16世紀という時代 ―開かれた世界への眼―(5)

承前

 日本巡察師アレシャンドゥロ・ヴァリニャーノは、1579年に来日、82年に帰途につく際、伊東マンショ、千々石ミゲル、中浦ジュリアン、原マルチノら4人の少年をヨーロッパに派遣すべく同伴しました。第2回の来日は、少年使節の帰国に同伴した1590年で、天正15年(1587年)6月の伴天連追放令に対処すべく、秀吉に面談するとともに日本教会の在り方を在日宣教師とはかり、92年に離日。ついで第3回は1598年から1603年で、キリシタン禁教に喘ぐ日本キリシタンの方途を切り拓こうと努めたのです。ヴァリニャーノは、任務のために「天正遣欧使節」と呼ばれる4人の少年を引率しての母国への凱旋がかないませんでしたが、旅の成功に心をくばっていました。この少年使節派遣は、日本宣教の成果を母国の王侯貴族、さらにローマの教会に示すことで、イエズス会の宣教活動へのさらなる支援を求めてのものでした。少年らの旅は、各地で大歓迎を受け、ローマ法王の謁見もあり、90年に禁教下の帰国となりました。

日本キリシタンの状況

 イエズス会の宣教は、少年使節の派遣にみられますように、禅宗や本願寺等の仏教と激しく競うなかで、大きく展開しておりました。その様相は、16世紀を「キリシタンの時代」といわしめます。日本イエズス会は、1583年現在、「下」、「豊後」、「都」の3教区で構成され、イエズス会員が84-5人(32名が諸国籍の司祭、修道士の20名が日本人、他は学生、幇助修士)、同宿100名、雑役者300名。200教会、15万人と報じています。
 「下」は有馬、大村、天草、平戸の領地等で11万5000人の教徒。内3名の領主がキリスト教徒。大村領では、領主が1563年に受洗、寺社破壊、全領民が改宗、1人の異教徒もいないと。長崎・茂木は大村氏の寄進でイエズス会領となり、ある種の要塞化しており、ポルトガル船の入港による収入で運営されていました。
 「豊後」は、老国王大友宗麟がキリシタンとして宣教師を厚遇し、国主大友義統はまだ信徒でないが修練院1、学院1、修院2が設置されており、1万人以上のキリシタンがいました。山口は、本願寺につらなる毛利の支配により司祭が不在でしたが、ザビエル時代の信徒699-700名。
 「都」は、日本でもっとも「優雅で富裕な地方、政治の中心」地で、異なる諸国に神学校1、修院が都、安土、司祭館が高槻にあり、河内には2万5000人のキリシタン。
 このような報告の一端は、宣教師がもたらす貿易と先端知への期待から、イエズス会に好意をもった領主の支援もあり、宣教が展開していたことをうかがわせます。その宣教は、領主階級が求めたある種の政治的経済的利得からの「好意」以上に、戦乱の巷に放置された人々への奉仕活動、「ポロシモ」―隣人愛の営みが民衆の心を揺さぶり、「貧しき群」をキリシタンにしたのです。巡察師ヴァリニャーノは、「貧しき群」の存在を嫌悪したカブラルの方針を否定し、ザビエルが提示した日本順応の布教方針を確定しました。この方針こそは日本16世紀を「キリシタンの時代」といわしめる状況を可能としたのです。宣教師の日本順応は、ヴァリニアーノの日本研究の成果、日本人の日々の暮らしの営みを描いた「日本諸事要録」にみられる日本理解をふまえた諸方策に読みとることができます。

アレシャンドゥロ・ヴァリニャーノの日本―「日本諸事要録」(1583年)の世界

 ヴァリニャーノは、他者たる日本への鋭い目で、相互の文化がもつ差異性を理解し、日本の文化―暮らしのかたちについて個別具体的な方策を提示することで、日本と日本人との付き合いの作法を説きかたっています。「日本人の他の新奇な風習」は、ヨーロッパ的世界と全く異質な文化が生みだした世界であるが、その文化に秘められている魅力と活力を理解しようとしています。

 彼等は真に思慮と道理に従うから、他の国の人々の間にみられるように節度を越えた憎悪や貪欲を持たないのである。だが彼等に身受けられる
1)悪は色欲上の罪にふけること、
2)主君に対してほとんど忠誠心を欠いていること、
3)欺瞞と虚構に満ちており、嘘を言ったり陰険に偽り装うことを怪しまないこと、
4)はなはだ残忍に、軽々しく人間を殺すこと、
5)飲酒と、祝祭、饗宴に耽溺すること、
日本人は、他のすべての国民とは、はなはだしく異なった儀礼や風習を有しており、まるで他のいずれの国民とも、いかにしたら順応しないかを故意に研究したかと思われるばかりである。これに関して生ずることは想像を絶する。事実日本はヨーロッパとは全く反対に走っている世界である。すなわち、我等とは、いかなることにおいても合致しないほどすべてが異なっており、食事、衣服、栄養、儀式、言語、交際、及び起居、建築、家庭内での奉仕、負傷や病気の治療、子供の教育、養育、その他すべてのことにおいて言語に絶した理解し得ないほど相違は大きく、正反対である。これについて私が驚嘆するのは、深い思慮と統制力を有するのに、なお彼等が諸々の悪の中に生きていることである。

 ここには、キリスト教的世界とは全く異質な日本の在り方に仰天しながら、日本と日本人の固有な世界への目があり、その固有性を可能な限り受けとめることで日本人を理解しようとの強い意志があります。この強き意志こそは、三度におよぶ日本行きをなさしめ、信長と秀吉に向き合い、その声を聞きながら、禁教下のキリシタンが信仰によって生きる道を模索せしめたのです。厳しい禁教化を生き、殉教に耐えうる信仰的確信はヴァリニアーノが準備した信仰訓練によって可能となったのです。

ダバイザー(第1巻)

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 震災後から描き始めている6作目の漫画が完成しました。

 私の思いは、震災後の福島の状況を風化させないことだけにあり、私は福島県人として、この活動を続けていく義務があると思っています。

 今回の作品は、完全なる子ども用マンガです。

 実は、現在(2017.3.11)6年生の担任をしています。現在の6年生は震災の年の入学生です。体育館での入学式ができず、例年より遅れての図書室での入学式となりました。狭い空間でしたが、保護者の皆様と先生方の熱い想いのこもった入学式でした。また、外での活動は3時間のみという奇妙な制限がかかり、外で思い切り遊ぶこともできませんでした。プールにも入れず、暑いのに窓を閉め切っての授業…大変だったと思います…。運動会も午前中で、室内やほかの場所を借りて行いました。2016年4月に初めて午後まで実施しましたが、ある子供が「先生、午後までって…でも、給食はないんですよね…。」運動会は、家族と一緒にお昼を食べることを知らない子供たちだったんです。涙があふれました。そんな子供たちに喜んでもらおうと、一生懸命頑張って描きました。

 私の漫画は、「福島の真実!」ということではなく、風化させずに、そして希望のある作品(フィクション)にしようと私は常に思っています。

 この漫画は、いろいろな方の協力によって製本されております。この場をお借りして感謝申し上げます。

 今回も手に取っていただきありがとうございます。

 また、最後まで読んでいただきありがとうございます。

 そして、また来年お目にかかれたらうれしく思います。

読み物プラスVol.25「RST」
読み物プラスVol.17「3年8ヶ月」
読み物プラスVol.14「奥羽行進曲」
読み物プラスVol.01「NOT YET OVER-あどけない瞳に映るもの-」
学び!トピックス Vol.32「福島の先生が3.11後を漫画に。」

ハロルドとリリアン ハリウッド・ラブストーリー

(C)2015 ADAMA FILMS All Rights Reserved

 中学生のころ、「十戒」という映画を見た。モーゼ率いるエジプトの奴隷たちが、紅海にたどり着く。エジプト兵が迫ってくる。モーゼが杖を掲げると、海が割れ、奴隷たちが逃れる。後を追いかけてきたエジプト兵は、海におぼれてしまう。当時の特殊撮影だが、海が割れるなどというシーンに、興奮して見入ったものだった。
 高校生のころ、「ウエスト・サイド物語」という映画を見た。ニューヨークの片隅で、若い人たちが踊り、唄う。思い切り、脚をあげるダンスのかっこよさに、思わず脚をあげようとしたが、とても真似は出来ない。
 さらに、アルフレッド・ヒッチコック監督の「鳥」という映画を見た。子どもたちがいるところに、鳥の大群が襲ってくる。その迫力に、度肝を抜かれた。
 このほど、ドキュメンタリー映画「ハロルドとリリアン ハリウッド・ラブストーリー」(ココロヲ・動かす・映画社○配給)を見て、驚いた。かつて、衝撃を受けた「十戒」、「ウエスト・サイド物語」、「鳥」といった映画の「絵コンテ」、英語では、ストーリーボードというが、この絵コンテを描いたのが、ハロルド・マイケルソンとその妻リリアンの伝記だったからだ。

(C)2015 ADAMA FILMS All Rights Reserved

 ハロルドは第二次世界大戦に従軍し、1945年に帰還。ほどなく、孤児のリリアンと恋仲になる。周囲の反対をよそに、駆け落ち同然、ふたりはハリウッドに居を構える。絵の達者なハロルドは、いろんな映画会社に絵を売り込み、ひとまずコロンビア映画(いまのソニー・ピクチャーズ)に、絵コンテ作家として雇われる。
 その後、ハロルドは、パラマウントに移り、「十戒」の絵コンテを描き、業界に認められることになる。ハロルドの斬新な絵コンテは、多くの映画の名シーンになっていく。「ベン・ハー」、「スパルタカス」といった大作映画から、スリル満点のヒッチコック映画などを手がけるようになる。
 かたや、妻のリリアンは、映画のリサーチャーとして頭角を現していく。リサーチャーとは、文字通り、映画の背景になるさまざまな事実を調べること。リリアンの手がけた映画は、「史上最大の作戦」、「影なき狙撃者」が有名だが、夫のハロルドとは、ヒッチコック監督の「鳥」で、はじめて「共演」することになる。
 ふたりの快進撃が始まる。ハロルドは、多くの傑作映画の絵コンテを描き、リリアンは多くの傑作映画のリサーチを行う。ただし、映画には、ふたりの名前はクレジットされない。ハリウッドの映画製作の慣習なのか、絵コンテ製作やリサーチは、あくまでも縁の下の力持ちにすぎない。

(C)2015 ADAMA FILMS All Rights Reserved

 映画は、ふたりの活躍や、2007年のハロルドの死まで、現在のリリアンが、過去を振り返る形で描かれる。ふたりの仕事に、著名人らが賛辞を送る。メル・ブルックス、フランシス・フォード・コッポラ、ダニー・デヴィート、アルフレッド・ヒッチコック、スティーヴン・スピルバーグ……。そのほか、ハロルドとリリアンを敬愛する映画人として、ロバート・ワイズ、ロマン・ポランスキー、マイク・ニコルズ、デヴィッド・リンチ、メル・ブルックス、スタンリー・キューブリック、トム・ウェイツらが知られている。
 ハロルドとリリアンが、どのように、優れた映画製作を支えたかが、一目瞭然。映画を陰でささえた夫婦の愛のドラマでもあるが、ふつうの映画好きはもちろん、将来、映画関係の職業を目指す人には、必見。
 ハロルドが手がけた作品で、おすすめの映画を列挙する。
 1950年代、「泥棒成金」、「地底探検」。
 1960年代、「アパートの鍵貸します」、「あなただけ今晩は」、「バージニア・ウルフなんかこわくない」、「卒業」、「俺たちに明日はない」、「ローズマリーの赤ちゃん」。
 1970年代、「イージー・ライダー」、「屋根の上のバイオリン弾き」、「ジョニーは戦場へ行った」、「チャイナタウン」、「カッコーの巣の上で」、「ロッキー」、「アニー・ホール」、「ディア・ハンター」、「クレイマー・クレイマー」、「マンハッタン」。
 1980年代、「レイジング・ブル」、「レッズ」、「ブレード・ランナー」、「コットン・クラブ」、「ラスト・エンペラー」、「プラトーン」、「フルメタル・ジャケット」、「レインマン」。
 1990年代、「ゴッドファーザーPARTⅢ」。
 どれも傑作、ものすごい作品ばかり。ハロルドが、いかに優れた絵コンテ作家だったかを物語るに十分である。

2017年5月27日(土)より、YEBISU GARDEN CINEMAico_linkほか全国ロードショー

『ハロルドとリリアン ハリウッド・ラブストーリー』公式Webサイトico_link

監督・脚本:ダニエル・レイム
エグゼクティブ・プロデューサー:ダニー・デヴィート
出演:ハロルド&リリアン・マイケルソン、フランシス・フォード・コッポラ、メル・ブルックス、ダニー・デヴィート、アルフレッド・ヒッチコック、スティーヴン・スピルバーグ ほか
2015年/アメリカ/94分/カラー・モノクロ/16:9/5.1ch/英語/日本語字幕:原田りえ/原題:Harold and Lillian: A Hollywood Love Story
配給:ココロヲ・動かす・映画社○

これからの自分を考える実践(第5学年)

1.はじめに

 変化の激しい現代社会の中で,特に道徳教育においては,いじめ問題をはじめ「生命の尊さ」について考えることが重要になってきている。
 「小学校学習指導要領解説 特別の教科 道徳編」には,「生命を大切にし尊重することは,かけがえのない生命をいとおしみ,自らもまた多くの生命によって生かされていることに素直に応えようとする心の表れと言える。」と書かれている。さらに,第5学年及び6学年においては,「家族や仲間とのつながりの中で共に生きることのすばらしさ,生命の誕生から死に至るまでの過程,人間の誕生の喜びや死の重さ,限りある生命を懸命に生きることの尊さ,生きることの意義を追い求める高尚さ,生命を救い守り抜こうとする人間の姿の尊さなど,様々な側面から生命のかけがえのなさを自覚し生命を尊重する心情や態度を育むこと」と書かれている。
 本校では,「生命の尊さ」の内容項目での学習を年間で2回計画している。1回目は,人と人とのつながりの中で,命がまた新しい命を生む「生命の連続性」を主題とし,2回目は大切な人の死などを通して自己の命について気付く「精一杯生きる」ことを主題とした。年間での内容項目の位置づけを明確にし計画的に取り組むことで,児童の生きる基盤となる道徳性を養うことができるであろう。

2.授業展開について

 本教材は,じいちゃんの余命が3か月と知り毎日病院へ通う大地と,孫(大地)の誕生日を間近にひかえ,病気に苦しみながらも孫に手紙を残したじいちゃんの話である。じいちゃんへの思い,家族の死に触れて成長していく大地の心情を共感的に捉え考えていく発問構成にしていく中で,最期のときも孫を思う愛情を知り,児童は,人の死,命の尊さに気付くことができるであろう。「あなたは精一杯生きていますか」と導入と展開の後段で二度問うことで,自己の命を見つめ,命を大切にして生きていこうとする心情をさらに高めたいと考えた。児童の「今生きていることに価値がある。」「家族へ感謝。」「友達の命も大切である。」といった発言や,命の尊さについて深く学び合う姿が印象的である。

3.展開例

■主題名:精一杯生きる
■内容項目:D〔生命の尊さ〕
■教材名:その思いを受けついで(日本文教出版)
■ねらい:じいちゃんの余命を知り,毎日病院へ通った大地や,じいちゃんからの手紙を読んだ大地の思いに共感することを通して,命の大切さに気付き,精一杯生きようとする心情を育てる。

学習活動
(◎中心発問,○発問,・予想される児童の反応)

◇指導上の留意点
◆指導上の工夫 ★評価


1 価値を意識する。

「あなたは精一杯生きていますか」
○命とは何だろう。
・なくてはならないもの。
・必ず死があるもの。
・親からもらった宝。
・一人にひとつしかないもの。

◆「あなたは精一杯生きていますか」を提示し,児童が自分の命について価値を意識できるようにする。
◇命とは何かについて問い,価値への導入とする。


2 「その思いを受けついで」を読んで話し合う。

○「じいちゃんの命はあと三か月」と知らされた時,大地は,どんな気持ちだったでしょう。
・信じられない。
・うそであってほしい。
・もっと早く知りたかった。

◇初めてじいちゃんの余命を聞いた大地の思いに共感できるようにする。

○大地は,どんな気持ちから毎日じいちゃんのもとに通ったのでしょう。
・時間を大切に過ごしたい。
・少しでもそばにいたい。
・生きる力をつけてほしい。

◇じいちゃんのところへ毎日通う大地の思いに共感できるようにする。

◎じいちゃんの手紙を読んだ大地はどんな気持ちになったでしょう。
・これからも頑張るよ。
・ずっと,ぼくを見ていてね。

◇じいちゃんからの手紙を読んだ大地の思いに共感できるようにする。
◆じいちゃんからの手紙を提示し,手紙の中に込められたじいちゃんの大地への思いにも気付かせることで,双方に思いがあることを感じ取らせる。

3 自分の生活を振り返る。

○今日の学習から,命についてどんなことを考えましたか。
・命がある(生まれてきた)ことに感謝。
・今を大切に生きていきたい。
・夢に向かってがんばりたい。

★命について考え,精一杯生きようとする思いがもてたか。

「あなたは精一杯生きていますか」

◆導入で使用した言葉「あなたは精一杯生きていますか」を提示し,自己を振り返る場とする。


4 教師の説話を聞く。

◇教師が精一杯生きようと思った経験を話す。

新学習指導要領の要点(3)~構造的・関連的に理解する

 本稿では学習指導要領に関する基本的な事項や構造等を簡単におさえながら、図画工作・美術科の改訂の要点についてみていきましょう。

Q1.学習指導要領とはどのようなものですか?

A1.文部科学省は学校教育法等に基づいて各学校でカリキュラムを編成する際の基準を定めています。これが学習指導要領で、全国のどの地域どの学校にいっても一定水準の教育が受けられることにつながっています(※1)。学習指導要領は大きくは総則及び各教科等で構成されています。

Q2.授業時数も学習指導要領で決められているのですか?

A2.学習指導要領の改訂と同時に見直されるので、学習指導要領の一部と思う人もいるようですが、教科等の年間の授業時数は、学校教育法施行規則を根拠に定められたものです。教育課程に置かれる教科等や学習指導要領も学校教育法施行規則を根拠に定められています(※2)。各学校はこれらを踏まえ、地域や学校の実態に応じて、カリキュラムを編成することになります。図画工作・美術の年間授業時数に変更はありませんが、下記に述べるように学習指導要領の「総則」に変更がありましたから、前回と全く同じというわけではありません。

Q3.学習指導要領の「総則」って大事ですか?

A3.「自分は教科に精通している」と思っている人に限って「総則を読んでいない」というケースが多くあります。「総則」とは全教科等を統括する教育課程の基本的な規則です。例えば、一連の中央教育審議会の議論や答申に示されたことなどが法的拘束力を持って端的に説明されています。また、「授業時数等の取扱い」では、「各教科等の特質に応じ、10分から15分程度の短い時間を活用して特定の教科等の指導を行う場合…年間授業時数に含めることができる」とあります。すでに小学校の60分授業の試みも始まっており、カリキュラム・マネジメントはいっそう重要な概念になってくるでしょう。「総則」を熟読することはとても大事なことなのです。

Q4.学習指導要領に前文が置かれたって本当ですか?

A4.本当です。前文は、法令や規約などの条項の前に置かれている文章で、その規則を定めた理由、趣旨や目的、原則などを述べるものです。通例では法律には前文を付さないのですが、理念を強調して宣言する必要がある場合に置かれるようです(※3)。今回の学習指導要領の前文にも同様の意味があると考えてよいでしょう。個人的には学習指導要領の意義や役割、社会に開かれた教育課程の大切さなどについて書かれた名文だと思います(※4)

Q5.各教科の学習指導要領はどんな構造になっているのですか?

A5.簡単にいうと「目標」と「内容」、その「取扱い」の三つです。「第1 目標」は子どもたちに「どんな力をつけるのか」というねらいです。そのために「何を学ぶのか」が「第2 内容」です。そして、それを「どのように学ぶのか」が「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」ということになります。

Q6.「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」が今一つよくわからないのですが。

A6.「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」は、二つに分けられます。「1 指導計画の作成」と「2 内容の取扱い」です。
 「1 指導計画の作成」は、「指導計画を作成する上での配慮事項」です。小学校でいえば、「『絵や立体』と『工作』に配当する授業時数がおよそ等しくなること」という時数の目安や、「独立した鑑賞の時間は指導の効果を高める必要があるとき(※5)」という条件などが示してあります。
 「2 内容の取扱い」は、「内容を取り扱う上での配慮事項」です。「どのように学ぶのか」という方法論に関わる部分です。例えば、小学校では取り扱う材料や用具、中学校では表現形式や技法、鑑賞での日本美術の概括的な変遷、作品の特質などが示されています。

Q7.「内容の取扱い」はどのように参考にすればいいのですか?

A7.「目標」や「内容」だけでなく「内容の取扱い」の影響力も見逃せません。平成10年には美術館との連携が例示されましたが、これをきっかけに学校と美術館の関係は大きく変化しました。今回、〔共通事項〕の例示として「明るさ」「鮮やかさ」などが示されています。また鑑賞だけに対応していた「言語活動の充実」が、表現と鑑賞の両方に係っています。今後の実践に注目です。

Q8.〔共通事項〕の例示はどう取り扱えばよいですか?

A8.以前から解説書に載っていた言葉だとはいえ、「内容の取扱い」に示されたことで拘束性が生じます。また、一見「事実的な知識」が並べられているように見えて不安になるかもしれません(※6)。しかし、「形や色などを単なる知識にしない」という強い宣言のように思われます。なぜなら、まず「指導計画の作成」で、学習の充実においては、表現と鑑賞に関する資質・能力を相互に関連させることとされています(※7)。その上で、〔共通事項〕は資質・能力であり、「A表現」及び「B鑑賞」の指導と併せて指導することが明示されています(※8)。さらに中学校では「内容の取扱い」で、(生徒が)実感的に理解できるようにするとあります(※9)。「指導すればよい」「取り扱えばよい」という性質のものではないことは明らかです。小学校図画工作の「内容」が資質・能力で整理されたことも考え合わせれば、〔共通事項〕の例示は知識・理解の質を深めるとともに「思考力・判断力・表現力等」「技能」を育成する重要な要素と考えられるでしょう。

 年間授業時数や学習指導要領の「総則」などを踏まえ、図画工作・美術の「目標」「内容」「指導計画の作成と内容の取扱い」それぞれの関係をおさえながら、子どもたちの資質・能力の育成を目指すという、構造的・関連的な理解が今回の改訂のポイントだと思います。

 

※1:文部科学省「学習指導要領とは何か?」 http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/idea/1304372.htm
※2:学校教育法施行規則、第4章小学校、第二節:教育課程、「第五十条 小学校の教育課程は、国語、社会、算数、理科、生活、音楽、図画工作、家庭及び体育の各教科(以下この節において「各教科」という。)、道徳、外国語活動、総合的な学習の時間並びに特別活動によつて編成するものとする。」「第五十二条 小学校の教育課程については、この節に定めるもののほか、教育課程の基準として文部科学大臣が別に公示する小学校学習指導要領によるものとする。」
※3:憲法の前文が有名ですが、教育基本法、観光基本法、高齢社会対策基本法、ものづくり基盤技術振興基本法、男女共同参画社会基本法、文化芸術振興基本法、少子化社会対策基本法などの○○基本法に多いようです。国立国会図書館法、日本学術会議法、ユネスコ活動に関する法律などにも置かれています。具体的な規則を定めたものではないので、直接に法的効果が生ずるものではないのですが、各条項の解釈の基準を示す意義や効力があるとされています。 http://www.mext.go.jp/b_menu/kihon/about/004/a004_00.htm
※4:教育課程の意義として「一人一人の児童が,自分のよさや可能性を認識するとともに,あらゆる他者を価値のある存在として尊重し 多様な人々と協働しながら様々な社会的変化を乗り越え豊かな人生を切り拓き,持続可能な社会の創り手となることができるようにすること」、社会に開かれた教育課程の実現のために「よりよい学校教育を通してよりよい社会を創るという理念を学校と社会とが共有し,それぞれの学校において,必要な学習内容をどのように学び,どのような資 質・能力を身に付けられるようにするのかを教育課程において明確にしながら,社会との連携及び協働によりその実現を図っていくこと」などが明記されています。
※5:「子どもの能力を高められる場合」という条件付きで「近くにあるから」は理由にならないという意味ですが、学び!と美術<Vol.51>「【インタビュー】学校と美術館の連携の現場から」にて、国立国際美術館の藤吉学芸員が指摘するように、それがきっかけになることもよいと思います。
※6:「事実的な知識」については、学び!と美術<Vol.49>「図画工作・美術における知識の行方」を参照してください。
※7:「第3 指導計画の作成の内容の取扱い」の「(1)題材など内容や時間のまとまりを見通して,その中で育む資質・能力の 育成に向けて,児童の主体的・対話的で深い学びの実現を図るようにすること。その際,造形的な見方・考え方を働かせ,表現及び鑑賞に関する資質・能力を相互に関連させた学習の充実を図ること。」
※8:「第3 指導計画の作成の内容の取扱い」の「(3)第2の各学年の内容の〔共通事項〕は,表現及び鑑賞の学習において共通に必要となる資質・能力であり,「A表現」及び「B鑑賞」の指導と併せて,十分な指導が行われるよう工夫すること」。平成20年改訂では「能力を育成する上で共通に必要となるものであり…十分な指導が行われること」という記述でした。
※9:「第3 指導計画の作成の内容の取扱い」の「2 内容の取扱い」の「(1)〔共通事項〕の指導に当たっては,生徒が造形を豊かに捉える多様な視点をもてるように,以下の内容について配慮すること。」「ア 〔共通事項〕のアの指導に当たっては,造形の要素などに着目して,次の事項を実感的に理解できるようにすること。」