「文化の舌」と図画工作・美術

 先の見えにくい世の中、様々な人々から「これから何が大事ですか」と尋ねられます。「グローバルに展開する中では、違いや独創性が問われます。それをつくりだすのは、自分たちの『文化の舌』でしょう」と話しています。

地元の舌

 私の郷土、宮崎では「地鶏の炭火焼き」が有名です。炎を上げながら、骨付きのモモ肉を一気に焼き上げます。そのままかぶりついてもよし、切ってたべてもよし、炭の香りと鶏のジューシーな味わいが特徴です。
 他の土地でも「地鶏の炭火焼き」は食べられます。それはそれで美味しいのですが、どこか違和感があります。どうしても「これじゃない感」が残るのです。
 理由は私が宮崎出身の人間だからでしょう。「地鶏の炭火焼き」は宮崎の人々の「地元の舌」と密接に関係しています。「地元の舌」は、海や山の恵みが豊富な土地、全国有数の農産物生産地、香りや味に対する好みなど、様々な資源から構築されています。
 「地鶏の炭火焼き」はこの「舌」から生み出されました。当然、宮崎で提供される「地鶏の炭火焼き」には「地元の舌」にふさわしい味が求められます。それが、他の地域で出される「地鶏の炭火焼き」との微妙な違いになるのでしょう。
 「博多のとんこつラーメン」「広島のお好み焼き」「仙台のバラ焼き」なども同じです。「地元の舌」に鍛えられた「地元の名物」が、その土地ならではの味を醸し出すのです。

文化の舌

 同じことが食以外の文化にも当てはまります。
 例えば、私たちは、庭や植物に詳しいわけでもないのに、洋画に出てくる日本庭園の微妙な違和感に気づきます。着物を着たり、仕立てたりした経験がないのに「着物の着方は正しいか」「場の雰囲気と合っているか」などが分かります……。いずれも長年の経験を通して形成された、いわば文化的な「舌」のおかげでしょう。
 「日本人でないと分からないのだ」と強調したいわけではありません。独立して存在する文化は一つもなく、私たちの文化も、これまで取り入れてきた多くの文化によって成り立っています。日本茶は海外で流行っているようですし、国内で行われる盆栽の世界大会には海外の愛好家やバイヤーが大勢集まります(※1)。文化の多様性、文化の融合や調和などは今後ますます大切になる視点です。
 ただ、我が国の伝統や文化に関わる作品や演奏などが、それを理解する多くの人々によって支えられてきたのも事実です。文化が生み出された気候や風土を味わい、歴史や社会を感じ、そこで培われた感覚や感性を共有する人々の「文化の舌」こそが、文化的な質や水準などを保証しているのです。

図画工作・美術と「文化の舌」

 「文化の舌」という観点から、図画工作の題材を検討してみましょう。

画像1:日本文教出版 2020年度版教科書『図画工作 5・6下』p.10-11

 第6学年の教科書に「墨と水から広がる世界」という題材があります(画像1)。墨のかすれやにじみなどを生かしながら、動きや構成、空間や奥行きなどを表現する学習です。
画像2 学習過程に目を向けたとき、例えば、子どもが濡れた紙に墨を一滴置いて、そこで広がるにじみに「これ、いいな!」と思った瞬間、その子の背後に書道や美術の文化が広がっているはずです(画像2)。同じように、筆のかすれにカブトムシを見付けたときに夏休みの昆虫採集が思い起こされ(画像3:作品画像)、筆のぼかしに木々を感じたりしたときに霧や雨の多い気候が(画像4:作品画像)立ち上がるのでしょう。

画像3:ヘラクレスオオカブトの戦い画像4:のどかな風景

 造形活動は生態系のような文化的ネットワークによって成立します。子どもたちの一瞬一瞬は、自分自身に働いている文化との対話であり、その表現を通して感覚や感性を育んでいるのです。
 学習指導要領の解説書には以下の説明があります。

 我が国の伝統や文化について取り扱う場合は,人々が前の世代から受け継ぎ,維持,変化させながらつくりだしてきたことや,生活の中で今も生きて働いており自分たちの感じ方や見方を支えるものであることを踏まえる必要がある。自分たちのよさを再発見するような視点で行い,これを大切にしたり,芸術や自然の美しさを味わったりしていこうとする態度の素地となることが重要である。(※2)

 我が国の伝統や文化は子どもたちの感じ方や見方の中にしみこんでいます。同時に、その感覚や感性によって我が国の伝統や文化は成立しています。伝統や文化を取り扱うときには、それを特別なものとせず、身近であり、常に生きて働いている機能としてとらえていくことが大切なのかもしれません。

※1:『「世界盆栽大会 in さいたま」大盛況レポート! BONSAIはすでに世界的アートでした』 https://www.ark-gr.co.jp/blog/sekai-bonsai-taikai2017/ 2017.6.12
※2:文部科学省「第5学年及び第6学年 「B鑑賞」(1)ア」『小学校学習指導要領(平成29年告示)解説 図画工作編』98p

田園の守り人たち

©2017 – Les films du Worso – Rita Productions – KNM – Pathé Production – Orange Studio – France 3 Cinéma – Versus production – RTS Radio Télévision Suisse

 一昨年、2017年の第30回東京国際映画祭のワールド・フォーカス部門で上映された「ガーディアンズ」が、このほど、「田園の守り人たち」(アルバトロス・フィルム配給)とのタイトルで公開される。風格ある傑作で、公開を待ち望んでいた一本だ。
 舞台はざっと100年ほど前、第一次世界大戦さなかのフランスの農村だ。いつの時代もそうだが、およそ戦争でひどい目にあうのは、銃後の女性たちや老人、子どもである。映画は、ほとんどの馬が供出され、残された女性たちが、必死に農作業を続け、なんとか生き延びていく過程を、美しい田園風景を背景に、丁寧に掬い取っていく。
 もう老女である未亡人のオルタンス(ナタリー・バイ)は、二人の息子を戦争にとられ、娘のソランジュ(ローラ・スメット)と農場を守っている。ソランジュの夫もまた、戦争に従軍している。冬が来る前に、刈り入れがあり、種まき仕事がある。オルタンスは、孤児の若い女性フランシーヌ(イリス・ブリー)を雇い入れる。オルタンスは、まじめで仕事熱心なフランシーヌを、家族同様に扱う。
 戦闘シーンはほとんどないが、農村に戦争の悲惨さがのしかかる。ソランジュの夫はドイツ軍に捕らえられ、長男は戦死する。一時帰郷で戻っていた次男ジョルジュ(シリス・デクール)は、誠実なフランシーヌに想いを寄せるが、戦争は続いている。ジョルジュは、再び戦場に戻っていく。
©2017 – Les films du Worso – Rita Productions – KNM – Pathé Production – Orange Studio – France 3 Cinéma – Versus production – RTS Radio Télévision Suisse 夫の帰りを待ちわびるソランジュは、駐留しているアメリカの兵士とのことで、問題を起こす。戦時下といえども、生きてあるかぎり、人は人を愛する。さまざまな状況に直面しても、オルタンスは、必死に農場と家族を守ろうとする。
 オルタンス、ソランジュ、フランシーヌと、世代の異なる女性の思想、価値観の相違が、不条理な戦争を背景に、浮かび上がる。戦争は続いていても、やがて時代は、そして農村は、少しずつだが、変化を見せ始める。
 女優たちの、少ないけれど、練られたセリフが、時代の変化を雄弁に物語る。また、女優たちの表情に込めた、生き抜いていこうとする思いが、ひしひしと伝わってくる。
 三世代にわたる女優たちが熱演する。オルタンスを演じたナタリー・バイが、貫禄じゅうぶん。フランソワ・トリュフォー監督の「映画に愛をこめて アメリカの夜」以来の大ファンである。なんと、スティーブン・スピルバーグ監督の「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」では、レオナルド・ディカプリオの母親役で出ていた。最近では、グザヴィエ・ドラン監督の「わたしはロランス」や、「たかが世界の終わり」でも健在ぶりを示している。
 娘のソランジュ役のローラ・スメットは、ナタリー・バイと大歌手ジョニー・アリディとの間に生まれた娘である。実際の母娘が、劇中でも母娘に扮する。お互いに幸せなことだろう。
 フランシーヌを演じたイリス・ブリーは、オーディションで選ばれ、大女優の母娘を相手に、気後れなく、堂々と渡り合う。
 原作がある。学校の教師で、戦場経験もあるエルネスト・ペロションの書いた同名小説を基に、監督のグザヴィエ・ボーヴォワが脚本に参加する。ボーヴォワ監督は、「神々と男たち」や、「チャップリンからの贈り物」を撮ったが、俳優としても有名で、「ポネット」や「永遠のジャンゴ」などに出ている。監督作、出演作のいずれもが、フランス映画らしい、小粋で端正なたたずまいの映画ばかりだ。
©2017 – Les films du Worso – Rita Productions – KNM – Pathé Production – Orange Studio – France 3 Cinéma – Versus production – RTS Radio Télévision Suisse 背景に戦争があり、働き手のない農村が舞台の、過酷で悲惨なドラマだが、生き抜こうとする女性たちは、力強く、端正だ。また、声高に反戦を訴えるわけではない。ひとえに、監督の美意識だろう。
 とてつもなく美しい田園風景を捉えたカメラ、効果的に入る音楽にも注目してほしい。撮影は、女性のキャロリーヌ・シャンプティエ。音楽は、今年の1月26日に亡くなったミシェル・ルグランだ。それぞれ、今まで、どのような映画に関わったかは、少し調べると分ること。ぜひ、調べてほしい。
 歴史をひもとくまでもなく、世界では、思想信条や宗教、人種の相違、エネルギーや食料をめぐっての争いが絶えない。映画は、こういった争いを起こさせないほどの説得力のあるメディアと信じている。
 日本でも、戦争をまったく知らない世代の政治家が、圧倒的多数だ。要人たちは、裕福で何の苦労もなく、お育ちである。銃後を守る女性、老人、子どもたちに思いを馳せることは皆無だろう。どんなことがあっても、二度と、戦争はしない。口先ばかりの「寄り添い」ではなく、社会的弱者に思いを馳せる。それが、最低限の政治家の役目だろう。
 まもなく8月15日がやってくる。国会議員全員、「田園の守り人たち」をじっくり、ご鑑賞されたい。

2019年7月6日(土)より、岩波ホールほか全国順次公開

『田園の守り人たち』公式Webサイト

監督:グザヴィエ・ボーヴォワ
原作:エルネスト・ペロション
撮影:キャロリーヌ・シャンプティエ
音楽:ミシェル・ルグラン
出演:ナタリー・バイ、ローラ・スメット、イリス・ブリー
2017年/フランス・スイス/フランス語/シネスコ
原題:Les Gardiennes/135分/日本語字幕:岩辺いずみ
配給:アルバトロス・フィルム