国語科書写への期待と課題

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 「書写」の授業は、「手本を見て、真似るだけ」と捉えられている実態をよく耳にします。子どもたちからだけでなく、教員の方々からもです。真似ることが目的をもって意識的に行われていれば良いのですが、そうでなければ退屈な作業になってしまいます。文字や言葉に接して、子どもたちにワクワクする感覚が起こってくれば、「書写」はきっと楽しくなるはずです。そこで本稿では、「書写」の隠れた持ち味を二つ述べてみたいと思います。一つは、コミュニケーションとしての書く行為について、もう一つは、「見て書く」ことの中に凝縮されている多様な力についてです。
 「読む」「書く」「聞く」「話す」ことは、言葉を運用する大きな柱となっています。言葉の学習は、これらが相互に関連しながら進められることで、それぞれの能力もいっそう発達していく可能性があります。しかし、あまりそれらの関連に配慮されなくなると、困った事態が生じてきます。たとえば、「読み」「書き」する能力は優れているのに「聞く」「話す」ことができない、ということが起こります。形に現れるものによって学習評価が行われるようになると、テストの成績は優秀なのに、日常生活では人とのコミュニケーションがはかれない、といった傾向の子どもたちが現れてきます。
 こうしたことを振り返ってみると、学習の根っこにあるべき「言葉と体験」の結びつきが乏しくなっているのではないかと思われます。身振り手振りや、泣き笑いの表情は、最も根源的な言語です。生まれたばかりの赤ちゃんは、言葉を話したり書いたりすることができませんが、泣いたり笑ったりします。身近な人との関わりの中で、しだいに子どもは言葉を覚え、発するようになります。こうして覚えていく言葉には、自らの五感を介した学びが不可欠です。学校に通う年齢になれば、子どもたちの体験は多岐にわたり、学ぶ言葉も複雑になります。そうなると、言葉の学習はつねに自らの経験に直結するものばかりではなくなってもきます。学習すべきことが多くなり、しだいに言葉は自身の体験を離れていってしまうのではないでしょうか。ここでいう「体験」は、「体感」や「リアリティ」という言葉で置き換えても良いかもしれません。
 本来、言葉は伝え合い、理解し合うという相互の意識がなければ発達してこなかったものです。話す言葉は、聞き手があってはじめて成立するように、書く言葉も、読み手があってはじめて成り立ちます。つまり、言葉はコミュニケーションの道具であると同時に一人一人のリアリティを支えている最も大事なものであることがわかります。
 さて、ここで改めて「書写」の役割を考えてみます。書き言葉の成立するずっと以前から話し言葉があったことを考えると、なぜ人は話したり聞いたりするだけではなく、「書こう」としたのかということが不思議に思えてこないでしょうか。何もないところから、人々が工夫をこらし、たくさんの人たちと理解し合えるシステムをつくりあげてきたということを想像するだけでも、文字に対する捉え方は変わるように思います。文字が考案され、運用され、伝えられてきたからこそ、私たちは同時代人とのみならず、過去のたくさんの人たちともコミュニケーションができるようになります。タイムカプセルに乗って、書くことを通してのリアルな体験ができるのです。
 文字の「形」の不思議に出会うことも、ワクワクするような場面になります。「国語」で新しく学習する漢字は、誕生してから現在までにどのように姿を変化させてきたのでしょうか。漢字と交えて使っている平仮名の形はなぜ曲線が多いのでしょうか。片仮名の形はなぜ直線が多いのでしょうか。これら字形にまつわる「なぜだろう」に目を向けるだけで、昔と今はつながります。国語学習の深まりにもつながっています。
 実際に書く場面ではどうでしょう。文字の組み立て方を学ぶには、書かれている文字の形に含まれている要素(点画)どうしがどのような関係にあるかを感知しなければなりません。「見て書く」ときには、認知力、観察力、判断力、調整力、など様々な能力が要求されます。そして何より、書写は、指先を通して感知する能力をもとにしている点で、子どもたちの身体感覚とダイレクトにつながっています。書こうとする内容を考え併せることによって、書くことは五感を通した「表現」となります。逆にいうと、「書写」を通して、様々な能力を引き出し結びつけていくことが可能になるのです。
 「書写」は、単なる書き方教育ではありません。新しい教科書では、そうした着眼点をできる限り示すよう努めました。現場の先生方の豊かな言葉と体験をもとに、子どもたちのリアリティをくみ上げる、ユニークで楽しい授業を展開していただきたいと願っています。

萱のり子
大阪教育大学教授。奈良教育大学特設書道科卒業、同大学院修士課程(美術教育)修了、大阪大学大学院博士課程(芸術学)単位取得退学、文学博士。


奇跡

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(C)2011『奇跡』製作委員会

 小さい頃から、「鉄道」が好きだった。車窓から、ポイントの切り替えや操車場を眺めたり、汽車やディーゼルカー、電車などの型式を調べたり、絵に描いたりした。お年玉をすべて使って、鉄道模型で遊んだ時期もある。以後、時刻表を熟読して、駅名を覚えたり、仮想旅行を立案したりと、鉄道にまつわる思い出は多い。東海道に新幹線が走ったころには、さすがにマニアではなくなったが、試験走行には出かけていった。そのような記憶が、「奇跡」(ギャガ配給)を見て、よみがえってきた。
 このところ、いくつかの日本映画を見ているが、本作は、出色の出来。主人公は小学生の兄弟だが、周囲のおとなたちを巻き込んで、笑って、ホロリとさせて、ハラハラする。そして、ほのぼのした結末に、すがすがしくなる。
 両親の離婚で、福岡と鹿児島に別れて暮らす兄弟がいる。兄の航一(前田航基)は、鹿児島にある、母、のぞみ(大塚寧々)の実家で、祖父母(橋爪功、樹木希林)と同居している。弟の龍之介(前田旺志郎)は、売れないギタリストの父、健次(オダギリジョー)と博多で暮らしている。

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(C)2011『奇跡』製作委員会

 2011年3月12日、博多から鹿児島までの九州新幹線が、全線開通する。航一は、ある噂を聞きつける。全線開通する朝の一番列車は、博多から鹿児島に向かう「つばめ」と、鹿児島から博多に向かう「さくら」である。この一番列車が、時速260キロですれ違う瞬間に奇跡が起き、これを目撃すると、願いが叶う、というのである。
 兄弟は、日頃、携帯電話で情報を交換している。願いは、なんとか両親が仲直りして、再びみんなで暮らすこと。
 さっそく兄弟は、クラスメイトや、周りのおとなたちを巻き込んで、奇跡の実現に挑戦し始める。どうやら、新幹線のすれ違う場所は、鹿児島本線の川尻駅の近くのようである。
 航一は、さっそく龍之介に連絡する。大阪で暮らした家族四人の生活の復活を望む航一だが、龍之介は、いまの父との生活に懸命で、父のライブの受付をこなしたりしている。それでも、ガールフレンドを巻き込んで、兄との再会に向けて、計画を練り始める。
 おとなたちも、それなりに商店街復興を目指そうとする。酔っぱらいながらの話ではあるが、和菓子職人だった祖父は、飲み仲間から、新幹線の開業記念の「かるかん」を作るよう、励まされる。

(C)2011『奇跡』製作委員会

(C)2011『奇跡』製作委員会

 航一たちは、レアもののフィギュアを、祖父の力添えで売却、なんとか旅費を捻出する。あとは、いかにして、学校をさぼるか、である。とにかく、新幹線の開業前日には、目的の場所にたどりつかなくてはならない。
 一見、無茶な計画のようでもある。いよいよ、航一たちは、鹿児島から川尻へ、龍之介たちは、博多から川尻へ、それぞれ出発する。果たして、子供たち7名は、800系の一番列車「つばめ」と「さくら」のすれ違いを、ちゃんと目撃することが出来るのだろうか。  
 兄弟役の前田航基と前田旺志郎は、お笑いコンビ「まえだまえだ」で、実の兄弟でもある。まったくお芝居くささがなく、達者な演技を披露する。さりげなく交わされる子供たちの会話は、おとなの現実を鋭く見抜いて、じつに自然で、思わず笑いを誘う。善意に満ちたおとなたちの言動もまた、コミカルで微笑ましい。ひとえに、「ワンダフルライフ」や「誰も知らない」を撮った是枝裕和監督の、並々ならぬ演出力だろう。
 おとなには、かつて希望を信じた純粋さを、子どもには、一歩、人生に踏み出していく勇気を、映画「奇跡」は与えてくれるはずである。

2011年6月11日(土)より、新宿バルト9ico_linkほか全国ロードショー
6月4日(土)より、九州先行公開

■「奇跡」

監督・脚本・編集:是枝祐和
出演:前田航基、前田旺志郎、大塚寧々、オダギリジョー、夏川結衣、阿部寛、長澤まさみ、原田芳雄、樹木希林、橋爪功 他 
主題歌:くるり「奇跡」(SPEEDSTAR RECORDS)
2011年/日本/127分/カラー/ヴィスタ/DTS-SR
配給:GAGA


平成24年度用 新版「美術」教科書特集号

※PDFデータをダウンロードしてお読みいただけます。(下記ご参照)

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インデックス

[特集]平成24年度用 新版「美術」教科書

[巻頭言]
3.
美術の教科書との出会い
春日明夫

[新版教科書のコンセプト]
4.
「生きる力」を育む美術の学び
大橋 功

8.
新版教科書Q&A

[美術の授業と教科書]
12.
さまざまな場面で活用できる美術の教科書を目指して
小泉 薫
14.
教科書の使い方のポイント

[内容解説]
16.
個に軸を置く美術の学びとは
小澤基弘
17.
[題材事例]15の肖像
田中 晃
18.
身の回りや生活に関わる美術の学びとは

鉄矢悦朗
19.
[題材事例]ユニバーサルデザインを考える
藪 陽介
20.
社会や世界につながる美術の学びとは
岡本康明
21.
[題材事例]廃材アート ―廃材に新たな命を吹き込もう―
中平千尋
22.
自然や生命,環境に関わる美術の学びとは
泉谷淑夫
23.
[題材事例]想像の動物の形を打ち出そう ―銅板レリーフ―
中村 みどり

24.
教師用指導書のご案内

26.
平成24年度用 新版「美術」 題材一覧

icon_pdf_small形 forme No.296 「美術」教科書特集号:ダウンロード (4.3 MB)

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どうなる? 日本のデジタル教科書

topics_vol29-01 デジタル教科書導入の流れはどうなっていくのだろうか。臨場感があり、情報量も豊富なデジタル教科書には魅力を感じる。これまで国語の授業で様々な教材を扱ってきたが、紙媒体では不十分なこともあり、ストレスを感じていたからである。しかし、新しいメディアが現れる時には、すんなりといき難いかもしれない。
 さて、韓国ではすでに、小・中学校に電子黒板・電子教卓・IPTVなどが配備されている。また、この新学期から、全ての小中学校の国語・英語・数学の3科目についてデジタル教科書導入を義務化した。さらに2013年には、生徒1人1台のタブレット端末の導入を目指している。
 そこで2010年に2回韓国に訪問し、小学校の調査と教師へのインタビューを行った。2回目には、日本の文部科学省にあたる教育科学技術部で、朴(パク)参事官に直接話を伺う機会を得た。その印象を述べたい。
 一つは、児童が主体的に情報を検索している姿がとても印象的であった。1冊の本から答えを見つけるのとは、探す楽しさが違う。色々なWebサイトに積極的にアクセスして、学習に必要な情報を見つけ、重要な点はペンで書き込む。また、検索内容を共有することが可能であるため、学びの幅が広がっていた。
 二つは、子どもたちの学習活動が意欲的だった。魅力的な教材を手にして、それに興味を持たない子どもはいない。どんどん英語の音声が飛び出し、それに早口の英語で応える。そのようなテンポの良い教材を使うことで、授業が楽しそうだった。
topics_vol29-03  三つは、デジタル教科書の導入のために、十分な準備と検証が行われた点である。その中には、視力や電磁波の影響についての課題も盛り込まれていた。
 朴参事官から手渡されたKERIS[注1]の資料には、「研究モデル校の使用端末機は高性能の端末機であり、今後もPC、ノートパソコン、ネットブック、iPad、スマートフォンなどの活用環境を研究する」と書かれていた。
 また、韓国のデジタル教科書には規定が書かれていた。「デジタル教科書とは、学校と家庭で時間と空間の制約なしに、既存の教科書や参考書/問題集/用語辞典などを含み、それを動画/アニメーション/Virtual Realityなどのマルチメディアと統合/提供して多様なInter-active機能と学習者側のレベルに合わせて学習が出来るように設計された学生用の主な教材」と定義されている。デジタル教科書は、電子著作物に含まれている。
 すでに、幅広い学習資料の提供や既存の(紙の)教科書とほぼ変わらない筆記・ノート・メモ機能の提供、学習者側に合わせた進度管理と評価など、学生個々のレベルに合う学習が可能な教科書を目指していたのだ。
topics_vol29-02  さて、デジタル教科書の導入は、韓国だけではなく、すでに多くの国々で実施されている。日本の政府も2020年を目標にし、昨年度からはフューチャースクールの実証実験も開始された。これからは、高いリテラシーを持った上で、情報にアクセスすることができる子どもたちを育成していくことが必要になるだろう。
 デジタル教科書では、授業中に感想や意見の共有が瞬時にできることも、学びを深める意味からも有難いことである。しかし、その使い方や教育方法の確立は不十分である。また、子どもたちがインターネットの検索に依存してしまう点が危惧されている。しかし、例えば、大地震などの災害においては、情報取得の有無が生死を分けてしまうことさえある。信頼性が高く、正しい情報にアクセスできるメディア・リテラシーが必要となるだろう。
 デジタル教科書の導入にあたっては、従来のカリキュラムの枠組みにとらわれないメディア・リテラシー教育が必要になるだろう。

[注1]KERISは韓国教育学術情報院といい、教育・研究情報の開発、管理、提供を行う政府直轄機関。

上松恵理子(うえまつ・えりこ)
新潟大学博士研究員
新潟大学教育学部・新潟中央短期大学・新潟県立新潟工業高等学校非常勤講師
1959年生まれ。新潟大学大学院現代社会文化研究科博士後期課程修了。博士(教育学)。国語科での実践と研究・国内外の学会発表・講演・執筆を行い現在。日本教育メディア学会・日本教育工学会・全国大学国語教育学会・情報通信学会など。


「朱漆花鳥堆錦合子」

漆/直径14.5㎝

漆/直径14.5㎝

 琉球漆器の朱漆の丸い合子(ごうす)です。合子とは、身と蓋だけの小さな容器のことで、用途は大きさや使う人によって変わります。この作品は径が14.5cmあるので、ちょっとした菓子入れなどに使われたのかもしれません。
 蓋には桜の花と枝に止まる鳥が、堆錦技法で表現されています。堆錦技法とは、文様を付けるのに用いられる技法の一つで、顔料(色の粉)と漆を混ぜてこね、叩いて餅状の材料(堆錦餅)を作ります。それを文様の形に切り取って、漆で器物に貼り付け,鳥の羽や葉脈のような細部は金属棒で線を刻み、表します。このように堆錦技法は凹凸のある文様を作ることができ、さまざまな色の堆錦餅を組み合わせることでカラフルな表現ができます。この作品では、黄色や緑、茶色、白といった色の堆錦餅が使われています。
 ところで、「漆が乾く」という現象は、実は漆の酵素が空気中の水分から酸素を取り込んで硬くなるという反応です。そのため、漆が硬くなるためにはある程度の温度と湿度が必要です。堆錦技法は文様部分に厚みがあるため、自然の状態で完全に硬くなるには高温多湿の気候が不可欠であり、昔からこの技法を使っていたのは自然条件の合った琉球だけでした。18世紀にこの堆錦技法が改良され発展し、琉球王国の外交上重要な徳川将軍家への贈答品などに用いられるようになりました。その後盛んに製作されるようになり、明治以降は全国へ売り出した一般向けの製品に使われ、琉球漆器独特の技法として広く知られるようになります。この作品も、明治から昭和の初め頃に作られたものと考えられます。
 堆錦技法は、現在では他の地域でもわずかながら作られるようになりました。しかし琉球漆器の代表的な技法として、今も多くの品に用いられていることは変わりありません。

(浦添市美術館学芸員 岡本亜紀)

■浦添市美術館ico_link

  • 所在地 沖縄県浦添市仲間1-9-2
  • TEL 098-879-3219
  • 休館日 毎週月曜日(公休日は開館)

<展覧会情報>

  • ウィリアム・モリス ステンドグラス・テキスタイル・壁紙 デザイン
  • 2011年6月10日(金)~7月24日(日)

展覧会概要

  • 19世紀後半に活躍したイギリスのデザイナー、ウィリアム・モリス。機械化の進んだ時代に手仕事の復権を主張、活動し「近代デザインの父」とも呼ばれました。そのモリスの思想や、壁紙や内装用布地、家具などの作品約90点を展示紹介します。

<次回展覧会予定>

  • 光の視覚 サーカス展
  • 2011年7月29日(金)~9月11日(日)

その他、詳細は浦添市美術館Webサイトico_linkでご覧ください。