岩戸山古墳が問い語る世界

vol35_012 岩戸山古墳は、『筑後国風土記』によれば筑紫君磐井の墓と云われており、筑後平野南部の八女丘陵の中ほどにあります。八女丘陵には、石人山(せきじんざん)古墳、弘化谷古墳など、多くの古墳群が所在します。石人山古墳は、磐井の祖父か曾祖父の墓といわれている地域でいちばん古い前方後円墳で、5世紀前半に造られたものです。その後円部には家形石棺が祀られており、その前を石の武人が守護しております。その隣にある弘化谷古墳は、磐井の縁者のものかとみなされており、円墳の装飾古墳です。こうした筑紫君磐井をめぐる古墳群は、機内のヤマト王権に対峙する政治勢力として、筑紫を拠点とした九州王権の存在を示唆しております。磐井が継体天皇21年(527)に叛乱したという物語は、ヤマト王権の在り方をめぐり、九州の王権がどのような存在であったかをうかがわせる語りにほかなりません。
 この物語は、『古事記』と『日本書紀』で、語りの構造に大きな落差があります。『古事記』は、「この御代に、筑紫君石井(いわい)が、天皇の命に従わず、秩序に背くことが多かった。それで物部荒甲之大連(もののべのあらかいのおおむらじ)・大伴之金村連(おおとものかなむらのむらじ)の二人を派遣して、石井を殺した」と、さらりと書き流しています。しかし『日本書紀』は、新羅をめぐる朝鮮半島の状況に対応し、磐井がヤマトに反旗を翻し、やがて鎮圧されるまでを詳細に述べています。

 近江の毛野臣(けなのおみ)が軍衆6万人を率いて任那に行き、新羅に奪われた朝鮮半島南部の南加羅(ありひしのから、洛東江下流域の金海の金官国)・喙己呑(とくことん、現慶尚北道慶山)回復に出兵しました。そこで新羅は、筑紫君磐井に「賄賂」を届け、毛野臣の侵攻を阻止しようとします。磐井は、火(肥前・肥後)・豊(豊前・豊後)に勢力を伸ばし、ヤマトの軍勢を邪魔し、海路を封鎖して高麗・百済などの朝鮮半島諸国からの朝貢船を誘い込み、毛野臣に「今でこそ使者となっているが、昔は同じ仲間として、肩を並べ肘を触れ合せて、一つ器で共に食べたものだ。使者になった途端に、私をお前に従わせることなど、どうしてできようか」と言い、毛野臣軍と交戦しました。天皇は、毛野臣軍が阻止されたため、「筑紫の磐井は反逆して西戎の領地を占領した。今、誰を将軍にしたらよかろう」と、大伴金村・物部麁鹿火(もののべにあらかい)・許勢男人(こせのおひと)らに将軍の人選を聞いたところ、物部麁鹿火が推挙されました。そこで天皇は、8月1日に物部麁鹿火を将軍に任命し、「お前が行って征伐せよ」といわれた。物部麁鹿火は、「磐井は西戎の狡猾な輩です。川の阻みを頼みにして朝廷に従わず、山の険しさを利用して叛乱をおこしました。徳を破り道に背き、驕慢であり、自惚れております。帝を助けて戦い、民を苦しみから救って来ました。昔も今も変わりません。謹んで征伐しましょう」と申しあげた。天皇は、「良将の戦とは、厚く恩恵を施し、慈悲をもって人を治め、攻撃は川の決壊のように激しく、戦法は風のように早いものだ」と仰せられ、重ねて「国家の存亡はここにある。力を尽せ、謹んで天罰を加えよ」と。そして自ら斧と銊(まさかり)とを麁鹿火に授け、「長門以東は私が統御しよう。筑紫以西はお前が統御せよ。もっぱら賞罰を実施せよ。頻繁に奏上する必要はない」と、磐井鎮圧に関する天皇の統帥権を与えたのです。

 物部麁鹿火は、528年11月11日に筑紫三井郡(現福岡県小郡市・三井郡付近)で磐井軍と交戦、激戦の後、磐井軍を敗北させ、磐井を斬りました。12月に磐井の子、筑紫君葛子は、父の罪に連座して誅殺されることを恐れ、糟屋屯倉(現福岡県糟屋郡付近)を献上して、死罪を免除されます。

 『筑紫国風土記』逸文は、麁鹿火の軍勢が急に攻めてきたので、勝ち目がないと覚った磐井が豊前国に逃れて山中で死んだと、述べています。そこでヤマトの兵は、怒りにまかせ、磐井が生前に造っていた墓の石人の手を折り、石馬の首を断ち斬ったのだと。
 こうした記述にうかがえる磐井の憤死や朝鮮半島との交流は、岩戸山歴史資料館に展示されている首を切られた石人とともに、朝鮮半島製の金製垂飾付耳飾(きんせいすいしょくつきみみかざり)などに確認することができます。また隣接した別区と称されている50メートル四方の広場には、首のない石馬や手のない石人のレプリカが並べられており、磐井の世界を想起させてくれます。
 この叛乱は、磐井に代表される九州王権がヤマト王権に対し、ある一定の独立性をもっていたことをうかがわせます。かつ北九州の地は、ヤマト王権が拠点とした機内よりも、出土品にみられますように朝鮮半島との一体感を強く意識していたといえましょう。それだけに朝鮮出兵等の負担は反撥をよび、文化的につながる朝鮮と結んでのヤマト王権への叛乱となったのではないでしょうか。
 ここには、ヤマト王権の朝鮮経営が512年の任那4県を百済に割譲するなど、失敗の一途をたどるなかで、継体王朝が地方支配を強化し、越前(現福井県)から皇位をついだ天皇として、自己の王権を確立していく姿が読み取れましょう。
 継体天皇は、武烈天皇に後継ぎがいないため、応神天皇の5世子孫という遠い血筋の男大迹王(おほどのおおきみ)を越前三国から迎えられて皇位を継承したために、武烈天皇の姉(妹との説も)手白香皇女(てしらかのひめみこ)を皇后とすることで皇位の正統性を保証しようとしました。河内の樟葉(現大阪府枚方市楠葉)で即位し樟葉宮に4年、山背の筒城(つつき 現京都府綴喜郡)に7年、弟国(おとくに 山城国乙訓郡、現京都府長岡京市・大山崎町)に8年の後、磐余(いわれ 現奈良県桜井市中西部から橿原市東部にかけての地)を都とし、即位後20年をかけて大和に入れたわけです。この年数には疑問がありますが、即位してから天皇の故地たる大和に入るまで、多この年月が必要でした。ここには、継体天皇の正統性をめぐり、強い反発が大和にあったことをものがたっています。そのため継体王朝期には、後の南北朝のように、二王朝が並立していたとの学説がだされたこともあります。まさに継体の王権は、大和を基盤とするよりも、近江をはじめ畿外の勢力にささえられていたのです。なお現天皇家はこの継体に始まる王朝です。
 ヤマト王権が列島を統一していく過程を九州や吉備(現岡山県)・出雲(現島根県)をはじめ、東国の蝦夷らの「謀反」と称される事件を読み解き、頭に詰め込まれた「国史」的歴史とは異なる大陸に連なる列島の相貌を問い質し、一人ひとりが己の歴史像を身につけたく想うのですが、如何でしょうか。

 『古事記』『日本書紀』の読解には、新編日本古典文学全集が本文とともに、現代語訳をしており、注釈・解説が丁寧で、参考になります。


描くこころの起源

形forme291表1

 彼女は画用紙の前に座ると,手元に並んだペンから1本をとり,キャップをはずして描きだした。手首のやわらな動きからリズミカルに曲線が生みだされる。ピンク色,黄色,水色……。7色の線がうねりながら交差し,紙全体に広がった。
 –なぐり描きをする小さな子ども,あるいは抽象画を描く画家が思い浮かんだかもしれません。ところがこの彼女,京都大学霊長類研究所のチンパンジー,アイなのです。

 ヒトはなぜ描くことをはじめたのか。描くこころの起源を探るため,進化の隣人であるチンパンジーとヒト幼児の描画行動について研究しています。
 チンパンジーの絵にはそれぞれ個性があり,アイのように曲線を紙全体に展開するチンパンジーもいれば,細かいタッチで色ごとに塗りわけるチンパンジーもいます。その筆さばきはなかなかのもの。描かれた線をなぞることもできます。
 ヒトの子どもだと,なぐりがきにはじまり,体と心が協調的に発達するにつれて絵が変化していきます。線をなぞるぐらい動きを調整できる子は,具体的な物の形を描きはじめているのがふつうです。けれど器用に線をなぞるチンパンジーでも,物の形を描くことがありません。線画の顔を見分けたり,文字や数字を覚えたりできるのに比べると,少し意外な気もします。
 そこで画用紙に顔を描き,片方の目だけ消しておいてみました。ヒトの場合,まだ丸がうまく描けない子でさえ「目がない」と言って目を描きいれようとします。ところがチンパンジーは,描いて「ある」目に丁寧にしるしづけることはあっても,「ない」目を補うことはなかったのです。
 2本の縦線に横線を交差させるだけで線路を描き,丸のなかに丸を組みあわせるだけでアンパンマンを描くヒトの子どもたち。一筆加えるごとに浮かぶ新たなイメージに,絵が次々と変化することも少なくありません。今ここに「ない」ものをイメージして,補う。想像力こそ,ヒトでとくに発達した能力であり,描くことの起源に関わっているのではないかと考えています。

プロフィール
 京都大学理学部を卒業後,同大学院医学研究科の修士課程を修了。東京藝術大学大学院美術研究科に進学し,博士学位を取得。日本学術振興会特別研究員を経て,現在,科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業(CREST)研究員。東京藝術大学非常勤講師。チンパンジーとヒトの比較認知心理学的な研究をおこなっている。著書に『恋う・癒す・究める 脳科学と芸術』(小泉英明編,共著/工作舎)。


学校支援地域本部は学校を活性化する

■ 学校支援地域本部とは

 各地で学校支援地域本部の取り組みが行われている。しかし、都道府県や政令都市では温度差が見られる。
 青森県のように生涯学習課と社会教育センターが一丸となって、全県下で本部構想を推進しているところはあるが、周りの様子を伺っているところもある。
 それはなぜだろうか。学校支援地域本部は学校を助ける、というミッションが理解されていないからである。生涯学習課の担当者のなかでもこのミッションを正面から受け止めていないものがいるのではないか。
 とりわけ、学校教育関係者は生涯学習課が余分な仕事を押しつけてきた、と思いがちである。実際仕事を仕切る教頭先生は、殊の外そう思うのである。
 子どもの教育はもはや学校だけに任せる時代は終わった。地域の人たちの底力を借りて行わなければ、学校は役割を果たせなくなっているのである。
 こうした認識を前提に、学校が地域に開かれ様々な人材を受け入れる仕組み作りが地域本部構想なのである。
この仕組みが動くと学校と教師は本当に助かる。本来の教師の仕事に専念できる。

■ 学校支援地域本部がうまくいく方策

 学校支援地域本部でよく知られているのは杉並区の和田中学校が中心となった活動である。これは個性のある当時の藤原和博校長がリーダーシップをとって行ったものである。「夜スペ」だけがマスコミに取り上げられたきらいがある。PTA を廃止したことは賛成できないが、学校と地域がコラボレートしたユニークな実践である。
 二つ目は千葉県の習志野市立秋津小学校の実践である。学校に本部の空間を設置し、地域の人の力を借りながら、パソコンを修理したり、図書室を改装したりしている。圧巻は地域の人たちが千葉県で有名な上総掘りで校庭に井戸を掘ったことである。
 三つ目は、木更津市の教育委員会が12 年前から行っている学校支援ボランティアである。
 木更津市は小中学校合わせて31 校ある。すべての学校に校務分掌として学校支援ボランティア担当教員を委嘱している。また、ボランティア・コーディネーターも各学校に一人置いている。さらに、年1回、学校支援ボランティアサミットを開催している。そして、コーディネーターの研修はサミットへの参加を含めて年4回行っている。
 学校支援ボランティアの所管は、生涯学習課ではなく、学校教育課が行っている。これまで生涯学習課と学校のつきあいは少なく、隔たりがあった。その点、学校教育課は学校とホットラインを持っているので意図が伝わりやすい。
 木更津市の特徴は、教育委員会が全権を掌握し、学校支援ボランティアを「点」ではなく「面」として行ったことである。どの学校にも担当教員とコーディネーターを置いたのである。
 杉並区の和田中学校と習志野市の秋津小学校の実践はユニークですばらしいものである。しかし、その実践はなぜ同じ市や区の中学校、小学校に広がっていかなかったのだろうか。

■ 参考になる群馬県の教育事務所の取り組み

 群馬県のある教育事務所の試みは、これから学校支援地域本部を立ち上げようとするものにとって参考になる。
 ここがまず行ったことは、学校に理解してもらうことであった。まず、教育事務所が所管する全小中学校の教
頭を対象に学校支援地域本部とはどんなものか、の講習会を開いている。そこでは、群馬県のユニークな取り組みを紹介する。例えば、学校とボランティアの両方でコーディネーターを決めている。学校は教務主任が担当する。教務主任が各クラスの先生方から挙がった支援して欲しいリストをボランティア側のコーディネーターに伝える仕組みである。また、教材作成にかかる経費については、地域本部は財政的には豊かでないので、PTA から支援をしてもらっている。
 こうした人的、財政的なボランティアの支援があるので教師から好意的に受け止められている。
 学校支援地域本部は地域の底力を学校教育とコラボレートして、学校を助ける働きをする仕組み作りである。

日文の教育情報ロゴ

灯りにこころいやされて

※本実践は平成20年度版学習指導要領に基づく実践です。

BEFORE
 教科書「光の表現」の題材を、短時間で予算も抑え、ペットボトルとファンシークレイを使用して制作した。粘土に絵の具を混ぜていろいろな色粘土が出来たが、光が効果的に表現出来ない生徒や、形の工夫が思ったほど出来かった生徒もいた。

AFTER
 今回は、ペットボトルの形を見て、微妙に違う面を利用したり、裏から透かしで文字を浮かび上がるように工夫をした生徒もいた。色粘土も透明感のあるものを作ったり、薄くのばすことで光の効果が出るように工夫したり、短時間でよい作品が生まれた。

指導計画

題材名

「灯りにこころいやされて」

時間

5時間

準備

教師:ファンシークレイ(粘土)、ボンド、ペットボトル用はさみ、クリアファイル 、のばし棒 
生徒:ペットボトル、絵の具、サランラップ

学習目標

  • 不要品であるペットボトルの再利用と、透明感のある粘土を使って、癒し効果のある灯りを制作する。
  • 形の工夫(昼間のオブジェとしての美しさ)と光の演出効果を考えて制作する。

評価の観点

  • 形の工夫(オブジェとして)と光の演出のしかたの両面から考える。完成して少し物足りなかったら、余った色粘土で貼り合わせるなど工夫する。
  • 形が単純でも暗がりで光の効果が表現できることに重きを置く。

《活動の様子》

(1)アイデアスケッチ

Web実践事例03_05

  • 昨年の生徒作品を見せながら、光の演出効果をねらった美しい形を考えていく。また、ペットボトルの限られた形を組み合わせたり、そのままの形を土台として利用し、作りたい形を考えていく。
  • DVD「ファンシークレイで作品をつくる」を見せ、薄く伸ばすことで光がよく映えることを指導する。
  • 配布したプリント「灯りにこころいやされて」にアイデアスケッチする。形は、身近なものを中心に、動物、建物などから連想し、形を単純化させて、光の効果が上がるように工夫して考える。

(2)ペットボトルの加工

  • アイデアスケッチを参考に、作りたい形にあわせたペットボトルを用意させる。1人1~2個準備。
  • どのように切って、つないでいくのかも考えてペットボトル用はさみやカッターナイフで切って形を決めていく。
Web実践事例03_04

各自で持参したペットボトルを 眺めて、さあ、どうしょうかなと思案中。友だちのペットボトルの残りももらって…

Web実践事例03_03

ていねいにうすく粘土を伸ばしていく。彼は、バースデイケーキを制作中。このあと、イチゴをケーキの上にトッピング予定。

Web実践事例03_10

象の耳がうまく作れなくて何度もやり直しをする。手前は、ペットボトルに透かし(切り込み)を入れた作品。

(3)ファンシークレイ(粘土)で形づくり

Web実践事例03_09

Web実践事例03_02

 うすくのばす時は、クリアファイルの中に入れて、のばし棒で押すとよい。(その際、くっつきやすいのでサランラップを中に入れておくと取り出しやすい)
 ペットボトルに手で直接薄くのばしたりして形作りをする。出来るだけ薄い色がよいので、少しだけ絵の具を粘土に混ぜてこねるようにして、透明感のある色粘土をつくる。細かい部分はボンドで接着してつける。(色粘土は乾くと思った以上に色が濃くなるので注意する)

 時間のあまった生徒は、残った粘土でいろいろなものを作っていた。早速、キーホルダーを作って筆箱につけていた生徒がいた。こちらの方が楽しそうだった!?

生徒の感想より(1)

  • 粘土の色をなるべく淡くして、光が通るようにしながら、所々、色を変えてみました。
  • ペットボトルの底の、でこぼこ部分を利用しケーキのいちごとクリームをのせた。スポンジ部分にしわが寄ってしまった。気持ちが落ち込んでいるときに, これを見ると癒されるような作品となった。
  • 粘土と粘土の境 目がうまく接着しなかった。粘土を厚くつけたので発光できるか心配したけど、光が通ったのでよかったです。

(4)鑑賞

 出来上がった各自の作品を並べて、部屋を暗くして鑑賞する。オーロラランプは、8パターンに発光するので、作品に合わせて自分で効果を考えて発光させる。並べたクラス全体の作品を鑑賞後に、プリントに自分の作品と鑑賞した他の生徒の作品を評価してまとめる。

 部屋を暗くして発光した作品を鑑賞するときは、細かい部分が見えず、真に発光度合いが重要視されるので、形に工夫の少ない作品の「光の演出度」の評価が高い。

生徒の感想(2) 作品鑑賞後

  • 他の人の作品は、いろいろと工夫がされていてよかった。
  • 形がよくても分厚く作った作品は、光が漏れていなかった。
  • ランプの入れる位置など自分では気づかないような入れ方をしたりしてすごいなあと思った。
Web実践事例03_01 Web実践事例03_06 Web実践事例03_07 Web実践事例03_08

《最後に》

 教科書に掲載された題材「光の演出」に昨年度より取り組んでみた。今回はその第2弾。ペットボトルをはさみで切って「耳」をつくった。ペットボトルの中から文字を浮かび上がらせる。ペットボトルの模様をそのまま使う。ペットボトルの上部を切り、大きな口にしてその中にランプを入れる。所々に粘土の厚みを変えて光の効果をねらった作品もあった。このように、生徒の工夫が光った作品が多く出来上がった。また、早く出来た生徒が何人か集まって、余った粘土で自分の作りたいものを作り始めていた。そんな場面を見ると、指導している教師自身も楽しくなってくる。
 また、制作後に持った鑑賞会では昨年の生徒に比べると感動は少なかったが、暗闇に灯る光が生徒に少しでも安らぎを与えることができれば嬉しいと感じた。「灯りにこころいやされて」のタイトルどおりに、自宅に持ち帰って机の上に置いて使用してほしいと願うばかりである。
 さて、来年はさらにバージョンアップするか、または別の材料を使った「光の演出」にするか考えるのが楽しみとなった。このように、教師をわくわくさせる授業が最近増えつつあって嬉しい限りである。

「赤い目の自画像」 萬鐡五郎作

油彩/キャンヴァス/60.7×45.5cm/1912-13
油彩/キャンヴァス/60.7×45.5cm/1912-13

とげとげしく描かれた髪の毛に角ばった顔の人物。背景の赤をはじめ、黄色や紫に塗り分けられた鮮やかな色彩とは対照的に、頬がこけて上目づかいにこちらをうかがう姿からは、自信や情熱は感じ取れません。むしろ彼を支配しているのは、不安や怯えといった自らの内に抱える負の感情ではないでしょうか。
 明治の終わりに東京美術学校(現在の東京芸術大学)で絵画の勉強をしていた萬は、フォーヴィスムや未来派など、海外で次々に生み出される新思潮の芸術に呼応し、自らも新たなスタイルの作品を発表しました。この作品においても、見たままを描くのではなく、内的な衝動を画面上で表現しようとする表現主義の影響がうかがえます。
 明治から大正への時代の変わり目に合わせるかのように、日本の芸術は写実主義の時代から、自らの内面を視覚化する時代へと変化していきました。その背景には、知識人の間で個人の人格や価値観を重視する個人主義が強く意識されるようになったこととも無縁ではないでしょう。萬も東京美術学校卒業の数年後に郷里の土沢(現在の岩手県花巻市東和町)に戻り、自己を見つめる作業に取り付かれたかのように、異様な迫力に満ちた自画像を数多く制作します。
 しかし、個人主義は明るい面ばかりをもたらしたわけではありません。大正の知識人たちは社会通念となっていた行動や表現の規範から脱しようとしましたが、その結果彼らには、よりどころを失い漠然とした不安感に悩まされる日々が待っていました。
 集団を離れた個人であることの高揚と不安。当時の多くの若者たちが感じたであろう二つの心情を、この絵は伝えています。

(岩手県立美術館 主任専門学芸員 加藤俊明)

岩手県立美術館ico_link

  • 所在地 岩手県盛岡市本宮字松幅12-3
  • TEL 019-658-1711
  • 休館日 月曜日
    (ただし、月曜日が祝日、振替休日の場合は開館し、直後の平日に休館)
  • トスカーナの風に抱かれて 千葉勝展
  • 2009年12月12日(土)~2010年2月14日(日)

展覧会概要

  • 岩手県水沢市(現奥州市)出身で、イタリアの古都シエナの土色に憧れて渡伊、以後同地で制作を続けた画家、千葉勝。油彩画を中心に版画、陶板、ステンドグラスなど約120点を展示し、その魅力に迫ります。

<次回展覧会予告>

  • アートフェスタいわて2009 -岩手芸術祭推薦作家展-
  • 2010年2月27日(土)~3月22日(月・振休)

その他、詳細は岩手県立美術館Webサイトico_linkでご覧ください。


暗い時代だからこそ

雪の中を飛び回るコウモリ発見!冬眠妨害者は、実は私かな?(福島県東山温泉)

雪の中を飛び回るコウモリ発見!冬眠妨害者は、実は私かな?(福島県東山温泉)

 一向に世の中が明るくならないから、こんなことを考えるのかもしれません。人間は、成すことや考えることが混沌としていて、好みが多様で、行動が不可解、そして何事も自己中で、判断が感情的、おまけにバカだと。

 もしも、混沌でなければ世の中が澄み渡り、過去のことが理解できて未来の予測がつきやすく、それに対応した生き方ができるのに…。もしも、好みや嗜好が多様でなければ、デザインや機能が統一され、雑多なものや余剰生産物が減り、もっと環境がシンプルで世の中がすっきりするのに…。もしも、行動や言動が不可解でなければ、過去の失敗や過ちを後世の人々が教訓とし、整備・統制された社会・家庭が実現し、子育てにも苦労がなくうまくいくのに…。もしも、誰もが自己中でなければ、世の中が協調性ある格差のない社会集団となり、差別や飢えに苦しむ人々が減るのに…。もしも、人間が冷静で感情的でなければ、攻撃性が薄れ、常に納得のいく話し合いができ、争いもなくなって競争原理の生き方をしなくなるのに…。もしも、バカでなければ、人類総生産の膨大なエネルギーを軍事費に充てたりせず、個人の存在や世の中とは何であるかに気づき、もっと若い頃から学ぶ意味や生き方の正しさを悟っていたのに…。
 でも、混沌でないということは、整然とした秩序社会で誰もがコンピュータのようになり、二進法の計算式で表せそうな考えや行動をとり、多くの正しさが方程式のようにセオリーでまとめられてしまうかもしれません。多様でない60億人の住む地球ということは、美しさや配色や味や音までもが統一され、いろいろなアイデアが供給されたとしても誰もが同じものを好み、商戦が成立せず、個性的な作品や飽くことのないスポーツに出会えないばかりか、発明や発見の喜びを味わうことがなくなるかもしれないのです。人々が不可解でないということは、恋のささやきにも、誕生日のプレゼントにも悩む楽しさがなくなり、芸術の価値が消失し、生きる意欲が低迷するかもしれません。

 人は自己中であるからこそ、自分だけが得をしようと多くのエネルギーを発散させながら、人間の多様さを許し、やがて、自分のためより愛する家族のためにと思う心が、より活力を生み、ついには、人々や地球のために費やすエネルギーが崇高であることに気付くのかもしれません。
 人は、感情的だからこそ、人々に個性があり、自らの感覚や感情に適う人との出会いを楽しみ、意気投合した連帯感にも価値が生じるのでしょう。そして、人生に光と陰の部分が生じ、その振幅の度合いに比例して、生きた実感を得るのだと思います。
人はバカだから、丁寧に育てられなければならないし、学ぶ大切さを知る必要があります。そして、努力の成果を期待しすぎてはいけない反面、バカな人ほど愛すべき存在であって、友とするによき人なのです。バカであるからこそ、苦悩という人生の彩りを道標のように過去に残し続けることができるのでしょう。

 美術教育とは、そのような人間讃歌のような営みであるのかもしれません。
美を求めようとする意思をもった人間は、やはり偉大です。そして、造形的な表現をいつの時代も試みようとする愛すべき存在なのです。

導入事例 Case19

小学校3年『夢の国の王様からの手紙、パレードに参加しよう!』(4時間)
 図画工作3・4年(上)題材「タイヤをつけて出発進行!」をアレンジしました。
 *箱やペットボトルに竹串とストローの車軸をつけ、キャップや段ボールなどをタイヤ(4輪)にした「乗り物」をつくる題材です。

◎主な材料:

  • 紙箱
  • ペットボトル
  • ストロー
  • 竹串
  • 段ボール
  • 木工用接着剤 など

◎導入の工夫

 前時に、「夢の国ドリームランドの王様からの手紙」を紹介し、次時に行う題材の予告を導入として行いました。手紙には、題材でねらう教師の願いが「パレードの参加条件」として盛り込まれています。どんなパレード車で参加したいか「参加プラン」を考えて、家から材料を集めてくることも指示しました。
 華やかなパレードのイメージは、子どもの知的好奇心を刺激し、発想が広がると考えました。発想が単純な車にとどまるのではなく、子どもらしい思いと感性を働かせて、造形活動に取り組む姿を期待しました。
 また、「どんな車だとみんなが喜んだり驚いたりしてくれるかな?」とか「どんな色にすると目をひくかな?」などと、より具体的に教師がかかわり、子どもたちの想像がふくらむ支援を行いました。

学び!と美術vol34_02 学び!と美術vol34_03 学び!と美術vol34_04 学び!と美術vol34_05

(Y先生の実践から)

導入事例Case20

小学校5・6年<複式>
『表そう、そのしゅん間!』~針金を使って~(2時間)

 *高学年になると表現方法に広がりが見られます。「針金」の造形的な可能性に気づかせながら、表現の幅を更に広げるさせるための材料体験的な題材です。

◎主な材料・用具:

  • アルミ針金(細・中・太・極太<極太は、園芸品コーナーにて発見>)
  • スチール針金
  • カラー針金
  • ペンチ
  • ラジオペンチ(スタンダードタイプ、先細タイプ、先曲がりタイプ)
  • 金槌
  • 金床(金敷ともいう)

◎導入の工夫

 児童用机を向き合わせにし、友だちの発見や活動の工夫を間近で見ることができる距離関係にしました。友だちの活動の中から、自分では気づかない表現の広がりを見つけ出すことがねらいです。

  • 最初に児童を集め、準備しておいた多様な太さ・種類の針金を宝箱を開けるように見せました。ちょっと勿体ぶると、材料を詳しく観察する意欲が高まる学級の実態からこのようにしました。
  • 安全面に留意しながら、思う存分材料に触れ、特徴に気づく活動を充実させるための「材料の扱い方のルール」:

    1. 切る時・運ぶ時は、まわりの人に気をつけて
    2. 端っこは丸めて
    3. 道具は、安全な場所に置いて
    4. できるだけいろいろいじってみて
    5. どんな特徴があるのか感じたり・気づいたりしたことを伝えられるようにして活動前のルールを確認しておけば、表現への抵抗やつまずきを減らすことができます。
  • テーマは「表そう、そのしゅん間!」ですが、馴染みのない材料に触れる活動自体に意味づけした導入を行いました。
学び!と美術vol34_06 学び!と美術vol34_08 学び!と美術vol34_07
学び!と美術vol34_09 学び!と美術vol34_10

(S先生の実践から)