「蝉」たちのシーズン

学び!と美術vol27 東大寺二月堂の閼伽井屋(あかいや)の留蓋瓦「鵜」

「蝉」たちのシーズン

 また「蝉」たちのシーズンとなりました。一昨年(Vol.6「楽しく表すために」)も、この季節にセミを話題としました。彼らの儚さ故か気になる生命のひとつです。
 南北に長い日本では、出現する時期も種類も異なるでしょう。セミは7年も土の中で生活をし、地上に出てから、たった一週間しか生きられないと言われます。彼らの成虫姿は、死の装束であるかのような儚さです。産卵して子孫を残す使命を果たさんがためですが、他の昆虫の生態を考えると必ずしも虫たちの事情は同じではないようです。寿命が7年余りのセミにとって、成虫の姿は真の彼らではないのかもしれません。雌を呼ぶための発声器と交尾と産卵に適した構造を備えるために、私たちが成虫と呼ぶ姿に一時変身しただけなのかもしれません。むしろ、土中で過ごす幼虫の姿がセミ本来の姿と彼らは思っている可能性があります。成虫の姿をセミの姿と決めたのも、幼虫は美しくないと感じるのも、私たちが勝手にそう判断しているだけのことです。
 一方、私たち人間は、80年という平均寿命を生き、年を重ねながら経験を積み、もの知りとなっていきます。多くの人は社会貢献を果たし、充実した生命を燃やしていると感じるのかもしれません。セミに比べれば遙かなる時間を楽しみ、多くを食しながら学び、膨大な遺産を残しているのがヒトです。

子どもだからこそ生きられる「天使」の時間

 ところが、改めて生命の充実を考えると、本当に自由であり幸せな生命とは、あどけなさの中に生きる幼少期から少年期ではないかと考えるときがあります。生命の、私たち人生の主役は、成人するまでの子どもたちではないかと思うのです。モラトリアムという彼らへの評価は、大人たちが世の中の主役であり、いつか大人の仲間入りを果たすまでは、その予備軍であるかのように考えているからでしょう。
 生きることが大変だった時代に、子育てを重く感じながらも、大人がいるからこそ子どもは生きていけるという保護本能が、主役を大人とさせたのかもしれません。知恵ある大人たちは、ヒトの存在を効率性や生産性などの社会性という規準で評価します。その価値が、個々人の外に付帯する価値である場合でも、大人世界へ誘うための学習を私たちは子どもにさせています。子どもには子どもだからこそ生きられる「天使」の時間があるはずなのに、大人と同じようにできることが賞賛に値すると思っています。
 私たちが生命としての存在を実感する自我は、必ずしもそのような価値観で自己評価しないものです。もし、それが生命の価値だと思うなら、それも外付けの価値観に汚染されているにすぎないと考えることもできます。
 太古の昔から大人たちは過酷な自然と向き合い、現代では、不況と戦いながら生命を消費しています。そして、一方では常に子どもの笑顔を期待するのです。私たちの知恵や労働の恩恵を受けるのは、子どもたちであると気づかされることはありませんか。
 セミたちの季節である「夏」は、子どもたちのシーズンでもあります。

導入事例 Case10

小学校2年 造形遊び『ふわふわ むにむに ○○○』(2時間)

*柔らかい材料を用いた造形遊びの授業です。

◎主な材料
 綿,シーツ,フェルト,毛糸,スポンジ,各種梱包材

◎導入の工夫
 「さわってみたい」「体全体でかかわってみたい」という児童の思いを引き出すために,材料を雲に,ブルーシートを青空に見立てた場をつくった。その教室を半分隠して導入し,題材への期待感を高めさせる工夫をした。

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T:もしもここに雲があったら、どんなことしてみたい。
C:寝てみたい。
C:乗ってみたい。
C:ぎゅーってしてみたい。
T:どれも楽しそうだね。実は今日は,図工室に雲を連れてきたんだよ。

 子どもたちの期待感が高まったころ,教室の半分を隠していたブルーシートを降ろすと,歓声をあげながら材料へ向かった。寝転ぶ,くるまる,踏む,抱きしめる,つなぐ,結ぶ,張り巡らせる,包む,飾るなどの,様々な姿を表出していた。

(O先生の実践から)

導入事例 Case11

中学校1年『表情がかたちになる -紙によるお面づくり-』(2時間)

*紙の特性や基本的な折り方を理解し、人間の感情を表したお面を作る学習です。

◎主な材料
・ スケッチブック ・色画用紙 ・トレーシングペーパ
・カッター    ・木工用ボンド  ・ピンセット

◎導入の工夫
 基本的な山折り・谷折りから段階的に複雑な折り方を体験させ、複雑な形も基本の折り方の繰り返しであることに気づくようにした。顔の半分だけをトレースし、左右対称に型紙を作ると美しく仕上がる。

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T:これは紙を折っただけでできたものだよ。
S:すごく立体的だ!
T:山折りと谷折りが交互になると盛り上がった面になる。
S:面がなだらかだね。
T:折り目が曲線だと、緩やかなカーブの面になるよ。
T:喜びや怒りの表情には、どんな特徴がある。
S:喜びの顔は、口の両端が上向きだね。
S:怒っている人の目がつり上がっているよ。
S:哀しい顔は、まゆげも口も垂れ下がっているね。
T:目や口に人間の感情がとてもよく表れるね。

(H先生の実践から)


命の流れ

生活&総合教室No.55 表1 今,わたしの中に新しい命が育っています。
 わたしの身体組織を形成する約60兆の細胞が,再生や死滅を繰り返している中,小さな命はたった一つの種から60兆個の生命溢れる存在へと急激なペースで成長しています。
 今,わたしが一番この子にしてあげたいことは「待つこと」です。この子がわたしに「待つこと」のすばらしさを教えてくれていると言った方が正しいでしょう。母になろうとしているわたしの胸には「待っていたい」という気持ちが自然と湧き出てくるのです。
 一つの命が次の命へとつなごうとする。そんな大自然の流れの中で「待つ」ということの重要性を,わたしはしみじみと感じています。なぜなら待つこととは,自分のあり方を他に押し付けることなく,命本来の自由な流れを尊重することから始まるからです。
 わたしたちが住む現代社会は仕組みや構造を重視し,自由を好むものではないと思います。多くの人は先読みできない流れに恐れを感じます。地位,学歴,年齢,年収など社会によって刻まれた枠に従っていた方が安心感が得られるという錯覚があります。
 しかしどんな枠に収めようと,予想外のことは必ず起きます。どんなメジャーを使おうと,命をはかることはできません。人間に流れる命はほかのどの生命体とも同じで,完全に自由であり大自然に属するものなのです。命の流れは,人が無駄にコントロールしようとせず,せかさず,あるがままを待っていてあげると,自発的にその本来の輝きを最大限に放つとわたしは考えます。
 この「待つこと」とはただ放っておく消極的なことではなく,必要な時に必要なアクションを起こせるよう命のあり方を見守る,愛溢れる行為だと思います。子どもや教育に関しては特にそうです。人として,他の命のあり方に指図しないという尊重であり,逆に無駄な手を加えようとすることは, 「あなたの命のあり方を信頼していない」と言っているようなことだとわたしは思います。
 今,この子がわたしに教えてくれているように,改めて命の流れを観ることはとても大切なことです。命のはかなさ,喜び,感動,そして感謝。すべてはそこにあり,命の流れに浸るだけで自然と出てくる知恵なのです。

吉川 めい

吉川 めい

1980年6月8日生まれ。 東京都出身。
14歳の時に雑誌『装苑』でモデルデビュー。数々のファッション誌で活躍。
98年国際基督教大学へ進学。ファッション誌のほか,広告,番組レポーター,執筆業へと活動の場を広げていく。
01年アシュタンガヨガと出合い,04年,インド・マイソールに渡りシュリ・K・パタビジョイス氏ほかに師事。
06年,日本人女性初のアシュタンガヨガ正式指導資格を取得。日本各地でワークショップを開催している。私生活では,日本で唯一アシュタンガヨガの正式認定資格をもつゴビンダ・カイ氏と結婚。今夏,第一子を出産予定。
オフィシャルサイト Mae Yoshikawa – official site –ico_link


未来の食卓(2008年・フランス)

すべての学校給食を自然の味(オーガニック)にしようと、
南フランスの小さな村が立ち上がった。

学び!とシネマvol040「未来の食卓」01

 2006年、パリのユネスコ本部で、「ガンと環境汚染」についてのシンポジウムが開かれている。アメリカの学者が言う。「ガン、糖尿病、不妊の70%は環境が原因」と。

 フランスのドキュメンタリー映画「未来の食卓」(アップリンク配給)は、冒頭から、わたしたちに数々のデータを提示する。

 フランスの農業での殺虫剤の使用量はヨーロッパ最大で、世界でも2、3番目。子どもたちの給食のシーンでは、ソーセージや水、パン、チーズ、バナナなどの添加物や保存料、含有物などが示される。
 南フランス、ガール県のバルジャック村。映画は、この村の小学校が、給食をすべてオーガニックにするという試みを追いかける。

 化学汚染がもたらした現実は、ガンや白血病になって、人間を蝕む。食べ物の生産者は、自分たちで作ったものは、口にしない。何をどのように育てて、作るかを知っているからである。 
学び!とシネマvol040「未来の食卓」02 小学校のオーガニックの日、給食のメニューが張り出される。野菜を育てる子どもたちの様子が、いきいきと描かれる。今日は、マーシュ、レタス、玉ねぎの生育の様子をスケッチしたり、葉の成長を観察している。 
 いろいろな形で、環境汚染や農業の現実が浮かび上がる。飛行機が通っただけで洗濯ものが黄色くなる。年間、世界中で使う化学肥料は1億4千万トン。フランスはここ25年でガンの増加が著しい。除草剤のせいで、頭痛、吐き気がする農家の人。農薬の調合では、毎回、鼻血が出て、尿は出なくなることなどなど。また、水も通さない枯れた土壌と、ミミズのいる生きている土壌の違いも、明確に描かれる。

 小学校では、マーシュとブロッコリーが出来る。ビートも生のまま、給食に出る。おいしいという子どももいるし、ポテトフライが好きという子供もいる。
 もちろん、工業的生産による食べ物とオーガニックによる食べ物の経済的比較も、いろんな角度から検証される。
学び!とシネマvol040「未来の食卓」03 小学校と子供たちが始めた取り組みが、少しずつ周りに、変化をもたらし始める。有機に切り替える農家も出てくる。給食のオーガニック化が進み、村のスタンド売りも評判になっていく。
 さりげなく、花々に群がる蜂が写し出される。「蜂が消えたら、人類は4年後に滅亡する」とアインシュタインの言葉が添えられる。
 小学校では、ラディッシュ、カリフラワー、パセリ、ズッキーニ、玉ねぎが出来る。パセリの茎のにおいを嗅ぐ子どもたち。

 環境や健康を守るための、オーガニックという動きが、これからの消費のあり方を見直す大きなきっかけになりつつある。ことはフランスだけではない。日本では、いま、食の環境はどのようなものなのか?
 ここ50年ほどで、著しく変化した食事情について、大きく見直すときがきていることを痛感する。

2009年8月8日(土)
シネスイッチ銀座・渋谷アップリンクにてロードショー!

「未来の食卓」公式サイトico_link

監督:ジャン=ポール・ジョー
プロデューサー:ベアトリス・ジョー
出演:エドゥアール・ショーレ、ぺリコ・ルガッス
製作:J + B SEQUENCES
撮影:ジョエル・ピエロン、アマル・アラブ
音楽:ガブリエル・ヤレド(『ベティ・ブルー』、『イングリッシュ・ペイシェント』)
2008年/フランス/35mm/カラー/ドルビー/112分 
配給・宣伝:アップリンク


ルイス・フロイスが見た日本 2

前号(Vol.28)に続き、「ルイス・フロイスが見た日本」をお送りします。

男の相貌

ルイス・フロイス像

1)ヨーロッパ人は概して身長が高く体格が良い。日本人は概して身長も体格もわれわれに劣っている。

 日欧の差異は身長や容貌に見出せます。ローマを訪れた遣欧少年使節は、身長が中位よりもやや低く、これが日本人の「本性」で、長大になることはないと紹介されていました。こうした日本人の身体は、16世紀の宣教師のみならず、19世紀後半、明治維新後の1878(明治11)年に来日したイギリス人のイザベラ・バードが横浜上陸後の初印象として、街頭で出会った日本人を小柄で、醜くしなびており、がに股、猫背で、胸がくぼみ、貧相と認めているように、西洋人に対する肉体的劣等感を抱かせたものにほかなりません。ちなみに1900年の北清事変に出兵した日本兵は列国軍隊の中で最も小さな兵隊でした。日本人が西洋人なみの体格にいくらか近づくのは、1945年の敗戦後のことで、パンと肉の食文化が日常化してきた最近のことといえましょう。

2)われわれの鼻は高く、あるものは鷲鼻である。彼らのは低く、鼻孔は小さい。

 西洋では、ギリシャ彫刻にみられるように、鼻梁の線が直線の直鼻(ギリシャ鼻)、ローマ鼻といわれる釣鼻、段鼻、ユダヤ鼻といわれる鷲鼻などが一般的です。それに対し日本人の鼻は、団子鼻で、鼻孔も小さいものです。フロイスは、このことについて「われわれは拇指または食指で鼻孔を綺麗にする。彼らは鼻孔が小さいために小指を用いておこなう」とも紹介しています。

3)われわれの間では顔に刀傷があることは醜いこととされている。日本人はそのことを誇りとし、よく治療しないので一層醜くなる。

 顔面の刀傷は、戦場で勇敢に戦った証とみなされ、「向疵(むこうきず)」といわれ名誉とされてきました。背後から切りつけられた疵は、相手に背をむけて逃げた行為を表すもので、「後疵(うしろきず)」といわれ、卑怯の証、恥辱とみなされたのです。ここには、武士の習い、人殺しを生業とする「サムライ」文化が直裁に表明されています。
この「サムライ」文化は、向疵に「男」の代紋を読み取るやくざの世界、暴力団が受け継いでいるのではないでしょうか。その意味では「サムライ日本」なる呼称にある晴れがましさを感じ、日本人たることを誇るのはいかがなものでしょうか。

女の相貌

4)ヨーロッパでは未婚の女性の最高の栄誉と貴さは、貞操であり、またその純潔が犯されない貞潔さである。日本の女性は処女の純潔を少しも重んじない。それを欠いても、名誉も失わなければ、結婚もできる。

5)ヨーロッパでは娘や処女を閉じ込めておくことはきわめて大事なことで、厳格におこなわれる。日本では娘たちは両親にことわりもしないで一日でも幾日でも、ひとりで好きな所へ出かける。

 処女の純潔や貞操の観念は、キリスト教の信仰によってもたれされたもので、宣教師が説き聞かせ、風俗矯正に力を尽くし、キリシタン信徒に純潔や貞操の観念が根付いていったのです。この観念は、キリスト教文明を至上の価値とした欧化としての近代の論理を受け入れることで、近代日本の建前とみなされていきます。しかし日本の男女間には、「色好み」の文化という古層が地下水としてあり、4)5)のような世界を肯定する気分が未だ強く息づいているのではないでしょうか。

心の在り方

6)われわれは唯一のデウス、唯一の信仰、唯一の洗礼、唯一のカトリック教会を唱導する。日本には十三の宗派があり、そのほとんどすべてが礼拝と尊崇において一致していない。

7)われわれはどんなことにも増して、悪魔を憎んでいる。坊主らは悪魔を崇拝し、悪魔のために寺院を建て、多くの供物を捧げる。

8)われわれの聖像は美しく、敬虔の念を誘う。彼らのものは火中に焼かれる悪魔の形状をしていて、醜悪で恐怖の念を起こさせる。

9)われわれは唯一万能のデウスに対してすべて現世および来世の幸福を希う。日本人は神に現世の幸福を求め、仏にはただ救霊のことだけを希う。

 ここには日欧の精神文化の差異が端的に描き出されています。ロドリーゲスは『日本大文典』で法相、三論、倶舎、成実、律宗、華厳、天台、真言、禅宗、浄土宗、日蓮、時宗を仏(ホトケ)の十二宗派としていますが、フロイスは書簡などでも十三の宗派と記しています。最も哲学的な宗派にして、宗論における難敵とみなしていた禅宗を臨済と曹洞に分けたいたのではないでしょうか。
悪魔崇拝とみなしたのは、閻魔や天狗、風神や雷神を境内に祀り、密教の本尊とされた中央に不動、東西南北に降三世(ごうざんぜ)・軍荼利(ぐんだり)・大威徳・金剛夜叉の五大尊明王に護摩を焚き、魔の調伏を祈願する営みを指しています。その営みは、宣教師にとり、護摩壇で焚かれた護摩木の煙にいぶされた不動像や明王像の不気味さとともに、まさに悪魔崇拝そのものとみなされたことでしょう。不動明王は、魔を調伏するがゆえに右手に降魔の剣をもち、憤怒の相を帯びていたのですが。

 まさにキリシタンの宣教師は、日本人は神に現世を、仏に来世を祈るとフロイスが指摘しているように、日本人の心を解析し、伝道を模索していました。その成果こそは、日本人の心をとらえ、16世紀をして「キリシタンの時代」となさしめ、徳川禁教下に隠れ潜み信仰を堅持させることを可能にしたのではないでしょうか。ここで指摘された世界は、現在も広く見られる日本人が捉われている信仰の相貌であり、日本と日本人とは何かを問い質す原点となるものです。


「肖像Ⅷ エドガー・アラン・ポー」 柄澤齊(からさわ ひとし)作

 この作品は、「肖像」シリーズの13番目の作品として制作されました。“13”は、不吉な数字と言われます。柄澤氏がこの番号に選んだ人物は、「エドガー・アラン・ポー」。ポーは、推理小説や恐怖小説で有名な作家です。

 さて、この作品です。顔はポーその人ですが、どういう訳か鳥の羽になっています。なぜでしょう?「肖像」シリーズについて柄澤氏は次のように話しています。「似顔絵としてではなく、解読し得るテキストとして、私なりに死者を読み、かつ描くことがどこまで可能かとの試みでした」と。表面的な似てる、似てないではなく、ポーという人物の“その人らしさ”を彼が読み解いた結果を、描いたのですね。

木口木版/22×6.2㎝/1983年作

木口木版/22×6.2㎝/1983年作

 代表作は「モルグ街の殺人」「黄金虫」「黒猫」などなど、題名だけ聞いても何やら恐ろしげですね。怖いのが好きな人、興味を持った人はぜひ読んでみてください。

この黒い羽は、大鴉(おおがらす)の羽です。ポーは「大鴉」という詩を残しました。この詩は、彼をまたたく間に有名にしたと言われています。また、大鴉は「悪魔の鳥」とも言われ、彼の作風を暗示しているようでもあります。

ポー自身は、この鳥を「死者を悼む、終わりなき追憶」を象徴すると言いました。ポーの死を悼み、彼の作品を通して、ポーという人物に思いを馳せる柄澤氏自身の姿が見えてくるようです。

本館には、柄澤氏の作品が多数収蔵されています。同じ肖像シリーズの、「肖像Ⅳ アルチュール・ランボー」も、お薦めです。

(埼玉県立近代美術館学芸員 山水明)

埼玉県立近代美術館ico_link

  • 所在地 埼玉県さいたま市浦和区常盤9丁目30番1号
  • TEL 048-824-0111
  • 休館日 月曜日,12/29~1/3,メンテナンスの日(6/23、7/21、12/8、12/25~27、1/12)

<展覧会情報>

  • 長澤英俊展 ―オーロラの向かう所―
  • 7月18日(土)~9月23日(水・祝)開催

展覧会概要

  • 長澤英俊は、埼玉県川島町で育ち、多摩美術大学を卒業後、1年余りをかけて自転車でアジア大陸を横断。到着したミラノを拠点に制作を展開し、主要な国際展で紹介される世界的な彫刻家です。川越市立美術館と同時開催。

<次回展覧会予定>

  • ロシアの夢
  • 10月10日(土)~12月6日(日)開催