「2020年度版 小学校教科書のご案内」生活資料DL:年計・評価規準 H27版下巻追加

「2020年度版 小学校教科書のご案内」特設サイト:「2020年度版教科書『わたしとせいかつ』のご案内」に「資料ダウンロード:年間指導計画案・評価規準(令和2年度使用 平成27年度版 下巻)」を追加しました。

ふたば未来学園──未来を取り戻すための学校①

1.福島県双葉郡に教育を取り戻す

図1 開校当時のふたば未来学園高校 2015年4月、地方創生イノベーションスクール2030と同時にスタートしたのが、同プロジェクトにも参加している福島県立ふたば未来学園高等学校でした。
 東京電力福島第一原子力発電所事故で被災した双葉郡内の高校は、県内8箇所のサテライト校に分散して授業をすることを余儀なくされ、おおよそ通常の高校生活とはかけ離れた生活を強いられていました。それでなくとも悲惨な避難生活を送っている生徒たちは、1時間も2時間もかけて登校し、別高校の体育館や空き教室などを使った臨時の教室に詰め込まれ、ビデオで授業を受けるなどの劣悪な状況となっており、一刻も速い救済が望まれていました。
 しかしながら、町や村の復興という大命題の重大さから教育の復興は脇に置かれてしまいがちで、とりあえずは通える高校があれば当面しのげると受け止められていました。実際、劣悪なのは高校のみならず、双葉郡の各小学校や中学校もいわき市をはじめ他の自治体の学校を間借りしてなんとかやっていましたが、施設の不足やカリキュラムの実施不能、いじめ問題、そして限界を超えた教員の健康状態……と、あらゆる面で問題が噴出していました。

2.OECD東北スクールとふたば未来学園高校

 双葉郡8町村の教育長たちは協働して、この状況を改善し、今の子どもたちがふるさとを復興する人材となるように育てるための教育復興に向けた「双葉郡教育復興ビジョン」をとりまとめる作業を始めました。地域の復興の鍵は教育にあるという信念を持って、既存の高校に代わって新設校を郡内に建造することを一つのゴールに位置づけました。避難先などに、散り散りになっている高校生や中学生、小学生を集め、どんな高校にすればいいのか子どもたち自身が考えるという前代未聞の「双葉郡子供未来会議」が3回開催され、とりまとめられたアイディアは高校生から教育長に手渡されました。
図2 双葉子供未来会議の様子 高校新設の一連の作業を進めるために奔走したのは、文部科学省生涯学習政策局の南郷市兵氏でした。南郷氏は東日本大震災発災直後から、教育に関わる被災状況を東北中から集め、単なる復旧に留まらない「創造的復興教育」を提唱し、被災地と文科省を毎日のように往復していました。「OECD東北スクール」も「創造的復興教育」の一つとして、南郷氏が文科省側の窓口となっていました。2012年から2014年にかけて「OECD東北スクール」と「ふたば未来学園高等学校」の準備作業は同時並行して進められ、その内容も含めて、両者は震災後に同時に育まれた「双子」だったのです。
図3 子どもたちが考えた新しい学校の概念 「双葉郡教育復興ビジョン」の作業はスピードが求められていました。それは一つに、現在の子どもたちを一日も早く安心できる学校で教育しなければならないこと、もう一つは、被災地の状況は常に変化しており、ビジョンを実行するチャンスを逸してしまう恐れがあったことです。高校を新設する方針が固まった後でも「以前の高校の復活希望」「高校の立地場所の不公平感」「そもそも原発被災地に高校を新設する是非」など、きわめて困難な課題は途切れることはありませんでした。しかしこれらの重い課題を乗り越えたのは、他でもない8町村の教育長たちの「子どもたちに未来を取り戻させる」情熱以外の何ものでもありませんでした。

3.ふたば未来学園高校のスタート

図4 応援団の授業(箭内道彦氏) 2015年4月にスタートした福島県立ふたば未来学園高等学校は、世界の誰もが経験したことのない悲劇を乗り越え、地域を再生させるために新設された、文字通り未来を託された高校でした。2019年には中学校も併設される中高一貫校で、校舎は地元の公立中学校を借り受けました。校長には丹野純一氏が就任し、建学の精神を「変革者たれ」とし「未来創造型教育」をカリキュラムの理念としました。副校長には南郷市兵氏が就任し、OECD東北スクールで学んだ探究型のカリキュラムやルーブリックを導入し、方々から集まってきた先生方を一つにまとめようと心血を注ぎました。教務主任には、OECD東北スクールの主要メンバーだった對馬俊晴氏が着任し、探究型授業を模索しました。
図5 2019年4月に開校した新校舎 小泉進次郎氏や秋元康氏、箭内道彦氏、平田オリザ氏ら各界から20名ほどが集まり応援団も結成されました。私はふたば未来学園高校の開校にはタッチしていませんが、それでも南郷氏とは新しくできる高校のイメージを何度話したことがあり、「ArtとWorkがコンセプトの学校になればいい」などと無責任に夢を描きましたが、この応援団は、その夢を現実にする力を持っていました。
 ふたば未来学園は地域に開かれたカリキュラムを標榜し、被災地の抱える課題を学校として、生徒として受け止め、現実と格闘する、世界中のどこにもない唯一無二の学校です。2019年4月には待望の新校舎が完成し、中学生も入学してきました。同校は、地方創生イノベーションスクール2030のシンボルの一つでもありました。

真鶴町・石の彫刻祭

事前に石切り場で選んだ小松石をハートの形に彫刻する冨長。 「真鶴町・石の彫刻祭」は神奈川県の真鶴半島で産出される小松石を素材としたアート作品の公開制作やワークショップ等を通して、石とアートの魅力を融合し、日本における石の文化を世界に発信する芸術祭である。2019年から2020年にかけて、国内外で活動する注目アーティストたちが小松石を素材に彫刻を中心とした多彩な表現を展開する。
 2019年秋には滞在による公開制作をはじめトークショーやワークショップなどを随時実施予定となっており、期間中に作品の完成から設置までが行われるとのこと。来る2020年の夏には作品公開イベントを開催する予定となっている。実は真鶴には1963年にも世界各国から彫刻家が集結した「世界近代彫刻シンポジウム」が開催された歴史がある。国内外12名の彫刻家が小松石を用いて公開制作を行い、1964年の東京オリンピック開催時には新宿御苑で作品を展示し、大きな反響を呼んだという。今回の「真鶴町・石の彫刻祭」はその歴史を踏まえて開催されているものなのである。
 参加アーティストの一人である冨長敦也に話を聞いた。
 冨長はハートの形に彫刻した石を、その土地で出会う人々と共に磨き、みんなの想いでその石を輝かせるという「Love Stone Project」を展開している彫刻家だ。これは東日本大震災の被災地を訪れた経験から生まれた参加型プロジェクトである。大人から子どもまであらゆる人が参加可能で、人が腰掛けられるほどの大きさのものから、女性が抱えられるくらいのサイズのものまで、多彩な大きさの石を用いて、様々な地域で行われてきた。日本全国をはじめ、ニューヨーク、イタリア、メキシコ、ベトナム、カンボジアなど、これまで200ヶ所以上で実施され、およそ2万人以上が参加しているという。
 石を磨く作業は80番くらいの粗い耐水ペーパーから始まり、冨長のプランに従い、徐々に番手を上げていく。世の人々は一般的に、石は非常に硬く、人の手では研磨することなどできないという先入観を持っている。しかし、一旦磨きはじめると、粉が吹き始め自分にも石を磨くことができるのだ、と気付く。自分が向き合っている、その作品に変化を与えられることを実感すると、楽しくなるのだ。人はその作業に没頭していく。
 冨長は言う。「川の上流の石はごつごつした形をしていますよね。でも、それが川を流れて下流に行くにしたがって、角が取れて丸い石になっていく。その変化は自然の行為そのものです。このLove Stone Projectでは人々がその川の流れになり、自然がするのと同じように、石を磨き上げていくのです。」
 磨く作業は手触りに変化を与え、その変化は石との対話となる。石との対話は自分との対話にもつながり、石を磨く行為と共に人は自然の一部になっていく。そして、その石を中心に参加者がひとつになっていく。冨長は「子どもたちには触れることを、人々には交わることを伝えたい」と語っている。
 そんな「Love Stone Project」の真鶴版は9月28日から毎週末に11月いっぱいまで開催される。詳細は以下のリンクを参照のこと。

(編集部)