学び!と道徳2

学び!と道徳2

道徳科の指導 ―道徳的諸価値―
2019.05.14
学び!と道徳2 <Vol.12>
道徳科の指導 ―道徳的諸価値―
岡田 芳廣(おかだ・よしひろ)

 新年度が始まりあっという間に一か月が経ちました。元号も平成から令和にかわり時間の経つ速さにいつも驚かされますが、先生方は如何お過ごしですか。
 さて、本年度は「特別の教科 道徳(以下、道徳科)」が始まるという中学校の道徳教育にとっても大きな節目の年となりました。新しく配布された教科書を手にして、生徒も先生も気持ちが引き締まるのではないでしょうか。始めが肝心と言われますが、この一年の取組が道徳科の今後に大きな影響を与えるとても大切な年になると思います。考える道徳・議論する道徳が円滑に実施され、生徒たちの道徳性が高まることを願っています。本シリーズも道徳科の指導や評価の在り方について、先生方に少しでも参考になるように具体的に取り上げていきたいと思っています。
 今回からしばらく「中学校学習指導要領」の道徳科の目標にある「道徳的諸価値についての理解を基に、自己を見つめ、物事を広い視野から多面的・多角的に考え、人間としての生き方についての考えを深める学習」という学習指導の在り方について考えていきたいと思います。
 まず、「道徳的諸価値」について考えていきたいと思います。道徳的諸価値とはどのようなものでしょうか。これは、「中学校学習指導要領」の「第3章 第2 内容」に示されている22の「内容項目」と考えてよいでしょう。どの内容項目もよりよく生きていくためにどうすればよいか考えたり、感じたりする時の大切な道徳的価値です。内容項目の数や分類は、生徒の実態や社会の状況に合わせて学習指導要領の改訂ごとに少しずつ変化していますが、中には変化しないものもあります。
 先日、オックスフォード大学のオリバー・スコット・カリー博士が世界の60地域の文化を多くの資料を基に調査し、全ての文化には共通する7つの普遍的な道徳的規範を共有しているという研究成果(注1)を発表しました。7つの道徳的規範とは、「家族愛(Family Values)」「集団への忠誠(Group Loyalty)」「相互扶助(Reciprocity)」「勇敢・勇気(Bravery)」「尊敬・敬意(Respect)」「公平・公正(Fairness)」「所有する権利(Property Rights)」でありますが、論文中では「勇敢」と「尊敬」は鷲と鳩にたとえて一つにまとめています。これは、鷲のように強く勇敢であるが相手に対しては常に尊敬と敬意を忘れない者が真の勇者であるということではないかと思います。この7つの道徳的規範は、我が国の道徳教育の内容項目の中にも必ず含まれています。
 カリー博士は「あらゆる文化において、類似する基本的な価値があることが判明した」「今回の研究が、異文化間の共通点、相違点を正しく認識し、相互理解を促す一助となることを願っている」(注2)と述べています。
 このような世界中の人々が共有しているとされる普遍的な道徳的価値に基づいて判断し行動できる生徒を、道徳教育を通して育てることが、世界で尊敬される国際人の育成につながるのではないでしょうか。

1 道徳的諸価値の理解

「今年のMOSの活動は『道徳科の指導と評価』をテーマにしようと思います。道徳科の学習は『道徳的諸価値の理解を基に』とありますが、子どもたちは道徳的諸価値をどのように理解していると思いますか。例えば誰でも知っている『生命の尊さ』という道徳的価値はどうでしょうか。」
真理「小学校4年生でギャングエイジである私の甥っ子は、日ごろから生命は大切だと生意気なことを言っていながら、捕まえたトンボの翅をむしって遊んでいました。昆虫にも大切な命があることが分かっていないようです。」
「以前テレビで、教室にゴキブリが出てきたら先生はどうするべきかと話し合う番組がありました。学校は生命の大切さを教えるところだからゴキブリを逃がすべきだという意見と、昆虫には益虫と害虫があり、病原菌を媒介するゴキブリは衛生上・管理上殺すべきだという意見がありました。これでは人間に役立たない生き物や害になる生き物の生命は殺してもよいということになるのではないかなと思いました。」
真理「牛、豚、ニワトリなどは食用として人間に役立つために殺されている。ただ、食べるときに『(生命を)いただきます』と言われているが……。」
道子「人間以外の生き物の生命の大切さは、人間の判断により決められているのではないかと思います。しかし、人間の生命は本当に尊重されているのだろうか。犯罪・事故・戦争・テロなどで毎日のように多くの生命が奪われたニュースが報道されています。そのような状況を当たり前のように見ている子どもたちは、人間の生命は尊重されなければならないと本当に思っているのかとても心配です。」
「人権教育では、生命(生きること)は自由や平等と同じく人間の権利『基本的な人権』として尊重されます。しかし、時には家族や同胞の人権を守るために、他者の人権(生命)を奪ってしまうことがあります。
 このように道徳的諸価値は、『生命の尊さ』という道徳的価値一つをとっても、子どもの発達の段階や社会環境などにより捉え方が違っています。道徳的諸価値を単に大切だと一方的に押し付けて指導するのではなく、多様な見方・考え方や実態があることに気づかせ、生命とは何か、生命を尊重するとはどういうことか深く考えさせることが大切です。
 写真は『友情』を主題として実施した授業の様子ですが、事前に友情とはどのようなものか生徒たちにアンケートを取り、内容を集計したものを模造紙にまとめて黒板の左端に掲示してあります。授業の導入でアンケートの集計を基に友情に対していろいろな考えがあることを共有してから、展開で西野カナの『Best Friend』の歌詞を用いて真の友情とは何か考えさせていました。」

2 道徳的諸価値を基にする

道子「道徳諸価値の理解を深めることの重要性は納得しましたが、その道徳的諸価値を基に考える学習とはどのようなことを言っているのでしょうか。」
「国語の学習と道徳科の学習の違いが時々問題になります。ともに読み物教材を読んで書いてある内容や登場人物の心情を読み取りますが、何処が違うかわかりますか。」
「国語は教材をしっかり読み取ること。そのために漢字や難しい言葉を覚え、読解力を育成することが目標だと思います。道徳は……、心を育成することが目標です。」
「なるほど学習の目標が違いますね。学習指導要領では、道徳科の目標は『よりよく生きるための基盤となる道徳性を養うため、(中略)道徳的な判断力、心情、実践意欲と態度を育てる。』とあります。ここで述べられている道徳的な判断力・心情・実践意欲・態度とはどのようなものでしょうか。」
真理「判断力はどうすればよいか考える力、心情はどちらが良いか悪いか感じる力、意欲や態度は良い行動をとろうとする心構えのようなものだと思います。いずれも何が良くて何が悪いか考える基準や原点となるものが必要だと思います。」
「さすが、道子さんは数学科的な発想ですね。数学と同じように道徳科にも思考するときに基準となるものが必要で、それが道徳的諸価値です。教材の登場人物の言動のもとになっている心情を単に読み取るのではなく、その心情の根底にある道徳的価値レベルを考えることが道徳科の学習です。前回紹介した中学校道徳教育セミナーで実施した模擬授業(教材:帰郷)では、皆さんが演じた登場人物の台詞の基になっている道徳的諸価値を、次の展開でしっかりと押さえておくことが大切です。例えば、『母さん、東京で一緒に暮らそう。』という息子の台詞には『どのような思いで言ったのだろうか。』という発問に対して、『母の看護をしなければならない。』と多くの生徒が答えると思います。しかし、ここでは『なぜ母を看護しようと考えたか』その理由を問うことにより、母を思う心という道徳的価値(内容項目:家族愛)や一人で育ててくれた母に対する感謝の心という道徳的価値(内容項目:感謝)に裏付けられていることに気づかせることができます。また、『この町がいいんだよ。』という母の台詞から住み慣れたふるさとから離れたくないという思い(内容項目:郷土を愛する態度)と共に、俳優として頑張っている息子に迷惑をかけたくないという息子のことを思う母の心(内容項目:家族愛)にもしっかりと気づかせたい。さらに、『研ちゃん。私たちはまだ元気だから、私たちでよければ、佐知子さんのリハビリや身の回りのことは手伝うけど……。』や『研ちゃん、私らだけじゃないんだよ。さっき見舞いに来た連中だって、ちょくちょくのぞくって、言ってるんだよ。』というおばさんとおじさんの台詞からは、相手を思いやる親切な言葉(内容項目:思いやり)を学ぶことができます。このように多くの登場人物の言葉の奥にある道徳的諸価値を考えさせることにより、筆者の心情を考えさせるだけではなかなか迫ることが難しい授業のねらい『人は多くの人々に支えられて生きていることに気づき、感謝する心を育成する』ことについての学習に達することができます。」
道子「中学校道徳教育セミナーでは、ドラマの後どのように授業を展開するのかという先生方から質問があり、十分に答えられず困りました。まだまだ勉強不足ですね。」
「授業をする前に教材を十分に読み分析して、どのような道徳的価値が含まれているか教材研究・教材解釈をすることが大切です。」
響・真理・道子「勉強頑張ります!」

 今回は道徳科の指導を行うにあたり考えていかなければならない道徳的諸価値(内容項目)について述べました。「内容項目B(5)は…。」などと話すと道徳おたくのように思われますが、道徳科の指導には常に道徳的価値を押さえて指導することが大切だと思います。次回は「自己を見つめ」とはどのようなことかについて述べたいと思います。ご期待ください。

注1:Oliver Scott Curry, Matthew Jones Chesters, Caspar J. Van Lissa (2019) “Mapping morality with a compass: Testing the theory of ‘morality-ascooperation’ with a new questionnaire” Journal of Research in Personality, 78, pp.106-124
注2:「七つの道徳規範、すべての社会に共通 オックスフォード大報告」2019年2月17日