〔共通事項〕が目指した「私」

 〔共通事項〕が生まれて、すでに12年。本稿では〔共通事項〕が目指したことや提案された当時の経緯などについて、少し変わった視点から振り返ってみます。

「音」から成立する「私」

写真1 クリック or タップで音が出ます。 音楽を流しながら作業をしている時、ある「音」が響くと私は「ズズッ」とその方向に引き込まれます。それは、ひずんだ重いギターの音です(写真1をクリック or タップして下さい)。この音を聞くと、私の顔は、その音に夢中になった思春期の少年になってしまいます。
 それは、「音」から、年齢不詳の「私」が立ち上がった瞬間です。同時に「音」が意味をもって現れる瞬間でもあります。音が「世代の心を奪った音楽」になるのは、その後の話です。
 旋律やリズム、構造などではなく「音」なのです。「音」と「私」が同時に成立する。ギターの音が鳴り響いた時、私におきているのは、そのようなことでしょう。

「新聞紙」から成立する「私」

 造形で考えてみましょう。

写真2写真3

 写真2の「新聞紙」は、ただのゴミです。写真3が示すのは、ただの子どもです。でも、それが触れ合うと「新聞紙に手を伸ばし、カサカサとした音と感触を楽しむ1歳児」が成立します(写真4)(※1) 。同時に「新聞紙」は、子どもの遊びを保証する「材料」になることができます。「遊び」が展開されるのはその先の話です。

写真4

 同じ様に、「ポタンと墨を和紙に垂らす」「真っ黒にした画用紙を消しゴムでスッと消す(写真5)(※2) 」「ビリビリと紙を破る」など、その都度の瞬間に、「色や形」、「材料」などが成立し、同時に「私」が生まれ、「私」が動き始めます。

写真5

 造形活動という学習や、その結果としての作品などは、その後の話であり、多くの場合「その子」のまなざしとは異なる立場から語られます。

「作品」から成立する「私」

 「作品」から成立する「私」もいます。
 「みやざきアートセンター」は、文化を通して街の活性化に取り組んでいます(※3)。展覧会場や図書館、子どもの遊び場などを持った「よくある文化施設」なのですが、少し違っているのは、毎回、展覧会や講座などによってどのような市民が生まれたかを検証しながら事業に取り組んでいることです。
 例えば、2010年の「仮面ライダーアート展(※4)」で生まれたのは、仮面ライダーに詳しい「物知りパパ」です。子どもの手をにぎり案内する「頼れるママ」も成立しました。日頃「厳しい部長」として過ごす男性は、孫を抱っこする「優しいジジ」になれました。

写真6
©石森章太郎プロ ©石森プロ・テレビ朝日・ADK・東映ビデオ・東映
写真7
©石森章太郎プロ ©石森プロ・テレビ朝日・ADK・東映ビデオ・東映

 目指したのは、単なるサブカルチャーの展覧会ではなく、仮面ライダーという「作品」を通して「家族」をつくりだし、文化的な市民と街の回遊を実現しようとする試みでした。「みやざきアートセンター」は「何をしたか(作品の展示)」ではなく、「何が創造されたか(個人及び文化や社会も含んだ人々の成立)」を大切にする施設なのかもしれません。

〔共通事項〕から成立する「私」

 〔共通事項〕が考案された2008年当時、教育に関する世論はPISAショックに始まった学力低下論争が猛威を振るっていました。中央教育審議会では、教科ならではの「基礎的基本的事項」の明確化が要求され、その答えとして提案されたのが図画工作・美術の〔共通事項〕です(※5)。表現及び鑑賞の活動において共通に働く資質や能力として「形や色など」「イメージ」が示されました。
 しかし、提案した側の思いとしては、〔共通事項〕は単なる「基礎的基本的事項」ではありません。「共通」という言葉には、解説書にも記載されているように「絵画とデザインの共通」「小学校と中学校の共通」「私と友達の共通」など様々な意味が込められています。でも、最も大切にしたのは「私と世界の共通」です。「形や色など」と響き合って「私」が立ち上がり、「自分のイメージ」が世界と響き合いながら造形活動が展開することでした(※6)
 〔共通事項〕から、どのような子どもが成立するのでしょう。どのような仲間が生まれ、どのような学習がおこるのでしょう。それはどのように社会や文化へとつながるのでしょう。そこには、きっと「私」が貫かれているはずです。
 〔共通事項〕は、制度的には「造形要素」とも呼べるような教科の「基礎的基本的事項」です。しかし、それに絡み取られることなく、「音」や「新聞紙」、「作品」のように、かけがえのない「私」を立ち上げるための要素であってほしい。一人の子どもにおきることではあるけれども、「人々」や「文化や社会」などを視野に入れてほしい。その意味で〔共通事項〕を視点に題材計画や学習指導を考えてもらいたい。そんなことを今も願っています。

※1:「たんぽぽ保育所八広園」の保育より https://tanpopohoikusho.ed.jp/yahiro/guide/
※2:『図画工作教科書5・6上』日本文教出版、2020年、5頁
※3:みやざきアートセンター https://miyazaki-ac.com/
※4:みやざきアートセンター仮面ライダーアート展 https://miyazaki-ac.com/past-exhibition/post-1606/
※5:まず、図画工作・美術が提案し、その後、音楽も同様に共通事項を提案します。
※6:立教大学の大嶋先生は以下のように発言されています。『「シニフィエ(意味内容)」に対して「シニフィアン(意味作用)」の優位とはアクティブラーニングそのものだし、主体的・対話的で深い学びはそこで生じるものと思います。これはイコール「造形遊び」です。造形遊びの本質が実はここにあると私はずっと思っていて、10年前の学習指導要領の改訂で、奥村先生が文部科学省の教科調査官だったころ「共通事項」が出されましたが、その共通事項で「シニフィアン」の優位が明確に書かれていて驚きました』第68回日本美術教育学会学術研究大会東京大会共同討議Ⅱ」より。コーディネーター梅澤啓一・パネリスト大嶋彰・奥村高明・苅宿俊文。大嶋先生の指摘は『小学校学習指導要領解説図画工作編』日本文教出版、2008、19-20頁の部分と思われます。

mid90s ミッドナインティーズ

© 2018 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

 25年ほど前に、ロサンゼルスに4日ほど滞在したことがある。映画「mid90s ミッドナインティーズ」(トランスフォーマー配給)の時代背景もまた、タイトル通り、1990年代の真ん中のロサンゼルスである。
 ロサンゼルスでは、主に、「サンセット大通り」や「プリティ・ウーマン」、「ビバリーヒルズ・コップ」といった映画の舞台になった場所をぶらぶらしただけだが、サンタモニカのビーチは、吹く風が心地よく、たいへん快適だった記憶がある。
 さて、映画の主人公は、13歳のスティーヴィー(サニー・スリッチ)という、スケートボードに憧れている少年で、母親のダブニー(キャサリン・ウォーターストン)と、兄のイアン(ルーカス・ヘッジズ))の3人で暮らしている。
 スティーヴィーは小柄。力が強くて、体格のいいイアンをいつか見返してやりたいと思っている。
 ある日、スティーヴィーは、ふとスケートボード店を訪ねる。ここでスティーヴィーは、17歳前後の常連の若者たち4人と知り合う。みんな、タバコを吸い、話すことは下ネタばかり。もちろん、スケートボードの得意な連中で、レイ(ナケル・スミス)、ファックシット(オーラン・プレナット)、フォースグレード(ライダー・マクラフリン)、ルーベン(ジオ・ガリシア)だ。スティーヴィーから見れば、みんなカッコよく、まぶしい存在だ。スティーヴィーは、ルーベンから中古のスケートボードを40ドルで譲り受ける。初めはスティーヴィーに親切だったルーベンは、みんなから可愛がられているスティーヴィーを疎んじるようになる。
© 2018 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved. スケートボードの練習中に、スティーヴィーは屋根から落ちる。このままスケートボードを続けさせていいのかどうか、当然、母親は心配する。
 母親の心配をよそに、スティーヴィーは、仲間たちといろんな体験を積み重ねていく。女の子たちとのパーティー、タバコ、酒、ドラッグ……。そんな折り、兄と殴りあいの喧嘩をするスティーヴィーを見て、母親はスケートボードの仲間との交際を禁じたりする。それでも、母親の目を盗んでは、スティーヴィーは、仲間との時間を過ごしている。
 スティーヴィーは家族によく思われていないことをレイに打ち明ける。レイは言う。「自分の人生は最悪だと思うだろ。でも周りのヤツらを見てみろ。まだマシだと気づく」。そして、仲間たちの置かれている現実を、スティーヴィーに話し始める。
 スティーヴィーは13歳。大人への入り口はまだ遠い。レイたちは、すでに半分ほどはおとなの仲間入りをしている。やがて、スティーヴィーは、人生で何が大切かを感じ取っていく。
 いわば、若者の成長ドラマだが、映画の見せ方が斬新だ。若者たちのさまざまなファッション。車の間を縫うように疾走するスケートボード。1960年代なかばの音楽が映像に寄り添う。ほとんど、知らない音楽だが、うまくドラマとリンクしているようで、爽快だ。知っているのは、ハービー・ハンコックの演奏する「ウォーター・メロンマン」くらい。映画の後半、ヒップホップの傑作、GZAの「リキッド・ソード」が流れるころには、若かりし頃を思い出したおとなは、心ふるえているはずだ。
© 2018 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved. スティーヴィーを演じたサニー・スリッチが、圧倒的に達者で、繊細な演技を披露する。「聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア」や「ドント・ウォーリー」に出ていた名子役で、プロのスケートボーダーでもある。
 レイを演じたナケル・スミスもまた、プロのスケートボーダーだが、長編初出演とは思えないほどの演技に驚く。
 出番は少ないが、母親ダブニー役のキャサリン・ウォーターストンは、傑作の「インヒアレント・ヴァイス」で、ホアキン・フェニックスの元恋人役を演じている。また兄のイアンを演じたルーカス・ヘッジズは、子役の頃から、「ムーンライズ・キングダム」や「グランド・ブダペスト・ホテル」などに出演。「マンチェスター・バイ・ザ・シー」では、20歳にしてアカデミー賞の助演男優賞にノミネートされている。まことに贅沢で実力あるわき役たちだ。
 脚本を書き、製作に名を連ね、監督したのは俳優のジョナ・ヒル。主役ではないが、「マネーボール」」と「ウルフ・オブ・ウォールストリート」で、アカデミー賞の助演男優賞にノミネートされるほどの実力派だ。監督自身、ロサンゼルスで実際にスケートボードに乗っていて、多くの仲間と知り合ったという。その経験が、見事なドラマに結実した。
 おとなは誰しも、かつて子どもであった。映画は、子どもたちがおとなになろうとするひとときを、鮮やかに捉えている。

2020年9月4日(金)より、新宿ピカデリー渋谷ホワイトシネクイントほか全国ロードショー

『mid90s ミッドナインティーズ』公式Webサイト

監督・脚本:ジョナ・ヒル『ウルフ・オブ・ウォールストリート』『マネーボール』(出演)
製作総指揮:スコット・ロバートソン『レヴェナント:蘇りし者』、アレックスG・スコット『レディ・バード』
製作:イーライ・ブッシュ『レディ・バード』
音楽:トレント・レズナー、アッティカ・ロス
出演:サニー・スリッチ『ルイスと不思議の時計』『聖なる鹿殺し』、キャサリン・ウォーターストン『ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生』、ルーカス・ヘッジズ『ある少年の告白』『ベン・イズ・バック』、ナケル・スミス
2018年/アメリカ/英語/85分/スタンダード/カラー/5.1ch/PG12
日本語字幕:岩辺いずみ/提供:トランスフォーマー、Filmarks
配給:トランスフォーマー