授業にお役立ち!① 社会科とESD(1)

今回から、先生方が社会科をご指導される際に実践してもらいたいことや実践時に即効性のある学習方法などをテーマとした、「授業にお役立ち!」を連載いたします。

(1)はじめに

 最近では、SDGsは広く認知されるようになりました。街中、テレビやインターネット、広告など様々なところで17色のカラフルなロゴを見かけます。「持続可能な…」という言葉も毎日のように耳にするようになりました。
 持続可能な社会の担い手を育てることは学習指導要領の前文にも記載され、学校教育全体で取り組んでいくことになりました。ESD(持続可能な開発のための教育)を教育の中核に据えることはUNESCOにおいても勧められています。それだけ地球の危機は深刻化しているということであり、同時にその解決のために教育に期待されているものが大きいということでしょう。実際に、様々な教科や校種でSDGsを取り扱うことが増えました。では、特に社会科という教科において、私たちはどのような授業実践をしていくことが求められているのでしょうか。今更のようにも思えますが、今一度立ち止まって考えてみたいと思います。
 今回から3回に分けて、今日的課題を授業で取り上げることを中心に、お話していきたいと思います。第1回となる今回は社会科の授業で、ESDを実践する際に私が大切にしたいと思っていることをお話しさせていただき、第2回以降はそのなかでも特に、問題や教材についてのお話を予定しています。

(2)ESDが目指しているもの

 ESDの歴史は、SDGsよりもずいぶん古く、1992年の地球サミット(国連環境開発会議)において、持続可能な開発を進めるためには教育が重要であることが示され、2002年のヨハネスブルグサミットで、日本政府とNGOが「持続可能な開発のための教育」を提唱しました。では、SDGsを扱うことと、ESDを実践することの違いは何でしょうか。
 ESDの目的は、「問題の解決につながる新たな価値観や行動等の変容をもたらし、もって持続可能な社会を実現していくこと」です。つまり、既有の価値観を持続可能な社会を形成する価値観へと転換すること、そしてSD(Sustainable Development)を支える行動規範を身につけさせることです。同様のことを、UNESCOは「変革のためには『いつもの』考え方、行動、生活様式の外に踏み出すことが必要」という表現で表現しています。持続可能な開発とは何か、SDGsとは何か、どのような問題があるのか、を学ぶことは重要ですが、そこに留まるのではなく、子どもたちが自分のライフスタイルを見直し、これまでの価値判断や意思決定を見つめ直すことがESDの本質だと思います。
 大きな危機を前にして、個人の生活習慣を改めるということがどれほどの意味をもつのか、疑わしく感じる方もおられるかもしれません。もちろん、エコ技術や発電効率の向上など、多くの分野で人々が努力し、科学技術による地球環境の保全に取り組んでいます。先日、ある研究所を訪れる機会がありました。その研究所では空気中のCO₂を収集する技術を研究していました。夢のような技術です。しかし、この技術が温暖化を食い止めるようになるには、あと100年はかかるそうです。ある研究員は、結局は私たちがライフスタイルを変えられるかどうかだ、とも言いました。
 地球環境を守るために科学技術の進歩は不可欠で、非常に重要な取り組みです。しかし、テクノロジーがすべての問題を解決してくれるというわけではありません。技術の進歩だけではもう間に合わない状況になりつつあり、私たちがどれだけ生活習慣を変えていけるか、その日々の意思決定は重要な意味をもつと思っています。社会科では、問題解決的な学習過程のなかで、または意思決定をしていくなかで、様々な価値を考えることができます。持続可能な社会の担い手を育成するうえで、社会科に求められているものは大きいと思います。

(3)ESDを実践する際に大切にしたいこと

 では、社会科では、どのようにESDを実践していくのでしょうか。どのように意思決定や価値判断をさせていくことができるでしょうか。様々な考え方があると思います。その一つとして、どんな人に出会わせるか、どのような人の生き方に気づかせるか、は重要なポイントではないかと思います。
 少し話がそれますが、SDGsのゴールを見るだけでは、なかなか切実な問題だと考えることは難しいように思います。一つひとつのゴールやターゲットはどれも重要な事柄ばかりですが、それらは子どもたちにとっても十分理解できる「正しさ」です。例えば、「良くないな」「困ったな」というひっかかりをつくるなどして、思考が促すしかけが必要ではないかと考えます。では、大量の食品ロスの写真や、プラスチックごみであふれる海岸を見せれば、子どもたちは考えてくれるでしょうか。たしかに「このままではいけない」「なんとかしなきゃ」と考えてくれる子どもはたくさん出てきそうです。そして「食べ物やごみを捨てない/捨てさせない」「ロスを減らしごみを再利用する」などの結論にいたるでしょうか。一つの在り方だと思います。しかし、持続可能な社会を追求することの難しさは、正解がわかっているのに実現しがたいところにあるように思います。食品ロスを減らせばいい、ごみを捨てさせなければいい、という結論は、多くの子どもたちは(少なくとも頭のなかでは)それほど抵抗なく受け入れてくれるでしょう。でも、本当の問題は、そうすべきなのに(きっと大人もそうすべきだと知っているはずなのに)なぜこれまで実現できないのか、ではないでしょうか。これはなかなかシビアな問いですが、このような問いが生まれて初めて、探究がスタートするのではないか、授業のなかで考える価値があるのではないかと思います。
 複雑で、解決が難しいけれど、探究のしがいがある問題は、具体的な状況や文脈のなかで、たくさん出会うことができます。実社会で働く人々は、このような複雑な問題に向き合い、課題解決を繰り返している人々です。社会科では、地域のスーパーマーケットの店員さん、工場で働く人、安全を守る人、農家の人、歴史上の人物まで、様々な人と出会うことができます。そうした人々の取り組みのなかには、(意図してかどうかは別として)持続可能な社会づくりに関連しているものも多くあります。「電力を多く消費するが、ハウス栽培をしなければ買ってもらえない」、「安全な製品をつくるためには、検査を厳しくしなきゃならない。そのぶん、多くの廃棄物が出てしまう」、このような問題に向き合い、決断を迫られているときには、その人の価値観が判断に表れていることでしょう。なかには、「本当はお店の利益にならないのにしている」、「手間がかかるはずなのにわざわざしている」というような、持続可能な社会の担い手としての価値判断をされていることがあるかもしれません。その背景にある考え方や生き方、こだわりにふれることは、子どもたちが「持続可能な社会の担い手」としての生き方を考えるうえで、一つのモデルになるものであり、ぜひ子どもたちに出会わせたい姿だと思います。

(4)“We are in a battle for our lives. But…”

 現在の地球は、非常に厳しい状況にあります。人が住める星であり続けられるかどうかの瀬戸際と言っても過言ではないと思います。そのような現代では、気候不安症と言われるように、過度の不安や無力感、絶望感を感じてしまう子もいるかもしれません。しかし、実社会で懸命に取り組んでいる大人の姿は、まさにモデルとなって、何をすべきかを子どもたちに示してくれます。諦めることなく、より良い生き方を模索する姿が、子どもたちの無力感をやわらげ、勇気づけてくれるのではないかと思います。ESDの国際的な枠組みである“ESD for 2030”のなかには、“We are in a battle for our lives. But it is a battle we can win.”という言葉があります。子どもたちを不安にさせるESDではなく、前を向いてより良い社会を構想していくような、ESDであってほしいと思います。
 ほかにも、ESDにおいて、人に出会うことの良さはたくさんあることでしょう。なかなか人と関わりをもつことが難しい時期が続いていますが、より良い社会、より良い地域を創っていくために、懸命に活動している人の生き方を感じることができるような出会いを授業のなかに取り入れていただきたいと思います。私自身も、先生方のESD実践に多く学ばせていただきたいと思っています。

【参考文献】
・奈良教育大学ESD書籍編集委員会(2021)『学校教育におけるSDGs・ESDの理論と実践』
・UNESCO(2020)、Education for sustainable development: a roadmap

「動き出すストーリー」(第4学年)

1.題材名

「動き出すストーリー」

2.学年

第4学年

3.分野

工作に表す 鑑賞する

4.時間数

6時間

5.題材設定の理由

題材について
 GIGAスクール構想が一気に進み、PCを活用した学習が積極的に行われるようになり、平面や立体の表現に「動き」をつけることが容易になった。本題材は、物語の一場面を三次元のスペースに紙粘土で表現するというものである。コマ撮りアニメーションの仕組み「KOMAKOMA」を使って、登場人物が実際動いたらつくる喜びが倍増すると考えた。
 これまでは、粘土でつくった作品そのものがまるで動いているかのように表現することが求められた。粘土でつくる作品は短時間で容易につくり、アニメーションによって動きをつけることで、臨場感あふれる表現が可能になると考え、本題材を設定した。

児童について
 軽量紙粘土は1年生の時からたびたび扱っており、その経験から彩色や接着等、表したいことに合わせて多様な表現をすることができる。また、PC(タブレット)の扱いにも慣れているので、被写体を動かしながらコマ撮りする活動も可能であると考えた。

6.準備物

教師:軽量紙粘土、背景に使う段ボール、チャック付きビニル袋(軽量紙粘土の保管用)、ラップ、色画用紙 など
児童:粘土板、粘土べら、爪楊枝、割り箸、水彩絵の具、カラーペン、接着剤、手拭き用タオル、個人用PC(タブレット)、KOMAKOMA×日文(https://www21.nichibun-g.co.jp/komakoma/ ) など

7.題材の目標

 物語のお気に入りの場面の様子や登場人物をつくり、コマ撮りアニメーションの仕組みを使って動画にすることを楽しみながら、その物語のよさや面白さを表現する。

観点別目標

【知識及び技能】

  • コマ撮りアニメーションの仕組みを使い、物語の面白さを表すときの感覚や行為を通して、形の感じ、色の感じ、それらの組合せによる感じ、色の明るさなどが分かる。
  • 表現方法に応じて材料や用具を活用するとともに、前学年までの粘土や絵の具、接着剤などの経験を生かし、手や体全治を十分に働かせ、表したいことに合わせて表し方を工夫して表す。

【思考力、判断力、表現力等】

  • 形の感じ、色の感じ、それらの組合せによる感じ、色の明るさなどを基に、自分のイメージをもちながら、物語から感じたこと、想像したことから、表したいことを見付け、表したいことを考え、形や色、材料などを生かしながら、どのように表すかについて考える。
  • 形の感じ、色の感じ、それらの組合せによる感じ、色の明るさなどを基に、自分のイメージをもちながら、自分たちの作品、製作の過程などの造形的なよさや面白さ、表したいこと、いろいろな表し方などについて、感じ取ったり考えたりし、自分の見方や感じ方を広げる。

【学びに向かう力、人間性等】

  • 進んで物語から感じたこと、想像したことをコマ撮りアニメーションの仕組みを使って表したり、鑑賞したりする学習活動に取り組み、つくりだす喜びを味わうとともに、形や色などに関わり楽しく豊かな生活を創造しようとする。

8.評価規準

【知識・技能】

  • コマ撮りアニメーションの仕組みを使い、物語の面白さを表すときの感覚や行為を通して、形の感じ、色の感じ、それらの組合せによる感じ、色の明るさなどが分かっている。
  • 表現方法に応じて材料や用具を活用するとともに、前学年までの粘土や絵の具、接着剤などの経験を生かし、手や体全治を十分に働かせ、表したいことに合わせて表し方を工夫して表している。

【思考、判断、表現】

  • 形の感じ、色の感じ、それらの組合せによる感じ、色の明るさなどを基に、自分のイメージをもちながら、物語から感じたこと、想像したことから、表したいことを見付け、表したいことを考え、形や色、材料などを生かしながら、どのように表すかについて考えている。
  • 形の感じ、色の感じ、それらの組合せによる感じ、色の明るさなどを基に、自分のイメージをもちながら、自分たちの作品、製作の過程などの造形的なよさや面白さ、表したいこと、いろいろな表し方などについて、感じ取ったり考えたりし、自分の見方や感じ方を広げている。

【主体的に学習に取り組む態度】

  • つくりだす喜びを味わい進んで物語から感じたこと、想像したことをコマ撮りアニメーションの仕組みを使って表したり鑑賞したりする学習活動に取り組もうとしている。

9.指導計画(全6時間)

  1. 教師が簡単につくった動画を見て、アニメーションの仕組みを知る。
    自分が選んだ物語の中からつくりたい場面を決め、構想を練る。 (45分)
     ⇅ 行き戻り
  2. 紙粘土で登場人物をつくる。(90分)
     ⇅ 行き戻り
  3. 場面の背景になる土台をつくる。(45分)
  4. 登場人物の動かし方や撮影の仕方を工夫しながら、KOMAKOMA×日文でコマ撮りする。
  5. 互いの作品を鑑賞し、よさや面白さを伝え合う。

10.活動の様子

【作品例➀】「ヤマタノオロチ」

物語の舞台をつくる。段ボールを二つ折りにして、垂直の状態が保てるようにモールを使った。

登場人物は自分が表したい場面に登場するものだけをつくる。舞台におさまるように小さめにつくるのがコツ。

登場人物を舞台に置き、どう動かすかを考える。

登場人物を少しずつ動かしてコマ撮りする。アングルを変えたり、アップやズームをしたりして撮影していた。

【作品例➁】「ごんぎつね」

段ボールの下半分に切り込みを入れて、立体的な舞台にした。景色も紙粘土で丁寧につくっていた。

ごん、兵中、うなぎと、表現したい場面の登場人物を色にもこだわってつくった。

国語の授業で読み取った情景を想起しながら、登場人物を丁寧に動かしていた。

途中で撮影した動画を確認しながら、次の動きを考えて撮影していた。

※完成作品はこちらからご覧ください。
https://www21.nichibun-g.co.jp/komakoma/gallery/#cs_49

※本題材で使用している「KOMAKOMA×日文」はこちらからご利用いただけます。
https://www21.nichibun-g.co.jp/komakoma/

ドライビング・バニー

©2020 Bunny Productions Ltd

 子どもたちとともに暮らしたい母親。当たり前である。「ドライビング・バニー」(アルバトロス・フィルム配給)は、この当たり前のことが叶わず、なんとかいっしょに暮らせるよう奮闘する母親、バニー・キング(エシー・デイヴィス)の姿が、丹念に描かれていく。
 舞台はニュージーランドのオークランド。15歳の男の子ルーベンと、まだ幼い娘シャノンの母親バニーは、過去の、ある事件が原因で、いまはシングルマザーだ。そして、ふたりの子どもとともに暮らせない状況にある。
 バニーは、生活保護や住宅手当を受け取っているようだが、少額すぎて、家を借りることが出来ない。とりあえずは、妹のグレース(トニー・ポッター)の家に居候している。子どもたちと暮らすには、役所の決まりで、住む家がなくてはならない。

 とにもかくにもお金がいる。バニーは、朝早くから、大したお金にならないけれど、駐車場の車の窓ふきをして、稼いでいる。
©2020 Bunny Productions Ltd 気前よくお金をくれる人もいるが、バニーに頼んで窓ふきをしているわけではなく、一銭もくれない人も多い。
 バニーはグレースに頼み込んで、ガレージを貸してくれないか交渉する。ストーブやベッドを用意すると、なんとか親子3人で住めそうだ。グレースの再婚相手のビーバン(エロール・シャンド)は、家賃を増やす条件で承知する。
 子どもたちを迎える準備が進む。ところが、バニーは、ビーバンの義理の娘になるトーニャ(トーマシン・マッケンジー)に、ビーバンがセクハラをしているらしい現場を目撃する。
 夜遅くまでパートで働くグレースは、ビーバンの言いなりで、トーニャは母親と距離を置いていて、義父とのことは語ろうとしない。
 バニーとビーガンが衝突する。当然、バニーは追い出されてしまう。
 トーニャは、母親との確執を抱え、いまの生活から抜け出そうと考えている。バニーとトーニャは、ビーガンの車を盗みだす。
 バニーの望みは、シャノンの6歳の誕生日を祝い、子どもふたりを取り返すことである。トーニャを車に乗せ、バニーの本格的な奮闘が始まる。
 貧困層の現実は、日本とそう変わらないと思う。ニュージーランドもまた、家賃の比較的安い公共住宅は満員で、民間の賃貸は、家賃が高い。
©2020 Bunny Productions Ltd 役所は、ある事件の当事者であるバニーから、子どもを奪ってしまう。子どもたちは、里子に出され、面会にも役所の許可がいる。バニーは、役所のルールを破ってしまったことから、大きな事件に発展していく。
 悲惨極まりない状況だが、バニーは、貧しくても、逞しく、子どもたちを迎え入れる方法を、次から次へと考え、実行する。
 もはや痛快でさえある。深刻な話なのに、どこか、ほのぼの。
 40歳ほどの設定のバニーを演じたエシー・デイヴィスが、圧倒的にいい。いっさい化粧をせず、ここぞというときだけのアイライン。逞しく生き抜こうとするその姿勢に、思わず応援し、拍手を贈りたくなる。
 義理の父親の車で、バニーと行動をともにするトーニャ役のトーマシン・マッケンジーは、寡黙だけれど、自由を手に入れようと、一歩を踏み出す役どころを力演する。
 監督はゲイソン・サヴァットで、ニュージーランド在住の中国人女性。これが長編第一作という。現実の厳しさに対抗して、なんとか思いを遂げようとするバニーに寄り添った演出が、小細工なしで、好感度じゅうぶん。
 国の違いこそあれ、貧困の現実は、世界のあちこちに存在する。日本に「最終的には、生活保護といった、そういった仕組みもある」と嘯いた総理大臣がいたが、ひどい発言だ。生活保護などが存在しないようにするのが、あなたの仕事だ、と言いたい。
 映画とはいえ、ニュージーランドの貧困状況の一例である。貧者の声を聞く。これが、政治のすべての原点だろう。

2022年9月30日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町新宿シネマカリテほか全国公開

『ドライビング・バニー』公式Webサイト

監督:ゲイソン・サヴァット
脚本:ソフィー・ヘンダーソン
原案:グレゴリー・デビッド・キング、ゲイソン・サヴァット、ソフィー・ヘンダーソン
製作:エマ・スレイド
撮影監督:ジニー・ローン
作曲:カール・スティーブン
追加原案:グレゴリー・デビッド・キング
美術:ロージー・ガスリー
衣装デザイナー:クリスティ・キャメロン
メイキャップデザイナー:ステファン・ナイト
出演:エシー・デイヴィス(バニー・キング)、トーマシン・マッケンジー(トーニャ)、エロール・シャン(ビーバン)、トニ・ポッター( グレース)、ザナ・タン(アイリン)
2021年/ニュージーランド/英語/100分/シネスコ/5.1ch
原題:The Justice of Bunny King/日本語字幕:江波智子
後援:ニュージーランド大使館
提供:ニューセレクト
配給:アルバトロス・フィルム

Webマガジンまなびと:「学び!と共生社会」Vol.32

Webマガジン:「学び!と共生社会」Vol.32 “障害者権利条約の履行に関する審査結果とインクルーシブ教育”を追加しました。

障害者権利条約の履行に関する審査結果とインクルーシブ教育

 日本が、国連の障害者権利条約を批准したことについては、これまでも紹介してきましたが、この8月に国連の権利委員会によって、日本におけるこの条約の履行に関する審査が行なわれました。そして、9月9日にその審査結果が報告されました(*1)。審査内容は、日本の障害者施策全般にわたって大変厳しいものでした。いわゆるインクルーシブ教育についても大変厳しい要請が示されました。この要請に拘束力はないものの、尊重することが求められます。そこで、今回は、急遽このホットニュースを取り上げることにしました。

障害者権利条約について

 障害者権利条約は、障害者の⼈権や基本的⾃由の享有を確保し、障害者の固有の尊厳の尊重を促進するため、障害者の権利の実現のための措置等を規定し、市⺠的・政治的権利、教育・保健・労働・雇⽤の権利、社会保障、余暇活動へのアクセスなど、様々な分野における取組を締約国に対して求めています。
 障害者権利条約の内容と日本の批准に至る経緯については、平成28年版障害者白書(内閣府)(*2)に記されていますが、それらを基にして整理したものが表1になります。

表1 「障害者の権利に関する条約」関連年表

平成18(2006)年12月

第61回国連総会本会議においてコンセンサス採択

平成19(2007)年9⽉28⽇

我が国が同条約に署名

平成20(2008)年5⽉

条約が発効。障害者に関する初めての国際約束

平成21(2009)年12⽉

内閣総理⼤⾂を本部⻑、全閣僚をメンバーとする「障がい者制度改⾰推進本部」を設置。政府は、条約の締結に先⽴ち、国内法の整備をはじめ諸改⾰を進めるべく集中的に国内制度改⾰を進めていくこととした

平成23(2011)年8⽉

「障害者基本法」の改正

平成24(2012)年6⽉

「障害者の⽇常⽣活及び社会⽣活を総合的に⽀援する法律」(「障害者総合⽀援法」)の成⽴

平成25(2013)年6⽉

「障害者差別解消法」の成⽴及び「障害者雇⽤促進法」の改正

平成25(2013)年10⽉

様々な法整備等により⼀とおりの国内の障害者制度の充実がなされ、条約締結に向けた国会での議論が始まる

平成25(2013)年11⽉19⽇

衆議院本会議において障害者権利条約の締結を承認

平成25(2013)年12⽉4⽇

参議院本会議において障害者権利条約の締結を承認

平成26(2014)年1⽉20⽇

⽇本が障害者権利条約の批准書を国連に寄託

平成26(2014)年2⽉19⽇

日本について、障害者権利条約が発効

平成28(2016)年6月

初回報告提出

令和2(2020)年8月

予定していた障害者権利委員会による初回審査が、コロナ感染拡大のため延期

令和4(2022)年8月

障害者権利委員会 初回審査

令和4(2022)年9月

障害者権利委員会 総括所見採択・公表

 我が国は、本条約の起草段階から参加し、条約の締結に先⽴ち、障害当事者等の意⾒も踏まえ国内法の整備をはじめとする国内制度改⾰を進めてきました。これを受けてひととおりの国内の障害者制度の充実がなされたことから、条約締結に向けた国会での議論が始まり、衆議院本会議及び参議院本会議において障害者権利条約の締結が承認され、平成26年1⽉20⽇、⽇本は障害者権利条約の批准書を国連に寄託、同年2⽉19⽇に発効しました。

「条約に基づく義務履⾏」に関する政府報告の作成

 障害者権利条約の第35条は、各締約国が「条約に基づく義務を履⾏するためにとった措置及びこれらの措置によりもたらされた進歩に関する包括的な報告」を国連に設置されている「障害者の権利に関する委員会(以下「障害者権利委員会」)」に提出することを定めています。特に、初回の報告については、条約発効後2年以内に、それ以降は少なくとも4年毎に報告を提出することが求められています。条約第36条により、提出した報告は障害者権利委員会によって検討され、提案や勧告が⾏われることとなっています。つまり、この委員会は、障害者権利条約の実施に関する国際的監視の役割を果たしているといえます。我が国においても、条約の規定に従い、条約の実施状況に係る最初の政府報告を障害者権利委員会に提出することが求められており、新型コロナウイルス感染拡大の影響で遅れていましたが、本年になって、その手続きが進められたということになります。

「教育」に関連する審査の内容

 9月9日に公表された審査報告は、冒頭で障害者差別解消法、バリアフリー新法、読書バリアフリー法、障害者文化芸術活動推進法、障害者雇用促進法等の法整備が進んだ点を評価しています。しかしながら、個別の政策面での評価は大変厳しいものでした。
 教育分野については、分離された特別な教育を廃止してインクルーシブ教育に移行する国としての行動計画を示すこと、障害のある子どもの通常の学級での教育を保障し、それを拒否しないことを保証する「拒否禁止」条項を示すことなど6項目にわたる要請が盛り込まれています。詳細は、審査報告の仮訳を参照してください。(*3)

今後の展開

 我が国のインクルーシブ教育への取り組みは、「インクルーシブ教育システムの構築に向けた特別支援教育」ということで進められてきています。特別支援教育の枠組みからインクルーシブ教育に迫るという動きが強く感じられます。
 それに対して、国連の障害者権利委員会の審査報告は、通常の学級の側からの体制整備や教員研修の充実などの取り組みを求めています。インクルーシブ教育を実現するためには、例えば学級規模を小さくする、教育課程の在り方を検討するなどの根本的な条件整備に関する議論も不可欠だと思われますが、いずれにしても、国連の障害者権利委員会が求めているインクルーシブ教育と日本の「インクルーシブ教育システムの構築に向けた特別支援教育」の方向性に齟齬があるようにも受け止められます。
 条約は本来、国際法上の法形式ですが、日本国憲法の第98条第2項において、条約を誠実に遵守することが定められています。このことから、条約は国内の法律に優位すると解されています。その点で今回の国連の障害者権利委員会の審査報告を無視することはできません。いずれ、公式の日本語訳が示され、それに基づいて分析・検討が進められ、きちんとした見解が示されることと思いますが、その推移を見守っていきたいものです。

*1:障害者権利条約履行に関する総括所見(英文)
https://tbinternet.ohchr.org/_layouts/15/treatybodyexternal/Download.aspx?symbolno=CRPD%2fC%2fJPN%2fCO%2f1&Lang=en
*2:平成28年版障害者白書 第2章 障害者権利条約批准後の動き
https://www8.cao.go.jp/shougai/whitepaper/h28hakusho/gaiyou/h02.html
*3:「障害者の権利に関する委員会第27回セッション 日本の第一次報告書に対する最終見解」仮訳
http://porque.tokyo/_porque/wp-content/uploads/2022/09/CRPD_C_JPN_CO_1_49917_E-ja-2.pdf