ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス

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 大学まで、学校では図書館ではなく、図書室だった。授業とは関係のない本ばかり読んでいた。小学校のころは、鉄道関係の絵本。中学では、青少年向きに翻訳された海外の文学やミステリー。高校では、映画ばかり見ていたので、少ししか置いていなかった映画関係の本だった。大学では、音楽や演劇関係の本を多く読んでいたと思う。そんなことをふと思い出させてくれたのが、とてつもない数の本や資料の蔵書があるという図書館のドキュメンタリー映画で、フレデリック・ワイズマン監督の「ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス」(ミモザフィルムズ、ムヴィオラ配給)だ。
 この図書館は、観光名所になっているほど有名な図書館である。本館をはじめ、ニューヨークにある公共図書館の総称で、多くの図書館の集合体だ。ニューヨーク、ブルックリン、クイーンズの3つの公共図書館のほか、4つの研究図書館(黒人文化研究、舞台芸術、科学産業ビジネス、人文社会科学)がある。さらに、88もの地域分館がある。
 映画は、驚きの連続である。日本のあちこちにある図書館とは、雲泥の差。その活動範囲が膨大なのだ。
 もとより図書館は、単に、図書の閲覧をするだけの場ではない。ニューヨーク公共図書館では、インターネット社会に対応する取り組み、市民向けの公開レクチャーや、コンサートも開催する。さらに、学術研究や、ビジネス、地域コミュニティなどへの支援まで行う。
 映画に出てくるシーンを、ざっとたどってみよう。誰でもが参加できる「午後の本」という、ゲストを招いてのトークがある。この日のゲストは、「利己的な遺伝子」を書いたイギリスの生物学者、リチャード・ドーキンスだ。アメリカのキリスト教原理主義を、痛烈に批判する。
 年間3万件もの電話の問い合わせに、司書たちが、丁寧に対応している。マークスという館長が、公と民の共同作業について力説する。舞台芸術図書館では、ピアノのコンサートを開催している。ブロンクス分館では、消防署や建設現場で働く女性など、さまざまな職業の人たちが、就職支援プログラムの説明会でレクチャーする。
© 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved 予算をめぐって、幹部たちが会議を開いている。高校生たちが、課外授業として、図書館のピクチャー・コレクションの利用について学んでいる。ミュージシャンのエルヴィス・コステロのトークがあり、コステロは、イギリスのサッチャーを批判する。幹部たちは、IT設備をめぐっての議論を続けている。
 「午後の本」トークに、詩人のユーセフ・コマンヤーカが登壇し、言葉の持つ政治性について語る。点字・録音図書館では、点字の読み方、打ち方を教えている。障がい者のために、住宅手配のためのサービスがあり、担当者もまた視覚障がい者だ。ミッドマンハッタン分館の運営委員の女性が、「図書館は本の置き場ではない。図書館は人」、「未来に図書館は不要と言った人は、図書館の進化に気づいていない」などと語る。
 黒人文化研究図書館では、黒人たちの手になるアート作品の展示がある。幹部たちは、外部スタッフたちと、行政との関係について、議論している。住民参加の読書会では、ガルシア・マルケスの「コレラ時代の愛」を読む。
 図書館の舞台裏では、資料のデジタル化が進んでいる。ハーレム地区の分館では、ネット環境のない住民に、ネット接続の出来る機器の貸し出しを検討している。シニアのためのダンス教室もある。黒人文化研究図書館の設立90周年の祝賀パーティが開かれ、ムハンマド館長が、黒人女性芸術家の言葉を引用して、挨拶する。作家トニ・モリスンの「図書館は民主主義の柱」と、詩人・女優の「図書館は雲の中の虹」と。
 そのほか、幹部会議では、ホームレス問題を議論し、蔵書規定の見直しも検討する。パティ・スミスがライブに登場し、ジャン・ジュネへの敬愛ぶりを語る。
 とにかく、ニューヨーク公共図書館の活動の幅の広さ、未来を見据えた視点が、ストレートに伝わってくる。ふと、近くの公立の図書館を覗いてみた。平日のせいか、すいている。かなりご年輩の人が多い。雑誌や新聞を読んでいる。DVDで、映画を視聴できる一角があるが、誰も利用していない。なんとも、ニューヨークと都下の市、ひいては、日本とアメリカとの違いが著しい。
© 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved 図書館は、単に無料貸本屋ではない。10年ほど前、岩波新書の「未来をつくる図書館―ニューヨークからの報告―」(菅谷明子 著)という本を読んだ。ニューヨーク公共図書館の実態が、よく分かる。図書館で、自らの夢を実現した人たちを紹介し、図書館のビジネス支援や芸術への理解、市民との関わり、図書館の舞台裏などが、明快に書かれている。そして、インターネット時代だからこその図書館の果たす役割について触れている。217ページにこうある。「…今後、情報化がますます加速し、デジタル時代が進展しても、図書館が持つ基本的な機能は変わらないどころか、むしろ形を変えてますます重要になるだろう。」
 ニューヨーク公共図書館の財源は、市予算からと民間の寄付である。日本にも、国公立の図書館は多くあるが、はたして、民間の寄付は? いくつかの図書館では、民間や地元企業からの寄付や協力があり、企業が手がけた図書館もあるが、事例は少ないようだ。
 映画を見て思う。ほんとうの民主主義は、誰もが、文化的に暮らしていく上での多くのサービスを受けられることだ、と。図書館だけの話ではない。日本国憲法第三章「国民の権利および義務」の第二十五条はこうだ。「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」。
 「ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス」を撮ったフレデリック・ワイズマン監督は、多くの優れたドキュメンタリー映画を撮っている。つい最近では、「ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ」がある。ジャクソンハイツに住む、さまざまな人種の地域コミュニティの実態を、3時間9分にわたって、詳しくドキュメントしている。今回もまた、3時間25分と長い映画である。ところが、ちっとも長さを感じさせない。
 ナレーションは、ない。効果音楽もない。詳しい説明はない。ただ、淡々と、撮影現場にカメラを据えているだけである。だから、観客は、いつも、カメラとともに、現場にいるような感覚になる。監督は、1930年生まれ。いまなお、優れたドキュメンタリーを撮り続けている。
 図書館のありようから、民主主義の根幹を考えさせてくれる、優れたドキュメンタリー映画。必見だろう。

2019年5月18日(土)より、岩波ホールほか全国順次ロードショー!

『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』公式Webサイト

監督・録音・編集・製作:フレデリック・ワイズマン
原題:Ex Libris – The New York Public Library/2017/アメリカ/3時間25分/DCP/カラー
配給:ミモザフィルムズ/ムヴィオラ

授業のスキル 2 資料活用の指導

1.資料活用の意義

 社会科における資料活用についてですが、新学習指導要領解説では「社会的事象等について調べまとめる技能」に位置付けられています。具体的には、問題解決に必要な社会的事象に関する情報を集める技能、収集した情報を社会的な見方・考え方によって読み取る技能、読み取った情報を問題解決に沿ってまとめる技能であり、児童生徒自身が身に付けられるように繰り返し指導することが大切となります。

 対象となる資料は以下の通りです。

○第3学年及び第4学年…地図帳や各種の具体的資料

○第5学年…地図帳や地球儀、統計などの各種の基礎的資料

○第6学年…地図帳や地球儀、統計や年表などの各種の基礎的資料

 ここでポイントとなるのが、社会認識力を育むためには資料(事実)に基づいて考える力を育てることが重要となります。想像だけで話し合うのでは意見がかみ合わず、論理的な思考力が育ちません。資料活用が子どもの思考を促し、判断させる力を身に付ける上で重要となります。

 以下に紹介する活用法を参考に子どもたちの実態を踏まえ、必要に応じて意図的・計画的に指導していくことが大切となります。

2.資料活用の方法

 資料活用と指導のポイントを「グラフ」「地図」「写真」に分けて紹介します。

(1)グラフの読み取り方

 小学校でよく出てくるグラフには、棒グラフ、折れ線グラフ、帯グラフ、円グラフがあります。グラフなど統計資料は「基本情報⇒全体⇒細部」の順で進めます。初期に扱う棒グラフ・折れ線グラフを例に読み取りのポイントを説明します。

①「表題」及び「年度」や「出典」から何を表したグラフか。

②縦軸、横軸の「単位」は何か。

③「数値や変化」を読み取る。

④「数値や変化」のわけを考え、調べる。

 ③の「変化」の読み取りで大切なことは、まず増加や減少という大きな傾向を読み取ることです。次に大きく変化しているところに着目します。二つのグラフが併記されている時は、共通点や相違点を探すことが大切です。そして④の、なぜ、そのような変化があるのかを調べ、理由を考えていきます。そのことで、単に資料活用だけで終わるのではなく、考える力を育てることができます。

(2)地図の読み取り方

 社会科の教科書では地図がよく出てきますが、地図の活用には大きく二つあります。

 一つ目は場所の様子を表す活用法で、地形図や土地利用など主題図と呼ばれる地図の読み取りです。特定の課題について読み取ることができるので、地域の全体像がわかりやすくなります。地図を読み取る際に欠かすことのできない基本情報としては「タイトル」「凡例」「方位記号」「縮尺」の確認です。

 二つ目はいくつかの主題図の比較から発見し考察する活用法です。例えば、県の様子を表す三つの主題図(地形、土地利用、交通)を関連付けて読み取る場合です。地形図と土地利用図から平野部は水田に利用されていること、また、交通図との関連から住宅が集まっている地域は交通が発達していることを読み取ります。ここから「どうして水田は平野部に広がっているのだろう。」「交通が便利なところに住宅地が集まっているのはなぜだろう。」と考えるようになります。

 このように、地図に着目することで発見したり関連付けから考察に繋げたりすることができるようになります。

(3)写真の読み取り方

 景観や様子をとらえる写真の読み取りについても、グラフと同様に「基本情報⇒全体⇒細部」の順で進めます。指導のポイントは以下の通りです。

①写真の活用を通して修得させたい教師側の意図やねらいを事前に明確にしておく。

②子どもが写真を読み取る上で欠かすことのできない基本情報を確認する。

③写真全体からとらえられる事柄や傾向を読み取る

④写真の細部に目を向け、見つけた事実からそのわけを考え、調べる

 なお、②の写真が撮影された場所の位置、時期、資料のタイトルや解説文などの確認が①の教師の指導の意図やねらいと繋がっていることがポイントになります。

3.地図帳の積極的・効果的な活用

 新学習指導要領では、これまで4年生で配布されていた地図帳が3年生に繰り上がります。その趣旨は、地図帳が社会的事象の見方・考え方の一つである「空間的な見方・考え方」を育てる上で欠かせない資料だからです。地図帳の積極的な活用には教師が事前に地図帳の活用場面を知る必要があり、子どもたちが地図帳に慣れ親しむ指導にこれまで以上に力を入れていくことが大切となります。指導のポイントとしては以下の通りです。

○地図帳を配布したときや各学年の年度初めに、地図帳の構成や使い方を指導する。

○地図帳に掲載されている「索引の見方」について、実際に地名の位置を探す活動を通して具体的に指導する。

○方位、距離と縮尺、土地の高さ、地図記号など、地図を読むときの約束ごとを、必要に応じて指導する。

○地図からその場所のイメージをふくらませる力を養う。

○地図から必要な情報を読み取る技能を指導する。

○土地の高低を読み取る技能について具体的に指導する。

○縮尺で距離を調べる技能を指導する。

道徳科の指導 ―道徳的諸価値―

 新年度が始まりあっという間に一か月が経ちました。元号も平成から令和にかわり時間の経つ速さにいつも驚かされますが、先生方は如何お過ごしですか。
 さて、本年度は「特別の教科 道徳(以下、道徳科)」が始まるという中学校の道徳教育にとっても大きな節目の年となりました。新しく配布された教科書を手にして、生徒も先生も気持ちが引き締まるのではないでしょうか。始めが肝心と言われますが、この一年の取組が道徳科の今後に大きな影響を与えるとても大切な年になると思います。考える道徳・議論する道徳が円滑に実施され、生徒たちの道徳性が高まることを願っています。本シリーズも道徳科の指導や評価の在り方について、先生方に少しでも参考になるように具体的に取り上げていきたいと思っています。
 今回からしばらく「中学校学習指導要領」の道徳科の目標にある「道徳的諸価値についての理解を基に、自己を見つめ、物事を広い視野から多面的・多角的に考え、人間としての生き方についての考えを深める学習」という学習指導の在り方について考えていきたいと思います。
 まず、「道徳的諸価値」について考えていきたいと思います。道徳的諸価値とはどのようなものでしょうか。これは、「中学校学習指導要領」の「第3章 第2 内容」に示されている22の「内容項目」と考えてよいでしょう。どの内容項目もよりよく生きていくためにどうすればよいか考えたり、感じたりする時の大切な道徳的価値です。内容項目の数や分類は、生徒の実態や社会の状況に合わせて学習指導要領の改訂ごとに少しずつ変化していますが、中には変化しないものもあります。
 先日、オックスフォード大学のオリバー・スコット・カリー博士が世界の60地域の文化を多くの資料を基に調査し、全ての文化には共通する7つの普遍的な道徳的規範を共有しているという研究成果(注1)を発表しました。7つの道徳的規範とは、「家族愛(Family Values)」「集団への忠誠(Group Loyalty)」「相互扶助(Reciprocity)」「勇敢・勇気(Bravery)」「尊敬・敬意(Respect)」「公平・公正(Fairness)」「所有する権利(Property Rights)」でありますが、論文中では「勇敢」と「尊敬」は鷲と鳩にたとえて一つにまとめています。これは、鷲のように強く勇敢であるが相手に対しては常に尊敬と敬意を忘れない者が真の勇者であるということではないかと思います。この7つの道徳的規範は、我が国の道徳教育の内容項目の中にも必ず含まれています。
 カリー博士は「あらゆる文化において、類似する基本的な価値があることが判明した」「今回の研究が、異文化間の共通点、相違点を正しく認識し、相互理解を促す一助となることを願っている」(注2)と述べています。
 このような世界中の人々が共有しているとされる普遍的な道徳的価値に基づいて判断し行動できる生徒を、道徳教育を通して育てることが、世界で尊敬される国際人の育成につながるのではないでしょうか。

1 道徳的諸価値の理解

「今年のMOSの活動は『道徳科の指導と評価』をテーマにしようと思います。道徳科の学習は『道徳的諸価値の理解を基に』とありますが、子どもたちは道徳的諸価値をどのように理解していると思いますか。例えば誰でも知っている『生命の尊さ』という道徳的価値はどうでしょうか。」
真理「小学校4年生でギャングエイジである私の甥っ子は、日ごろから生命は大切だと生意気なことを言っていながら、捕まえたトンボの翅をむしって遊んでいました。昆虫にも大切な命があることが分かっていないようです。」
「以前テレビで、教室にゴキブリが出てきたら先生はどうするべきかと話し合う番組がありました。学校は生命の大切さを教えるところだからゴキブリを逃がすべきだという意見と、昆虫には益虫と害虫があり、病原菌を媒介するゴキブリは衛生上・管理上殺すべきだという意見がありました。これでは人間に役立たない生き物や害になる生き物の生命は殺してもよいということになるのではないかなと思いました。」
真理「牛、豚、ニワトリなどは食用として人間に役立つために殺されている。ただ、食べるときに『(生命を)いただきます』と言われているが……。」
道子「人間以外の生き物の生命の大切さは、人間の判断により決められているのではないかと思います。しかし、人間の生命は本当に尊重されているのだろうか。犯罪・事故・戦争・テロなどで毎日のように多くの生命が奪われたニュースが報道されています。そのような状況を当たり前のように見ている子どもたちは、人間の生命は尊重されなければならないと本当に思っているのかとても心配です。」
「人権教育では、生命(生きること)は自由や平等と同じく人間の権利『基本的な人権』として尊重されます。しかし、時には家族や同胞の人権を守るために、他者の人権(生命)を奪ってしまうことがあります。
 このように道徳的諸価値は、『生命の尊さ』という道徳的価値一つをとっても、子どもの発達の段階や社会環境などにより捉え方が違っています。道徳的諸価値を単に大切だと一方的に押し付けて指導するのではなく、多様な見方・考え方や実態があることに気づかせ、生命とは何か、生命を尊重するとはどういうことか深く考えさせることが大切です。
 写真は『友情』を主題として実施した授業の様子ですが、事前に友情とはどのようなものか生徒たちにアンケートを取り、内容を集計したものを模造紙にまとめて黒板の左端に掲示してあります。授業の導入でアンケートの集計を基に友情に対していろいろな考えがあることを共有してから、展開で西野カナの『Best Friend』の歌詞を用いて真の友情とは何か考えさせていました。」

2 道徳的諸価値を基にする

道子「道徳諸価値の理解を深めることの重要性は納得しましたが、その道徳的諸価値を基に考える学習とはどのようなことを言っているのでしょうか。」
「国語の学習と道徳科の学習の違いが時々問題になります。ともに読み物教材を読んで書いてある内容や登場人物の心情を読み取りますが、何処が違うかわかりますか。」
「国語は教材をしっかり読み取ること。そのために漢字や難しい言葉を覚え、読解力を育成することが目標だと思います。道徳は……、心を育成することが目標です。」
「なるほど学習の目標が違いますね。学習指導要領では、道徳科の目標は『よりよく生きるための基盤となる道徳性を養うため、(中略)道徳的な判断力、心情、実践意欲と態度を育てる。』とあります。ここで述べられている道徳的な判断力・心情・実践意欲・態度とはどのようなものでしょうか。」
真理「判断力はどうすればよいか考える力、心情はどちらが良いか悪いか感じる力、意欲や態度は良い行動をとろうとする心構えのようなものだと思います。いずれも何が良くて何が悪いか考える基準や原点となるものが必要だと思います。」
「さすが、道子さんは数学科的な発想ですね。数学と同じように道徳科にも思考するときに基準となるものが必要で、それが道徳的諸価値です。教材の登場人物の言動のもとになっている心情を単に読み取るのではなく、その心情の根底にある道徳的価値レベルを考えることが道徳科の学習です。前回紹介した中学校道徳教育セミナーで実施した模擬授業(教材:帰郷)では、皆さんが演じた登場人物の台詞の基になっている道徳的諸価値を、次の展開でしっかりと押さえておくことが大切です。例えば、『母さん、東京で一緒に暮らそう。』という息子の台詞には『どのような思いで言ったのだろうか。』という発問に対して、『母の看護をしなければならない。』と多くの生徒が答えると思います。しかし、ここでは『なぜ母を看護しようと考えたか』その理由を問うことにより、母を思う心という道徳的価値(内容項目:家族愛)や一人で育ててくれた母に対する感謝の心という道徳的価値(内容項目:感謝)に裏付けられていることに気づかせることができます。また、『この町がいいんだよ。』という母の台詞から住み慣れたふるさとから離れたくないという思い(内容項目:郷土を愛する態度)と共に、俳優として頑張っている息子に迷惑をかけたくないという息子のことを思う母の心(内容項目:家族愛)にもしっかりと気づかせたい。さらに、『研ちゃん。私たちはまだ元気だから、私たちでよければ、佐知子さんのリハビリや身の回りのことは手伝うけど……。』や『研ちゃん、私らだけじゃないんだよ。さっき見舞いに来た連中だって、ちょくちょくのぞくって、言ってるんだよ。』というおばさんとおじさんの台詞からは、相手を思いやる親切な言葉(内容項目:思いやり)を学ぶことができます。このように多くの登場人物の言葉の奥にある道徳的諸価値を考えさせることにより、筆者の心情を考えさせるだけではなかなか迫ることが難しい授業のねらい『人は多くの人々に支えられて生きていることに気づき、感謝する心を育成する』ことについての学習に達することができます。」
道子「中学校道徳教育セミナーでは、ドラマの後どのように授業を展開するのかという先生方から質問があり、十分に答えられず困りました。まだまだ勉強不足ですね。」
「授業をする前に教材を十分に読み分析して、どのような道徳的価値が含まれているか教材研究・教材解釈をすることが大切です。」
響・真理・道子「勉強頑張ります!」

 今回は道徳科の指導を行うにあたり考えていかなければならない道徳的諸価値(内容項目)について述べました。「内容項目B(5)は…。」などと話すと道徳おたくのように思われますが、道徳科の指導には常に道徳的価値を押さえて指導することが大切だと思います。次回は「自己を見つめ」とはどのようなことかについて述べたいと思います。ご期待ください。

注1:Oliver Scott Curry, Matthew Jones Chesters, Caspar J. Van Lissa (2019) “Mapping morality with a compass: Testing the theory of ‘morality-ascooperation’ with a new questionnaire” Journal of Research in Personality, 78, pp.106-124
注2:「七つの道徳規範、すべての社会に共通 オックスフォード大報告」2019年2月17日

他者の価値観から学び、自分の考えを深めるための指導過程 ~教材「最後のパートナー」の実践~(第2学年)

1 はじめに

 本実践では、他者との対話を授業の中心に取り入れた、「考え、議論する道徳」を実現するための、指導過程の工夫について、考察、検証しました。

(1)教材の背景を生徒にイメージさせる導入
 そもそも、生徒が教材に対して考えが深められるかどうかは、これまでの生活経験の差が大きいと考えられます。生徒が教材に共感し、考えを深めることが、より活発な話合いにつながるはずです。そのために、導入の大切さを再度見直し、導入部分で教材に対する知識やイメージを補足する時間をとって、生徒がより深く教材に入ることができる工夫が必要であると考えました。

(2)教材を焦点化する基本発問
 中学校で扱う教材は、長く複雑であるものも多いと感じます。登場人物の心情を順に追っていくのではなく、これからは学級全体で話し合わせることを目的とし、「課題を焦点化する」ことを基本発問の目的の一つとして位置づけることが必要であると考えます。

(3)話合いを深めるための発問
 答えが一通りに定まってしまうような発問では、話合いは活性化しません。生徒に様々な価値観から物事を多面的、多角的に考えさせるために、まず、生徒それぞれの価値観によって多様な考え、意見が期待できるような発問を設定します。

(4)自分の考えを深める発問
 話合いで、他者の価値観を学んだ後は、それを活かして、更に自分自身の価値観を見つめ直す発問を行い、生徒がこれまでの話合い活動を元に、自身を振り返り、個人で考えさせる時間を設定することが大切だと考えます。

2 実践報告

1 主題名 命をいつくしむ  D-(19)生命の尊さ

2 教材名 「最後のパートナー」(中学校道徳副読本「新 あすを生きる 2」日本文教出版)

3 ねらい

(1)ねらいとする道徳的価値について
 生命はかけがえのない大切なものである。生命を尊ぶことは、かけがえのない生命をいとおしみ、自らもまた、多くの生命によって生かされていることにこたえようとする心の表れと言える。私たちは多くの生命と関係を築き、その関係性の中で生きている。生命は自分のみならず周りのあらゆる生き物がもっている。その生命を大切にし、いつくしむには、ただ生きていればよいということではなく、自身はもちろん、あらゆる生命の尊厳、尊さを深く考えることが大切である。
 人間の生命のみならず、身近な動植物をはじめ、生きとし生けるもの生命の尊さに気付かせ、生命あるものは、互いに支え合って生き、生かされており、そのことに感謝の念を抱き、自分や、その周りのあらゆる生命をいつくしむ心を育てたい。

(2)生徒の実態について
 中学校の時期は、生命がかけがえのないものだということは理解できていても、健康に毎日を過ごせる場合が多いため、自己の生命に対する有り難みを十分感じていない生徒も多い。また、生命のかけがえのなさに心を動かされるような経験も少なく、生徒自身が生命の尊さを深く考える機会があまりない。
 そこで、中学校1年生の段階では、「生命の誕生」を見守る家族の姿から、生命の神秘性、関係性、一回性といった視点から考えを広げ、自身や周囲の生命を大切にして生きるにはどうすればよいかを考えた。それを踏まえて、中学校2年生では、身近な動物を「みとる」ボランティアの姿から、生命の尊厳や、生命あるものの支え合い、自己の生命の尊さに気付かせ、生命をいつくしむということについて、考えを深めさせる。

(3)教材について
 引退した盲導犬を引き取るボランティアを始めた筆者であるが、死による犬との早すぎる別れを経験するうちに、悲しみに耐えきれずボランティアを続ける意欲を失ってしまう。そんなとき、ボランティアが多くの人に役立っていることを知り意欲を取り戻す。本教材は、いつか迎える死は悲しいが、それ以上に懸命に生きる命は、多くの人との出会いを作り、そこに喜びを生むかけがえのないものであることに気付いた筆者の生き方を通して、生命の尊さについて深く考えることができる。

3 本時の学習

(1)ねらい
 生命はかけがえのない大切なものであることを理解し、自他の生命を尊重する心情を養う。

(2)指導過程

学習活動 主な発問(○)
・予想される生徒の反応

指導上の留意点(◇)



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1 引退後の盲導犬の動画を見て、犬の「老い」と、家族の関わりについてイメージを膨らませる。

○「盲導犬が、どんな一生を送るか、知っていますか。」

◇まずは、「引退した盲導犬」のその後を紹介した動画の前半部分を視聴させる。
◇動物を飼ったことのない生徒、また、動物が老いていく様子を目の当たりにしたことがない生徒も多い。動物と暮らす、ということは楽しいことだけではない。筆者の気持ちにより深く考えさせるために、生き物の最後に寄り添うことについて、具体的にイメージさせる。



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2 「最後のパートナー」を読み、次のことについて語り合う。

◇教師が範読する。

○「『もう、引退犬にはかかわりたくない。』と筆者が言うのは、どんな気持ちからなのでしょうか。」
・犬たちを愛していたからこそ、別れが辛かった。
・次の引退犬と出会っても、また短い時間で別れが来てしまう。それには耐えられないと感じたから。

◇引退犬との別れは、筆者にとってどういうものであったのか。筆者の気持ちを想像させる。

○「筆者が『これからも続けよう』と決心したのは、どんな思いからか。」
≪話合いの進め方≫
①自分一人で考え、付せん紙に書く。
②4人組で共有し、付せん紙を分類させる。
③分類の際、互いの意見について質問をし合い、それぞれの意見を深める。
④出された意見を学級全体で共有する。

・引退犬が幸せな余生を送ることは、その犬にこれまで関わった人にも希望を与えられる。
・引退犬と出会うことで、彼らを通じて多くの人とつながることができたことに気づいた。
・犬と一緒にいられることが自分にとっても幸せだと思った。

◇発問1のような葛藤があったにもかかわらず、筆者が引退犬ボランティアを続けることを決心したのはなぜか。考えさせる。
◇松尾さんからの手紙をもう一度読んで、その手紙からこれまでの経験が思い起こされ、筆者の胸には様々な思いがあったことを想像させてから、発問する。
◇多様な視点から、複数の意見を出すよう働きかける。
◇4人組の活動の後、どんな意見が出されたか、それぞれの意見を問い返し、深めながら学級全体で共有する。

○「筆者は死んでしまう犬に、最後にどんなことばをかけるでしょうか。考えてみましょう。」
・今まで一緒にいられて幸せだった。ありがとう。
・あなたのおかげで多くの人が助かったよ。これまでよく頑張ったね。
・あなたがいて、私も、ほかの人たちも、みんな幸せだったよ。

◇本文にあった「みとりの親」という言葉から、「みとる」瞬間に筆者はどんな思いを抱き、何を伝えるのか、想像させる。
◇「みとりの親」である筆者が、どのように彼らを送るのかを考えることで、筆者自身が彼らと暮らすことで感じていた幸せや、彼らにとって安らかで幸せな最後を願う多くの人の気持ちについて考えを深めさせる。

3 実際の「みとり」の場面の動画を見て、家族の思いから、自分の考えを振り返る。

◇動画の後半を視聴し、実際に引退犬ボランティアの方が、犬をみとる姿を見て、自分の考えを振り返り、深める。



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4 「今日の授業で、生命について感じたこと、考えたことを自由に書いてください。」

◇教師自身の経験を話す。
◇命の大切さ、他者の生命尊重について考えたことを記入させる。

(3)板書計画