「西郷どん」とは何者か 1 ―西郷隆盛は最後酒宴(さいごうさかもり)?―

西郷隆盛<国立国会図書館ウェブサイトから転載>

 NHKの大河ドラマ「西郷どん」は、明治150年のイベントにあわせ、西郷隆盛を女の目線で描いた作品のようです。このドラマは、時代を奔り行く西郷隆盛とその周りに群がり集う人々を通し、明治150年とは何かを問いかけようとしているのでしょうか。ドラマの西郷とそこに集う若き群れは何とも軽薄で、時代の空気がドラマから漂ってこないのはいかがなものかとの感のみ募りますが。
 それは、何も「西郷どん」のみではなく、近年のTVの歴史ものに広くみられることですが。それはさておき、主人公の西郷隆盛とは何者なのでしょうか。西郷は、歴史上の人物として、日本国民にとり最も人気の高い尊敬さるべき人物です。そこで、ドラマが描こうとする「西郷どん」につきあうためにも、西郷隆盛とは何者であったかを時代人心に位置付けて読み解き、明治150年という言説に託された世界とは何かを考えることとします。

西郷の死はどのように受け止められたのか

 1877年(明治10)2月に創刊された「団団珍聞(まるまるちんぶん)」は、社説を「茶説」と洒落のめして天下国家の相貌を論じているように、強権的秩序が貫徹していく時代社会の闇をユーモア、ブラックユーモアで撃ち続けたジャーナリズムです。西郷隆盛が1月30日に政府問責の旗を掲げて鹿児島で挙兵、その翌2月に創刊された「団団珍聞」は、西南戦争をみつめており、9月24日に「新政厚徳」をかかげた西郷が城山で自刃した一件を「雑報」(明治10年9月15日)で辛辣な筆致で描き出しています。

○新政厚徳の大将はおひおひ軍(いくさ)の勝利なきによつてくそやけとなり常に大酒宴(おおさかもり)を催しこんな替歌を作てうたひます

わーが身でさァ変たものは。むかし忠臣今逆臣よ。軍むづかし。いや気の士族。きまらなへぞへ。むやみに死ぬ気。

ある人が何ぼ何でも大勢の味方が討死の中で酒宴とは其意を得ずとまじめで諫めたらおれはモオ遠からず死ぬ気だから酒をのむといひますから夫(それ)はどういふわけだと聞ましたら最後酒宴(さいごうさかもり)だからといひましたとさ

 西郷隆盛は、城山自刃をやけくそになっての「大酒宴」、「最後酒宴」の結末だと。西郷隆盛を「最後酒宴さいごうさかもり」にかさねて表記した思いには西郷の挙兵に対する民の怨嗟が投影されています。

西郷碑文にこめられる西郷「戦生」像

 西郷の死を「顕彰」した碑文は、「鎮西狂賊兵強大権衰之馬鹿(ちんぜいきょうぞくへいごうだいけんすいのばか)」だとなし、その生涯を漢文で認めています。西郷軍は鎮西の「狂賊」であり、「兵強」を指揮する大元帥は「大権衰(だいげんすい)」だと、大権の衰退に気づかぬ「馬鹿」だとなじっています。この揶揄には兵火に巻き込まれた民の怒りが読み込まれています。
 その生涯は、漢文で認められておりますが、読み下して紹介します。

戦生(せんせい)は「窮醜殺魔人(きゅうしゅうさつま)」の人なり。壮にして王家の衰退を慨し。僧某<月照>とことを謀りてならず。ついに相たずさえて身を魚腹に投じ。魚者のためにすくわるところ。僧某すでに死して戦生独蘇せり、しかして初心たゆまず。ますます王事に心を焦がし。しばしば鋒鏑の間に出入りし天日を既傾に回し。

と、「西郷先生」は、戦いに生きた「戦生(せんせい)」だとなし、九州薩摩人を「醜」窮める「殺魔(さつま)」人の生涯だとして、月照との投身自殺、王事への奔走と維新功業なって「功勲卓絶。位正三位に居り。官大将大元帥を辱なう」した後、「冠をかけて故里に帰り。南陽に躬耕し梁父を吟す。気宇恢弘。志操清廉。天下皆な其賢を称す」。故地薩摩に暮らす西郷の心事は、諸葛孔明が泰山の麓にある丘「梁父(りょうぼ)」にまつわる故事、「梁父吟」に託して描かれています。
 その西郷が「今茲(ことし)迷痴(めいじ明治)10年2月大に兇徒を駆卒して。以て士民を殺し、自ら僭して鎮西狂賊兵強大権衰と号す、其の非業の国の沈滞を攻め」、日夜の戦闘となったが「衆寡敵せず、兵士死に尽し、兵糧食い竭し」て敗走、「無念の魂魄すでに星となる。似寄の胴殻有といえども。肝心の雁首紛失せり、戦生昔勤王をもって始まり。今叛逆をもって終る。能く首を匿して郤を見はすとは(あたまかくしてしりかくさず)、おちこちこれを言うか哀しいかな。銘に曰く」

賊名籍世。臭気掩鼻。晦迹尻山。最後如屁(賊名世にしき、臭気鼻をおおう。迹を尻の山にくらまし。最後屁のごとし)

 明治10年は「迷痴10年」だと、西郷軍団は迷い集うた痴者の群れ、「兇徒」にほかならず、「狂賊」だとみなし、西郷の「迷痴」がもたらしたものとみなされたのです。この記事には、薩摩人の決起をして、あの陸軍大将西郷隆盛の迷走とみなすことでしか理解できなかった思いがあり、サビのきいた戯文にこめることでしか吐露できない時代人心の屈折した声がたくされているのではないでしょうか。
 かくまで呪詛された西郷とは何者なのでしょうか。ここに紹介した「団団珍聞」が報じた西郷と西南戦争の記事は、「西郷伝説」として語られてきた西郷隆盛をして、戦火に翻弄された同時代人の目にどのようにみられていたかをかいまみせてくれましょう。国民的な人気の高い西郷隆盛とは、「戦生」なる称号で祀られていますように、時代の幻想を託されて生きたわけで、日本国民の心に何を埋め込んできたのでしょうか。大河ドラマの展開はどうであれ、西郷隆盛にいましばらく付き合っていくこととします。

【新連載スタート】はじめに──PBLへの誘い

1.アクティブ・ラーニングとは……

図1 アクティブ・ラーニングの概念(山地2014)

 学習指導要領の改訂でアクティブ・ラーニングが、にわかに注目を浴びていることはご存じのことと思います。しかしアクティブ・ラーニングの学校現場での解釈は様々で、「こんなことができるわけない」という先生から、「これまでのやり方で十分」という先生まで、その受け止め方も両極にまたがっています。前長崎大学教育イノベーションセンター教授の山地弘起氏(2014)は「アクティブ・ラーニングとは何か」で、右図のように、「振り返りシート」や「ミニテスト」から、「プロジェクト学習」まできわめて幅広い概念であるとしています。これを見ただけで、どこに注目するかによって解釈は千差万別となるわけです。
 学習指導要領の中で、アクティブ・ラーニングは「主体的・対話的で深い学び」を実現する学習方法として登場しました。逆に言えばこれまでの学びは「他人事・自己中心的で浅い学び」だったということになり、これはこれまでの大学受験制度に見られる「知識の暗記・再生」のアンチテーゼとして位置づけられている点に注意しなければなりません。すなわち「知識の暗記・再生」と「主体的・対話的で深い学び」の間には根本的な矛盾があるということ、そして後者は学校改革を含意しているということです。
 私は、あえて「アクティブ・ラーニング」という広い括りではなく、その中でも最も活動の範囲が広く構造の自由度の高いプロジェクト学習、もしくはPBLを取り上げ、子どもや若者達の学びを述べていきたいと思います。正確に言うとPBLは異なる学習方法、すなわちゴールを定めてそれを実現する方法を考えていくプロジェクト学習(Project-Based Learning)と、問題解決の方法を協働的に探っていく問題基盤型学習(Problem-Based Learning)の二種類があり、理論的には明確に区別されています。が、両者が重なる点も多いのでとりあえずPBL(プロジェクト学習)として総称させてもらおうと思います。

2.プロジェクト学習(PBL)との出会い

 さて、私はそもそもPBLの研究者ではありませんし、PBLとして意識して実践を始めたのは東日本大震災と、それに伴う東京電力福島第一原子力発電所事故後に関わって取り組むようになってからのことです。
 もともと私は中学校の美術の教員でした。私が教員になった1980年代は校内暴力の嵐が吹き荒れていた時代で、赴任した学校もかなりハードに荒れていました。教科教育の方法論だけでは全く授業が成立せず、生活指導や学校づくりの両面から進めていく必要がありました。大震災後の混乱した状況下、避難してきた子どもたちをサポートしていく上でこうした幅広い考え方はとても有効に働きました。避難所や仮設住宅の子どもたちの状況は常に変化していきます。その変化に合わせて、あるいは先を読んで計画を立てていかなければならないからです。

図2 OECD東北スクールの最終ゴール、パリでのイベントの様子

 そのような中、突如、世界最大のシンクタンクと言われるOECD(経済協力開発機構)から、「東北の震災復興に協力をしたい、大学として協力してもらえないか」という打診を受け、何が何だかわからないままに、「OECD東北スクール」という国際プロジェクトの統括責任者を引き受けることになってしまいました。PBLを通して、東北の高校生達に様々な活動を積み重ねさせ、震災復興に留まらず21世紀を力強く切り拓いていく力を身に付けさせるという、これまでの私の経験をはるかに超えるプロジェクトでした。約3年間というもの、職業が変わるほどこのプロジェクトに巻き込まれていくことになり、結果的にこの成果が新しい学習指導要領の改訂に影響を与えることとなり、私自身の人生も大きく変えることになります。

図3 地方創生イノベーションスクール2030で、地方創生について議論する中高生達

 このプロジェクトはやがて全国規模のプロジェクトにその趣旨は引き継がれ、「地方創生イノベーションスクール2030」という形をとって現在も進行しています。このような現状も報告しながら、PBLを通したアクティブ・ラーニングの輪郭線を具体的に描き出し、学校改革の可能性に結びつけていきたいと思います。

道徳ことはじめ 第10号(学年共通)

今回のテーマは、「評価をどのようにやっていけばいいのか」についてです!

日頃の道徳科の授業の中で評価をどのようにしていけばいいのでしょうか?

前号の「道徳科の評価の目的」「評価の基本方針」を復習してから、考えていきましょう。

「道徳科の評価の目的」

 授業のねらいに即して、児童の「学習状況」や「成長の様子」を把握し、それを児童に確かめさせたり、それをもとに教師自らの指導を評価したりして、結果的に指導方法の改善に努めることが目的である。

「易しく、深く、面白い 道徳科学習指導案作成入門」(後藤忠先生著)より引用

◇評価の基本方針
数値による評価は行わず、記述式であること。
・相対評価はせず、個人内評価であること。
・個々の内容項目ごとの評価ではないこと。

上記の下線部分を考えても、まずは継続的に児童の実態を把握することが一番重要になってきます。また、評価は記述式であることから、子どもの成長を具体的に把握していないと記述するのは難しいことが分かります。

 平成28年度に私は、通信簿の各学期の所見欄に児童一人一人の「道徳の時間の様子」を書きました。1学期は何とか書けるのですが、毎学期となるとかなり苦戦しました。そこで思ったことが3つあります。
 1つは、ねらいをしっかりもって授業をすることです。そうしないと、授業そのものが迷走となり、評価どころの問題ではなくなってしまうことがありました。
 2つ目は、振り返りでのワークシートをファイリングしておくことです。これはとても有効です。しかし、毎時間書かせることができない場合もありました。→道徳ノートの活用が効果的です。(別掲)
 3つ目は、児童の実態を常につかむ努力をすることです。このことは評価する上で最も重要ですが、授業の展開を考える上も、とても大切です。
 4つ目は、1時間の中で全員の評価を行うことは無理だと理解しておくことです。評価の基本方針に「個々の内容項目ごとの評価ではないこと」とあります。1時間の中で着目して見ていく児童3~4人を決め、1年間の中で全員の評価が複数回できるようにしていく工夫をすればよいと考えます。

児童の実態をつかむにはどうしたらよいかを考えてみましょう。

 平成28年度の反省を踏まえ、私が今実践していることを紹介します。年間指導計画をもとに1学期に行う「内容項目」についてアンケートをとりました。

☆これは、ありのままの自分をみつめてみるシートです。今の素直な気持ちを書いてください。
【例】
①時間を守って生活できるほうですか?
自信をもってハイ! どちらかというとそうなかなかできない
②係や委員会の仕事はどんな気持ちでやっていますか?(記述させるスペース)

ここには、5年生の修了式に「こんな自分になっていたい」と思うことを自由に書かせました。

 このアンケートは道徳的諸価値の理解(価値理解、人間理解)に関する実態把握のためのものです。自分に甘い子や厳しい子がいるので、回答は「目安」としてみています。回答は、3択か4択にし、○をつけるものと、内容項目によっては、記述式にしてあるものがあります。この回答は、名簿等を活用し、一覧にしておくと、授業を作る上でも、とても役に立ちます。このアンケートをもとに、授業で意図的に指名したり、児童の発言や表情に特に注目したりすることでその児童の道徳的諸価値の理解の把握に生かすことができます。

自己を見つめるワークシートや道徳ノートの活用も評価に有効です!

 道徳科の授業があった日に自己を見つめるワークシートとは別に、道徳ノートの記入の宿題を出しています。私が使っている道徳ノートは、1回分が5行程度の罫線を引いた枠の中に、その日の道徳の授業について思ったこと、感じたこと、考えたことを自由に書かせています。そこには教材についての思いや主題に対して思ったこと、授業の時の気持ちなどが書いていて、子どもの素直な思いを知ることができます。

では、「学習状況」や「成長の様子」をどのように書けばよいか、参考文例を見てみましょう。

参考:「易しく、深く、面白い 道徳科学習指導案作成入門」(後藤忠先生著)

◇評価の観点
(1)道徳的諸価値の理解(価値理解、人間理解、他者理解)に関して
【学習状況の評価……1年生 A節度・節制「かぼちゃのつる」】
・まわりの人がどんな気持ちで注意をしているか、友達の考えを聞いて、「そうか」とつぶやいた。自分の考えを広げ、価値の理解を深めることができた。
指導要録等の記入例(「成長の様子」の評価)
・友達の考えに頷いたり、つぶやいたりする姿が多くなり、価値についての理解を深められるようになった。

(2)自己を見つめるに関して
【学習状況の評価……5年生 B友情・信頼「友のしょうぞう画」】
・「ぼくは、友達の気持ちを深く考えないで『たぶん、こうだろう。』と勝手に思ってしまうところがある。」と主人公に自我関与して考えることができた。
指導要録等の記入例(「成長の様子」の評価)
・登場人物に自我関与して、自分の関わりで考え、自分自身の今までの行動について振り返り、自己を見つめることができた。

(3)物事を多面的・多角的に考えるに関して
【学習状況の評価……5年生 A正直 誠実「手品師」】
・手品師が友達の電話が来て、「大劇場に行くか」「男の子との約束を守るか」で迷っている場面で、手品師は、男の子との約束を守ると考えたが、他の児童の「夢だった大劇場に行く」という意見にも耳を傾け、真剣に考えていた。
指導要録等の記入例(「成長の様子」の評価)
・判断の根拠は人によって違うことに気付くなど、多面的・多角的に考えるよさを感じていた。

(4)自己の生き方についての考えを深めるに関して
【学習状況の評価……3年生 C家族愛、家庭生活の充実「ブラッドレーの請求書」】
・「今までは面倒だなと思って家の仕事をしていたが、これからは大好きな家族のためにと思って仕事をしていきたい。」と自己の生き方についての考えを深めていた。
指導要録等の記入例(「成長の様子」の評価)
・登場人物に自我関与して、今までの自分を振り返って考えていく中で、自己の生き方について考えを深めていた。

(5)授業への関心・意欲・態度に関して
指導要録等の記入例(「成長の様子」の評価)
・友達の考えに真剣に耳を傾け、自分にはない考え方に出会う学習を楽しみにする姿があった。

(6)学習課題に対する思考・判断・表現に関して
指導要録等の記入例(「成長の様子」の評価)
・友達の話をよく聞き、共感するとうなずく姿が多く見られた。対話的な学びの中で価値についての理解を深めていた。

道徳ことはじめ 第9号(学年共通)

今回のテーマは、「評価をどうするの?」についてです!

いよいよ、平成30年度から、「特別の教科 道徳」は本格的にスタートしますが、評価はどうしたらいいのでしょうか?

こういう質問をたくさん受けるようになりました。
とにかく、「評価」するには、「授業」をきちんとする必要性があります。
道徳科の評価は、児童の人格形成に大きくかかわってきます。評価の方法や記述のことも心配ですが、まず、評価をするのに値する魅力ある授業をしていくことが大切です。

まず、「評価」とは何か、そして、「道徳教育における評価」とは何かを考えていきましょう。

 「教育における評価は常に指導に生かされ、結果的に児童の成長につながるものでなければならない」というのが 教育のすべてに共通する評価の意義 です。

道徳教育における評価の意義 ……児童の人格形成にかかわる重要な評価

 道徳教育の評価は、教師が児童を共感的に理解し、児童の人格形成を見守り、児童自身が自己のよりよい生き方を求めていく努力を認め、それを勇気付け、伸ばすところにその意義がある。

「易しく、深く、面白い 道徳科学習指導案作成入門」(後藤忠先生著)P.20より引用

では、「道徳科の評価の目的」は……?

 授業のねらいに即して、児童の「学習状況」や「成長の様子」を把握し、それを児童に確かめさせたり、それをもとに教師自らの指導を評価したりして、結果的に指導方法の改善に努めることが目的である。

前掲書より引用

以上のようなことを考えると、今まで以上に、担任が、児童の実態をしっかり把握したうえで、授業のねらいを立て、児童の実態に合った教材を選び、授業を展開することが重要になってくると考えます。

道徳科における児童の実態把握となると、いろいろ難しいと思うのですが……。

「教育は児童理解に始まり、児童理解に終わる」……児童理解に終わりはない

 児童理解は目に見える表面的な理解にとどまるものではありません。(中略)
とりわけ道徳教育は児童の人間的な成長に関与し、それを伸長するために行う重要な教育です。したがって、児童理解には極めて慎重で謙虚な態度が求められます。

前掲書P.6より引用

 心の中は、見えません。また、自分の心の中を見せないこともできるし、自分の心をごまかして繕うこともできます。また、自分ではそう思っていなくても、先生が期待しているような答えを言うこともあります。また、いろいろな思いがあっても、人前で話すことや、自分の思いを言葉に表すのが苦手で、なかなか人に伝えるのも難しい児童もいます。
 よって、道徳科の授業の中で、「たくさん発言している」=「よく考えている」とも一概には言えないし、「挙手をぜんぜんしない」=「何も考えていない」とも言えないのです。

表面的な児童の態度で、教師が勝手に早合点して、児童を理解したと思ってはだめですね。一人一人の児童の姿を道徳科の時間だけで評価するのではなく、常によく実態を把握して理解することが大切ですね。

 ですから、評価に当たっては、評価のための評価にならないことに留意し、計画性をもって無理のない評価をコツコツと重ね、 評価材を蓄積していくことが大事 です。

◇評価の基本方針
・数値による評価は行わず、記述式であること。
・相対評価はせず、個人内評価であること。
・個々の内容項目ごとの評価ではないこと。

◇評価の観点(「学習状況」や「成長の様子」)
(1)道徳的諸価値の理解(価値理解、人間理解、他者理解)
(2)自己を見つめる
(3)物事を多面的・多角的に考える
(4)自己の生き方についての考え
(5)授業への関心・意欲・態度
(6)学習課題に対する思考・判断・表現

◇評価方法
学習態度の観察、質問紙等への記述内容、発言内容 など

*具体的かつ継続的に実態の把握に努めることが大切

私も今年は、さらに児童理解を深め、児童の実態をしっかり把握して授業をしていこうと思っています。評価についても工夫しながらやっていきたいと思っています。
次号は、評価の仕方、評価例なども紹介できたらと思っています。

道徳ことはじめ 第8号(学年共通)

今回のテーマ①は、「道徳に対する保護者の関心」についてです!

いよいよ、平成30年度から、「特別の教科 道徳」として、本格的にスタートしますが、保護者はどのくらい関心があるのかしら?

道徳授業地区公開講座には、どのくらい保護者の方は参加していますか?
学校によって差はあるかと思いますが、本校では、授業参観だけでなく、講演会や協議会への参加も増えてきています。
カンコー学生服のサイトで下記のような結果が出ています。(2015年度)

今回の改正は、いじめの問題への対応の充実や発達の段階をより一層踏まえた体系的なものとする観点から内容の改善をしているので、保護者の関心はだんだん増えてくると思われます。

学校だけが道徳教育を充実させていっても、その場限りになってしまいます。学校で行っている道徳教育を家庭にもどんどん発信していくことが大切になってくると思われます。
学級通信などで授業の様子をお知らせしたり、学年だよりにその月にやる道徳の教材の概略を載せておいたりしておくのもいいかなと思います。

今回のテーマ②は、「地域教材を作ってみませんか」についてです!

地域教材を使って、道徳で「伝統と文化の尊重、国や郷土を愛する態度」(郷土愛)の内容項目で授業をしてみてはいかがですか。

 児童の身近なものを教材として使うことにより、児童は考えやすくなり、考えを深めることができたりします。私は学区内の和菓子屋さんの方と何気ない会話の中から、「これ、使える!」と思って、取材をして作りました。作ったのを見ていただき、了承を得て、授業をしました。

今回のテーマ③は、「おすすめの教材」についてです!

「おすすめの教材は、ありませんか?」と聞かれることがあります。下記の教材を紹介します。参考にしてください。

【低学年】
・かぼちゃのつる  A【節度、節制】
・きつねとぶどう  C【家族愛、家庭生活の充実】
・ゆっきとやっち  B【友情、信頼】
・ハムスターの赤ちゃん  D【生命の尊さ】
・にわのことり  B【友情、信頼】
・がんばれ車椅子のうさぎ ぴょんた  D【自然愛護】
・金色のクレヨン  A【正直、誠実】
・およげないりすさん  B【友情、信頼】
・こころはっぱ  B【友情、信頼】
・ぽんたとかんた  A【善悪の判断、自律、自由と責任】
・はしのうえのおおかみ  B【親切、思いやり】
・グミの木とことり  B【親切、思いやり】
・黄色いベンチ  C【規則の尊重】
・こぐまのラッパ  A【希望と勇気、努力と強い意志】

【中学年】
・たまちゃん、だいすき  B【友情、信頼】
・窓ガラスと魚  A【正直、誠実】
・新次の将棋  A【正直、誠実】
・雨のバス停留所で  C【規則の尊重】
・ひきがえるとロバ  D【生命の尊さ】
・花さき山  D【感動、畏敬の念】
・絵はがきと切手  B【友情、信頼】
・よわむし太郎  A【希望と勇気、努力と強い意志】
・ことばのまほう  B【礼儀】
・いのりの手  B【友情、信頼】
・貝がら  B【友情、信頼】
・人間愛の金メダル  C【生命の尊さ】
・木の中にバットが見える  C【勤労】
・いのちの祭り  D【生命の尊さ】
・リフティング100回  A【個性の伸長】
・ぼくの生まれた日  C【家族愛、家庭生活の充実】

【高学年】
・くずれ落ちた段ボール箱  B【親切、思いやり】
・銀のしょく台  B【相互理解、寛容】
・友の肖像画  B【友情、信頼】
・どこかでだれかが見ていてくれる  C【集団生活の充実】
・手品師  A【正直、誠実】
・先着順採用  C【公正、公平、社会正義】
・ぼくのお姉さん  C【家族愛、家庭生活の充実】
・ぼくの名前よんで  C【家族愛、家庭生活の充実】
・青の洞門  B【相互理解、寛容】
・見送られた二十球  A【正直、誠実】
・ほんとうのことだから  A【善悪の判断、自律、自由と責任】
・襟裳岬の春  C【伝統と文化の尊重、国や郷土を愛する態度】
・うばわれた自由  A【善悪の判断、自律、自由と責任】
・江戸しぐさ  B【礼儀】

 ないた赤おに  B【友情、信頼】は、学年を問わず使えると思います。

 上記は、読み物教材です。NHK「道徳ドキュメント」などで探していただくと結構いいものがあります。6年生におすすめなのは、「あやちゃんの卒業式」B【友情、信頼】です。

他にも、絵本、新聞記事など、教材となるものがたくさんあります。ぜひ、「これは!」と思ったものでやってみてくださいね。

道徳ことはじめ 第7号(学年共通)

今回のテーマは、「道徳って難しい?」についてです!

「特別の教科 道徳」の完全実施(小学校平成30年度、中学校平成31年度)も目前!!
どうしよう……。道徳は難しくて分からないわ。不安がいっぱい。

つい、難しいと感じてしまうことで、立ち止まってしまう。

無理もないです!
週に1時間の学習になります。年間35時間(1年生は34時間)しか、ありません。国語科や算数科などは学年にもよりますが、100時間を超えます。それでも、「国語科や算数科は簡単だ!」とはなりませんね。
答えが1つではない道徳では、多様な意見を出させ、話合いをしながらねらいにせまっていくので、予想以外の発言が出てくると困ってしまうことは多いですね。

まだまだ分かっていないのに、考える道徳、議論する道徳、問題解決的な学習、体験的な学習など次から次へ……ついていけない。

ここで、重要なのは、「何を」「何のために」ということが大切になってきます。
ここを見失ってしまうと、「ただ、やっているだけ」の授業になり、心を育てる時間ではなくなり、目的があいまいな時間になってしまう危険があります。

【考える道徳とは……】

 よりよく生きるための基盤となる道徳性を養うため、道徳的諸価値についての理解を基に、自己を見つめ物事を多面的・多角的に考え自分の生き方についての考えを深める学習を通して、道徳的判断力、心情、実践意欲と態度を育てる。

(「特別の教科 道徳」の「第1 目標」から)

自己を見つめさせ、自分の生き方について考えさせる

「道徳的な課題」を児童一人一人が自分自身の問題として考え向き合うようにさせる。

POINT! 「教材を」「自分自身を見つめさせるために」使います!
(何を)    (何のために)     

POINT!
「教材を」(何を)
「自分自身を見つめさせるために」(何のために)
使います!

 児童の経験や体験は、一人一人違います。したがって、道徳科の時間にねらいである道徳的諸価値について皆が共通に考え合うには、同じ教材という土俵が必要になります。また、同時に教材は児童の心を映し出す鏡となり、児童は教材の主人公などに自我関与をしながら、自分自身の問題を考えているわけです。

【議論する道徳とは……】

POINT! 「物事を多面的・多角的に考えるために」「話合いを」します!
    (何のために)        (何を)

POINT!
「物事を多面的・多角的に考えるために」(何のために)
「話合いを」(何を)
します!

 物事を多面的に多角的に考えるには、児童一人一人が多様に考えることが必要となります。多様な意見をださせるためには、安心して意見を出させる環境(学級経営)が必要になります。また、「議論」が「討論」になってしまっては、せっかく児童が発言した意見をつぶし合うようなことになったり、影響力の強い子だけの意見で話合いが進んだりするようなことになれば、多様な意見は出にくくなります。友達の意見を認め合いながら対話的・会話的に話合えるようにすることに留意する必要があります。

ここで、確認です!!
問題解決的な学習も、体験的な学習も、道徳科の指導法の中の1つです!
どちらも「的な」という言葉が入っていることを忘れてはいけません。「~のような」という意味です。

【問題解決的な学習とは……】

 道徳科における問題解決的な学習とは、ねらいとする道徳的諸価値について自己を見つめ、これからの生き方に生かしていくことを見通しながら、実現するための問題を見付け、どうしてそのような問題が生まれるのかを調べたり、他者の考え方や感じ方を確かめたりと物事を多面的・多角的に考えながら、課題解決に向けて話し合うことである。

(「特別の教科 道徳」 解説編より)

 ねらいとする道徳的諸価値について自己を見つめていく中で、「分かっていてもできない」「そうしたいんだけどできない」という人間の弱さがあり、実現するには難しい問題について一人一人が考えていくことが大事になってきます。それだけに以下のことをよく理解しておく必要があります。

「問題解決的な学習をするために」 「児童の発達の段階や特性等を考慮することを理解して行う」
「指導のねらいに即しているかを考える」
「道徳科の特質を生かすことに効果があると判断した場合に限られてくることを理解しておくこと」
(何のため) (何を)

「問題解決的な学習をするために」
(何のため)

「児童の発達の段階や特性等を考慮することを理解して行う」
「指導のねらいに即しているかを考える」
「道徳科の特質を生かすことに効果があると判断した場合に限られてくることを理解しておくこと」
(何を)

*そして、発問の工夫がもちろん大切になってきます。安易に「なぜ」「どうして」を使えば、問題解決的な学習であるということではありません。あくまでも自己をみつめ、一人一人の道徳的価値に対することに対して考えるということですから、一番大切なのは、しっかり「主題について自己を見つめさせて考えさせる」ことが大切です。

【体験的な学習とは……】

 単に体験的行為や活動をそのものを目的として行うのではなく、授業の中に取り入れ、体験的な行為や活動を通じて学んだ内容から道徳的な価値の意義などについて考えを深めるようにすることが重要である。

(「特別の教科 道徳」 解説編より)

 ただ単なるスキル学習ではなく、体験的な行為や活動を通じて学んだ内容から道徳的な価値の意義などについて考えを深めることが大切であることを忘れないようにしましょう。

「何のために」どのような指導法が適切かは、児童の実態と教材によって違ってきます。あくまでも「学びの主体は子ども自身」ということを頭に入れて授業づくりを考えましょう。

道徳ことはじめ 第6号(学年共通)

今回のテーマは、「アクティブ・ラーニング」についてです!

最近、どんどん新しい言葉が出てきて、さっぱり分からないわ……。言葉だけが一人歩きしている気がする……。分からないのは、私だけかしら?

そんなことはありません。分かっている人もいれば、まだまだよく分からない人も多くいると思います。新しい言葉は、新鮮で影響力がありますが、しっかりその言葉の意味を理解していかないと、大事な本質を見失ってしまいます。ちょっとここで、アクティブ・ラーニングについて考えてみましょう。

文部科学省の用語集では、以下のように書かれてあります。

 教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法の総称。学修者が能動的に学修することによって、認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成を図る。発見学習、問題解決学習、体験学習、調査学習等が含まれるが、教室内でのグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワーク等も有効なアクティブ・ラーニングの方法である。

いろいろな方法があるということです。小学校においては、もうすでにやっていることです。

*能動的とは……自分から他へ働きかけること ←自分から進んでという点では、自発的と同じように感じるが、他へ働きかけるというのが「能動的」

 この「アクティブ・ラーニング」という言葉は、日本では、大学教育から使われ始めたものです。

では、小学校では???
 文部科学大臣は,平成26年11月20日に中央教育審議会に対して、次期学習指導要領に関して検討を行うように諮問し、諮問文「初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について(諮問)」2)では、「そのために必要な力を子どもたちに育むためには,「何を教えるか」という知識の質や量の改善はもちろんのこと,「どのように学ぶか」という,学びの質や深まりを重視することが必要であり,課題の発見と解決に向けて主体的・協働的に学ぶ学習(いわゆる「アクティブ・ラーニング」)や,そのための指導の方法等を充実させていく必要があります。」とあります。

アクティブ・ラーニングの視点は、①対話的②主体的で③深い学びの3つです。
特に「深い学び」こそが質の高い理解に不可欠 (文科省 学習指導要領改訂のポイントから)

道徳は、平成30年度から、「特別の教科 道徳」としてスタートしますが、道徳ではどのようにやっていくことがアクティブ・ラーニングになるのでしょうか?

道徳の時間(道徳科)の特質をふまえた授業をしっかりやっていくことがこの3つの視点のためには不可欠です。新しい言葉に惑わされ、何か新しいことをしなくてはいけないとか、方法論のみにはしってしまうと、「深い学び」にはなりません。

「道徳の特質」とは何ですか?

①計画的・発展的に指導する時間
……今クラスでこんなトラブルがあったから、道徳でどうにか解決しようという時間ではないということです。
②学校の教育活動全体で行う道徳教育を補充・深化・統合する時間
……道徳の時間(道徳科)は、道徳教育の「要」の時間です。道徳教育の中で育まれたものを土台として深めていく時間です。
③自己を見つめ、物事を多面的・多角的に考え、自己の生き方についての考えを深める時間
……自己を自分で見つめ、自己の生き方について教材(資料)や友達の意見から考えを深める時間です。ここが特にアクティブ・ラーニングの3つの視点そのものが入っています。
④道徳性を育てる時間
……道徳性を育てる時間であって、道徳的行為を実際に行ったり、体験したりする時間ではありません。

自己を見つめさせるためには……

価値理解
 内容項目を、人間としてよりよく生きる上で大切なことを理解する。

人間理解
 道徳的価値は大切であってもなかなか実現できない人間の弱さなども理解する。

他者理解
 道徳的価値を実現したり、実現できなかったりする場合の感じ方は一つではない、多様であることを前提として理解する。

 この3つの道徳的価値の理解を図るには,児童一人一人がこれらの理解を自分との関わりで捉えることが重要です。

まず、しっかり児童の心に響く教材を年間指導計画に基づいて選ぶことが大切です。人間は、目の前に起こる事象について、心に響いたものには無関心ではいれなくなります。自然と自分にあてはめて考えているものです。

 教材にもよりますが、導入では、価値への導入をしっかり行っていくことで児童はその時間に考えることが明確になり、自己を見つめやすくなります。
 展開前段で「自分ならどうしますか?」という発問をする時には、かなりの配慮を要します。自分の発言が、クラスの話し合いの中で議論になり、否定された場合、その児童が心を閉ざしてしまう危険性もあります。道徳の時間は、「よいと分かっていてもなかなかできない人間の弱さにも気付き、そこをよりよく生きるためにどうするべきか。」と自分の心と対話する時間です。多様な考え方や感じ方に触れ、児童一人一人が自己の生き方について考えを深めていけるようにすることが大切です。

道徳ことはじめ 第5号(学年共通)

今回のテーマは、「考える道徳」についてです!

 「特別の教科 道徳」の完全実施を目前にして、いろいろな情報が飛び交い、不安に思っている先生方も多いようです。

 小学校学習指導要領(一部改正)解説「特別の教科 道徳編」では、第1章総説、1 改訂の経緯、の中で、「道徳に係る教育課程の改善等について」の答申を受けてのことが書かれてあります。

 我が国の学校教育において道徳教育は,道徳の時間を要として学校の教育活動全体を通じて行うものとされてきた。これまで,学校や児童の実態などに基づき道徳教育の重点目標を設定し充実した指導を重ね,確固たる成果を上げている学校がある一方で,例えば,歴史的経緯に影響され,いまだに道徳教育そのものを忌避しがちな風潮 があること,他教科に比べて軽んじられていること,読み物の登場人物の心情理解のみに偏った形式的な指導が行われる例があることなど,多くの課題が指摘されている。 道徳教育は,児童の人格の基盤となる道徳性を養う重要な役割があることに鑑みれば,これらの実態も真摯に受け止めつつ,その改善・充実に取り組んでいく必要がある。

最近、未履修の問題がよく新聞に載るけれど、道徳も未履修と言われてもおかしくないと思うことも……。お説教の時間に変わったり、ちょっとテレビを見せたり、副読本を読んで終わったりしている。つい、おろそかになってしまっているなあ。

 こんなふうに思っている先生方もおられると思います。今回の改正では、まずは、今までつい他教科に比べて軽んじられていた「道徳の時間をしっかりやっていきましょう。」というのがスタートだということです。今までも、ここにも書いてあるように確固たる成果を上げている学校や先生もたくさんいらっしゃると思います。その先生方から言わせれば、

読み物教材の登場人物の心情を追って理解させているわけではない。道徳で使う教材は児童の心を映す鏡です。登場人物の心情を考えさせる中で、児童は自分の思いと重ねて考えているのです。要はねらいとする道徳的価値の内容を一人一人に考えさせているのです。

という意見も出てくるでしょう。でも、なかなか難しいのが現実です。一生懸命に教材提示を工夫したり発問を吟味したり、教材研究を重ねていらっしゃると思います。だからこそ、年間35時間(1年生は34時間)しかない道徳の時間の中で実践をし、児童と共に考えていくことが大切です。
 今まで道徳を研究してきた学校、また、道徳をコツコツと授業をされてきた先生たちは、今までも、1時間の授業の中で、児童にねらいとする道徳的価値について考えさせてきたと思います。「特別の教科 道徳」となってからも、今まで通りに児童が深く考えることができるように工夫されていくことが大切だと思います。

 今回の改正は,いじめの問題への対応の充実や発達の段階をより一層踏まえた体系的なもとする観点からの内容の改善,問題解決的な学習を取り入れるなどの指導方法の工夫を図ることなどを示したものである。このことにより,「特定の価値観を押し付けたり,主体性をもたず言われるままに行動するよう指導したりすることは,道徳教育が目指す方向の対極にあるものと言わなければならない」,「多様な価値観の,時に対立がある場合を含めて,誠実にそれらの価値に向き合い,道徳としての問題を考え続ける姿勢こそ道徳教育で養うべき基本的資質である」との答申を踏まえ,発達の段階に応じ,答えが一つではない道徳的な課題を一人一人の児童が自分自身の問題と捉え,向き合う「考える道徳」,「議論する道徳」へと転換を図るものである。

いじめの問題は、道徳の時間を1時間やったからと解決するとは限りません。道徳の時間ももちろん大切です。しかし、それだけでは解決しません。学校の教育活動全体を通じて行われる道徳教育の中で心を育んでいくことと両輪のように進めていくことが大切です。

 いじめが起こる背景には、様々な問題があります。誰もがいついじめる側になるか、いじめられる側になるか、傍観者になるか分かりません。「こうすればいじめは起きません。」などという方法論をみんなで話し合っても、それは一時的なものであって解決にはなりません。道徳でいう「問題解決的学習」を他の教科で実施するように考えてはいけません。道徳はあくまでも、「自己をみつめ」「自己の生き方について考える」時間です。友達の意見を聞きながら、「そういう気持ちも分かるなあ。」「僕は、そこまでは思えないなあ。」など自分と対話をしながら、自分なりに今の自分の見つめることが大切です。答えが一つではない道徳的な課題を一人一人の児童が自分自身の問題と捉え,向き合って考えていこうとすることにつながります。「どうすればよかったのでしょう。」と、方法論だけを問うような発問だけで進めると薄っぺらな考えだけで終わってしまう可能性もあるので、発問には留意していくことが大切だと思います。

議論できる子と議論が苦手な子もいます。議論が苦手な子は道徳の時間が嫌いになってしまわないか心配です。

 「議論する道徳」は、討論するのとは違います。今まで行ってきた話合いをさらに深めていくと考えた方がいいと思います。「多様な価値観」を話合いの中で出していくのに、「討論」をしてしまっては「特定の価値観」の押し付けになりかねません。意見を言わない子が考えていないというのは間違いです。じっと友達の意見を聞きながら、じっくり自分と向き合っている児童もいます。「考えている」=「発言する」ではありません。議論が苦手な子でも、つい発言したくなるような発問をしたり、温かい対話的な話合いができたりすれば、どんな児童でも安心して自分の考えを発表できると思います。そのためには、基盤となる学級経営と吟味された発問が大切になってくると思います。

では、「考える道徳」にするには、どうすればいいのでしょうか?

①主題名とねらいをしっかり!……ねらいとする道徳的価値について授業者なりの哲学をもって考える。
②よい教材を選択し、教材分析をし、的確な発問を考える……教材は、道徳授業の「命」
③教材提示に命を懸ける……教材提示を児童の心に響かせるように工夫する。
④発問したら、考える時間を児童に与える……沈黙の時間こそ、児童がしっかり自分を見つめて考える時間。
⑤児童に「聴く」姿勢を持たせる……話合いは、「聞き合い」であること。「言い合い」ではありません。
⑥展開後段を「主題」に沿った学習課題とする……つい時間がなくなりがちだが、自己をみつめるために大切。

道徳ことはじめ 第4号(第4学年)

今回のテーマ①は、「席を譲るという行為から見えるもの」についてです!

 先日、4・6年生のたてわり活動で高尾山に行きました。40分近く電車に乗っていました。帰りのバスでは、6年生が席を4年生に譲り、ヘトヘトになりながらも6年生は立っていました。中には、立ちながら寝ている子もいました。この光景は、今年の6年生に限ったことでなく、毎年見られる光景です。登る時は、4年生のリュックを何個も持って登っていた子もいます。
 これは、先生方の指示でやっていることではありません。自分たちが4年生の時に、6年生にやってもらったことを覚えていて、「大変な思いをしている時、助けてくれた6年生のようになりたい。」と一人一人が思っているからです。「6年生だから、4年生のリュックを持たなくてはいけない。」「6年生は、席を譲らないといけないから。」「先生にそうしないと叱られるから。」という義務感でやっている行為ではありません。毎年の6年生がこのように義務感ではなく、「心」でこういう行動をしているからこそ、「ぼくたちも6年生になったら、4年生のために頑張るぞ!」と思うのでしょう。まさしく、教育活動全般で行う道徳教育そのものです。

 その帰りの電車での出来事です。4年生の女の子2人が、座席に座っていました。だんだん電車が混んできて、お客さんが乗ってきました。席を譲るように声をかけようかと私が迷っている間に、その2人はすっと立って、入って来たご婦人に、「ここに座ってください。」とはっきりした声で声をかけていました。しかも、とってもいい笑顔でした。その笑顔から、この2人も、「席を譲らなければならない」ではなく、「席を譲らずにはいられない。」という気持ちが強かったと感じました。

この新聞記事は、2016年5月19日(木)読売新聞に掲載されたものです。この小学4年生の女の子も、「乗ってくる時、両手でおなかを触っていて、つらそうだったから。」とさっと譲った理由を言っています。
他のエピソードを読んでも、心で動いているのが分かります。

(「第3章 特別の教科 道徳」の「第1 目標」)
 第1章総則の第1の2に示す道徳教育の目標に基づき、よりよく生きるための基盤となる道徳性を養うため、道徳諸価値についての理解を基に、自己をみつめ、物事を多面的・多角的に考え、自己の生き方についての考えを深める学習を通して、道徳的な判断力、心情、実践意欲と態度をそだてる。

【小学校学習指導要領(一部改正)から】

 上記のように、平成20年の小学校学習指導要領と「道徳的な判断力、心情」の部分の順序が変わっていることから、「特別の教科 道徳」においては、「心情よりも判断力を養わなくてはいけない。」という風潮があります。しかし、改正学習指導要領の道徳編の解説には、「道徳諸様相には、特に序列や段階があるわけではない。」と書かれてあります。また、道徳的心情については、
「道徳的価値の大切さを感じ取り、善を行うことを喜び、悪を憎む感情のことである。人間としてのよりよい生き方や善を志向する感情であるとも言える。それは、道徳的行為への動機として強く作用するものである。」
とあります。このように、人間が道徳的行為を行う時に重要であると言えます。順序が変わったからと言って、心情を育てることを疎かにしていいということではありません。

今回のテーマ②は、「役割演技」についてです!

第4章 第2節 道徳科の指導 3 学習指導の多様な展開 (4)道徳科に生かす指導の工夫
オ 動作化、役割演技など表現活動の工夫
 児童が表現する活動の方法としては、発表したり書いたりすることのほかに、児童に特定の役割を与えて即興的に演技をする役割演技の工夫、動きや言葉を模倣して理解を深める動作化の工夫、音楽、所作、その場に応じた身のこなし、表情などで自分の考えを表現する工夫などがよく試みられる。

【小学校学習資料要領(一部改正)解説 特別の教科 道徳編】

まず、役割演技と動作化の違いをしっかり理解することが大切です。

役割演技は……

 特定の場面・役割の中で、自発的・即興的に演技をするものです。相手の言動に対してすぐさま反応をしなくてはいけません。したがって、演技はどうしても日常生活で繰り返されている自己の体験に頼るか、今までに培われてきた価値観に頼るしかありません。一般論ではなく、児童は本音を語ることになるのです。まさに、役割演技とは、演技を通して「自らを見つめる」「自らに問いかける」ことのできる指導法です。
 役割演技を取り入れる際は、以下のことを考慮して行います。

 (1)場面は具体的に示す。
 (2)役割を明確にする。
 (3)役割交代を行う。 →これを忘れないようにしましょう!

 場面や条件設定はなるべく具体的に簡潔に示さなくてはいけません。複雑な場面状況や条件設定では、演じる場面の共通理解が図れず、演技者の即興的・自発的な表現活動ができません。
 また、役割を交代することで、相手の立場や価値観を知る手がかりをつかめます。役割演技は、自ら演じたり、友達の演技を観察したりすることにより、これまでの自分を振り返り、自分自身の価値観を自覚することができます。

動作化とは……

 自分自身が資料の登場人物がした動作をまねて行うことです。道徳的価値にそって登場人物のとった行動を、心をこめてなぞります。そうすることで、登場人物の思いを自ら体験することができ、道徳的心情が養われていきます。

【東京都小金井市立東小学校H27年度研究発表冊子より】

 役割演技は、単に平板な授業の打開策としてのみを意図すると、授業者が役割演技のねらいを明確にもっていない場合は、授業のねらいから外れてしまいます。授業者は、役割演技を通して児童に何を考えさせたいのかを、明確にしておくことが必要です。

道徳ことはじめ 第3号(学年共通)

今回のテーマは、道徳の教科化についてです!

学校教育法施行規則の一部を改正する省令
(1)「特別の教科である道徳」
 従来の道徳の時間を「特別の教科」と位置付けるため
、学校教育法施行規則において、小学校、中学校及び特別支援学校小学部・中学部の教育課程における「道徳」を「特別の教科である道徳」と規定する。
(2)施行期日
 小学校及び特別支援学校小学部に関する改正規定は、平成30年4月1日から
、中学校及び特別支援学校中学部に関する規定は平成31年4月1日から施行。

小学校学習指導要領(一部改正)解説「特別の教科 道徳編」の総説から
 今回の改正は、いじめの問題への対応の充実や発達の段階をより一層踏まえた体系的なものとする観点からの内容の改善、問題解決的な学習を取り入れるなどの指導法の工夫を図ることを示したものである。(中略)
 発達の段階に応じ、答えが一つではない道徳的な課題を一人一人の児童が自分自身の問題と捉え、向き合う「考える道徳」、「議論する道徳」へと転換を図るものである。

多様で効果的な道徳教育の指導方法へと改善するようにという中央教育審議会から

改訂の経緯

「特別な教科道徳」において、目標や指導のねらいに即し、児童生徒の発達段階を踏まえた上で、対話や討論など言語活動を重視した指導、道徳的習慣や道徳的行為に関する指導や問題解決的な学習を重視した指導などを柔軟に取り入れることが重要であること。

 いずれの指導方法例についても、柔軟に授業に生かすことが求められるが、その前提となることは、「特別の教科 道徳」の特質を生かすということである。

「討論」…話し合っている双方が互いに自分の主張が正しく、対立する側の主張は間違っていると主張すること
「議論」…ある目的を達成するためにたがいに意見を交わす中から、良い考えなどを発見しようとする対話や会話

本校(東小)では、話合い活動や座席の形にしても、友達の意見をしっかり聞いたり、伝えたりしながら議論し、自己の生き方を道徳的価値に結び付けて考えさせてきました。

道徳教育の目標

「自己の生き方を考え、主体的な判断の下に行動し、自立した人間として他者と共により、よく生きるための基盤となる道徳性を育てる。」これは学校の教育活動全体を通じて行う道徳教育

「特別の教科 道徳」の目標

「道徳的諸価値についての理解を基に、自己を見つめ①物事を多面的・多角的に考え②自己の生き方についての考えを深める③学習」を通して「道徳的な判断力、心情、実践意欲と態度を育てる」

*道徳的諸価値(内容項目)についての理解
①内容項目を人間としてよりよく生きる上での大切なことと理解する。
②道徳的価値は大切だが、なかなか実現できない人間の弱さがあることを理解する。
③道徳的価値を実現したり、実現できなかったりする場合の感じ方や考え方は多様であるという前提で理解する。

 児童が道徳的価値について主体的に考えることができるようにするために、教師は導入から終末まで一貫して主題に添った授業をしていくことが大切である。

今さかんに、「問題解決的な学習」「体験的な学習」を取り入れて……と言われていますが、道徳ではどのような学習になるのでしょうか。

○あくまでも一手法。解説の中でも、「教材に応じて効果的な学習を設定することが大切」と書いてある。「いつもそうしなさい。」と言われているわけではない。

○解説「問題解決的な学習の工夫」から
 道徳科における問題解決学習とは、ねらいとする道徳的諸価値について自己を見つめ、これからの生き方に生かしていくことを見通しながら実現するための問題を見付け、どうしてそのような問題が生まれるのかを調べたり、他者の考え方や感じ方を確かめたりと物事を多面的・多角的に考えながら課題解決に向けて話し合うこと。

あくまでも自分の課題に対して!(みんなではありません。)道徳は自己の生き方を考えます。

友達との話合いを通して、道徳的価値のよさや難しさを確かめる学習→教師の発問の仕方の工夫
 ペアや少人数グループなどでの学習も有効→こうした学習方法を導入することを「目的」にしないように
主題に対する児童の興味や関心を高める導入の工夫
・他者の考えと比べ自分の考えを深める展開の工夫
主題を自分との関わりで捉え自己を見つめ直し、発展させていくことへの希望がもてるような終末の工夫
*あくまでも児童一人一人が自分自身の課題に対する考えを深めることが大切
 授業では、自分の気持ちや考えを発表することだけでなく、時間を確保してじっくりと自己を見つめて書くことも有効であり、指導法の工夫が不可欠!

○解説「体験的な学習等を取り入れる工夫」から
 単に体験的行為や活動そのものを目的として行うのではなく、授業の中に適切に取り入れ、体験的行為や活動を通じて学んだ内容から道徳的な価値の意義などについて考えを深めるようにすることが重要。

・問題場面によっては、役割演技や動作化を取り入れた学習も有効。ロールプレイやスキルトレーニングにならないように。

特別活動の特質と道徳科の特質を混合せず、しっかり生かしてくことが大切!

道徳科の授業

特別活動

「思いやりは大切だ」

どのようにしたら、思いやりのある行動ができるか」

特別活動では思いやりのある行動の方法を話し合って集団決定や自己決定をし、実際に態度や行動に表していきます。