戦後70年をみつめ

70年という年

 2015年、今年は1945年8月15日のポツダム宣言を受諾、降伏したという「終戦」を告げる玉音放送から70年ということで、「戦後70年」をめぐる各種の言説がマスコミをにぎわせています。この敗戦から70年ということは、1945年6月から義務兵役制が15歳の男子を兵役に就かせることが出来るようになったことをふまえれば、現在85歳以上がこれに相当するわけです。85歳以上の人口比は5%を切っています。かつ、戦場体験がある人は敗戦時20歳以上でしょうから、現在90才以上に相当します。このことは、戦争体験、なかでも戦場体験をして、己の言葉で戦場の死を語れる世代が今後年とともに亡くなっていくことにほかなりません。
 日本は、米英中露等の連合国、日本に宣戦布告をした国が60ヶ国ちかいように世界を敵として、イタリア、ドイツ降伏後は日本一国で世界を相手に戦争を続けたのです。その「終戦」は、焦土決戦を呼称し、天皇の「臣民」である国民を楯として、皆殺しても「天皇の国」を守るとして戦争を続けたはてに、「国体」は守られたとしての降伏でした。この敗戦という痛覚は、「終戦」と言いかえられ、8月15日を「終戦記念日」として先祖迎えの御盆行事にのみこみ、降伏文書を調印した9月2日を無化することで、国民の記憶から故意に忘れられていきます。
 それだけに敗戦後70年という現在は、日本の戦争とは何かを戦場に生きた人びとに同伴し、その追体験をふまえて問い質せる最後の時とも言えましょう。そこで、革めて70年の現在、何が問われているのかを考えてみることにします。

敗戦という現実に向き合ったろうか

 日本国民は「敗戦」に目を向けたことのない民族ではないでしょうか。世界の歴史は、民族の興廃、国家の興亡として描かれており、民族の敗北、滅亡を凝視するなかに国家を新生させていく物語です。しかし日本という国は、歴史をさかのぼれば、663年の白村江で唐と新羅の連合軍に大敗、日本軍は百済の遺民を引きつれて日本に逃げ帰ったことがあるものの、民族としての敗戦体験を問い質したことがないようです。
 白村江の敗北は、天智天皇をして外的襲来に備え対馬・壱岐・筑紫等に防人を配置、筑紫に水城を、都を守る山城を造営、琵琶湖がひかえる近江大津宮に遷都したように、外国の侵攻に怯えさせました。天武天皇は、兄天智の敗戦体験を引き受けながらも、外敵に侮られないだけの国家の造型をめざし、律令による国家の整備をすることで、「大君は神にしませば」と寿がれるまでに王権を強化し、国家体制を整備します。
 しかし天武王朝の歴史は、国家存在の要に天皇の物語として説くものの、敗北を問い質すことはありません。国家の歴史は天皇を起源とするを神話として語る作法で潤色されたのです。このような歴史の作法は、その後もモンゴル襲来を「神風」で乗りきったという「神国」日本の物語で語り継ぐことで、民族の体験として「敗北」「敗戦」がない「神国」という幻影に依存する歴史認識を日常化していくことともなりました。
 このような歴史認識は、「大東亜戦争」に対しても、敗戦という現実を受けとめることができないまま、「終戦」と読みかえる歴史の読み方をなさしめたのです。日本人は「敗北」を己の問題として問い質すことが出来ない民族なのでしょうか。そこには、常にある種の「勝利」感覚にかくれて世渡りすることが好きな民族の遺伝子が埋め込まれているようです。このことは、経済大国日本の後退を認めたくないがために、いまだに「経済大国」日本の幻想によりそい、「美しい日本」と潤色し、敗戦で貶められた日本のあり方を「戦後レジューム」と問いかけることで否定し、「積極的平和主義」を唱えて「大国」日本を言挙げする安倍晋三首相の言動に読みとれましょう。

「戦後レジューム」という幻想

 敗戦後の日本はどのような国家をめざしたのでしょうか。たしかに日本国憲法、なかでも第9条が説く国家の非軍事化を「神話」とした「平和憲法」という言説による「平和国家」への道が理想化されています。しかし国家のかたちは、第1条が規定した天皇を象徴となし、天皇に付与された「平和」であり、「人権」でしかないのではないでしょうか。この第1条は、1946年1月1日の詔書で天皇が自ら現人神にあらずと述べた「人間宣言」をふまえたもので、明治天皇が国是として示した「五箇条の御誓文」を冒頭にかかげ、日本の民主主義の原点を提示したことをうけたものです。
 敗戦後の新国家は「五箇条の御誓文」を源流とする「民主国家」をめざすものでしかなかったのです。そこで問われるのは、第9条の非軍事国家という理念を内実化していくうえで、国民主権を実態化するために第1条にどのように向き合うかではないでしょうか。この第1条を「私」の問題として問い質すことが現在求められているのです。「戦後レジューム」克服を説く論者は、第9条の非軍事化国家像よりも、天皇を「象徴」から「国家元首」とすることで、戦後日本の国家像を変更することをめざしています。
 このような動向にある種の危機感をいだいているのは現天皇明仁であり、皇后美智子です。その言動は、激戦地への弔慰の旅であり、「先の戦争」と「大東亜戦争」にことよせて語る「平和」への思いにうかがうことができましょう。
 安倍首相は、アメリカの議会演説で合衆国の戦死者を刻したフリーダムウオールにふれ、第2次大戦における合衆国の若者の崇高な死にふれ、日本の戦死者と同じにみなしました。しかし日本の戦死者は、「自由」のために命をささげたのではなく、天皇に死を強要されたのです。この知の落差、国家のありかたへの無知、無感覚が日本の首相の歴史認識なのです。その意味では、現天皇皇后の方が国家の強要した死の重さを己の痛覚として知っているのではないでしょうか。
 想うに、戦後70年という現在ほど明治の「五箇条の御誓文」から読み解く「民主主義」ではなく、私が一個固有の存在であるという原点にささえられた人権のあり方から国のかたちを問い質したいものです。「美しい国」日本などと「先進国日本」幻影に酔う実態のない空虚な言説に流されることなく、日本という「国のかたち」を「私」の場から問い質し、「五箇条の御誓文」に依拠した国家の物語ではない、国民の物語を創りたいものです。

『官報』昭和21年1月1日発行

参考文献

  • 大濱『天皇と日本の近代』同成社 2010年

子どもの絵の見方

 最も多く研修会で依頼されるのがこの演題です。現場の先生にとっては、古くて新しい、でも切実な課題なのでしょう(※1)。私は、誰でもできるように、3つのステップにまとめて説明しています。

1.近づく

 子どもの描いている距離まで近づいて、絵の「部分」を見ます。遠くからだけ見ていると「花かなぁ」「ビルかな」という全体的な主題、つまり「何を表したか」に意識が向きがちです(写真1)。でも近づくと、その子の「行為」に近づくことができます。左の筒の穴にはヘラの後が見えます(写真2)。右には丸く平たくした粘土を指先で器用に曲げた形があります(写真3)。すると、この子が「慎重に道具や指を使いながら丁寧につくっていること」が伝わってきます。

写真1

写真2

写真3

2.たどる

写真4

 子どもが描いた順番をたどってプロセスを再現します。ペンやクレヨンの重なり、画面の隙間などから結構分かります(※2)。人差し指でたどりながら、描いた順番を再現すると、その時、子どもが何を感じ考えたのか伝わってきます。この絵は、家族が砂場で遊んだ絵です(写真4)。誰がお母さんか分かりますか?。そうです。真ん中です。この顔だけ口が二重になっています。口紅です。真ん中が「大好きなお母さん」、左下の「おめめぱっちり」がかわいい私。右下が「やんちゃな弟」、右上が「お父さん」…うーん、お父さん、存在が薄い…。

3.考える

写真5

 近づいて、たどって、そこで分かったことをまとめます。この段階で題名なども参考にしましょう。この時「事実」と「解釈」を分けることが大切です。写真5で言えば、「真ん中の人物の青い線だけ、他の線よりもゆっくり描かれている」のが「事実」、「ずっと泣いていて顎や胸元まで涙で濡れたのだろう」が「解釈」です。「お泊り保育でお化け屋敷したよ、私は泣かなかったけど、友達はずっと泣いていたよ」という絵です。確かに泣かなかった右上の「私」と「友達」を丁寧に描いています。「ん?じゃあ左上は誰」「あ、男子、いた」。うーん、男子、そんな存在でしかないのか…。

 簡単な3ステップですが、いつの間にか、絵から子どもの声が聞こえてくるような気持ちになります。子どもが何を感じ、何を考えて描いたかが伝わってきます。そして、目の前の絵が、最初見た時とは全く別物に見えてきます。「なんでもない絵」が「かけがえのない絵」になるのです。ぜひ、身近なところで試してください。

 

※1:詳しくは奥村高明「子どもの絵の見方~子どもの世界を鑑賞するまなざし~」(東洋館出版2010)
※2:学び!と美術Vol.1020に具体例があります。
※画像引用元:奥村高明「子どもの絵の見方~子どもの世界を鑑賞するまなざし~」(東洋館出版2010)
 写真1~3:P64、写真4:P40、写真5:P36

ふたつの名前を持つ少年

(C)2013 Bittersuess Pictures

 今年は終戦からちょうど70年。前回、本欄で紹介した「ソ満国境 15歳の夏」をはじめ、映画の世界では、この8月、戦争に関するいろんな作品が公開、上映されている。ドイツとフランスの合作になる「ふたつの名前を持つ少年」(東北新社配給)もその一本で、強くお勧めしたい作品である。
 ふたつの名前とは、ユダヤ人としての本名スルリックと、ナチスドイツの迫害を逃れようとして名乗る、ポーランド人の名前ユレク。主人公は、まだ8歳の少年である。壮絶、悲惨、過酷などと、ひとことで言ってしまえることではない。とにかく、父の遺した「何としてでも生き延びろ」の言葉に、ユレクは身の上と名前を偽って、ドイツが降伏するまでの3年間を、生き延びようとする。

(C)2013 Bittersuess Pictures

 1942年冬。雪の中をユダヤの少年スルリックが歩いている。スルリックは、父の最後に遺した言葉を反芻する。「名前を変えてでも、生き延びろ、ただし、ユダヤ人であることを決して忘れるな」と。半年前、ワルシャワのユダヤ人居住区を脱走したスルリックは、他の少年たちと森の中でなんとか生活している。ドイツ兵が追ってくる。仲間の少年たちとはぐれて、スルリックは餓死寸前。ある家の前で倒れてしまう。助けてくれた夫人の夫と息子たちは、ナチスに抵抗するパルチザンに加わっている。スルリックは、父の教え通り、「ユレク・スタニャク」とポーランド名を名乗る。ナチスの秘密警察は、ユダヤ人を拘束している。夫人の家にも追っ手が迫る。ユレクの生き残るための旅が始まる。
 映画は、ユレクの逃避行を、スリリングに綴っていく。もう、死と隣り合わせ、いつ死んでもおかしくない状況が、ユレクを待ち受けている。映画を見ているうちに、ユレクに感情移入するのか、ひやひやしながら、ここを逃れてほしい、無事で生き延びてほしい、と思うようになっていく。また、映画の内容を際だたせるかのように、ポーランドのあちこちの風景が、美しく撮られている。緑に溢れた春、雪の舞う冬、深い森、渓流などなど、四季の移ろいが、孤独のユレクに寄り添う。

(C)2013 Bittersuess Pictures

 ポーランドとドイツの歴史が背景になる。ドイツは、ポーランドのあちこちに住むユダヤ人の一般市民を迫害、虐殺しようとする。ユダヤ人の存在を密告するポーランド人がいる。ユダヤ人は、逃れるしかない。映画には原作小説がある。ユダヤ人の作家、ウーリー・オルレブの書いた「走れ、走って逃げろ」(岩波書店・母袋夏生 訳)で、ヨラム・フリードマンというユダヤ人の実体験が基になっている。ウーリー・オルレブ自身も、ユダヤ人の強制収容所や、ナチスから逃れるための隠れ家生活を経験していて、当然、その小説は真実味がある。ウーリー・オルレブは、他にもすぐれた児童小説を書いている。「遠い親せき」、「太陽の草原を駆けぬけて」(どちらも岩波書店・母袋夏生 訳)などを読むと、映画がさらに身近に思えてくるはず。

 もうひとつ、お勧めがある。晩年、日本の国のありようを憂えた映画監督、黒木和雄の撮った4本の映画、「TOMORROW/明日」(1988年)、「美しい夏キリシマ」(2002年)、「父と暮せば」(2004年)、「紙屋悦子の青春」(2006年)が、8月21日(金)まで、戦後70年の特別企画として、岩波ホールで上映されている。ぜひ、足を運んでください。なお、どれもDVDで見ることも可能である。
 2004年に出版された「私の戦争」(岩波ジュニア新書)という本で、黒木和雄は書く。『…私たちの現在の日常のなかに「戦時下」のあの日々の姿がかたちを変えて、ふたたび透けて見えてくるような危機感を私はいだきます…』と。戦後70年、黒木和雄監督の遺した言葉の意味は重い。

2015年8月15日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町ico_linkほか全国ロードショー!

■『ふたつの名前を持つ少年』

監督:ペペ・ダンカート
出演:アンジェイ・トカチ、カミル・トカチ、ジャネット・ハイン、ライナー・ボック イタイ・ティラン
原作:ウーリー・オルレブ作 『走れ、走って逃げろ』 母袋夏生訳 岩波書店
原題:RUN BOY RUN
2013年/ドイツ・フランス/カラー/108分
配給:東北新社
Presented by スターチャンネル
宣伝協力:ブレイントラスト

「特別の教科 道徳」の設置と学校が対応する課題

1.道徳の「教科化」の経緯

 平成2年以降、いじめ問題が社会の関心事となる中で、公共の精神や集団生活の向上には欠かせない規範意識の希薄化した事象が数多く指摘されてきた。そうした社会状況の下で、まず改正教育基本法(平成18年12月22日)が成立し、「教育の目的は人格の完成を目指す点にあること」を従前の教育基本法でいう「人格(個人的人格、社会的人格、職業的人格)の陶冶にある」と確認した。これを受けて教育再生実行会議第一次提言(平成25年2月26日)が出され、道徳の「教科化」が示されたことを端緒として、道徳教育の充実に関する懇談会報告(平成25年12月26日)、続いて中央教育審議会初等中等教育分科会が「道徳教育専門部会審議のまとめ」(平成26年9月19日)を公表し、中央教育審議会答申(平成26年10月21日)を経て「特別の教科 道徳」となる。さらに一気呵成に中学校学習指導要領の一部改正(平成27年3月27日)が告示され、現行学習指導要領との対照が明らかになると、学校関係者の一部からは「なぜ、道徳が、特別の教科になるのか」といった声が聞かれるようになる。その不安を深読みすると、特別活動や総合的な学習の時間と同じ領域の扱いでよいとの懸念である。それは昭和33年に「第3章 道徳」が創設されて以降、今日に至る間も「第1章 総則 道徳」との線引きが不透明なことに遠因があると推察できる。加えて、中学校における「特別の教科 道徳」は移行措置を経て、平成31年4月、「道徳科」の授業開始となるスケジュールが策定されている。

2.なぜ、教科なのか

 「なぜ、教科なのか」である。それは中学校学習指導要領にみる「第2章 各教科」(各教科を担当するには教科担任制を敷く中学校にあっては教科免許が必要)ではなく、学級担任を中心としながらも学級担任が責任をもって学習指導できるように「特別の教科」として位置づけ、人格の完成を目指すために必要な道徳的諸価値を真正面から取り上げて、道徳授業をきちんと指導できるようにしたためである。道徳教育は、学校教育全体を通じて、生徒の心身の発達段階や社会とのかかわりの広がりなどの実態と指導上の諸課題を踏まえながら、道徳性(人間としてのよさ)を養うことを目標としている。
 そのため、道徳教育における指導内容について、今後は小・中・高等学校の各段階に共通する内容の連続性を重視し、「生徒の自立心や自律性」「生命を尊重する態度の育成に必要な基本的な生活習慣」「規範意識」「公平公正」「自然愛護」などの人間関係を築く力や「協力協調」といった社会参画への意欲や態度、「伝統や文化」を尊重する態度を意図的・計画的に身につけさせていく問題解決的な学習の指導としてのアクティブ・ラーニング(*)が大切になるであろう。

*アクティブ・ラーニング
 教員による講義形式の授業ではなく、生徒自らの思考で明日を生きるために必要な問題や課題を発見し、その解決に必要な手段や方法を考え、実践する中で検討を加え、成果として発表することで、論理的な思考力や課題設定力・問題解決力を「学修」させていく指導法である。
 国際教員指導環境調査(TALIS・平成25年)結果においても「日本の教員は生徒の多様な学びの必要性を認識しているが、多様な実践は国際的にみて低い」と指摘している。

3.道徳性の育成

 学校教育全体で取り組む道徳教育の要(かなめ)としての「特別の教科 道徳」では、各教育活動で行われる学習指導が、学校の教育活動全体に波及し、生きて働くようにしなければならない。すなわち、「今日よりも明日に向けてよくなろうとする態度(道徳的実践力)」の育成が道徳授業の目標なのである。それは健全な自尊感情をもって主体的・自律的に生きようとする中で、人間尊重の精神と生命に対する畏敬の念を発揮し、また、集団や社会の一員として、その発展に貢献しようとする傾向性のことでもある。
 改正教育基本法の趣旨を踏まえた平成20年7月の中学校学習指導要領の改訂では、変化の激しい社会にあっても他の人と協調しながら自律的に社会生活を送る上で必要な「『生きる力』としての実践的な力(正義感、寛容、自己抑制力)」や、美しいものや自然に感動する心などの「柔らかで豊かな人間性」の育成を図るのが人格の完成を目指す「心の教育」であり、その基盤を養うことが道徳教育であるとしている。
 次代を担う生徒達が自ら学ぶ意欲をもち、未来への夢や目標を抱き、自らを律しつつ、自己責任を果たし、自己の利益だけでなく社会や公共のために自分は何をなしうるかを考え実践する、道徳性を育むことが道徳教育の方向なのである。

4.実践的活動を教材とする「道徳科」授業

 総合的な学習の時間の創設以降、中学校での実践的活動の内容は身近な人権問題、福祉問題から、教育、文化、スポーツ、環境、保健医療、国際交流・協力、情報化、平和の促進、地域振興に至るまで、幅広い活動として理解されるようになった。ここに、未来の実践的活動の主役となる生徒への支援が欠かせない、道徳教育の役割がある。しかし、学校は社会貢献に向けての発想を豊かにする情報発信と道徳授業を以下に留意し推進する必要があると考える。実践的活動は、今からできることを探す学習であるため、「人、もの、資金」が「いない、足りない」ために「できない、検討中である」では不可である。最初は地味でも続けて行うことで輝いてくるのが実践的活動であり、できることから実行してみることが大切なのである。活動しながらその途中で、生徒が自らの行為を視野狭窄から客観視へと変化できるように、「道徳科」授業での多様な指導法を積極的に導入していくのである。「資料を読み、感想を発表させ、教師が説話する」だけで実践的活動をまとめれば、負の効果を生むことにもなりかねない。だからこそ、社会貢献に向けた実践活動の基盤づくりとしての、道徳授業の指導法の工夫と改善が問われるのである。教師は、「生徒の心に実践的活動の意義にかかわる何を補充・深化・統合したのか」そして「いかに生徒とかかわり授業を推進したのか」といった評価の態度をもって生徒の道徳性を養うのである。

 

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