改めて「自然形からの構成」の意味を考える

今月のPHOTO:初夏を告げる「タチアオイ」、私の大好きな花のひとつです。(郡山市)

今月のPHOTO:初夏を告げる「タチアオイ」、私の大好きな花のひとつです。(郡山市)

 表現するために「よく見る」という意味は、詳細に観察した対象を細部にわたって描くことにより、そのものの持つ特徴や特性を知り、私たちと共生する生命や、ものの存在を深く知ることにあると思います。
そのことをささやかに支えていた題材が「自然形からの構成」ではないかと考えるときがあります。

学び!と美術vol039_05

平成18~23年度用教科書「中学美術1」P.22・23

 「自然形からの構成」のお決まりモチーフはピーマンでした。ピーマンを二つ割りにしてみると、ピーマンとしての形状を持ちながら、非常に個別的な形が出現します。その個が持つ形状を生かし、ピーマン特有の形を失うことなく単純化したり、強調したりする中に、モノを見取る学習の意味があったと思うのです。1年の構成ページを編集するにあたり、ピーマン以外のモチーフ探しには苦労しました。キャベツやブロッコリーを使ったこともありましたが、レモンやトマトでは個別性が弱く、個々の形が似すぎているというのは形状の面白味に欠けるのです。その点、ピーマンは歪んでいたり、肉厚であったり、種が多かったりして個性的でありながら、ピーマンであるというすぐれたモチーフでした。そして、授業で扱うには安価であることも大切な条件でした。

 「自然形からの構成」は、現在でも多くの中学校で行われています。その成果を各地の生徒作品展で見る機会は多いのですが、昭和期の教科書と比べて近年の教科書では、「構成」に割かれる頁が少なくなっていることにお気づきでしょうか。基礎・基本が重視されるようになって「構成」が改めてクローズアップされるはずが、現行の教科書では、「自然形からの構成」が1年の23ページに少しあるだけです。2・3年下では、「見え方の不思議」に「構成」の名残が感じられるほどになっています。

学び!と美術vol039_04

平成18~23年度用教科書「中学美術1」P.4~6

 美術教育の基礎・基本には、多様な見方と考え方があります。基礎と基本という言葉自体が曖昧であることも影響していると考えられます。例えば、文字を書くために鉛筆の持ち方は基本であるとしたら、文字を書くことは文章を書くことの基本でもあり、それらの基礎は、伝えようとする情緒的なその人の感情や考えの抱き方ということになるのかもしれません。美術でも、子どもの描きたいという欲求を基礎として筆や色彩を上手に用いて風景を描く場合も、表現技術や技法、造形要素などを考えると、基礎と基本の所在は流動的ということになるのです。
 基礎・基本の意味が曖昧なままでは、会話や研究に不便をきたしますので、私なりの分け方をしています。造形的な表現活動から身に付く造形能力を「基本」、人間性として学習され、発揮される能力を「基礎」と分類するようにしています。その分け方では、小学校の「造形遊び」や中学1年の教科書(日本文教出版 平成18年発行)では、4~6ページの「つくり出す喜び」は「基礎」となりますから、「構成」と合わせて基礎・基本と考えることもできます。それが「構成」のページが少なくなった理由のひとつであると考えられるのです。けっして「自然形からの構成」からの学びが軽視されている訳ではありません。
 では実際に「自然形からの構成」を指導するにあたり、この題材の難しさは導入にあると感じている先生は少なくないのではないでしょうか。生徒に表現の意味を説明し、導入することが困難であると感じたことはありませんか。これは構成の題材に共通する課題であると思われます。特に、現代っ子たちは完成作品が実用的であることを望む傾向にあります。そのため、工芸題材を多く扱うようになったと指導計画について話される先生方が増えています。改めて「構成」の意義を考えてみる必要がありそうです。

 例えば、私たちが会話やちょっとした筆談で「犬」を話題にすることがあります。ところが、犬という生き物はいるのに「犬」は実際に存在せず、いるのは飼われている犬の「ポチ」や「太郎」です。犬とは、犬属の総称であり、大きさや毛並みが似ていると思われる四本足の動物を見て、猫や狐、イノシシなどを私たちは識別することができます。
 また、夕暮れ時などに遠くから樹影を見て、杉や松、ケヤキ、クスノキなどを見分けられる場合があります、特に葉がよく茂る盛夏の頃には、木々の枝ぶりがその特徴をよく示し、夜を迎える一瞬の空間にそれぞれ独特の雰囲気をかもすことを知っています。また、木に精通した人は、葉の形態だけでなく、樹皮や製材の木目、木の香からもそれが何の木であるかを見分け嗅ぎ分けることもできます。やはり、木という植物は存在せず、現実にあるのは桃の木、リンゴの木であり「木」は総称です。さらには、我が家にある「柿の木」と隣家の「柿の木」を私たちは視覚的に、あるいは味覚的に識別し「柿」の木も総称であるということになります。つまり、私たちは観察の経験によって、それぞれの個別性を認識するとともに、大くくりにそれらの共通する特徴を捉えているのです。

 よく見てよく知るということは、単に眺めているだけでは得られません。そして、特徴を捉えた対象を単純化したり強調したりしたものを組み合わせて、「美」を創造するところに「構成」の学びの本質があるのではないでしょうか。
 よく見て描くこと、対象を観察して特徴を捉えて構成することを美術の基礎として、これからも指導に当たってほしいと願います。
そうすれば、大学生の約2割が描く「四本足のニワトリ」は少なくなるのではないかと思います。

導入事例Case27

小学校3・4年(複式)
「びっくり美術館」~気持ちいい形Part1・オブジェを作ってみよう~(開発単元)

*多様な造形作品との出会いから、よさや美しさなどを自分らしく感じ取り、表現することの楽しさや美しさ、おもしろさに気づかせるための題材です。

◎主な材料

  • 廃材
  • ペンキ

◎導入の工夫

 「本物らしく作ったり描いたりすること=上手な作品作り」という考えの児童が多く見られたため、県立美術館「橋本章展」の鑑賞を企画しました。一見、大きな「ガラクタ?」と思われ作品から刺激を受け、材質の違いや表し方、制作の過程などに「すごい!」「かっこいい!」という思いがもてるようにしたいと考えました。本時の導入では、その体験を話し合わせ、「ぼくたちもこんな作品を作ってみたいな。」という思いを引き出そうとしました。

T:橋本章さんの作品をみて感じたことを話し合おう。
C:いろんな色があってすごかった。
C:大きくてはく力があったよ。
C:いろんな材料を使っていたけど、題名のようにみえたよ。本物そっくりじゃないけど。
C:ぼくたちもオブジェを作ってみたいな。

◎児童の変容

 「上手に描いたり作ったりしなくてもおもしろい作品はできるんだ。」「何かを伝えたいという気持ちが大切だと思った。」というような感想が多くの児童から出されました。様々な素材や条件を活かして、表し方を工夫している作者の思いと目の前の作品に驚き、そのおもしろさを感じたようです。そして、造形作品への親しみや関心を抱くことができたようです。

<児童の作品:BBステーション>

学び!と美術vol039_11 学び!と美術vol039_10 学び!と美術vol039_09

(S先生の実践から)

導入事例Case28

小学校4年『25の□で何できる?』~ごばん目のシートで~(3時間)
材料を基にした造形遊び:図画工作4「ごばん目もよう」(日本文教出版 昭和40年発行)

* 本題材は、25個の正方形で構成される「ごばんの目シート」を切ったり、折ったり、貼ったりして試行錯誤し、見たてを楽しみながら互いに情報交換して、新たなもの(こと)を創造する題材です。
 また、升目をすべて切り離してしまわないなどの条件を与え、立体をつくる思考へと意図的に導きながら適度な抵抗感を与えることができる題材です。

◎主な材料

  • ごばんの目のシート(画用紙)
  • スティック糊
  • はさみ等

◎導入の工夫

T:(25の□で何できる?「ごばんの目シート」で、と板書し)
T:これが「ごばんの目シート」だよ!
T:どんなことになるかじっくり見てね!(教師の前に児童を集める)
(シートを切る、折る、貼るなどして簡単な参考作品をつくって見せ、活動イメージを抱かせる)
T:先生は何をつくったと思う?
C:カブト虫! 反対から見ると、トカゲかな? 立てて見ると、お相撲さん!
C:なるほど見える、見える。
T:(子どもの見たてを板書し)見方を変えると、いろんなものに見えてくるね!
どんなものができそうかためしてみよう!(板書)
T:さて、先生はどんなことをして「ごばんの目シート」を「変身」させたかな?
C:はさみで切った。手で折った。糊で貼り合わせた。それから丸めた!
T:そうだったね。よく見ていたね。(子どもの発言を板書しながら価値付ける)
T:それから「切り離さないこと」「線を生かすこと」を『やくそく』にするよ。

※試行錯誤する中でやりたいこと、つくりたいものが明らかになってきた頃合いをとらえ、相互鑑賞の機会を設けたり、必要な材料や用具を与えたり、新たな条件などを加えたりして、活動を発展させる。

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(E先生の実践から)


「優しい女」 ジョルジュ・ルオー作

油彩/紙(キャンヴァス地で裏打ち)/57×49㎝/1939/(C)CADGP,Paris&SPADA,Tokyo,2010
油彩/紙(キャンヴァス地で裏打ち)/57×49㎝/1939/(C)ADGP,Paris&SPADA,Tokyo,2010

 頭には愛らしい髪飾り、首には豪華なネックレスをつけて着飾っているこの女性(あるいは少女)は、ルオーが得意としたサーカス、または、旅芸人一座のスターを描いたものだと思われます。こちらに顔を向けた女性の姿は、両目をしっかりと閉じ、静かで穏やかな表情をしています。清楚で気品をたたえた本作は、ルオーが描いた数ある女性像の中でも、最も魅力的な作品のひとつといえるでしょう。
 ルオーの作品に共通する特徴として、なんといっても鮮やかな色彩表現と、黒くて太い輪郭線の多用があげられます。これは、ルオーが画家として自立する前に修行した、教会の窓ガラス装飾などに用いられるステンドグラスを制作する工房での研鑽の影響と考えられています。ステンドグラスに見られる特殊な制作技法、つまり、さまざまな色ガラスを黒く太い鉛の枠でつないで図柄を表すという技法が、ルオー作品の表現上の特徴として残ったものと思われます。
 さて、ルオーが生きていた頃のヨーロッパは、今と変わらぬ豊かな都市での生活というものが登場した時代でもあるとともに、2度の世界大戦を経験するなど絶望的な現実ももたらされました。このような中で、敬虔なカトリックの信者であったルオーは、その信仰に基づき、この世の救いというものがキリストの無償の愛によってもたらされるのだというメッセージを、作品を通して発信し続けたのでした。ルオーの描くこの女性の姿にも、神への切なる祈りの気持ちと、それによってもたらされた充足感が感じられます。

(出光美術館 学芸課長代理 八波浩一)

出光美術館 ico_link

  • 所在地 東京都千代田区丸の内3-1-1 帝劇ビル9階
  • TEL 03-5777-8600(ハローダイヤル)
  • 休館日 月曜(ただし月曜日が祝日・振替休日の場合は開館し、連休の翌日に休館)

<展覧会情報>

  • 日本のヴィーナス -浮世絵と近代美人画-
  • 2010年7月31日(土)~9月12日(日)

展覧会概要

  • 江戸時代の浮世絵と近代の美人画を中心に、古くからかたどられてきた美しい女性の姿をご堪能いただけます。なお、会期中8月22日までルオーの「優しい女」を特別に展示いたします。

<次回展覧会予定>

  • 「生誕260年 仙厓 -禅とユーモア- 」展
  • 2010年9月18日(土)~11月3日(水・祝日)

その他、詳細は出光美術館Webサイトico_linkでご覧ください。


マエストロ6 サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(c)Euro Arts Music International

(c)Euro Arts Music International

 『マエストロ6(シックス)』というタイトル通り、現在のクラシック音楽界の最高峰ともいえる指揮者たち6名のオーケストラ演奏が、相次いで映画公開される。その第一弾が、サイモン・ラトル指揮のベルリン・フィルハーモニー。その人気、実力は、世界屈指といわれている。
 映画ではあるが、コンサート会場にいる雰囲気が、存分に体感、味わえる。
 ふつうの映画より料金は割高だが、じっさいの公演チケットは、いずれも、おそらく数万円はする指揮者たちであり、オーケストラである。それを、映像、音響とも、最新設備の映画館で鑑賞できる。ちなみに学生料金は2500円。
 第二弾は、8月公開で、ヘルベルト・フォン・カラヤンの後任としてベルリン・フィルハーモニーの芸術監督を務めたクラウディオ・アバド率いるルツェルン祝祭管弦楽団。曲は、チャイコフスキーの幻想曲「テンペスト」ほか。
 以下、9月は、リッカルド・ムーティ指揮によるベルリン・フィルハーモニーで、ヴェルディの歌劇「運命の力」序曲、シューベルトの交響曲第8番。

 10月は、ピアニストとしても著名なダニエル・バレンボイムがベルリン・フィルハーモニーを指揮した、エルガーの「チェロ協奏曲」。バレンボイムの亡き夫人、チェリストのジャクリーヌ・デュプレが得意とした曲。そして、ブラームスの交響曲第1番。
 11月は、ロリン・マゼール指揮のニューヨーク・フィルハーモニック。ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」ほか。
 そして12月は、ベネズエラの若者たちのオーケストラ、シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラを率いるグスターボ・ドゥダメル。ドゥダメルは、ベートーベンの交響曲第5番「運命」と第7番でCDデビュー、たちまち世界で大ヒットを記録した。1981年生まれの、まだ若い指揮者である。曲は、ラヴェルの「ダフネスとクロエ」、レナード・バーンスタインの「ウエスト・サイド物語」から「マンボ」。
 いずれも、名曲揃い、そして、現代最高の指揮者、オーケストラばかり。これらのクラシック演奏の数々は、見る価値じゅうぶんと思う。

 サイモン・ラトルはイギリスの生まれ。バーミンガム交響楽団を一流のオーケストラに育てあげ、若くして、サーの称号を授与される。ベルリン・フィルハーモニーには、クラウディオ・アバドの後任として、2002年9月から芸術監督を務めている。
 2年ほど前に公開されたドキュメンタリー映画「ベルリン・フィル 最高のハーモニーを求めて」では、伝統を守りながら、常に新しいことにチャレンジし続けるサイモン・ラトルと、世界一のオーケストラに所属する自負を持ちつつ、プレッシャーのかかる日々を生きる団員たちの姿が、あますところなく描かれていた。
 このほどの映画は、毎年末に開催されるベルリンのジルべスター・コンサートの2009年のもの。この年のコンサートは、ロシアのレパートリーから、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。ピアノは、天才と称されている中国の若手ラン・ラン。そして、チャイコフスキーのバレエ曲「くるみ割り人形」の第二幕の音楽。
 もう、居ながらにして、ベルリンのフィルハーモニー・ホールにいるようである。
 ラフマニノフの第2番は、1945年のイギリス映画「逢びき」で使われて、一躍、有名になった曲である。ここでのラン・ランは、いささか派手なアクションではあるが、その華麗な技巧は定評あるところ。叙情たっぷりに、ラフマニノフの難曲を弾ききる。
 後半は、「白鳥の湖」「眠れる森の美女」と並ぶチャイコフスキーの3大バレエ曲のひとつ「くるみ割り人形」の第二幕。ハープが美しく弾かれ、どこかで聴いたことのあるメロディがたくさん。「葦笛の踊り」、「花のワルツ」などで有名なバレエ曲である。ラトルは、楽しそうな表情で指揮する。
 アンコールは、意表をついたもの。ラン・ランのピアノによる曲は…。オーケストラのアンコールは、小さな子どもたちがコーラスで参加する。これまた、意表をついた曲。どちらもお楽しみに。

(c)Euro Arts Music International

(c)Euro Arts Music International

 もちろん、CDで聴くことのできる音楽ではあるが、映像では、指揮者やソリストの表情が、きめ細かく捉えられる。音楽によって異なるさまざまな表情は、より、その音楽への理解を助けてくれるはずである。
 ベルリン・フィルハーモニーのコンサート・マスターは、1979年生まれの樫本大進。安永徹の後をついで、堂々と務める。
 夏から秋冬と、いい音楽でいっぱいの映画を楽しんでください。

2010年7月31日(土)より、新宿バルト9ico_link ほか全国順次ロードショー!

マエストロ:
1.サイモン・ラトル
2.クラウディオ・アバド
3.リッカルド・ムーティ
4.ダニエル・バレンボイム
5.ロリン・マゼール
6.グスターボ・ドゥダメル
オーケストラ:
1.ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(作品:Simon Rattle・100分)
2.ルツェルン祝祭管弦楽団(作品:Claudio Abbado・95分)
3.ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(作品:Riccardo Muti・98分)
4.ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(作品:Daniel Barenboim・90分)
5.ニューヨーク・フィルハーモニック(作品:Lorine Maazel・95分)
6.シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラ(作品:Gustavo Dudamel・84分)
配給:ティ・ジョイ

名人の域

今月のPHOTO:まだ青いリンゴです。「リンゴの成っているところ」は台湾の小学生が見てみたいモノのひとつだそうです。(福島市松川町)

今月のPHOTO:まだ青いリンゴです。「リンゴの成っているところ」は台湾の小学生が見てみたいモノのひとつだそうです。(福島市松川町)

 前回、マンガのことを書きましたが、釣り好きの部類に入る私は、「釣りバカ日誌」※1も、もちろん読破しています。そして、登場人物の一人、スーさんの釣りの師匠であるハマちゃん以上に釣り名人の師匠が私にはいます。
 いろいろなことにおいて名人と言われる人がいますが、その人たちは、なぜ名人なのかを説明できない場合が多いのではないでしょうか。名人とは、単に技術的なことだけを言うのではないようです。名人の多くは、そのことにかけた時間が他の人より圧倒的に多いことだけは確かなようです。私も海釣りに関しての名人になろうと努力はしてみるものの、いまだその名人域に達することはできないでいます。私にはない「何か」が、その名人にはあるのです。
 長い間、私の釣り師匠であるNさんとは、マダイやシマアジねらいの釣行をよくご一緒しました。その際は、竿や仕掛け、エサのオキアミなど、ほとんど同じ条件で海に向かい、海底までの深さを測りながら仕掛けをおろします。偶然に私の方が先に釣り上げることはあっても、4~5時間楽しんだ後の釣果は、必ずと言っていいほど師匠に軍配が挙がるのです。
 悔しさの感情は通り過ぎ、名人芸を羨望のような気持ちで学ぼうとはするのですが、いまだ果たせずにいるのです。
 Nさんの名人たるゆえんを分析したこともあります。ただ、私に考えられる範囲の具体的なチェック項目は、すでにクリアーしていることが多いのです。おそらくチェックされない部分に名人の到達した特異性があるように思われるのです。
 Nさんは、釣り場に着くと誰もがするように仕掛け作りをします。その時に、まず海の色と潮の流れを見ています。そして、第一投を引き上げると、エサの状況を見ながら手にしたオモリから水温を確認しているようです。しばらくして、魚から何の反応もない時には、「食い気を誘う」と言って、小さくすりつぶしたオキアミをネットに入れて、海底付近でばらまくように誘いエサを施したりします。そんな時は、竿を出すのを彼は急ぎません。私の釣る様子を見ながら「そろそろ食いたがってきたかな?」と言いながら、おもむろに釣りを再開するのです。そのタイミングがドンピシャと当たり、魚が釣れ出す体験を何度かしました。
 名人を見ていると、釣りとは、魚が釣れるかどうかの運だめしではなく、魚がエサを食べたくなるように、こちらからアプローチすることなのだということを強く感じます。それには、攻略するためのフィールドの様子と、対象魚のその時々の状況を洞察する必要があるようなのです。釣れなければ、あるいは魚に食欲がなければ、エサに関心を向けさせ食い気を誘う働きかけが、こちらに求められるのです。
 たいていは名人の知恵が勝利し、酔わされた魚がクーラーボックスに収まることになるのです。時には、どんな手管も功を奏せずダメな日があります。そんな日の引き際も、名人は実にみごとです。「今日はダメだ。こんな日が時々あるんだよねぇ。」と言いながら、半時ほどで引き上げるときもあるのです。
 魚は堤防の人影に怯えて逃げ、水中深く潜ることはよく観察されます。釣り逃がして口を痛めてしまった魚は、しばらくはエサを食べようとしないでしょう。鳥に襲われたり、釣り針の痛い目を経験したりした魚には学習能力があると思われますが、
「水中を漂うハリスの先の釣り針とエサに対し、人間が自分を釣ろうとして仕掛けたワナである」という認識は魚にあるものでしょうか。
 魚の寿命を考えると、それらを充分に学習するには時間が足りないかもしれません。また、経験として、そのような場に遭遇する機会は、魚全体からみて少ないと思われます。常に、食うか食われるかの世界で生きる魚の習性が、そう思わせる行動として、私たちに頭脳的な生き物であると感じさせているだけなのかもしれません。名人域には達していない私も、釣行の折にはハリスの太さや鮮度のいいエサなど、できる限りの工夫を凝らして魚に挑戦しようと出かけます。そして、釣ることが難しいとされる魚の攻略にのめり込むほどに、「一生幸福でいたいなら、 釣りを覚えなさい。」という境地が、すこし理解できるようになったと感じています。

※1 著・作:やまさき十三、画:北見けんいち、1979~『ビッグコミックオリジナル』連載 発行:小学館

導入事例Case25

小学校5年「自然の色ってどんな色?」(開発単元)
*混色により色の広がりを実感させ、自分の思いを表現することに自信をもたせるための題材です。

◎主な材料

  • 木の葉
  • 画用紙
  • 水彩絵の具
  • ワークシート

◎導入の工夫

 三原色(赤・青・黄)だけを用いて、ほぼ単色の木の葉の色を作ります。画用紙は混色した色をのせるパレットとしても使います。その色をもとに複雑な色の木の葉を描きます。

T:みんなが集めてきた葉っぱの色は何色かな。
C:緑色!あと黄色も少し混じってるよ。
T:(赤と黄と青の絵の具を見せ)今日はこの絵の具だけを使って葉っぱを描いてみよう。
C:ええ!無理だよ!
C:知ってる!混ぜればいいんだよ。
T:じゃ、ちょっと見ててね。
黄色い水を入れたペットボトルのふたの内側に青の絵の具を塗っておき、ふたの内側が見えないように提示し、黄色の色を確認させてからペットボトルをよく振る。水がどんどん緑色になるのを見せる。
C:すごい!なんで?
C:他の色が入ってたんだよ。何色かなあ。
T:実はこの青の絵の具が入っていたんだよ。これなら葉っぱの色も作れそうかな?
C:やってみる。

◎児童の変容

 思ったように色や形がつくり出せないため、絵の具で絵を描くことを苦手としていたD男が色の作り方や塗り方を知り、「楽しく描ける」満足感を得たようです。

C子の作品

C子の作品

D男の4月の作品

D男の4月の作品

学び!と美術vol038_08

D男のこの題材を通しての作品

(S先生の実践から)

導入事例Case26

小学校2年『「わくわく」をつなげて…おもしろテープ』(4時間)

図画工作1・2下 裏表紙「みんな なかよし」(日本文教出版)
*本題材は、「つながり」を発想のきっかけとして絵で表し、それをつなげた「おもしろテープ」づくりに取り組む題材です。また、描いた絵を「つながり」をもとに子ども一人一人が自分の表現活動の足跡をたどることができます。さらに鑑賞の際、自他の作品を、どんな「つながり」なのか、楽しんで見ることができるため、鑑賞活動における基本的な姿勢を身に付けるために適した題材です。

◎主な材料

  • 画用紙
  • 紙テープ
  • カラーペン
  • クレヨン
  • 軟質色鉛筆
  • はさみ など

◎導入の工夫

T:(おもむろに「こぶた」の絵を黒板に掲示する。)
C:子ぶただ!かわいい、先生がかいたの?
T:次はどんな絵かな?
C:お母さんの「ぶた」だよ!きっと。
T:(子どもたちの予想を聞きながらゆっくりとつぎの「たぬき」の絵を掲示する)C:ええっ、でもかわいい。「たぬき」だね。
T:じゃあ、次はどんな絵を出すと思う?
C:(……しばらく考えて)きつねだよ。
C:きっと!そうだ!分かった(多くの声が)
T:なぜ、そう考えたの?
C:だって、「こぶた」「たぬき」「きつね」だから。
T:なるほど!ではどうでしょう?(ゆっくりと、「きつね」の絵を掲示する。)
C:やったあ、あたったあ!(一斉に拍手や歓声が上がる)
T:次は…もう分かったようだね(くやしそうな表情で)
C:「ねこ」!こぶた、たぬき、きつね、ね~こ♪(みんなで合唱)
T:はいその通り、「ねこ」でした。でこれは何の『つながり』なのかな?
C:「しりとり」になっている。
T:では次は何のつながりの絵でしょう?(「さくらんぼ」の絵を掲示する…)

…以上「これは何の『つながり』なのかな?」と問いかけながら、「しりとり」「色」「すきなもの」というように参考資料(絵)を順に提示し、発想を広げる楽しみを味わわせる。その後、「つながり」をキーワードに絵を描かせる。 

T:めあてを子どもの「つぶやき」に合わせて板書する。 

つながる「わくわく」を絵にかこう!
※ある程度、発想を広げる活動が軌道に乗ってきた所で「もっとステキなものにするには…」と問いかけ、教師が実際に「おもしろテープ」をつくる姿を演示したり、扇風機で風を送ったりする。これにより、子ども達が絵を描いた後の活動を見通したり、発想をさらに広げたりできるようにする。

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(E先生の実践から)


古代、掟に縛られた政争劇

「日本」であるという国のかたち

 「日本」が日本であるのは何かとの問いは、幕末の19世紀日本が欧米諸国の外冦(がいこう・国外から敵が攻めてくること)に対峙していく精神的拠り所として、日本の国のかたちを「万世一系の皇統」に求める想いをうながします。この想いは、平田篤胤(あつたね)没後の門人である山中八幡宮(現愛知県岡崎市)社司竹尾正胤に、『大帝国論』を書かせました。その冒頭を「凡斯一地球の中にて、西夷等が帝国と称する国六あり」と書きはじめ、「西夷」であるヨーロッパが帝国と呼ぶのはアジアでは皇国(日本)と支那、ヨーロッパではドイツ・トルコ・ロシア・フランスの六国。その他は王制の国もあれば共和政治の国もあり、イギリスが「万国に縦横して、兵威甚だ盛なり」といわれる中、いまだに帝号を名乗らない程度の国にすぎず、他はたかが知れたものとします。この六国のなかで唯一正統な帝国は独り、わが大皇国日本のみが全世界に確固たる大帝爵国であり、支那・ドイツ・トルコ・ロシア・フランスは勝手に帝国を名乗る偽帝国だとみなします。日本のみが正統な帝国であるのは、王位纂奪(さんだつ)の歴史がない、日本だけが万世一系の皇統の国であるからだと誇ります。
 この「万世一系」の天皇の国という言説は、日本の歴史を呪縛し、「国史」の枠組みを規定しております。この「国史」的な日本の歴史を問い質すためにも、「皇統の国」という神話を支えてきた皇位継承の論理と実態がもたらした歴史の闇に目を向けたいものです。そこで平城の盛儀をもたらした第45代聖武天皇を誕生させた世界をうかがうこととします。

「不改常典」という掟

 第38代天智天皇は、子である大友皇子の即位を実現すべく、皇位継承法を定めます。その法は、707年(慶雲4)元明天皇が即位の詔で

「天地と共に長く、日月と共に遠く、改(かわ)るまじき常の典(のり)と立て賜い、敷賜える法」

 と述べた、皇位継承の大典、「不改常典(ふかいじょうてん)」といわれるものです。天智天皇が申し渡したという皇位継承の約束である「不改常典」は、天智の子である大友皇子を壬申の乱で亡ぼし、皇位を奪った天武-持統の皇統を守護するために不磨の大典とされたのです。
 第41代持統天皇は、嫡子である皇太子草壁が亡くなったので、孫である草壁の子軽皇子(第42代文武天皇)を15歳で即位させ、上皇として後見します。文武の後継である嫡子首(おびと)は、「年齒幼稚」で即位できないため、草壁の皇后が第43代元明天皇、ついで草壁の娘である氷高内親王が第44第元正天皇となります。
 天皇の即位は、冒頭に「詔して曰く」とし、

「現御神と大八嶋国知らしめす天皇が大命らまと詔りたまう大命を、集り侍る皇子等・王等・百官人等、天下公民諸聞きたまへと詔る」(第42代文武天皇)

「現神と八洲御宇倭根子(やまとねこ)天皇が」(第43代元明天皇)

「現神と大八洲知らしめす倭根子天皇が」(第45代聖武天皇)

「現神と御宇倭根子天皇が御命らと宣りたまう御命を、衆聞きたまへと宣る」(第46代孝謙天皇)

 等々が述べていますように、「現(御)神」である現人神たる天皇の言葉を伝えることで、天皇位の継承がなされていきます。
 聖武天皇の即位は、首皇子として、天武-持統-草壁の皇統を一身に担う帝王として期待されていました。首皇子は、即位の詔で

「元正天皇は、この天下は父である文武天皇から私に賜ったもので、私が年齒幼稚、年齢が若く、重責に耐えられないので元明天皇に譲位され、それを元明は娘の元正に譲位したが、その時に改るまじき常の典(不改常典)にもとづき必ず私に皇位を伝えるようにと仰られた。いまここに元正天皇から譲りを承て即位する」

 と、宣言します。いわば文武後の二代の女帝は、首皇子が天皇位につくまでの中継ぎの女帝として、天武の皇統を不磨の大典として守護したわけです。
 こうした処置は、天皇になるには一定の年齢、少なくとも30歳以上との不文律があったことによります。たしかに父の文武は15歳で即位しましたが、この即位は異例なことでした。ここには、祖母の持統が上皇として文武との共治体制をとることで、天武・持統の王統を守護しようとしたのです。それだけに聖武天皇の誕生は待ちに待った盛典であり、その治世が期待されました。いわば「不改常典」は、文武の嫡子首を即位させるために活用され、男系嫡子相承の論理として強調されております。

聖武の王統

学び!と歴史Vol.38

皇室系譜(一部)

 ここに聖武は、「不改常典」に託された責務をはたすべく、王朝の盛儀の実現に努め、血脈の継承をめざします。聖武と光明子との間には、阿部内親王(後の孝謙天皇)、次いで基王が誕生しました。基王は生後33日に早々と皇太子となり、嫡子継承の道が天下に示されます。しかし皇太子基王が誕生日を迎えることなく亡くなったことで、聖武は皇位継承者に苦慮します。嫡系相承を旨とする聖武は、唯一の皇子安積(あさか)でなく、女子であっても嫡系であり年上の阿部を女性の皇太子とします。こうして天武-持統-草壁-文武-聖武という天武の王権は、聖武天皇が「不改常典」を己の嫡孫継承という血の論理をさらに強く強調することで、聖武王権へと収斂(しゅうれん・ひとつにまとまること)していくことになりました。いわば「不改常典」という掟は、時の王朝の想いによって運用され、皇位継承の正統性を競うことで、政争の渦を拡散していく要因ともなったのです。
 第48代称徳天皇(第46代孝謙天皇)は、死の床で聖武天皇の第一皇女で、県犬養宿禰刀自(あがたいぬかいのすくねとじ)が母である井上内親王を妻とする白壁王を皇位継承者となし、第49代光仁天皇の即位となりました。光仁は、天智系ですが、井上によって聖武の血脈につながるとみなされたのです。そのため光仁天皇の即位では、

「詔して曰く、天皇が詔旨らまと勅りたまう命を、親王・諸王・諸臣・百官人等、天下公民衆聞きたまへと宣る」

 と、「現(御)神」の文言がありません。このことは、光仁が天武-持統-草壁につらなる聖武天皇系でない、聖武の血を継承しない天智天皇系であったことによりましょう。ちなみにこの書式は、中事・小事に関する詔勅の形式であり、左右大臣以上の任官や五位以上の叙任などに用いられたものです。
 井上内親王は皇后となり、その子他戸(おさべ)親王が立太子されました。ここには、県犬養氏の存在を媒介として、聖武天皇の血筋を皇統にしていくとの強い想いがみられます。この想いは、773年(宝亀4)3月に井上皇后が光仁に代わり、聖武に連なる他戸皇太子の即位を望み巫女に天皇を呪い殺す祈祷をさせた(巫蠱大逆・ふこたいぎゃく)として皇后の位を剝奪され、5月に他戸親王も廃太子となり、挫折します。この謀略は、光仁の第一皇子山部親王を皇太子にし、聖武王朝に距離をとろうとの勢力によるものです。こうして山部親王は翌774年1月に皇太子となります。

桓武天皇の想い

 山部は、母を百済の武寧王を祖とする和氏(やまとうじ)出身の帰化系氏族である身分の低い高野新笠が生母でした。781年(天応元)に即位(第50代桓武天皇)したものの、桓武は氷上川継(ひかみのかわつぐ)ら天武系から皇統の正統性を否定されます。ここに桓武は、聖武天皇との擬制的関係を否定し、己の皇統を天智天皇に連なるものとなし、天武-持統-草壁-聖武という天武系を否定し、新たなる皇統への道を歩むこととなります。
 こうして桓武は、聖武陵をはじめ天武系後胤の山陵に奉幣することもなく、聖武没後51年後の807年(大同2)に聖武天皇を国忌(薨去した日を国家の忌日として政務を休み、追善供養を行う)からはずします。まさに平安王朝は平城の盛儀を担った聖武天皇の存在そのものを疎ましくみなしていたのです。なお、2001年(平成13年)の天皇誕生日前の記者会見で、天皇が桓武天皇にふれた発言が「皇室百済起源論」として、韓国で話題となりました。いわば万世一系の皇統なる歴史は、「不改常典」なる幻想に踊らされ、魑魅魍魎(ちみもうりょう・さまざまな妖怪変化)が跋扈(ばっこ・のさばり、はびこること)した闇を見つめることなき世界の産物ではないでしょうか。


教育界に黒船(デジタル)来る!

■ 教科書、教材のデジタル化

 「教科書のデジタル化」計画が急速に進んでいる。
 原口一博総務大臣の政策「原口ビジョン」は、2015年までに「デジタル教科書を全ての小中学校全生徒に配備」を掲げた。
 また、2010年度(今年度)総務省予算には「ICTを使った協働教育の推進」に10億円が盛り込まれた。
 文部科学省も4月からデジタル教科書や教材にICT(情報通信技術)を活用した教育を推進するための「学校教育の情報化に関する懇談会」を開催し、6月までに6回も会合を重ねるなど来年度の概算要求に向けて急ピッチで総合的な検討をすすめている。
 文部科学省の鈴木寛副大臣の著書(「コンクリートから子どもたちへ」講談社)には、「日本の教科書は薄いといわれますが、デジタル化すればいくらでも増やせ、しかもレベルによって必要な部分を自由に使えるようになるわけです。また動画や大量のワークシートも入れられるし、ドリルも入れられるし、教員が自由に編集できるので、教員が一人ひとりにとって必要な部分を提供することもできます。」と述べられている。要するに、教育の基本は「サービス」であり、一人ひとりのニーズに合ったサービスを、必要とするタイミングで提供することが大切であり、学習の個別化・個別化対応が必要だというのである。
 近い将来、小中学校の授業風景は間違いなく大きく変わることになろうとしている。
 社会の情報化が進む中で、「いずれはこうなるだろう」という予感はしていたが、「いずれ」ではなく、今、まさに劇的な変化が起ころうとしている。まさに黒船の来航である。

■ 攘夷派と開国派?

 ペリーが黒船でやって来た時「太平の眠りを覚ます上喜撰、たった四杯で夜も眠れず」と人々は大騒ぎした。
 大騒ぎをして、尊皇攘夷派と開国派に分かれて国内が混乱に陥った。
 今の学校現場は黒船が来る前後とよく似ているのではないか。学校現場には、もうすでに電子黒板をはじめたくさんの情報機器が配備されている。そして、パワーポイントなどを活用した授業も多く行われている。
 しかし、それと、全ての小中学生がデジタル教科書を持つのとでは意味が違う。
 そうなると、本格的に攘夷派と開国派に学校の教職員が分裂することになりかねない。若い先生たちを中心に、コンピュータの操作が得意な人たちはデジタル化に賛成して、積極的に推進するだろう。一方で、今だにチョークと教科書だけで授業するインターネットの苦手な先生たちも存在する。学校現場がデジタル派とアナログ派に分裂しては困る。

■ 教育の本質論議を

 アナログ派にはアナログ派の言い分もある。デジタルは単なる道具であって、教育の手段の一つにしかすぎない。
 教育とは本来、人と人とのつながりであり、子どもたちの仲間づくりであり、教師の子どもたちに対する熱意であり、愛であり、涙なんだ。デジタルなんかに教育されてたまるかというプライドもある。
 それはそれで分かるが、「私はアナログ派よ! 」と言って開き直っている先生は、竹槍で黒船とたたかっているようなものだと自覚して欲しい。デジタル化に対応できるように勉強してもらうか、やめていただくしかない。
 しかし、最近の学校現場を見ていると、若い先生の中に、インターネットを自由に操作できることで、自分は優秀な教師であると得意がっている人がいる。そして、保護者や生徒から苦情があると、すぐ「親が悪い、子どもが悪い」と言う。家庭訪問もせずに携帯やメールで済まそうとする。板書もほとんどせずに、映像だけ見せて説明している。それでは子どもたちに学力は定着しない。
 アナログの良い点は教育の世界でもしっかり守り、大切にしていかなければならない。と同時にデジタルのすばらしい面を上手く活用していかなければならない。
 両者の良い面が学校現場で生きて働くようにするために、教育の本質論議が求められている。

著者経歴
元 大阪府堺市教育長
元 大阪府教育委員会理事 兼教育センター所長
元 文部省教育課程審議会委員
日文の教育情報ロゴ

ビューティフル アイランズ(2009年・日本)

(C) 海南友子

(C) 海南友子

 美しい地球の、三つの場所の景色、暮らしぶりが、ていねいに描かれる。南太平洋に浮かぶ珊瑚礁の島ツバル。イタリア、アドリア海の海上都市ベネチア。そして、アラスカの北西部、ベーリング海峡に面したシシマレフ島。どこも美しい場所ばかりである。
 映画「ビューティフル・アイランズ」(ゴー・シネマ配給)は、この三つの場所に共通する自然の豊かさ、歴史を綴りながら、迫りくる気候変動に警鐘を投げかける。決して、声高ではない。静かに、淡々と、美しい島の現実をルポしていく。

 ツバル。21世紀中には、海に沈むといわれている国である。海抜は平均1・5メートル。毎年2月、3月ころには、8つの島全体が海水に覆われるという。
 子どもたちは元気である。今日も、海辺のヤシの木から海に飛び込んで、のびのびと遊んでいる。学校では、温暖化の影響で島が沈みつつあることを学ぶ。ある幼い姉妹は、おおぜいの家族とともに、のどかに暮らしている。お祭りには、みんなで歌い踊る。おだやかな日々に、すこしずつ、水かさは増していく。

(C) 海南友子

(C) 海南友子

 ベネチア。かつては共和国として繁栄した海上都市。サン・マルコ広場には、浸水したときのために、あちこちにすのこが用意されている。まだ幼い兄弟は、ゴンドラ乗りの父を誇りに思っている。
 ワーグナーやバルザック、プルーストが泊まったという名門ホテル、ダニエリの支配人は、ベネチアの歴史を語る。ガラス工芸の現場や、カーニバルの仮装パーティの様子が描かれる。
 11月から2月にかけて、高潮のために、町全体が水に侵される。足の付け根までの長靴を履き、水を流し出す商店の人たち。
 観光都市なのに、この高潮のせいで、ベネチアの人口は激減している。

 シシマレフ島。人口わずか600人足らず。アザラシやカリブー(トナカイ)の狩りで暮らす生活は、厳しい自然との戦いである。猟銃の手入れは、ふだんの大切な仕事である。ある夫婦は、狩りの最中に、割れた氷に落ちて死んだ息子の話をする。
子どもたちは、そりすべりやチア・ダンスで楽しそう。

(C) 海南友子

(C) 海南友子

 永久凍土に、いま、確実に変化が起きている。
 映画は、効果音や音楽はいっさい使用しない。画面は、観光映画のように、色鮮やかではない。あるがままの現実を、ゆったりとカメラに収めている。
 このあるがままの現実を、どのように捉えるかは、観客の判断に委ねられる。
 監督、編集は、「NHKスペシャル」などで、環境問題のドキュメントをいくつか制作した海南友子。監督は言う。「もし水没が進んだら、パタゴニアの氷河のように、私たちの生きているこの場所も取り戻すことはできない。永遠に」と。

2010年7月10日(土)より
恵比寿ガーデンシネマほか全国順次ロードショー!

「ビューティフル アイランズ」公式Webサイトico_link

監督・プロデューサー・編集:海南友子
エグゼクティブ・プロデューサー:是枝裕和
撮影:南 幸男
撮影技術・録音:河合正樹
整音:森 英司
アソシエイトプロデューサー・編集:向山正利
2009年/日本映画/106分/35ミリ および HD
配給:ゴー・シネマ


ドイツの教育を垣間見て

 東京の公立中学校の教師がドイツに渡り、2000年9月から2010年3月までの10年を、大学院生、美術館アトリエ講師、市民大学講座講師、日本語補習授業校講師、日本人学校講師として過ごした。そして帰国、昨年8月に再び東京都教員採用試験を経て、この春より小学校の先生に。
 日本で、ドイツで、そしてまた日本で…。ドイツと日本の教育、子どもたちの様子をさまざまな視点で体験された一女性教師のレポートをお読みいただきます。

1.自己責任

 ドイツの小学校には、「sich melden」といって、子どもが授業中に発表する姿勢を評価するシステムがある。(*ドイツの小学校は4年間通学)つまり、毎回ペーパーテストで満点だとしても、授業中に自分の意見を発表しなければ、成績は良くないことになる。この小学校の成績で5年生からの進学先が決まるので、子どもたちは発表を積極的にするようになる。

クラス修学旅行を引率する、私の親戚の小学校女性教諭Uschi Kalbfkeisch氏と引率者として彼女の姉のHanni Rose
クラス修学旅行を引率する、私の親戚の小学校女性教諭Uschi Kalbfkeisch氏と引率者として彼女の姉のHanni Rose

 もちろん、ただ「言う」だけでは人間的な信頼を得ない。他の意見を認めつつ進展性のある意見を出し、かつ実行していく。こうして、その姿勢は全体で9年生頃までに完成されていく。これは、周囲が「言いっぱなし」を許さないからである。自分がもし失敗しても他人のせいにしない。また、周囲も失敗した人をとやかく言わない。その結果、最終的に「自己責任」が確立するのである。
 しかしこれは「孤独」でもある。同調者を求めても、孤立無援の場合が起きたりする。とかくドイツ人は、自分以外に興味がない人種と言われ、何をしようとも個人の勝手だったりする。反対に、責任はその個人にあるので、自分の責任をもって物事をやり通した者を周囲は「認める」のだ。無責任な者に対しては、周囲から責任を追求する声は辛辣にもなる。こういった関係が、子ども社会からすでに始まっているのである。

2.甘え

 土居健郎著の『甘えの構造』の「甘え」とは、周りの人に好かれて依存できるようにしたいという、日本人特有の感情だと定義している。私が、昭和48年刊行のこの文献を取り上げたのは、日本を離れてドイツ人だけの社会に住んでみて、日本人の「自己責任」感の低さと「甘え」が、実は密接な関係にあると実感したからだ。それには、第二次世界大戦直後、アメリカのマッカーサー総督が「日本人は子どもの精神年齢を持っている」と言った言葉も呼応している。日本を離れてみると、特に自分自身そうなのだが、日本人の「自己責任」感の低さと「甘え」をよくよく知ることができた。

 日本でよく聞く「みんなが持っているからアレ買って!」という子どものおねだりを、ドイツでは聞いたことがない。ドイツにおいては、それは「欲しい理由」には当たらないので却下されるのだ。つまり「みんな」を理由にするのは、「自分はなぜ欲しいのか」という意思表明に値しないからである。

クラス修学旅行を引率する,私の親戚の小学校女性教諭Uschi Kalbfkeisch氏と引率者として彼女の姉のHanni Roseの食事指導
クラス修学旅行を引率する,私の親戚の小学校女性教諭Uschi Kalbfkeisch氏と引率者として彼女の姉のHanni Roseの食事指導

 また、欲しい理由がはっきりしていても、それを買えない家庭ならば、親は子どもに「ウチは買う余裕がない」とはっきりと言う。ドイツの子どもは、この一言で親にきちんと理解を示すのだ。
 日本ではこんなことも耳にする。たとえば、自分の頭の悪さや見かけの悪さを、血筋のせいにする。離婚した理由をどちらか一方のせいにする。自分が不真面目になった理由を、家庭のせいにする。会社は新入社員の能力の低さや躾の悪さを大学のせいにし、大学はそれを高校のせいにし、高校はそれを中学校のせいにし、中学校はそれを小学校のせいにし、小学校はそれを幼稚園や保育園のせいにし,幼稚園等はそれを…。 「他のせい」にする「甘え」や「自己責任」のなさは日本ではキリがないのではないかと。

3.親が自主参加の校外学習

まなびとトピックスvol27-03

あるギムナジウムのスキー旅行

「自己責任」を当たり前にしているドイツでは,こんなところにもそれが発揮される。
 ドイツの学校にも「校外学習」や「修学旅行」というものがあるが、日本と違って学年全体ではなく、なんとクラス単位で遠足先や旅行先および時期が計画される。当然、引率教員は不足になる。(ドイツでは校外学習の場合、生徒8人に引率者1人を必要とする。日本では生徒15人に引率教員1人が必要である。)
 そこでクラス担任は引率者を保護者から数名募るのである。保護者の旅費は、それまでに積み立てた「クラスの旅行金」で賄われる。自分が勤める会社を休んでクラスの校外学習に参加する保護者もいれば、「旅行代金は自腹で出す」と言って参加する保護者もいる。事故に対する責任の所在がはっきりとしているのだ。万が一、クラスの子どもに事故があった場合、総責任はクラス担任や学校長にある。……しかし日本の場合、責任の所在が明確でも、修学旅行等に参加する親が果たしてどのくらい存在するだろうか?
 なぜ保護者が参加することに躊躇がないのかというと、最初に述べた「自己責任」だからである。参加した保護者は自分の与えられた役割をこなせばそれで良い、それ以上に「責任」を感じる必要はない(責任を明確にして、自分は必要以上のことはしないのも自己責任)。子どもたちは、参加した保護者の子どもを特別に見ることはしない。保護者とその子どもは、別の人格であると考えているのだ。つまり、保護者とその子どもを同一の人間としては考えていないのだ。引率した子どもの躾上の問題は、その子どもの親の責任であるので、たとえば叱った後は、その子どもの保護者に伝えることができるという、ドイツでは、学習は学校、躾は家庭という極めて明確に分離している感覚があるのだ。

4.空気を読め?

 ドイツでの10年が経ち、再び日本の教育現場に戻ることになった。かれこれ3ヶ月が経過。以前は中学校勤務だったが、予期せぬ小学校という初体験の職場に立った。浦島太郎ではないゾ、ドイツでも現役で教育現場にいたゾ、と自負していたが、やはり10年間の「日本の教育現場不在」という壁は、「空気を読めない私」という人間には厚かった。

 この「空気を読め」という文句は、私はある会で帰国して初めて聞いた言葉だ。つい自己を表現してしまう私にとって、辛い試練だった。要するにこの言葉の真意は「周囲に合わせろ、反対をするな。」「同意することで協調しろ。」なのだ。あるいは「10年間不在のおマエに何がわかるのだ、だまっていろ!」なのだろうか。
 日本は、今も昔も自己表現が許されない国なのだろうか。


「相馬の古内裏」 歌川国芳作

高校教科書美術館vol13

錦絵(大判三枚続き)/36.7×76㎝/1844‐48ころ

 相馬の古内裏は、相馬小次郎こと平将門が下総国猿島郡に内裏を模して建てた屋敷が、将門の乱の兵火で廃屋となったもの。将門の娘、滝夜叉姫(たきやしゃひめ)が父の遺志をつごうと、この廃屋で妖術を使って味方を募り、やがて妖怪が出没するようになりました。噂を聞いた大宅太郎光国(おおやのたろうみつくに)が妖怪退治に向かい、滝夜叉姫と対決する場面がこの絵には描かれています。
 これは文化3年(1806)に出版された山東京伝(さんとうきょうでん)の読本『善知安方忠義伝』(うとうやすかたちゅうぎでん)に載る話を題材にしていますが、原作では複数の骸骨が現れて合戦を始めるところを、国芳は1体の巨大な骸骨に置き換えています。しかも横に3枚の紙を並べたワイド画面を大胆に横切って描く、その奇抜な構図には驚かされます。破れた御簾越しに腰をかがめて登場する骸骨は、自分でもその大きさを持て余しているようで、不気味さの中にもとぼけた愛嬌があります。骸骨は解剖学的に正確な描写であることから、西洋の医学書の挿絵を参照したのではないかと言われています。
 作者の歌川国芳(1797~1861)は、江戸時代後期に活躍した浮世絵師。出世作は水滸伝に取材した武者絵だったので、「武者絵の国芳」とよばれて人気を集め、物語や歴史上の人物、西洋風な表現を駆使した風景画、美人画などにも筆をふるいました。 
 天保の改革で、浮世絵にもさまざまな規制がされると、国芳はユーモアに富んだ風刺画や明るい笑いを誘う戯画といった、規制にふれない新機軸を打ち出して話題をさらいます。つねに新奇な趣向を取り入れ魅力的な世界を作り出した国芳のバイタリティーは、権力におもねることのない反骨の精神と人を喜ばせたいという情熱に支えられていたのです。

(山口県立萩美術館・浦上記念館学芸課主任 吉田洋子)

山口県立萩美術館ico_link

  • 所在地 〒758-0074 山口県萩市平安古586-1
  • TEL 0838-24-2400
  • 休館日 月曜日 ただし7月19日(祝・月)は開館

<展覧会情報>

  • 棟方志功 祈りと旅 
  • 2010年6月12日(土)~8月15日(日)

展覧会概要

  • 民芸運動の思想に影響を受け、神話的あるいは仏教的な主題をダイナミックに表現して、国際的な評価が高い版画家、棟方志功(1903~1975)の板画・肉筆画・挿絵・書・陶芸など多彩な作品を紹介します。

<次回展覧会予定>

  • 陶芸館開館記念Ⅰ 龍人伝説への道 三輪休雪展
  • 9月11日(土)~10月24日(日)

その他、詳細は山口県立萩美術館・浦上記念館Webサイトico_linkでご覧ください。