カリキュラム・マネジメント

 1学期が終わり、夏休みになりホッとしておられる方が多いと思いますが、運動部の顧問をしている先生方は、記録的な猛暑が続き、熱中症が心配で十分な活動ができずにいるのではないでしょうか。

「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」岩崎夏海 ダイヤモンド社

 夏の風物詩の一つに甲子園で熱戦が繰り広げられる高校野球があります。各地の予選を勝ち抜いてきた高校生たちが全力で試合に向かう姿には感動させられることが数多くあります。そのような高校生の姿をモデルにした小説に『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』があります。都立高校の野球部の女子マネージャーである川島みなみが、ドラッカーの経営学書『マネジメント』を読み、ドラッカーの経営理論を実践して甲子園をめざす物語です。主人公のみなみは「顧客」「マーケティング」「イノベーション」の視点から野球部を見つめ、顧客でもある自分たちが感動する野球を、ノーバント・ノーボール作戦という常識を覆す新しい戦法を実践させることで、甲子園出場という目標を達成します。小説の最後には、甲子園の開会式で「あなたは、どんな野球をしたいですか?」というテレビ局の質問に、キャプテンの二階正義が「あなたはどんな野球をしてもらいたいですか?(中略)ぼくたちは、それをマーケティングしたいのです。なぜなら、ぼくたちは、みんながしてもらいたいと思うような野球をしたいからです。ぼくたちは、顧客からスタートしたいのです。顧客が価値ありとし、必要とし、求めているものから、野球をスタートしたいのです。」と答えます。
 高校生の青春物語ですが、マネジメントとはどのようなものであるかをわかり易く具体的に述べた経営学書でもあります。夏休みの推薦書です! 是非、お読みください。(ビデオもあります。)

 今回でこのシリーズは最終回となります。今まで考えてきた道徳教育・道徳科が効果的に行われ、成果を上げるためにはどうすればよいかを「カリキュラム・マネジメント」の視点から考えていきたいと思います。
教員採用試験の勉強で忙しい響・真理・道子たちにもいつものように参加してもらいます。

1 カリキュラム・マネジメント

「今日は、学習指導要領の改訂で新たに取り上げられたカリキュラム・マネジメントについて考えてみたいと思います。さて、カリキュラム・マネジメントとはいったいどういうことでしょうか?」
「言葉通りに解釈するとカリキュラムは教育課程で、マネジメントは運営だから、教育課程と運営ですが……。」
真理「教育課程の編成をして実施していくことかな?」
「確かに教育課程を編成することも運営の一つですが、他には何を運営するのかな?」
道子「学校で行われる全ての教育活動だと思います。」
「そうですね、中学校学習指導要領の第1章総則の第1の4には『各学校においては,生徒や学校,地域の実態を適切に把握し,教育の目的や目標の実現に必要な教育の内容等を教科等横断的な視点で組み立てていくこと教育課程の実施状況を評価してその改善を図っていくこと教育課程の実施に必要な人的又は物的な体制を確保するとともにその改善を図っていくことなどを通して,教育課程に基づき組織的かつ計画的に各学校の教育活動の質の向上を図っていくこと(以下「カリキュラム・マネジメント」という。)に努めるものとする。』(下線は筆者)とあります。つまりカリキュラム・マネジメントとは、学校で行われている様々な教育活動を、教育課程に基づき組織的に計画的に実施することにより学校教育の質の向上を図っていくことです。また、カリキュラム・マネジメントを三つの側面(下線箇所)から考えていくことが求められています。」
「教育活動の質の向上はいつも取り組まなければならないことなのに、なぜ今回の学習指導要領の改訂で新しく取り上げられたのですか?」
「そこは大切なポイントですね! 学習指導要領が求める新しい時代に必要となる資質・能力(三つの柱)を育成する『主体的・対話的で深い学び』を、現行の学習指導要領の枠組みや教育内容を維持したままで行うためには工夫が必要とされるからです。」
道子「ということは、『教科等横断的な視点で組み立てていく』ということは総合的な学習の時間を増やすということですか?」
「いいえ、総合的な学習の時間の時間数は変わりません。総合的な学習の時間の学習内容や方法を検討したり、各教科等で横断的に取り組むことを考えたりすることが求められます。」
真理「カリキュラム・マネジメントを実施するにあたり配慮していかなければならないことはどのようなことですか?」

「総則の『第5 学校運営上の留意事項』の『1 教育課程の改善と学校評価,教育課程外の活動との連携等』のアには『各学校においては,校長の方針の下に,校務分掌に基づき教職員が適切に役割を分担しつつ,相互に連携しながら,各学校の特色を生かしたカリキュラム・マネジメントを行うよう努めるものとする。また,各学校が行う学校評価については,教育課程の編成,実施,改善が教育活動や学校運営の中核となることを踏まえ,カリキュラム・マネジメントと関連付けながら実施するよう留意するものとする。』とあります。特に、一部の者だけでなく全教職員で取り組むことが大切です。留意事項はさらに、学校の全体計画と各分野の計画の関連を図ること、教育課程外の活動と教育課程との関連を図ること、家庭や地域と連携して『社会に開かれた教育課程』にすること、学校間連携を図ることなどが述べられています。」

2 道徳教育におけるカリキュラム・マネジメント

「次に皆さんが研究している道徳教育におけるカリキュラム・マネジメントについて考えてみましょう。」

「中学校学習指導要領の『第3章 特別の教科 道徳』には、カリキュラム・マネジメントという言葉はありませんが……。」
道子「総則にあるのだから道徳教育・道徳科でも実施するの!」
「道徳教育の教育課程は、学習指導要領が求めている道徳教育のねらいや内容を実施していく計画です。そのために各学校ではどのような指導計画を作成することになっていますか?」
真理「道徳教育の全体計画と道徳科の年間指導計画です。」

学級における指導計画(例)

「そうですね。指導計画については中学校学習指導要領の『第3章 特別の教科 道徳』の『第3 指導計画の作成と内容の取扱い』の1に、『各学校においては,道徳教育の全体計画に基づき,各教科,総合的な学習の時間及び特別活動との関連を考慮しながら,道徳科の年間指導計画を作成するものとする。なお,作成に当たっては,第2に示す内容項目について,各学年において全て取り上げることとする。その際,生徒や学校の実態に応じ,3学年間を見通した重点的な指導や内容項目間の関連を密にした指導,一つの内容項目を複数の時間で扱う指導を取り入れるなどの工夫を行うものとする。』とあります。道徳教育は道徳科を要として学校教育全体を通じて行うので、道徳科はもとより、各教科・総合的な学習の時間・特別活動等で行われる道徳教育を組織的に計画した全体計画が必要となります。さらに、道徳教育の要として、すべての内容項目を計画的に指導し、各教科・総合的な学習の時間・特別活動等で行われる道徳教育の足りない部分を補ったり、より一層深めたり、内容項目の相互の関連を捉えなおしたり発展させたりする道徳科の年間指導計画が必要となります。」
道子「全体計画は学校全体の道徳教育の計画ですが、学年ごとの計画や学級ごとの計画を作成する必要はないですか?」
「なかなか良い質問ですね。全体計画は、教育目標・生徒や学校の実態・家庭や地域の実情などにより違っています。同じように考えると、学年も発達段階や生徒の実態などにより道徳教育の目標も違いますので、学年ごとの計画もある方がよいでしょう。また、資料のように学級ごと道徳教育の計画を作成する学校もあります。」
真理「全体計画を作成するとき、私の専門である数学科ではどのような道徳教育をすればよいか、いつも悩みます。」

「図のように縦軸に内容項目、横軸に各教科・総合的な時間の学習・特別活動等にした表を作り、該当する箇所を埋めていくと道徳教育との関連がわかり易くなります。なお、縦軸を4月から3月に、横軸を教材名・主題名・内容項目・その他にすると道徳科の年間指導計画になります。」
「年間指導計画を作成するにあたり配慮することは、学習指導要領に書かれている以外にありますか?」
「学校生活・地域行事・季節などを考慮して主題を配列する、中学生の発達の段階を考慮して1年生では視点AやBの内容を、3年生には視点CやDの内容項目を増やす、中学校3年間だけでなく小学校との関係も配慮する、いじめなどのテーマを重点化して関係する主題をまとめて実施する、学校行事や職業体験などと関連した指導を計画する、思いやりから人間愛へと道徳的価値が広がるように計画するなどが考えられます。」
道子「指導計画の作成・実施以外でカリキュラム・マネジメントにかかわることはありますか?」
「今回の学習指導要領の改訂では『社会に開かれた教育課程』が新しく提言されています。道徳教育も保護者や地域住民への授業公開や道徳だよりなどの広報活動を通して、道徳教育に対する保護者や地域住民の理解を深めるとともに、その願いや要望を受け入れ協働して道徳教育を進めていくことが求められます。また、道徳教育の目標を達成するために、道徳教育推進教師を中心に全教職員が一致して道徳教育に取り組める体制や互いに指導力を高めていける研修制度を作ることも大切です。そして、道徳教育の充実に向けた『イノベーション』を創造することです。教職大学院で学んでいる皆さんは期待されていますよ!」
「頑張らなくては……。」

 「道徳とは何か」から始まり、学校における道徳教育の在り方、道徳科の指導と評価、そしてカリキュラム・マネジメントと進んだこの連載も今回で終了します。大学院生の響・真理・道子との対話方式で説明がわかり易くなるように工夫しましたがその分内容が浅くなった、もう少し事例や指導案などを紹介すればよかったなど反省することも多いです。読者の皆様にはご満足いただけましたでしょうか?
 先日、ロシアで行われたサッカーのワールドカップでは、前回のブラジル大会で行われた日本のサポーターのごみ拾いが話題を集め、それが各国のサポーターにも広がりました。良い行為・人間としてするべき行為「MOS(モラルの原語)」は国や民族が違っても誰でも認めることです。そのような道徳的行為を自然にできる人が、世界中から尊敬される真の国際人だと思います。今後もさらに道徳教育を充実して『世界から尊敬される国際人』を育成してください。

「西郷どん」とは何者か 4 ―西郷隆盛に向ける明治天皇の眼―

承前

 西郷軍団を率いた西郷隆盛の決起は、戦火に逃げ惑う民に怨嗟の声があがる一方で、「政府問責」の声に国家覚醒の夢を託し、西郷の一挙手一投足に明日の日本への想いを馳せた人々もいました。西郷隆盛という存在は、時代の闇に谺する声に呼応することで、世に潜む怨恨を問い質す器ともなりえた。明治天皇にとり西郷隆盛とは何であったのでしょうか。

反乱の秋

肥後熊本暴徒記<国立国会図書館ウェブサイトから転載>

 薩長を主体とした新政府は、旧武士の諸特権を否定することで、文明国家の体面をととのえていきます。征韓論で分裂した政府は、大久保利通・木戸孝允が中心となり、1874年(明治7年)2月に征韓論に敗れて下野した江藤新平らの佐賀の乱を制圧、首謀者を斬首し、叛乱勢力へのみせしめとしました。一方で政府は、国内に充満している反政府の気分に対処すべく、4月の台湾出兵で不平士族のガス抜きを図るとともに、土佐で立志社を創立した板垣退助らの政府批判の言論には75年に讒謗律・新聞紙条例を制定して取締りを強化します。
 このような強権的な政府への叛乱は1876年10月24日神風連の乱(熊本)、27日秋月の乱(福岡)、28日萩の乱(山口)、29日には萩の乱に東京で呼応しようとした永岡久茂らの旧会津藩士による思案橋(※1)事件等々が相次ぎますが、分散挙兵に終わり、個別に制圧されました。政府は、不穏な鹿児島の西郷隆盛の動向を見守るなかで、77年1月に地租改正に反発する伊勢暴動などの農民一揆に対処すべく地租軽減・歳出節減の詔を出して農民を慰撫しております。
 西郷隆盛は、このような状況下、77年1月30日に挙兵。福岡県士族越智彦四郎 武部小四郎らは西郷挙兵に呼応すべく準備をします。福岡挙兵の檄文は、西郷の声に応じたもので、己の場を宣言しています。

夫れ政府の責任たるや、国民の幸福を保全するに在り。然り而して我日本政府は、二、三の権臣要路に当り、上 天皇陛下の聰明を欺罔し、下人民の疾苦を顧みず、言路を壅蔽し、愛憎を以て黜陟し、苛税重斂、至らざる所なく、唯、一朝の利害に眩惑し、万世不抜の大道を忘却し、天理に逆ひ、人道に戻る。実に売国の賊と云はずして何ぞや。我等拙愚を顧みず、大に信義を天下に明にし、国家之蠧害を除却し、同胞三千余万之康寧を祈らんとす。故に此の檄文を有志之各位に伝ふ。冀くは人民之義務、国家之衰頽を座視するに忍びざる微衷の在る所を了察あらんこと

 その軍律は、「猥に人を殺害するもの」「民家に放火するもの」「人民の婦女を姦淫するもの」「窃盗するもの」「私に逃走するもの」と厳禁し、民衆に寄り添うものでした。しかし福岡党は、西郷軍団と連携もできずに、政府軍に察知され、挙兵虚しく敗走。

明治天皇の動き

 26歳の天皇は、1月24日に大和・京都行幸に出発、西郷の挙兵を聞くなか、2月11日に神武天皇陵を参拝。政府は、すでに1月19日に西南の異変に対し、「暴徒征討の令」で西郷隆盛を「賊徒の首魁」となし、征討総督に有栖川熾仁親王を任じ、叛乱に対処していました。この間、明治天皇は、西郷の想いに心致しているかのごとく、心を閉ざしていたようです。『明治天皇紀』は、城山が落ち、西郷の死で叛乱が終結した日、天皇の脳裏に去来した悲愁を次のように描いています。

官軍城山を攻めて遂に之れを抜く、是に於て兵乱始めて鎮定す、(略)征討総督熾仁親王鹿児島賊徒の平定を電送す、乃ち翌二十五日之れを天下に布告せしめ、出征旅団をして、各々其の守備を要地に置き、順次凱旋せしむべき旨を征討総督に命じたまふ、(略)
戦死者及び負傷後死せる者合はせて六千九百四十余人に及び、征討費の総額四千百五十六萬七千七百二十六円余に達す、乱平ぐの後一日、天皇、「西郷隆盛」と云ふ勅題を皇后に賜ひ、隆盛今次の過罪を論じて既往の勲功を棄つることなかれと仰せらる、皇后乃ち、
  薩摩潟しつみし波の浅からぬはしめの違ひ末のあはれさ
と詠じて上りたまふ、皇后又嘗て侍講元田永孚に語りたまはく、近時聖上侍臣を親愛したまひ、毎夜召して御談話あり、大臣・将校を接遇したまふこと亦厚し、隆盛以下の徒をして早く此の状を知らしめば、叛乱或は起らざるしならんと(明治10年9月24日)

西郷に寄せる想い

 天皇は、「西郷隆盛」との勅題にみられるように、西郷隆盛への強い共鳴盤がありました。この思いこそは、「政府問責」を掲げる士族の叛乱、その首魁となった西郷隆盛の動向、その心の動きに寄り添わせたのです。しかし「賊徒」とされた者を「許す」わけにもいかず、皇后に勅題を出すことで、己の心を詠ませたのではないでしょうか。それほどに西郷追悼への想いは強かったのです。皇后美子(はるこ)の歌「薩摩潟しつみし波の浅からぬはしめの違ひ末のあはれさ」は天皇の心を詠んだものといえましょう。
 乱後の天皇は、皇后が元田永孚に「侍臣を親愛したまひ、毎夜召して御談話あり、大臣・将校を接遇したまふこと亦厚し」と語っているように、臣下の者を側近くに召して談笑の時をもったそうです。天皇は、西郷ともこのような場を設け、心を開いて語っていれば、あのような乱にならなかったのではないかとの悔みがあったのだといえましょう。それほどに明治天皇と西郷隆盛の間には計り知れない心の絆があったのではないでしょうか。なお、西南戦争後に天皇が第二の西郷にしてはいけないと気にしていたのは谷干城です。

 

※1:思案橋は中央区日本橋小網町、現在橋はない。

 

参考文献

  • 石瀧豊美「百四十周年・西南戦争と福岡の変」熊本地震被災神社復興支援講演会レジュメ

PBLのはじまり③

 今回はPBLそのものの実践や考え方から少し離れますが、私なりにPBLの必要性を痛感した原点ともいえるエピソードです。東日本大震災です。

1.東日本大震災と子ども支援ボランティア

図1 避難所の小学生が学校から帰ってくる

 2011年3月11日のその日、私は愛媛に出張しており、大学に戻れたのは5日後のことです。当時学部の執行部にいた私は、連日1000人を超える学生の安否確認に追われました。同時に、大学内に開設した避難所の運営を補助したり、交通網が寸断されキャンパスに取り残された学生の帰省を手伝ったりしました。また、延々と続く全学の危機対策の議論に忙殺されていました。原発事故の影響でキャンパスからも高線量が観測され、内心「結局は全てが無駄になる」という絶望感に打ちのめされました。一方で「歴史は福島に文明の転換点となる教育を求めている」という一つの信念を胸に刻んで、自分自身に鞭打ち今日に至るまで過ごしてきました。

図2 子ども支援ボランティアの様子

 大学が再開する前の5月の頭から、120人あまりの学生と教員が協働して、福島市や郡山市に避難してきた子どもたちを学習支援するボランティア活動を始めました。この活動は約2年間続くことになりますが、組織的なボランティアが初めてで、避難所や仮設住宅の状況は刻々と変わり、まさに試行錯誤の連続でした。避難所の情報はほとんどあてにならず、避難所に行っても子どもが一人もいないこともよくあり、自分たちの目と耳と足で必要な情報を整理するしかありません。避難者とのニーズが合わず、迷惑がられることもありました。被災者にとって、こちら側の計画などは何の役にも立たず、柔軟に現場のニーズに合わせるしかないということすら、その当時はわかりませんでした。学生たちは自分の就職試験を控えているにもかかわらず、ギリギリまでボランティアをがんばり抜きました。「目の前の子どもたちを置いて、自分が教員になることが想像できなかった」と言いました。

2.福島の子どもと学校

図3 仮設住宅での子ども支援活動

 避難してきた子どもたちは「悲惨」でした。「目に見える悲惨さ」は、初期段階では至る所で目にしましたが、時間とともに一定程度は解消されていきました。問題なのは「見えない悲惨さ」です。子どもたちは、家族が離散したり、「さよなら」もなく親友が引っ越していったり、信頼できるボランティアに去られたりしました。自分たちを見守ってくれる温かいまなざしを失い、人間関係は極度に断片化していました。一応は住むところがあり、食事も欠くことなく、学校にも通いはしましたが、「機能」がそろえば満足できるというような単純なものであるはずがありません。加えて、福島の子どもたちは一時期、土や植物すら触れることができず、自然学習はビデオで、水泳は教科書で学習することしかできませんでした。被災地の子どもたちの最も悲惨な部分は、このように、人間や社会、自然との本来あるべき関係性がことごとく崩れてしまった点にあります。

図4 大学に子どもたちを招待してのクリスマスパーティー

 福島県内の多くの学校もまた極度の混乱の中にありました。津波と原発事故の被害を受けた学校は校舎が使えず、住民の避難先の地域でなんとか学校を開設しました。50人しかいなかった避難先の小学校に100人近くの児童が区域外就学してきたり、一つの校舎に三つの学校が同居したりするケースも起こりました。放射能汚染の少ない地域に高校のサテライトを設置し、生徒たちは劣悪な環境の中で高校3年間を送るしかありませんでした。就学先でいじめに遭ったり、学校に適応できず不登校となったりする子どもたちもおり、転校を繰り返すうちに単元まるごと未履修という状況も起こりました。
 全ての学校が混乱していたのかというと実はそうではなく、震災の影響を受けている学校とそうでない学校が一つの街の中で混在していました。「外からの励ましのメッセージへの返事ばかりも書いていられないし、街中は混乱している時に漢字の書き取りをやらせていいのかと思うが、しかし他にやることがない」と、教え子の教師が言います。この時に、日本のカリキュラムは平常時のモードと緊急時のモードしかなく、その間がないということに気がつきました。学校が持っている「固さ」とは、ここなのだと思いました。

3.震災がもたらした「希望」

図5 土曜子どもキャンパス(キャンパスで遊びと学び支援)

 震災のもたらした混乱はまた、新しい希望も与えてくれました。
 第一に、多くの被災地の学校が避難所を開設し、わが身を犠牲にして教員が避難者をケアし、児童生徒が元気に被災者のために働き、学校は命を守る砦として機能したことです。
 第二に、多くの学校教員や教育行政の人々が「本当に必要な教育とは何か」を真剣に考える機会となったことです。これまでの教育が「これらを学べば立派な大人になるはず」という予定調和的に組み立てられていたが、そうではなかったということです。
 第三に、学校を取り巻く環境が大きく変わり、教員が集団で課題に取り組んだということです。例えばある学校では、避難先で校長室を確保できず、校長先生も職員室の一員となり、一緒に問題解決に取り組んだということもありました。

 こうした私たちの経験は、2011年から数年間の、東北の被災地や福島に限定された意味しか持たないのでしょうか。決してそうではないと思います。世界は今多くの複雑で困難な課題に直面しており、年々深刻になってきています。東北や福島は、そうした問題を一足先に体験したに過ぎない、というのが私も含めた多くの人々の認識です。

子どもが教えてくれたこと

© Incognita Films-TF1 Droits Audiovisuels

 難病を抱えている、幼い子どもたち。病気と闘いながら、必死に生きている。ドキュメンタリー映画「子どもが教えてくれたこと」(ドマ配給)には、撮影当時、5歳から9歳までの子どもたち5人が登場する。みんな、厄介な病気と向き合っている。
 いちばんの年長は、アンブルという、きれいな金髪をした9歳の女の子。動脈性肺高血圧のため、肺動脈を広げるためのクスリを注入するポンプを、いつも背中のリュックに入れている。
 8歳になるテュデュアルという男の子は、神経芽腫という神経細胞にできるガンで、3歳のときに受けた手術のせいで、目の色が、右と左で異なっている。
 おなじ8歳の男の子のシャルルは、表皮水疱症で、皮膚に水疱ができたり、剥がれたりする。
 7歳の男の子のイマドは、アルジェリアからフランスに、腎不全の治療のために移住してきた。
 いちばん小さいのは、5歳になる男の子、カミーユで、骨髄にできた神経芽腫と闘かっている。
 映画は、5人の子どもたちの治療風景や、病院での暮らしぶりなど、どのように病気と闘っているかを、丹念に掬いとっていく。いずれも難病であるにも関わらず、子どもたちは、元気である。

© Incognita Films-TF1 Droits Audiovisuels

 芝居の大好きなアンブルは言う。「悩みごとは脇に置いていくか、付き合っていくしかない」、「運動はあまりしてはいけないが、なんとかやっている。だって、人生を楽しんでいるから」と。
 カミーユは、サッカーが大好きで、パパとの練習に励んでいる。自分の病気のことをよく知っていて、「赤ちゃんだったときに、ママが全部、説明してくれた」と言う。
 「学校に行きたい、ただそれだけ」と言うテュデュアル。目の色が異なっている理由も、ちゃんと説明できる。
 腎不全で腹膜透析の必要なイマドは、「結婚はしない、今はまだ小さいから」などと、おとなびた物言いをするが、表情は7歳の男の子そのもの。
 週末しか家に帰れないシャルルは、「ぼくの皮膚は、チョウの羽みたいに弱い」と言う。自分の病気に、正面から向きあっている。ふだんは、同じ病気仲間のジェゾンという男の子と、病院じゅうを駆け回っている。
 子どもたちの、変化に満ちた表情や、眼差し、仕草が、とてもよく捉えられている。難病だと分かるシーンも、いくつか。ママに、消防自動車の話をしていたイマドは、透析の時間になると、ママに抱きつく。皮膚の脆いシャルルの表情は、時折、呆然としたようになる。テュデュアルはモルヒネのせいで、絵を描いていても集中できず、苛立つ。

© Incognita Films-TF1 Droits Audiovisuels

 子どもたちのセリフの、ことごとくが、自然で、とてもいい。難病なんのその。病気と闘うたくましさに、おもわず声援を送りたくなる。
 子どもたちの周囲にいるおとなたち、ことに医者や看護士の対応が、親身である。難病の子どものいる友人によると、病状の詳しい説明や、治療方法の詳細を教えてくれないらしい。まして、患者本人の子どもが理解できるように、分かりやすく説明などは皆無らしい。フランスとの落差は、はなはだ大きい。
 監督は、アンヌ=ドフィーヌ・ジュリアンという女性ジャーナリストで、ふたりの女の子を、異染性白質ジストロフィーで亡くしている。
 映画のラスト近くで流れるのは、ルノーの唄う「ミストラル・ガニャン」で、すばらしい歌詞、曲である。砂糖菓子を引き合いに出して、父親が、娘とともに人生を語るといった歌詞が付いている。直訳すると、「勝利の北風」、「当たりの北風」。これでは、なんのことか分からないが、ルノーが子どものころにあった、当たりくじ券の付いた砂糖菓子の名前が「ミストラル・ガニャン」だそうだ。
 子どもたちは、難病を抱え、ありのままの日常を受け入れながら、瞬間瞬間を懸命に生きている。常に、人生の行方を決めるのは、自分自身である。かつて子どもであったおとなこそ、じっくり見るに価するドキュメンタリーだろう。

2018年7月14日(土)より、シネスイッチ銀座ico_linkほか全国順次公開

『子どもが教えてくれたこと』公式Webサイトico_link

監督・脚本:アンヌ=ドフィーヌ・ジュリアン
出演:アンブル、カミーユ、イマド、シャルル、テュデュアル
2016年/フランス/フランス語/カラー/80分/ヴィスタサイズ/DCP
日本語字幕:横井和子/字幕監修:内藤俊夫
原題:「Et Les Mistrals Gagnants」

後援:在日フランス大使館、アンスティチュ・フランセ日本
配給:ドマ
厚生労働省社会保障審議会特別推薦児童福祉文化財
文部科学省特別選定(青年、成人、家庭向き)
文部科学省選定(少年向き)
東京都推奨映画

【インタビュー】デジタル教科書は教師の味方?

 筆者も高齢、美術科や図画工作科におけるデジタル教科書の活用について「よく分からない」というのが正直なところです。そこで、デジタル教科書を活用した授業実践の豊富なお茶の水女子大学附属中学校美術科の桐山瞭子先生にインタビューしてみました。

上を向いて学ぼう

奥村「デジタル教科書って何がいいんですか。ただ印刷物がデジタル化されているだけのように感じるのですが……」
桐山「画像だけを見れば、そうかもしれませんが、授業の過程で考えると異なります。まず、上を向いて授業ができます。本の場合『教科書の○ページの作品を見て』と指示すると全員、下を向きますよね。電子黒板に教科書が投影されていれば、生徒は顔を上げるのです。教科書と電子黒板を見比べながら授業が進みます。」
奥村「なるほど、デジタル教科書が子どもの姿勢を変えるというのは目から鱗でした。実にさりげないことですが子どもの『姿勢』は、授業において決定的に重要です。子どもが何を感じ考えているかをとらえながら授業を進めるのが教師の技です。デジタル教科書によって生徒の顔が見えるようになるというのは大事ですよね。」
桐山「そうですね、教科書に掲載されている作品を『下を向いて見る』のと、同じ作品を『顔を上げて見る』ということは、全く異なります。解像度が高くクローズアップもできます。教科書だけではできなかった学習がいろいろできるようになりますね。」
奥村「作品をもとにディスカッションする対話型鑑賞活動には特に有効ですね。『今の意見は、この部分かな?』と具体的な根拠をもって鑑賞の授業ができます。教科書に掲載されている美術作品は、ずっと心に残っているものです。それがデジタル教科書によって、いっそう大切にできるというのはいいですね。」

当たり前のことが分かる

画面は「中学美術1 指導者用デジタル教科書」(日本文教出版)

桐山「当たり前の内容が、確実に理解できることも重要です。教科書に載っていることがよりちゃんと分かるのです。」
奥村「具体的にはどういうことですか?」
桐山「何度習っても難しい概念があります。例えば『光の三原色』と『色の三原色』の違いです。デジタル教科書には『光の三原色』がよく分かる動画が掲載されています。また、色相、彩度、明度の『色の三要素』は混乱しがちです。」
奥村「特に彩度は難しいですよね。」
 この問いに応えるために、桐山先生は電子黒板の前で授業を始めました。電子黒板に映っている色相環の赤、青、黄を囲み、マーカーで線を入れながら、、、
桐山「赤、青、黄、この三つの色があれば、その間の色はつくれますね。これが三原色です。」
桐山「この色が段々と少なくなっていくと……」
 そう言いながら、赤の彩度変化にそって、マーカーを左に動かしていきます。
桐山「最後には、色はなくなってしまいます。明るさや暗さ、つまり明度だけになってしまうのです。」
 桐山先生の手は、明度の段階にそって、上下に動きます。
奥村「桐山先生の手の動きと、画面の色や形が連動して、色相、彩度、明度がすっきり分かりました。先生自身の『動き』が、子どもの概念形成を助けている感じがします。」
桐山「デジタル教科書を用いるようになって、概念の共有が滑らかに行えるようになったのは事実です。それに伴って、子どもの作品も変わってきました。例えば、色の性質や効果を活用してポスターをつくるようになってきましたね。」

指導の効果を高める様々なコンテンツ

画面は「中学美術1 指導者用デジタル教科書」(日本文教出版)

桐山「これまでの教科書になかったコンテンツに助けられることもあります。例えば補色残像(※1)や明度対比(※2)は理解が困難な内容です。パワーポイントで分かりやすく教材を自作しているのですが、中々生徒が信じてくれない(笑)」
奥村「明度対比の図を見せて、『実は同じだよ』といっても、そもそも『そう感じていない』ので難しいですよね。」
桐山「でも、この動画で、すぐ理解できますよ。」
 桐山先生がデジタル教科書をタップすると、左から車が表れて、右に移動する動画が現れます。ゆっくりと動くことによって、私たちが背景の影響で明るさを感じていることが実感できます。
奥村「おそらくこのようなコンテンツは、工夫することが好きな誰かが、どこかで考え出したことでしょうね。紙ベースでは個の実践で閉じたままですが、デジタル教科書によってアイデアが広く公開されることになります。デジタル教科書がノウハウの共有を促進し、教育の質を高める効果があるのかもしれません。」
桐山「今までうまくいかなかったのは、実は紙ベースだけで授業を進めていたことが原因だったのでしょうね。デジタル教科書は、さまざまな資源をつなぐことができる可能性があります。私の実践もまだまだですが、これまで事実的な知識で終わっていたことを、子どもたち自身が使えるような概念とし、思考や判断をより深めることができればと思っています。」

お茶の水女子大学附属中学校 小泉薫先生のタブレットPCを用いた実践

 取材を通して、デジタル教科書はデジタル教科書単体で考えるのではなく、教師の技、授業計画、タブレットPCやデジタルノートなど他のメディア等、様々な資源とのつながりで考える必要があることが分かりました。組み合わせによっては学習効果の最大化が図れるのかもしれません。

 

※1:ある色を凝視した後に、白い壁などへ目を移すと,そこに補色が見えてくる現象。
※2:周りの明度の影響で、色が明るく見えたり、暗く見えたりすること。