Vol.05 村山 斉 教授
広大で美しい宇宙から美術を考える

 世の中を“美術でのつながり”を探って、あらゆる分野で活躍される人物にインタビューするコーナー。第5回は物理学者の村山斉教授です。

村山斉(むらやま・ひとし)/1964年3月21日生まれ。物理学者。素粒子理論を専門とし、ニュートリノや超対称性理論について研究している。東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構初代機構長。リニアコライダー・コラボレーション副ディレクター。カリフォルニアを拠点に、日本とアメリカを行き来しながら活動している。著書に『宇宙は何でできているか』(2010年)、『宇宙になぜ我々が存在するのか』(2013年)などがある。

 まず、宇宙に興味を持ったきっかけ、この研究に進もうと思ったきっかけは何ですか?

 宇宙に自分のルーツがあると知ったときです。私たちの体はもちろん原子でできているんですけど、そのほとんどは星から来たんですよ。ビッグバンが始まったとき、宇宙には水素とヘリウムしかなかった。しかし、大きな星の中で私たちの体を作るのに必要な炭素やカルシウムや鉄が生まれ、その星が爆発をおこして宇宙空間にばらまきました。自分が星のかけらで、元々宇宙から生まれてきたんだと気づくと、もう他人事じゃなくなるじゃないですか(笑)。そうすると、もっともっと知りたくなってくるんです。人間って不思議な生き物で、自分のルーツをすごく知りたがる生き物なんですよね。それはたぶん自分を理解したいからだと思うんですけど。だから、自分を調べるためには宇宙を知らなければならないと。

 すでに壮大なロマンを感じるお話です。村山先生は物理学がご専門でいらっしゃいますが、物理学と美術に共通するものがあるとしたら何でしょうか?

 物理の世界ではすごく抽象的なことを考えるときに視覚化という作業をします。例えば、素粒子のような目に見えないものについて考えたり、人にプレゼンテーションしたりするときにもビジュアル化という作業は役立ちます。そこが一番の接点じゃないかという気はします。ただ、美術の側から物理学との接点を考えたときには、天文写真の美しさを味わったりする感覚が近いのかもしれませんね。

 たしかに、1階のロビー(東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構)には、すばる望遠鏡で写した銀河の大きな写真がありましたが、とても美しいですよね。

 最近、ブラックホールの写真が話題になりました。ブラックホールの写真はそんなにきれいではありませんが(笑)、見ているだけできれいだなって思える天文写真はいっぱいあります。パソコンで少しお見せしたいと思いますが、例えば、これは猫の目星雲です。そして、これは約640光年離れているべテルギウスという星。約640光年というと、宇宙でとらえると私たちが住んでいる銀河系の中でのお隣さんです。これは馬の頭のように見える馬頭星雲。こちらはしっぽが長く見えているからマウス銀河。また、この写真は子持ち銀河といって、子どもがいるように見えるでしょう。実は銀河というのは、しょっちゅう吸収合併を繰り返しているんです。若い銀河というのは、小さくて形もいびつでとんがっているんです。それが、吸収合併していくにつれて、だんだんと形のきれいな丸い銀河に成熟していくんです。

 なるほど。銀河も生き物なんですね。

 そうです。銀河が合体すると、また星がたくさん生まれるようになります。まさに人間みたいなんです。銀河は放っておくとそのまま高齢化して死んでいきますが、合体すると生き返ったように星が生まれ始めるんですよ。もちろん、これらは人間が作ったものではなく、自然が作ったものですけど、何かすごく宇宙の生きざまというものを感じます。

 例えば、空の青さや夕方のもの悲しさとか、普段、道を歩いていているときに自然から感じとること自体が一つの美術なんだと思います。そういう視点からいうと、今拝見した銀河や星雲は、人間が何も手をつけていない究極の世界です。こういったものこそ、生徒たちの鑑賞の材料になるんじゃないかなと強く思いました。
もし、村山先生が中学生に教えるとしたら、どんなことを教えたいですか?

 まず、宇宙というのは、星同士がぶつかったり、爆発したり、ものを噴き出したりと、とてもダイナミックな世界なんだということを知ってほしい。そして、星にも一生があるということ。星の一生の面白いところは、小さい星は細く長く生きて、大きな星は太く短く生きるということです。どこか人間的な感じがしませんか。あとは、ぜひ「地球の日の出」の写真を見てもらいたい。これは、日本が打ち上げた月探査機「かぐや」からの写真です。かぐやの位置からは、月の裏側から周りこんできたときにだけ、月を隔てて地球を望むことができるんですよ。まるで地球の日の出を見ているようで、その様子を写真で見ると、やはり感動します。月のごつごつとした荒涼としたクレーターの上に美しい地球が見えて、この星の上に約80億の人が住んでいる。みんな小っちゃな岩の上に住んでるんですよね。私たちはここにいるんだよっていうのを子どもたちに見てもらいたい。

 宇宙の不思議さ、美しさに引き込まれながら鑑賞することができるかもしれません。ところで、単刀直入にお聞きしますが、宇宙人っているんでしょうか?

 私はいると思いますよ。ここ20年くらいで、基本的にどの星にも惑星は何個かありそうだというところまで分かってきました。最近ではよその星の惑星が何千個も観測されています。その中でもし宇宙人がいるとしたら、まずは水がある星でしょう。水というのは0度から100度までの間しか存在できません。だから金星に行けば、水蒸気になるし、火星に行ったら凍ってしまう。水がある環境というのは運がよくないと生まれないわけです。あとは岩でできていそうな惑星が候補になります。そういう星も実は最近見つかってきているんです。地球と同じくらいのサイズで、水があって、大気があることも証明されれば、生き物がいそうな気がしてくるじゃないですか。

 わくわくするようなお話ですね。それでは最後に、次代を担う子どもたちにとって必要なことは何でしょうか。

 自分で考える力を持つ人になってほしいということです。ビジネスの世界はどんどんグローバル化していて、今まで日本の中で成功していたビジネスモデルは今後通用しなくなる。そこで今までの考え方を捨てて新しいモデルを考えなくてはいけない。それを実現するためには、覚えることだけでなく、自分で考える勉強も必要です。日頃の生活の中では答えのない問題に出会うほうが多いわけですから。答えがないのがむしろ当たり前で、何とかそれを新しいアイデアを出して克服するという感覚が育つような教育であってほしい。そして、美術はそういう教育ができる教科だと思います。

パソコンで次々と美しい宇宙の画像を見せながら、解説してくれる村山教授。

毎日15時なると始まるラウンジでのティータイム。東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構にいる研究者や学生たちが語り合うひととき。ここでの雑談からさまざまなアイデアが生まれていくという。

 

取材後記
 次世代を担う子どもたちへ期待は、最近の対談で誰もが必ず話される内容であり、美術という教科への期待が込められています。
今回は、有史以前からの壮大な世界への研究と美術とのつながりを探ってみました。
何度も宇宙の果てしない世界に吸い込まれそうになりました。お会いした週末は、早速子どもを連れてプラネタリウムへ。(Y)