ポストコロナ時代におけるESDの課題 〜ヒューマンとノンヒューマン〜(その1)

ESDの新たな課題

 2023年はそれまでにないほどにクマと人間の境界が問題視された年でした。同年12月1日のデータでは全国の18都道府県で被害者数は212人、死亡者数は6人となり、過去最悪の数字となっています(*1)
 クマと人間の衝突は双方にとって不幸であることは間違いありません。できることなら出会わない方がよい両者ですが、出会ってしまう背景には気候変動によるクマの生息域の食料不足や人間の生活圏の拡大など、さまざまな理由があるようです。
 クマなどの動物のみならずウイルスも含めた、人間と人間ならざるもの(ノンヒューマン)たちとの接近性(プロキシミティ)は、ポスト・コロナ社会の喫緊の課題であり、ESDは今、脱人間中心主義という新たな課題、すなわち、あまりに人間中心すぎた社会のあり方を捉え直すという課題を負っていると言えましょう。
 人間ならざるものや「人間以上(モア・ザン・ヒューマン)の世界(人間を超えた世界)」との関係性をどう築き直すのかは、「学び!とESD <Vol.31>」で紹介したユネスコの最新報告書『私たちの未来を共に再想像する―教育のための新たな社会契約―』でも強調されている課題です。こうした課題に応答するために、この新年号から絵本や児童書の紹介を通してヒューマンとノンヒューマンとの関係性を問い直すシリーズを始めます。
 第1弾で取り上げるのは『森のおくから むかし、カナダであった ほんとうのはなし』(レベッカ・ボンド作、原題:Out of the Woods)です(*2)。この絵本は、副題に表されているように実話、つまり作者の祖父が実際に体験したことを孫に語った話がもとになっています。絵本の帯には「きっと、ずっとわすれない。人間と動物をへだてていたものがなくなった、あの日のこと――」と絵本で描かれる出来事がほのめかされています。作者は、自分の子どもたちは祖父に会うことはできないけれど、祖父が子ども時代に実際にオンタリオ州で体験した「このおどろくべきできごと」を伝えたい、と「あとがき」で語っています。

ある夏の日の出来事

 「できごと」は、1914年の夏、カナダの森の中の小さな町で起きました。主人公は5歳のアントニオ君。親が当地でホテルを営んでいたアントニオ君は近くに友人もいないので、ホテル内で料理や掃除、薪割りなど、忙しそうに働く大人たちの仕事ぶりを見ながら暮らす日々でした。ホテル内の生活で一番のお気に入りの場所は3階の大部屋。そこには各地から集まったいろいろな大人たちがフランス語、英語、ネイティブ・アメリカンのことばを話し、トランプをし、楽器をかなで、旅の手柄話に花を咲かせていました。
 日中、アントニオ君はホテルの周りの森を散歩することもありました。深い森の中に入っていくと目にするのは、どこかに居るはずの動物たちの痕跡。木の幹に引っかかっている獣の毛や地面に残された動物の寝た跡はさまざまな動物たちがその場にいた証ですが、姿を見ることはまずありませんでした。
 夏のある日のことです。3階の客が「森から煙が出ている!」と大声で叫びました。山火事です!ホテルの住人たちはアントニオ君と一緒に一目散に森を通り抜けて近くの湖に逃げ、腰や肩まで水に浸りながら、真っ赤に燃えていく森を見つめていました。
 しばらくすると、避難していた人々は思いもよらない光景を目にしたのです。
 炎と煙の向こうからリスやウサギ、キツネ、オオカミ、アライグマ、ヤマネコ、フクロネズミ、ヘラジカなどの動物たちが湖に向かって逃げてくるではありませんか!木から降りたり、茂みから出てきたり、気づけば、湖は人間と動物たちが共生する一時避難所になっていました。普段は距離をとっていた両者ですが、この時ばかりは急接近。動物の体からは湯気が立ち上り、強い匂いがし、熱い息づかいさえ感じ取れる距離でした。
 しばらくして山火事は消失しました。人間はホテルへ、動物たちはどこかの棲家へと帰っていったのです。

関係性を問い直す

 以上が物語ですが、その後、10年間、ホテルで暮らしたアントニオ君は、「人間と動物をへだてていたものが、あのあいだだけは、なくなっていた」という「できごと」を決して忘れることはなかったそうです。
 実は近くにいたのに、距離を保つことで維持されてきた人間と動物との関係性…。災害に遭遇した結果、思わず出会ったしまった両者ですが、冒頭にふれたクマからの襲撃のように殺されたり殺したりという悲劇が起こらなかったのは何故でしょう。
 この「できごと」はESDへの深い問いかけであると言えます。「持続可能な開発のための教育」は、誰のための「持続可能」や「開発」なのか…。人間中心主義を改めて問い直すべき時代に私たちは生きているのです。

*1:環境省(2023)「クマ類による人身被害について[速報値]」
https://www.env.go.jp/nature/choju/effort/effort12/injury-qe.pdf(2023年12月31日参照)
*2:レベッカ・ボンド作、もりうち すみこ訳(2017)『森のおくから むかし、カナダであった ほんとうのはなし』ゴブリン書房
https://www.goblin-shobo.co.jp/books/book034.html

新年のご挨拶にかえて

 本年1月1日に発生した令和6年能登半島地震により、犠牲となられた方々に心よりお悔やみ申し上げますとともに、被災された全ての方々に心よりお見舞い申し上げます。被災地の皆様の安全と一日も早い復興をお祈りいたします。

 みなさま、旧年中は大変お世話になりました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 令和5年、日本文教出版・秀学社はpurposeを公開しました。

 purposeは一般的には「目的」などと訳されますが、ビジネス用語としては「存在意義」という意味で使われるようです。日文・秀学社では「私たちの志」としています。それは、このようなものです。

 ここは「学び!と美術」ですので、図画工作科や美術科に引き寄せてお話しします。

 図画工作科や美術科では材料に触れたり、対象と出会ったりして、心が動くことから学びが始まります。

 そんな心の動きから生まれた一人ひとりの「思い」や「願い」が大切にされ、今までの自分自身や、学級や学校、地域と混ざり合って新たな意味や価値が生みだされていくような学びの時間。

 これが、私たちの提供したい図画工作科や美術科の時間です。

令和6度版教科書『図画工作5・6下p.6-7』

 まさに「心が動く、その先へ」誘うことができるような教科書をつくることが、私たちの「存在意義」なのだと思います。

 実は、昨年秋には、ロゴマーク、ロゴタイプも更新しました。

 ロゴマークには「モーションロゴ」というものもあります。

 日文のNとBの文字に重ねられたイメージは、つながろうとする手と手、贈り合い受け取り合う手と手です。

 互いにつながり、「思い」や「願い」を贈り合うことに喜びを感じられるような子どもたちがいれば、世界は豊かに混ざり合い、きっとカラフルですてきなものになると思います。私たち自身もまた、子どもたちや先生方、保護者の皆さんとつながり、「思い」や「願い」を贈り合える存在になりたいと考えています。

 教科書や教材にできることは限られているかもしれませんが、子どもの学びに常に寄り添い「心が動く、そのそばで」、ともにカラフルな未来を育みたい。それが、今年も変わらぬ、私たちの志です。

 皆様にとって、本年もより混ざり合うカラフルな一年になることをお祈り申し上げます。

 ※本記事は令和6年度板小学校図画工作科内容解説資料として扱われます。