グローバル人材とアクティブ・ラーニング

1.大学が求めるグローバル人材と連携して(附属校の特色を生かして)

 文部科学省は、平成26年12月22日に発表した中央教育審議会答申において、2020年度より実施される新しい大学入試のあり方について指針を示した。
 この答申においてこれからの時代の大学入試では、従来型の知識の再生を一点刻みで問う選抜方法ではなく、各大学で策定したアドミッションポリシーに基づく、「小論文、面接、集団討論、プレゼンテーション、調査書、活動報告書、大学入学希望理由書や学修計画書」などの多元的な評価尺度が必要であるとしている。
 今後のグローバル社会で活躍するには、単に知識を有するだけではなく協働して課題にチャレンジし解決することのできる能力が求められるためである。
 筆者が勤務する立命館守山中学校高等学校は90%以上の生徒が立命館大学へ進学する附属校であり、立命館大学がめざすグローバル人材の育成という視点に基づいた資質・能力を育成する使命を有する。児童・生徒がいかに協働して能動的に学修し、どのような「結果」を出したかが求められ、アクティブ・ラーニングは、そのための学習方法におけるキーワードである。
 筆者らは、アクティブ・ラーニングとは、現行の学習指導要領で重視されている「言語活動」を、ICT活用によってさらに主体的・協働的にそのよさを促進するものであるととらえ、次の教育課程(社会に開かれた教育課程)を視野に入れて新しい「習得」の学習方法について模索してきた。そのひとつが2014年度より始めたRICS(Ritsumeikan Intelligent Cyber Space)と名付けた新しいシステムである。

2.能動的な自学自習のための学習プラットホーム、RICSについて

(画像1)ログイン画面

 本校では、2014年度より一人1台のiPadを持ち(BYOD=Bring your own device) 、学習ツールとしての活用を開始した。その中で、アクティブ・ラーニングにつながる学習ツールとしてRICS(Ritsumeikan Intelligent Cyber Space)と名付けた独自のシステムを使用している。
 RICSは、ISID(電通国際情報サービス)とともに開発をすすめているデジタル問題集である。デジタル問題集や学習のためのソフトウェアは多く市販されているが、学習者が「飽きてしまう」ということが一つの課題となっている。
 RICSでは、その対策として、生徒が興味を持って能動的に取り組めるように「学習マップ」機能を有している(画像2)。RICS内の課題をタイル状に一覧で示し、生徒各自が取り組んだ量ごとに色別表示される。またその課題に取り組んだ人数なども表示される。生徒は、多くのタイルを、100%達成を示す金色にするべく努力している。この学習マップのタイルの色を変えていくことが生徒にとって嬉しいようで、それも積極的に取り組む要因のひとつになっている。
 生徒は、授業の中で問題を解く場面でもRICSを用いており、とくに英語科では「RICSすごろく」と銘打ち、保護者にも見てもらいながらRICS内の課題を通して生徒の復習に活用している。
また、学校から与えられた課題以外でも、生徒が学校以外の時間に自主的に行う自宅学習においてRICSを使用している。その際、有効なのがピアラーニングのためのSNS機能であり、問題単位で生徒及び教師がコメントを書き込むことができる仕組みとなっている。これにより、教師と生徒、あるいは生徒同士が学習コンテンツを介して繋がることができ、「誰が課題を解けたのか」「何人が取り組んだのか」「どの課題を誰が評価・推奨しているか」といった情報が見え、また分からない部分を、教師や他の生徒に質問・相談しながら取り組むことも可能となっている。
 ネット環境の充実によりいつどこにいてもリアルタイムで友人たちと繋がっていることが当然という意識を持っているデジタルネイティブ世代の生徒たちは、この機能をうまく活用している(画像3)。
 「ネット上において、広告の99%はスルーするが、友人からのすすめは90%信用する」とされるデジタルネイティブ世代の生徒たちにとって、友人からの推奨問題は、問題選択のひとつの指針となるようである。今後、このようなネット上における協働作業を活用したアクティブ・ラーニングという手法も、広がっていくのではないだろうか。
 RICSは、SNS機能の他にアクティブ・ラーニングにつながるもう一つの機能として、生徒一人ひとりの能力や学習進捗状況に応じて、適した課題が自動的に提案されるアダプティブラーニング(適応学習)機能を有している。その詳細については、次号で紹介する。

(画像2)学習マップ画面

(画像3)RICS内での協働学習・学びあい

 

木村 慶太(きむら けいた)
立命館守山中学校技術科教諭。奈良県の公立中学校に22年間勤務後、現任校に赴任して8年目。前任校にいたときから、国際理解教育と教科教育を関連づけた実践を行ってきた。その中には、ICTを活用したものも多い。10年間にわたり現在も、国立民族学博物館館外研究員としてその実践研究を継続している。
博物館との連携による国際理解教育の実践は、「第5回ちゅうでん教育大賞」を、また現任校におけるICTを活用した国際理解教育は、「第1回ICT夢コンテスト奨励賞」を受賞している。
立命館守山へのタブレット導入、及び新システムRICS(Ritsumeikan Intelligent Cyber Space)の導入に貢献した。

マルガリータで乾杯を!

(C)ALL RIGHTS RESERVED C COPYRIGHT 2014 BY VIACOM18 MEDIA PRIVATE LIMITED AND ISHAAN TALKIES

 ひところのインド映画の多くは、登場人物が唐突に歌いだしたり、踊りだしたりした。これはこれでおもしろいが、やはりドラマとしての辻褄があわず、いまひとつ、のめり込めなかった。このところ、「きっと、うまくいく」や「めぐり逢わせのお弁当」、「マダム・イン・ニューヨーク」など、突然、歌ったり、踊ったりしないドラマ仕立てのインド映画の秀作が多い。このほど公開の「マルガリータで乾杯を!」(彩プロ配給)も、そんな一本。

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 19歳の女子大生ライラは、障がいを抱え、車椅子でデリー大学に通っている。健常者に混じっても、まったく元気。何事にも前向きで、好奇心も旺盛、明るい性格である。両親も、ライラに精一杯の愛情をそそいでいる。両親はお金持ちではないけれど、自家用車があるくらいの、いわば中流の家庭である。ライラや弟にも、パソコンやスマホなどを所有させている。
 ライラは音楽が好き。同級生たちとバンドを組み、作詞もしている。バンド仲間でボーカル担当の男性ニマに、自作の詩を送る。これが、ニマに誉められる。ライラは、ニマにほのかな恋心を抱く。音楽コンテストが開かれる。ニマのバンドが、ライラの作った詩で演奏する。なんと、優勝する。審査員は言う。「障がい者が作詞したから、優勝を決めた」と。ライラは、がっかりする。ニマは、ライラを励ます。思わずライラは、ニマに告白するが、ニマに体よく拒否される。「バカみたい」と、落ち込んだライラは、大学に行くのもやめ、失意の日々を過ごす。そんなライラに、ニューヨーク大学に留学する話が持ち込まれる。父親は反対するが、母親は大賛成。ライラは母親とともに、冬のニューヨークに旅立つ。

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 映画には多くの示唆がある。障がい者と肉親や健常者との関わり、19歳の女性としての心と体のこと、同性を愛し異性も愛するといったバイセクシャルの問題、肉親の致命的な病気などなど。ヒロインのライラをめぐって、ドラマは二転三転する。ライラを演じたのはカルキ・コーチリンという、インド生まれのフランス人女優。すでにアラサー世代だが、19歳の障がい者役を達者に演じ切る。なにより、ドラマの描き方がきめ細かく、清潔である。演出は、女性監督のショナリ・ボース。アメリカでの映画の修行が大きな果実となった。
 これは、やがて大人になろうとしている若い人に、ぜひ見てほしい。おそらく、これからの現実に必ず出会うであろう事象の数々が、映画に登場するのだから。タイトルにある「マルガリータ」は、女性の名前に由来するカクテル。テキーラにホワイト・キュラソー、レモンかライム・ジュースを入れ、シェイクする。強いカクテルだが、これまた、大人へのとば口かもしれない。

2015年10月24日(土)よりシネスイッチ銀座ico_linkほか全国順次ロードショー!

■『マルガリータで乾杯を!』

脚本・監督:ショナリ・ボース
出演:カルキ・ケクラン、レーヴァティ ほか
2014年/インド/英語、ヒンディー語/カラー/ヴィスタ/5.1ch/100分/
配給:彩プロ
宣伝:ミラクルヴォイス

戦場はどのような世界であったろうか

承前

 日本の兵隊は、前回紹介した窪田や片柳にみられますように、戦場での見聞を従軍日記等々として遺しています。このことは、欧米などにみられないことで、日本軍将兵の大きな特徴です。米軍は、太平洋の戦場に放置されていた戦死した日本軍将兵の持ち物から軍隊手牒や日記等々を収集し、その諸記録を読み解くことで日本軍の攻撃に対処し、作戦を立てたのです。一方、米軍は将兵に日記等の記録を遺すことを禁じていた。かつ欧米の兵士は、日本の兵隊とくらべ、識字力が劣っていました。
 日本の兵隊は、義務教育で識字力を身につけ、軍隊に入ることで手紙や日記等々を書く作法を習得しております。民衆は、当初徴兵を嫌悪し、忌避しておりました。しかし軍隊は、日清日露戦争の勝利により、時代と共にその存在が高くなるなかで、小学校を卒業し、村で百姓として生きねばならない青年にとり、過酷な軍務があるものの、3食コメの飯が食える場所で世間知を学べる官費の「人生道場」「国民の学校」とみなされていきます。
 かくて日本の社会は、20歳で徴兵され、現役兵として軍隊生活を終えることで、はじめて一人前の大人と認知することとなったのです。小学校を修了した若者は、兵営生活をとおして、生活の異なる多様な人間に出会い、話し方から読み書きのみならず、軍服や軍靴に代表される「文明」に象徴される生活作法を身体に刻みこまれ、「社会人」として育成されていきます。ここに日本人がいまだ身につけている集団行動の原点があります。
 戦場に行くことは、このような青年にとり、故郷を離れて「官費」で海外旅行をするという気分でもあったのです。そのため戦場の兵士は、はじめての異郷異国との出会が新鮮な体験だけに、その見聞を克明に認めております。その記録は、酷薄なまでに、戦場に生きねばならない兵士の相貌をつたえてくれます。そこで、日露戦争における203高地の惨状を記録した第1師団軍医部長鶴田禎次郎の検屍報告とロシア革命に干渉するためにシベリアに派兵された大正7年に小倉第14連隊の兵士松雄勝造(1896年生)の日記を紹介します。

医学者の眼―鶴田禎次郎『日露戦役従軍日記』の世界

 鶴田禎次郎(1865-1934)は、第1師団軍医部長として乃木希典の第3軍に属し、旅順攻略戦に従事、軍医として戦場における将兵の相貌を克明に認めています。戦場では、兵士の自傷、精神異常、戦闘中に「將校中不進の兵卒を2,3名惨殺したる後敵塁に躍入戦死したるもの」が語られ、「我連隊、我大隊、我中隊は殆んど全滅せりとの語を聴くこと何ぞ頻々たる」(明治37年12月6日)状況が日常下していく203高地攻防戦でした。占領後に屍体収容がはじまりますが、その「惨状目も当られず」として、

1)全身の大部黒焼したるものあり、2)衣服焼儘赤裸々のものあり、3)頭部の全くなきものあり、4)腹部、胸部に土砂充満し恰も47mm砲弾にて毀傷したる土嚢に彷彿たるものあり、5)何部の肉とも分らず、大なる肉塊の土地にまみれ、恰も朽大根を掘出したらん如く此処、彼処に散乱すあり、6)恰も帳面、書籍を焼きたらんが如く軍衣、チョッキ襦袢の炭化せるも尚一枚一枚重なり合て原型を存し燃え余りの衣片に接続しあるものあり、(明治37年12月9日)

 等々という状況ですが、「斯の如く千差万別なるも顔面を存する屍体は其顔貌何れも平和の態にありて一も憤怒の相を呈するものなし、実に意外千万なり、如何にも安心して死したるものゝ如くなり、画家従来人を欺くの甚しきものと言ふべし」と認めています。203m山の「光景同様」と。
 日露戦争は、このような戦闘の展開によって、プレ第1次大戦とも位置づけられることとなります。日本の軍医学は、日露戦争による「軍人狂」といわれた「戦地精神病」に取り組むことで、第1次大戦後にヨーロッパ医学界で問題視されることとなる研究に先行した取り組みをしたのです。

シベリア―パルチザンとの遭遇―松尾勝造『シベリア出征日記』(風媒社 1978年)

或部落で飯盒炊爨に取掛ったが、其処の土人は、「何を持って行ってもいいが、此処で飯を炊くことだけはやめてくれ。日本人は飯を炊くのに火を燃やす。敵はその煙を見て日本軍あれにありとて射撃をされた日には、我等は傍杖を食ふから」と。聞けば道理だが、何処へ行っても火を燃やさねば飯は出来ぬ。「愚図愚図言ふな」と叱っておいて飯を炊き終わり、急いで壕に帰った。(略)
中隊命令で明日の朝と昼2食分の飯を炊けとのこと。普通なら予、後備兵でも小まめに炊事をするものだが、今日の場合、今までの敵の砲弾の威力に些か恐れを抱いてゐる際とて、指名されぬ限りは頬かむりを決め込む。塹壕に屈んでゐれば安全でり、飯炊きに行って弾丸に当って死んでも、名誉の戦死と言ふ名は付けられようが、同じ死ぬものなら敵と渡り合って戦死してこそ死所を得たりと言ふものだらう。(大正7年8月23日)
払暁の時刻の突撃こそは、日本軍の華であり骨髄である。世界に向って最も誇りとしてゐる得意の戦術、払暁戦である。(略)
ところで不審なのは、敵兵の服装である。いづれも狩り集められた土民らしき兵、一人一人がまちまちの服装であう。(略)
健気な殿軍の役をする奴を突き伏せ、追ひ伏せ、逃げる奴、刃向ふ奴原を、一突でブスリと、脊より腹へ、腹より脊へと田楽刺に面白いやうに突き通って行くのは、牛や豚のやうに引締っていないからで、人間一人突き殺す位造作はない。頭と言はず胴と言はず、手当り次第に、倒れた戦友の弔い、仇討に突いて、突いて、突きまくって、盛んに追討ちをかけ、ブスリブスリと突き殺して行くのであるから、かうなると戦争も面白い。人間の骨は、生きている間は重い荷を担いだり酷い仕事をしても坐骨すると言ふことは滅多にないが、このやうに死んだ奴等を踏み越えて行くと、肋骨でも手も足もポキポキと音を立てて折れて行くから妙だ。(略)どうせ自分も戦死だ、命も何も惜しくない、同じ死ぬなら幾久しき語り草に、敵の本陣へ躍り込んで充分敵兵をやっつけて華々しく散って死のうと思った。これが所謂大和魂と言ふものだらう。敵の死骸を踏み越えて、誰よりも真先に突進した。実にかうした激戦の際、一番先頭になってキラキラ光る銃剣に残敵の血を塗らして突進して行くのは、実に愉快至極である。かくして突撃すること200メートル、遂に敵の歩兵最後の陣地を奪取占領したのである。(大正7年8月24日)

 シベリアの日本軍は、このようなパルチザンとの戦争に翻弄され、泥沼のなか撤退したのです。日本は、この戦闘から何も学ぶことなく、日中戦争で中国人民の大海に呑込まれて行くこととなりました。そのため日本軍は、「シナ人」を見たら敵とみなし、殺したのです。「南京虐殺」はこのようななかで起こったのです。このゲリラ戦は、ベトナムやアフガニスタンでアメリカ軍を消耗させました。
 この記録は、戦場に生きた兵士の相貌を具体的に描いたのみならず、まさに現代の戦争につながる世界の一端を提示しているものです。この記録を遺した兵士松尾が残酷な人間なのではなく、まさに兵士として生きるにはこのような世界があったのです。これらの記録は、戦場で生きることが敵を殺すことになるという冷酷な事実を、私たちにつきつけております。戦争に向き合うということはこうした戦場において人間であるとは何かを己に問うことでもあるのではないでしょうか。人間が人間であるには何が問われているのでしょうか。

 

参考文献

  • 堀田善衛『夜の森』講談社 1955年
  • 高橋治『派兵』朝日新聞社 1972-77年
  • 大濱『近代民衆の記録8 兵士』新人物往来社 1978年
  • 大濱『日本人と戦争―歴史としての戦争体験―』刀水書房 2002年
  • 大濱『庶民のみた日清・日露戦争―帝国への歩み―』刀水書房 2003年

「とろとろえのぐで かく」(第2学年)

※本実践は平成20年度版学習指導要領に基づく実践です。

1.題材名

「とろとろえのぐで かく」

2.目 標

 “とろとろえのぐ”の感触や,指や手を使って表すことを楽しみながら,思いを広げて表す。

3.準備(教材・用具)

教師:液体粘土,画用紙,共同絵の具,プリンカップ,湯桶,スプーン,小皿,筆,へら,新聞紙
児童:クレヨン,筆記用具

4.評価規準

【造形への関心・意欲・態度】
 “とろとろえのぐ”をつくったり,指や手でかいたりすることを楽しもうとしている。

【発想や構想の能力】
 “とろとろえのぐ”のつくり方を試したり,確かめたりしながら,でき上がった色や形を基に,自分の表したいことを見付けている。

【創造的な技能】
 手や指の感覚を生かして,伸ばしたり引っかいたりするなど,自分の思いに合った表し方を工夫している。

【鑑賞の能力】
 “とろとろえのぐ”の感触や色のよさを味わったり,自分や友だちの表現のよさを見付けたりしている。

5.本題材の指導に当たって

(1)題材について
 低学年の子どもたちは,身体感覚を働かせて積極的に材料にかかわりながら思い付いたことを表す傾向がある。絵に表す活動においても,こうした低学年の子どもの特性を生かし,指や手などの身体感覚を働かせながら材料に楽しくかかわり,色や形を使って自分なりの思いを見付けていってもらいたい。液体粘土と絵の具を混ぜ合せてつくる“とろとろえのぐ”は,そのことを子どもたちが十分に味わうことのできる描画材であろう。

(2)学習環境の設定
 指導にあたっては,学習環境の設定に配慮した。特に“とろとろえのぐ”づくりは描画材を自分でつくる楽しさがあり,表現活動への意欲を高めるための大切な時間となる。
 どの子もスムーズに活動に入ることができ,準備や片付けも自分たちで考えながら活動できるよう心掛けた。
 まず“とろとろえのぐ“の素となる液体粘土を湯桶に入れておき,そこから各自が柄を長くしたスプーンで,プリンカップに取り分けるようにした。
 もう一つの“とろとろえのぐ”の基となる絵の具は,これまでの学習経験を生かし,共同絵の具を用いることにした。共同絵の具は黄・赤・オレンジ・青・緑・黄緑・黒の7色を用意した。使い方は,筆で絵の具の容器からパレット代わりの小皿に取るというものである。取った絵の具は各自の机上まで持っていき,指でプリンカップの液体粘土と混ぜ,“とろとろえのぐ”をつくることにした。
余って使わなくなった“とろとろえのぐ”は,“えのぐおきば”を設け,誰でも使ってよいものとした。また,次の時間まで取っておきたいものはラップをかけて保存するようにした。

(3)指導と評価
 本題材は,子どもたちが身体感覚を働かせて材料に楽しくかかわることが大切であるが,液体粘土に触れることや,指でかくことに抵抗感のある子どもがいることも考えられる。全ての子どもが,のびのびと“とろとろえのぐ”とかかわることができるよう,導入時に教師自身が実際にやってみせることで,“とろとろえのぐ”をつくる楽しさ,そして指や手でかく面白さなどを伝えるよう心掛けた。
 また,活動が進むにつれて子どもたちの中から出てくる様々な発想や工夫を,その都度「いいね」「面白いアイディアだね」など声掛けしながら評価するとともに,周りの子どもにも紹介していった。さらに,子どもの活動を写真におさめながら机間巡視し,写真は授業後の評価資料とした。

(4)児童の実態について
 本校の2年生は,1組25人,2組26人の2学級である。わたしは1年生の時から図工専科として指導を行っており,多くの子が図工の時間が好きであると答えてくれる。どんな題材にも興味をもって,楽しく活動することのできる子どもたちである。これまで,絵に表す活動では,1年生の時に「クレヨンですきなものをかく」「共同絵の具を使ってすきなものをかく」「思い出をかく」などの学習を経験している。2年生になってからは,「消防写生会」に続き,二つ目の絵に表す題材である。
 これまでは,どちらかというと子どもの中にある既存のイメージや,見たこと・経験したことなどを絵に表す活動が中心であったと感じていた。本題材を通じて,絵においても材料とかかわることから,形や色を使って絵をかくという,もう一つの楽しさを味わってもらいたいと願っている。

6.題材の指導計画(全4時間)

学習活動の流れ

・指導上の留意点



10分

○これまで,どんなもので絵をかいてきたか振り返る。そして今回は指や手を使って“とろとろえのぐ”で絵をかくことを知る。
○“とろとろえのぐ”のつくり方を知る。

・「   でかく」と板書し,これまでどんな画材や用具で絵をかいてきたかを発表してもらう。
・今回は“とろとろえのぐ”をつくって,指や手で絵をかくことを伝える。
・“とろとろえのぐ”をどうやってつくるのか,どんなふうに指でかけるのかを実際に教師がやってみせる。



145分

○用具を準備する。
○“とろとろえのぐ”をつくり,手や指でえがいてみる。

「みてみて,こんな色ができたよ」

「手でかくのって楽しい」

・様々な色をつくったり,指の跡や引っかいたあとの面白さに気付いたりするなど,楽しい活動を共感的に捉えるとともに,他の子どもたちにも紹介する。




10分

○でき上がった作品を鑑賞する。
○友だちのよいところを発表し合う。

・机の上の用具を一度椅子の上などに置いてから,鑑賞し発表し合う時間とする。



15分

○後片付けをする。
使わない“とろとろえのぐ”は新聞紙に包んで捨てる。

・水場にバケツを用意し,できるだけその中の水で洗うよう指示する。

7.完成作品

【対談】図画工作・美術は「第4の学力」?

今回は、美術教育に厳しい見方をしている友人、NPO法人アートリンク 宮島さおり氏(※1)と著者の対談です。

1.第4の学力?

著者「図画工作・美術は『第4の学力』だと思うんだよね。」
宮島「それどういう意味?」
著者「学校教育法上では、『学力』を構成する三つの要素として①知識・技能、②思考力、表現力等③主体的な学習態度と示しているでしょう?」
宮島「うん、あれ学力論争を終わらせちゃったんでしょ?」
著者「そう、当時、百家争鳴の現場にいたからね。それが終結していく様子はダイナミックだったよ(※2)。でも、それ以上に教育課程上とても意味があることなんだ。すべての教科がここに帰結することが明確になったからね。もう自分たちの教科だけが大事という姿勢はとれなくなったわけ。」
宮島「各教科バラバラに学力を語っていたわけね。図画工作・美術の人で言えば、『美術は特別だ』みたいな雰囲気あるよね。難解さを有り難がるというか『分かってたまるか』みたいな。」
著者「まあ、それは失礼でしょう(笑)。それに、その主張は大事だと思うんだよね。それが『第4の学力』という部分にも関わるんだけど。」
宮島「よくわかんないな。第一、あなた自身が『図画工作・美術で学力が上がる』って言ってきた人じゃない。」
著者「うん。普通の人々が思っている以上に、図画工作・美術は論理的で高度な思考活動だと言いたかったわけ。<vol.04><vol.05>あたりかな。だって、子どもをじっと見ているとすごいことやっているわけじゃない。それを代弁したかったんだ。最近<vol.28>も書いたけど、『子どもをなめんなよ』みたいな……(笑)。」
宮島「でも、最近は学力に貢献しているっていう美術関係の本も出るようになったし、役割は終わったんじゃない?」
著者「そうであれば、うれしいんだけど……。学力や教育課程で語りきれないものがあるという姿勢は持っていないとね。それはプライドみたいなもので、無くなると大事にしてきたことも一緒になくなっちゃう。」
宮島「それが『第4の学力』なの?」

2.教科こそが育てる力

著者「う~ん……、子どもたちが実践しているプロセスを見れば、表現も鑑賞も、見事に現代的な学力向上に寄与している、それは多くの人が言うようになってきたと思うんだ。でも、図画工作・美術はそれだけじゃない。中教審の『論点整理』も、『この力はこの教科等においてこそ身につくのだといった、各教科等を学ぶ本質的な意義を捉え直していく』という言い方をしているよね。いわば教科固有の学力で、それは三つの学力や教育課程に内包されるのだろうけど、そこを超える性質はあると思うんだよ、どの教科もね。そこを見失ったら教科の意味はないかなと。」
宮島「どの教科もね。数学も国語も。」
著者「うん、これからは、そこを見つけていく作業が大切になってくると思うよ。子どもたちを見れば、『唯一の正答』がない多様な状況の中で、自分らしい作品や美術作品の意味や価値をつくりだす。同時に、かけがえのない自分や他者、環境、世界などをつくりだしている。『生きるをつくる』っていうか……、それは実感としてあるんだけど。それを教育に使える言葉にしようとしたときに……、何という言葉がいいのかなあ。」
宮島「ほら、また難しいことを言う。」
著者「う~ん、もう少し説明してみるか。」

3.創造性?

著者「ちょっと喩えがよくないけど、知識も思考力もある銀行員が、どこかの会社や旅館を再建するために派遣されても、成功する人と、そうでない人が出るわけでしょう?逆に、有名大学でなくとも、次々と問題を解決して地域起こしに成功する人は現実的にいるわけじゃない。」
宮島「まあね。」
著者「文字通り①知識・技能②思考力・判断力・表現力等③主体的な学習態度の3つを高度に身につけた人だけが社会で成功するわけではないよね。結局成功する人って、何か違う力を持っているわけでしょう。」
宮島「それって運とか人脈とかじゃないの?」
著者「また、身もふたもないことを……(苦笑)。あえて言えば、ものごとを再構築したり、新たな価値を生み出したりする『創造性』!」
宮島「出た、『創造性』。その言葉、もう美術のオリジナリティじゃないし。」
著者「うん、最近は成功したビジネスマンも『創造性を磨かないとダメだ』って言うんだよ。法的にも平成18年改正の教育基本法前文に『創造性を備えた人間性』って使われているし、今回の中教審の論点整理でも、図画工作・美術で言っていた『新たな価値を見つけ出す』とか書かれている。でも全部、図画工作・美術で使っていた言葉なんだよ。」
宮島「それ、我田引水すぎる。」
著者「ごめん、ごめん(笑)。」

4.直観力、感性、責任感…?

著者「じゃあ『知識技能や思考・判断・表現を統合的に動かし、自己を取り巻く世界の部分と全体を関係的に把握し、直観的に自分の進むべき方向を見つける能力』ってどう?」
宮島「ますます分かんない。」
著者「知的な駆動力というか、瞬時の直観力っていうか……。直観ってさ、山勘じゃなくって、自分の論理性を一瞬で統合して判断する力だと思うんだよね。」
宮島「まあ、それで命を救ったとかね、危機を脱したとか。」
著者「後から考えれば聡明な判断だったということなんだけど。でも、それは脳の高度な働きじゃないかなと。」
宮島「脳ねえ……、怪しい匂いがする。」
著者「うん、脳は分からないことの方が多すぎる。でも、環境との相互行為で変化する唯一の臓器であることは間違いないよね。」
宮島「確かに、胃腸が『本を読んだら次の日変化しちゃった』ってことはない(笑)。」
著者「アルツハイマー病に対して美術鑑賞が有効という実践もあるんだよ。環境との相互行為で成立している脳を覚醒するのが図画工作・美術というか……、知識や技能、思考力に、全身の感覚まで統合的に働かせる力というか、環境と脳をつなぎ合わせて一気に働かせる力!」
宮島「それ何も言っていないのと同じじゃない。」
著者「そうだね(笑)。脳科学者の小泉英明先生は『問題を発見して解決する力を身につけるために芸術は欠かせない。だから、海外の研究所の中心には音楽や美術を鑑賞できる施設が配置されていることが多い』と言ってるね(※3)。芸術的な感性は科学には欠かせないらしい。」
宮島「今度は『感性』と来たか~。」
著者「友人の社長はね『美術できる人は安心できる。彼らは自分の水準を下げない。最後まで仕事をやり遂げる』って言うよ。つくり遂げる責任感ってのは育つかも。」
宮島「なんでもありってわけね。」
著者「相変わらず厳しいなあ(笑)。」

5.結論は…これから?

宮島「だって『創造性』とか『感性』とか、言う割にはっきり答えてないじゃない(※4)。」
著者「反省します……。エビデンスが弱いよね。『語り』だけですませてしまっている。明確な評価手法を開発して、データに基づいた分析を行い、能力の相関や成長の構造を明らかにする必要があるだろうな。」
宮島「結局、説得力がないから美術教育の時間数が減った事に対して世論の手助けがないのよ。鑑賞もずいぶん流行っているけど、なんか内側に向かっている感じ。」
著者「そこも問題かな。今、求められているのは単なる教科の充実ではないからね。内側を突き抜けるというか、外側を向いて新しい現場を探すというか……、他教科や学校外も含めてね、そういう挑戦的な実践が必要なんだろうね。もちろん、教科や教育課程を一度脇に置いて、子どもにとっての意味から考える態度は欠かせない。」
宮島「それで結論は?」
著者「それら全ての実践を通して『第4の学力』は見つかるかなと。」
宮島「はいはい、結局、今回の「学び!と美術」は結論なしってことね。」
著者「残念ながら……、結論は、これからだ!(笑)」

 
◆本稿は電子メールのやり取りを対談風にまとめたものです。
 

※1:アートリンクFacebookアートリンクホームページ
※2:平成15年頃、国際的な学力調査結果が軒並みダウンして、学力論争が起きた。
※3:文部科学省「中等教育資料10月号」2006
※4:解説書では教育の道具として使えるように『感性』を限定的に定義している。

海賊じいちゃんの贈りもの

(C)ORIGIN PICTURES (OUR HOLIDAY) LIMITED / BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2014

(C)ORIGIN PICTURES (OUR HOLIDAY) LIMITED / BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2014

 大人の勝手な都合で、幼い子どもたちに多大な迷惑がふりかかることがある。また、子どもは、信頼できる大人の言うことにきちんと耳を傾けることがある。映画「海賊じいちゃんの贈りもの」(エスパース・サロウ配給)では、大人の勝手さ、大人の勝手さにうんざりの老人、子ども独自の世界観が、まとめてスピーディに綴られる。展開が軽快で、小気味いい。
 イギリス、ロンドン。父のダグと母のアビーは離婚寸前の仲。9歳の長女ロッティ、6歳の長男ミッキー、4歳の末娘ジェスの三人の子どもがいる。彼らは、いずれも個性的である。ロッティはメモ魔で、大人の言うことをいちいちノートに書きつける。ミッキーは海賊のヴァイキングに憧れている。末っ子のジェスは、石を集めて、それぞれに名前をつけている。
 ダグ一家は、ダグの父、ゴーディの75歳の誕生日を祝うために、一週間の予定でスコットランドに向かう。ダグとアビーは、子どもたちに仲良しのパパとママを演じようとするが、子どもたちは既に状況を理解している。おじいちゃんのゴーディは、ダグの兄ギャビン夫婦と同居しているが、居心地がいいというわけではない。ギャビンとダグの兄弟の仲もうまくいっていない。おまけに、ギャビンの妻マーガレットはいささか情緒不安定。10代の息子ケネスは、他人に無関心で、達者とは言えないバイオリンをところかまわず弾きまくる。
 大人たちは、ふとしたきっかけで、それぞれのエゴを主張し出す。そんな中、おじいちゃんの誕生日を祝うパーティの準備が進んでいく。息子夫婦たちの身勝手さにあきれ果てたおじいちゃんは、子どもたちを連れて浜辺に出かける。スコットランドの美しい風景が続く。おじいちゃんの「先祖はヴァイキングだった」の話に、子どもたち、とくにミッキーは大喜びである。
 おじいちゃんと子どもたちは、浜辺でのんびりと過ごしている。そこに、身勝手な大人たちへの制裁とも思える事件が起こる。結果的に、大人たちを巻き込んだ、とんでもない展開になっていく。
 撮りようによっては、シリアスなテーマ、展開になったかもしれない。共同で脚本、監督を担当したガイ・ジェンキンとアンディ・ハミルトンは、ドラマをコメディ・タッチで貫く。ラストは、ハラハラドキドキ、笑えるし、ホロリともする。そして、大人たちはともかく、子どもたちは確実に「海賊じいちゃんの贈りもの」を手にすることになる。
 パパ役ダグを演じたのは、「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」にも出演したデヴィッド・テナント。ママ役アビーは、ロザムンド・パイク。最近では、「ゴーン・ガール」に主演、アカデミー賞の最優秀主演女優賞にノミネートされた。
 頑固だが、飄々、とぼけたおじいちゃん役を力演したのは、キャリア豊富なビリー・コノリー。
 ふつうに常識があると思われている「大人」の身勝手さや欠陥、「子ども」だけの持つ純粋さが、頑固な「おじいちゃん」というフィルターを通して見事に語られる。イギリスの知性とユーモアにあふれている力作と思う。教育に携わる大人には必見と言っていい映画。もちろん、家族揃ってご覧になると、明日からは親と子の関係がさらにうまくいくようになるかもしれない。そう、あって欲しい。

2015年10月10日(土)より角川シネマ新宿ico_linkほか全国順次公開!

『海賊じいちゃんの贈りもの』公式Webサイトico_link

監督・脚本:アンディ・ハミルトン、ガイ・ジェンキン
製作:デヴィッド・M・トンプソン
出演:ロザムンド・パイク、デヴィッド・テナント、ビリー・コノリー
2014/イギリス/ビスタサイズ/DCP/95 分/カラー/英語
日本語字幕:西村美須寿
原題:WHAT WE DID ON OUR HOLIDAY
提供:ハピネット
配給・宣伝:エスパース・サロウ

高校生キュレーター活動の紹介

ミーティング風景


展示した作品の前で

 「コレクション・クッキング」は平成26年度、福島県立美術館開館30周年を迎えるのにあわせて企画されました。これは、コレクション(当館収蔵作品)をキーワードに、美術作品や美術館という場について作家や一般の人々にあらためて考えてもらう通年事業です。ここには二つの柱がありました。一つは展覧会、もう一つはワークショップです。「高校生キュレーター活動」は、このワークショップの一環として行いました。企画内容は半年間、美術館と高校生が話し合いを重ね、常設展示室の一室の展示を考える、というもの。県内から25名もの高校生が応募に答えて集まってくれました。
 活動は全員で話し合った後、方向性が同じメンバーに分かれ進められました。合間に展覧会出品作家のワークショップを体験するなど、観たり調べたりするだけでなく身体を動かしアートについて考える機会をつくりました。 
 テーマごとに分かれた各グループは、作品を直に鑑賞しつつ何度も話し合いを重ね、展示作品を吟味。「展覧会とは何?」「どんな展覧会にする?」「テーマは?」「テーマに沿った作品、作家は?」など、山積する課題に、普段「作る」側の高校生が「観せる」という立場で試行錯誤を繰り返しました。
 平成26年の10月に展覧会がオープン。会場を観るメンバーは一様に満足げな様子でしたが、これ以降も広報、関連事業(ワークショップ)と活動は続きます。展覧会よりも以後の展開が彼らには未知な世界だったかもしれません。
 年明け、振り返りも兼ね解散式を開催しました。彼らの希有な経験への感想はもちろんですが、作品や作家へ深い洞察を得ていることに心打たれました。高校生と美術館、互いに初めての経験から多々課題は残しましたが、逆に多くの可能性を秘めていることも知り得た企画になりました。

(福島県立美術館 学芸課 國島敏)

 

<関連リンク>

福島県立美術館ico_link

  • 所在地 福島県福島市森合西養山1
  • TEL 024-531-5511
  • 現在、空調設備改修工事のため休館中(2016年3月まで)

その他、詳細は福島県立美術館webサイトico_linkでご覧ください。