせられたのです。
 この二つの出来事はその不思議な印象とともに、面白いこと、美しいことを私に伝えようとしてくれた仲間の気持ちとして、長く記憶に留まっています。

ひとりぼっちでも絵をかくのか

 造形的な表現活動の道を選んだ私たちは、もし、自分が無人島に住むことになったら、「絵をかくだろうか」と一度は考えたことがあるはずです。美術が好きで選んだ道ではあっても、自分にとって表現することの意味や、社会的な価値付けは常に私の考え続けるところでした。
 少し古くなりますが、小松左京の「日本沈没」(発行:光文社 1973年)や「復活の日」(発行:角川書店 1964年)のラストシーンの後にも、残された人々は「これから何をしていくのか」を考えさせられると同時に、ヒトは何のためにかくのか、美術にどのような価値があるのかを考えた思い出があります。そして、その結論はいつも「自分のため」に落ち着いていたように思います。
 教職に就いて、子どもたちに絵をかかせたり、作品を作らせたりするにあたり、私には新たな意味づけの必要が生じました。特に美術が好きではない子どもたちにも表現する教育的価値の保証が必要となったからです。そして、そのことを問い続けることが私のライフワークとなりました。その思考の先では、表現者の自問という意味と、表すことが自己陶冶となる価値を認めながら、結局は学習評価という現実から切り離せずにいたように思うのです。
 浮かんだイメージや美しく感じた物をヒトが絵や作品にするのは、自らへの問いかけであり、素直に表したいと発意することが最も大切なことです。そして、表されたものが他者の眼と心に留まり、自らの感覚や感性が共感されることも表現の重要な目的です。その共鳴が時や場を経て、鑑賞者の反応として表現者に返されるとき、表現者の喜びは増大され、人間関係の豊かさをもたらすと考えられます。私たちは集団の中にいてこそ表すことの意味を大きく感じるのではないでしょうか。
 小学生がすでにその楽しさを私に見せてくれていたように思うのです。
 デザインや工芸作品に求められる用と美の「用」については、デザインの受容者を思いやった作者の意図が作品に包含されているものです。一方「美」についても、絵や彫刻の「主題」と近似して、作者の美意識やコンセプトが鑑賞者に伝わることは重要な表現の目的です。つまり、絵をかく目的に、自らが創出した美しさを鑑賞者に伝えようとする意図が含まれるのは、大人も子どもも同じではないでしょうか。そしてそのような気持ちが起こることが表現意欲の持続になると考えられます。

 私たちが表現活動に導入する場面や、作品評価をするときに、そのような視点で子どもたちと向き合っているでしょうか。子どもたちは昔も今も素朴に不思議なこと、美しいことを互いに伝え合いたいという気持ちを抱き続けているはずです。

導入事例 Case17

中学校1年『スケッチの楽しみ「足」』(2時間)
* 写実的な表現に苦手意識を抱いている生徒が多いので、彼らに自分の観る力のすばらしさを実感させ、表現に自信がもてるようにするための授業です。

◎主な材料

  • 黒ボールペン
  • ワークシート

◎導入の工夫

  • 自分の足に興味を抱かせるため、「動物の足クイズ」から導入しました。動物の足と生活環境の関係や指の本数などに注目させ、人間の足を改めて見つめようとする気持ちを高めました。
  • まず、足を見ないでワークシートにスケッチさせました。生徒は自分の記憶のあいまいさに気付き、観察しながら描きたいという欲求を抱いたようです。
  • 想像しながら描くときに困ったことや不明なことを、「観察してしっかり確かめたいメモ」として文章表現させてから、観察描写を始めるよう指導しました。
学び!と美術vol32_03 「足」-2.jpg 学び!と美術vol32_04学び!と美術vol32_04

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(B先生の実践から)


脱線授業の言い訳をすると…。

「新種かな?」と思うほど強烈な色彩のアカスジカメムシでした。(郡山市)

「新種かな?」と思うほど強烈な色彩のアカスジカメムシでした。(郡山市)

 以前から、私の授業はよく脱線すると言われました。そういえば、予定した通りに授業が進まないという自覚もあります。ある授業では、計画通りの授業を心がけたつもりが、全く内容が違ってしまったというケースもありました。それらを反省しながらも、生徒や学生の興味や関心を彼らの顔色から読み取りながら、授業内容が全く異なる話題へと逸れてしまうことは、現在も日常茶飯なのです。
 ところが、大学にFD制度が導入されてから、最近は少々戸惑っています。FDとは~Faculty Development~の略なのですが、学生が授業の内容や教員を評価する制度です。実は、その評価項目の中に「授業内容はシラバス通りであったか」というのがあるのです。大学では半期15コマのシラバスを公表し、学生はその授業内容を確認しながら授業を選択履修しますから、授業内容がシラバス通りでないということは、大学側の契約違反ということになるのでしょう。
 学生が自分の研究や目的に合った授業内容だと考えて出席してみたところ、内容が全く異なっていたり、期待の内容でなかったりしたら、裏切られたことになるわけですから、その項目が設けられた意味は十分に理解できます。そのため、脱線授業を常とする私にとって、その項目が大きなハードル、授業改善課題として立ちふさがっているのです。一方では、学生の様子や理解度にかかわらず、淡々と予定通りに授業を進めることを否定する気持ちがあるため、なかなか改善が図られないというのが実情です。

生きた授業

 一昔前、デジタル機器などの導入アイテムを工夫して、効果的なプレゼンテーションを行うことが教育現場でも求められました。単に講話やノートをとらせるための板書だけでなく、視覚的に、聴覚的に教授し、内容が分かりやすく伝わるようにする教員の努力が求められたのです。
 その工夫の多くは、powerpointという便利なソフトを使って行われたのではないでしょうか。ところがそのアイテムを使いこなしていたベテランたちから、powerpointに依存しすぎるのは授業の手抜きだという声が漏れ聞こえるようになりました。充分に使いこなせているとは言えない私にも、そのことについて心当たりがありました。もし1コマ分のpowerpointができ上がってしまえば、翌年からの授業がとても楽に感じている自分に気付いていたのです。まして、すべての授業内容のデジタル化が完成したら、それは黄ばんだ大学ノートを使って、何年も同じ授業をくり返している教員以上に大変な事態が生じることに気付いたのです。
 授業にとって、指導計画やシラバスとは、あくまで予定でしかないのです。作成する段階では、受講する生徒や学生とは全く面識がありません。これまでの受講生を参考にしながら改善を重ねた授業予測にすぎないのです。ですから、チャイムからチャイムまでの間に、時間的にも内容的にも教員がイメージした計画通りに授業が完結するというのは、生徒や受講生を無視した授業になっている可能性があるのです。

 どのような教室でも、受講者の雰囲気というものは、必ず授業者に伝わります。時には、教室のドアを開けた瞬時に空気が読み取れる場合すらあります。多様な生徒や学生が集う教室内とは、生きた空間なのです。その集団にフィットしながら、授業中でさえ展開や内容を改善・精選できることが教員の技量ではないでしょうか。脱線授業とはそういうものかもしれないと感じてくれれば、私の杞憂がひとつ少なくなるのですが…。

導入事例 Case15

小学校3年『くぎうちトントン』(2時間)
*金づちの使い方を知り、木切れにたくさん釘を打った後、ひもやビーズ、モールなどの副材料を加え、好きなものを作る授業です。

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T:みんな金づちって使ったことある?
C:「ある、ある。」「危ないからって、家ではやらせてもらえないよ。」「ちょっとこわいな。」
T:「今日は、みんなでくぎうちに挑戦!初めての人は、金づちの使い方を覚えよう。使ったことがある人は、もっと上手になるようにやってみようね。」
C:「はやくやってみたい!」
T:「うん、でも怪我をしたら大変だから、最初に安全なくぎうちの仕方を教えるね。先生の机のところに集まって。」
T:「最初は、左手でくぎを持ち、右手で金づちの柄の真ん中へんを持ってトントン・・・。
目はくぎの頭を見るよ。くぎがひとりで立ったら柄の端を持ってトーントーン・・・。
ゆっくりやってみようね。やり方を忘れたら、黒板に貼ってある図や、教科書の後ろの使い方の所を見てみよう。」
T:「では、くぎをうつ木を選ぼう。後ろの机の上にある中から、これにうってみたいなという木を探して持ってきてね。」(選んで持ってくる。)
T:「みんなどうしてその木を選んだの?」
C:「くぎで、ここに足をつけたら動物になりそうだから、これにしたよ。」
C:「すべすべしていて、うちやすそうだったから。」
C:「ざらざらしているところに、丸い模様がたくさんあっておもしろい。」
T:「手触りとか模様とか木という材料の特徴に気がついた人がいるね。もう木切れが何かに見えてきた人もいるね。すごい!!みんな、工夫してこの木切れを楽しいものに変えてみよう。」
T:「いろんな種類のくぎも用意したよ。たくさんうってみてね。」

(K先生の実践から)

導入事例 Case16

小学校1年『とんねる くぐって・・・』(造形遊び4時間)
*大きめの段ボールを主材料とし、くぐったり入ったり、立てたりつないだりしながら思い付いた表現に取り組み楽しむ造形遊びの題材です。

◎導入の工夫

 体育館入口のトンネルをくぐると、その先には体がすっぽり入る段ボールがたくさん用意されている。その段ボールで「~してみたい」「~できそうだ」と自ら動き出すのを温かく見守った。

T(体育館入口を前に)これは、みんなが知っている学校近くの信夫山だよ。 
C:何かあっちまで続いているみたい。あっ、下がトンネルになってる!
T:そうだよ。よく気付いたねえ。このトンネルをくぐっていくと何があるかな?
C:町とか道路。材料かなあ。早くくぐりたい。
T:早くくぐりたいよね。ようし、みんなでくぐってみよう。
(やがて、段ボールの部屋、お城、電車、洞窟、想像の世界をつくり始めた。)

(A先生の実践から)


作品よ、時空を超えてゆけ

学び!と美術vol30_01

厳重な二重の囲い越しに多くの人々が注視する。その向こうにはルーブルのお宝「モナリザ」が。

 NASAが惑星探査を目的に打ち上げた人工衛星「パイオニア」について、記憶のある世代もずいぶん高齢になっています。1972年は私が学生だったこともあり、その世界的なニュースの印象は強烈でした。
 木星探査機パイオニア10号は、木星や海王星を探査するという役目を終えた後に太陽系を離れ、広大な宇宙の放浪衛星となるようにプログラムされていました。そして、いつかどこかで地球外生命と遭遇することを期待して、人類からのメッセージが託されていたのです。その確率は限りなくゼロに近いということなのですが、金属板に刻まれたメッセージのことや男女の絵柄が、長く私の意識の中に留まっていたことを思い出します。
 その2年前(1970年)、大阪万博(EXPO’70)でも、同様な試みが行われていました。コミュニケーションの相手は宇宙人ではなく、未来の地球人に宛てたタイムカプセルです。5000年後の開封という、これも気の遠くなるような企画ですが、狭い世界で生きていた当時の若者に、時空の広がりという認識を新たにさせる効果は絶大だったでしょう。
 最近映画化された『20世紀少年』(浦沢直樹原作 ビッグコミックスピリッツ連載1999~2006小学館)でも、前半で主人公ケンヂたちのもっぱらの関心事としてEXPO’70が扱われています。当時の子ども達にとって、大阪万博やパイオニア10号は、忘れられない事件でした。時空を超えて、自分が生きる世界から、異次元と思われる宇宙や遠い未来にメッセージを送るという出来事は、その後の考え方や生き方に多大な影響を与えたことでしょう。

 改めて、私たちが絵を描いたり、作品を遺したりすることに、それらを重ねて考えてみますと、表現とは、現時点での自己表現であると同時に、時空を超えた未来人へのあるいは、人類が滅びた後に地球を支配するかもしれない生命へのメッセージなのです。ルーブル美術館で「モナリザ」を見る人々は、「これがモナリザか!」と鑑賞しながら、500年前のレオナルド・ダ・ヴィンチからのメッセージを受け取っています。そのメッセージは、時間的にタイムカプセルの10分の一とはいえ、着実に私たちに伝わりました。彼の他の多くの作品からも、500年前の知恵や、宗教・科学の認識、そして生活様式、価値観などについて私たちは読み解こうとします。人工衛星の金属板やタイムカプセルよりも確実に、時空を超えて未来人である私たちにメッセージが届いています。そのメッセージは、現代人達が受け取ったあとも永く、ルーブルを訪れる人々に「モナリザ」はメッセージを発し続け、例え、本物が風化して果てようとも、デジタル画像などとして遺されて未来永劫人類の宝として注視され続けるのでしょう。
 その時間スケールをもう一度10分の一にして、私たちが指導する表現について考えてみると、子どもが遺す絵や作品のすべては、未来に向けたメッセージです。5歳の子どもの成長過程や、10歳の子どもの空間認識の広がり、そして思春期である中学生の複雑な心境が50年を経て、55歳・60歳・65歳の本人や共に生きた人々、あるいは、50年間に出会いのあった我が子や孫、また、50年遅れで同年齢を生きている未来人へのメッセージなのです。何を発想し知恵を働かせ、得られた材料をどのように活用したか、どれほど大切に思って保管・活用してきたかが、つぶさに看守できるでしょう。

 作品は、同じ教室で学ぶ級友や、そのときの指導者の評価対象として、決して完結するわけではないのです。ルーブルでモナリザに出会うように、5000年後にタイムカプセルを開けた人々のように、感動や興味を提供し続ける可能性を内包しているのが美術の作品なのです。そういうものを子どもたちが日々の授業で、夏休みの宿題で私たちの前に提示しているとしたら、作品のもつ意味は非常に大きいと思われます。

導入事例 Case14

小学校1年 『つなげて、つなげて』(2時間)
* 材料は、地元の製材業者さんにいただいた木片です。みんなで協力して、大量の木片をつなげたり、並べたりして造形活動の楽しさを味わわせたいと企画した題材です。

◎主な材料

  • 木片
  • その他手近で利用できるもの

◎導入の工夫

  • まず、木片の量に驚かせました。そして活動のエリアを可能なかぎり大きくして、級友と協力しながら楽しめるイメージをもたせる導入をしました。

T:教室に重そうな段ボールを運び入れる。
C:「先生、それ何?」
T:段ボールからあふれんばかりの木片を出して見せる。「今日は、これで、遊ぶぞー。」
C:「わぁい!遊ぼ!遊ぼ!」と歓声を上げる。「先生、この木、どこから持ってきたの?」
C:「あ、わかるよ!図工室にあったよ。この前、見たもん!」とすぐに反応。
T:「では、運ぶの手伝ってくれるかなぁ?」
C:両手に木片を抱え、図工室から教室に戻ろうとするが、途中の廊下にいくつか落ちる。
C:女子は、積み木のように家をつくったり、男子は、高く積んだり長く並べたりして、2~3人が集まり出す。
C:木片が足りなくなると、「ねぇ、運び係手伝ってぇ!」と分業制も自然発生していった。すぐに教室が狭くなって、机の上、床などに活動場所が拡大していく。
C:「先生、教室からはみ出してもいいかなぁ。」と、廊下に進出し始める。それに気づいた児童が「おもしろそう!」と手伝いを始め、どんどん廊下や階段に活動が広がっていった。

学び!と美術vol30_02「導入事例14」 学び!と美術vol30_03「導入事例14」 学び!と美術vol30_04「導入事例14」 学び!と美術vol30_05「導入事例14」 学び!と美術vol30_06「導入事例14」

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(O先生の実践から)


夏休みの宿題

学び!と美術Vol.29_01

 8月になると、あっという間に夏休みが終わってしまうと感じた、子どもの頃を思い出します。研修や免許の更新、部活動で多忙を極めた教師のみなさんも新学期に向けて気合いを入れ直している頃でしょう。新聞の4コマ漫画やTVアニメなどでは、夏休みの宿題に追われる子どもたちが一時の主役です。夏休み中の天気をすべて教えてくれるサービスもあると聞いたことがあります。

 夏休みの宿題のイメージは、昆虫採集と作文、そして絵という風景は今も変わっていないのでしょうか。珍しい夏休みの宿題特集をしてみるとおもしろいかもしれません。子どもたちにとって夏休みの宿題は楽しみなのか、それとも苦痛なのでしょうか。たとえ苦痛であっても、これまでの学習不足を補うためと、意志強く練習問題に取り組んだ子どももいるでしょう。「自由研究」として宿題を課す教師のみなさんは、自主的な研究心と楽しさを期待していると思われます。
 何れにせよ、夏休みのような貴重な時間に包まれる夢のような少年・青年期はすぐに覚めてしまいます。時間とエネルギーを自らの学びのために費やせる幸せを、子どもたちに話してあげて欲しいと思います。果たして、絵の宿題を楽しみと感じて取り組んだ子どもはどれほどいたのでしょう。

 図画工作・美術科は楽しいと感じる宿題をもっとも工夫しやすい教科なのかもしれません。
 絵の宿題に取り組む情況は、それぞれの家庭ではどのような様子なのでしょう。教師のみなさんも、この時期ばかりは、母として父として我が子と向き合い、忙しい両親が日頃の信頼回復をねらうチャンスであったかもしれません。一方で、教師である自分と、親である自分とについて考えさせられたかもしれません。
 職場での良い教師は、必ずしも良い家庭人とは限らない情況は、私も多々見たり感じたりしてきましたが、良い家庭人は、職場でも良い教師であったような気がします。また、そうあってほしいと願います。
この夏休みの宿題にまつわる問題で、私自身もこれまで解決できずに気になっていることがあります。
 それは、夏休みの宿題を「親が手伝っていいか」という問題です。やる気のない我が子を見て、ついつい手を出してしまい、気がついたら「親の作品」と子どもの依存心だけが残ったという場合も多いのではないでしょうか。これは、授業のときの教師が児童生徒の作品に手を入れたり加筆したりすることと共通する問題でもあります。

「やってみせ・・」

 本人以外の手が入ることを強く嫌う傾向には、自由画の思想があるようです。戦後の主流である「絵をかく意味」は自己表現です。絵には、その子らしさ、成長の様子が形として現れ、本人が現状の自分と向き合いながら成長するという期待があります。そして、見守る保護者や教師が、彼らの自己表現を通して、学ぶ子どもを支援する手段にするという教育的意味があります。確かに、大きい画用紙と格闘しながら、その子ならではの感動や思い出を表現した絵には、大人の意図的な絵などは蹴散らされてしまいそうなすばらしい作品があります。それは作者の健全な成長を示すものであったりします。
 すべての子どもたちがそうあって欲しいと願いながらも、決してそうではない多くの子どもたちにも注目する必要があります。
 「自由画」や「自由研究」を課されて不自由に感じている子どもたちを私はたくさん知っています。かいたりつくったりすることが好きな子どもたちでさえ、必ずと言っていいほど「何をかけばいいのか分からない」経験をします。そんなとき、そっと、子どもの背中を押してやるように加筆をしたり、手伝ってやったりする優れた教師や保護者が必要だと私は思います。
名言を借りれば、

「やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ・・・」(山本五十六1884~1943)

 絵をかき続けようとしない子どもがいます。自発的・自立的に学習に向かう子どもたちにも、自らの力では解決できない課題に直面するときがあります。絵に表すヒントや文章表現なども習作の中で「真似ぶ」ことをさせながら、学習意欲を高めてやる必要があると考えています。
 子どもたちの成長とは、まず、やってみせ、言って聞かせながら遂げられたことなのですから。

導入事例 Case12

小学校3年『タイヤをつけて出発進行!』(4時間)
日本文教出版教科書3・4年(上)
* 箱やペットボトルの下に、竹串とストローの車軸を貼り付け、ペットボトルキャップをタイヤ(4輪)にした「乗り物」をつくる題材です。

◎主な材料
・紙箱 ・ペットボトルとキャップ ・ストロー
・竹串 ・ダンボール ・木工用接着剤

◎導入の工夫
 教室に、木などをまくらにして緩やかな傾斜をつけた長机(脚は立てない)をセットし、参考作品をすべらせて見せる。途中の実験や完成作品のお披露目にも使います。

T:(参考作品を長机の上に停めておき)手を離すとどうなるかな?
C:走り出すよ。きっと。早くやってみて。(手を離すと)すごい。すごい。
T:みんなが自分で持ってきた箱やペットボトルでもできそう?
C:うん,できそう。(すぐにでもつくりたそうにしているが…)
T:もう一台用意してあるんだ。このタイヤはどうかな?
C:大きい。前と後ろのタイヤの大きさが違う。
T:どうやってつくったタイヤだろう。(全体にタイヤの部分を見せる)
C:どこかで見たことあるような気がするけど…。ダンボール?
T:そうだね。こんな風にしてタイヤにしたんだよ。(もう一度走らせて)耳をすませてごらん。
C:カタカタなってる。
T:スピードはペットボトルキャップのタイヤほどじゃないけど,音がするね。
T:段ボールタイヤのいいところはどんなことだろう。
C:好きな大きさにできるよ。幅の広い帯があれば太いタイヤになるかも。
(グルーガンで補強できるようにしておくと,ずっと使用に耐えるものになる。)

学び!と美術Vol.29_02

(1)猫の顔を車体の前側に細長く表現

学び!と美術Vol.29_03

(2)右手は、黒い発泡トレイのレーシングカー

学び!と美術Vol.29_04

(3)車体の紙は「風受け」,後方からうちわで扇ぐ

学び!と美術Vol.29_05

(4)タイヤの色が走るとカラフルに変わる

(I先生の実践から)

導入事例 Case13

中学校2年 『スクラッチボード』
*白黒による線描表現で動物などをリアルに描いて、美しい明暗のトーンを楽しむ題材です。

◎主な材料
・ スクラッチボード(B4) ・ニードルなど

◎導入の工夫
 作品例、明暗の基本的表現、画面へのかたちの入れ方を黒板に図示しておく。
条件は以下の3点。
(1)明るい部分、暗い部分が適度に含まれており、色みの無い表現に変えても美しいもの。
(2)なめらかに明から暗までつながる面があること。
(3)形を大きく画面に取り込み、面処理を見せやすいこと。

T:(参考作品を見せながら)最初に見る力、とても大事です。「何でひっかいたのかな~」細かい線をたくさんひいてるな~大変なのかな~」とか、「リアルに表せるんだな~」とか、よく見ると、たくさんの事が分かります。これが人間のすごいところです。
C:おお~。
T:どの作品ももともとは黒のボードです。厚めのブラスチックに黒のコーティングがしてあります。
それをニードルを使ってひっかき、傷を付けていきます。線は細い方が美しく仕上がります。下絵用紙いっぱいに下がきしてください。
C:はーい。
T:線の使い方により滑らかな面、硬質な面など質の高い画面が得られるのがこの素材の特性です。

学び!と美術Vol.29_06 学び!と美術Vol.29_07 学び!と美術Vol.29_08

(T先生の実践から)