自我関与を深める役割演技の工夫 “パネルシアターを活用して”(2) ―パネルシアター授業実況―(第2学年)

教師の発問・児童の反応

パネルシアター

留意点
(パネルシアターの動き)

T:教師 C:児童)
T:さあ、これは山です。季節はいつでしょう?
C:秋。
C:だって、下のほうが少し色がついていて、上の方に雪がつもっているよ。
T:そう、山の上の方に雪が積もってるね。このころ、動物たちはどうしてるかな。
C:食べ物を探してる。
C:冬が来ると、寒くなって、食べる物がなくなっちゃうから。
T:そうだね。冬は寒くて、食べる物がほとんどないから動物たちは冬眠したり、食べ物を蓄えたりして、寒い冬を乗り越えなきゃいけないんだよね。
 今日はそんな冬になる前の、動物たちのお話です。

コの字型の机配置。
児童は椅子を持ち寄り真ん中に座る。
(山の絵を貼る)

 この山にももうすぐ冬がやってきます。冷たい北風がピューピューと吹き始めました。
 きつねは食べるものを探しに出かけました。

(北風を出す)
(きつねを出す)

きつね:ああ、寒いなぁ、もうすぐ冬だ。食べるものを探さなくちゃ。お腹すいたなぁ。
 するとうさぎに会いました。
うさぎ:あら、きつねさん、食べるものを探しに行くのですか?
きつね:そうです。うさぎさんも?
うさぎ:ええ、たくさん見つかるといいですね。
 そう言って二匹は別れました。

(うさぎを出す)
(うさぎをはずす)
(山と北風もはずす)
(どんぐりと落ち葉を並べる)

 しばらく行くと、きつねはどんぐりがたくさん落ちているのを見つけました。
きつね:あ、どんぐりだ!おいしい!あっちの方にもある。こっちにもある。ああ、お腹いっぱいだ。まだたくさんあるな。そうだ、後で食べられるようにここに隠しておこう。良かった~。これでこの冬は安心だ。

(一つ食べる)
(いくつも食べる)
(落ち葉を手に持ちどんぐりを隠す)
(どんぐり落ち葉をはずす)

 帰る途中で、また、うさぎに会いました。
うさぎ:あ、きつねさん。どうでしたか?
きつね:(うつむいて)えっと。何にも見つからなくて…。
うさぎ:それはかわいそうに…。

(山と北風を出す)
(うさぎを出す)

 うさぎはしばらく考えていました。
うさぎ:やっと2つ見つけたの。1つ差し上げましょう。
 そのくりのみを見ているうちに、きつねの目から、ポロリとなみだが落ちてきました。

(手にくりを2つ持たせ、1つきつねにあげる)
(なみだをはる)

T:…というお話です。(パネルシアターを移動させ、黒板に「くりのみ」と書く。)
2匹とも食べるものを探しに出かけたんだね。お腹を空かせた狐さんは、どんぐりを見つけて、たくさん食べました。残りは…。隠したんだね。

【発問1】この時きつねはどんなことを考えたでしょうか。

C:これでもう大丈夫。
T:何が大丈夫だと思ったの。
C:もう寒い冬がきても、たくさん食べるものがあるから、心配いらない。
C:たくさん見つかって、あーよかった。安心だ。

T:きつねが「何も見つからなかった」と言いました。本当は見つかったけど、うさぎはそのことは知らないよね。うさぎはしばらく考えました。

【発問2】どんなことを考えて、2つしかないくりのみを1つ差し出したのでしょうか。

C:きつねさんがかわいそう。1つあげよう。
C:えー、どうしよう。1つになっちゃうよ。でも、しょうがない、1つあげよう。
C:2つあって良かった。
T:そのくりのみを見つめているうちに、きつねの目から涙がポロっとこぼれました。
 涙って、気持ちがいっぱいになった時に出るよね。

【中心発問】きつねのどんな気持ちがあふれてきて涙になったんだろうか。近くの人と、きつねがどんな気持ちだったのかを話し合ってください。(話合い活動)

 ではそのきつねの気持ちを、きつねになってつぶやいてくれる人いますか。(パネルシアターを使って役割演技)
C:ぼく、どんぐりを隠さなければ良かった。隠しちゃってごめんね。
C:嘘ついちゃったな。後で、うさぎさんにどんぐりをあげよう。
C:うさぎさんは2つしかないのに、1つくれたんだ。すごく優しいなぁ。
T:うさぎさんの優しい気持ちとか、どんぐり隠して悪かったなぁという気持ちとか、やらなきゃよかったなぁっていう気持ちとかがいっぱいになって涙が溢れちゃったんだね。
T:きつねさんはいじわるでどんぐりを隠したんじゃないんだよね。でも自分のことしか考えられなかった。うさぎさんは、自分だってお腹がすいているのに、2つしかないくりのみを1つあげちゃったんだよね。みんなだったらどう?
 うさぎさんのように大変だったけど、困っている人に親切にしたことありますか。もしあったら、それはとても素敵なこと。ぜひ教えてください。親切にしたこと、思いつかないなぁという人は、親切にしてもらって嬉しかったことを書いてください。どっちも思いつかないなぁという場合は、誰かがやっていていいなぁと思った親切を書いてください。(ワークシートに記入)

T:では、発表してください。
C:妹に遊ぼうと言われて、最初はあんまり遊びたくなかったけど、一緒に遊んであげた。でも最後は楽しくなった。
C:食べちゃいけないお菓子を食べちゃって、怒られそうになったら、おばあちゃんが「私が食べたよ。」と嘘をついてかばってくれた。優しいなと思った。
C:小さい子が公園で、水を飲もうとしていたけど、高くて飲めなかったから手伝ってあげた。
C:お父さんとお菓子を分けたとき、大好きなお菓子だったけど、お父さんに大きい方をあげた。「優しいなぁ」と言われて嬉しかった。

T:本当に困ったときに親切にしてもらえると嬉しいよね。先生はそんな風に親切にできる人になりたいなと思います。

 

※パネルシアターについては、パネルシアター研究会「TEP」のHPもご参照ください。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~panel-TEP/

自我関与を深める役割演技の工夫 “パネルシアターを活用して”(1)(第2学年)

1.はじめに

 「特別の教科 道徳」の実施に向けて多様な実践が行われている。今回は教材提示の1つとして、パネルシアターを使った実践を報告したい。パネルシアターとは、不織布でできた紙の絵人形を操作して、フランネル布に張り付けて行う人形劇のことで、その絵人形の動きで様々な気持ちや様子を表すことができる。パネルシアターを使うことで、子どもたちは教材の世界に浸り、登場人物に感情移入することができる。
 パネルシアターを使ったことで、子どもたちは嬉しそうに目を生き生きさせて教材の世界に浸ることができた。
 きつねは、あえて表情を優しくすることにより,決してうさぎに意地悪しようとしたわけではなく、「つい自分のことしか考えられなかった。」「思いやりが足りなかった。」そういうことって誰にでもあるよね、ということに気付かせたかった。
 きつねの目を優しく表現しより感情移入しやすいように工夫すると、役割演技でパネルシアターを使った時も、「どんぐりあげたらよかったなぁ。」「うさぎさんは本当にやさしいね。ぼくは悪いことをした。ごめんね。」など、やさしい言葉かけとなり、よりねらいとする価値にせまることができた。授業後も、「きつねさん、かわいいね。ばいばーい。」「また会おうね。」など、きつねに対する同情や共感もみられた。
 うさぎの行為は尊いが、それと同様に、自分の過ちに気付き、行いを正すことができたきつねも尊い存在として扱い、ねらいとする価値にせまれると考えた。

2.主題名

困っているから助けたい  B[親切、思いやり]

3.資料名

「くりのみ」(出典:日本文教出版「新・生きる力」)

4.主題設定の理由

(1)ねらいとする価値について
 よりよい人間関係を築くためには、相手に対する思いやりの心をもち、親切にすることが基本姿勢として必要である。思いやりとは、相手の気持ちや立場を自分のこととして推し量り、相手に対して、よかれと思う気持ちを相手に向けることである。親切とは相手の気持ちを想像することを通して、励ましや援助をするなどの思いやりが行為となって表れたものである。
 自立した人間として、他者と共によりよく生きる児童を育てるためには、自分の考えや利益のみを優先するのではなく、相手の気持ちや置かれている状況を自分のこととして想像し、そのうえで相手にとってよかれと思う行為を選択する力を身に付けるとともに、自ら進んで親切な行為をしようとする心情を育てることが大切である。

(2)児童の実態
 2年生の児童は、友達と仲良くし、助け合うことをよいこととして認識しているが、相手の立場を考えて、相手のために行動すること、相手の喜びを自分の喜びとして受け入れることのよさに気が付いていない児童もいる。
 自分自身を振り返った時、うさぎのように困った人を助けた経験を思い起こすことのできる児童は多い。そのような親切な行為のよさや、そのような行動をとった自分自身のよさに気付くことができるだろう。一方で児童は、きつねのように身勝手な行動をとってしまうこともある。自分自身を多面的に捉えることで自己理解や人間理解を深め、思いやりの価値理解と実践意欲を高めたい。

(3)教材について
 本教材は寒い冬が近づき、食べ物を探しに出かけたきつねが、自分の蓄えとしてどんぐりを隠したが、うさぎはたった2つのくりのみのうち1つを差し出した。そのやさしさに触れたきつねがポロリと涙を流すという話である。場面設定からきつねの気持ちに共感し、餌が見つからないことは生死に関わることに気付かせたい。それでも友達を助けようとしたうさぎのやさしさやその行動の尊さにきつねは気が付き、我が身を振り返り、自分のことしか考えられなかったことを後悔するのである。
 この教材を通して、困った時はお互い様であり、それでも相手を思って行動できるか、自分自身を振り返ることを通して自己理解や人間理解を深め、道徳的実践意欲を高めたい。

5.学習指導過程

(1)本時のねらい
 きつねがうさぎからくりのみをもらって涙を流した気持ちを考え、相手の状況を推し量り、親切にしようとする道徳的実践意欲を養う。

(2)展開

主な発問と予想される
児童の反応

パネルシアター

※指導上の留意点


◆動物たちは冬になる前にどうしてると思いますか。
・冬眠する。
・寒いから食べるものがないのでじっとしている。

※寒い冬の前に、食べ物をたくさん食べたり、蓄えたりして冬に備える。

深める①

◆パネルシアター「くりのみ」を見て、話し合う。
○どんぐりを隠したきつねの気持ちを考える。
・これで安心だ。誰にも見つからないぞ。
・お腹いっぱい食べられて嬉しいな。

※きつねはいじわるなきもちではなく、自分のことでいっぱいだった。

○うさぎはどんな思いで2つしかないくりのみを、2つあげたのだろうか。
・きつねさんがかわいそうだなぁ。
・2つしか見つからなかったけど、1つあげよう。
・分けっこしよう。2つあってよかった。

※うさぎのとった行動には思いやりの気持ちがあった。

◎そのくりのみを見て涙を流したきつねは、どんな思いだったでしょう。
・やさしいなあ。ありがとう。
・どんぐりを隠してごめん。
・自分のことしか考えてなかった。

※うさぎのやさしさときつねのとった行動を対比させ、そのやさしさに気が付いたきつねの気持ちに共感させ、役割演技を行う。

深める②

◆自分自身を振り返って考える。
○うさぎのように、困っている人に親切にすることは簡単だと思いますか。難しいことだと思いますか。その理由も考えよう。

※実際親切にすることは自分にとって簡単か難しいか、その理由も合わせて考える。ワークシートに記入する。
※話合い活動を通してお互いの考え方の違いから、人間理解を深め、親切にすることの大切さや難しさに気付く。

終末

◆教師の説話を聞く。

「自分の子どもを自転車で保育園に預けて仕事に行こうと思っていたら、保育園に向かう途中で自転車がパンクしてしまった。仕事に向かえなくなりとても困っていたらその保育園の先生が、自分の自転車を貸してくれた。仕事が終わり子どもを迎えに行くと、私の自転車のパンクも直しておいてくれて、その優しさに感激した。いつか自分も困っている人にやさしくしたいと思った。」

※親切な行為は、相手が困っていることを他人事にせず、親身になって寄り添って考えた結果の行動であることが分かるような説話がよい。

(3)評価
○きつねが涙を流す気持ちを通して、相手を思う行動について考えることができたか。(中心発問)
○自分自身を振り返り、困っている人に優しくすることのよさや難しさに気付き、価値理解と人間理解を深めることができたか。(展開後段)

(4)板書

6.授業を終えた感想

 低学年児童にとっては、親切にしてあげることや、やさしくしてもらうことは、身近なことで、当たり前のことだと感じた。自分の示したやさしさや、親切にしてもらった時の嬉しさを思い起こすことで、人と人の繋がりの温かさや、そのよさに気が付くことができた。本授業では、「自分も大変な時に、人に親切にすることの難しさ」という一つ上の段階の親切や思いやりの価値について気付かせたかった。「うさぎさん、やさしいなぁ」と感じながら涙を流すきつねの気持ちに触れることで、その難しさや尊さに気付くことができた。

 

※次回は、「自我関与を深める役割演技の工夫 “パネルシアターを活用して”(2)」として、「パネルシアター授業実況」を掲載します。

自分の心を見つめ、思いを素直に表現できる道徳授業を目指して(第1学年)

「自己を見つめる」とは

 新学習指導要領における「特別の教科 道徳」の目標には、「よりよく生きるための基盤となる道徳性を養うため,道徳的諸価値についての理解を基に,自己を見つめ」(小学校学習指導要領解説 特別の教科 道徳編 平成27年7月 文部科学省より抜粋)とある。
 「自己を見つめ」とは、「自分の心(内面的な資質)を見つめる」ことである。では、「自分の心を見つめる」とは、どうすることなのか。私は、自分の心に浮かんだ思いや考えについて、じっくりと自問したり、言葉にしたりしながら表現することで、曖昧なものをより明確にしていくことであると考える。
 しかし、児童に「さあ、自分の心を見つめてみよう。」と呼び掛けたとしても、そう簡単にできるものではない。心は、何かの出来事や出会いをきっかけとして変容していくものであり、その心の変容が自然と言語として表出していくからだ。
 道徳の学習において児童は、教材と出会う。児童は、道徳の時間を通して教材の世界に浸り、その教材の登場人物の気持ちになりきることで、ありのままの自分を語ることができると考える。自分ではない登場人物を通して語ることで、自然と児童の本音や素直な気持ちがあらわれてくるからである。ここでは、児童が教材の世界に浸り、素直に思いを言葉にできる道徳の学習を目指して行った授業の実践を紹介する。

授業実践

1.主題名 ともだちは だいじ  B[友情、信頼]
   教材名 二わのことり  (出典:日本文教出版「新・いきるちから」)

2.児童が教材の世界に浸り、素直に思いを言葉にできるための工夫
(1)ペープサートによる教材提示

 児童がより教材の世界に浸れるよう、黒板全面を舞台として、お話の世界をその場で体感できるような教材提示を行う。みそさざいのぺープサートは、うぐいすの家の方を向いたものとやまがらの家の方を向いたものを裏表に貼り付け、みそさざいの行動と揺れ動く心情を捉えやすくし、板書でも活用していく。BGMも取り入れる。

 ■みそさざい(中に強力磁石を入れ、黒板に貼れるようにする)

(2)役割演技を取り入れた展開
 中心発問で役割演技を行う。お互いを思いながら、仲よくお誕生日会をするみそさざいとやまがらの気持ちに十分共感させたい。また、「二わのことりは、お互いのことをどんなふうに思っているのだろう。」と補助発問を行うことで、友達についてより深い対話ができるようにする。

3.本時
(1)本時のねらい

 仲よくお誕生日会をする二わのことりの気持ちを共感的に受け止め、大切な友だちとさらに仲よくし、助け合おうとする道徳的心情を育てる。
(2)展開

学習活動

主な発問

・予想される児童の反応

指導上の留意点

1.友達とは、自分にとってどういう存在か考える。

みなさんのまわりには、たくさんの友達がいますね。思い浮かべてみましょう。

・児童がこれまでの体験をもとにその時の気持ちを想起し、ねらいとする道徳的価値について意識を高められるようにする。

・一緒に遊ぶと楽しいところ
・分からないことを教えてくれる優しいところ

2.教材「二わのことり」の話を視聴する。

・みそさざいの気持ちを考えながら、聞くよう指示する。
・黒板全面をシアターとして、児童が教材の世界に入り込めるようにする。

①やまがらの家へ行こうか、うぐいすの家へ行こうか迷う、みそさざいの気持ちを考える。

山の奥のやまがらのうちへ行こうか、梅の林の中のうぐいすのうちへ行こうか迷うみそさざいの心の中はどんなだったか。

・役割演技を行い、どちらの家に行くか迷うみそさざいの気持ちを考える。
・役割交代し、どちらの気持ちも味わえるようにする。
・迷いながらも、みんなと同じくうぐいすの家へ行ったことも考える。

<うぐいすのおうちへ行きたいと思う気持ち>
・やっぱりきれいなところがいい
・やまがらさんのおうちは暗いから、うぐいすさんのおうちの方がいいな
<やまがらのおうちへ行かなくちゃと思う気持ち>
・今日はお誕生日だし、行ってあげたい
・誘ってもらったし、行こうかな

②うぐいすの家を抜け出し、急いで山の奥へ向かうみそさざいの気持ちを考える。

うぐいすのおうちを抜け出して、お山の奥の方へ向かって、急いで飛んでいくみそさざいは、どんな思いだったか。

・「時間に遅れているから早く行こう」という考えに偏った場合は、「急いでいるのは、時間のことだけが気になっているのかな。」と問うことで、やまがらのことを思って抜け出したことを思い起こせるようにする。

・さみしがっているだろうから、早く行ってあげたい
・ごめんよ、すぐに行くからね
・やっぱり友達のことが心配だ

③お誕生日会をする二わのことりの気持ちを考える。

二わでお誕生日会をするみそさざいとやまがらは、どんな気持ちになっただろうか。

<補助発問>
みそさざいはやまがらのことをどんな友達だと思っているのかな。やまがらは、みそさざいのことをどんな友達だと思っているのかな。

・二羽だけだけど、とっても楽しい
・うれしそうなやまがらさんを見ることができてぼくもうれしい
・友達といっしょにいてうれしい

3.自分と自分の大事な友達について振り返る。

友達の気持ちを考えて、何かしてあげたことや、友達に何かしてもらったときのことを発表しましょう。

・BGMを流し、じっくりと自分と友達について考えられるようにする。
・一緒に気持ちを問う。

・○さんに鉄棒を教えてもらった。できたとき一緒に喜んでくれてうれしかった。

4.「二わのことり」の話の続きを聞く。

(・友達を大事に思うってすてきだな)
(・友達が困っていたら助けたいな)

・友達とお互いに思い合い、助け合うことのすばらしさをしみじみと味わえるようにする。

(3)評価
・仲よくお誕生日会をする二わのことりの気持ちを共感的に理解することができたか。(発言)
・大事な友達とさらに仲よくし、助け合おうとする心情が育ったか。(発言・ワークシート)

(4)実際の板書

授業を終えて

 低学年においては、ペープサートによる教材提示が特に有効である。指導者の教材提示における語りに聴き入っている様子がうかがえた。また、役割演技を取り入れることで、児童は楽しみながら登場人物の心情になりきり、中心発問では多くの児童がねらいに迫ることができた。
 初めて役割演技を学習活動に取り入れる際には、「演技の上手下手は問題ではないこと」「友達の演技を茶化したり笑ったりしないこと」「友達の考えを真剣に聞くこと」などの約束について指導する必要がある。また、初めから一対一で行うのではなく、学級を二つに分けたり、二対二で行ったりするなど、同じ立場で役割演技する友達が複数いる中で行うことによって、徐々に慣れていく方法もある。学級の実態に合わせて工夫することで、児童は安心して取り組めるようになると考えられる。

学習指導要領の描く子ども観

 今、多くの人々に共有されている子ども像は、どのような経緯を経て形成されたのでしょうか。昭和22年から平成20年までの変遷を、当時の諮問、審議会答申、学習指導要領などから概観し、今回の改訂における子ども像につないでみましょう。

1.昭和22年学習指導要領(試案)

 昭和22年、日本国憲法が施行され、教育基本法や学校教育法が制定されます。戦前の教育を振り返り、6・3制や学校制度、教育の機会均等など戦後教育の基本的な枠組みが形成されます。教育の生気を取り戻すために、地域や学校の実態に応じて様々な工夫が行われます。発表された「学習指導要領(試案)」に次のような記述があります。
 「このような目標に向かって行く場合,その出発点となるのは,児童の現実の生活であり,またのびて行くのは児童みずからでなくてはならないということである(※1)。」
 子どもは自ら伸びようとする存在であり、目の前の子どもから教育を始める必要があるという「学習の主体者」としての子ども像がうかがえます。

2.昭和26年学習指導要領(試案)改訂版

 昭和22年の学習指導要領の使用状況調査、実験学校による研究などを経て、昭和26年「学習指導要領一般編(試案)改訂版」が示されます。主に道徳教育の導入、配当授業時数の比率の提示、自由研究の解消などです。子ども像については以下の記述から分かります。
 「児童・生徒は,自己の当面する環境を切り開くために,また問題を解決するために,いろいろな活動を行うようになる。すなわち,既往の知識・経験を生かし,さらに,他の知識を求めたりすることによって,環境に働きかけることになる。このような環境との相互の働きかけあいによって,他の知識は自分のものとなり,新たな経験が,自己の主体の中に再構成され,児童・生徒は成長発達していくということができる(※2)。」
 子どもは、自ら学ぶ主体的な存在であると同時に環境との相互行為によって成立するという,主体的かつ関係的な子ども像だといえるでしょう。

3.昭和33年学習指導要領

 戦後復興を果たし、生活の向上や国際社会での地位向上が国民の願いでした。教育においては、生活単元学習や経験主義に対する批判が起こり、各教科のもつ系統性を重視するなど義務教育の水準の維持向上が求められます。
 昭和33年の教育課程審議会答申の打ち出した方針は、道徳の時間の開設、国語・算数科の内容充実と時数の増加、年間授業時数の明示などです。
 昭和33年の学習指導要領では、指導上の留意事項に子ども像に関する記述を見つけることができます。「児童の興味や関心を重んじ,自主的,自発的な学習をするように導く」「児童の個人差に留意して指導し,それぞれの児童の個性や能力をできるだけ伸ばすようにする」などです(※3)。学びの主体が児童生徒であるという姿勢に変わりないようです。

4.昭和43年学習指導要領

 日本は高度経済成長期に入り、国民所得は大幅に向上します。スプートニク・ショックによる「教育内容の現代化」や地域による学力差などから基礎学力の充実が求められます。
 昭和40年の教育課程審議会への諮問では、人間形成の調和がとれた教育課程の編成、教育内容の質的向上、創造性に富み建設的意欲にみちた国民の育成などが示されます(※4)
 これを受けた昭和43年の学習指導要領では「基本的な知識や技能の習得」「健康や体力の増進」「正しい判断力や創造性」「豊かな情操や強い意志の素地を養う」「時代の進展に応ずる」などが方針となります。具体的には算数に集合を導入するなど教育内容の充実が図られ、授業時数も量的なピークを迎えます。子ども像については、昭和33年版と大きな違いは見られません。

5.昭和52年学習指導要領

 高等学校進学率は90%を超え、高学歴化が進行し、受験戦争や校内暴力が報道で取り上げられます。学習負担の適正化や「教育内容をしっかり身につけさせるともに,ゆとりのあるしかも充実したものとすること」(※5)などが教育の課題となっていきます。
 昭和51年の教育課程審議会答申には、「人間性豊かな児童生徒を育てること」「自ら考える力を養い創造的な知性と技能を育てること」(※6)などの文言が登場します。子ども像としては、自ら能力を発揮する存在であることが強調されています。
 昭和52年の学習指導要領では、各教科等の指導内容の精選、集約化、内容の整理統合などが行われますが、最も注目されたのは標準授業時数の削減でした。例えば小学校の5・6年生の総授業数は1,085時間から1,015時間、中学校の1・2年生は1,190時間から1,050時間に減少します。

6.平成元年学習指導要領

 社会の変化は進み、科学技術や経済の進歩だけでなく、情報化、国際化、高齢化、価値観の多様化などの現象が広がり始めます。臨時教育審議会は「個性重視の原則」「生涯学習体系への移行」「変化への対応」を提言し(※7)、教育課程審議会は、「豊かな心をもち,たくましく生きる人間の育成」「自ら学ぶ意欲と社会の変化に主体的に対応できる能力の育成(※8)」などを提言します。
 平成元年の学習指導要領の改訂では、自ら学ぶ意欲と社会の変化に主体的に対応できる能力の育成が重視され、基礎的・基本的な内容の指導の徹底し、個性を生かす教育の充実などが目指されます。具体的には、生活科の新設、思考力、判断力、表現力の育成などです。当時の子ども像がうかがえる文章は下記です。
 「これからの教育においては,児童生徒一人一人は様々な可能性を内に秘め,よりよく生きたいという願いをもち,その可能性を発揮して豊かな自己実現を目指しているという観点に立って,児童生徒の特性をとらえることが大切である(※9)
 子どもは単なる知識や技能を詰め込む箱ではなく、生涯にわたって自らの資質や能力で学び続ける力をもった存在だということでしょう。

7.平成10年学習指導要領

 ベルリンの壁は崩壊し、バブル崩壊によって景気が後退し、日本は政治、経済の面から変革期を迎えます。教育においては、いじめの深刻化、少子高齢化、環境破壊などが問題になります。
 平成8年の中央教育審議会答申では、ゆとりの中で「生きる力」を育むことを重視する提言が行われます。「生きる力」とは、「いかに社会が変化しようと,自分で課題を見つけ,自ら学び,自ら考え,主体的に判断し,行動し,よりよく問題を解決する資質や能力」「自らを律しつつ,他人とともに協調し,他人を思いやる心や感動する心などの豊かな人間性」「たくましく生きるための健康や体力」です(※10)
 平成10年の学習指導要領の改訂は、完全週5日制の円滑な実施、年間総授業時数の削減、総合的な学習の時間を導入などが行われます。学習指導要領総則には「自ら学び自ら考える力の育成」「基礎的・基本的な内容の確実な定着」「個性を生かす教育の充実」などが示されます。子ども像は、自ら学び主体的に問題解決や探究活動に取り組む姿として明示され、この考え方は、その後ますます重要となっていきます。

8.平成20年学習指導要領

 しかし、平成10年の改訂は、すぐに「ゆとり」批判を受けることになります(※11)。特に、平成15年PISA調査の順位が下降すると、学力論争は燃え上がり、百ます計算ブームが起きます。平成15年に、発展的な内容を指導可能にする一部改正が行われますが、教育をめぐる状況は混沌としていました。
 平成20年改訂は、その解決を目指しました。学校教育法に示された学力の三要素「知識及び技能」「思考力・判断力・表現力等」「主体的に学習に取り組む態度」を重視し、「生きる力」の育成にも変化はないと明言します。各教科等の目標や内容は、資質や能力の観点から見直されます。習得・活用・探究という学びのプロセス、言語活動の充実などが重視されます。総授業時数も増加に転じます。結果的に学力論争は終結します。
 子ども像は、「生きる力」の子ども観を引き継ぐものでしたが、「自己との対話を重ねつつ,他者や社会,自然や環境と共に生きる,積極的な『開かれた個』(※12)」という関係的な概念が示されます。

 

 昭和22年から平成20年までを概観したとき、子ども観自体に大きな変更はないことがわかります。昭和20年代に提示された子ども像は現在と比べても遜色ありません。その後、主体的な子ども像を引き継ぎつつ、平成に入ると生涯学習的な視点を加え、自ら学び続ける姿として描かれます。そして今回、未来や社会の創り手としての視点が加えられた子ども像に発展します。平成29年の学習指導要領の前文にはこう述べられています。
 「(前略)一人一人の児童が,自分のよさや可能性を認識するとともに,あらゆる他者を価値ある存在として尊重し,多様な人々と協働しながら社会的変化を乗り越え,豊かな人生を切り拓き,持続可能な社会の創り手となることができるようになることが求められる。」
 「不易と流行」という言葉からすれば、日本の学習指導要領が一貫して示し続けてきたこの子ども像こそが戦後教育における最大の「不易」だといえるのではないでしょうか。

 

※1:文部省「第二章 児童の生活」『学習指導要領一般編(試案)』昭和22年
※2:文部省「Ⅲ 学校における教育課程の構成」『学習指導要領一般編(試案)改訂版』昭和26年
※3:文部省「第2 指導計画作成及び指導の一般方針」『学習指導要領総則』昭和33年
※4:昭和40年の諮問「小学校・中学校の教育課程の改善について」における初等中等教育局長の諮問事項説明。出典は文部科学省初等中等教育局教育課程課『学習指導要領の改善に係る答申一覧』平成21年 ※一般に入手することは難しい
※5:昭和48年諮問「小学校、中学校及び高等学校の教育課程の基準の改善について」の文部科学大臣挨拶から。出典は上記註4
※6:教育課程審議会答申『小学校、中学校及び高等学校の教育課程の基準の改善について』昭和51年
※7:昭和62年8月の臨時教育審議会「教育改革に関する第4次答申(最終答申)」。臨時教育審議会は中曽根康弘首相の直属の諮問機関。
※8:教育課程審議会「幼稚園、小学校、中学校及び高等学校の教育課程の基準の改善について(答申)」昭和62年
※9:小学校及び中学校の指導要録の改善に関する調査研究協力者会議『小学校及び中学校の指導要録の改善について(審議のまとめ)』平成3年
※10:教育課程審議会『幼稚園、小学校、中学校、高等学校、盲学校、聾学校及び養護学校の教育課程の基準の改善について(答申)』平成10年
※11:代表的なのは「小学校算数では円周率を3として教えている」という言説である。算数科の学習指導要領で円周率はずっと3.14のままである。3を用いるのは概数概算においてだけであり、限定的な指示であった。しかし、その指示のみを取り上げて人々は「円周率が3」だと思い込み、学力が下がると喧伝した。
※12:中央教育審議会「幼稚園、小学校、中学校及び高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について(答申)」平成20年

残像

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 ポーランドの映画監督、アンジェイ・ワイダは、昨年の10月9日に亡くなった。90歳だった。かつて、「地下水道」、「灰とダイヤモンド」、「夜の終りに」、「約束の土地」、「大理石の男」、「鉄の男」、「コルチャック先生」、「カティンの森」、「ワレサ 連帯の男」などなど、ポーランド一国に限らず、世界の映画の歴史に残る傑作を数多く撮った監督である。
 人間の尊厳や自由を踏みにじる権力、政治体制に、徹底的に闘った作家と思う。その遺作「残像」(アルバトロス・フィルム配給)が、このほど公開となる。
 映画は、実在した前衛画家、ヴワディスワフ・ストゥシェミンスキの晩年の数年を描く。第二次世界大戦後のポーランド。スターリンの強大な影響力のなか、ポーランドのウッチ造形大学で教えているストゥシェミンスキは、独自の前衛的な絵画を制作し、学生たちに慕われている。当時のポーランドは、芸術にまで、社会主義のリアリズムを要求する。ストゥシェミンスキは、真っ向から反対する。

©2016 Akson Studio Sp. z o.o, Telewizja Polska S.A, EC 1 – Łódz Miasto Kultury, Narodowy Instytut Audiowizualny, Festiwal Filmowy Camerimage-Fundacja Tumult All Rights Reserved.

 ストゥシェミンスキは、第一次世界大戦に従軍し、片手片足を無くしている。屋外での講義では、小高い丘の上から、体ごと転げ落ちるように下る。学生もまた、ストゥシェミンスキの真似をする。このシーンだけでも、ストゥシェミンスキが、いかに学生に慕われているかが、よく分かる。
 象徴的なシーンがある。ストゥシェミンスキが自宅で絵を描いている。突如、窓が赤く染まる。スターリンの肖像が描かれた、赤い大きな旗は、アパートのすべての窓を覆うくらいの大きさである。まるで、権力の横暴そのもの。
 大学は政府の意向を受け入れる。役所までが、「芸術は政治の理念を反映するものでなければならない」と言ってくる。ストゥシェミンスキはいっさい、妥協しない。独自の道を選んだストゥシェミンスキは、やがて政府から、多大の迫害を受けることになる。
 骨太で、格調ある映画である。決して、難解な映画ではない。晩年のワイダ作品は、熟成されたワインのようななめらかさ、やわらかさに満ちている。
 タイトルの「残像」とは、映画の冒頭で、ストゥシェミンスキが学生たちに語る言葉から採られている。「残像とは、ものを見たときに目の中に残る色のこと。人は認識したものしか見ていない」。
 多くの、優れた映画を残したアンジェイ・ワイダの、これはまさに遺書、遺言ともいうべき映画だろう。

©2016 Akson Studio Sp. z o.o, Telewizja Polska S.A, EC 1 – Łódz Miasto Kultury, Narodowy Instytut Audiowizualny, Festiwal Filmowy Camerimage-Fundacja Tumult All Rights Reserved.

 時代はいつだって、どこだって、権力者にとって、都合のいいことばかりがまかり通る。民主主義で、自由に発言できる日本ではあるが、このところ、おかしくなり始めている。大きなメディアは、権力の横暴、身勝手さを、きちんと報道しない。自由に言いたいことが言えないような法律が出来つつある。こういうことを書くこと自体、捜査や取り締まりの対象になる時代がくるかも知れない。冗談ではない。
 いくら、権力が横暴をふるい、迫害を加わえようとしても、人間としての尊厳、誇りをもって、立ち向かうべきだろう。日本でも、一部の優秀な官僚たちが、ようやく、内部告発を始めようとしている。いまの権力の暴走、私物化をよく見ると、当然の動きと思う。
 映画の資料に、アンジェイ・ワイダ監督の言葉がある。「…一人の人間がどのように国家機構に抵抗するのか。表現の自由を得るためには、どれだけの対価を払わなければならないのか。全体主義国家で個人はどのような選択を迫られるのか。これは過去の問題と思われていましたが、今もゆっくりと私たちを苦しめ始めています…」。
 映画「残像」は、まるで、いまの日本を描いているかのようである。まだ、学校に通っている若い世代に、ぜひ見てほしい一本。

2017年6月10日(土)より、岩波ホールico_linkほか全国順次ロードショー

■『残像』

監督:アンジェイ・ワイダ
脚本:アンジェイ・ワイダ、アンジェイ・ムラルチク
撮影:パヴェウ・エデルマン
出演:ボグスワフ・リンダ、ゾフィア・ヴィフワチ
2016年/ポーランド/ポーランド語/99分/カラー/シネスコ/5.1ch/DCP/原題:Powidoki/英題:Afterimage
後援:ポーランド広報文化センター
提供:ニューセレクト
配給:アルバトロス・フィルム
宣伝:テレザ、ポイント・セット