「ハート」 アンガス・サティ作

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陶土/52×57×22cm/1991

 イギリスの陶芸は、バーナード・リーチの流れを汲む伝統的な壺や皿の形の作品から、1970年代に入り、造形的な陶芸作品へと領域を広げてきました。イギリスの陶芸界では、伝統的なうつわの形が陶芸であるという考え方が主軸にあり、陶土が彫刻素材として認められるのには、他の国に比べて時間を要しました。そのため、前衛的な作家たちはうつわや壺、ティーポットを原形としながら、造形性を高めた芸術としての陶芸を追求してきました。アンガス・サティは、このような新しい動きをリードしてきた代表的作家のひとりです。サティの作品は、造形的な形をしていますが、実用の焼き物であるティーポットの「注ぎ口」、「取っ手」といったパーツを作品に組み込んでいます。それは、実際に使うためではなく、そのパーツを組み込むことで造形をより豊かにし、陶芸であることの必然性を得ようとしているのです。「ハート」では、ティーポットの形は姿を消し、造形的な作品にみずからのイメージの世界を構築しています。この作品は、この頃の作品としてはめずらしく明るい色彩を用い、ほのぼのとした雰囲気をうかがわせるサティの心象風景を表現した作品です。
 サティは、自分の作品について次のように記しています。「世の中は全てを機能性だけで評価しようとしている。しかし人生とは、もっと豊かなもののはずだ。私の作品は、こういった風潮に対する反発である。だから私は、しきたり事を見つめながらも、機能性を一切排除しているのだ。」(1)サティの言葉からは、伝統的な発想から新しい陶芸を切り開いていこうとする強い信念が伺えます。

(1)London/Amsterdam: New Art Objects from Britain and Holland, Crafts Council Gallery, Galerie Ra  Galerie De Witte Voet, 1988.

(滋賀県立陶芸の森 主任学芸員 三浦弘子)

■滋賀県立陶芸の森 陶芸館ico_link

  • 所在地 滋賀県甲賀市信楽町勅旨2188-7
  • TEL 0748-83-0909
  • 休館日 月曜日(4月30日は開館)

<展覧会情報>

  • 特別展「陶芸の魅力×アートのドキドキ」
  • 2012年3月3日(土)~7月6日(金)

展覧会概要

  • ミロやピカソ、岡本太郎、奈良美智ら代表的な芸術家の陶芸作品とアートと結び付いた日本、海外の陶芸家たちの作品約80点を展示します。

<次回展覧会予定>

  • 「明治・大正時代の日本陶磁―産業と工芸美術」
  • 2012年7月14日(土)~8月26日(日)

その他、詳細は滋賀県立陶芸の森Webサイトico_linkでご覧ください。


被災地の社寺が問いかけていること

 東日本大震災はこの3月11日で1年が過ぎたのに、被災地の住民はいまだに明日への歩みを手にしていません。被災地に取り残された老人の餓死が報じられるなかに、人びとをめぐる協同性の崩壊が行きつくところにいった姿がうかがえます。人間が人間として生きていけるのは、単身者としての存在ではなく、ある協同性のなかにおいてです。現在、復興で問われるのは、経済的物質的支援もさることながら、被災地の人びとの精神を賦活せしめる精神の器ではないでしょうか。この精神の器を担い、住民の協同性を支えてきたのは神社であり、寺院でした。震災地の寺社等は、震災・原発事故でその存在の場を奪われたがために、住民の心に寄り添うことすらできない状況に追いこまれています。

被災地の神社

 神社本庁総務部震災対策室は、地機関誌『若木』の別冊「東日本大震災」で、地域祭祀を担ってきた神社の被災状況を次のように報告しています。

 宮城県・福島県・岩手県の東北三県では、八名の神職が犠牲・行方不明となっている。また、地震及び津波による神社施設の被害は一都一五県に亘り、本殿、幣殿、拝殿等主要神社施設が全壊、半壊した神社は、三〇九社の外、社殿以外の建物の損壊や鳥居、塔籠等の工作物の損壊に至っては、実に四、五八五社にも及んでいる。太平洋沿岸部に鎮座する神社においては、高台で辛うじて津波の被害を免れても、氏子区域が津波により壊滅的被害を受け、今後の神社運営に多大なる支障を来し、神社存立の基盤が失われかねない危機に面している。
 更に福島県においては、原発事故により立入りが出来ない警戒区域が設定され、当該区域内に鎮座する二四三社もの神社は、被害の状況すら確認できない状況にあった。

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東日本大震災前の延喜式内社?野(くさの)神社

 福島県双葉郡浪江町請戸の延喜式内社?野(くさの)神社は、毎年2月の例祭「安波祭」海上安全と豊漁を祈る神輿の海中渡御が行われ、五穀豊穣を願う「請戸の田植躍り」などが奉納され、地域住民の心をささえてきた精神の器でした。この津波で宮司夫妻と禰宜夫人が犠牲となり、禰宜の安否が確認されていません。しかも鎮座地は原発の警戒区域に指定されたがため、氏子らが県内外に避難したため、神社復興の目途も立てられない状況です。これが被災地の神社や寺院が置かれた姿といえましょう。
 このような状況下、?野神社では、宮司の三女が父の後を継いで宮司就任の決意をし、2月19日の例祭日に宮司就任奉告を兼ねた復興祈願祭が斎行された由。その祭りは、基礎のみ残る鎮座地に置かれた「小社」を仮社殿となし、白い防災服をまとっての執行でした。新宮司は「避難生活を余儀なくされている多くの氏子の方々に必ずや希望の光と復興への勇気を与えるものと確信している」(『神社新報』平成24年3月5日)と、その想いを問い語りかけたそうです。
 この想いは、被災地の民とともにある神社人の心を述べたものにほかなりません。しかし神社復興への途は多難です。氏子たる地域住民の流失は、神社再建を困難にしているのみならず、神社維持への方途も難しいものとしています。かつ、神社本庁に参加していない法人格すらない多様な神社、民社ともいえるものは住民が流出していくなかで土地に放置されたままになっていることでしょう。その様相はいまだ明らかにされていません。

移転復興の壁

 このような神社の在り方は、寺院にもみられることで、住民の集団移転ともかかわるだけに、移転が急務の課題となっています。寺院神社は、檀家や氏子が移転するのにともない、新開地に移ることが経済的に困難な状況においこまれています。この問題は、読売新聞(2月28日 夕刊)が「寺社移転支援及び腰 「政教分離」悩む自治体」で取り上げられています。仙台市若林区荒浜地区は、750世帯の家屋の大半が流失し、海岸から約500メートルに所在していた浄土寺本堂が流失、約140人の檀家が死亡。ここに住民の大半は約3キロの内陸部に集団移転をはかろうとしていますが、寺の移転は資金的に困難の由。石巻市桃浦地区の洞仙寺は、住民の4割が移転を希望しており、先祖代々世話になってきた寺が移転出来るどうかは不明とのこと。
 宮城県山元村の八重垣神社は建造物がすべてが流失したため、高台に移転するに必要な資金の宛もないと宮司は嘆いています。神社や寺院は、集落の要として、地域住民の精神的結集の場として、精神の器として生きてきました。それだけに地域の復興には、精神を賦活させ、明日を生きる活力を生み育てる寺社の存在が欠かせません。
 しかし寺社移転に必要な費用は、檀家や氏子の負担とみなされ、移転費用の公的な支援がありません。その背景には、集団移転が住まいの安全確保を目的にしているために、寺などの宗教施設が対象にされていないことによります。ここには、住民移転にともなう寺社の移転を支援するために公有地を斡旋し、敷地等を無償で貸与するという方策がとれない、という「政教分離」という信教自由の原則を強調する教条的解釈の壁があります。
 想うに寺社、なかでも神社は、集落の祭祀を担い、地域住民の暮らしのかたちである文化をささえ、記憶を継承していく場として存在してきました。この精神の器が崩壊することは、地域社会の連帯を維持する場の喪失にほかならず、協同体が世間の潮流に翻弄され、流亡していくことにほかなりません。信教自由は、他者の信仰と生き方を尊重し、己の信仰を絶対視して、「政教分離」なる言説で他者の営みに干渉することではありません。地域の復興と再生には、集落が移転するのであれば、その集落を成り立たせていた世界の総体が新天地で生きていくための方策が求められているのではないでしょうか。それだけに集落の核となってきた神社や寺院の働きが新開地で生きる移住者の心の糧となることに想いをいたしたいものです。
 そこで次回は、精神の器とは何かを歴史にたどるべく、明治維新で流亡の民となった人びとが新天地に生きる場を築いていく物語を、「東北のお伊勢さん」と親しまれている福島県郡山市の開成山大神宮創世記に読みとることにします。

うつくしま電子事典「苕野(くさの)神社-安波祭-」紹介ページico_link


「アーティストになろう」

※本実践は平成20年度版学習指導要領に基づく実践です。

指  導  計  画

題材名

「アーティストになろう」

学年

総時数

ねらい

 季節が秋に変わり、11月に入ると、色づいている木々が学校の近くの神社で見られるようになってきた。また、正門から校舎までには桜並木があり、紅葉をはじめた木も多くある。そこで、子どもたちに季節を感じてもらいたいという願いと、様々な発想で表現させてみたいという思いから、場所や材料の形などの特徴を生かして、落ち葉を使って校地内(屋外)を飾りつける活動に取り組むことにした。見たり触ったり、形のおもしろさ、色の美しさに感動したりするなど、感覚に働きかけるような活動を行うことで、新たな感動から発想を広げられるようにしたい。

評価内容

造形への関心・意欲・態度
材料の形や色を見たり手にとったりして感じたことを、表現活動に生かそうとしている。

発想や構想の能力
自分の発想を大切にして、のびのびと表現することができる。

創造的な技能
場所や材料の形・色などの特徴を生かして、重ねたり組み合わせたりするなどして表現することができる。

鑑賞の能力
お互いの作品を見合いながら、感じたことや思ったことを発表し、表現方法や感じ方に違いがあることに気づく。

〔共通事項〕との関連

材料の形や色、場所の特徴を基に、自分のイメージをもつこと。

材料・用具

落ち葉、枝、ヤツデなどの葉、花、ナンテンなどの実、ガムテープ、ビニールテープ、イメージメモ

指導計画・流れ
(全6時間)

第1次
飾りつけを行いたい校地内を散策する。どのような飾りつけを行うか、グループで計画を練り、イメージメモをつくる。(2)

第2次
飾りつけをする。(3)

第3次
お互いの作品を鑑賞し、考えを発表し合う。(1)

1.みんなで秋のアーティストになろう!

 「思いっきり図工を楽しんでもらいたい」と、4月から思い続けて活動に取り組んできた。これまでの積み重ねのおかげか、子どもたちは表現するということを楽しむことができるようになってきたと感じた。
 そこで、「言葉では言い表せないけど、心にジーンとくる作品をつくるアーティストになって、校地内を秋で飾ろう!」となげかけた。

イメージメモ

イメージメモ

 まず、校地内をグループで散策する。その後、どの場所または用具をどんなふうに飾りつけたいかを話し合い、イメージメモに描いた。落ち葉の色の美しさを生かすということを条件として示した。子どもたちがあげた飾りつけたい場所・用具として、壁、三角コーン、掲示板の枠、雨どい、水飲み場わきの花壇があった。どこも子どもたちや先生、学校に来るお客さんからよく見える場所で、自分たちの作品を多くの人に見てもらいたいという願いがふくらんでいるようだった。

2.はりきって飾りつけ!

 材料は、子どもたちが近くの神社や公園などに行って拾ったり、隣の小学校のイチョウの葉をもらいに行ったりして集めた。協力して集めたたくさんの落ち葉などを見て、「わー、すごい!たくさん使えるね。」と、とてもわくわくしている様子がうかがえた。
 イメージメモを譜面台に貼りつけ、それをもとに活動に移れるようにした。実際に飾りつけてみると、考えていた以上にアイディアが浮かんできたようで、イメージメモと変わってきたグループもあった。途中、ほかのグループの見学に行き、お互いにいいところや参考になるところを伝え合った。「すごい、かっこいい!」などと歓声が上がり、「僕らもこれしよう!」と急いで自分のグループに戻り、作品づくりに取り組んだ。

落ち葉でグラデーションをつくったよ。

落ち葉でグラデーションをつくったよ。

途中経過の記録写真

途中経過の記録写真

下から見て…。どこにつけ足そうかな?

下から見て…。どこにつけ足そうかな?

3.作品紹介

掲示板の周りを飾りつけました。イチョウで色をそろえたり、下の支柱は秋の山をイメージして、曲線をつけたりして落ち葉を貼りました。

掲示板の周りを飾りつけました。イチョウで色をそろえたり、下の支柱は秋の山をイメージして、曲線をつけたりして落ち葉を貼りました。

三角コーンとセーフティバーを組み合わせました。最初は直線につないでいましたが、途中で三角に結び、地面も同じ三角形に敷き詰めると美しさが引き立つと感じている様子でした。落ち葉がきれいな面になるように注意していました。

三角コーンとセーフティバーを組み合わせました。最初は直線につないでいましたが、途中で三角に結び、地面も同じ三角形に敷き詰めると美しさが引き立つと感じている様子でした。落ち葉がきれいな面になるように注意していました。

木をイメージしてできた作品です。ほかのグループが落ち葉を敷き詰めているのを見て、同じようにしてみたいという思いをもちました。敷き詰めたものは根になりました。

木をイメージしてできた作品です。ほかのグループが落ち葉を敷き詰めているのを見て、同じようにしてみたいという思いをもちました。敷き詰めたものは根になりました。

最初はイチョウをたくさん使ってライオンにしたいと言っていましたが、口をつけるとひよこに見える、ヤツデをつけると天狗みたい、ということで、「ひよ天」と命名です。

最初はイチョウをたくさん使ってライオンにしたいと言っていましたが、口をつけるとひよこに見える、ヤツデをつけると天狗みたい、ということで、「ひよ天」と命名です。

4.作品鑑賞会

webjirei_vol015_09 子どもたちは、いいなと思うところを指さしながら話をしていた。どの子も、「自分の班が1番!」と言わんばかりに、誇らしげに作品の紹介をすることができた。色をそろえたところ、グラデーションにしたところ、見立てをしたところなどを、自信をもって発表することができ、秋で飾りつけをする活動を本当に楽しんで取り組むことができたのだと感じた。
 3日ほど展示していたが、その間にたくさんの先生から「すごいね、きれいだね。」という言葉をもらったり、学級の保護者の方も、足を止めて見ていたりしたので、そのことを子どもたちに伝えると、ニンマリ、嬉しそうにしていた。

5.活動を終えて…

 感覚に働きかける活動を通して、自分のもったイメージをふくらませたり、楽しんで表現活動に取り組んだりすることができた。自信もついたようだ。
 また、友だちの作品をすなおに「すてきだな」「きれいだな」と感じることができ、そこから自分たちの作品をより良くしようという思いをもって、造形活動に生かすことができた。
 今回の活動だけでなく、1年を通してイメージメモを使って、イメージをふくらませてきた。友だちとの意見交換を通して、子どもたちは安心してのびのびと造形活動に取り組むことができるようになった。また、「それいいね。」と言ってもらい、認めてもらうということも大きな自信にもつながっているようだった。
 今回の活動「アーティストになろう」では、時間がかかることもあり、活動をしながらイメージがどんどん変化していくので、メモを簡略化したり、使用せずに活動に入ったりするなど、使用方法を選定することも考慮しなければならないと考える。

東日本大震災と絆

 東日本大震災から丸1年、春は今年も巡り来ました。
 しかし、私たちの脳裏に焼きついて離れないのは、大地までも飲み込んでしまうあの恐ろしい大津波の映像です。
 これまで無念さを胸に秘めひたすら耐えに耐え、前を向いて頑張ってこられた被災地の方々の胸中を思う時、今も言葉を失います。
 一方、社会の連帯感、人間関係の希薄さが指摘される今日、震災を通し改めて人の強さや優しさを知り、近しい人との絆をより大切にする機運が高まったことは幸いでした。

■ 絆

 「愛する日本に移り、余生を過ごす。多くの外国人が日本を離れる中、私の決断に驚いた人もいたが、『勇気をもらった』と言ってくれる人もいた。そうだといいなと思う」
 これは、震災1カ月後の4月26日、日本文学研究の第一人者ドナルド・キーン米コロンビア大名誉教授が、ニューヨークで最後の講義を行った際、大学院生に冒頭で語った言葉です。
 福島原発事故による放射能を心配し帰国を急ぐ外国人が多いなか、この報道に接した時、私は言い知れぬ感動を覚えました。親日家とはいえ、キーン氏と日本の強い絆を感じたからです。
 復旧に際しては、自衛隊、警察、消防関係の活躍が誰の眼にも頼もしく、子どもたちからは感謝の言葉がこぼれました。昼夜を分かたず献身的な診療を続ける医師団や若者のボランティア等、多くの国民が被災地に寄せる支援の姿にも心を揺さぶられました。いち早く支援に駆けつけた米国の「トモダチ作戦」をはじめ、発展途上国からの義捐金にも頭が下がりました。共通することは、強い絆でした。

■ 想定にとらわれない判断力

 地震から逃れることのできないわが国では、全国津々浦々防災のマニュアル作りを進めてきました。とりわけ東海沖地震が心配される静岡県では、早くからマニュアル作りに取り掛かり防災の先進県という自負もありました。
 しかし、今回の大震災により、マニュアルの見直しとともにマニュアルだけに頼っていてはいけないことを痛感しました。マニュアルは基準を作り、その想定内で組み立てていくものだからです。
 「相手は自然だ、何が起こるか分からない。その場でベストを尽くす。ハザードマップを信じるな。これは人間が想像したものだ。」岩手県釜石市の防災教育の指導に当たっていた群馬大学片田敏孝教授の言葉です(2012年1月17日放送NHK『クローズアップ現代』より)。片田教授は「日頃、子どもたちは、親や周りの加護の下に生きている。子どもたちに主体性を持たせてはじめて想定にとらわれない判断が出来るようになる」と言います。
 津波の怖さを理解させるため、50cmの高さでも人は流されることを映像で見せ、リアス式海岸と津波の関係、浅瀬では波が高くなることなども丁寧に指導していました。

■ 釜石の子どもたちと主体性

 「津波てんでんこ」は、津波が来たら「それぞれ他人にかまわず必死で逃げろ」ということです。一見、身勝手な印象を与える言葉ですが「てんでんこ」を可能にするには、「それができる家族関係があること」が前提であり、鍵は家族の「信頼」関係だと、貴重な指摘をしています。
 「親はうちの子は絶対逃げているから自分も逃げられる。子どもは自分が逃げることが分かっていれば、お母さんも安心して逃げられるだろうと考える。親と子の強い絆が信頼となり勇気となり行動を可能にする。それが結果として守り合うことになる」と言うのです。
 片田教授の指導で、忘れてはならないことは、

①想定にとらわれない

ことの他に、

②その時の状況下で最善を尽くす
③自ら率先して避難する

という3原則を徹底している事実です。
 小学校6年生の男子児童は、避難の途中で遅れがちな足の不自由な同級生をおぶって逃げています。危険が迫る中で、教えを守り最善を尽くしている姿は誠に尊く、教育の力の凄さを感じます。

■ 価値観の転換の必要性

 震災を通し認識を新たにしたことの一つに価値観の転換があります。これまで私たちが享受してきた豊かな生活を問い直す必要があることを実感しました。
 欲望を大いに刺激し、消費者の購買意欲をかきたてた浪費社会は長引くデフレの中、既に遠のいていますが、東日本大震災は、このような価値観がまかり通った時代には再び戻れないことを暗示しています。これは教育の面からも注視しなければならないことです。
 震災から多くのことを学んだ23年度でした。その中で、学校は地域のシンボルであり、子どもたちの笑顔が希望につながることを実感した1年でもありました。

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山に登るということ

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 小学校から中学校にあがるころは、「第二の誕生」と入学式の祝辞で述べています。中学3年間の体験は一生の尺度になります。わたしにとっても中学1年生で母が亡くなったことにより、内向的、文学的、哲学的になりました。また、夏に山登りへ行ったとき、久しぶりに心がはじけました。異次元体験のような非日常の素晴らしさを体験しました。それが後々まで忘れられないものとして残り、中高年で山登りを再開するきっかけとなったのです。そのころの価値観、喜びはずっと残るものです。
 『山口さんちのツトム君』の歌のモデルは、自分の母親が亡くなったときの気持ちがうまいこと幼児にすり替えられていました。自分自身が母親をなくしたときの喪失感の表れです。つくったというよりは生まれた歌です。3番の歌詞に関しては、明るくハッピーエンドにしようとスタッフと話し合い、田舎に法事に行っていたという形になりました。この3番のみ作家的立場でつくったものです。実は、この歌のモデルが自分だとわかったのは、母親が亡くなって15年後、「山口さんちの思い出」という題名で文章を書いたときに、自分自身がモデルだったということに気付いたのです。負の体験がプラスに活きてきたのです。子どもたちに「苦しい思い出があってもマイナスでは終わらない。前向きに生きる者にとっては、体験として生きてくる」と伝えています。
 今、世の中が先鋭化して遊びの部分がなくなってきています。本来もっていなくてはならない潤い、文化・芸術という喜びを感じる感性が押し込められ、磨耗しています。テストの結果以外の部分を見なくてはならないのではないでしょうか。山登りだと、早く登る人、遅く登る人、さまざまいますが、遅く登ったからといって感動が少なくなるわけではありません。子どもたち、親、ひいては社会がもっともっと立場をこえた話し合いをする環境をつくらなければいけないのではないでしょうか。

みなみ らんぼう

みなみ らんぼう

1944年宮城県栗原市生まれ。
法政大学社会学部卒業後、ラジオ台本作家を経て71年「酔いどれ女の流れ唄」で作詞・作曲家としてデビューし、73年に「ウイスキーの小瓶」で歌手デビューする。
子どもの世界を描いた作品も多く手掛け、76年に「NHKみんなのうた」で発表した「山口さんちのツトム君」はミリオンセラーを記録し、世代を越えて多くの人に歌い継がれている。自然に関する知識も豊富で、特に植物に関しては造詣が深い。エッセイ「おばあちゃんと花」は中学1年生の国語教科書に採用された。
最近では山歩きをライフワークとして、四季を通して国内外の山に登り、新聞・雑誌などに山旅のエッセイを発表している。平成12年11月より東京都武蔵野市の教育委員。


潜在力に着目した学力論議を

■ 学力調査に鑑みて

 今日、文科省の全国学力調査をはじめPISA、TIMSSなど国内、国際間において様々な学力調査が行われ、その結果に関係者は一喜一憂させられている。順位や点数が大きく報道されるが、数学教育を研究している者からするともう少し掘り下げた多角的な論議を展開したい。そうした考えから、筆者らはイギリスのBurghes教授らによる数学的な潜在力に着目し、その研究を進めてきた。ここではそれを紹介したい。

■ 潜在力の捉え方と測定用具の開発

 心理学者のガードナーは知能を相対的に独立した、言語的知能、論理・数学的知能、身体的・運動感覚的知能、など7つの分野に分けている。これらを踏まえて、数学的な潜在力を、「知能と数学的学力の中間に位置付くもの」で、「生得的な面と経験や学習・教育に負う面の両面性があり、学習・教育によって発達するもの」と捉えた。これを基にBurghes教授らの研究を参考にして、潜在力の思考力的要素を次の4つにカテゴリー化した。

①論理的推論
②パターン認識
③操作:記号操作、図形操作
④思考の柔軟性:試行錯誤、多面的な見方・考え方等

 また、数学の内容を「数・量」「図形・空間」「関数・関係」の3領域に分け、それと①~④とを組み合わせて、潜在力を測定する調査問題を開発した。次はその一例で「図形・空間」の「パターン認識」を問う問題である。

「次の図のならびから、きまりをみつけて、?のところに入るものを下の1-6の図の中からえらんで、その数字をかいてください。」

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■ 潜在力調査の活用

 潜在力調査の活潜在力調査の結果を加味すると学力論議を深めることが出来る。例えば、A、B、Cの3校の学力や潜在力の調査結果(平均点)が次のようであったとしよう。

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 このとき、学力点だけからみると、よいのはA、B、C校の順となる。しかし、潜在力を加味して、「学力-潜在力」からみると、よいのはC、B、A校の順となり、逆の結果となる。このことは潜在力を踏まえると、A校はなお努力の余地があり、C校はよく努力していることを示唆している。同様の方法で個人間や地域間などの比較検討を行うこともできる。こうした視点から、子どもの頑張りや教師の指導力を見ることも重要と考える。
 また、あるクラスの子どもたちを、学力と潜在力の2つの視点から次のように分類したとしよう。

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 この場合、潜在力からみて一番気になるのは②枠の子どもたちである。この枠の子どもたちは、潜在力は高いのに学力が低いのである。ということはこの子どもたちは、努力が不足している、あるいは指導が不適切である、等々何らかの原因で学力が低い結果にとどまっていることが示唆される。そこで、原因を把握し、適切な指導をすることにより、学力向上を図ることができると考えられる。

■ 潜在力育成の重要性

 数学的な潜在力は先にも示したように、「論理的推論」などの4つの思考力的要素から構成されている。これらは算数・数学教育で育成できる、汎用性のある思考力である。そうした潜在力を育成し、それを顕在化させてやることは今日の算数・数学教育において益々その重要性を増してきている。
 そこで、潜在力に着目して算数・数学教育の新しい地平を切り開いていくことと、他教科においても潜在力の研究を進め、それを加えた学力論議を展開していくことをアピールしたい。

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「尖底深鉢 押型文(せんていふかばち おしがたもん)土器」

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出土地:卯ノ木(うのき)遺跡(新潟県中魚沼郡津南町)/時期:縄文時代早期(約9,000年前)/高さ:23cm

 今から約12,000年前に始まる縄文時代には、日本列島の各地でさまざまな土器がつくられました。土器は粘土をこねて容器の形をつくり、それを焼いて水に溶けないように化学変化させたもので、この発明により縄文人たちは生活技術を大きく発展させます。
 縄文時代早期の中ごろになると、棒に楕円形や山形などの意匠を彫り込み、器面に回転させて押し付けた押型文土器が東日本の各地で流行しました。この種の土器は、長野県を中心とする中部高地方面の影響を受けたもので、新潟県内では、特に信濃川上流域や上越地方の妙高山麓(さんろく)周辺で発見されています。
 信濃川上流域に位置する卯ノ木遺跡からは、山形と楕円形の二つのパターンの文様を、交互に施した深鉢が出土しました。縄文時代早期に特有な尖(とが)り底につくられています。おそらく炉の中に埋めこんで煮炊きに使ったものでしょう。この時期の土器には、完全な形に復元できるものがきわめて少ないこともあって、この尖底深鉢は押型文土器文化を代表する貴重な資料となっています。

(長岡市立科学博物館学芸係長/馬高縄文館館長 小熊博史)

■長岡市馬高縄文館ico_link

  • 所在地 新潟県長岡市関原町1丁目3060-1
  • TEL 0258-46-0601
  • 休館日 毎週月曜日(休日の場合はその翌日)および12/28~1/4

<展覧会情報>

  • 企画展「縄文土器の変遷」
  • 2011年11月19日(土)~2012年3月20日(火・祝)まで

展覧会概要
国指定重要文化財の小瀬ヶ沢(こせがさわ)洞窟、室谷(むろや)洞窟遺跡出土品ほか、縄文時代につくられたさまざまな土器の優品などを、長岡市立科学博物館考古部門の所蔵資料を時期別に紹介します。今回紹介した「尖底深鉢 押型文土器」も、この期間に限って展示・公開中です。

<次回展覧会予定>

  • 企画展「縄文石器の変遷」
  • 2012年4月14日(土)~7月8日(日)(予定)

その他、詳細は長岡市馬高縄文館Webサイトico_linkでご覧ください。