リトル・ランボーズ(2007・イギリス、フランス)

cHammer&Tongs,Celluloid Dream,Arte France,Network Movie, Reason Pictures

(C)Hammer&Tongs,Celluloid Dream,Arte France,Network Movie, Reason Pictures

 映画に憧れた少年時代だった。時代劇が好きで、悪役が斬られたときは、必死に拍手をした。そんな思い出が、ふとよみがえる映画が「リトル・ランボーズ」(スタイルジャム配給)である。

 小学生のころである。古本屋で、なぜか、東映の時代劇映画のシナリオを売っていた。なんとか入手して、撮影ごっこをした。近所の仲間を集めて、おもちゃの刀で、チャンバラのふりをして、撮影のふりをする。理解できる部分のセリフを言ったりもした。べったん(めんこ)やビー玉遊びなど、いろんな遊びを提案したが、この撮影ごっこは、受けた。
 もちろん、アニメーションは大好きだった。パラパラ漫画といって、少しずつ、人物や動物の動きをずらして、描く。パラパラめくると、動いて見える。まあ、アニメーションの原型だろうが、拙い絵ながら、一時、のめりこんで遊んだものである。
 映画は、1982年、イギリスの田舎町が舞台。11歳の少年ウィル(ビル・ミルナー)は、母親と妹、おばあちゃんと暮らしている。家は、厳格なプリマス同胞教会に所属しているために、テレビや映画、音楽などの娯楽は禁じられている。
 想像力豊かなウィルの楽しみは、ノートや聖書のはしっこに、いろんなイラストやパラパラ漫画を描くこと。

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 そんなウィルは、ふとしたきっかけで、不良少年リー(ウィル・ポールター)と仲良くなる。
リーは、ウィルと同じ母子家庭、母親は不在がちで、乱暴な兄がいる。そのような事情もあって、リーは、家事をこなし、食事も作る。いわば、自立した少年だ。
 ウィルは、リーの広い家の片隅にある小屋で、ビデオで「ランボー」を見る。初めて見る映画にウィルは大感激。すっかり、ランボーに魅せられてしまう。
 そこで、ウィルとリーは、リーの兄のビデオカメラを拝借して、なんと、自分たちだけの「ランボー」製作を思いつく。そこに、フランスからの交換生徒がやってくる。リーダー格の少年ディディエ(ジュール・シュトリク)が、この「ランボー」製作に多大な興味を抱き、仲間となる。
 さあ、どうなるか。
 紆余曲折、上級生たちの世界に足を踏み入れながら、ウィルたちの「ランボー」製作が続く。ところが、ある日、思いがけない事故が起こる。

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 少年時代の夢や、その夢を実現しようとする行動が、うまく描かれて、なんとも、ほのぼの、郷愁を誘う。
 少年たちが成長し、世に一歩を踏み出す結構は「スタンド・バイ・ミー」でもある。ラストは、たとえば「ニューシネマ・パラダイス」を見たときのような、「映画」というメディアをめぐる爽やかな余韻に、おもわず涙する。
 二度と戻らない、少年時代への郷愁をあざやかに切り取った監督・脚本は、ガース・ジェニングス。やはり、シルベスター・スタローンの「ランボー」に、限りない憧れを抱いた世代である。

2010年11月6日(土)より、渋谷シネクイントico_link ほか全国順次ロードショー!

「リトル・ランボーズ」公式Webサイトico_link

監督・脚本:ガース・ジェニングス
撮影技術:ジェス・ホール
美術:ジョエル・コリンズ
音楽 : ジョビィ・タルボット
プロデューサー:ニック・ゴールドスミス
2007年/イギリス・フランス/94分/


中山間地の小中一貫教育校から見えてきたもの

■ 地域と学校の現状をみつめて

 現在、私はコミュニティ教育論を学びつつ、今までの教育実践と理論の狭間で、改めてマクロ的視野から「学校と地域」の関係に課題を感じている。
 わが国の中山間地では、若年層の減少と地域全体の高齢化が深刻で、「ムラ」「マチ」の形態や地域コミュニティ形成にも変化が見られ、各地方自治体はその対応策に苦慮している。当然ながら、学校も児童・生徒数減少が著しく、学校再編問題が課題となり地域全体が沈滞する雰囲気にある。特に、中山間地の学校と地域の関係は、歴史的にも学校が中心となって地域活動や文化活動の側面を担ってきている事情があり、地域住民の精神的な支えともなってきている。今こそ、現状に対処する「何らかの」自助・共助・公助のアクションが必要となってきている。

■ 学校と地域の活性化をめざして

 中山間地にあるM地区に、平成9年度から、学社融合の教育を実施。生涯学習審議会答申や中央教育審議会答申による、「生きる力」を育むための「学校・家庭・地域社会」の一層の連携・強化を背景に教育環境の整備に努めることとした。まず、学校の体質として「開かれた学校」運営の改善充実に努めながら、「地域社会を学校の中へ引き込む」「学校を地域社会の中へ引き出す」双方向性を生かす教育課程の編成、教育活動の工夫など、可能な限り小中連携の教育活動を基盤にその実践の場を意図的・計画的に進めた。地域住民の授業支援、学校行事等の参加。学校からは、地域ごとの「土曜寺子屋学習」に出向き、教師、児童、生徒ともに、地域住民のゲストティーチャーによる郷土の歴史、伝統芸能文化などを教わり地域の風土にふれ、地域との連帯感を実感できる環境づくりに努めた。このことは、「地域の子どもは、地域で守り育てる」という地域住民の意識高揚の契機ともなった。
 また、推進母体は、「町づくりネットワーク」の構成員に学校関係者が加わる組織とし、地域全体の視点から、連帯感と協業体制の確立が一層深まった。このような考え方は、全市的に拡充することとした。

■「おらが学校」と地域コミュニティづくり

 H地区も、小規模化する小中学校の現状に、地域住民の間では、近い将来市街地の大規模校に吸収合併されるとの危機感が常に漂っていた。と同時に、地域の一層疲弊する要因となることへの危機意識も敏感に反応していた。現状打開策の一環として、平成17年度内閣府による構造改革特区の認定を受け、平成18年4月全国に先駆けて小中一貫教育校を開校した。9か年を見通したきめ細かな教育指導により、生徒指導、学力向上の充実、適正規模の学校の構築と安定した学校生活の確保など新しい教育システムの充実をめざすこととした。元々、構造改革特区制度は、各地域の特色を生かす地域振興策としての法的規制緩和措置である。願わくば、「地域興し」と学校再編の課題を「地域づくりと学校づくりの相関関係」において実現できないかとの思いを強くしたのである。
 地域に学校の必要性を共有してもらうため、小中一貫教育校の運営に当たっては、コミュニティ・スクール(学校運営協議会制度)方式とした。学校・保護者・地域住民が、当事者意識をもって学校運営に参加し、「おらが学校」の意識のもと、現在、三者による各実行委員会組織が地域力としての機能を発揮し、学校づくりが進められている。
 この行動を通して、一方では、地域住民間のコミュニケーションは、点から線、線から面へと連携を深め、広域化した新たなコミュニティへの構築が始まっている。小中一貫教育校の開校は、新しい教育システムの構築と同時に、地域コミュニティ形成の有効な手段ともなりつつある。

■ 小中一貫教育校が地域と共にあるために

 中山間地の小中一貫教育校は、中学校を中心に各小学校区が一堂に集結する場となっている。このことは、新しいコミュニティの場づくりでもある。学校と地域の双方の関係を大切にし、学校は、教育資源としての地域力を活かす必要がある。そのためにも、

  1. 学校経営の面(教育目標の周知、学校評価、運営参加要請など)
  2. 教育活動の面(地域素材の教材化、人、物、自然、産業などの活用)
  3. 地域活動の面(地域伝統文化の継承、安全安心の社会規範の醸成、コミュニティの形成など)

など、多様な面から考えて、豊かな発想を起こし、「今こそ大切なもの」を見失うことなく、学校と地域が共に行動する中で、双方が「何とかしなければ」を合言葉に、再生の道が築かれることを願っている。このエネルギーこそが必要な時である。日文の教育情報ロゴ

知識の構成と展開の中で活用を考える

RooT No.04表紙

1.いつ、どのような場面で活用するか

 PISA調査や全国学力・学習状況調査の結果から、新しい学習指導要領では活用する力の育成がこれまでにもまして叫ばれています。活用力は、文字どおり、知識や技能等を活用する過程の中で身につくものですが、活用する場面にはどのような場面があるでしょうか。
 まず、教科の目標に述べられているように、生活や学習に活用する場面があります。これを二つに分けるなら、新しい知識を知った後に、生活に活用する場面と、新しい知識を知るために、既存の知識を活用する場面があります(特に授業の前半で)。
 もう一つ忘れてならないのは、問題解決的な授業では、最初に取り組んだ問題解決の過程をふり返り、それを活用して新たな知識を構成する、という活用があります。例えば、平行四辺形の面積の学習では、まず「面積はいくら」という問題から、等積変形などを通して面積の値を求めますが、その後にその過程をふり返って、面積公式を定式化する活動が行われます。つまり、問題解決的な算数・数学の授業では、前半の問いの解決方法が、後半の知識づくりの対象へ転化され、知識の再構成が行われます。ここにある種の活用が見られます。
 さらに、まとめを行う際にも、何に使えそうか、何がまだ分かっていないかを見つけるなどの工夫が必要だと思います。次なる活用を見越してまとめをすることで、活用力がついていくように思います。
 算数・数学は常に活用を通して知識の構成と展開が行われるといっても過言ではありません。基礎的な知識・技能をまず習得して、それから活用する、といった考えを聞くことがありますが、こうした考えは活動を通した算数・数学学習とは齟齬(そご)が生じているのではないかと懸念しています。

2.算数・数学的活動と活用力

RooT No.04

 新しい学習指導要領には、活用力のほかに算数・数学的活動の一層の充実、反復(スパイラル)の教育課程の推進、言語活動の充実、小中の接続といった視点が盛り込まれています。これらはバラバラに考えるべきでなく、豊かな算数・数学学習をいくつかの側面から眺めたものだと思います。
 一例として、中学1年の図形の移動の学習として、麻の葉模様での陣取りゲームを考えてみます。まず基準の陣を決め、常にその陣から平行、対称、回転のどれかの移動を使って、陣を取り合うゲームです。
 移動の活動を通して、移動の観点(対称移動における軸や回転移動における回転の中心等)を明確に意識することをねらいとしています。

RooT No.04 このゲームは、対称移動限定のゲームと回転移動限定のゲームに発展可能です。前者は2回連続の対称移動(移動の合成)を取り入れ、すべての場所がとれるようにします。その後に麻の葉を抜け出し、一般的に「任意の位置にある合同な一般三角形は、何回の対称移動で重ね合わせられるか」という問題に発展させたいと思います。実験をすれば、「2回でできそうだ」ということと、「少しずれているかもしれない」という感情が交じります。これは、証明をしたい、という状態でもあると思います。

RooT No.04 ずれを補正するにはどうすればよいか、ここに既習の垂直二等分線の活用があります。対応する一組の頂点を結び、線分の垂直二等分線をかけば、2回目の対称の軸も容易に見えてきます。

 もし重ね合わせ先の図形Bが裏返っていれば、もう一回対称移動を行えばよいので、「任意の位置に置かれた2つの合同な三角形は高々3回の対称移動で重ね合わせることができる」という結論が得られます。この証明は、作図と移動の過程をそのまま記述したもので、中学1年生にもかかせたいことですし、中学2年の証明に反復(スパイラル)として活用されることを期待します。
 回転移動限定ゲームも、同じように展開できます。まず、次の移動を考えてみてください。思考力アップのために。

RooT No.04 AはBに1回の回転移動で重ねられます。回転の中心はどこですか。どう考えれば移動が見えてきますか。

3.おわりに

 知識を積極的に活用し、思考力、判断力、表現力を養うことは、新しい学習指導要領の基本的な考え方であるとともに、知識の活用、ふり返り、本質の抽出、知識の再構成という一連の過程は数学の発達の本性でもあります。国際的な学力調査から、子どもたちに算数・数学に対する楽しみや自信が欠如している、ということが大きな課題として明らかになっています。習得だけに偏る授業でなく、子どもの知識や個性が生きる活用の場を考えたいし、そうした活用が連続する場づくりこそ、教師が教材研究の中で最も真剣に考えねばならないことだと思っています。

【参考文献】
岡崎正和,髙本誠二郎「図形の移動を通して培われる図形認識-論証への移行を目指したデザイン実験-」『日本数学教育学会誌91(7)』P.2-11(2009)


人は、なぜ写真を撮るのか

ショウリョウバッタ(雄)だと思われます。酷暑のせいか、タチアオイの茎につかまったまま、ミイラ化していました。(郡山市)

今月のPHOTO:ショウリョウバッタ(雄)だと思われます。酷暑のせいか、タチアオイの茎につかまったまま、ミイラ化していました。(郡山市)

 峻険(しゅんけん)を征服しようとする登山家のこの有名な言葉に照らして、「人はなぜ絵を描くのか?」という問いに私たちが答えようとするとき、「そこに美があるから」がもっとも支持される言葉なのかもしれません。洞窟壁画からCGまで、描画の長い歴史の中で、絵を描こうとする心や意志は共通するものなのでしょうか。
 今回は、その難題を回避して、「人はなぜ写真を撮るのか?」について考えてみました。
 20世紀末から始まったデジタルカメラの普及は、携帯電話のカメラを含めると、現在はほぼ100%に達したと言えるのかもしれません。いたるところでシャッターが押され、プリントされていることでしょう。今夏の長期休みに、かつてのアナログ写真とネガ・ポジを整理しようと思い立ったのですが、大量の写真に埋もれ、その中から数枚の懐かしい紙焼きを見つけただけで夏が過ぎようとしています。一方で、HDDへの収納と検索が容易なデジタル画像は増え続け、10年の間にアナログを遙かにしのぐ枚数になっています。ところが、実のところ、それらを改めてプリントしたり、見返したりすることが少ないのは、アナログもデジタルも同じだと感じているのは私だけでしょうか。
 にもかかわらず、「人はなぜ写真を撮るのか?」が疑問なのです。

 日本広告写真家協会が主催する第二回(平成22年度)全国学校図工・美術写真公募展で児童・生徒の作品を公募しています。作品規定に、図工や美術の時間に制作した自分の造形作品を撮影した写真という条件があります。子どもたちの作品の多くは、大人になるまでの間に失われがちですから、デジタル写真として記録することに意味があるのでしょう。撮影の際には、アングルや光線、背景の演出などを工夫すれば、二度おいしい教材にすることもできます。
 写真を撮るのは、一般的に記録に残すことが目的でしょう。子どもの成長や旅の思い出を記録したり、面白いこととの出会いを誰かに伝えたりするために「百聞」を「一見」で補うようにシャッターを切ることもあれば、資料収集や調査のための画像データとして撮影することもあります。そして記録として撮り続けるうちに美意識が生じ、ピントや構図、アングルなどが気になり出すと「よく撮れたか」が撮影の楽しみとなります。
 「今月のPhoto」で紹介している写真は、私が出会い注目した出来事や現象の記録です。写真を撮ることも、絵を描いたり彫像制作をしたりすることと同じように、自らの感じたことや記録しておきたいことの表現としては、同等であると考えています。これまで風景や生き物にレンズを向けることが多かったのですが、撮影が許可された美術館でナマの作品に接し、図録などの色とナマの色に大きな隔たりを感じたり、作品から新たに印象を受けたりしたことを撮影しようとしています。初対面の作品であっても、その美しさに足を止め、タッチや質感を写し取ろうと接近してシャッターを切ります。
 私の視覚的半生と言える蓄積したデジタル画像群は、撮り続けるにつれて少しは進化しているとも感じています。美しい表層的な現象に感動を覚え、その外界を記録しようとするだけでなく、視覚の域は超えられないと知りながらも、できるだけ触覚的な、あるいは聴覚的な印象を捉えた画像として写らないかという試みをすることもあります。結局は、マシーンの精度の高さに依存する表現ではありますが、写真の奥深さの入り口が見え始めた段階かもしれません。撮影後の画像補正も楽しみの一つになっています。
 反面、写真があるために旅行の思い出が、その後の時間経過とともに写真に引き寄せられ、写真が記憶にすり替わるということも経験しています。私たちが見ている、見てきたと思っている記憶も、実のところ見ているようでよく見ていなかったという不確かな過去のイメージでありがちですから、心動かされた場面を記録し、その写真から、新たな発見があったり、他者とのコミュニケーションが生まれたりするのも写真があるからです。改めて見たいと思ったときに見返すことのできる過去の一場面を残し続けるだけでも「人はなぜ写真を撮るのか?」についての説得力を持つでしょう。
長く生きれば、時間の経過とともに記録した写真の価値が増大するという経験は誰もがすることです。

導入事例 Case.29

小学校4年『校庭の木をじっと見つめていたら…』(6時間)
*木をじっくり見てスケッチするとともに、自分のイメージを基に色使いを工夫しながら絵に表す題材です。

◎主な材料

  • 画用紙
  • 水彩絵の具
  • 割りばしペンやサインペン

◎導入の工夫

 前時までの2時間、子どもたちは図画板持参で校庭にとび出し、お気に入りの木を選んで丁寧にスケッチしてきました。本時からは、自分のイメージをもとに色使いを工夫しながら彩色していきます。
T:まず、パレットの小さい部屋に「枝」や「葉」の色の絵の具を出しましょう。
  小さい部屋が全部うまるようにたくさんの色を出しますよ。
C:枝の色は、茶色やこげ茶にしよう。
C:葉っぱの色はビリジアンでいいかな。
T:茶色や緑の仲間の色をたくさん出していこう。白は必ず出しておこうね。
C:青は、緑の仲間でいいですか。
C:黄色は緑の仲間だね。
T:次に、混色して色の数をさらに増やしていきますよ。
  パレットの大きな部屋に10円玉の大きさで12個分(12色)作ってみよう。
C:似ているけれど少しずつ違う色がたくさんできました。
T:いろいろな緑色や茶色ができたね。
  こんなにたくさんの色をちりばめたらさぞかしすてきな絵に仕上がるだろうね。
  では、自分なりの色のイメージを大切にしながら色をつけていこう。

<児童作品>

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(S先生の実践から)


この夏 驚いたこと

■ 「元気のでる話をして下さい」

 例年のことだが、夏休みは教職員の研修会がたくさん、たくさん開かれる。
 おかげで私も、全国各地を走り回ることとなった。
 県も市も学校も、まるで合言葉のように「元気のでる話をして下さい」と言われる。
 この傾向はここ数年、どんどん増えてきている。
 「こういう研修会をやめて、先生方をゆっくりさせてあげるのが正解でしょ?」と心の中では思っているのだが、声に出してはよう言わない。
 教職員は間違いなく、忙しくなってきている。
 「学力向上」「教員の資質の向上」「評価のあり方」「子どもの多様化と個別指導の増加」「保護者との対応に時間がとられるようになったこと」等、数えあげればきりがないほど課題は山積している。
 仕方がないので、先生方が居眠りしないように、笑ってもらって、泣いてもらえるような体験談を中心に舞台の上で身振り手振り、力を込めて話をしてきた。
 「驚いたこと」というのは、このことではない。この傾向は想定の範囲内のことである。

■ 泊まりがけの親睦旅行が消えてきた

 驚いたのは次のことである。
 「給料から毎月、積み立てをして、1年に1回でいいですから全員の教職員で親睦旅行をしている学校の先生、手を上げて下さい」と言ったら、どの会場でもほとんど手が上がらないことである。
 「全員の教職員が泊まりがけで、みんなで温泉に入って、裸で、背中を流しあいしながら、”この1年間お互いによう頑張ったなあー”と言いあって、夜中じゅう飲み明かすって大事なことでしょ?」と重ねて言うと、笑いは起こるが、首は横に振っている人がほとんどである。
 講演が終わってから控え室で話をしていると、「親睦旅行はやっているのですが、全員が参加するのはムリですね…希望者だけでやってます」「泊まりがけは集まりません。夜の懇親会でも、参加するのは半数ぐらいですよ」という学校もある。
 「私たちが若い頃というのは、学校の親睦旅行は、必ず全員参加するものと決まってましたよね、親の不幸でもない限り…」と言うと、50代の先生は皆、あいづちを打つ。
 「裸のつきあいっていいですよね、洗い場に座っている校長先生のうしろに行って、
“校長先生!背中流します”
“おう、ありがとう”
 石鹸の泡だらけのタオルで背中をこすってたら自分の親父みたいな気持ちになったりして…なつかしいなあ、背中を流した先輩の姿、今でも、たくさん思い出しますよ」
 「先生、そういうつきあいは無くなってきましたねえ」という答えが返ってくる。

■ 2・6・2の原則

 何かの本で読んだことだが、組織というのは、2割の前向きなリーダーがいて、2 割の足ひっぱりをする人がいて、中間派は6割ぐらいに分かれるものだそうだ。
 市内の各学校の前向きな2 割のリーダーばかり集めた学校もまた、その学校の中で2・6・2になってしまう。
 中間派の6割をどちらの2割の人たちがひっぱり込むかによって、元気のある組織になるかどうかが決まるらしい。
 2+6の8割が、「みんなでやろう!」と言えば、あとの2割は嫌でもついてくる。
 泊まりがけの親睦旅行が激減したのは、「そんなん、やめとこ」と個人的な事情をあげて反対する2割の人が6割の中間派をひっぱり込んだからにちがいない。
 良い伝統は復活させなければならない。
 教職員が仲良しでなくて、どうして元気のある学校がつくれるのですか。
 教育はチームでするものです。
 学校なんて、教師次第です。和気あいあいのなごやかな先生たちの学校は、必ず子どもたちも、笑顔の学校になる。
 ぜひ、今月から積み立てを復活する学校をふやして欲しい。

著者経歴
元 大阪府堺市教育長
元 大阪府教育委員会理事 兼教育センター所長
元 文部省教育課程審議会委員

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