年度末は転勤内定通知などの時期で、種々の「別れの儀式」が行われる。それは「人の結びつきの強さや深さ」を感じる時間であり、「強さや深さ」を支えに「生きる力」を育もうとする者の思いに共感する時間である。
平成21年度末に心を動かされた二事例を取り上げたい。
一つは、NHK総合テレビ「にっぽん紀行」(2010年3月24日<水>19時30分~20時)の「巣立ち支えるメロディー~愛知・岡崎市5人だけの小学校」。岡崎市立Z小学校では約半世紀前から児童活動「全校音楽」を続け、音楽コンクール全国3位<平成20年度>の成果と共に、子どもたちの仲間意識を育んできた。が、児童数の減少で本年3月末日をもって、Z小学校は136年の歴史を閉じた。6年生2人、4年生1人、1年生2人の計5人は、閉校記念式典に向け練習に励んだ。式典でのマリンバ重奏は実に感動的であった。親密な結びつきのゆえに、感情的気苦労もあったであろうが、6年生のリーダーのもと、また集落の高齢者を含む住民のあたたかいまなざしのもと諸課題をのりこえてきた。1 年生2 名を含む5 人が教師の支援のもと伸びていくその結びつきの強さに感心した。
二つめは、所属するスポーツ大学卒業式。「謝辞」でサッカー部員I君は卒業が迫るにつれ、「人はなぜスポーツをするのか」自問する心の内を披露した。「一番になりたいから。勝ちたいから。限界に挑戦したいから。仲間になりたいから。」があるとし、結論はスポーツには「多くの人々の思いや気持ちがこめられている」という平凡な主張であった。しかし、I君は熱っぽく追究する。「一つの練習、一つの試合、一つのプレー、一つのゴール、一つの勝利、一つの敗北、一つの記録に多くの人々の思いや気持ちがこめられています。プレーをしている人、プレーに出られなかった人、監督、コーチ、マネージャー、トレーナー、スタッフ、多数の応援仲間、友人、先生、そして家族、それぞれの立場からの思いや気持ちがこめられている。一つの『記録の足跡』でなく、自覚していなかった意味や価値への気づきこそがスポーツの生活であり成果である」と。そして間接的に支えてくれた人々(事務の○○さんとか食堂のおばちゃんたち)との出会いに感謝し、「忘れることはないでしょう」と締めくくった。
I君の謝辞は、部活動の結びつきは孤立的と感じていた私の見方を払拭するものであった。「結びつきの深さと広さ」への自覚の主張に、思わずI君の存在を見直した。4年間サッカーに打ち込んだI君はまもなく青年海外協力隊の一員としてエチオピアに行くという。新しい世界で結びつきを拡げるだろう。
我が国の場合、家族が離れ離れに暮らす例は少なくない。「盆と正月」に、父母と子が高齢の祖父母のもとで4、5日間「共同生活」するため「民族大移動」が報道されるが、他国でも同様の現象が見られるのだろうか。
他方3世代同居の場合も、急激な社会変化や、それに伴う「子育て」観の相違による世代間対立が絶えないと聞く。戦後経済復興で物質的な豊かさを獲得したのとひきかえに、「家族」単位の共同生活すらも瓦解し、われわれは孤立化の方向へ歩いているように思われる。身内にすら「(生活苦を)助けてください」と言えない30代の「誇り高い孤独者」や「中高年」を中心に自殺者が毎年3万人を超える社会を「健全」といえない。
新学習指導要領は「総則・指導計画の作成等に当たって配慮すべき事項」で、「学校がその目的を達成するため、地域や学校の実態等に応じ、家庭や地域の人々の協力を得るなど家庭や地域社会との連携を深めること。また、小学校間、中学校間、高等学校間、幼稚園や保育所及び特別支援学校などとの間の連携や交流を図るとともに、障害のある幼児児童生徒との交流及び共同学習や高齢者などとの交流の機会を設けること」、中・高では、さらに「生徒の自主的、自発的な参加により行われる部活動については、スポーツや文化及び科学等に親しませ、学習意欲の向上や責任感、連帯感の涵養等に資するものであり、学校教育の一環として、教育課程との関連が図られるよう留意すること」と述べる。(下線は清水)
幼児児童生徒学生が互いに教えあい、学びあう多様な関係を作り上げていきつつ、足元の学校や地域で伸びていくことが「結びつき」の原点である。そして、身近な保護者・高齢者・ハンディーを持つ人たちとの「結びつき」を通して人間的感情と社会認識を深くしていくことが求められる。それは「生きる力」回復のためである。さらに、現代のグローバルな諸課題(過疎過密、経済的格差、環境保全、等々)に取り組むために、青年海外協力隊への I君の参加に見られるように、「新しい結びつき」の拡がりがますます期待されている。

月別アーカイブ: 2010年6月
マンガ力
今月のPHOTO:キリストには鬚があった。訪れるたびに新たな感動があります。
「ピエタ」(ミケランジェロ、サンピエトロ寺院)
大学で美術科を専攻したり、美術の教員になられたりした方々が「美術」を選択した理由は何だったのでしょう。図工の時間に描いた絵が入選したり、中学校で美術部に入部したり、美術を生涯の連れ合いとする素地が幼い頃からすでにあったのかもしれません。
美術を得意にしていた高校生が必ずしも美術を志したとは限りませんが、一般的な高校においては、美術の道を選ぶ高校生は、おおよそ1%に過ぎないのではないかと考えています。
私が高校卒業時に美大進学を考えたきっかけや、美術への道を志した原点は何だったのかを改めて考える時があります。私の場合は、育った家に美術環境と言えるものはほとんどありませんでした。父や兄が、私より絵が上手だったことも少なからず影響したのかもしれませんが、家族から大切にもされず大掃除のときに時々目にした「鯵」の絵が唯一美術環境だったのかなと思う程度です。
そんな自らの美術ルーツを探ってみると、真っ先に、山川惣治の『少年ケニヤ』(発行:角川文庫)がその原点として浮かび上がります。
『少年ケニヤ』は1951年から5年間、当時の『産業経済新聞』(現:産経新聞)に連載されていました。
小学校入学間もない私の就寝時に祖父が読んでくれた『少年ケニヤ』は、連載を編集して出版したものでした。絵と文章が交互にレイアウトされ、絵には吹き出しもなかったと思います。冒険心やアフリカへの憧れを抱きながら、ダーナ(大蛇)やライオンの絵に強く引きつけられたのを記憶しています。TVゲームもない時代ですから、遊ぶ友だちがいない日には、お気に入りのシーンを模写することが楽しみの一つでした。
その頃から、私や私たち世代が、マンガ文化から大きく影響を受けてきとことは否定できません。電車の中でマンガを読みふける若いサラリーマンが話題となったことがありましたが、私たちも『鉄人28号』※1や『鉄腕アトム』※2に夢中になり、高校の頃は『カムイ伝』※3に心酔した世代でした。人前でマンガを見ることが少なかったとは言え、マンガ文化とともに育ち、学んだ紛れもない世代です。
マンガは子どものものというイメージは、私たちの頃から薄らいでいたように思います。
大学生になっても、仲間とともに「週刊少年マガジン」(発行:講談社)や「週刊少年サンデー」(発行:小学館)を毎週心待ちにし、回し読みをしました。『あしたのジョー』※4の矢吹丈と力石徹の死闘は、当時の大学生にとっても最大の関心事でした。
就職後、しばらくはマンガを手にする時間がないと思われたのもつかの間、生徒たちから『DRAGON BALL』※5と『ろくでなしBLUES』※6を教えられ、生徒との話題になっただけでなく、美術や道徳の時間の教材として取り上げたりしたものでした。『DRAGON BALL』に登場するクリリンや魔神ブーは生徒の心理を照らす存在でしたし、『ろくでなしBLUES』の前田太尊が時折見せる男の優しさは、私の説教より生徒には説得力があったようです。いずれも作者から当時の子どもたちへのメッセージとしてのマンガ力を感じたりしました。
その後、多忙な日々の中、久しくマンガ文化から遠ざかっていましたが、21世紀を迎えて、長いマンガとの付き合いからヒットの予感を感じたのが『20世紀少年』※7でした。主人公ケンジ達は、私より10歳下の世代ですが、『20世紀少年』を授業などで取り上げた先生はいたのでしょうか。
教科書に「漫画」が題材としての確かな地位を得たのは、平成14~17年度用中学校教科書「美術2・3上」(発行:日本文教出版)からだと思います。「漫画」と「マンガ」には微妙な差異はありますが、参考作品として取り上げられている「漫画」の中で「マンガ」も強い存在感を示しています。
美術への入り口は多様であり、「美」をめざす道程はその時代を照らしながら多方に広がり続けています。
若い世代を見てもそのエネルギーはますます拡大していくことを暗示しています。子どもから大人、そして高齢者まで、また、民族や言語文化を超えて共生する人々の心をつなぐ役割を果たしながら、表現力と伝達力をもった造形表現として、マンガ文化は拡大を続けるのでしょう。
そして現在も、私がそうであったように、マンガをきっかけに多くの子どもたちを「美術の道」へ誘い続けていることは確かです。
導入事例Case24
中学校1年『美術科ガイダンス』(1時間)
*年度はじめの授業で、挨拶や自己紹介の後に行う美術科ガイダンスの題材です。
◎主な材料
- 教科書
- 美術資料
- オリエンテーション資料プリント
- 参考作品5点
◎導入の工夫
T:(「幸せ」と板書して)「幸せ」について考えたことがありますか?
T:どんなときに「幸せ」を感じますか。
C:おなかが空いている時の一杯のラーメン。
C:練習を続けてきた競技の大会でいい成績がでたとき。
T:「幸せ」が「ある」というのは、ピンとこないかもしれません。
「幸せ」は物質や物体として存在するものではなく「感じる」ものだからです。
「美」もこれと似ています。それは「脳」の中の働きですから、強いていえば、「幸せ」や「美」は「脳」の中にあるということになります。
C:「うれしいな~」も、「すてきだな~」も、「きれいだな~」も同じ?
T:「作家が心と技術を込めて作った美術品」は美術館などにありますが、「美(美しいな~と感じる働き)」は、人の脳の中で、美しいと感じたときにだけ存在する、大切な働きです。
T:その時に必要になるのが、「感性」と呼ばれる「感じる心」と、「不愉快なものよりも、よりよいものや美しいものに目を向けようとする態度」です。
美術科は、描いたり作ったりする作業を基本として様々な能力の向上も目指しますが、もう一方では、「よいものを見て感じ、幸せを感じて生きていく態度」の訓練になって欲しいと思っています。
T:私たちの脳は、これらの作品から、多様な感性を感じることができます。
では配られたプリントを見て下さい。
![]() |
![]() |
(T先生の実践から)
※1 著:横山光輝 連載:月刊誌「少年」1956~1966年 発行:光文社
※2 著:手塚治虫 連載:月刊誌「少年」1952~1968年 発行:光文社
※3 著:白土三平 連載:月刊誌「月刊漫画ガロ」1964~1971年 発行:青林堂
※4 著:ちばてつや 連載:「週刊少年マガジン」1968~1973年 発行:講談社
※5 著:鳥山 明 連載:「週刊少年ジャンプ」1984~1995年 発行:集英社
※6 著:森田まさのり 連載:「週刊少年ジャンプ」 1988~1997年 発行:集英社
※7 著:浦沢直樹 連載:「ビッグコミックスピリッツ」1999~2006年 発行:小学館
ゆらゆらゆれて~ふしぎなせかい
※本実践は平成20年度版学習指導要領に基づく実践です。
|
指 導 計 画 |
|
|---|---|
|
題材名 |
ゆらゆらゆれて~ふしぎなせかい |
|
題材のねらい |
|
|
題材の可能性 |
|
|
材料・用具 |
マーブリング用インク、和紙、色画用紙(四つ切り)、パス、水彩絵の具、カラーペン、水、バット、かき混ぜ棒、はさみ、のり |
|
子どもの思いや活動 |
乾いてから、小さくなりすぎないように切っていく。切った紙をならべかえる。 |
2008年9頃に小学2年生のクラスで実践した、マーブリングした紙を切って、いろいろ組み合わせて楽しむ題材である。
![]() |
![]() |
子どもたちは不思議な世界が好きである。しかし、それを描くとなると戸惑う子どもも多い。そこで、マーブリングした紙から想像をふくらませて楽しんで描けるようにした。
マーブリングは、水を張ったバットにマーブリング用インクや墨を垂らし、できた模様を紙に写し取る技法である。箸や棒で引っ掻いたり息を吹きかけたりすると模様が変化する。気に入った模様になったところで、紙をのせて写し取る。
次にその紙を自由な形に切り、コラージュする。模様を気にして切っている子どももいれば、関係なく切っている子どももいる。
切った紙片を自由に組み合わせ、糊で貼る。こうしてできた画面から見えてくる世界を、パス、絵の具、カラーペン等で描いていく。子どもはマーブリング、切る、貼るという活動を通して、自然に不思議な世界に入っていくことができる。
まとめ
![]() |
![]() |
想像画をいきなり描いてみようと子どもに提案しても、どうしていいいか分からなくてとまどう子どもも少なくない。この題材のように、はじめのきっかけが自然にできると、子どもは作業をするうちに想像をどんどんふくらませていく。
この題材は、材料を替えるといろいろな可能性が出てくる。マーブリング用インクを墨に替えたり、紙片を貼る台紙を立体にしてもよい。マーブリングは絵の具と筆でするよりも短時間で大きな紙に彩色できることになるので、共同制作としても利用できる。
古代、生死をかけた政争劇
古代大和の地では、大王(おおきみ)から天皇と言われるなかで、政治の中心である天皇の位をめぐり激しい政争が渦まいていました。この権力闘争は、昨今の政争劇のようなものではなく、生死をかけたものでした。その一端は前回の「平城京・天平政治の舞台裏」(Vol.37参照)で垣間見ましたが、ここであらためて、血ぬられた王権をめぐる闘争がもたらした世界を読み解くこととします。
権力をめぐる生と死の約100年
|
587年 |
蘇我馬子、穴穂部皇子を殺させ、ついで物部守屋殺害、物部氏滅亡。 |
|
592年 |
馬子、東漢直駒に崇峻天皇を殺害させる。 |
|
604年 |
聖徳太子、冠位・憲法を定める。 |
|
628年 |
推古天皇、病重く、皇位に関し田村皇子と山背大兄王に詔す。 |
|
629年 |
推古歿、大臣ら天皇の璽印(じいん)を田村皇子に献ず。皇子即位、舒明(じょめい)天皇。 |
|
642年 |
舒明歿、皇后即位、皇極天皇。蘇我入鹿、国政を執る。 |
|
643年 |
蘇我入鹿、聖徳太子の王らを廃し、古人大兄皇子を立て天皇にしようと謀る。 |
|
645年 |
中大兄皇子・中臣鎌足、蘇我入鹿を飛鳥板蓋宮(いたぶきのみや・現奈良県明日香村)の大極殿にて殺す。蝦夷、「天皇記」「国記」等を焼いて自害。 |
|
649年 |
右大臣倉山田石川麿、皇太子暗殺と讒訴(ざんそ)※1 されて自害。 |
|
655年 |
孝徳歿、皇祖母(皇極)重祚、齊明天皇。中大兄皇子が再び皇太子。 |
|
658年 |
孝徳の皇子有間皇子(ありまのみこ)を謀叛の廉(かど)※2 で紀伊国(現和歌山県)藤白坂で処刑、関係者を処断。 |
|
661年 |
天智天皇(中大兄皇子)即位。 |
|
668年 |
皇弟大海人皇子を皇太子に立てる。 |
|
671年 |
大海人皇子、東宮を辞し、沙門に入り、吉野に入る。 |
|
672年 |
大海人皇子、近江の朝廷に異をとなえ兵を起す(壬申の乱)。 |
|
673年 |
大海人皇子即位、天武天皇となる。 |
|
681年 |
草壁皇子を皇太子に立てる。 |
|
683年 |
大津皇子、朝廷の政治を行う。 |
|
686年 |
天武天皇歿。鸕野(うのの)皇后が政治を執り、大津皇子、謀叛の嫌疑で死刑。 |
|
689年 |
皇太子草壁皇子の死により即位、持統天皇となる。 |
|
697年 |
持統天皇譲位、太上天皇と称す。 |
権力闘争の相貌
大和王朝といわれる日本国の確立は、蘇我・物部の抗争、大王家たる天皇一族と蘇我の対立、天皇家の一族内における権力闘争へと血で血を洗う争いで彩られています。蘇我入鹿親子は、家を宮門と称し、その男女を王子とよばせ、城册(城郭)を築き、兵庫を構え、兵に家を護らせ、天皇に代わりうる者としての力を誇示したと糾弾されました。ここには、蘇我のような力ある氏からみれば、王のなかの王である大王の座が流動的であり、崇峻天皇殺害にみられるように、天皇位が大臣らの意向に強く左右されるものであったことがうかがえます。
それだけに天皇になった者は、己の血筋に継承させるべく、他氏との合従連携という政治工作で天皇の座を守り、さらに天皇になりうる者の系譜を排除することに奔走しております。そこでは天皇家の一族内での陰惨な暗闘が繰り返されていました。中大兄皇子は、孝徳天皇を擁立、皇太子として大化改新後の政治の実権を中臣鎌足と共に掌握しました。孝徳は、難波長柄豊崎宮(なにわながらのとよさきのみや・現大阪市中央区)に都を遷して己の政治を執ろうとしますが、皇太子中大兄が飛鳥に引き揚げ、皇后間人皇女にも去られ、失意の内に歿しました。中大兄は、即位せずに母である皇極が重祚して齊明天皇となり、再びその皇太子として政治の実権をにぎりつづけます。
こうした中大兄皇子にとって目ざわりな存在は、齊明の下で営む己の施政に異をなし、心の病を装いて紀の国牟婁(むろ)の湯(現和歌山県西牟婁郡白浜町湯崎温泉)に逃れた孝徳の子有間皇子(母は安倍内麻呂娘小足媛・おたらしのひめ)です。有間皇子は、謀叛の密告で捕縛され、尋問に対し「天と赤兄だけが知っており、吾は全く知らない」と応えています。父舒明・母皇極の子たる中大兄皇子は、有間皇子を殺すことで、欽明-敏達-推古(敏達皇后)-舒明-皇極(舒明皇后)に連なる王統を守ろうとしたのです。
中大兄皇子は、自己の王統における異質な存在を排除した後に即位、天智天皇となり、皇極という母を同じくした弟である大海兄皇子を皇太子となし、政治の表舞台に立ちます。天智の弟大海人皇子は、有間皇子の謀殺をはじめ、血で血を洗う政争場裏に生きた者として、天智の子大友皇子の存在が大きくなるにつれ、己の身が危うくなることを怖れ、沙門して吉野に逃れました。
この吉野行きは「虎を野に放つようなものだ」と言われ、大海人皇子を慕う者は吉野に集まります。こうして天智王朝に代わる天武王朝への道が開かれたのです。ここに武力で天皇位を奪取した壬申の乱の勝利者である天武天皇と皇后鸕野讃良(うののささら)には、己の血筋こそが何よりも天皇位を受け継ぐ正当なものであり、何人も侵すことが許されないものとみなされたのです。天武没後に鸕野皇后は、天武の正統な王統譜を守護すべく、わが子草壁皇子が亡くなったので即位します(持統天皇)。
持統天皇は、己の血に連ならない天武の第三皇子である大津皇子(天智天皇皇女大田皇女)を殺し、我が子草壁の血筋を守るべく、草壁の子珂瑠を即位させ(文武天皇)、初めての太上天皇となることで天皇の継承を見守り、異質な存在を死に追いこんで行くことをいといませんでした。
まさに天武・持統の血筋こそは、正当なる王権の証とされ、聖武天皇に体現される平城京の政治と文化を担います。その舞台裏では、「平城京・天平政治の舞台裏」に描かれたような、多くの血が流される世界が展開しておりました。
悲愁を詠う
政治の敗者は、己が非命を歌に託し、世に問いかけています。有間皇子が詠んだという辞世歌が『万葉集』におさめられています。ただし折口信夫(おりくち・しのぶ)は後世の人が皇子の心を詠んだ歌ではないかと述べています。
磐代の浜松が枝を引き結び真幸あらばまた還り見む
家にあれば笥に盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る
大津皇子は、「体格容貌がたくましく、気宇壮大にして、幼少より博覧強記で、成人して文武に優れ、自由闊達な人柄にして、皇子でありながら謙虚、人々を厚くもてなし、人望をあつめていた」と『懐風藻』が認めており、『日本書紀』も皇子を讃えています。天武は、この皇子に大きな期待をよせ、政治をとらせました。それだけに持統天皇は、その存在が疎ましく、わが子草壁のためにも殺さねばならなかったのです。姉大来皇女は、伊勢神宮の斎宮でしたが、刑死した大津皇子が二上山に移葬されたとき、弟を悼み、詠みました。その歌には嘆きの深さが読みとれます。
うつそみの人なる我や明日よりは二上山を弟と我が見む
磯の上に生ふる馬酔木を手折らめど見すべき君がありといわなくに
歴史を読む作法で求められるのは、敗者に想いをよせ、敗者の目で時代に想いをはせ、勝者の目で綴られてきた歴史を問い質すことではないでしょうか。
※1:人を陥れるために悪く告げ口をすること
※2:ある事柄の原因・理由となる点
デジタル教科書が現実的になってきたのだろうか。
ここのところ教科書のデジタル化に対する動きが加速化してきた。
話題のiPadのようなデバイスの登場や、電子小説が始まりだし、紙からデジタルへの動きはとまらないのだろうか。
教科書もまたどんな展開が待ち受けているのだろう。すでに来年から使用される新しい小学校の教科書では、教科によってはデジタル化された教科書が誕生するという。将来的には、児童生徒ひとりに一つが理想だというが…。そんな中、民間主導でひとつの協議会が誕生したのでご報告しておこう。

- デジタル教科書教材協議会
全ての小中学生がデジタル教科書を持つという環境の実現を目指す「デジタル教科書教材協議会」が、5月27日慶應義塾大学三田キャンパスで設立準備会を開催した。この準備会には、呼びかけ人でもある元東大総長の小宮山宏氏(株式会社三菱総合研究所理事長)、樋口泰行氏(マイクロソフト株式会社代表執行役社長)、嶋聡氏(ソフトバンク株式会社社長室室長)、中村伊知哉氏(慶應義塾大学メディアデザイン研究科教授)が登壇し、協議会の概要・趣旨説明等を行った。
協議会は、デジタル教科書教材普及に向けて、課題の整理や、ハード・ソフトの開発、政策提言、実証実験、普及活動等を推進していくとのことだ。協議会の構成は、孫正義氏ら7名の呼びかけ人と、企業からなる幹事会員と一般会員。「現場の先生方、研究者の方々とオープンなコミュニティを作りながら進めていきたい」(中村氏)、とのこと。政府にもオブザーバーとしての参加を求める。産学連携の受け皿、プラットフォームとして機能することを目指している。
会員の活動としては、勉強会のほか、教科書教材のモデル等を検討する「未来モデル委員会」と普及方策や実証実験を実施する「普及啓発委員会」の活動を予定している。5月25日現在で、幹事として入会を申し込んでいるのが、すでにソフトバンク株式会社、株式会社ベネッセコーポレーション、マイクロソフト株式会社など、12社。一般会員として申し込んでいるのが、ソニー株式会社、株式会社電通、凸版印刷株式会社など18社という状況。
デジタル教科書教材協議会
設立準備会において樋口氏は「ビジネスの世界では、コンテンツのデジタル化は当たり前のこと。ITリテラシーはビジネスマンとして基本的な力となってきている。ITの活用は単にデジタルコンテンツをどのように有効活用するかといったことにプラスして、考える力・コラボレーション力などを高める。電子教科書・教材の導入によって、世界の中での日本の競争力・教育力を高めていきたい」と語った。また、嶋氏は、明治維新の義務教育制度導入を例にあげ、「工業社会から情報社会になり、今は100年に1度の国家パラダイムシフトのとき。情報社会にはIT義務教育(情報検索力・思考力)が必要。日本の人材をどうしていくかを考えるときである。パラダイムシフトを具現化するのが電子教科書・教材という思い」と述べ、今が変化のときであると強調した。
協議会が具体的に何をやっていくかはこれから決定していくということであるが、「会員からの提案をいただいて実行していくことになる」と中村氏。実証実験については、小宮山氏より「どの教科でもいいので、1科目教科書に相当するものを作って1年をかけて実験したいと思っている」との発言があった。
協議会は7月27日に設立総会を予定している。
※関連URL:デジタル教科書教材協議会 http://ditt.jp/![]()
活用力を育成するための授業改善に関する2つのポイント-「全国学力・学習状況調査」の結果からの示唆-
1.調査結果を授業改善に生かすこと
「指導と評価の一体化」といわれるように、子どもたちの評価結果を日頃の指導にフィードバックさせることが大切です。PISAやTIMSS、全国学力・学習状況調査(以下、学力調査)といった各種調査の結果についても、順位や正答率だけに注目するのではなく、調査問題に対する子どもたちの思考過程の特徴や誤答の傾向などを授業改善に生かすことが重要です。
こうした視座から、本稿では、「学力調査」の「B問題」を取りあげ、「活用力」に関する子どもたちの課題を考察するとともに、その課題をふまえた授業改善の方向性について検討したいと思います。
2.「学力調査・B問題」の調査結果から示唆される今日的課題
平成20年度の「B問題」3では、「図形の性質と面積」に関する問題が出題されています。(1)では、まず、図1のように、三角形の頂点を中心に半径10cmの円の一部をかき、3つの黒い部分をあわせた面積を求める式「10×10×3.14÷2」を4つの式の中から選択させています。三角形の内角の大きさの和が180°になることを基に、求める面積が半径10cmの円の半分になることの理解を問う問題です。(1)の正答率は58.0%にとどまっており、「調査結果概要」では、「円の面積の求め方を基に、半円の面積の求め方を表す式を読み取ることに課題がある」(P220、下線筆者)と指摘されています。
(2)は、図2のような長方形において、4つの黒い部分をあわせた面積が、(1)の三角形の3つの黒い部分をあわせた面積の2倍になっていることを問う問題です。(2)の正答率は69.3%であり、「三角形から長方形に図形を変えて考える発展的な場面で、図形の性質を基に面積の関係を考えることに課題がある」(P221、下線筆者)と指摘されています。
続く(3)では、図3のように、長方形から四角形に図形を変えた発展的な場面が与えられています。その上で、図3の4つの黒い部分の面積の和が、(2)の長方形の面積の和と同じになる理由を言葉や式を用いて記述できるかどうかを問うています。
「面積は同じになる」という選択肢を正しく選び、その理由も記述できた子どもは、33.4%にとどまっており、「長方形から四角形に図形を変えて考える発展的な場面で、図形の性質を基に面積の関係をとらえ、判断の理由を言葉や式を用いて記述することに課題がある」(P223、下線筆者)と指摘されています。
3.授業改善に関する2つのポイント
これらの調査結果や課題をふまえ、筆者は、次の2つの視座からの授業改善の重要性を感じています。
第一は、数学的表現力や数学的コミュニケーション能力の育成を重視した授業です。新学習指導要領では、言葉や数、式、図などといったさまざまな数学的表現を使って、自分の考えや解法を説明し伝え合う能力の育成が強調されています。前節のB問題では、(1)において式読に関する課題が指摘されるとともに、(3)では、言葉や式を用いた数学的表現力に関する課題が指摘されています。こうした課題は、中学校のB問題においても同様に指摘されている課題です。そのため、いわゆる「練り上げ」の場面などにおいて、さまざまな数学的表現を使って、自分の考えや解法を表現し伝えたり、逆に、数式や図などを読んで、他者の考えや解法を解釈したりするといった算数・数学的活動を充実させることが重要です。
第二は、知識や考え方の本質を理解させるために、問題を発展的に考える授業の工夫です。前節のB問題の(2)や(3)に関する結果にもみられるように、基礎的な知識・技能や考え方を発展的な場面で活用することに課題がみられます。当該の知識・技能や考え方の本質をとらえ、「生きてはたらく」知識・技能や考え方として理解するために、知識・技能や考え方の活用の仕方や発展のさせ方を子どもたちに示す必要があると考えます。こうした視座から、日頃の指導では、当面の問題を解決することで満足するのではなく、問題解決の過程を振り返りながら、解法や考え方を別の場面や問題に活用する学習活動を意図的に仕組むことが重要です。その際、「場面や条件を変えたらどのようになるか?」といった問題意識をもたせながら、子ども自身によって問題を自律的に発展させることができるように指導を工夫したいものです。
[引用文献]
文部科学省・国立教育政策研究所『平成20年度全国学力・学習状況調査【小学校】調査結果概要』(平成20年8月)
平成23年度用 新版「わたしと せいかつ」教科書特集号
※PDFデータをダウンロードしてお読みいただけます。(下記ご参照)
インデックス
い~め~る
松本明子
1.
新版生活科教科書特集
13.
[連載]ナカヤマヒロシのてだてだ(6)
中山洋司
研究と実践
14.
(生活)高洲の自然を食べよう・春夏秋冬
山嵜早苗
17.
(総合)食材の物々交換による交流学習が支援する食育
藤本勇二
20.
[連載]特色ある実践を求めて
村川雅弘
22.
わいわいわくわくワークショップ
佐野珠代
24.
研修新時代 こんな時どうするの?
竹内 亮
25.
生活・総合への提言 ~イメージマップで活動の想定~
小山紳一
28.
(1)福岡県春日市立日の出小学校
髙橋明子
29.
(2)大阪府高槻市立郡家小学校
三木正博
30.
[連載]栽培特集 ペットボトルでイチゴづくり!(4)
竹村久生
裏表紙
[連載]Dr. 小林のこれなあに?
小林辰至
私の学校の特色
生活&総合教室 No.58 「わたしと せいかつ」教科書特集号(1/3):ダウンロード (2.7 MB)
生活&総合教室 No.58 「わたしと せいかつ」教科書特集号(2/3):ダウンロード (3.1 MB)
生活&総合教室 No.58 「わたしと せいかつ」教科書特集号(3/3):ダウンロード (4.0 MB)
※ファイルの内容について
・PDFファイルは、閲覧・印刷用です。
・イラストや写真は解像度を落としています。
・コンピュータ・回線環境によってはダウンロードに時間がかかる場合があります。
※データのダウンロード(保存)方法
ダウンロードには下記方法があります。
・アイコンを直接クリックした後表示されるページで、「別名で保存」を選択して保存してください。
・アイコンを右クリックし「対象をファイルに保存」や「リンクを別名で保存」などを選択し、保存先を選んでください。
国際交流から見えるもの
■ 中国・上海万博が開かれている
史上最大の240余の国と地域、国際機関が参加している。1970年、月の石で話題を呼んだ大阪万博の6400万を上回る過去最大の7千万人の入場者を見込んでいる。
北京五輪を成功させ、世界第2 位の経済大国に駆け上がり、万博を成功させる。日本が40年前に歩んだ道を走り抜けようとする中国。
胡錦濤国家主席は、「中華民族5 千年の輝かしい文明と改革開放30年余の成功」を示す場と位置付け、中国の存在感を示す一方、「より良い都市、より良い生活」をテーマとし環境を意識した万博をアピールしている。
■ 日中青年の相互交流
静岡県は、中国・浙江省と4半世紀にわたり姉妹提携を結び、青年たちの交流を図っている。昨年も、(1)「青年相互の理解と友好の促進」、(2)「その経験を生かし、次代を担う地域リーダーの養成」を目的とした「ふじの翼グローバルリーダー養成事業」を実施した。
応募資格は、18歳(高校生は除く)から概ね35歳までとし、募集人数は25名。年間6回の国内講座を実施し、メインに海外交流(浙江省)をすえ、さらに、浙江省の青年を静岡に迎えて親交を深めるというプログラムである。
交流を通して青年たちの心に深く刻み込まれるのは、「友情」であり、「信頼」関係である。ホームステイが大きな役割を果たすが、活発な「シンポジュウム」も交流を超えた新たな人間関係を生むことに貢献している。
■ シンポジュウム
シンポジュウムのテーマは、世界の関心事である「環境」、「格差社会」のほか、「就職」、「恋愛」等日常茶飯に及ぶ。今回のシンポジュウムを通して、両国青年の意識に大きな違いがあることに気付いた。その第1 は、浙江省の青年は、個人より、国の未来に関心が強く、どのように発展させていくか、環境問題を克服し、格差社会にどう対処していくかなど国の抱える課題に話題が集中する。一方、静岡の青年は、個人が思考の原点であり、今、自分のできることは何か、今後、何をなすべきかを考え、その上で、自らの夢を語り、社会の在り方に言及するスタイルをとる。
具体案はないものの浙江省の青年の課題の捉え方の大きさに静岡の青年は敬意を表し、逆に、浙江省の青年は静岡の青年の堅実な思考に感心するといった具合である。
■ 海外交流で得たもの
参加者の一人 Iさん(女性)は、報告書に次のように記している。帰国後、NHKでドラマ「坂の上の雲」がスタートした。時代は100年以上違えど、杭州で出会った若者の内には、この主人公と共通する、一種の「希望」が宿っていたように思う。少なくとも、日本の若者が到底感じることのできないであろう、「国民としての未来への期待感」を秘めているように感じた。
そして、杭州の若者に共通していたものは、「上昇志向」と「キャリア意識」の強さであったという。社会人として活躍しているとはいえ、30代の若者が、「日本から浙江省にどんどん投資してください」といった国を俯瞰し、かつ「一人ひとりが国を発展させることへの責任と期待を負っている」という自覚には心底驚きであったとも記している。
その一方、上海では、バスの窓越しに、赤ちゃんを背負い物乞いをする人を目の当たりにし、経済の発展途上の狭間にあって、想像もできないような苦渋を味わっている人の存在を知る。
■ 国民の幸せとはなにか
4月末、内閣府が初めて調査(3月)したという、国民の「幸福度」についての発表があった。調査は15 歳以上80歳未満の4千人を対象に、「とても不幸」を0 点、「とても幸せ」を10点として自分の現状を採点したものである。
回答者の平均は6.47 点で、同様の調査を行っている欧州各国の結果(2008年)に比べると、社会保障制度が充実しているデンマーク(8.4点)、英国(7.4点)、フランス(7.1点)よりも低い。中国のデータがないので詳細は不明であるが、出会った杭州の若者は、幸福度こそ高くはないものの、前向きで日々の生活に「充実感」をもっていることは間違いない。彼らには夢があり、現状を少なくとも不幸だと思ってはいない。
■ 相互交流から相互理解へ
2000年に日本語の「かわいい」が台湾経由で中国語になったという(『中国と日本』王敏著)。2006年には中国語に新語「特萌」が登場した。「チョー(超)、カッコイイ」の意味で使うという。日中両国の交流は進み、相互理解も深まっている。しかし、草の根の交流を通して実感することは、日中の文化、思想の大きな違いである。この違いを理解し、認めあうことが何より大切なことである。それは、「共に」「同じ」という価値観ではなく、「共に」「異なる」という認識を共有することである。
21世紀は、アジアの時代でもある。隣国の中国とは、良きパートナーでなければならない。そのためには、若い人たちの相互理解が欠かせない。

パリ20区、僕たちのクラス(2008年・フランス)
(C) Haut et Court – France 2 Cinema
まだ学生のころ、ある私立の中学校で、社会科の教育実習をしたことがある。2週間ほど、40人ほどの生徒たちと、朝から終業まで、同じ時間を過ごす。自由闊達、のんびりした校風のせいか、ある数人を除いては、みんないい生徒たちだった。しかし、ある数人のうちのひとりの男の子は、折りにふれて、いろんな決まりごとを無視する。終業時の掃除はしない。ことごとく反抗的、クラスでも浮いた存在のようであった。
授業のあとの掃除の時間、掃除当番の彼は、何もしないで突っ立っているだけ。いまなら大問題になったかも知れないが、たまりかねて樹脂製のちりとりで、彼の頭を殴った。驚いた彼は反抗の意志を示したが、そこはまだ中学生。その場だけのハプニングで終わった。彼とは実習が終わっても、しばらくつき合いが続いた。
そのような思い出が、ふとよみがえるような映画「パリ20区、僕たちのクラス」(東京テアトル配給)を見た。
舞台はパリ20区にある中学校。20区は、いろんな国からの移民たちが多く住んでいるところ。母国語を持ちながら、フランスで暮らす人たちの子どもたちが、中学校に通っている。この地区は、恵まれた人たちが住んでいるところではない。アフリカやアジアなどからの移民たちでさまざまである。
先生になって5年目、まだ若い国語(フランス語)の先生フランソワ(フランソワ・ベゴドー)と、24名の生徒たちの一年が、ドキュメント・タッチで描かれる。
大きな暴力事件や、ひどいいじめはないものの、生徒たちはどの先生にもかなり反抗的である。フランソワがむきになればなるほど、フランソワの揚げ足を取る。
フランソワが宿題を出す。自分の紹介を書く、というものである。ジュリエットは「13歳の私に語ることはない」。「沈黙より軽い言葉は発するな」と腕に入れ墨をした黒人のスレイマンは「僕のことは僕にしか分からない」。
また、アンネ・フランクの「アンネの日記」の授業をふまえたリュシーは「私たちの人生はアンネと比べて面白くはない」。
文法の接続法半過去を習ったアンジェリカは、「こんな古い話し方は、おばあちゃんでもしません」。
あるときから、フランソワとの仲がうまくいかなくなったクンバは「国語の授業で、家族や生理のことなどは話しません」といった手紙をフランソワに送ったりする。
ふだんは、サッカーの好きな、どこにでもいるふつうの幼い中学生たちである。しかし、教師たちと渡り合う会話は、もうすでに大人の世界に足を踏み入れている。
フランス語はまだ苦手なのに、優秀なアジアの子もいる。ラッパーにあこがれているエスメラルダは鋭い。「警官は悪い人ばかり、だからいい警官になりたい。警官が無理ならラッパーになりたい」。
このような生徒たちと、フランソワの1年が、丹念に描かれている。フランソワのちょっとした一言「ペタス」が、大問題になったりもする。フランス語の「ペタス」は、「娼婦」と「下品な」という意味である。結果、スレイマンの退学問題にまで事が大きくなる。
いろんなことがあった一年。フランソワは、それぞれの写真を編集した記念文集を配布する。学んだのは、生徒たちだが、何よりも学んだのはフランソワかもしれない。
ドキュメントと思いきや、本作は劇映画である。じっさいに教師だったフランソワ・ベゴドーの書いた「教室へ」(早川書房)が原作である。しかも、原作者が自身でフランソワを演じる。生徒たちもすべて、映画のための演技である。
この奇跡のような映画は、第61回のカンヌ国際映画祭のパルムドール(最高賞)を受賞。なめらかに、さりげなく、リアルに演出したのは、ローラン・カンテ。両親が教師である。
日本の中学校の教室にいる先生たちに、ぜひ見てほしい。
2010年6月12日(土)、岩波ホール
にてロードショー
■「パリ20区、僕たちのクラス」公式Webサイト
監督:ローラン・カンテ
製作:キャロル・スコッタ、キャロリーヌ・ベンジョ、バルバラ・ルテリエ、シモン・アルナル
原作:フランソワ・ベゴドー「教室へ」(早川書房刊)
脚本:ローラン・カンテ、フランソワ・ベゴドー、ロバン・カンピヨ
撮影:ピエール・ミロン
編集:ロバン・カンピヨ
原題:Entre les murs
2008年/フランス映画/上映時間:128分
配給:東京テアトル
平成23年度用 新版「図画工作」教科書特集号
※PDFデータをダウンロードしてお読みいただけます。(下記ご参照)
インデックス
1.
[巻頭言]『学習指導要領を視覚化する教科書』
ふじえ みつる
2.
[特集]平成23年度用 新版「図画工作」教科書
『新しい教科書の考え方』
岩崎由紀夫
内容解説
4.
造形遊びをする『子ども主体の造形活動を考える』
阿部宏行
6.
絵に表す『描くことを楽しみ、描くことで「生きる力」を育む』
林 耕史
8.
立体に表す『わかりやすい教科書を目指して』
名達英詔
10.
工作に表す『つくる面白さ、生活を楽しく豊かにする喜び』
橋本光明
12.
鑑賞する『「見ることを楽しむ」活動へ』
大泉義一
14.
特設ページ『子どもたちの感性を刺激して豊かな発想・構想へとつなぐ』
水島尚喜
18.
『教科書編纂に携わって』
20.
『平成23年度用 新版「図画工作」題材一覧』
22.
『平成23年度用 新版「図画工作」構造図』
24.
[連載]鏃YAJIRI
形 forme No.293 「図画工作」教科書特集号(1/4):ダウンロード (2.9 MB)
形 forme No.293 「図画工作」教科書特集号(2/4):ダウンロード (2.3 MB)
形 forme No.293 「図画工作」教科書特集号(3/4):ダウンロード (2.9 MB)
形 forme No.293 「図画工作」教科書特集号(4/4):ダウンロード (4.4 MB)
※ファイルの内容について
・PDFファイルは、閲覧・印刷用です。
・イラストや写真は解像度を落としています。
・コンピュータ・回線環境によってはダウンロードに時間がかかる場合があります。
※データのダウンロード(保存)方法
ダウンロードには下記方法があります。
・アイコンを直接クリックした後表示されるページで、「別名で保存」を選択して保存してください。
・アイコンを右クリックし「対象をファイルに保存」や「リンクを別名で保存」などを選択し、保存先を選んでください。
















