「くらしと政治のつながりを発見しよう―北海道奈井江町の子ども投票―」(第6学年)

1.単元名

「くらしと政治のつながりを発見しよう―北海道奈井江町の子ども投票―」(第6学年)

2.目標

 国や地方公共団体の政治について学ぶにあたり,具体的事例をもとにして,政治の仕組みや考え方について関心をもって調べ,体験的学習を通して実感的な理解を深めるとともに,我が国の政治の動きについて追究していく意欲を高めることができる。また,具体的な政治的問題について,資料に基づいて価値判断をしたり,異なる立場の考え方について検討したりする学習を通して,多角的な見方を身につけることができる。

3.評価規準

知識・技能
○国や地方自治体の政治の拠り所の一つである法律や条例について知るとともに,政治的決定には多様な立場からの検討が必要なことを理解し,社会の政治の仕組みや憲法の価値をとらえることができる。また,投票が行われる際の秘密の保障,公正さの厳守等に関わる人々の取り組みや苦労について知り,政治の仕組みを維持することの大切さを共感的に理解することができる。さらに,自分たちの日常と日本国憲法とのつながりを考える視点をもつことができる。

思考力・判断力・表現力等
○条例が制定される背景やその意味について,自分の生活とのつながりを意識しながら考えたり,インターネットや図書資料等を活用して調べたりしながら話し合い,自分なりの価値判断を行うことができる。全国のユニークな条例について調べ,地域の特徴などと結び付けながら工夫してまとめ,グループや学級全体で発表することができる。価値判断・意思決定の過程を振り返り,文章にまとめることにより,学びを価値づけることができる。

主体的に学習に取り組む態度
○奈井江町での子ども投票を追体験して学んだことをもとにして,政治に参画することの意義や責任について考えることができる。単元後も,自分の住む地域や全国のユニークな条例について調べたり,政治に関する情報に関心をもったりすることができる。政治的問題に対して価値判断を行う場を経験し,異なる意見を共感的にとらえながら検討して,そのよさを取り入れていくことができる。日本国憲法に表明された精神への関心を高め,普段の生活とのつながりに気づくとともに,単元後に続く政治学習に意欲的に取り組むことができる。

4.本単元の指導にあたって

 6年社会科のスタートとしての政治単元の学習を,子どもにとって楽しく価値あるものにしたい。そして,一連の政治学習が,未来の社会を創る子どもたちの政治への参画意識を高めるとともに,歴史学習への必然的な接続をもたらすものとなるように,単元構成に工夫を凝らす必要がある。
 そこで本実践では,子どもがいかにして政治学習に興味をもつようにするかを重点的に考慮し,教材開発を行った。そして,子どもが楽しく学ぶうちに,それと関連づける形で教科書の内容に入っていくことができるようにした。
 学校や家庭での生活における「きまり」は,子どもたちにとって既存のもの,与えられたものという受動的なイメージが強いといえるであろう。このような意識が変容し,社会は自らが創造するものであるという自覚を生み出すような政治学習は,公民的資質の涵養,主体的な学びへとつながる。
 本単元では,各地の自治体のユニークな条例の教材化,模擬投票という体験的活動を通して学ぶ場の設定を行い,政治学習の入り口として,子どもが興味・関心をもち,6年社会科への期待,意欲を高めることができるようにした。
 政治参画の事例として,平成15年度に行われた北海道奈井江町の合併問題に関する住民投票を取り上げる。このときは子ども投票が導入され,当時マスコミにも取り上げられ話題となった。住民投票を政治学習との出合いに位置づけることは,「人々の願いを実現する政治」という考え方を具体的に理解する上でも有効であるといえるだろう。
 本単元の学習が,普段は特に意識することがない日本国憲法が自分たちの生活を支えているということを実感し今と未来を生きる上で必要な社会的な見方・考え方の拠り所となるということへの深い理解へとつながっていくことが望まれる。

5.単元の指導計画

学習のねらい

子どもの活動と内容

1

子どもの生活に直接つながる条例の事例について話し合い,政治の在り方に関心をもつ。

香川県で令和2年4月1日に施行された「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」を読み,感想をもとにして話し合う。条例の内容が自分の生活とどう関わるか,条例としてゲームの時間の長さを規制することに賛成か否かが話題の中心となる。
資料:香川県HP「香川県条例第24号」。

2

全国のユニークな条例について調べ,地方自治と地域のつながりについて,楽しく学習しながら理解する。

インターネットや図書資料などで,全国のユニークな条例を調べ,地域の特徴とのつながりについて考える。
資料:各都道府県の自治体HP(「条例」「ユニーク」で検索し,その情報をもとに各自治体のHPを調べ,資料として教師が準備しておいてもよい。

学習課題
政治の仕組みとわたしたちとのつながりについて,地域の様々な条例について調べたことをもとにして考えよう。

3

法律や条例の制定に携わる議員を選出する選挙や,選挙権にまつわる歴史などについて調べ,政治への参画の重要性について理解する。

条例や法律は,自治体の議会や国会で制定されることを知り,議員を選ぶための選挙制度とその歴史等について,教科書や資料集を用いて調べて発表する。
発問例:「条例(法律)は誰が決めているのですか」。
資料:例えば,日本文教出版小学社会6年P48・49「国民主権と人権の獲得」には選挙権獲得の歴史が述べられている。単元後の日本国憲法の学習において,本単元と関連づけて読むようにするとよい。

4

選挙権の年齢制限の是非について話し合い,参政権の行使に伴う責任の大切さを自覚する。

小学生に選挙権を認めるべきかどうかを話題に話し合う。
資料:選挙権が認められる年齢が20歳から18歳に引き下げられた事実(平成28年6月19日施行)を伝えるもの。(新聞記事や教師の説明など)。

5
6
本時

子ども投票の事例を知り,模擬投票を通して,政治について学び,積極的に関わっていきたいという意欲を高める。

北海道奈井江町の合併問題に関する子ども投票について知り,模擬投票を行い,結果について話し合う。

7

全ての法律や条例の根拠となる日本国憲法に関心もって調べて考え,今後の学習への期待を高める。

日本国憲法の概要について,教科書や資料集を読んで調べ,特に関心をもったことをノートにまとめて発表し,聞き合う。
日本国憲法を子どもが楽しく学べるように工夫を凝らした書籍があるので,子どもに紹介するとよい。
参考図書
・『オールカラーマンガで楽しくわかる日本国憲法』,川岸令和 監修,ナツメ社
・『10歳から読める・わかるいちばんやさしい日本国憲法』,南野 森 著,東京書店

8

単元での学びをレポートにまとめて発表し,成果を確認するとともに,今後の学習への展望をもつ。

単元を振り返って,心に残ったこと,さらに学んでみたいことなどをレポートにまとめて,グループで読み合い,相互評価を行う。

6.本時の学習

①目標
○「平成の大合併」と呼ばれた市町村合併について知り,新しい地名の誕生にまつわるエピソードなどを通して,地域に対する人々の思いや,行政区分としての市区町村の在り方などについて考えることができる。北海道奈井江町の市町村合併に関する子ども投票について知り,模擬投票体験を通して,政治に参画することの意味や社会的な価値判断の過程について学ぶとともに,今後の政治学習への意欲をもつことができる。
※この学習活動を通して,教科書を子どもが自ら開き,そこに記述されている議会や選挙の仕組みについて興味をもって学び始めることが期待される。また,そのような動きが見られた場合,大いに褒め,主体的に学ぶ姿を日常的に価値づけていくことが大切である。さらに,関連する情報を探してきた子どもがいたら,可能な限り全体の場で発表する機会を設けるようにする。

②学習展開(5・6時として連続で行うとよい。)

主な学習活動・内容

指導の工夫と教師の支援

資料

○「平成の大合併」で新しく生まれたユニークな地名に関するエピソードを知り,人々の地域への思いについて話し合う。
・新しい地名には,様々な思いが込められているんだね。
・昔からの伝統的な地名を残した方がいいという考えもあって,議論になった場合もあるんだ。

○ひらがな地名,カタカナ地名の例,地名変更を巡るエピソードなどを調べて用意して提示し,郷土に対する子どもの思いを引き出し,話し合いを深める。
○市町村の合併問題は,自治体の利害だけでなく,地名の歴史的価値やイメージなどに関する議論がクローズアップされた点においても興味深い。この授業を機に,地名の歴史について関心をもつ子どもが出てくることが期待される。

参考文献
・『生まれる地名,消える地名』,今尾恵介 著,実業之日本社
・『地名崩壊』.今尾恵介 著,角川新書
・『地名の博物史』.谷口研語 著,PHP新書
これらの文献で紹介されているエピソードをもとにして,「平成の大合併」について説明するとよい。

○ひらがなの地名,カタカナの地名を,都道府県名をヒントに地図帳で探す。
・なぜ地名をひらがなで表すことにしたんだろうか。
・地名に親しみをもってもらいたいと考えて,小さな子でも読めるようにしたのかな。
・いろいろなひらがな地名の自治体のホームページを見てみよう。
・地名は,住んでいる人々みんなに関わることだから,大切にする必要があるね。
・新しい地名がたくさん生まれたのは,どのような理由なのだろうか。

○地名はカードに記入しておいて提示するとよい。ヒントとして,都道府県名を挙げるだけでなく,近くの山脈等の名称を挙げることで,地図学習も兼ねることができる。地図帳の使い方も改めて確認するようにしたい。
○ひらがな地名が増えたことを伝え,その理由について考えるようにする。この活動を通して,地名が人々の思いとつながっていることが理解できる。また,だからこそ,古来の地名を大切にしたいという考えもあることにもふれておきたい。
○インターネットの自治体のウェブサイトを利用して写真を見せれば,子どもがより実感的に学ぶことができる。

○新しく生まれた地名には,「平成の大合併」といわれた市町村合併が関係していることを知る。

○平成時代,全国で市町村合併が盛んに進められたときのことを調べておき,教師が簡単に説明する。地元やその周辺にその事例がある場合は,当時のエピソードを交えながら話すと,子どもの関心を高める上で有効である。

○平成15年,北海道奈井江町で市町村合併に関する子ども投票が行われたことを知り,なぜ子どもに投票権が与えられたかについて話し合う。

豊かな自然に囲まれた北海道空知郡奈井江町

○北海道奈井江町を日本地図上で確認する。
○本単元に限らず,6年生の社会科学習においても,地図帳を積極的に活用できるようにしたい。

学習課題
奈井江町の合併問題についての子ども投票について知り,政治に参加する仕組みや,そのときに大切なことについて学ぼう。

○子ども投票の際に,有権者のための参考資料として配布された文書を読んで,自分だったら,賛成,反対のどちらに投じるかを考え,決定する。
・合併をすることによって,どのような影響が出るかを考えて,自分で判断しよう。
・友達と話し合ってみよう。
・合併問題で,子どもの意見も参考にしようと考えたのは,なぜなのだろうか。
・町について大切なことを決める投票に参加して,自分の意見を示すことの大切さを感じ,将来,責任をもって投票する人になってほしいと願っていると思う。
・町の未来に住む子どもたちの考えを取り入れたことには,これからもこの町に住み続けてほしいという願いが込められていると思う。

○前時に行った選挙権の年齢に関する話し合いを振り返った上で,奈井江町の子ども投票の話題に入る。この場合は選挙権ではないが,政治的な判断に子どもの参加を求めた事例に出合うことによって,政治への参画は子どもでは無理だと消極的に考えていた子どもは特に大きく揺さぶられることであろう。
○条例による限定的な投票権であることを確認する。
○市町村合併について奈井江町が小学生向けに作成した資料を配布し,参考にするように助言する。その読解を通して,政治的判断に子どもの意思表示を参考にすることにしたのは,どのような考えに基づいているかについて考えるようにしたい。
○子どもが資料に目を通す時間を十分に取った上で,「自分だったら合併に賛成しますか,反対しますか」と発問する。
○グループ討論の時間を設けることによって,賛成,反対を考える際の判断の視点がより明確になる。

・奈井江町ホームページ>町の情報>町政情報>市町村合併に関する住民投票(平成15年度)
ここでは,住民投票の概要,子ども向け合併問題説明資料,子ども向け住民投票説明資料等を閲覧することができる。

○投票用紙に自分の判断を記して,投票する。

住民投票で使われた投票用紙

○子ども投票で用いられた投票用紙を参考にして作成した投票用紙を配付する。
○選挙管理委員会に問い合わせれば,模擬投票用の投票箱を貸してくれる可能性がある。これを使用すれば,臨場感が増し,子どもたちの意欲も一層高まる。
○投票所に家族と出かけた経験がある子どもの話を聞いたり,教師の体験談を話したりして,投票の公正さについて考えるきっかけをつくり,単元後の学習につなげることができるようにしたい。

・奈井江町ホームページ>町の情報>町政情報>市町村合併に関する住民投票(平成15年度)>奈井江町合併問題に関する子ども投票実施要綱
ここに投票用紙の画像が掲載されている。

○開票をして,奈井江町での実際の投票結果について知り,結果と比べてみる。
○賛成,反対をどのようにして判断したかを振り返り,友達と伝え合うことによって,人によって重視することが異なること,同じ事実から異なる判断をすることがあることなど,価値判断の多様性について学ぶ。
・賛成や反対の決め手になったことはどんなことかを友達に聞いてみたい。
・今の奈井江町の人たちは,この選択をどのように思っているだろうか。
・自分たちも政治に参加していくためには,どのようなことを学んでいけばいいだろうか。

○開票は,代表の児童によって行う。
○実際の投票結果は,反対が賛成を大きく上回ったことを伝える。大人の住民投票も反対が上回り,合併は見送られた。
○「実際の子ども投票の結果を知って,どんなことを感じましたか」と発問する。
○賛成と反対の比率について子どもと大人の場合を比較する資料を作成して提示し,その違いをどう考えるかを問うのもよい。
○奈井江町の小学生の多くが合併に反対を表明したのはなぜかを考えてみるように助言するなど,単に結果を知るだけで終わらないようにしたい。

・奈井江町ホームページ>町の情報>町政情報>市町村合併に関する住民投票(平成15年度)>投票結果
ここに,成人の註民の投票結果と,子ども投票の結果とが示されている。この数字を棒グラフにして提示すると,より分かりやすい。

○授業の感想を書いて,本時で学んだことをまとめるとともに,次時への展望を持つ。

○感想が具体的であれば,授業作文を対話的な学習を深めるための教材として活用することもできるので,賛成か反対かの判断をするときにどのようなことを考えたか,そのときどのような気持であったか,結果が出たときどのようなことを考えたかなど,具体的に書くための視点を挙げて助言する。
○時間があれば,グループで授業作文を読み合う場を設ける。それができない場合は,授業時に限らず,朝の時間などに授業作文を紹介する場を設けるとよい。このような機会を積み重ねることにより,書くこと,話すこと,聞くことによって追究意欲を持続させ,学びを深めるという学習環境を確立していくことができる。
○投票の結果が意に沿わないものとなったとき,どのような態度を取るべきかを考えることも大切である。子どもたちが当たり前のように用いる多数決の問題ともつながり,少数意見に耳を傾け,生かしていくためにはどうすればよいか,という問題意識を改めてもたせることができる。
○次時の学習とのつながりを意識することができるように,日本国憲法が,様々な法律やそれらに関する判断の根本になっているということを伝える。

美術鑑賞の現在地~中編(2000~2010)

 前回に引き続き、筆者の見えた風景を振り返りながらまとめます。今回は2005年に文部科学省初等中等教育局教育課程課の教科調査官(※1)として学習指導要領の作成に携わった時期のエピソードを二つ紹介したいと思います。

 教科調査官というのは、簡単にいえば教科の専門的な知見をもとに学習指導要領の作成や解説、指導助言などを担当する仕事です(※2)。教育現場の人間が、いきなり行政に関わることになり戸惑いはありましたが、頼もしい同期採用も大勢おり、村上尚徳教科調査官(※3)という心強い旧知もいて、すぐになじむことができました。
 文部科学省内の図画工作・美術ファンを広げようと、教育課程課の課長以下、大勢で東京国立博物館の「北斎展」に押しかけて、勝手に鑑賞会をしたり(※4)、省内で「美術倶楽部」をつくって鑑賞法の解説や絵の描き方などを体験する活動をしたりするなど(※5)、学芸員や美術教諭の経験を生かした活動も行いました。

富嶽三十六景 凱風快晴 ギメ美術館富嶽三十六景 凱風快晴 東京国立博物館

 上の「初摺(しょずり)」は浅い色合いですが、下の「後摺(あとずり)」はかなり強くまるで夕焼けに見えます。木版の欠けや潰れもみられます。朝焼けという解釈や、快晴の下で富士山の茶色い山肌を表現したなどの意見は「初摺(しょずり)」で確認できます。

学習指導要領や指導主事を起点にした鑑賞教育の動き

 2005年は、まだ「鑑賞って何ですか?」「鑑賞の授業したことありません」という声が聞かれた時期です。平成10年(1998年)の学習指導要領改訂で「鑑賞の独立」と「美術館の連携」が示されたこともあり、年に2回ほど行われる全国指導主事会(※6)でも、鑑賞教育に不安に感じている指導主事の先生が多くいました。
 全国指導主事会では、各自のレポートをもとにしたグループ協議や学習指導要領の解説などが行われます。解説では、対話的な美術鑑賞やアートカードの他、全国から収集した「美術品を時代劇の配役に喩える実践」「複数の器の中から唐津焼を選び出す実践」「美術品の前でアーティストになりきる実践」など様々な鑑賞教育の実践や、その学習効果などを説明しました。
「どれが100円?」佐賀大学教育学部附属小学校杉原世紀先生(現:唐津市立外町小学校校長) 指導主事の先生たちはこれを持ち帰って各都道府県の指導や実践に生かしたはずです。それは、各都道府県のレポートが、年々豊かになっていったことからも分かりました。散発的だった鑑賞教育の実践は、全国指導主事会を通して面のように広がったのだろうと思います。
 このような行政的な取組みは、教育実践や研究の陰に隠れがちですが、鑑賞教育の普及に果たした役割は大きいと考えています。
 私たちの仕事で特に重要だったのは、学習指導要領の解釈と解説です。当時、村上調査官と毎日のように次期改訂の方向について話し合っていました。鑑賞教育に関しては、この時、定義の更新が行われています。それは、村上調査官の「鑑賞教育は創造活動と解釈できる」という指摘からです。
 平成10年版の学習指導要領の教科目標は以下です。

図画工作
 表現及び鑑賞の活動を通して、つくりだす喜びを味わうようにするとともに造形的な創造活動の基礎的な能力を育て、豊かな情操を養う。
美術
 表現及び鑑賞の幅広い活動を通して、美術の創造活動の喜びを味わい美術を愛好する心情を育てるとともに、感性を豊かにし、美術の基礎的能力を伸ばし、豊かな情操を養う。

これを図のように解釈することができると言ったわけです。

 それまで、表現活動を中心とする図画工作・美術において「つくりだす喜び」や「創造活動の喜び」は、描いたりつくったりする喜びとほぼ同義でした。また観点別評価の位置づけも、鑑賞は「知識・理解」事項でした(※7)。しかし、教科目標の理解として「鑑賞教育は創造活動」という解釈は妥当ですし、何より宮崎県立美術館で出会った子どもたちの姿とも一致します。確かに彼らは創造的に鑑賞を行っていました。
 それまでにも「鑑賞は鑑賞者の創造的な行為だ」とする指摘はありましたが(※8)、学習指導要領の解釈としては行われたのはこの時が初めてでしょう。その結果、少なくとも指導主事の先生たちの間では「鑑賞は思考や判断などを含む創造活動」とされ、児童・生徒の能力を伸ばすために必要不可欠な学習活動だという共通理解が形成されたのです。
 この考え方については教育以外でも認める声がありました。例えば、筆者の新聞インタビューを読んだ映画監督の羽仁進氏は、著書の中で以下のように述べています(※9)

 帰ってきたら、新聞に「小中学校、美術館と連携強化」という興味深い記事が出ているのをみつけた。
 単に美術館の見学をするのではなく、そこから生徒たちが新しいものをみつけ出す行為を、双方が力をあわせて探りだそうということらしい。
 お役人であるだろう国立教育政策研究所の調査官の方も、「見ることはつくることと一つ」という素敵な談話をよせている。
 「鑑賞は自分を発見する行為であり、作品の創造ともつながっている」。子どもたちの姿の中に「すっと作品に身を重ねて、自分の世界から鑑賞する」姿を見た、と言う。
 これはなかなかの急所だ、と僕は思う。

 今では、当たり前のように思われている「鑑賞は創造活動」について、当時このような経緯があったことは、鑑賞教育が現在に至るまでの一つの側面でしょう。

国立美術館を起点にした動き

 2005年は美術館の民営化も議論されていた時期でした(※10)。簡単にいえば「美術館はお金がかかるから指定管理者に任せたら」という意見です。
 国立美術館の民営化は、東京藝大平山郁夫学長や河合隼雄文化庁長官(いずれも当時)など関係者の尽力もあって避けることができたようです。ただ「国立」としての役割をもっと果たすべきではないかという声もあり、専門者会議として「国立美術館の教育普及事業等に関する委員会」が立ち上がります。私は突然その座長を担うことになり(※11)、短期間でメンバーを集めて提言をまとめることになりました(※12)
 提言の一つは、鑑賞教育活性化のために鑑賞教材の開発・普及を行うことでした。当時の教材カタログを開けば分かりますが、鑑賞用の教材は掲示用作品や画集しか掲載されていません。教師の能力は、単独で成立するものではなく、教科書や教材など様々な資源から成り立っています。その意味で、鑑賞教材の不足は鑑賞教育を豊かにする方向に働いていませんでした。
 提言の後、委員会は「国立美術館アートカード」を作成します。国立美術館5館の名品が13枚ずつセットになった65枚の鑑賞教材です(※13)。アートカードにした理由は、アートカードが様々な鑑賞法をすぐに実践できる汎用性を持っていたからです。
 他に教材として「鑑賞の理論を構築し、それをテキストという形で提供する」という意見もあったのですが、それは「実践や知見が十分ではなく時期尚早」ということで断念します(※14)
 今、美術館の収蔵品にそった様々なアートカード・セットが各地で作成され、民間でも販売されています(※15)。当時、アートカードを活用していた美術館は数館程度でしたから「国立美術館アートカード」は、鑑賞方法の多様化に貢献したのではないかと考えています(※16)
 提言のもう一つは、国立美術館は地方の実践をつなぐ結節点やハブとして機能すべきというものでした(※17)。当時の鑑賞教育の状況は、優れた実践が地方で個人的、局所的に起こっていました。委員会では「何か理想的なモデルをつくって現場に示すよりも、優れた実践をつなぎ合わせることが大事だ」「指導者を育成することが必要だ」という意見が大勢でした。
 それを具現化したのが「美術館を活用した鑑賞教育の充実のための指導者研修(※18)」です。全国の都道府県・政令指定都市から指導主事、教諭、学芸員などが集まって、お互いに実践を発表し合ったり、対話的な美術鑑賞やアートカードなどを体験したり、講演を聞いたりする研修会です。結果的に、参加者がそこで得た成果を各地に広げてくれるのではないか、というわけです。
 手探りで始まった研修会は、少しずつ手ごたえを感じられるようになります。報告される実践の内容は毎年充実し、研修会をきっかけとして参加者同士のネットワークも形成されました。研修会に参加できるまで数年の予約待ちという先生もいるほどの都道府県も生まれます。当初、10年程度で役割を終える予定だった「指導者研修会」は、国立美術館内での事業評価も高く、今も継続されています。
 当時の状況をまとめた簡単な報告を書いているので再掲したいと思います。

「今だからこそ言えるが、当事者として、この研修がどのような成果を生むか半信半疑だった。(中略)しかし、年を経るごとに徐々に「自分の地域ではこのような実践を行っている」「鑑賞教育はこの点が大事ではないか」という意見が聞かれるようになった。(中略)参加者が各地で発表をしたり、実践を広げたりしているという方向も相当見聞きした。先日はその現場を調査してきた。当時の参加者が鑑賞教育の熟達者として研修会をリードしていた。(中略)学校と美術館の制度や立場の違いを理解し合って協力するという姿勢も見られる。何より「子どもを育てるために学校や美術館は何かできるはずだ」という考え方が形成されつつあると思う。」(※19)

 2000年から2010年は、鑑賞教育がいわばブームのようになった時代です。対話を用いた鑑賞方法は「対話型鑑賞」と呼ばれ盛んに実践されるようになりました。鑑賞に関する研究会(※20)や研修会も様々な場で行われます(※21)。海外の高名なエデュケーターを招聘して講演会を開催したり、教育普及の展覧会を企画したりすることも行われました(※22)
 海外から実践を積んで帰国し活躍している研究者や学芸員、編集者なども次々と現れます。作家サイドの動きも活発になり、例えば国画会では、作家自身が自分の作品の前でギャラリートークをする「トークイン」を2007年から全部門に広げ、毎年国立新美術館で実施しています(※23)
 このような流れの中で、保守的な性格のある教育現場に対して、文部科学省や指導主事、国立美術館等が、鑑賞教育の実践を後押ししたり、考え方を整理したりしたのは一つの事実でしょう。

 後編は、2010年から2020年にかけて見えた風景についてまとめ、美術鑑賞の現在地にたどり着きたいと思います。

※1:専任は国立教育政策研究所の教育課程センター教科課程調査官であり、文部科学省初等中等局の教科調査官はあくまで併任となります。
※2:ほぼ10年ごとの学習指導要領改訂にあわせて、全国から指導主事や研究者など担当者が集められます。
※3:現:環太平洋大学副学長。平成10年版図画工作指導要領や解説書の作成で一緒に仕事をしました。
※4:「北斎展」は世界中から北斎の浮世絵を500点以上集めた大回顧展。初摺は海外に保有されていることが多く、国内で後摺との比較ができる貴重な展覧会でした。しかし、大勢で来館し、勝手にギャラリートークをしていくのですから、今思えば冷や汗ものです。平成館 特別展示室 2005年10月25日(火)~2005年12月4日(日)
https://www.tnm.jp/modules/r_calender/index.php?date=2005-11-20
※5:宮崎大学附属小時代に知り合い、同学年ということで親しかった教育課程課の吉冨芳正課長補佐(現:明星大学教授)のアイデアで始まりました。対話型鑑賞のワークショップ、国立新美術館開館記念「大回顧展モネ 印象派の巨匠、その遺産」の作品解説、5秒で描ける年賀状イラストなどその時々で内容を工夫して半期2~3回程度実施しました。
※6:俗称です。時期によって「新教育課程説明会(中央説明会)」「各教科等担当指導主事連絡協議会」など内容や名称が異なります。
※7:観点別学習状況の評価では音楽や図画工作・美術の「鑑賞の能力」は「知識・理解」に位置づけられていました。〔共通事項〕を設定したことから扱いがやや変更されますが、正式に「思考・判断・表現」として評価されるようになるのは平成29年の改訂からです。
※8:例えば、1957年にマルセル・デュシャンは講演で鑑賞者の創造的行為に言及しています。「要するに、芸術家は一人では創造行為を遂行しない。鑑賞者は作品を外部世界に接触させて、その作品を作品たらしめている奥深いものを解読し解釈するのであり、そのことにより鑑賞者固有の仕方で創造過程に参与するのである」マルセル・デュシャン著 ミシェル・サヌイエ編 北山研二訳『マルセル・デュシャン全著作』未知谷 1995
※9:羽仁進「僕がいちばん願うこと エピクロス的生活実践」岩波書店 2007 pp.96-97
※10:当時の状況は http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/gakujutu/siryo.pdf などに詳しい。
※11:当時の国立美術館理事長は初等中等教育局長だった辻村哲夫氏、全国の指導主事先生の結節点でもある教科調査官が有効だと思われたのだろうと推測します。
※12:「国立美術館の教育普及事業等に関する委員会」第1回目2005年12月22日開催。その後、1月19日、2月4日、2月14日と立て続けに委員会を開き、3月3日付けで「座長提言」を取りまとめ、指導者研修の大枠が決定されました。
※13:鑑賞教材「国立美術館アートカード・セット」
http://www.artmuseums.go.jp/kensyu/art_card.html
※14:個人的な心残りから出版したのが、ロンドン・テートギャラリー編 奥村高明・長田謙一監訳 酒井敦子 品川知子訳『美術館活用術 鑑賞教育の手引き 』美術出版社 2012です。美術鑑賞の理論や、様々な鑑賞活動が紹介されています。

※15:美術出版サービスセンターの教材SCOPE
https://www.bijutsu.biz/bss_bsc/scope/
日本文教出版の指導書付録にも含まれており学校現場で活用されています。
※16:学び!と美術<Vol.60>「アート・ゲーム再考」2017.08.10
https://www.nichibun-g.co.jp/data/web-magazine/manabito/art/art060/
※17:当時千葉大学教授の長田謙一委員が理論的な支柱でした。
※18:国立美術館「美術館を活用した鑑賞教育の充実のための指導者研修」
http://www2.artmuseums.go.jp/sdk2018/
※19:奥村高明「5年間の指導者研修を振り返って」『平成22年度 美術館を活用した鑑賞教育の充実のための指導者研修』独立行政法人国立美術館 2011 140p
※20:例えば、美術科教育学会第7回西地区研究会〈シンポジウムin〉京都概要集「これからの鑑賞教育—美術を身近なものにするために、学校と美術館がいま、できること—」平成15-17年度科学研究費補助金(基盤C)鑑賞教育研究プロジェクト(代表者:石川誠)2004
※21:例えば、京都造形芸術大学福のり子教授が中心となって実施しているアートコミュニケーション研究センター「ACOP」。
https://www.acop.jp/
※22:例えば、岡山県立美術館。
https://okayama-kenbi.info/ 2005年度-館ニュース(69-72)/
※23:第13回国展トークイン
https://kokuten.com/32885